第十六章 断罪と贖罪 其の五
変更履歴
2011/05/31 誤植修正 向かえて → 迎えて
2012/06/03 誤植修正 胴体にと → 胴体と
2012/06/03 誤植修正 力を奮い → 力を振るい
2012/06/03 誤植修正 力を奮う → 力を振るう
2012/06/03 句読点調整
2012/06/03 記述修正 数日までに迫っていると言う → 残り数日に迫っていると言う
2012/06/03 記述修正 高まれば高まる程に → 高まれば高まる程
2012/06/03 記述修正 期限は刻々と近づいて行きました → 期限は刻々と近づいて来ました
2012/06/03 記述修正 弟は私の報復に備えて → 弟は私の襲撃に備えて
2012/06/03 記述結合 神の力に及ぶ訳もありません。弟の屋敷では → 神の力に及ぶ筈もなく、弟の屋敷では
2012/06/03 記述修正 弟の屋敷では緋玉の王の策に従い、誰一人逃す事無く、その強大な力で殺し続けました → その強大な力を振るえば、命を奪うなど造作もない事でした。
2012/06/03 記述修正 明白になっていました → 明白でした
2012/06/03 記述修正 勝負に勝っても負けてもその先にあるのは → その先にあるのは
2012/06/03 記述修正 焼死か圧死でした → 屋敷の延焼に巻き込まれての焼死か、倒壊する屋敷に潰されて圧死するかの、いずれかでした
2012/06/03 記述修正 持っていたからではないだろうか → 持っていたから
2012/06/03 記述修正 聞いていてもおかしくはないし → 聞いていてもおかしくはない
2012/06/03 記述修正 母の血統でない人間が → ただ、母の血統でない人間が
2012/06/03 記述修正 人間が使えるのかは判らないが → 人間が使えるのかは、判らないけれど
2012/06/03 記述削除 、とにかく腕輪の力を使った
2012/06/03 記述修正 父が発動させたのなら → だけどもし父が発動させたのなら
2012/06/03 記述修正 父が持つのが自然ではないか → 父が持つのが自然な筈
2012/06/03 記述修正 精一杯だったのではないか、そう思いました → 精一杯だったのではないか
2012/06/03 記述修正 私の父とは別の養父の事であって → 実の父とは別の、養父の事であって
2012/06/03 記述修正 伯爵だった。 → 伯爵だった……
2012/06/03 記述修正 何処かへと向かって一定の速度で幌馬車は走っている → 幌馬車は一定の速度で走っている
2012/06/03 記述修正 それで少しでも私の犯した過ちが → そうしたところで私の犯した過ちが
2012/06/03 記述修正 私のせめてもの償い → 私のせめてもの償いの証として
2012/06/03 記述修正 私は二ヶ月に及ぶ幌馬車での連行の旅の後に → 二ヶ月に及ぶ幌馬車での連行の旅の果てに
2012/06/03 記述修正 それは私が牢獄へ入れられて → それは私が牢獄へ入れられてから
2012/06/03 記述修正 一番最初に現われた人間であり → 一番最初に現われた人間で
2012/06/03 記述修正 聞かされました → 聞かされたのです
2012/06/03 記述修正 それ故に → 召喚に成功した事に因り
2012/06/03 記述結合 神官として認められた。だがそれ故に → 神官として認められた、だがそれ故に
2012/06/03 記述修正 継承していたからには → 継承したからには
2012/06/03 記述修正 おかしくはないのかと理解しました → おかしくはないのかと、納得しました
2012/06/03 記述修正 私の運命ならばそれに従い → 私の運命ならそれに従い
2012/06/03 記述修正 一週間が過ぎて二週目に入ると → 二週目に入ると
2012/06/03 記述修正 この頃は安全な場所を探しながら → 私は安全な場所を探しながら
2012/06/03 記述修正 報復するかの方法について、考えていました → 報復するかを、ずっと考えていました
2012/06/03 記述結合 追手の数は、目に見えて減って来ていました。この頃に貧民街にも流れていた噂では → 追手の数はかなり減り、それと入れ替わる様に貧民街に流れ始めた噂では
2012/06/03 記述修正 次の金儲けの航海に出る予定で → 次の航海に出る予定で
2012/06/03 記述修正 稼いで来ると云う話が広まっていました → 大儲けしてくると云う話で持ち切りでした
2012/06/03 記述修正 この頃から屋敷の近くまで出向いて → 身を潜めつつから屋敷の近くまで出向いて
2012/06/03 記述修正 警備が手薄になる時の確認を始めていました → 襲撃の機会を探る下調べを行ない始めました
2012/06/03 記述修正 結局私は → しかし必死の努力も空しく、結局私は
2012/06/03 記述修正 翌月を迎えてしまいました → 翌月を迎えてしまったのです
2012/06/03 記述修正 単身でもこれから襲撃に行って → 単身でもこれから襲撃に向かい
2012/06/03 記述修正 殺される方が良いかとも → 殺される方がましかとも
2012/06/03 記述修正 あるかも知れないと考え直して → あるかも知れないと思い留まって
2012/06/03 記述修正 とりあえず夜を待ちました → とりあえず夜を待つ事にしました
2012/06/03 記述修正 若しかすると意外と大丈夫なのではと → これは意外と大丈夫なのではと
2012/06/03 記述修正 禁断症状が始まりました → 禁断症状が出始めました
2012/06/03 記述結合 屋敷内に居たこの目に見える、全ての者達を殺しました。やがて動いている者も居なくなり → 屋敷内に居た全ての者達を殺し続けていると、やがて動いている者も居なくなり
2012/06/03 記述修正 立ち向かって来る者達も逃げ惑う者達も → 緋玉の王の策に従い、誰一人逃す事無く、立ち向かって来る者達も逃げ惑う者達も
2012/06/03 記述修正 全て敵であり容赦はしないし → 全て敵であり容赦しないし
2012/06/03 記述修正 どの様な言葉を聞いても → どんな綺麗事を口走っていても
2012/06/03 記述修正 聞く耳は持ちませんでした → 私は聞く耳を持ちませんでした
2012/06/03 記述修正 一騎打ちが始まりました → 弟との決闘が始まったのです
2012/06/03 記述修正 何が神聖なるだ、非道の悪党の分際で → 非道の悪党の分際で
2012/06/03 記述修正 そんな言葉が吐けるものだな → そんな言葉が吐けるものだ
2012/06/03 記述修正 私が魔女や化物ならばお前もやはり同類だ、我が弟よ → 私が魔女や化物と言うなら、お前もやはり同類だ
2012/06/03 記述修正 目的は達成出来るとは → 目的を達成出来ると
2012/06/03 記述修正 私の右腕の先に → 私の右の二の腕の先に
2012/06/03 記述修正 今断ち切られたかの様に血が噴き出して → たった今断ち切られたかの様に血が噴き出し
2012/06/03 記述修正 右耳や右眼からも血が流れ → 右耳や右眼からも血が溢れ出して
2012/06/03 記述修正 私はそれら神をこの身に宿した → 私は神をこの身に宿した
2012/06/03 記述修正 お前はあの伯爵の → ……お前は、あの伯爵の
2012/06/03 記述修正 弟の体を確認したところ → 弟の体を確認すると
2012/06/03 記述修正 腕輪の直径よりも大きな円形状の火傷があり → 腕輪の直径よりもずっと大きな、円形状の火傷があり
2012/06/03 記述修正 我が手でその命を → この手でその命を
2012/06/03 記述修正 これは母の形見の腕輪が → 弟の体の火傷は、母の形見の腕輪が
2012/06/03 記述修正 そこは判りませんが → そこは良く判らないけれど
2012/06/03 記述修正 弟にとっても本来の父の記憶は → 弟から本来の父の記憶は
2012/06/03 記述分割 判っていなかったのです、本当の父や母を → 判っていませんでした。本当の父や母を
2012/06/03 記述修正 戻っていないかも知れない緋玉の王へと → 戻っていないかも知れない緋玉の王に
2012/06/03 記述修正 私は最後の願いを言いたかった → 私は最後の願いを伝えたかった
2012/06/03 記述修正 殴られたり蹴られたりもしました → 殴られたり蹴られたりもして
2012/06/03 記述修正 どう言う理由なのか → 一体どう言う理由なのか
2012/06/03 記述修正 それが私の辿るべき最期だ → それが私の辿るべき最期なのだと
2012/06/03 記述修正 そう思ってここへとやって来ました → そう思ってここへとやって来たのです
2012/06/03 記述修正 仲間のところへ送ってやる、我が手で死を与えてやる → 仲間のところへ、この手で送ってやろう
2012/06/03 記述修正 それが姉としての最後の慈悲だ → それが姉としての最後の慈悲
2012/06/03 記述修正 先程の今際の弟の言葉と → 祈りを捧げている間に、先程の今際の弟の言葉と
2012/06/03 記述修正 私は一つの結論に行き着きました → 私は一つの答えに行き着きました
2012/06/03 記述修正 右手や胴体の火傷痕と → 右手や胴体の火傷痕を
2012/06/03 記述修正 一つの結論に行き着いたのです → 一つの結論に行き着きました
2012/06/03 記述修正 この状況で時が経てば → この状況で戦いが長引いたとしても
2012/06/03 記述修正 どのみち焼け落ちる屋敷の下敷きになって、どちらも息絶える筈で → どのみちどちらも助かる事はなく
2012/06/03 記述修正 弟の死ぬところを確認したかったのです → 弟に勝ちたかった
2012/06/03 記述修正 全身全霊を込めた召喚を始めました → 全身全霊を込めた召喚を行ないました
2012/06/03 記述削除 この間私は身を潜めていた廃屋の中で~
2012/06/03 記述修正 更に緋玉の王の力も弱まり始めており → 緋玉の王の力もかなり弱まっており
2012/06/03 記述修正 それまでの様な、神としての圧倒的な戦いにはならず → 先程までの様な、神としての圧倒的な虐殺にはならず
2012/06/03 記述移動 弟はかなり優れた剣の使い手であった様で~
2012/06/03 記述結合 拮抗する力同士の戦いになっていました。弟はかなり優れた → それに加えて弟は、かなり優れた
2012/06/03 記述修正 それを聞いた弟も → すると弟も
2012/06/03 記述削除 貴様の様な神を冒涜する魔女を、身内に持つ覚えはない、
2012/06/03 記述修正 語る必要はないと吐き捨ててから → 語るべき言葉はないと吐き捨ててから
2012/06/03 記述修正 剣を抜きました → 剣を抜き放ちました
2012/06/03 記述修正 我が命も体も魂も捧げて → 私の命も体も魂も全てを捧げて
2012/06/03 記述修正 結局私は神へと右腕と右眼と右耳を → 右の腕と眼と耳のみを
2012/06/03 記述修正 叶えて戴けるのなら → 叶えて頂けるのなら
2012/06/03 記述修正 死以上の重き刑があるのなら → 万死以上の重き刑があるのなら
2012/06/03 記述修正 申し開きを行う時を与えられる → 申し開きを行う機会を与えられる
2012/06/03 記述修正 神へと乞うのだ → それを神へと乞うのだ
2012/06/03 記述修正 もうすぐ命は尽きる筈だと → すぐに命は尽きる筈だと
2012/06/03 記述修正 禁断症状は起きません → 禁断症状は起きませんでした
2012/06/03 記述修正 そして力尽きて灰になって、弟の体を焼き、この時弟は → そして力尽きて、燃え尽き灰になった。この時弟は
2012/06/03 記述修正 自分の体に触れる程に → 抱き締める様に
2012/06/03 記述修正 掴んでいた右手に火傷がついた → 掴んでいた右手に火傷を負った
2012/06/03 記述修正 決して叶わない → 決して叶う事のない、
2012/06/03 記述修正 立って歩けば十歩程度の距離なのに → 普通に歩けば十歩程度の距離なのに
2012/06/03 記述修正 瓦礫の中を幾度も気を失いそうになりながら → 焼け崩れる瓦礫の中を、幾度も意識を失いそうになりながら
2012/06/03 記述修正 必死にのたうちながら進んで、弟のところまで辿り着きました → 必死にもがく様に進んで、やっとの思いで弟のところまで辿り着きました
2012/06/03 記述修正 母から与えられたこの部族の力を → 母から与えられた部族の力を
2012/06/03 記述修正 実の弟を殺す為に用い → 実の弟を殺す為に利用し
2012/06/03 記述修正 母から貰っていた丸薬に → 母から貰っていた丸薬と
2012/06/03 記述修正 力を使った → 腕輪の力を使った
2012/06/03 記述削除 これは多分、私と同じ形見の腕輪の火傷の痕で~
2012/06/03 記述修正 私が刺した短剣を引き抜き → まず私が刺した短剣を引き抜き
2012/06/03 記述修正 組ませようとした弟の右手と → 弟の右手と
2012/06/03 記述修正 緋玉の王が消えたすぐ後に → 緋玉の王が消えたすぐ後
2012/06/03 記述修正 私は安堵から気力が尽きてしまい → 私は気力が尽きてしまい
2012/06/03 記述修正 その場に座り込んでしまいました → その場に倒れ込んでしまいました
2012/06/03 記述修正 魔女や化物である私を → 仇敵である私を
2012/06/03 記述修正 悪魔に魂を売る様な血族を持った覚えはない → 貴様の様な、悪魔に魂を売った愚か者を血族に持った覚えはない
2012/06/03 記述修正 私が魔女や化物と言うなら → 私を魔女や化物と言うのなら
2012/06/03 記述修正 お前もやはり同類だ → お前とて私と同類ではないか
2012/06/03 記述修正 そして私は遂に → その気迫が功を奏したのでしょう、最後の最後にして私は遂に
2012/06/03 記述修正 逃げ出すに違いないと思い → 逃げ出すのに違いないと思い
2012/06/03 記述修正 大地を穿つ湧水と雨の支配者よ → 大地を穿ち崩す湧水と雨の支配者よ
2012/06/03 記述修正 本当は弟ではなく私だったのです → 弟ではなく私だったのです
2012/06/03 記述削除 それが大きな目的の為とは言え~
2012/06/03 記述修正 地下の牢獄に収監されました → 地下の牢獄に幽閉されました
2012/06/03 記述修正 消えて行くところでした → 消えゆくところでした
2012/06/03 記述修正 酷い頭痛へと変わり → 酷い激痛へと変わり
2012/06/03 記述修正 激しい吐き気から来る嘔吐も加わって → まるで全ての臓腑が捩じ切られるかの様な、壮絶な苦痛も加わって
2012/06/03 記述修正 起き上がる事も出来ずに → 起き上がる事も出来ず
2012/06/03 記述修正 地面を呻きながら転がって → 呻きながら地面を転がり回って
2012/06/03 記述修正 弟の形見の力を使えるのは → 母の形見の力を使えるのは
2012/06/03 記述修正 生まれた訳でも無く → 生まれてもおらず
2012/06/03 記述修正 育てられた訳でもない → 育てられてもいない
2012/06/03 記述修正 儀式を行って召喚した → 儀式を行って、緋玉の王を召喚した
2012/06/03 記述修正 拒む私に食事を無理やり与えました → 拒む私に無理やり食事を与えました
2012/06/03 記述修正 布を巻かれていて見えず → 皆布を巻いていた為に見る事が出来ず
2012/06/03 記述修正 最後の言葉を囁く様な小声で言いました → 囁く様な小声で最後の言葉を発しました
2012/06/03 記述修正 残っている左腕は → 両足には足枷を嵌められ、残っている左腕は
私は弟が放った追手から逃れる為に、貧民街の廃墟を転々としながら過ごしていました。
最初の一週間は逃げ回るのに必死で、昼夜を問わず男と見れば追手だと思い込み、人の姿の多い日中は、廃墟の中で身を潜めて、深夜になってから、夜陰に紛れて移動するのを繰り返していました。
二週目に入ると、追手とそうでない人間の区別がつく様になり、最初の頃よりは余裕が出てきて、私は安全な場所を探しながら、どうやって弟へと報復するかを、ずっと考えていました。
三週目になると、もう追跡は諦めたのか、追手の数は目に見えて減り、それと入れ替わる様に貧民街にも流れ始めた噂では、弟は近々次の航海に出る予定で、今度は今まで以上に、大儲けしてくると云う話で持ち切りでした。
これは私に襲われる事を恐れて、逃げ出すのに違いないと思い、弟が海に逃亡する前に、どうにかして目的を果す必要があると思うものの、こちらも準備をしなければ、ただ殺されに行くだけなのは明白です。
ですから私は、身を潜めつつ屋敷の近くまで出向いて、襲撃の機会を探る下調べを行ない始めました。
そして四週目に入り、警備は深夜の交代時間に隙があるのが判り、それからは毎晩、緋玉の王を呼び出す詠唱を続けていました。
もう私に与えられている時間も、残り数日に迫っていると言う危機感も募り、その切迫した感情が高まれば高まる程、召喚は成功に近づく、そんな気がしていましたが、なかなか呼び出すまでには到らず、期限は刻々と近づいて来ました。
しかし必死の努力も空しく、結局私は四週目の夜も全て召喚に失敗し、遂に翌月を迎えてしまったのです。
このままここで朽ち果てるくらいなら、単身でもこれから襲撃に向かい、殺される方がましかとも考えましたが、若しかすると、まだ命の猶予があるかも知れないと思い止まって、とりあえず夜を待つ事にしました。
朝のうちは体調に目に見える様な変化はなく、これは意外と大丈夫なのではと、淡い期待を抱いたのも束の間で、昼を回る頃には、徐々に禁断症状が出始めました。
最初に軽い頭痛や、眩暈と動悸がおき始めて、やはり無事では済まない事を、認識させられたのです。
日が落ちて夜になる頃には、軽い頭痛は頭を金槌で叩かれている様な、酷い激痛へと変わり、新たな症状として、まるで全ての臓腑が捩じ切られるかの様な、壮絶な苦痛も加わって、私はろくに起き上がる事も出来ず、呻きながら地面を転がり回って、もがき苦しむばかりでした。
それが真夜中近くになると、それらの症状が一旦治まってきて、かなり楽になりました。
でもこれはきっと治った訳では無く、次のもっと酷い状態へと移行する間の、小休止でしかないのを感じて、もうこれが本当の最後の機会と思い、意を決して、全身全霊を込めた召喚を行ないました。
その気迫が功を奏したのでしょう、最後の最後にして私は遂に、緋玉の王の二度目の召喚に成功したのです。
この後は、緋玉の王へと、消し炭程度の価値すら無い、私の命も体も魂も全てを捧げて、緋玉の王に悲願を託そうとしたのですが、形見の腕輪がそれを防いでしまい、右の腕と眼と耳のみを捧げる事になりました。
私は自分の右腕の代わりに、王の右腕と同化して、弟の屋敷へと報復すべく向かいました。
弟は私の襲撃に備えて、護衛を増強していた様でしたが、只の人間如きがどれだけ集まったところで、神の力に及ぶ筈がなく、その強大な力を振るえば、命を奪うなど造作もない事でした。
緋玉の王の策に従い、誰一人逃す事無く、立ち向かって来る者達も、逃げ惑う者達も、緋玉の剣や骸に火を灯して放った炎で、屋敷内に居た全ての者達を殺し続けていると、やがて動いている者も居なくなり、屋敷もすっかり炎に囲まれた頃、遂に弟が姿を現しました。
私のところまで近づいて来た弟は、私の事を、破滅を齎す悪しき魔女と罵った後に、我が友の仇は必ず討つと、私へと誓いの声をあげていました。
弟の顔には、激しい怒りは見えなかったものの、私に対する、絶対に揺るがない強固な殺意だけは、その冷たい眼差しから感じました。
その言葉を聞いても、弟に組する者は、全て敵であり容赦しないし、手段も選ばないと決めており、今更どんな綺麗事を口走っていても、私は聞く耳を持ちませんでした。
私は弟へと、もうすぐその仲間のところへ、この手で送ってやろう、それが姉としての最後の慈悲、父と母への大罪は、死を以って償うがいいと告げました。
それを聞いた弟もまた、意に介す様子も無く、貴様の様な、悪魔に魂を売った愚か者を血族に持った覚えはない、神聖なる聖母の名に賭けて、悪魔の力を振るう化物を討ち滅ぼす、そう宣言していました。
非道な悪党の分際で、よくもそんな言葉が吐けるものだ、私を魔女や化物と言うのなら、お前とて私と同類ではないか、私は憤怒の感情に任せて、弟を罵りました。
すると弟も、憎悪の感情を露にして、私の言葉を否定する様に首を振ってから、聖職者に化けた悪魔の手先め、もうこれ以上、語るべき言葉はないと吐き捨ててから、剣を抜き放ちました。
そしてこの後、弟との決闘が始まったのです。
この頃になると、私の禁断症状はぶり返し始めていて、もうあまり時間が残されていないのは、明白でした。
緋玉の王の力もかなり弱まっており、先程までの様な、神としての圧倒的な虐殺にはならず、それに加えて弟は、かなり優れた剣の使い手であった様で、緋玉の王とも互角に渉り合っていました。
私も弟も、もうこの時は、どちらが生き残ったとしても、炎上する屋敷からは生きて出る事は叶わず、その先にあるのは、屋敷の延焼に巻き込まれての焼死か、倒壊する屋敷に潰されて圧死するかの、いずれかでした。
私は最初からそれを覚悟して、ここへとやって来ていたし、弟の方ももはや、仲間を殺し、屋敷を焼き払った仇敵である私を、倒す事しか頭にはないのだと、私を見据える弟の眼を見て、戦いの最中に悟りました。
この状況で戦いが長引いたとしても、どのみちどちらも助かる事はなく、目的を達成出来ると判っていましたが、私はどうしても弟に勝ちたかった。
私の憎悪から来る感情では、全てを奪った弟を死に至らしめる事こそが、両親を奪われた者としての悲願でしたが、母から託された時の感情も、完全に消えた訳では無く、姉として血を分けた弟へと、最期の祈りを捧げてやりたい。
だからどうしても共倒れではなく、私が勝って生き残りたいと望みました。
その為の秘策は、緋玉の王から本当の最後の手として、使う時を良く見定めるように言われていた方法を、ここまでずっと残していました。
何故ならそれは、一度使って失敗すれば二度とは使えない、奇襲だったからです。
私はそれを、姉としての最期の望みを叶える為に使い、その奇襲によって、弟に致命傷を負わせる事に成功したのですが、その直後、私は気力が尽きてしまい、その場に倒れ込んでしまいました。
弟を倒した後に緋玉の王から、私の望みは叶えた事と、私の右腕は貰うとの言葉を聞いて、右腕を見ると、神の右腕と長剣は赤い光が薄れて、消えゆくところでした。
緋玉の王が消えたすぐ後、形見の腕輪も、役目を果たしたと言わんばかりに、急に燃え上ったかの様な高熱を放った後、灰になって崩れ落ちました。
この時、神へと捧げた右腕の残りである、私の右の二の腕の先に、刻印の様な腕輪の模様が焼きつけられて、腕の断面はまるで、たった今断ち切られたかの様に血が噴き出し、火傷と刀傷の痛みが私を襲いました。
更に緋玉の王へと捧げていた、右耳や右眼からも血が溢れ出して、そこからも例え様の無い苦痛が走り、私は神をこの身に宿した代償である痛みに、もがき苦しんでいました。
この激しい苦痛で力尽きてしまう前に、私は最後の望みを果そうと、必死に立ち上がって、まだ私の突き刺した短剣が刺さったままの、弟の元へと、這って向かいました。
普通に歩けば十歩程度の距離なのに、苦痛と衰弱の所為で起き上がる事が出来ず、焼け崩れる瓦礫の中を、幾度も意識を失いそうになりながら、必死にもがく様に進んで、やっとの思いで弟のところまで辿り着きました。
弟は、緋玉の王の渾身の一撃を喰らって、剣の刀身ごと胸を裂かれ、夥しい出血で死に往くところでしたが、まだ辛うじて息がある状態でした。
私が近づいたのに気づいた弟は、虚ろになった青い瞳を動かす事無く、囁く様な小声で最後の言葉を発しました。
……お前は、あの伯爵の何番目の妾の子供だ、と。
それだけ言うと、弟は死にました。
この言葉の意味する事、それを悟って私は大きな衝撃を受けましたが、その前に為すべき事をやり遂げたい、今はそれだけを考えて手を動かしました。
まず私が刺した短剣を引き抜き、天井を見つめている瞳を閉じてから、弟の信仰する聖母の葬儀でする様に、両腕を胸の上で組ませようとした時、弟の右手と、切り裂かれてはだけた胸に、大きな火傷の傷痕があるのに気づいたのです。
その火傷の模様が、何となく私の右腕の火傷と似ている気がして、弟の体を確認すると、胸から腹にかけて、腕輪の直径よりもずっと大きな、円形状の火傷があり、右手の火傷も、それと同じ物に因る痕だと判りました。
私はこの後、この手でその命を奪い取った弟へと、最後の祈りを、弟に対する鎮魂と謝罪、決して叶う事のない、赦しを乞う祈りを捧げました。
私の思い違いでその命を奪ってしまった、無実だったのかも知れない弟へ、冤罪の罰を与えてしまった、赦しを乞う祈りを。
祈りを捧げている間に、先程の今際の弟の言葉と、右手や胴体の火傷痕を合わせて考えた時、私は一つの答えに行き着きました。
弟の体の火傷は、母の形見の腕輪が燃え尽きた痕で、腕輪が燃え尽きたと言う事は、今の私と同じ様に、母から授かった力に頼った証拠で、あれだけ大きく引き伸ばされて残っていると言う事は、まだ体が小さい時、つまり弟は何も分からない時に何かが起きて、腕輪の力を使った。
母の形見の力を使えるのは、父しか思い当たらないから、二人で共にいる時に何かが起こって、その危機から身を守る為に、力は使われた。
父なら、母から何かを聞いていてもおかしくはない、ただ、母の血統でない人間が使えるのかは、判らないけれど。
しかしそれを幼い弟が自ら掴んで、力を使うとは考えられない、だけどもし父が発動させたのなら、父が持つのが自然な筈、そう考えると、その時にきっと父は既に死んでいて、あの力を使えるようにするのが、精一杯だったのではないか。
だから腕輪は弟を守る力を振るい、そして力尽きて、燃え尽き灰になった。
この時弟は、この腕輪を抱き締める様に持っていた、だから密着していた胴体と、掴んでいた右手に火傷を負った。
これは母の形見を、父から渡された時からずっと、首から提げて、大事に持っていたから。
弟はとても幼い時に、父とは死に別れていて、それと同時に母の形見も失ってしまった。
この時はまだ幼すぎて、父親の記憶が残らなかったのか、それともその時に起きた出来事の所為で、過去の記憶が消えてしまったのか、そこは良く判らないけれど、弟から本来の父の記憶はなくなってしまった。
その後に父親として現れたのは、人買いに売られた先の客で、父として愚弄していたのは、実の父とは別の、養父の事であって、それが最後に語った、伯爵だった……
私は何も判っていませんでした。
本当の父や母を知らずに育っていた弟に、無実の罪を擦りつけた挙句、弟の全てを奪い壊してしまった。
死んで詫びなければならないのは、弟ではなく私だったのです。
だから最後に、まだ神々の世界へと、戻っていないかも知れない緋玉の王に、私は最後の願いを伝えたかった。
せっかく叶えて貰った願いは、全てが過ちで、私の思い違いだったと。
そして、冤罪を科してしまった罪深き私に、殺めてしまった弟の倍の痛みを私に与えて、私の魂を永劫の苦痛に晒して欲しいと、願おうとして途中で力尽き、意識を失いました。
その後、私が再び意識を取り戻すと、そこは幌馬車の荷台で、外套を着た一団に囲まれており、両足には足枷を嵌められ、残っている左腕は、胴体と共に縛りつけられて、床に転がされていました。
この人間達の素顔は、皆布を巻いていた為に見る事が出来ず、誰も何も荷台の中では語らずにいたので、どう言う素性の者達かも判りませんでしたが、幌馬車は一定の速度で走っている事だけが判りました。
誰に捕らえられたのかは判らないけれど、丸薬が切れているのだから、すぐに命は尽きる筈だと思っていたのに、いつまで経っても禁断症状は起きませんでした。
不思議に思いつつも、もうこの時は、死ぬ事しか考えていなかったので、禁断症状で死なないのなら、餓死すれば良いと考えていたら、この一団の者達は、拒む私に無理やり食事を与えました。
私は食事の度に抵抗しましたが、人数と力では叶わずに、結局いつも最後は、口を無理やり開けられて、飲み込むまで水や食べ物を流し込まれました。
あまりにも抵抗した時には、殴られたり蹴られたりもして、そこまでして私に食べ物を与えるのは、一体どう言う理由なのか、最初は全く判りませんでした。
でもある時、食べ物の中に、母から貰っていた丸薬と良く似た物が、混ぜられている事に気づいたのです。
これで私は、この一団の正体が、母の故郷の出身者であるのが判り、あの場所からわざわざ救い出してまで、生かしておく必要があるのは、私が緋玉の王を呼び出した事に因る罰と言った様な、何かの儀式の為ではないかと考えて、私は大人しく連行される事にしました。
そこで行われるのが如何なる事であろうが、きっと私を咎人として罰するものに違いない、それならそこで最も重い罰を求めよう、そうしたところで、私の犯した過ちが赦される事は無いけれど、それが死んで詫びる事すら許されない、私のせめてもの償いの証として。
そう信じて、二ヶ月に及ぶ幌馬車での連行の旅の果てに、母の生まれ故郷であるこの集落へと、私は踏み入れたのです。
この集落に到着すると、私はすぐに、地下の牢獄に幽閉されました。
そこで初めて、私は自分と同じ様な目をした、白髪の老人と遭遇し、話をしました。
それは私が牢獄へ入れられてから、一番最初に現われた人間で、その老人から、私の立場とこれから行われる儀式について、聞かされたのです。
私はここで生まれてもおらず、部族の人間として育てられてもいない、但し、緋玉の氏族の証でもある緋玉の腕輪を継承し、緋玉の王の神官として儀式を行って、緋玉の王を召喚した。
召喚に成功した事に因り、私は部族の神官として認められた、だがそれ故に、緋玉の腕輪を継承したからには、部族の者として扱われ、部族の掟に従い裁かれる。
私は同族殺しの大罪を犯した者として、捕らえられていて、この部族の戒律では、同族殺しは神の裁きに掛けられて、その購うべき罰が定められる。
罰を定められる前に、神へと申し開きを行う機会を与えられる、そこで己の中の真実と望みを語り、それを神へと乞うのだ、そう説明されました。
どうしてこの集落の人達が、私が母から腕輪を受け継いだのを知っているのか、疑問に思いはしましたが、あの丸薬は多分、父からではなく、集落の人間から母が受け取っていたのだとすれば、全てを知られていてもおかしくはないのかと、納得しました。
だから私は、ここで裁かれるのが私の運命なら、それに従い、全ての罪を語って、最も重い罰を受けよう、それが私の辿るべき最期なのだと、そう思ってここへとやって来たのです。
私は過去にも、弟の屋敷でも、多くの人間をこの手で殺してきました。
死を望む人も、殺されるのを認めた人も、既に意識がない人も、死にたくないと拒む人も、私を殺そうとする人も、全てこの手で殺して来たのです。
そして更に、母から与えられた部族の力を、幼い時にもこの命を救われた、崇めるべきこの神々の力を、事もあろうに、血族たる実の弟を殺す為に利用し、そして最後は、この手でその命を奪いました。
我が裁き手である蒼玉の女王よ、もしこれ程の多くの罪を重ねた私の望みであっても、叶えて頂けるのなら、是非私に極刑を、願わくば死を、万死以上の重き刑があるのならそれを、永遠に報われず忌まわしく酷き罰を!
この不具の体の持つ苦痛など、比較にならぬ程の苦痛を齎す罰を!
これが、私がここにいる理由であり、ここまで生き永らえてきた答えなのです。
蒼玉の女王よ、静謐なる湖の女神よ、雄大なる河流の主よ、大地を穿ち崩す湧水と雨の支配者よ、そして我が罪の裁き手よ、どうか願わくば、我に大いなる罰を与え給え!」