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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十六章 断罪と贖罪
79/100

第十六章 断罪と贖罪 其の七

変更履歴

2011/12/30 誤植修正 例え → たとえ

2011/12/30 誤植修正 意思 → 意志

2011/12/30 誤植修正 関わらず → 拘わらず

2012/06/05 誤植修正 事実だあったと → 事実であったと

2012/06/05 誤植修正 眠りついた → 眠りについた

2012/06/05 句読点調整

2012/06/05 記述修正 馬上試合で用いる武器であり → 馬上試合で用いる武器なのだが

2012/06/05 記述修正 乗馬する馬は見当たらないのだが → しかし乗馬する馬は見当たらず

2012/06/05 記述修正 今回の冒険譚は如何でしたかな? → 貴殿の今回の冒険譚は如何でしたかな?

2012/06/05 記述修正 語って頂きたい → 語って頂けますかな?

2012/06/05 記述修正 この対話の本題を突いて来た → 今回の対話の本題を突いて来た

2012/06/05 記述修正 翻弄され続けていた → 翻弄され続けた

2012/06/05 記述修正 己の人生に対する怒りだろう → 己の人生に対する憤怒だろう

2012/06/05 記述修正 そしてせめてもの償いの意を込めて → せめてもの償いの意を込めて

2012/06/05 記述修正 その違いと言う事ですな → それほどの相反する相違があると

2012/06/05 記述修正 届かなかったと言う事ですか → 届かなかったと言う事ですな

2012/06/05 記述修正 これが最後です → ならばこれが最後です

2012/06/05 記述修正 虜囚にした張本人共ですぞ → 虜囚にした張本人ですぞ

2012/06/05 記述修正 暗に制御しようとして → 暗に制御しようと画策し

2012/06/05 記述修正 光すら無くした状態であり → 光すら見えない状態であり

2012/06/05 記述修正 そんな中で唯一の物が → そんな中に現れたのが

2012/06/05 記述修正 吾輩の望んだ思想とは → 吾輩の望んだ思想と

2012/06/05 記述修正 それは前までの事であって → それは少々前までの事であって

2012/06/05 記述修正 又も演劇の題目に → 又もやとある演劇のお題目に

2012/06/05 記述修正 心境の変化が起きたのでしょうか? → 心境の変化が起きたのでしょうか

2012/06/05 記述修正 満足とまでは言わないが → 満足とまではいかないが

2012/06/05 記述修正 受け入れていた者達も居た → 受け入れていた者達も存在していた

2012/06/05 記述修正 あの様な結果を齎した → あの様な報われない結果を齎した

2012/06/05 記述修正 人としてすべき事として私が → 私が人として考えた末に

2012/06/05 記述修正 勿論他の二柱の意思でも → 勿論他の二柱の意志でも

2012/06/05 記述分割 同様の事が言えるだろう、若しかしたら向こう側の世界は → 同様の事が言えるだろう。若しかしたら向こう側の世界は

2012/06/05 記述修正 言葉を続ける事は無く → 言葉を続ける事も無く

2012/06/05 記述修正 何気なく語るのだろう → 何気なく語るのであろう

2012/06/05 記述修正 ロバの紳士は現れず → この間一度もロバの紳士は姿を見せず

2012/06/05 記述修正 一向に現れず → 一向に現れる事なく

2012/06/05 記述修正 仕掛けの中に居たが → 仕掛けの中に居て

2012/06/05 記述修正 それが何が契機だったのかは → 何が契機だったのかは

2012/06/05 記述修正 それが瓦解してしまった → その仕掛けは瓦解してしまった

2012/06/05 記述結合 もうそれすら判らない。それどころか → もうその答えは判らないし、それどころか

2012/06/05 記述修正 それすらも判らない → それすらも明かされる事は無いだろう

2012/06/05 記述修正 が、暫くの沈黙の後に → ……が、暫くの沈黙の後に

2012/06/05 記述修正 言及せずに過ごしていた → 言及せずに過ごしていたのだ

2012/06/05 記述修正 表情をしていて → うろたえた表情をしていて

2012/06/05 記述修正 最後に小さく → 最後に小さく嘶く様に

2012/06/05 記述修正 これまでに無い程苦悩した → これまでに無く苦悩する事になった

2012/06/05 記述修正 足懸かりに致しましょう → 足懸かりにして見せましょうぞ

2012/06/05 記述修正 細かな溝状の構造をしていて → 細かな溝状をしていて

2012/06/05 記述修正 と言う事でしょうが、その根底は → と言う事でしょう? その根底は

2012/06/05 記述修正 そんな唯一の人間である → そんな稀有の存在である

2012/06/05 記述修正 最初は生ける屍の様な → まるで生ける屍の様な

2012/06/05 記述修正 節穴では無いのですぞ → 節穴ではありません

2012/06/05 記述修正 そんな心境はお見通しなのですよ → そんな心境はお見通しなのですぞ

2012/06/05 記述修正 数多くの人間の → 数多くの者達の

2012/06/05 記述修正 我々の行動や存在意義や目的等の → 我々の存在意義や行動に対する目的等の

2012/06/05 記述修正 現在の考え方について → 現在の認識について

2012/06/05 記述修正 唯の人間にとって → 只の人間にとって

2012/06/05 記述修正 自分の所為であろうと感じていた → 自分の所為であろうと感じた

2012/06/05 記述修正 唯一の自分以外の存在であり → ただ一人の自分以外の存在であり

2012/06/05 記述修正 完全に忠実に再現しているのであれば → 本物を忠実に再現しているのであれば

2012/06/05 記述修正 重量はあるに違いない → 重量があるに違いない

2017/10/23 記述修正 ましてや → 況してや

2018/01/19 誤植修正 そう言う → そういう


“嘶くロバ”は私が闇の世界へと戻るとすぐに現われた。

今回の紳士は、いつになく入れ込んでいる様子で、今までで最も強烈な格好をしていた。

首から上はいつも通りの馬面であるが、首から下は銀色の鎧姿で、右手には身長の二倍はある馬上槍を持ち、左手を腰に当てて立っていた。

胴や四肢を完全に覆い尽くしている鎧の表面は細かな溝状をしていて、それはどうやら強度を維持しつつ軽量化を図る構造であるらしい。

そういう意味では、見た目のインパクトよりは窮屈なものでも無いらしいが、少し動くだけでも金属がぶつかり合う音を立てており、本物を忠実に再現しているのであれば、通常の服装とは比べ物にならない程の重量があるに違いない。

それにしても、右手にしている馬上槍は本来馬上試合で用いる武器なのだが、しかし乗馬する馬は見当たらず、何故剣や槍等の通常の武器では無いのだろうか。

まさか自身がロバだからそれは割愛したのではとも思えたが、いくら馬面でも人間の足では馬の様な速度で走れるとも思えず、この辺りの彼のセンスが理解出来ない。

遍歴の騎士を気取っているのだろうが、彼の少々滑稽に映る姿を見ていると、何故か判らないが唐突に風車を思い出した。

そんな私の内心に拘わらず、徒歩の馬面の騎士は意気揚々とした様子で、私へと語り掛けて来た。

「おお、これはこれは氷の国の白銀の勇者よ、吾輩はこれよりこの逆境を打ち破る為の、血沸き肉躍る遠征へと旅立ちますぞ!

前途洋々、必ずや大きな成果を得て、我等にとって悲願を達成する為の足懸かりにして見せましょうぞ。

この結果は、吾輩が戻ってから日を改めてお伝えするとして、貴殿の今回の冒険譚は如何でしたかな?」

馬上槍を振り上げながらそう語ったロバの騎士が、私へと話をする様に促がして来たのを理解して、私は今回の召喚の話を語り始める事にした。




私の話を聞いている“嘶くロバ”は鎧を騒々しく鳴らしながら、鷹揚な態度で時折頷きつつ私の話を聞いていた。

今回の話を聞いたらどう思うのかを考えると、今までの傾向からして私の行動を批判するだろうかと思いながら、私は詳細を語り続けた。

途中では一度も口を挟む事も無く、私の話を聞き終えた彼は、神妙な顔をしながら私へと感想を述べ始めた。

「貴殿のその引きの強さは一体何処から来るものなのでしょうか、吾輩もそれだけ望んだ召喚を引き込む事が出来たなら、貴殿と出会った頃にはもうここには居なかったかも知れませんなあ。

それはさておき、この度の召喚について吾輩からの講釈はありません、もう既に吾輩が把握している背景に当たるものは、全て説明済みですので。

なので雪だるま卿よ、今回は逆に吾輩から貴殿へと問いたい、貴殿の思想や論理と言ったものを。

吾輩の察するところ、最近の貴殿の行動に対する捉え方は、以前とは違って来ている様に感じるのですよ。

もうすぐこの変化に満ちた、幽閉生活から切り替わるであろう節目も近い事ですし、丁度良い機会でもありますから、心境の変化について語って頂けますかな?」

そう言われて、私は自分の現在の認識について、過去の記憶を呼び起しつつ、改めて考え始めた。




この暗闇で目覚めた当初は、何もかも失われていて光すら見えない状態であり、そんな中に現れたのが“嘶くロバ”であった。

だから私は彼を信じた、ここには彼以外に何も無かったから、私にとってただ一人の自分以外の存在であり、形を成して存在していた唯一のものでもあったからだ。

その頃から彼の主張は一貫して、この状況を作り出した元凶は、向こう側の世界の人間の仕業としているかの様な敵意を露にしていた。

私はそれにはどうしても納得する事は出来ずに、色々と迷ったりもしたが、自分なりの意思である、求められた召喚を正として自分の行動を定めて来た。

その結果として、悪魔として大量の人間を死に至らしめたりもしたが、それも自ら定めた指針から生じた結果であり、今では後悔などはしていない。

数々の召喚をこなして行く度に、向こう側の世界で色々な事象と遭遇した。

それらは、この闇の世界と向こう側の世界との異なる時間軸や、我々の存在意義や行動に対する目的等の大きな謎を生み出したが、それらの大半は依然として謎のままに現在でも残り続けている。

そんな状況でも召喚は止む事無く続き、私は自ら定めた主義に従って、使命と信じた召喚目的の達成を、目指すべき指針として行動し続けて来た。

その結果自ら招いた私の召喚に因って、多かれ少なかれ周囲の人間をも巻き込んで、数多くの者達の歩むべき人生を変えて行く事になった。

しかし私は、それを起きるがままに傍観し続けて来た、私にとっての信念は唯一つ召喚だけであったから。

この様な解説を、私はロバの騎士へと回答として返した。




「ああ、やはりそうですか、出会った当初の貴殿と比べると、逡巡や悔恨と言った様な言動は減ったなあと、感じておったのですよ。

その方向性は決して、吾輩の望んだ思想と合致しているとは言い難いですが、だがしかし妙に同情的な執着に囚われなくなったのは、良い兆候であったと思いますぞ。

だが雪だるま卿、それは少々前までの事であって、最近の貴殿は又もやとある演劇のお題目に、御執心でありませんでしたかな?

吾輩に悟られぬ様に振る舞っていた心算でしょうが、吾輩の目は節穴ではありません、馬面だからって侮って貰っては困りますなあ、そんな心境はお見通しなのですぞ。

貴殿はそう、皇帝の呪われた棺に囚われた三つ子との対話で、明らかに狼狽していた、あの後ご自身の理念が信じられなくなったのではないのですかな?

ただ、今回の奇跡的な再会の召喚を終えた貴殿の顔には、その時に隠していた迷いも消えている様に見えるのですよ。

それについては、どの様な心境の変化が起きたのでしょうか」

“嘶くロバ”がこの対談を仕掛けた真の目的であろう、今回の対話の本題を突いて来た。

あの時の動揺に彼が感づいていた事には驚いたが、あの時点で判っていたにも拘わらずそこまで追求して来なかったのは、彼なりの配慮だったのかと思いつつ、私は今回の召喚で得た結論について考えを纏め始めた。




幾多の召喚に応じて目的の遂行を続けている内に、様々な形で死を迎える人間の運命に何度も遭遇した。

自らが望んだ結果として甘んじて死に至る者、生を掴もうと足掻いても及ばずに抗いながら死に至る者、実に様々であったが、そうした者達を否応無く見続けていて気がついた事があった。

一般論で言えば、安寧な生活の果てに安らかに死んで行くのが幸福だと考えていたが、遭遇した召喚者達の殆んどはそんな平和な人生では無く、平和からはかけ離れた数奇な運命の変動の果てに、望まぬ末路を迎える者達ばかりだった様に思える。

しかしそんな者達でも、恐らく順当な命運よりも早まった死に対して、出来うる事を為しえて満足とまではいかないが、少なくとも結果的に諦観の境地に達して、自らの運命を受け入れていた者達も存在していた。

それらを見て、他者が客観的に見てどう考えても不幸であったとしても、それをどう捉えるのかは結局は当人次第であり、それに対して思い違いをした感傷的な感情を抱くのは誤りなのではないか。

私の彼等に対する考え方は、シャーマン、逃亡した娘、老学者、修道女の母親、竜の巫女、彼等の最後の立ち居振る舞いを見て、そんな風に思い直していた。

だがその次の召喚であった三つ子に関わった時、改めて私の自論には何の根拠も無く、それを強行した結果、召喚時に願った時点での意思と、持ち合わせていた記憶の状態が異なっていたとは言え、召喚者自身の拒絶を無視して当人が望まない結末を招くに至った。

あの時は召喚当初の召喚者の意志が、自身で封印していた事実であったと言うジレンマに苛まれた結果起きた事で、あの時私はどうすべきかを迷ったのだが、もう既に私の意思で止められる状況ではなく、あの様な報われない結果を齎した。

これは、召喚が達成されて私が呼び出されたとしても、その意志が確固たるものではないのを証明したのだと悟り、自分に定めていた思想の根底が大きく揺らいだのを感じて、私はこれまでに無く苦悩する事になった。

だがこの苦悩は、その次に起きた召喚での出来事によって、そんな迷いに答えを見出す事が出来た。

それが今回の召喚である、修道女の裁判だった。

私の長きに渡る召喚の日々の中でも、彼女は他の人間達とは違った特別な存在であり、時系列は違えどもその人生の中で四度関与をして、そのうちの三度は直接遭遇した、最も多く縁のあった向こう側の人間だった。

そんな稀有の存在である修道女は、まるで生ける屍の様な状態で現われた。

これを見た時の私の心境は、三つ子の件も尾を引いて失意に駆られていて、この女をこうしてしまったのは、ある意味自分の所為であろうと感じた。

だから、修道女の最後の告白としての半生を聞いている間も、私はずっと自責の念に囚われていた。

全てを語り終えた後の修道女の願いは、死かそれ以上の罰を望むだけであり、そこには何の希望も無く、それは遺言に等しい意思表示でしかなかった。

この様な絶望へと至った経緯は良く判っていたし、ある意味この運命を与えたのは私である自覚もあった、だからこそ逆に最後の最後で再会した意味を考えて、私は修道女へと全てを語って聞かせた。

初めからこちらの存在を理解していた“隠者”や、あまりに異質な黒い巨竜とは異なる只の人間にとって、それは有り得ない事ではあったが、修道女は私を信じた。

すると修道女は信じた上で、神である私を問い詰める行動に出た。

これの意味するのは、翻弄され続けた己の人生に対する憤怒だろう、そう捉えた私は申し訳無く思い何も答えられず、せめてもの償いの意を込めて、縋りつく修道女を抱擁した。

真理を要求した人間に対する答えとしては、超自然の存在たる神がすべき行為として相応しくないのは百も承知であったが、この時はこれが正しいのではないかと私自身が思い、実行したのだ。

しかしその結果、修道女は何かを見出した、それは神としての私が与えたものからではなく、私が人として考えた末に行った行為に因ってだった。

そんな何かを見出した修道女の様子を見て私は気づいた、神としての使命から導き出した結論でなくとも、人間の意思としてのすべきと感じた行為であっても、それは必ずしも否定されるものではないのではないか。

たとえそれが一時的な局面を見ただけの結果であったとしても、それはその時点では神たる器に内在している意思であり、それは即ち神の意思と捉えて良いのではないのか。

召喚者の目的だけを、私にとっての唯一の信念として依存・執着するのではなく、器を介して存在する私の意思は神の意志だと信じて、望むままに行動すれば良いのではないだろうか。

それこそが神の意志、気まぐれで場当たり的にしか見えず、決して平等とも常に正しいとも言えない奇跡、これが神の正しい姿なのではないか、そう気づいた。

そして私はこの論理に従い修道女の処遇を定め、追放刑にする結論に至った。

この決断は蒼玉の女王の意志などでは無く、勿論他の二柱の意志でも、況してやその他の神の意志でも無い、私がそうあるべきと望んだ私自身の意思で決めた結果だった。

この思考は“嘶くロバ”の持つ信念や主義主張に以前よりは近づいたとは思うが、それでも根本的なベクトルは相変わらず別の方向を指しているのは、それを説明するまでも無く、彼ならば察する事だろう。

私はこれらを甲冑姿の紳士へと語った。




私の回答を聞いたロバの騎士は空いている左手を顎に当てて、一人思案していたが、最後に小さく嘶く様に溜息をついてから話を始めた。

「ふむむむ、従う価値の無い制約の無意味さには気づかれた様ですが、吾輩とは少々異なる方向性を信条としている、と言う事ですか。

神として召喚されたのだから、己の意のままに振る舞う事、それこそが真の意味でも神たる事、つまり人間が作り出した神の着ぐるみを着た我々はその神そのものである、と言う事でしょう? その根底は吾輩と同じであると思うのですが、ねぇ。

貴殿の意思として持つ、その上での行動原理たる思想は、やはり吾輩のそれとは合わぬと言われるのですな、それは言わば向こう側の世界における、救済を施す秩序の神か破滅を齎す混沌の神か、それほどの相反する相違があると。

再三に渡って、それは騙されていると忠告してきた心算ですが、貴殿にはとうとう届かなかったと言う事ですな。

ならばこれが最後です、今一度申しましょう雪だるま卿よ、貴殿は騙されているのですよ、あの者達は我々をこの様な奇怪な虜囚にした張本人ですぞ、それなのに何故あの者達に助力を与え続けるのです。

それでは良い様に利用されているだけである事に、どうして目を背けて目先に展開される、つまらぬ茶番劇へと進んで身を投じるのですか?」

“嘶くロバ”はいつもの説法の時の様な、何かしらの誇張や皮肉を込めた大袈裟な表現ではなく、極めて冷静に抑揚の無い声で私へと問うた。




その問いに対する答えは、もう回答済みだと言いたかったが、敢えて最後通告として問うているのかも知れないと思い、私は簡潔に答えた。

それは、私の意志として行うべきと信じる事が、彼等の救済であったからだと。

たとえそれが実際のところ、私を陥れる為の罠だったとしても、今の私には向こう側の世界での出来事が、その様には見えていない。

これは裏を返せば、“嘶くロバ”の判断にも同様の事が言えるだろう。

若しかしたら向こう側の世界は、我々が元々存在していた世界である可能性もある筈だ。

それを何者かの悪意に因り、自覚出来ない様にされていたとしたら、彼の行為は自ら戻りたい世界を壊している事になり兼ねない、これが違うと信じているその根拠は、紳士自身がそんな事は無いと信じているからであろう。

私の認識と紳士の認識、その違いはこの現実に対する各々の解釈の違いだけで、さほど差異は無いのではないか。

何故、向こう側の世界を悪と確定出来るのかと、私の判断とは異なり根拠があるのであればそれは何なのかと、逆に私は無表情の騎士へと問い掛けた。




「それは……」

鎧姿の紳士は、今までに見た事が無いうろたえた表情をしていて、その表情が相克を呈しているのだと理解出来たのは、彼からいつに無く歯切れの悪い返答を発してからであった。

彼はこの後の言葉を続ける事も無く、絶句し続けていた。

ここで私が期待していたのは、全てを失っている私へと、善意の指針を敢えて反面教師として悪意を表明する事に因って、私の行動を暗に制御しようと画策し、それを語って見せていたと暴露される事だった。

だからこそ、理由も無い批判の言動を繰り返すだけの、非論理的な感情論を振りかざしていたのではないか。

現に彼が実際にその言動通りの悪意を為した、証拠や実証も無かったのが、それを裏づけていると言えないだろうか。

私はその様に捉えて、敢えて何度と無く問う機会はあったものの、この点には言及せずに過ごしていたのだ。

そして私はここに来て一つの結論を見出すに至り、だからこそもう彼の暗示に関して、問い質す時期に来たと判断したのだったが、現実は推測とは異なり予期せぬ展開を迎えようとしていた。

私の想い描いたシナリオでは、ここで“嘶くロバ”は悪びれる事も無く、奇術師が手品の種明かしをするが如く、隠していた事を流暢に語り出すと考えていたのだが、実際の彼は絶句したまま苦渋に満ちた表情をし続けていて、何とも言い難い時が流れた。

……が、暫くの沈黙の後に、唐突に彼は姿を消した。

それはまるで、回答に困窮した挙句、逃亡するかの様に。

私は呆気に取られて、つい先程まで“嘶くロバ”が存在していた空間を、ただ眺めている事しか出来なかった。




まさかこのまま逃げ出す様な性格では無いと思い、ここまでも何かの演出だと考えて暫く様子を見たが、“嘶くロバ”は姿を現す事は無かった。

唐突な召喚でも起きたのかも知れないと考えて、この日はもう待つのは止めにして眠りについた。

翌日、いや数日経てば召喚も完了して戻って来るだろう、その時に何が起きたのかをさらっと何気なく語るのであろう、そう信じて私は待ち続けた。

だが“嘶くロバ”は一向に現れる事なく、やがて十日が過ぎた。

この間一度もロバの紳士は姿を見せず、私への召喚も一つも発生する事の無い日々が続いていた。

まともな召喚にならないものすら一切現れないのは、“嘶くロバ”と出会う前以来無かった現象だった。

彼が現れないだけでなく、召喚のトンネルも現れないのは、これは何か不自然ではないかと感じ始めた。

そもそも召喚は、彼と遭遇してから起こり始めた事象だった。

もしや、私は“嘶くロバ”の作り上げた大掛かりな仕掛けの中に居て、何が契機だったのかは判らないが、その仕掛けは瓦解してしまった。

その結果想定以上の何かが起きて、今までの流れが壊れてしまったのではないか、その結果“嘶くロバ”は消えた。

この推測が正しいのか間違っているのか、もうその答えは判らないし、それどころか、どうしてこうなってしまったのか、それすらも明かされる事は無いだろう。

何故ならそれを問う相手が消えたからだ。

一つだけ確かだと思えるのは、“嘶くロバ”が居なくなっても、私と言う存在は変わらずに存続し続ける事だけだ。

私はまた孤独へと戻る事象を引き起こした事を、その原因も判らないままに、強く悔やむ事になったのだった……





第十六章はこれにて終了、

次回から第十七章となります。


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