第十六章 断罪と贖罪 其の三
変更履歴
2012/05/14 誤植修正 頼まれまた際に → 頼まれた際に
2012/05/14 句読点調整
2012/05/14 記述修正 続いていて、二ヶ月掛かる道程でした。道中には小さな村が → 続く二ヶ月は掛かる道程で、道中には小さな村が
2012/05/14 記述修正 幾つか点在していて → 幾つか点在しており
2012/05/14 記述修正 小さな山間の寒村の外れに → 寒村の外れに
2012/05/14 記述修正 ふと足を止めたのです → ふと足が止まりました
2012/05/14 記述修正 村に運ばれた二人は → 村に運ばれた二人のうち
2012/05/14 記述修正 商人の男の方は → 死んでいた商人の男の方は
2012/05/14 記述修正 子供の方は → 不思議と無事だった子供の方は
2012/05/14 記述修正 人買いへと高く売られたと語っていました → 人買いへと、高値で売られたのだそうです
2012/05/14 記述修正 六年半振りに → こうして六年半振りに
2012/05/14 記述修正 変わり果てていました → 変わり果てていたのです
2012/05/14 記述修正 こちら側は私が記憶していた時と → こちらの方は私が記憶していた時と
2012/05/14 記述修正 無事にありました → 無事に見つかりました
2012/05/14 記述修正 私は命の期限があり → 私には命の期限があり
2012/05/14 記述修正 どうしてこの人達は命を粗末にしているのだろうと → どうしてわざわざ死に急ぐ危険を冒すのか
2012/05/14 記述修正 悪い人達ではないけれどその考えは → その考えは
2012/05/14 記述修正 残骸らしき物が墓石に掛けてあったり → 残骸らしき物が掛けてあったり
2012/05/14 記述修正 墓石の前に置いて → 墓前に置いて
2012/05/14 記述修正 どうやらこの墓地は → どうやらここは
2012/05/14 記述修正 墓地であるのが判りました → 墓地なのが判りました
2012/05/14 記述修正 旧街道が通っていた峠道のある渓谷を → 旧街道が通る峠道沿いを
2012/05/14 記述修正 流れる河が長雨で → 流れる河が折からの長雨で
2012/05/14 記述修正 村の近くまで流れている → 村の脇を流れる
2012/05/14 記述修正 何故か突然湧き水が噴出して → 何故か突然湧き水が噴き出して
2012/05/14 記述修正 そこに小さな子供が一人で行き倒れているのを → 獣に襲われた様な姿をした小さな子供が一人、道に倒れているのを
2012/05/14 記述修正 蔓草で覆われた吊り橋へと → 蔓草で出来た橋へと
2012/05/14 記述修正 奇跡を見つけました → 奇跡に遭遇しました
2012/05/14 記述修正 村の人達が、更に上流を → 村人達が、更に上流を
2012/05/14 記述修正 それから僅かな間にいつもの河へと → それからすぐに、いつもの水嵩へと
2012/05/14 記述修正 それを見た村の人達は → それを見た村人達は
2012/05/14 記述修正 もう一方は行き倒れの子供と → もう一方は倒れていた子供と
2012/05/14 記述修正 確認に行っていた人達は → 確認に向かった村人達は
2012/05/14 記述修正 湧き水や萎れた花や蔦の吊り橋と言った → 萎れた花や蔦の橋と言った
2012/05/14 記述修正 最後の使命である → 最後の目的となった
2012/05/14 記述修正 修道院のすぐ側まで広がっていて → 敷地のすぐ近くまで広がっていて
2012/05/14 記述修正 多くの村人や修道女は → 多くの村人が
2012/05/14 記述修正 毎日毎日荒地で手ごろな石を見つけては → 毎日荒地で丁度いい大きさの石を見つけては
2012/05/14 記述修正 私の母の秘密の事や丸薬の事も → 私の母の秘密や丸薬の事も
2012/05/14 記述修正 この方の使用人になる事に決めました → この提案に従う事にしました
2012/05/14 記述修正 奴隷として売られてしまうのかもとか、娼婦や妾として → 奴隷として売られるか、娼婦や妾として
2012/05/14 記述修正 私も一人で色々な所へと → 私も結構色々な所へと
2012/05/14 記述修正 大海原に大きな船で進み島々を巡る航海の旅 → 大きな船で大海原の島々を巡る航海の旅
2012/05/14 記述修正 南部の灼熱の砂漠を → 南方にある灼熱の砂漠を
2012/05/14 記述修正 北部の大氷原を → 北方にある極寒の大氷原を
2012/05/14 記述修正 犬橇で突き進む旅等もあり、本当に色々な所へ行きました → 犬橇で突き進む旅など
2012/05/14 記述修正 私は無事に生き延びて、 → ご主人様や私は幸運にも生き延びて
2012/05/14 記述修正 ご主人様は目的を果たし莫大な額の利益を得ていきました → 旅の目的を果たし、生き残った私達はその見返りとして、莫大な利益を得たのです
2012/05/14 記述修正 ご主人様の護衛として雇われる前から → ご主人様に雇われる前から
2012/05/14 記述修正 いくら大金が稼げるとは言え → でも、いくら大金が稼げるとは言え
2012/05/14 記述修正 私に対して、お前はこの世に実在している死神だ、と言われたのを覚えています → お前はこの世に実在している死神だと、罵られたのを覚えています
2012/05/14 記述修正 私へ、もう満足だ殺してくれと、告げられました → 、私に殺される事を受け入れてくれました
2012/05/14 記述修正 病人や怪我人の治療も行いながら → 病人や怪我人を癒し
2012/05/14 記述修正 私より先に逝く人々へと祈りを捧げ、時にはこの手で殺めて弔いました → 時にはこの手で殺めて、私より先に逝く人々へと祈りを捧げ、弔いました
2012/05/14 記述修正 弔い続けて行きました → 弔い続けました
2012/05/14 記述修正 丸薬は残り僅かになりつつあり → 丸薬は残り僅かになり
2012/05/14 記述修正 このまま行けば後半年も持たずに私は丸薬が切れて → このまま行けば半年と持たずに丸薬が切れて
2012/05/14 記述修正 この命も終わる所まで来ました → その後はこの命も尽きる筈です
2012/05/14 記述修正 何かの運命だと思えて → 何かの運命だと感じて
2012/05/14 記述修正 別の服に着替えたらと言って下さいましたが → 別の服を用意して下さいましたが
2012/05/14 記述修正 共に旅して来た人達の命も → 共に旅して来た人達の命を
2012/05/14 記述修正 正しいか間違っているかとか → 一般的に正しいか間違っているかとか
2012/05/14 記述修正 大抵は過酷な旅で色々な恐ろしい出来事も起きました → 大抵は過酷で困難な旅であり、道中が平穏無事であった事は一度としてありませんでした
2012/05/14 記述修正 後は自分の死に場所を作るだけと言うと → 後は自分の死に場所を決めるだけと話すと
2012/05/14 記述修正 死ぬまでの間は自分の使用人として働いて欲しいと言われました → 命が尽きるまでの間、私を雇いたいと申し出をされたのです
2012/05/14 記述修正 やはり寂しく思うものなのだなと → やはり寂しく思うのが
2012/05/14 記述修正 村から若い村人達が → 村の男達が
2012/05/14 記述修正 確認に向かいました → 確認しに向かいました
2012/05/14 記述修正 私の目を見て気味悪がって無言で立ち去られてしまい → 私の目を見ると気味悪がり避けられてしまい
2012/05/14 記述修正 広場の外れにいた盲目の老人だけは → 広場の外れにいた目の悪い老人だけは
2012/05/14 記述修正 弟の名は何処かに → 弟の名が何処かに
2012/05/14 記述修正 ひと通り探しましたが → 探しましたが
2012/05/14 記述修正 名前が記されていた → 名前が判読出来そうな
2012/05/14 記述修正 最も古そうな墓標は → 最も古そうな墓標になると、
2012/05/14 記述修正 昔に作られた物らしくて → 昔に作られた物らしく
2012/05/14 記述修正 仲間の人達と別れを告げて → 仲間の人達に別れを告げて、頂いた資金で旅支度を整えると
2012/05/14 記述修正 血が噴出して来るので → 血が噴き出して来るので
2012/05/14 記述修正 修道服は血で染まり → 修道服は返り血を浴びて、日を追う毎に
2012/05/14 記述修正 日を追う毎に黒ずんで行きました → 洗っても落ちる事のない黒に染まったのです
2012/05/14 記述修正 生き方も変わりました → 生き方も、すっかり変わりました
2012/05/14 記述修正 判った気がしました → 判った気がしたのです
2012/05/14 記述修正 私がご主人様に雇われる前から → 私が入る前から
2012/05/14 記述修正 ずっとご主人様と共に護衛として → 長らくご主人様と共に
2012/05/14 記述修正 遥か遠くへ旅をして過ごしました → 遥か遠くの世界各地を巡りました
2012/05/14 記述修正 ある程度は覚悟していた事でしたが → 覚悟はしていたつもりでしたが
2012/05/14 記述修正 生きる希望や気力が → 目の前が真っ暗になり、生きる希望や気力が
2012/05/14 記述修正 何も残っていないと → もう何も残っていないと
2012/05/14 記述修正 角の部分も欠けたりしていて → 角の部分も欠けており
2012/05/14 記述修正 父の墓ではないとも言い切れませんでした → これが父の墓ではないとも言い切れません
2012/05/14 記述修正 割ったり削ったりが難しくて → 割ったり削ったりが難しく
2012/05/14 記述修正 一ヵ月が掛かってしまいました → 一ヵ月掛かってしまいました
2012/05/14 記述修正 掘り出して集めてから → 集めてから
2012/05/14 記述修正 故郷への帰路につきました → 故郷への帰路についたのです
2012/05/14 記述修正 父の外見の特徴をこの老人へと尋ねると → 外見の特徴をこの老人へと尋ねると
2012/05/14 記述修正 死んでからも私の背負う → 私が死んでからも背負う
2012/05/14 記述修正 抵抗しない人には出来るだけ苦痛が無いようにと → 出来るだけ苦痛が長引かないようにと
2012/05/14 記述修正 出来るだけ痛みが無いようにと → 出来るだけ痛みが無いように
2012/05/14 記述修正 短剣の刃は鋭利で良く切れる様に心がけました → 得た報酬を費やして、限界まで薄く鋭い刃の短剣を作らせました
2012/05/14 記述修正 病や傷には癒しを → 病や傷には癒しを施し
2012/05/14 記述修正 ここで仲間となった人達の → ここで仲間となった人達が、
2012/05/14 記述修正 再会なんて出来ない → 再会なんて出来る筈がありません
2012/05/14 記述修正 更にその蔦の吊り橋を → 更にその蔦の橋を
2012/05/14 記述修正 墓石の文字も → 墓標に刻まれた文字も
2012/05/14 記述修正 心を決めた私は、ご主人様へと → 心を決めた私はご主人様に
2012/05/14 記述修正 それを辿りつつ更に上っていくと → それを辿って更に上っていくと
2012/05/14 記述修正 来ないかも知れない → 来ないかも知れません
2012/05/14 記述修正 いずれかの選択を迫られました → いずれかの選択を迫られたのです
2012/05/14 記述修正 この人へと私は、その通りですと答えました → 私はこの人へと答えました、その通りですと
2012/05/14 記述修正 それを祈りの言葉として詠唱しました → それを祈りの言葉として詠唱したのです
2012/05/14 記述修正 この人の部下に手伝ってもらい → この人の配下の人達に手伝ってもらい、
2012/05/14 記述修正 父の墓標を立てた後 → 父の墓標を完成させた後
2012/05/14 記述修正 この人から再会を祝して食事を振る舞って貰い → 再会を祝して晩餐に招かれたので
2012/05/14 記述修正 私は自分の半生を話しました → 私は自分の半生を話したのです
2012/05/14 記述修正 冒険商人になっていました → 冒険商人でした
2012/05/14 記述修正 旅は順調に進みました → 旅は皮肉なほど順調に進みました
2012/05/14 記述修正 老人の説明したその商人の男は、間違いなく父である事がはっきりと判りました → これによって恐れていた事が真実に変わりました、ここで埋葬されたのが間違いなく父である事が
2012/05/14 記述結合 無事に見つかりました。母の墓の隣に → 無事に見つかり、私は母の墓の隣に
2012/05/14 記述修正 石に父の名を刻んで過ごしました → 石に父の名を刻んで過ごしたのです
2012/05/14 記述修正 それが偶然に私だっただけ → それが偶然私だっただけ
2012/05/14 記述修正 とても幸せでした → 始めて人として認められていると実感出来て、とても嬉しかったです
目指していた町へは、山沿いに険しい峠道が続く、二ヶ月は掛かる道程で、道中には小さな村が幾つか点在しており、それらの村に立ち寄りつつ、私は旅を進めました。
そして道程の半分まで辿り着いたところで、とある寒村の外れに差し掛かり、そこの道沿いにあった小さな墓地が気になって、ふと足が止まりました。
これだけ長い歳月をあちこち旅して回っていれば、墓地の十や二十は通り過ぎていたので、特に珍しい訳でもないし、目立った特長も無かったのですが、何故かその時は自然と足が止まったのです。
どの墓標もかなり昔に作られた物らしく、更に長い間手入れをされた形跡も無く、雑草に埋もれる様にして立ち並んでいる状態で、最も古そうな墓標になると、雨風の浸食で半ば崩れかけていました。
虫の知らせでしょうか、私は何かを感じてその墓地の中へと入って行き、墓石を一つ一つ確認しながら進みました。
文字の方は、孤児院や修道院で過ごしている間に、商人や旅人から少しずつ教えてもらい、日常の会話で使う共通語の文字だけは、読み書き出来る様になっていたので、墓標に刻まれた文字も何とか読む事が出来ました。
墓標には遺品の残骸らしき物が、掛けてあったり墓前に置いてあったりしていて、それらの品が旅の道具ばかりである事から、どうやらここは、村人以外の死者を弔っている墓地なのが判りました。
全部で二十程あった墓標のうち、名前が判読出来そうな十の墓標を確認して行くと、七つ目の墓標で父の名らしい、似た様な綴りの名前を見つけました。
その墓標も最近作られた物では無く、石の色は黒く変色して角の部分も欠けており、文字もはっきりとは読めないので断定は出来ないけれど、これが父の墓ではないとも言い切れません。
私は他の墓も確認して、弟の名が何処かに刻まれていないかと探しましたが、それは見つかりませんでした。
この墓標について確認する為に、私は村へと向かい、村の中心にある広場にいた村人達に尋ねて回りました。
でも殆んどの村人は、声を掛けて来たのが怪しげな外部の人間だと知ると、胡乱な表情で睨まれるか、私の目を見ると気味悪がり避けられてしまい、なかなか話を聞く事は出来ませんでしたが、広場の外れにいた目の悪い老人だけは、私の話を聞いてくれました。
その老人の話では、今から十二年前、旧街道が通る峠道沿いを流れる河が、折からの長雨で増水した後に、村の脇を流れる下流の近くで、何故か突然湧き水が噴き出して、大騒ぎになったのだそうです。
村人がその場所まで行ってみると、湧き水はすぐ脇の河へと注がれていて、それより上流は何故か水が流れてきておらず、すっかり干上がっていたそうで、村の男達が上流の様子を確認しに向かいました。
平野から峠道に差し掛かった所の、増水で崩れかけた道を何とか越えて暫く上って行くと、獣に襲われた様な姿をした小さな子供が一人、道に倒れているのを見つけたのだそうです。
その子供は、この辺りでは滅多に見かけない、碧眼と金髪をしていたので、はっきりと覚えていたとか。
そこからの道には、何故か峠道の真ん中に、季節外れの萎れ掛けた花が点々と咲いていて、それを辿って更に上っていくと、以前から壊れかけていた吊り橋が、蔓草で出来た橋へと変わっていると言う、奇跡に遭遇しました。
更にその蔦の橋を渡った先の、洞穴の所まで萎れた花は続いていて、その洞穴の中には商人の男が死んでいました。
村人達が、更に上流を確認しようと洞穴から出てくると、塞き止められていた河の水が流れ始めた様で、それからすぐに、いつもの水嵩へと戻ったのだそうです。
それを見た村人達は二手に分かれて、一方は更に上流を確認に向かい、もう一方は倒れていた子供と商人の男の亡骸を、村へと運びました。
結局、上流には何の異変もなくて、確認に向かった村人達は、萎れた花や蔦の橋と言った、おかしな出来事を村へと伝えただけでした。
村に運ばれた二人のうち、死んでいた商人の男の方は村外れの墓地へと埋葬して、不思議と無事だった子供の方は見栄えが良かったのもあって、子供を買って行く人買いへと、高値で売られたのだそうです。
この地方の慣わしに因り、村の人間ではない死者を弔う時は、その代価として、所持品は埋葬に関わった人間で分けるのだそうで、その為に埋めた人間の形見などは墓に置いてなければ、もう何も残っていないと教えられました。
最初は髪も肌も目の色も違うから、子供と血が繋がっているのかと疑ったが、顔立ちが似ているところもあったので、男と子供は恐らく親子だろうと思ったのだそうです。
外見の特徴をこの老人へと尋ねると、老人はその頃はまだ目が見えていて、自分も見て確認したから覚えていると言った後、商人の男の特徴を語りました。
その内容は父の特徴と同じであり、これによって恐れていた事が真実に変わりました、ここで埋葬されたのが間違いなく父である事が。
私はこの話を聞いて、覚悟はしていたつもりでしたが、父の死が現実となってしまうと、これで微かな希望も絶たれてしまったのだと感じて、目の前が真っ暗になり、生きる希望や気力が失われていくのを感じました。
父はもうこの世におらず、弟は奴隷商人に売られたとあっては、もう無事に生きてはいないとしか思えないし、万が一生きていたとしても、奇跡でもない限り再会なんて出来る筈がありません。
長い旅路の果てに全てを失ったのが判った私は、皆の元へと逝く前に、せめて父を母の眠る故郷へと連れて帰ろうと思い、一日掛けて父の墓標を掘り起こし、骨を出来る限り集めてから、故郷への帰路についたのです。
本来なら帰りたくなどなかった、母の墓標のある故郷への旅は、約半年掛かりました。
もう未来への希望も閉ざされていた所為か、この道中の記憶は殆んどなく、最後の目的となった、父の骨を母の墓標の隣に埋葬する事だけしか、考えていませんでした。
そんな状態の人間は、何か異様な雰囲気でも醸し出すのか、今までなら多少危険な目に遭いかけた様な状況であっても、誰にも襲われる事もなく、旅は皮肉なほど順調に進みました。
こうして六年半振りに帰って来た故郷は、何もかもすっかり変わり果てていたのです。
近年、この地方には疫病が流行ったらしく、村は棄てられて廃村になり、修道院も只の廃墟に変わっていました。
その代わりに修道院から離れていた墓地は、敷地のすぐ近くまで広がっていて、墓標が以前の数倍の数になっているのが判り、どうやら疫病で多くの村人が亡くなった様です。
嫌な思い出しかなかったけれど、それでも全てが無くなってしまうと、やはり寂しいと、この時にしみじみと感じました。
この日は修道院の廃墟で一晩過ごして、翌日に穴を掘る為の道具を探してから、母の墓地の方へと向かいました。
こちらの方は、私が記憶していた時と大して変わりない様子で、母の墓標も大分汚れてはいましたが、無事に見つかり、私は母の墓の隣に鋤で大きく穴を掘ってから、ここまで持って帰って来た父の骨を、出来るだけ正しい位置に並べて、再び埋めました。
その後に仮の墓石として、手ごろな石を置いた後、翌日からは廃墟で寝泊りしながら、ここで父の墓標を作る為に、石に父の名を刻んで過ごしたのです。
墓標を作る道具は、修道院に残っていたのでそれを使い、毎日荒地で丁度いい大きさの石を見つけては形を整えて、名前を刻み付ける作業に明け暮れました。
この様な作業は不慣れだったのと、この辺りの石は硬くて、なかなか思った様に割ったり削ったりが難しく、結局完成には一ヵ月掛かってしまいました。
後は墓標を立てれば完成と言う所まで行き着いたのですが、私一人ではこの墓石が持ち上げられなくて困っていた時に、馬車の近づく音が聞こえて来たと思ったら、声を掛けられて私は振り向きました。
そこに居たのは、以前街道沿いで商売をしていた時に、顔見知りになっていた珍しい商品を扱っていた人で、前は只の行商人だったのですが、今や隊商を率いる冒険商人でした。
話を聞くとこの人は命懸けの長旅の末に、かなり珍しい調味料の売買で大成功して、その後に冒険商人へとなったのだそうで、その時に私から買った薬草で、命拾いしたのだと語っていました。
この人の配下の人達に手伝ってもらい、父の墓標を完成させた後、再会を祝して晩餐に招かれたので、そのお返しに出来る事として、私は自分の半生を話したのです。
もうこの後は、どうなっても良いと思っていたから、私の母の秘密や丸薬の事も、全てこの人に話しました。
そして最後のやるべき事も、手伝ってもらったおかげで叶える事が出来たので、後は自分の死に場所を決めるだけと話すと、この人は以前、私から買った薬草で命拾いをした事があるから、その借りを返したいと言って、私が死んだ時には火葬の後にここに墓を作って弔う代わりに、命が尽きるまでの間、私を雇いたいと申し出をされたのです。
これを聞いて私がどうすべきかを迷っていると、これに応じれば、売られた弟がもしまだ生きていれば、見つけられる可能性も無い訳では無いし、もし途中で気が変われば、その時に反故にしても構わないと説得されて、そこまで言ってくれるのならと思い、この提案に従う事にしました。
それからこの方の使用人として三年程、多くの配下の人達と共に、前に私が旅した範囲よりも、遥か遠くの世界各地を巡りました。
最初の頃は、その内に奴隷として売られるか、娼婦や妾として扱われるのかも知れないとも思っていましたが、もうこの身がどうされようと、気にはしていませんでした。
ですがご主人様は私を売る事も、一夜の相手として求められる事もなく、正当な使用人として扱って頂きました。
ご主人様の隊商には様々な国の人達がいて、私の容姿もここではそれほど目立つ事も無く、他の人達からも普通に接して貰えたのは、始めて人として認められていると実感出来て、とても嬉しかったです。
私も結構色々な所へと旅をしたつもりになっていましたが、世界は私の想像以上に広く、計り知れない程に大きいのだと知りました。
ある時は陸路を延々と進む馬車での旅、ある時は大きな船で大海原の島々を巡る航海の旅、南方にある灼熱の砂漠を駱駝で横断する旅や、北方にある極寒の大氷原を犬橇で突き進む旅など。
でもどの旅においても楽しい日々は少なく、大抵は過酷で困難な旅であり、道中が平穏無事であった事は一度としてありませんでした。
隊商での馬車旅では山賊に襲われたり、未開地で原住民族の襲撃に遭い、半数近い仲間が殺されました。
船旅では嵐に巻き込まれて、あわや船が沈没しかけて船員達が荒波に攫われたり、海賊に襲われて戦いとなり、犠牲になった人も沢山いました。
砂漠横断では、多くの人が熱病に倒れてそのまま死んで行き、盗賊団に襲撃されて倒された仲間も何人もいました。
氷原の旅では、寒波で凍傷に掛かってしまい、手や足が壊死して息絶える人や、猛吹雪で橇毎吹き飛ばされてしまった人達もいました。
ですが、ご主人様や私は幸運にも生き延びて、旅の目的を果たし、生き残った私達はその見返りとして、莫大な利益を得たのです。
でも、いくら大金が稼げるとは言え、本当に命懸けでいつ死んでしまってもおかしくない様な、こんな過酷な旅に行きたがるご主人様や、雇われている人達の心は、最初は良く判りませんでした。
私には命の期限があり、否応なくその時が来れば死んでしまう身でしたから、どうでもいいのですが、普通の人々だったらもっと安全な人生を選べば、こんなに早く命を落とさずに済むのに、どうしてわざわざ死に急ぐ危険を冒すのか、その考えはずっと理解出来ないでいました。
でもある時に、戦いで深手を負った傭兵の人から、最期に神に祈って欲しいと頼まれた際に、その答えが判りました。
この人は私が入る前から、長らくご主人様と共に旅を続けて来た人で、護衛隊の隊長をしていた人でした。
私が修道服を着ていたから、修道女だと思われていたのでしょうが、私はまともに何も学んで来ていない、只の雑用係でしかなく、こんな時にどう祈るのかなんて判りません。
だからそれを正直に伝えて、期待に応えられない事を詫びると、その人は何でも良いから祈りを捧げてくれれば良いと言ったので、私は母の語っていた話に出て来たある唄を思い出して、それを祈りの言葉として詠唱したのです。
その人はそれで満足してくれた様で、これでもう何も悔いは無いと言うと、私の目の前で亡くなりました。
この時に私は、この人達の生き方や考え方が判った気がしたのです。
この人達は自分の為に生きて、自分の望む様に行動して、そして自分の満足出来る死に方を決めている。
隊長は私の訳の判らない祈りでも、自分に対する最期の祈りとしてそれで良いと思った、それが本当に正しいかどうかは、隊長にとってはどうでも良くて、ただ死ぬ間際に祈りを捧げてくれる相手がいれば良かった、それが偶然私だっただけ。
それが他の人から見たらどう思われるとか、一般的に正しいか間違っているかとか、そんな事は関係なくて、誰の物でもない自分の人生を、自分で決めた方向に向かって生きて、そして死んでいくのだと判ったのです。
これに気づいてからは、私の残り僅かな人生での生き方も、すっかり変わりました。
今までは、言われた仕事を只こなして、何となく生きていたけれど、これからはここで仲間となった人達が、望む人生を進む手伝いをして、そして望む死に方を与えられる様に、手を尽くして行こうと決めたのです。
それ以降私は自分の命の続く限り、まだ救える人の病や傷には癒しを施し、もう救えない人には遺言を聞いて最期を見取り、望まれれば祈りを捧げ、必要ならばこの手で速やかな死を与えました。
陸地であれば埋葬し、出来る限り墓標を立てて、海上なら水葬にして、私よりも先に亡くなった人達を弔いました。
更に重症の怪我や病で、本人が望まなくとも置いて行かざるを得ない時の、仲間を殺める役目も私は進んで行い、この手で昨日まで共に旅して来た人達の命を奪って来ました。
そんな人達の最期は人それぞれで、納得して静かに応じてくれる人もいれば、最後まで抵抗する人や、私に対して泣いて懇願する人、私に殺される前に自ら死んでいく人、本当に色々な最期を見ました。
ある時に流行り病で動けなくなり、もう同行させられなくなった護衛の傭兵へと、死を与える時、その人は抵抗はしませんでしたが、私に対して、お前はこの世に実在している死神だと、罵られたのを覚えています。
死を齎しているのは事実だから、死神と言うのはある意味正しいと思い、私はこの人へと答えました、その通りですと。
その人はそれを聞いて、認めやがったと言ってしばらく笑った後に、私に殺される事を受け入れてくれました。
私が手を下す時は、出来るだけ苦痛が長引かないようにと、首の血管を切る様にしていて、その時も出来るだけ痛みが無いように、得た報酬を費やして、限界まで薄く鋭い刃の短剣を誂えました。
首を切るとかなりの勢いで血が噴き出して来るので、私は仲間の死を請け負う様になってから、修道服は返り血を浴びて、洗っても落ちる事のない黒に染まったのです。
それを見たご主人様は、別の服を用意して下さいましたが、私はこの手で殺めた人達の血を浴びた、この服でいたいと答えました。
この血塗れの修道服を着続ける事こそが、私が死んでからも背負う人を殺めた罪を、この世でも表してくれる様な気がしたのです。
これらの行為が正しい事なのかどうか、私には判りませんが、私の中ではこれが、ここでの私のすべき事なのだと思えた、只それだけです。
そうして私は使用人としての仕事をしつつ、病人や怪我人を癒し、時にはこの手で殺めて、私より先に逝く人々へと祈りを捧げ、弔い続けました。
この行動を取る様になってから、私は旅の仲間の中ではシスターと呼ばれる様になり、皆私へと遺言や死んだ後の希望を伝えて来るようになりました。
こうして過ごしていくうちに、丸薬は残り僅かになり、このまま行けば半年と持たずに丸薬が切れて、その後はこの命も尽きる筈です。
この日々が最期の時まで続いていくのであれば、私の過去や家族の事も忘れられるのかも知れない、そして私は自分の人生や存在意義に納得して、心の底から満足して死んでいけるのかも知れない、そう考え始めていたある日、思わぬ情報が入りました。
取引で立ち寄った大陸東南にある国で、そこで最近大儲けしたと言われている、貿易商の若い男が、弟の特徴に良く似た金髪に碧眼であり、年齢的にも近いと言う噂を耳にしたのです。
その若い貿易商人は、この地方の出身者でもなく、大金を持って最近やって来た成り上がり者だそうで、出身などは不明だと言う話でした。
この時隊商は、次の交易の旅に出る直前で、次にここを訪れるのはいつになるか判らないし、もしかすると、もう二度と来ないかも知れません。
でも旅の予定は、只の使用人に過ぎない私の都合で変えられる筈もなく、私は弟かも知れない、その若い男の事を確認するのを諦めるか、それともこれまでずっとお世話になった、ご主人様の隊商から抜けるかの、いずれかの選択を迫られたのです。
出発の直前の日まで悩んだ結果、この先残り僅かな時期に、そんな噂を耳にしたのは何かの運命だと感じて、私は弟かも知れない男の確認を望み、隊商を抜ける決断をしました。
心を決めた私はご主人様に、自分の信じる道を最期まで歩みたいと伝えると、それを聞いたご主人様は、私を止める事もなく、何も言わずに今までの報酬として、最期の望みを叶える為の資金を与えて下さいました。
私はそれをありがたく受け取ってから、仲間の人達に別れを告げて、頂いた資金で旅支度を整えると、弟かも知れないと言う貿易商人がいる、商館のある港町へと旅立ったのです。