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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十六章 断罪と贖罪
78/100

第十六章 断罪と贖罪 其の六

変更履歴

2011/12/29 誤植修正 位 → くらい

2011/12/29 誤植修正 例え → たとえ

2011/12/29 誤植修正 利かなければ → 聞かなければ

2012/06/04 誤植修正 決断だっのだから → 決断だったのだから

2012/06/04 誤植修正 出して結果が → 出した結果が

2012/06/04 誤植修正 振り注ぎ始めた → 降り注ぎ始めた

2012/06/04 誤植修正 脳裏を過ぎるが → 脳裏を過るが

2012/06/04 句読点調整

2012/06/04 詠唱部分レイアウト調整

2012/06/04 記述修正 ですか、ですか。 → ですか?

2012/06/04 記述移動 私に貴方は何を求めていたのですか?~

2012/06/04 記述分割 何を求めていたのですか? そして何を → 何を求めていたのですか? 私は何を

2012/06/04 記述修正 私は貴方から認められたのですか? → 私は貴方に認められたのですか?

2012/06/04 記述修正 どうか教えて下さい → どうかお答え下さい

2012/06/04 記述修正 私はどう言う理由で、この道を進まなければ → 私は何故、人生を歩まなければ

2012/06/04 記述修正 其の力を以って → 其の力を以って此の空に

2012/06/04 記述修正 冒険商人と再会した事か → 冒険商人と再会した事なのか

2012/06/04 記述修正 これがなければ姉は → だがこれがなければ姉は

2012/06/04 記述修正 廃村の修道院の廃墟の中で → 廃墟と化した修道院の中で

2012/06/04 記述修正 そんな不毛な旅には出ずに → そんな失望するだけの旅には出ずに

2012/06/04 記述修正 それでは寿命が尽きるまで奴隷の様な人生を送って → しかしそれでは寿命が尽きるまで奴隷同然の不毛な人生を送って

2012/06/04 記述結合 朝焼けで赤く見えていた。もう暫くすれば → 朝焼けで赤く見えており、もう暫くすれば

2012/06/04 記述修正 深い藍色だった空の色も → ここへと呼び出された当初は深い藍色だった空の色も

2012/06/04 記述修正 一転して変わり、半ば呆けた様に → 一転して、今度は半ば呆けた様に

2012/06/04 記述結合 朝が訪れていた。周辺の森からは、小鳥のさえずりが → 朝が訪れており、周辺の森からは小鳥のさえずりが

2012/06/04 記述修正 私からは直接与える事は出来なかったが、何らかの答えを → 私からは直接与える事は出来なかった何らかの答えを、

2012/06/04 記述修正 希望を求めての長い一人旅 → 希望を求めての長い放浪の旅

2012/06/04 記述修正 その末に見つけたのは → その果てに見つけたのは

2012/06/04 記述修正 ここまで生き延びたのは → ここまで生き延びたのが

2012/06/04 記述修正 私が加担した事になる → 私が加担した事とになる

2012/06/04 記述修正 弟への謁見の際の両者の認識の齟齬を引き起こしたのが → 弟への謁見の際に生じてしまった両者の認識の齟齬が

2012/06/04 記述修正 過去から来るすれ違いであり → 過去から来る確執であり

2012/06/04 記述修正 非を問うべき所とは思えない → この時点で非を問うべき所とは思えない

2012/06/04 記述修正 或いは息絶えるだけで → 或いはより早く息絶えるだけで

2012/06/04 記述修正 いずれかに思えていて → 何れかに思われて

2012/06/04 記述修正 今現在の選択こそが、これが当人にとって望むものかは別として、 → これが当人にとって望むものかはともかく、今現在の人生こそが

2012/06/04 記述修正 選択であったのではないか → 選択であったのではないだろうか

2012/06/04 記述修正 然るべき因果の結果であるならば → 然るべき因果の理であるならば

2012/06/04 記述修正 与えられた機会において → 与えられた機会に於いて

2012/06/04 記述修正 私に与えられた為すべき事を行う → 私に託された為すべき事を行う

2012/06/04 記述修正 辿るべき道筋ではないだろうか → 辿るべき運命ではないだろうか

2012/06/04 記述修正 それは年齢相応の表情に見えて → それは年齢相応の顔に見えて

2012/06/04 記述修正 だがこの女の母親や → だがこの女の亡き母親や

2012/06/04 記述修正 否定も肯定もせずただ驚いて → 否定も肯定もせずに今はただ驚いて

2012/06/04 記述修正 顔を埋めて泣きじゃくり、それは今までずっと → 顔を埋めて泣きじゃくり始めた。それは今までずっと

2012/06/04 記述修正 子供の様に激しい慟哭となって → 幼い子供じみた激しい慟哭となって

2012/06/04 記述修正 見出す事が → 己の力で見出す事が

2012/06/04 記述修正 この詠唱の内容は → この詠唱は

2012/06/04 記述修正 晴天の空は曇り始めて、空は厚い雲に覆われていく → 晴天の青空は、灰色の厚い雲に覆われていく

2012/06/04 記述修正 次々と落ちて来る、白い雪が。 → 次々と舞い落ちる、白い雪が……

2012/06/04 記述修正 この召喚が終わるのを理解した → この召喚の終焉が迫りつつあるのを察した

2012/06/04 記述修正 私が加担した故に → 私が加担したが故に

2012/06/04 記述修正 だが私は本当の神ではない → だが私は真の神ではない

2012/06/04 記述結合 無いのだろうと私は感じた。これまでの半生を聞いて → 無いのだろうと感じつつ、これまでの数奇な半生を聞いて

2012/06/04 記述追加 寧ろ父の迎えを待たずに~

2012/06/04 記述修正 私は己の中で考察し始めた → 私は姉の罪と罰について考察を始めた

2012/06/04 記述修正 だが、死は全てを奪うだけで、逆に言えばそれまでであり → だがそれは、逆に言えば生を終える死を得るとも言えて

2012/06/04 記述修正 生きる事からの解放とも → 生き続けるが故の様々な苦痛からの解放とも

2012/06/04 記述修正 苦悩が流れ出たかの様に → 苦悩が涙となって流れ出たかの様に

2012/06/04 記述修正 若干若返った様にも見えた → 若干若返ったかにすら見えた

2012/06/04 記述修正 身内に会いたいと 身内に再会したいと

2012/06/04 記述修正 死刑執行人としての罪悪感を抱えたまま → 死刑執行人としての罪悪感と充足感を相殺させて納得し、

2012/06/04 記述修正 それは姉の望んだ事とは → それは打算的な見解であり、姉の本来望んだ人生とは

2012/06/04 記述修正 死は全てを奪うと言う意味に於いて → 死はそこから先にある可能性の全てを奪い去ると言う意味に於いて、

2012/06/04 記述修正 重い罪と言える → 最も重い罪と言える

2012/06/04 記述修正 正当に裁く事にしよう → 正当且つ公平に裁く事にしよう

2012/06/04 記述修正 暗雲立ちこめる空から → 再び夜に戻ったかの様な暗雲立ちこめる空から、

2012/06/04 記述修正 忽ち雲一つ無かった晴天の青空は、 → すると雲一つ無かった晴天の青空は、忽ち

2012/06/04 記述修正 零にする事はまず不可能だろう → 無に帰する事はまず不可能だろう

2012/06/04 記述修正 これらをたった一人の → これら全てをたった一人の

2012/06/04 記述修正 抱えきれる訳は無い → 抱えきれる訳が無い

2012/06/04 記述修正 それはそれが正しい道だったから → それは正しい道だったから

2012/06/04 記述修正 私が加担した事となる → 私が加担して成就させた事となる

2012/06/04 記述修正 その後私は → 結論を導き出した後に私は

2012/06/04 記述追加 それに人間にとって最も酷な事とは~

2012/06/04 記述追加 姉が望んでいるのは最も辛い罰なのだから~

2012/06/04 記述修正 巫女の少女が目を覚まして → 蒼玉の巫女の少女が目を覚まして

2012/06/04 記述修正 零には出来なくとも → 無に帰するまでは出来なくとも

2012/06/04 記述分割 様々な物が生じる事だとすれば → 様々な物が生じる事だとすれば、終末とは全ての有が融合し唯一の無へ帰結する事だろう。これと同様に

2012/06/04 記述修正 その表情には動揺も絶望も見えず → 姉のその表情には動揺も絶望も見えず

2012/06/04 記述修正 今はただ驚いて → 今はただ驚きつつも

2012/06/04 記述修正 ここまで永らえた運命に → ここまで永らえた人生に

2012/06/04 記述修正 これも違うと思える → これも違うだろう

2012/06/04 記述修正 一方的な非があったとは思えない → 一方的な非があったとは思えず

2012/06/04 記述修正 非を問うべき所とは思えない → 非を問うのは筋違いだと感じる

2012/06/04 記述修正 その結果死ぬ筈の定めは変化して → その結果弟と共に息絶えると思いきや、運命は思わぬ具合に転がって

2012/06/04 記述修正 その他の人間は皆空を眺めて → 修道女やその他の人間は皆空を眺めて

2012/06/04 記述修正 殺した者達の奪った → 殺した者達から奪った

2012/06/04 記述結合 男達の詠唱が始まった。今回は中央の蒼玉の氏族ではなく、向かって右側の緋玉の氏族の男達から発せられた → 今回は中央の蒼玉の氏族ではなく、向かって右側の緋玉の氏族の男達から、新たな詠唱が発せられ始めた


長い長い独白が終わり、最後の望みを語り終えた修道女は、全てを出し切ったと言わんばかりに項垂れており、もうこれで思い残す事は無いのだろうと感じつつ、これまでの数奇な半生を聞いて、結局この女の人生とは何だったのだろうと、私は考えていた。

普通の子供としての幸せは短く、子供時代の後半は虐げられ続けた生活、その後は唯一の希望を求めての長い放浪の旅、その果てに見つけたのは絶望だった。

最後の役目としての父の埋葬を終えた後、転帰を向かえた様にも思えたが、最後の最後で全ての元凶となった出来事へと回帰して、報復へと向かってしまう。

その結果弟と共に息絶えると思いきや、運命は思わぬ具合に転がって生き永らえる事になり、今ここで私と対面している。

これは一体何なのだろう、修道女にとってどの選択が正しく、どの選択が間違いだったのか、裁く立場の神である私にもまるで判らない。

咎人としてここまで生き延びたのが間違いとするなら、あの炎上する屋敷の中で弟と共に息絶えるか、それとも敗れるべきだったのか、それだと誤りの原因は私が加担して成就させた事となる。

それともそもそも私を召喚して報復を企んだ段階で罪を負っているとするなら、弟に捕まり拷問の最中に息絶えるべきだったのか、それなら何故緋玉の王の力が女を守ったのか、それは正しい道だったからではないのか。

ならば弟への謁見の際に生じてしまった両者の認識の齟齬が原因なのか、これは姉に一方的な非があったとは思えず、弟の側にも問題があったのではないか、しかしどちらもそれぞれの過去から来る確執であり、この時点で非を問うのは筋違いだと感じる。

そうなると姉が弟に会いに向かった事が罪だったのかと言うと、生き別れていた身内に再会したいと望むのが過ちだと言うのは酷な話だろうし、それだと恐らく冒険商人の所で命を落としていたであろうから、約束が果されていれば今頃は廃村の父親や母親の墓標の隣で、死刑執行人としての罪悪感と充足感を相殺させて納得し、永眠していたのかも知れないが、それは打算的な見解であり、姉の本来望んだ人生とは違うと思える。

或いはそんな生き様を選択するに到った時点で既に間違いだったとすれば、廃村で旧知の冒険商人の誘いに応じた事か、若しくは冒険商人と再会した事なのか、だがこれがなければ姉は廃墟と化した修道院の中で、首でも吊っていたのではないだろうか。

家族の死を知ってしまったのが間違いであるのなら、偶然にも墓地を見つけたのが過ちとすると、父と弟を探して終生彷徨い続ける人生を送り、最後まで期待を残して旅の途中で命が尽きるべきだったのか、これも報われているとは思えない。

そんな失望するだけの旅には出ずに、ずっと父の帰りを修道院で待ち続けるべきだったのか、しかしそれでは寿命が尽きるまで奴隷同然の不毛な人生を送って、父は迎えに来なかったと言う失意を抱きつつ死を迎えただけだろう。

寧ろ父の迎えを待たずに孤児院から逃げ出して父親に会いに行けば良かったのか、いや、流石に唯一信じる父親の言いつけを破る行為は出来る筈がないし、それに若しそう出来たところで、子供一人で行方も判らない父を探して旅するなど不可能だ。

父親が姉を預けた際にその指示を聞かなければ良かったのか、そうした時の運命は想像出来ないが、父親からすれば二人の幼い子供を抱えて、行商の旅をするのは無理だと判断しての苦渋の決断だったのだから、本来の父親の命運よりも悲惨な最期を向かえたのではないかと思える。

だとしたら、母親の埋葬の際に負の感情に従い弟を殺しておけば救われたのか、幼少の時点でそれだけの罪を背負って生きる事が正しい筈は無い。

ではそもそも弟を取り上げる時に失敗していれば良かったのか、もしそうなっていても恐らく母親はこの時に死んでしまい、修道女は母親や弟を死なせた事を生涯悔やみ続けたろうから、これも違うだろう。

更に遡り、弟の出産の際に母親が娘を救うべく力を使い、過労と怪我の二度姉を救った事が間違いの元だったとすると、あの時点で母親と共に幼くして死ぬ運命を与えるのが正しいのなら、私が救ったのが間違いだった事になる。

結局どの分岐点に於いても、その選択されなかった先の運命は別の意味で浮かばれないか、或いはより早く息絶えるだけで人生を短くしたかの何れかに思われて、これが当人にとって望むものかはともかく、今現在の人生こそが最も長く生きる事になる選択であったのではないだろうか。

ここまで永らえた人生に意味があるとすれば、それは私と再会する為なのではないか、私にはそう感じられた。

私が翻弄してここまで辿り着いた結果が然るべき因果の理であるならば、こうして与えられた機会に於いて、私に託された為すべき事を行う、それがこの先辿るべき運命ではないだろうか。

私は彫像の様に動かない白髪の女へと呼び掛けて、私が今まで見聞きして来た過去を女へと語り始めた。




私の話が終わる頃には、空には朝日が昇り始めていて、ここへと呼び出された当初は深い藍色だった空の色も朝焼けで赤く見えており、もう暫くすれば陽は上がり朝を迎えるだろう。

蒼玉の巫女である少女の体を通して、弟の出生時の事や緋玉の王の報復の事、更には蒼玉の女王としての弟救済の話を聞いた修道女は、今までの精根尽きた状況から一転して、今度は半ば呆けた様にこちらを眺めていた。

深い皺を湛えた苦渋に満ちた表情が崩れると、それは年齢相応の顔に見えて、やはり精神こそが肉体を支配しているのだと改めて実感した。

私の話を疑っている訳では無いのだろうが、三柱の神の中身が全て同一の存在だったと聞かされても、素直に納得するのは難しいと予測していたので、この反応はある意味予想通りとも言えた。

だがこの女の亡き母親やこの集落で生きて来た人間達よりは、まだ受け入れやすいのではないかとも思えて、修道女は否定も肯定もせずに、今はただ驚きつつもその事実を理解しようとしている、私にはそう見えた。

暫くすると不具の女は私の語った内容を理解したらしく、表情に変化が見られたと思ったら、意を決した様に厳しい顔つきへと変わり、思いつめた様な表情になったと思った途端、前へと進み私へと縋りついた。

蒼玉の巫女の体を介しているとは言え、通常の人間が神に直接触れるのは赦される事なのかと言う疑問が脳裏を過るが、それならこの女は既に二回目だと言う事を思い出した。

だからと言って容認されるものかは別問題な気もするが、それを私が考える前に、修道女は間近に私の顔を見上げると感情を爆発させた。

「蒼玉の女王よ、いいえ、巫女に宿る三柱の神の化身よ、

 どうか、どうかお答え下さい。

 私の選択は正しかったのですか? それとも間違っていたのですか?

 私は貴方に選ばれた者なのですか? それとも疎まれた者なのですか?

 私は貴方に認められたのですか? それとも捨てられたのですか?

 私は何故、この人生を歩まなければならなかったのですか?

 私にどうしてこの様な運命を与えたのですか?

 私に貴方は何を求めていたのですか?

 私は何を為すべきだったのですか?

 私はどうすれば良かったのですか?

 私は、私は……」

そこまで捲くし立てる様に口走ると声を詰まらせて、そこから先は私の仮初の体にしがみつき啜り泣きへと変化した。

この詰問に私は答える事が出来ず、ただしがみついた修道女にされるがまま、無力感に打ち拉がれるばかりだった。

こんな時に本当の神たる存在であれば、絶対的な真理を説いたり、本当の正しい選択を語り聞かせたり出来るのかも知れない、だが私は真の神ではない。

いや、本物ではあるとも言えるが、中身の伴わない出来損ないの存在でしかなく、その意識や知恵は神の叡智などではない、只の一人の人間程度だ。

そんな矮小な存在が、一人の人間の人生の正しい道を諭す事など出来る筈がない。

ただただ啜り泣きを続けるばかりのこの哀れな女へと今出来る事は、この手で抱擁してやるくらいしか思いつかなかった。

それで私からの償いになるとは思わなかったが、触れる事が出来る肉体を得ている形で再会を果たしたのは、ある意味これも運命では無いかと思えた。

私が女の頭と背中に手を回すと、腕の中の女は巫女の胸に顔を埋めて泣きじゃくり始めた。

それは今までずっと堪えて来た分もここで発散するかの様な、幼い子供じみた激しい慟哭となって周囲へと響き渡っていた。




この頃には太陽は完全に姿を現し、朝が訪れていて、周辺の森からは小鳥のさえずりが聞こえ始めている。

修道女はあれから暫く我を失った様に号泣していたが、それはそう長くは続かずに落ち着きを取り戻していた。

短時間ではあったが泣き腫らした顔の修道女は、鬱積していた苦悩が涙となって流れ出たかの様にすっきりとした表情になり、その影響でか若干若返ったかにすら見えた。

瞼は赤く腫れているがその表情には僅かに笑みも浮かび、私からは直接与える事は出来なかった何らかの答えを、己の力で見出す事が出来たのだろうかとも思えた。

こうして最後の対話は終わり、その時を測っていたかの様に、姿を消していた男達がこの場へと戻って来た。

私と対面していた位置に戻っていた咎人の女は、再び少し離れた位置へと若い男等に戻されて座らされたが、最初に来た時とは異なり手を煩わせる事無く素直に従っていた。

全ての人間達が元の位置に戻った所で、今回は中央の蒼玉の氏族ではなく、向かって右側の緋玉の氏族の男達から、新たな詠唱が発せられ始めた。

「蒼玉の女王よ、

    朝旦の刻に我等は女神に問う、

       此の咎人の裁きの答えを与え給え。

 蒼玉の女王よ、

    咎人の罪が幽閉に値するならば、

       其の力を以って此の空に雨を齎し給え。

 蒼玉の女王よ、

    咎人の罪が追放に値するならば、

       其の力を以って此の空に雪を齎し給え。

 蒼玉の女王よ、

    咎人の罪が万死に値するならば、

       其の力を以って此の空に雹を齎し給え。

 蒼玉の女王よ、

    咎人の罪が無実に値するならば、

       其の力を以って此の空に霧を齎し給え」

この詠唱は咎人である修道女にも聞こえているのだろうが、その内容も判っているのかは良く判らない。

こちらから見ていて判るのは、いよいよ裁きが下る時であると言うのに、姉のその表情には動揺も絶望も見えず、冷静である事だった。

私からの話をする前までは、自身の行いを悔やみ強く極刑を望んでいたが、最後の私との対談で全ての苦悩や蟠りは無くなり、私の選択するどの様な結論であっても、素直に受け入れられる境地に達したのだろうか。

今私へと向けられる修道女の左眼は、朝日の光の効果もあるのかも知れないが、かつての澄んだ月の瞳を取り戻している様に見えた。

私の意に従うのであれば、私もまた裁き手として召喚された以上、正当且つ公平に裁く事にしよう。

私は姉の罪と罰について考察を始めた。




姉の犯した、同族である弟を殺した罪と言うものは、どの様な理由があろうとも許されるものではない。

たとえそれが私が加担したが故に起きた結果だったとしても、それを望み引き起こした罪は拭えないからだ。

姉は最後の訴えの中で、その罪を認めて償う為に最も重い罰をと望んでいた。

定命の時を生きて死んでいく人間には、死はそこから先にある可能性の全てを奪い去ると言う意味に於いて、最も重い罪と言える。

だがそれは、逆に言えば生を終える死を得るとも言えて、別の解釈では生き続けるが故の様々な苦痛からの解放とも捉える事も出来る。

姉が望んでいるのは最も辛い罰なのだから、安易な結論を齎すのは相応しいとは言えまい。

私はこれまでの召喚に於いて様々な主義主張を持ち、色々な立場や境遇に置かれた人間達と関わってきた。

それらを見ていて感じたのは、命を奪われる者は生の望まぬ終焉と死に至る苦痛で以って終わるだけだが、命を奪う者はその事実を正常な意思を保ち続ける限り、忌むべき消えぬ過去として抱えていく事になり、それが多ければ多い程に犯した罪の苦悩は増していく事だった。

それは殺した者達から奪った時をも背負って行く事では無いだろうか。

“嘶くロバ”より聞かされて来た神話の幾つかには創世記があり、それらの大半は世界は何も無いか、たった一つの混沌から出来ていると云う話だった。

つまり全ての物の総和は零になり、創世とは一つの混沌や無の状態から、属性を振り分ける事に因って幾多の有へと変化し、様々な物が生じる事だとすれば、終末とは全ての有が融合し唯一の無へ帰結する事だろう。

これと同様に、人の行いから生じる感情もまた同様に総和を零にする様にしてやるべきで、それが世界の摂理に則った流れなのではないか。

その結論に到った私は、最後にもう一度だけ白髪の不具者である姉へと目をやった。

この娘の今までの人生では、弟以外にもあまりに多くの命を奪って来た、その罪を全て清算し無に帰する事はまず不可能だろう、殺して来た人間が受けた苦しみとその先にある筈だった人生での感情、これら全てをたった一人の不具者が抱えきれる訳が無い。

だが今の達観した心境を迎えた状態ならば、無に帰するまでは出来なくとも何かを見出して行けるのではないか、そう期待したい。

それに人間にとって最も酷な事とは、当人が全く望んでいない事象を与えそれを続けさせる事になろうから、そういった意味でも神の期待はこれ以上ない程に厳しいとも言えて、姉の願望も叶えているとも言えよう。

私は結論を導き出すと、宿っている蒼玉の巫女の体を反転させて湖へと向いてから、右腕を上げて裁きの答えを齎すべく構えて、そして力を空へと放った。

すると雲一つ無かった晴天の青空は、忽ち灰色の厚い雲に覆われていく。

それと反比例して、私の意思と蒼玉の巫女の体を繋ぐ力が失われて行くのを感じ、裁き手の役目は終わってそろそろこの召喚の終焉が迫りつつあるのを察した。

この流れに逆らうのは裁き手として相応しくないだろうと思い、天候を変える力へと注ぐ糧の消費は緩めずに、全力を注ぎ続けた。

そして今にも降り注がんばかりに、空を厚い雨雲で覆ったところで私は意識を失った。




この後私は、何故かまたしても最初に現われた場所である、湖の中央へと戻っていた。

どうやらいつもの世界へと戻るまでには、まだ僅かに時間が残されていたらしい。

誰のおかげかは判らないが、私はその計らいに感謝した。

先程まで居た湖畔へと目を向けると、私の憑依から解かれた蒼玉の巫女の少女が目を覚まして、立ち上がるのが丁度見えていた。

修道女やその他の人間は皆空を眺めて、私の裁きの結果を見定めている様だ。

私も自分の出した結果が正しく反映されているのかを確認すべく、長い髪を払って上を向き空を眺めると、それと殆んど同時に、再び夜に戻ったかの様な暗雲立ちこめる空から、私が招きよせた物が地表へと降り注ぎ始めたところだった。

太陽の光を遮る黒雲から、次々と舞い落ちる、白い雪が……





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