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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十八章 異変・異常・異界
81/100

第十八章 異変・異常・異界 其の一

変更履歴

2011/06/20 誤植修正 醒ます → 覚ます

2012/01/01 誤植修正 乗る様な → 載る様な

2012/01/01 誤植修正 人間の浅く早い → 人間の浅く速い

2012/01/01 誤植修正 関わらず → 拘わらず

2012/06/08 誤植修正 束上になった → 束状になった

2012/06/08 誤植修正 事象なののだろうか → 事象なのだろうか

2012/06/08 誤植修正 見間違いかだったのか → 見間違いだったのか

2012/06/08 誤植修正 私をつっこんた → 私を突っ込んだ

2012/06/08 誤植修正 肥満体系ではない → 肥満体型ではない

2012/06/08 誤植修正 全て消火されて → 全て消化されて

2012/06/08 句読点調整

2012/06/08 記述修正 私はその激流に流され本体の下を流されて、行くかと思った時、引っ張り上げられた → 私はその激流に流されそうになった途端に引っ張り上げられた

2012/06/08 記述修正 やや黄色の肌をしていた → 色白の肌をしていた

2012/06/08 記述修正 瞬きした様に見えたのは → こちらへと目配せした様に見えたのは

2012/06/08 記述修正 うっ血に因る私の見間違いだったのか → うっ血に因って錯乱しかけている私の見間違いだったのか

2012/06/08 記述修正 それは何処の何なのか → それは何処にあり一体何なのか

2012/06/08 記述修正 主の血の匂いが愛犬達の食欲をそそり、この思わぬ → 愛犬達はこの思わぬ

2012/06/08 記述修正 争う様に私の頭や体や臍帯や胎盤へと喰らいつき → 二匹は争う様に私や胎盤へと喰らいつき

2012/06/08 記述修正 全てを容易く喰いちぎった → 全てを容易く噛み砕き喰いちぎった

2012/06/08 記述修正 一切衣服を着ていない様だ → 何も衣服を着ていない様だ

2012/06/08 記述修正 上側はと言うと左右とは少し違い → 頭上に当たる上側はと言うと先程とは少し違い

2012/06/08 記述修正 左右の壁と繋がる様な → 両脇の壁と繋がる様な

2012/06/08 記述修正 左右とは違い若干色が違う様にも見えるが → 左右と若干色が違う様にも見えるものの

2012/06/08 記述修正 力の入らない腕を持ち上げて → 力の入らない腕を必死に動かして

2012/06/08 記述修正 脆弱な腕を動かして → 脆弱な腕を動かし

2012/06/08 記述修正 私を無言で見つめていた → 眼鏡越しに私を見つめていた

2012/06/08 記述修正 頬は若干赤らんでいる → 頬は若干紅潮している

2012/06/08 記述修正 デフォルメした様なキャラクターであり → デフォルメした様な人形であり

2012/06/08 記述修正 それからトイレットペーパーを → それからカラカラとトイレットペーパーを

2012/06/08 記述修正 早足に公衆トイレを後にした → 公衆トイレから出たらしい、バッグ全体の振動と同期する短い間隔の足音が聞こえて来た

2012/06/08 記述修正 意識薄弱になりながら考えていた → 気が遠くなるのを堪えながら考えていた

2012/06/08 記述修正 そしてこの器を産んだ母親は → この母親は

2012/06/08 記述修正 まともに母親になれる立場ではなく → まともに親になれる立場ではなく

2012/06/08 記述移動 この母親はどう考えても~

2012/06/08 記述修正 生存力すらろくに持ち合わして無い私は → 持生存能力すらろくにち合わしていない私は

2012/06/08 記述修正 この対処の方法を指示された → この出来事を知る何者かから対処の方法を指示された

2012/06/08 記述修正 と言うのは考え過ぎか → と言う可能性だってある

2012/06/08 記述修正 この家で飼われている大型犬は、 → 目の前にいるのは

2012/06/08 記述修正 匂いを嗅いで確認していて → 匂いを嗅いで確認しており

2012/06/08 記述修正 如何なる意味に於いて → あらゆる意味に於いて

2012/06/08 記述修正 跡形も残らず平らげるだろう → 跡形も残さず平らげるだろう

2012/06/08 記述修正 バッグを傍に寄せ → スクールバッグを傍に引き寄せ

2012/06/08 記述修正 口を開くと私を突っ込んだ → 口を開くと私を無造作に突っ込んだ

2012/06/08 記述修正 この母親のものであり → この女子高生のものであり

2012/06/08 記述修正 大きく口で息をし続けている → 大きく口で息をし続けていて

2012/06/08 記述修正 状況としては通学中に破水して → 恐らく状況としては通学中に破水し

2012/06/08 記述修正 そこで耐え切れずに出産 → そこで堪え切れずに出産

2012/06/08 記述修正 つまり私は → つまり私は今

2012/06/08 記述修正 ロープで吊るされていた → ロープで吊るされているのだ

2012/06/08 記述修正 表面は湿っている所為か → 表面が湿っている所為か

2012/06/08 記述修正 束状になったものには → 束状になったものとは

2012/06/08 記述修正 とりあえず辿り続ける → とりあえず辿り続けた

2012/06/08 記述修正 当初から聞こえている → 当初から気になっていた

2012/06/08 記述修正 呼吸音らしき一定の音は聞こえ続けているし、雑音も相変わらず聞え続けている → 呼吸音らしき一定の音と雑音も相変わらず続いている

2012/06/08 記述修正 とにかく状況を把握しようと → 今はとにかく状況を把握しようと

2012/06/08 記述修正 周囲を確認してみた → 私は周囲を確認してみた

2012/06/08 記述修正 こうして私は絶命した → こうして私は絶命したのだった

2012/06/08 記述修正 最期の時間に私が見たものは → 最期に私が見たものは

2012/06/08 記述修正 普段の表情であろう → 普段の表情なのであろう

2012/06/08 記述修正 新調すれば全て片付く → 新調すれば全て片が付く

2012/06/08 記述修正 自宅の飼い犬の餌にしたのだ → 自宅の飼い犬に食わせる事に決めたのだ

2012/06/08 記述修正 流そうとして持ち上げたのは → 一旦流そうとした後に持ち上げたのは

2012/06/08 記述修正 母親として情が湧いての母性本能ではなく → 残念ながら母親として情が湧いての母性本能からではなく

2012/06/08 記述修正 全てが奴の仕掛けではないかと → 全てが道化の仕掛けではないかと

2012/06/08 記述分割 女子高生はその素性が判る制服姿をしていたのだ、この女子高生の体型は標準的であり肥満体型ではない、 → その確証は女子高生が素性の判る制服姿をしていた事と、体つきは標準的であり肥満体型ではなかった事だ。

2012/06/08 記述修正 赤ん坊の縮尺と考えても → 赤ん坊の縮尺と比べても

2012/06/08 記述修正 真面目そうな女子高生であり → 真面目そうな容姿をしており

2012/06/08 記述修正 しかし今の私は、この若い母親から誕生しているのだ → しかし今の私は間違いなく、たった今この若い母親から産み落とされたのだ

2012/06/08 記述修正 上半身側の比重がかなり高く → 上半身側の比重がかなり大きく

2012/06/08 記述修正 この程度の内容しか確認出来なかった → この程度の内容しか把握出来なかった

2012/06/08 記述修正 そして最後の下側なのだが → そして最後の足の方に当たる下側なのだが

2012/06/08 記述修正 抱えていた不安がなくなった → 抱えていた不安から解消された

2012/06/08 記述修正 自宅の建物へと入った様子は → 屋内へと入った様子は

2012/06/08 記述修正 この酷い扱いは有り得まい → こんな酷い仕打ちは有り得まい

2012/06/08 記述修正 唸る音が聞こえて → 唸る音が聞こえると、彼女は体を起こして

2012/06/08 記述修正 私は自分が衰弱していく状況を止める術もなく → そんな考察は出来ても肝心な自分が衰弱していく状況を止める術はなく

2012/06/08 記述修正 吊り下げられるままに手足を動かして、うっ血によって意識が遠のきつつ → 吊り下げられたままでうっ血に因って意識が遠のきつつあったが、足掻く様に手足を動かしても、

2012/06/08 記述修正 ゆらゆらと揺れていた → ゆらゆらと揺れ続ける事しか出来なかった

2012/06/08 記述修正 その感覚があったのは腹部だ → それがあったのは腹部だった

2012/06/08 記述修正 私の体の上へと落ちた → 私の体の上へと落下してきた

2012/06/08 記述修正 私の腹から直接生え出ている → 私の腹から直接生え出ているのだ

2012/06/08 記述削除 、こちらには他の方向には無い物体が、かなり明確に見えていた

2012/06/08 記述結合 そして最後の足の方に当たる下側なのだが。こちらには白い壁は無くて → そして最後の足の方に当たる下側なのだが、こちらには白い壁は無くて

2012/06/08 記述修正 思う様に呼吸が出来ず → 思う様に空気が吸えず

2012/06/08 記述修正 喘ぐ様に口で息をし続けた → 喘ぐ様に口で息をし続ける

2012/06/08 記述修正 この状況が泣く程に嬉しいらしい → どうやらこの状況が泣く程に嬉しいらしい

2012/06/08 記述修正 表現する方が正しい様な → 表現する方が相応しい様な

2012/06/08 記述修正 本体の正体をはっきりと確認して → 本体の姿をはっきりと確認して

2012/06/08 記述修正 先の水流と持ち上げられた事により、口を塞いでいた → 先の水流に因って鼻や口を塞いでいた

2012/06/08 記述修正 窒息して意識が遠のき始めた → 窒息してしまい段々と意識が遠のき始めた

2012/06/08 記述修正 べたりと体や顔に貼り付いた → べたりと体や顔に貼り付いてくる

2012/06/08 記述修正 生物、恐らく人間の → 何らかの生物、恐らく人間の

2012/06/08 記述修正 四肢を動かしてみたのだが → 手足を動かしてみたのだが

2012/06/08 記述修正 今居る所は極浅くだが → 今居るのは極浅くだが

2012/06/08 記述修正 その姿を見る前に → その姿を見る前に聞こえて来た、

2012/06/08 記述修正 持ちそうもない状況だと感じた → 持ちそうもない状況だと危惧した

2012/06/08 記述修正 内容の確認をしていた → 内容の確認をし始めていた

2012/06/08 記述修正 逆向きに跨いだ体位で → 逆向きに跨いだ体勢で

2012/06/08 記述修正 左手は床にあり → 左手を床に着いて

2012/06/08 記述修正 意図的に胎児だけに害を及ぼすのは → 胎児だけに害を及ぼすのは

2012/06/08 記述修正 今回の召喚、なのかも怪しい、このあまりにも → この召喚なのかすら怪しい、今回のあまりにも

2012/06/08 記述修正 ここで与えられた体は → 更にここで私に与えられた体は

2012/06/08 記述修正 本来なら逆に守られる立場であろう、小さな赤ん坊であり → 本来なら逆に守られる立場の小さな赤ん坊であり

2012/06/08 記述結合 小さな赤ん坊だった。更に言えば、私は恐らく → 小さな赤ん坊であり、それも恐らく

2012/06/08 記述修正 正規の標準的な赤ん坊よりも → 標準的な新生児よりも


私は夢を見ていたのだろうか。

浮揚感から閉塞感へと変わり、そして最後は落下と激突。

まるで何処からか転落したかの様な打撃を頭部に受けて、私は目を覚ました。

何となく息苦しさを感じて、必死になって呼吸するものの、鼻孔が詰まっていて思う様に空気が吸えず、喘ぐ様に口で息をし続ける。

今居るのは極浅くだが水が流れている場所らしく、濡れた滑らかな地面に背中が接していて、体の熱を奪われて行くのを感じた。

どうやら自分は今、仰向けで倒れている様だ。

私は無意識に手足を動かしてみたのだが、殆んど力が入らず、あまり思った様には動かないのが判った。

背中からの感触と、四肢を動かした際に、一切の接触と抵抗を感じない点から、どうも私は何も衣服を着ていない様だ。

この状況で聞こえて来るのは、遠くからの雑踏らしき様々な雑音と、何らかの生物、恐らく人間の浅く速い呼吸音だけだ。

今はとにかく状況を把握しようと目を開けて、私は周囲を確認してみた。

視界の中央は焦点が合わず、ぼやけていていまいち良く判らないが、焦点が合う範囲には何も遮蔽物が存在せずに、恐らく室内で遠くに天井が見えているらしい。

左右の方向はすぐ脇に白く滑らかな壁があり、その白い壁の切れ目から先は、遮蔽物の無い広い空間になっているらしく、正面と同様にぼやけている。

頭上に当たる上側はと言うと先程とは少し違い、両脇の壁と繋がる様な半円状の弧を描いた壁になっていて、こちらも壁の先はやはり不鮮明なのだが、左右と若干色が違う様にも見えるものの、やはりはっきりしない。

そして最後の足の方に当たる下側なのだが、こちらには白い壁は無くて、その代わり視界の最も近くには、手前から斜めに奥へと伸びる、白いロープの様な物が見えている。

ロープは不規則に捻れていて、そのロープの先は左右から同じ幅で下方向へと続いている、水平になっている白い壁の縁に載る様な状態の、大きな物の中央部分に繋がっている。

それには、その位置を支える為なのか、同色の太い支柱が左右に二本生えていて、まるで蜘蛛の足の様に斜め上へと伸びていた。

左側の支柱には、何か白い物が途中で巻きついているのと、その本体の奥には幕か覆いらしき物が掛かっている様に見えていた。

ロープの繋がる本体と支柱の色はくすんだ白色をしており、ロープの結合部分は黒く、幕らしき物は黒色かと思ったがそれよりは明るい様で、恐らくは濃紺であろうか。

この器の視力は相当悪く、かなり近くの物でないと焦点が合わず、必死に目を凝らして見ても、この程度の内容しか把握出来なかった。

私がこれらを確認している間も、当初から気になっていた、呼吸音らしき一定の音と雑音も相変わらず続いている。

嗅覚に関しては、鼻孔が詰まってしまっているのもあって、周囲の匂いについては全く判らない。

私はこの未だに良く判らない状況の中で、せめてこの器の状態だけでも確認したいと思い、視線を更に下へと移動させて、自分の胴体を見ようと試みた。

しかし頭は持ち上げられなくて、視界はそれ以上下には変えられず、自らの体を見る事が出来ない。

そこで両手だけでも確認しようと、私はあまり力の入らない腕を必死に動かして、視界に入る様に顔の上へと持ち上げた。

そうして見えたのは、とても華奢に見えるが、まあ普通の形状をした人間の手だった。

これで私は自身の器が人間であろうと推測してから、ずっと気になっていた白いロープの手前が、何処へ繋がっているのかを確認すべく、か細い腕をゆっくりと伸ばして、触りながら手前へと辿る。

触れた感触は表面が湿っている所為か、何かの細かな繊維が束状になったものとは思えないが、とりあえず辿り続けた。

そして行き着いたのはこの器の腹部なのだが、そこには結束部分の結び目は見つけられず、更に周辺を探っても胴体へと回り込んでいるロープも無い。

つまりこの白いロープは、私の腹から直接生え出ているのだ。

それが判った時、本体の奥から規則的な呼吸音ではなく、力む様な声と小さな喘ぎ声が聞こえて、本体の向こう側から巨大な手らしきものが現れてロープを掴むと、本体からこちらへと引っ張った。

それと同時に又も微かに同じ様な声が聞えてから、ずるずるとロープは伸びて、いや引き出されて、そしてロープの先に繋がる赤黒い塊を引きずり出すと、巨大な手はロープを離して落とした。

赤黒い柔らかな塊は、引き摺り出されると、ぼとりと私の体の上へと落下してきた。

それは熱を持っていて、私の体へと圧し掛かり、べたりと体や顔に貼り付いてくる。

この落下物の端で目と口が塞がれた私は、必死になって脆弱な腕を動かし、赤黒いそれを払いのけようとしたが、糧の欠乏、と言うよりもこの器の生命力自体がかなり低く、塊の端を僅かに持ち上げる事すらままならない。

この塊は濡れている上に弾力があり、私の非力な腕力では動かせない程の質量を持っていて、重量だけでも動きそうもないのに、湿った表面が密着を促がして、更にそれを困難なものにしていた。

私はこれを退ける事も出来ず、窒息してしまい段々と意識が遠のき始めた。




召喚早々、何も判らぬまま息絶えるのかと思った時、大きな水音と共に頭の上の方から激しい水流が起きて、私はその激流に流されそうになった途端に引っ張り上げられた。

器の頭や手足には、掴まれたり引っ張られたりしている感覚は無く、それがあったのは腹部だった。

つまり私は今、あの腹から生えた白いロープで吊るされているのだ。

先の水流に因って鼻や口を塞いでいた塊は除けられたが、私の体は白い壁よりも高く持ち上げられて、ロープに吊るされてくるくると回転していた。

どうも私の体は、ロープの結合部分が胴体の下方に位置している為に、下半身側よりも頭部のある上半身側の比重がかなり大きく、逆さ吊りまではいかないが、体は頭部を底辺にして斜めの仰向けの姿勢になっていた。

頭が重過ぎなのか首の筋力が足りないのか、頭を水平に保つ事も出来ず、首から上は完全に逆さだった。

視界が逆転した状況で回りながら、目の前に存在する巨大な手と本体の姿をはっきりと確認して、更にそこから自分の正体についても理解した。

私は母親の胎内から出て来たばかりの、分娩直後の新生児で、今実の母親の手で切断していない臍帯を掴まれて、ぶら下げられているのだ。

母親は女と言うよりは娘と表現する方が相応しい様な、黒縁の眼鏡を掛けたかなり若い女だった。

着衣は濃紺のセーラー服に白いスカーフと、同じく濃紺のプリーツの入ったスカートに、黒のハイソックスと同じく黒いローファー。

これは十代の学生、それもこの黒いセーラー服は、進学校で有名な私立の女子校の制服であるのが判った。

そして私を産み落としたこの場所は病院や自宅ではなく、屋外にある公共施設の和式の便器だった。

女子高生は、便器の本来の向きとは逆向きに跨いだ体勢で、両足を開いて座っていて、右手で私が繋がった臍の緒を掴んで持ち上げながら、左手を床に着いて起こした上半身を支えている。

右の大腿部に引っ掛かっているのは、穿いていたショーツだろう。

両足の内股から脹脛まで液体が伝った跡があり、これは恐らく羊水で、この跡は陰部から内股を経て、膝下の黒い靴下まで達していた。

今の時刻が判らないので何とも言えないが、恐らく状況としては通学中に破水し、急いで近くの公園のトイレに駆け込みそこで堪え切れずに出産、こうして今に至っている、こんな所だろうか。

私がこの様な考察をしている間、母親である女子高生は眼鏡越しに私を見つめていた。

眼鏡を掛けた女子高生は、肩までの長さの黒く真っ直ぐの髪に、黒に近い虹彩で色白の肌をしていた。

眉の下辺りで切り揃えられた前髪は、出産で汗ばんだ額に貼り付き、頬は若干紅潮している。

ずっと聞えていた呼吸音は、この女子高生のものであり、こうして私と対峙している間も、見て判る程に大きく口で息をし続けていて、そうしながら何かを考えている様に見えた。

改めて顔を見ても、その印象はまだ幼い感じも受ける、育ちの良い大人しく真面目そうな容姿をしており、この年齢で妊娠・出産を体験しそうなキャラクターには見えなかったが、しかし今の私は間違いなく、たった今この若い母親から産み落とされたのだ。

そんな考察は出来ても肝心な自分が衰弱していく状況を止める術はなく、吊り下げられたままでうっ血に因って意識が遠のきつつあったが、足掻く様に手足を動かして、ゆらゆらと揺れ続ける事しか出来なかった。




こうして止まっていた時間は十数秒程度だっただろうか、女子高生のスカートの辺りから不意に唸る音が聞こえると、彼女は体を起こして左手でスカートのポケットからケータイを取り出した。

そして手馴れた手つきで開くと、この現状を忘れたかの様に、メールらしき内容の確認をし始めている。

そのケータイを見た時に、私は衰弱しているにも拘わらず、動揺と苛立ちを感じた。

ケータイには幾つかのマスコットが、アクセサリーとして繋がっていて、その中の一つがあの道化師の顔をデフォルメした様な人形であり、その顔はまるでこちらを嘲笑うかの様だった。

気の所為かそのマスコットが、こちらへと目配せした様に見えたのは、うっ血に因って錯乱しかけている私の見間違いだったのか。

メールを読み終えると意思が固まったらしく、ケータイをポケットに戻してから、奥の脇に置いてあったスクールバッグを傍に引き寄せ、口を開くと私を無造作に突っ込んだ。

それからカラカラとトイレットペーパーを巻き取る音が聞こえて、暫くしてから再び水を流し、立ち上がって着衣を直して支度すると、私の入ったバッグの口を閉めて公衆トイレから出たらしい、バッグ全体の振動と同期する短い間隔の足音が聞こえて来た。




道中、女子高生は走っているらしく、かなりバッグは揺さぶられていた。

スクールバッグの中には容積の割に大して物が入っておらず、教科書やノートと言った物が底の方にあって、二つ折りの財布、弁当の容器が入った袋、生徒手帳らしき小さな手帳、二つのポーチ、ペンケース、ハンドタオルが揺れに合わせて暴れ回って、これらが私へとぶつかる。

逆さ吊りの状態からは救われたとは言え、この扱いも虚弱な肉体へと確実にダメージを与えており、この器の命はそう長くは持ちそうもない状況だと危惧し始めた。

そんな最中で私はこの召喚なのかすら怪しい、今回のあまりにも勝手の違う状況について、気が遠くなるのを堪えながら考えていた。

ここは見慣れた、いつもの向こう側の世界とは全く違っている。

それにいつもの趣向の異なるトンネルも現れず、まるでここは私が闇の世界で眠っている間に見ている、夢の中の世界なのではないかとも思える。

だがとても細かい事実らしき、今までの召喚生活では知り得ない内容の情報が、この場所の物を見て唐突に脳裏に浮かぶのは、実は元居た世界だからなのではないかと期待させもした。

私の無意識下に埋もれた記憶では、この世界は極めて違和感が無く構成されていて、その組み合わせには全くおかしいと思う箇所は無かった、私と言う存在と私が産み出された状況以外は。

この見慣れた異世界では、私は極めて異質で存在し得ないものだと、無意識下の声が囁き、それが強い不安を煽る。

この母親はどう考えても、社会的にはまともに親になれる立場ではなく、寧ろ何故中絶せずに、今日まで妊娠し続けていたのかを、疑問に思う様な存在だ。

更にここで私に与えられた体は、あまりにも無力な何の力も持たない、本来なら逆に守られる立場の小さな赤ん坊であり、それも恐らく標準的な新生児よりも、かなり小さい未熟児であろう。

その確証は女子高生が素性の判る制服姿をしていた事と、体つきは標準的であり肥満体型ではなかった事だ。

臨月を迎えた妊婦が普通の制服を着れる筈がないし、それに私から見た若き母親は、赤ん坊の縮尺と比べてもあまりに巨大過ぎた。

と言う事は、腹部の膨張が目立つ様になる前段階での、前期破水に因る切迫早産だったのではないか。

何故現在の状況や推測がそこまで判るのかと、我ながら疑問を感じて改めて、それらの単語の認識出来る理由を考えた途端、断片的に蘇った失われた過去はそれ以上何も出て来ずに、鈍い頭痛だけが齎された。

超自然の力どころか、生存能力すらろくに持ち合わしていない私は、一体どう言う定義として此処に現われたのだろう。

それに召喚であれば生贄が必要だが、それは何処にあり一体何なのか。

ふと頭を過ぎったのは、この器の元々の魂を捧げた、つまり母親は腹の中の胎児を殺して捧げたのでは、とも思ったが、妊娠初期ならともかく、これだけの大きさまで育った状態で胎児だけに害を及ぼすのは、自分の腹の上から何かで突き刺すと言う訳にも行かないだろうし、かなり難しいのではないか。

第一わざわざ神として召喚したのであれば、こんな酷い仕打ちは有り得まい、これはどう考えても厄介物に対する扱いにしか思えない。

やはりこれは今までの召喚とは違い、何かが変わっていてその結果として起きている事象なのだろうか。

最終的に引っかかって来るのは、眠る前に聞いたあの紅白の道化師の言動だった。

あのマスコットさえ見なければ、まだこんなどうしようもない状況であっても、この悪夢を前向きに捉える事も出来たのだが、あれを見てしまったら全てが道化の仕掛けではないかと、穿った見方しか出来なくなってしまった。

薄れゆく意識と徐々に強くなる頭痛の中で、これ以上思考出来ないと諦めて意識を失い掛けた時、バッグの揺れが止まった。




どうやら自宅にでも着いたのか、女子高生は走るのを止めて、ゆっくりと歩き出したらしい。

門扉を開く金属音がしてから、暫く歩くと立ち止まって、バッグは地面へと置かれたらしく、完全に揺れが収まり、その後バッグの口が開かれた。

この女子高生は、望んで産んだとはとても思えないが、自分の子供である私をどうする心算なのか。

公衆トイレで一旦流そうとした後に持ち上げたのは、残念ながら母親として情が湧いての母性本能からではなく、証拠隠滅の方法として不十分だと判断したからだと捉えていた。

そして考えた末に、別の処分方法を思いついた、そしてそれをこれから実行する、それが現状だと私は推測していた。

いや、或いはあのケータイを見ていた時、この出来事を知る何者かから対処の方法を指示された、と言う可能性だってある。

若き母親が望まぬ我が子へと与えた処置は、その姿を見る前に聞こえて来た、有り触れた動物の鳴き声で察する事が出来た。

自宅に着いて、敷地内には入ったが屋内へと入った様子は無い事も、それを裏づけるのに十分だと思えた。

この母親である女子高生は、自分が産んだ子供を、自宅の飼い犬に食わせる事に決めたのだ。

私は金属製の餌入れに放り込まれて、二匹の大型犬の前へと差し出された。

餌入れへと落とされた時に見た風景には、餌入れは三つ見えていて、犬小屋らしい物も三つあり、その中の一つの小屋の入り口には花束が添えられていた。

若しかすると、これが生贄だったのか。

目の前にいるのは二匹ともゴールデンレトリバーで、二匹はいつもとは違う餌にしきりに匂いを嗅いで確認しており、巨大な犬の口からは生暖かい息と涎が私へと掛かる。

あらゆる意味に於いて、彼女の行動は正しかった、この犬達なら私程度の質量は、造作もなく跡形も残さず平らげるだろう。

新生児の骨格は柔らかく、飼い犬の体調にも影響も出ずに、全て消化されてしまうのではないか。

そしてその後に、汚れてしまったスクールバッグや小物を、順次処分して新調すれば全て片が付く。

これで何の痕跡も残らない、完全犯罪が成立する、と言う事か。

最期に私が見たものは、安堵の表情で愛犬達を見つめている、普段の表情なのであろう、あどけなく優しげな笑顔をした母親の顔だった。

その顔は、今まで抱えていた不安から解消された、晴れ晴れとした笑顔、私にはそう見えた。

瞳を潤ましているのは、悲しみからではなく喜びなのだろう、どうやらこの状況が泣く程に嬉しいらしい。

私は胎児に死を与える為に、ここへと召喚されたのだろうか。

召喚者の希望はこれだったのなら、私の無残な死は正しい結果だったと言えるのだろうか。

そこまで考えた所で、愛犬達はこの思わぬ間食を口にする決断を下した様で、数秒後には二匹は争う様に私や胎盤へと喰らいつき、全てを容易く噛み砕き喰いちぎった。

こうして私は絶命したのだった。





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