第十五章 童子の遊戯 其の五
変更履歴
2011/12/20 記述統一 代り → 代わり
2011/12/20 記述修正 収められた → 納められた
2011/12/21 誤植修正 良い終えたところで → 言い終えたところで
2012/04/28 誤植修正 光の十字架か → 光の十字架が
2012/04/28 誤植修正 注がれ始めたのか → 注がれ始めたのが
2012/04/28 誤植修正 忘れさせてしまっせいで → 忘れさせてしまったせいで
2012/04/28 誤植修正 溶けた黄金に → 熔けた黄金に
2012/04/28 誤植修正 建造物として → 建築物として
2012/04/28 句読点調整
2012/04/28 記述分割 止める事も出来たろう、しかし思考や → 止める事も出来たろう。しかし思考や
2012/04/28 記述修正 死肉を喰らいながら → 屍肉を喰らいながら
2012/04/28 記述修正 いや、いや、いや、いや、いや、いや → いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや
2012/04/28 記述修正 いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! → いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
2012/04/28 記述修正 今までの謎掛けとも言える入れ替わり立ち代わりの謎を → 今までの入れ替わりの謎を
2012/04/28 記述分割 思いついた様に見えた、これで謎も全て解決し → 思いついた様に見えた。これで謎も全て解決し
2012/04/28 記述修正 三つ子の神官の一人であったレヴィは → 三つ子の神官の一人であった本来のレヴィは
2012/04/28 記述修正 伝達出来なかったのではないだろうか → 伝達出来なかっただけなのではないだろうか
2012/04/28 記述分割 機会なんてないと思っていたんだ、闇の中で → 機会なんてないと思っていたよ。闇の中で
2012/04/28 記述修正 永遠に過ごし続けるんだって → こうして永遠に過ごし続けるんだって
2012/04/28 記述修正 レヴィンへと戻り、更にレヴィになった後 → 元のレヴィへと戻り、更にレヴィンになった後
2012/04/28 記述修正 隣の船の船員達であろう → すると隣の船の船員達であろう
2012/04/28 記述修正 じゃあ、攻撃開始だ → 攻撃開始だ
2012/04/28 記述修正 何かが違っているんだろうけど → 何かが違っているんだ
2012/04/28 記述修正 これを裏づける証拠としては → その証拠は
2012/04/28 記述修正 レヴィやレヴィアの哀れな姿は、死ぬ直前のそのままの表情で熔かされたから → レヴィやレヴィアの哀れな姿が
2012/04/28 記述修正 本当の最期の姿なんだよ → 死ぬ直前の姿ってことだよ
2012/04/28 記述修正 望みは叶う事はない → 望みが叶わないのは判るはずだ
2012/04/28 記述修正 自分たちを消す事だからね → 自分たちを消す事だから
2012/04/28 記述修正 祭服の裾をまくって → 祭服の裾を捲くって
2012/04/28 記述修正 手を離して祭服の裾を元に戻した → 手を離して裾を元に戻した
2012/04/28 記述修正 判るこの意味? → この意味判るかい?
2012/04/28 記述修正 答えを探求する事を → 答えを追求する事を
2012/04/28 記述修正 手放したくは → みすみす逃したくは
2012/04/28 記述修正 船の後から姿を現す → 船の後ろから姿を現す
2012/04/28 記述修正 持っていやしないのにね → 持っていないのに
2012/04/28 記述修正 信じやすかったんだろうね、 → 信じやすかったんじゃない?
2012/04/28 記述修正 この場所で唯一正常な精神を維持し続けている者、レヴィだと → その名はレヴィンだと
2012/04/28 記述追加 まず第一にその姿からして~
2012/04/28 記述追加 次に口調からして男であるから~
2012/04/28 記述追加 最後にレヴィかレヴィンのどちらなのかは~
2012/04/28 記述修正 これも判らなかったら → これでも判らなかったら
2012/04/28 記述削除 あの二人の妄想では~
2012/04/28 記述修正 レヴィ → レヴィン
2012/04/28 記述修正 彼の語った真相では、 → 彼の話では
2012/04/28 記述修正 レヴィンやレヴィアやレヴィの時も → レヴィアやレヴィの時も
2012/04/28 記述修正 そのうちに皇帝が現れて → そしてそのうちに皇帝が現れて
2012/04/28 記述修正 発狂したレヴィアなんだ → 発狂したレヴィアで、本来の二人が持っていた負の感情や性格がレヴィンなんだよ
2012/04/28 記述修正 二人はそんな狂った自分を → 二人は狂った自分を
2012/04/28 記述修正 そうか、やっと判ったよ → ……そうか、やっと判ったよ
2012/04/28 記述修正 未来の世界やそこの秩序には → 未来の世界や秩序には
2012/04/28 記述修正 何にも囚われてはいない、と思うよ → 何物にも囚われてはいないと思うよ
2012/04/28 記述修正 多分かなり時間が → かなり時間が
2012/04/28 記述修正 レヴィアを髣髴とさせる悲鳴が → レヴィアを髣髴とさせる様な悲痛な訴えが
2012/04/28 記述修正 全ては個人が産み出していた → 全てはレヴィンが産み出していた
2012/04/28 記述修正 何故なら空間としての正当性なんて → 何故なら空間としての整合性なんて
2012/04/28 記述修正 ここには複数の存在なんて → ここには整合性を保つべき他の存在なんて
2012/04/28 記述修正 幾つかの疑問が浮かぶ中で、ここまでの会話の中で大きく二つの点について引っかかり → ここまでの会話の中で二つの点が引っ掛かり
2012/04/28 記述修正 ぼくの望みは叶わないみたいだね → ぼくの望みは叶わないみたいだ
2012/04/28 記述修正 つまり、棺に封じられてから一度も聖者の間を出られた事がなかったんだよ、三人とも → つまり三人とも、棺に封じられてから一度も聖者の間を出られた事がなかったんだよ
2012/04/28 記述修正 でも今まで一度も出た事のない場所で → でも今までずっと同じ場所で
2012/04/28 記述修正 ずっと何も出来ずに → 何も出来ずに
2012/04/28 記述分割 発揮されてない気がする、本来はもっと強力な → 発揮されていないような。本来はもっと強力な
2012/04/28 記述修正 実際の召喚では → 本当の召喚では
2012/04/28 記述修正 いや違う、正確にはぼくが忘れさせてしまったのかも知れない → 正確にはぼくが忘れさせてしまったのかも
2012/04/28 記述修正 本当に無様な姿の自分を → 無様な姿の自分を、本当に
2012/04/28 記述修正 ぼくたちには、三人とも → ぼくたち三人とも、
2012/04/28 記述修正 そうに違いないや → そうに違いないよ
2012/04/28 記述修正 私は少年の言葉を待った → 私は少年の次の言葉を待った
2012/04/28 記述修正 それが叶っているんだよね → それは叶っているんだよ
2012/04/28 記述修正 あの二人もいる → あの二人もいるんだから
2012/04/28 記述分割 比べ物にならない程少なく、あのレヴィアの暴発は → 比べ物にならない程少なかった。あのレヴィアの暴発は、
2012/04/28 記述修正 桁外れだったのだろうかと、気に掛かった → 桁外れだっただけなのだろうか
2012/04/28 記述修正 ぼくも今までの経験で → これは今までの経験で
2012/04/28 記述修正 何一つ無いとは思えない、そう言った → 何一つ無いとは思えず、これはそう言った
2012/04/28 記述削除 何故あれほど尋ねて来た問いをやめたのか~
2012/04/28 記述修正 今度は本当に独り言の様に → 今度は独り言の様に
2012/04/28 記述分割 逃れる方法かな、でもそれは → 逃れる方法かな? でもそれは
2012/04/28 記述修正 もう亡霊となった身だから、今更消えるのを恐れるのもどうかと思う → どのみち皇帝復活の時に消えるんだから、その時期を早めることなんて今更望まないよ
2012/04/28 記述修正 満足げな声は、半ば独り言の様に呟かれているが、これは明らかに私へと向けられた言葉だろう → 余裕を感じさせる満足げな少年の声は
2012/04/28 記述修正 狂ったヅィザに入れ替われば → 狂ったレヴィアに入れ替われば
2012/04/28 記述修正 まともな精神を → まともな体と精神を
2012/04/28 記述修正 そして本当の自分達を → そして本当の自分たちを
2012/04/28 記述修正 私は彼自身なのだ、本人を欺く事は難しい → 私は彼自身であり、本人を欺くのは不可能だ
2012/04/28 記述修正 彼は自らが封じたものを → 彼は嘗て自らが封じたものを
2012/04/28 記述修正 私の思考に対して、 → この考察に対して
2012/04/28 記述修正 きみはぼくだ、ぼくの欠けた魂、正しくは欠けた魂たち、壊れてしまった魂 → きみはぼくが作り出すことも取り返すことも出来なかった魂
2012/04/28 記述修正 黄金に落とされて、生きたまま熔かされた → 黄金に生きたまま落とされた
2018/01/16 誤植修正 そう言う → そういう
2018/01/16 誤植修正 そう言った → そういった
私は目の前の少年へと答えた、その名はレヴィンだと。
まず第一にその姿からして、レヴィ・レヴィン・レヴィアのいずれかであろうと仮定する。
次に口調からして男であるから、この中からレヴィアは候補から消える。
最後にレヴィかレヴィンのどちらなのかは、ヴァハンを理想として具現化させているとすれば、その聡明さに対するのはレヴィンの悪意ではなくレヴィの稚拙さだと判断したのだ。
「やっと気づいてくれたんだね、これでも判らなかったらどうしてやろうかと思っていたんだ。
正確に言うと、ヴァハンの本性が白痴と化したレヴィで、ヅィザの本性が発狂したレヴィアで、本来の二人が持っていた負の感情や性格がレヴィンなんだよ。
二人は狂った自分を別人だと思い込み、本当の自分はおかしくなる前の理想としていた意思に摩り替わった、聡明で賢いヴァハンと、心優しいヅィザに。
そして本当の自分たちをぼくに押しつけたんだ、ぼくの体が男でもあって女でもあったからだと思う、こんな風にね」
そう言ってレヴィンは祭服の裾を捲くって、その証拠を晒して見せた後に、手を離して裾を元に戻した。
「こんな体だったから、多重人格で別の性別の人格があると信じやすかったんじゃない? それを裏付ける様に、ぼくは魂が砕けた事にされてしまった。
ぼくたち三人とも、人の魂を見る力なんて持っていないのに、まさしくこれこそ妄想だよ。
だから当然、レヴィンやレヴィアを消すなんて事は、出来やしないし望みもしないし、そもそも自分たちの正体をまだ覚えていれば、ヴァハンやヅィザの望みが叶わないのは判るはずだ、だってそれは本来の自分たちを消す事だから。
でももう忘れてしまったのかも知れない、正確にはぼくが忘れさせてしまったのかも、その上で無様な姿の自分を、本当に哀れんで語っていたのかも知れない。
ヴァハンやヅィザの幻影の本体は、ぼくとして投影されたレヴィとレヴィアで、その事をぼくが完全に彼らから忘れさせてしまったせいで、ああ言っているんだとしたら、それはぼくが言わせている事になるのかも、この意味判るかい?
ぼくらにはもう肉体が存在していないから、どこに本人の精神があるかが曖昧になってしまって、多分本体と言える肉体ありきでしか精神を捉える事が出来なければ、この概念は判らないと思う。
これは今までの経験で、多分そうなんじゃないかと思った事を説明しているだけだから、本当は違うのかも知れないけれど、ぼくはそう考えているんだ。
その証拠は、レヴィやレヴィアの哀れな姿が、ヴァハンやヅィザの死ぬ直前の姿ってことだよ。
死ぬ寸前の場所には鏡はなかったし、もちろん双世宮の聖者の間にも、物なんか何もないんだから鏡なんて存在しないのに、どうしてあの二人は正しくぼくに姿を投影出来たと思う?
それはぼくが見ていたからさ、ぼくの別人格として投影された時、ぼくの見た記憶からその姿を作り出した、だから彼らは正しい姿で現れるんだよ。
そうじゃなければ、彼らは自分たちの姿を再現する事は出来ないはずだ。
まあ、あれが本当に最期の姿だったのかを証明する方法はないから、これはぼく以外にとっては証拠にはならないけどね」
どうやら正解だったらしい私の回答を聞いて、今までの入れ替わりの謎を解き明かした後、レヴィンはここで軽く溜息を吐いてから、再び話を続けた。
「ぼくたち三人はお役目の為に、棺の材料となる熔けた黄金に生きたまま落とされた。
もうこの時にはあの二人はおかしくなっていたんだと思うよ、更に正しく言うと、皇帝に付き従う神官に選ばれてしまった時から。
両性を持ち、心身共に成長の遅いぼくとは違い、あの二人はまともな肉体と精神を持った子供だった、だから儀式の恐怖に耐え切れなかった。
それに比べてぼくは、そんな判断すら出来ない程に幼稚で愚かだった、だから変わらずに棺の中に封じられたんだ。
ぼくがまともにものを考えられる様になったのは、かなり時間が経ってからだと思う、ここでの記憶では最初から幻影のヴァハンとヅィザは存在していたからね。
きみの話からすると、数百年くらいの時間になるのかな、あの幻影たちからぼくは色々と教わって、ゆっくりと成長したんだ、だからぼくは生前のあの二人くらいの知識は持っているって訳だよ。
もうなくなってしまった肉体は成長する事がないから姿は変わらないけど、肉体を失っていても意識はずっとあったから、感情や知識は存在していた時間の分だけ成長出来るんだよ、少し意外でしょ? 亡霊が学習するなんてね。
でもそうして多くを知れば知るほど、この状況には未来はなくて、いつか二人の持っていた知識を全て知ってしまった時、その先には何もない日々が続く事になるって気づいたんだ。
この皇帝の棺が、まさか船で持ち出される時が来るとは思っていなかったから、ぼくは絶対に呼び出される機会なんてないと思っていたよ。
闇の中で二人の幻影と二つの狂った人格を抱えて、こうして永遠に過ごし続けるんだって。
そしてそのうちに皇帝が現れて、ぼくがどう思おうと関係なく、全てを奪って本当の終わりが来る、そう思っていた。
だけどその前に違うものがやって来た、それがきみだよ。
きみは多分、ぼくの元から欠けている三分の二の魂であるのは間違いないと思うんだ、ぼくはきみの考える事が全て判るから。
だから今までの会話は全て聞いていたし、その時に考えていた事も全部判っていたんだよ、レヴィアやレヴィの時ももちろん、幻影のヴァハンやヅィザの時も、何もかもね。
ただ判らないのは、そこに注ぎ足した魂は何かって事なんだ、海の神獣の魂か、光の王の意思か、闇の王の意思か、まさか亡き皇帝の魂、なんて事はないか、どれなんだろうね。
ここで第二の質問だ、ぼくは一体誰を呼び出したの? きみは一体誰?」
レヴィンのその問いには私からは答える事は出来ず、まあ意思を読み取れると言うのが事実であるなら、彼が問いを発した段階で答えも見えている筈で、殆んど自問自答に等しいのではないかと思った途端に、少年は溜息をつきながら微笑を浮かべた。
「そう、やっぱりきみ自身でも判らないんだ、だったら確認してみるしかないか、きみの語った未来と言うのも気になるし」
そう言うと海の神獣の守護者は踵を返しつつ左腕を高々と上げた後、先程から逃げもせずに留まり続けている、少し離れた光へと向けて、その手を振り下ろす。
すると上空の光の十字架が再び光を放ち始めて、その直後に阿鼻叫喚の悲鳴と共に光が消えて行く。
「で、この次は船の後ろから姿を現す、と」
そう言いながら、レヴィンは掌を上にして、もう一度頭よりも高く持ち上げる動作をし、それと同時に海の底から糧が動き出すのを感じて意識を向けると、下の方から集まった糧が青い光に変換されて、少年へと注がれ始めたのが判った。
それと共に僅かに残っていた光も、上空へと持ち上げられて次々と輝きを失っていくのが見えた。
以前の召喚の時に見た触手の塊の塔は、かなりの力なのではと感じたのだが、糧の注入量は前回の暴発の時とは比べ物にならない程少なかった。
あのレヴィアの暴発は、あまりにも桁外れだっただけなのだろうか。
「これで、次はあっちの船か、あれに襲いかかってから、周りの船から反撃を受ければきみの記憶は本物だ、さあ、どうなるかな」
こちらに背中を向けたままでそう語った青の祭服の子供の声色は、冷静ではあるがどこか楽しげに聞こえており、やはり理性を持っていても、海の神獣の影響は免れていないのかと、ふと思った途端に、またも即座に返答が返る。
「いや、ぼくは別に何物にも囚われてはいないと思うよ、多分。
それよりもさ、欠けた魂が満たされたせいかな、なんだか神獣の力が思ったほど発揮されていないような。
本来はもっと強力な気がするけど、実際のところは良く判らないや。
本当の召喚では、何がどう起きるのかなんて今までは判らなかったから、何とも言えないんだけどね。
伝説の神獣なんて言っても、意外と大した事なかったのかも知れない、と言いたいけど、レヴィアの時はあれだけの力を出せたんだから、何かが違っているんだ、何なんだろう。
狂ったレヴィアに入れ替われば何か判るかも知れないけど、そうしてまたあの暴発を引き起こしたら、そこで全てが終わってしまう気がする。
でも、せっかくのこんな機会をみすみす逃したくはないしな、これは悩むなあ、どうしようかなあ。
まあとりあえずは、ぼくのやるべき事までは終わらせておこう、攻撃開始だ」
そう言うと同時に神官の子供は上げていた腕を、若干遠くに見えていた光の集まっている方向に向けて、振り下ろした。
すると隣の船の船員達であろう、無数の光は次々と薄れて、やがて消えて行く。
「こんなものかな、どう? ぼくはうまく出来ている?」
余裕を感じさせる少年の満足げな声は、やはりこの状況を楽しんでいる様にしか見えない。
「そんなに楽しそうに見えるの? ならきっと楽しいのかも知れない。
でも今までずっと同じ場所で、何も出来ずに過ごして来たんだから、それは当然じゃないかなあ。
ぼくとしてだけじゃなく、ヅィザとしても、ヴァハンとしてもね。
つまり三人とも、棺に封じられてから一度も、聖者の間を出られた事がなかったんだよ。
ヴァハンが何度か呼び出されたって言うのも、あの二人が作り出した幻想だったからね」
ここまで機嫌良く語っていたレヴィンだったが、言い終えたところで一度語りを止めて沈黙を作った。
暫くの沈黙の後に、何かを思いついたのか、こちらへと振り返って私の方を見ながら、彼は再び語り出した。
「ぼくは一体何を望んだのだろう、やっぱりこの状況から逃れる方法かな?
でもそれはぼくら全員の消滅なんだ、どのみち皇帝復活の時に消えるんだから、その時期を早めることなんて今更望まないよ。
それ以外だとヴァハンの言っていた皇帝復活を止める事? ぼくは幻影のヴァハンほど未来の世界や秩序には興味はないんだよね。
正直に言うと、そんなものどうなろうと知った事ではないと思ってる、だからきっとそれも違うと思う。
後は、ヅィザの語ったみんな一緒にいたいと言うあれか、今はある意味それは叶っているんだよ、ぼくのところにあの二人もいるんだから。
かなり変わってしまったけど、でもいる事はいるんだ、いるんだけど、そうじゃなくて、そういう意味じゃなく……」
レヴィンはそう言いながら、今度は独り言の様に私に聞き取れない声で呟き始めていて、どうやら何かを思いついた様に見えた。
これで謎も全て解決し、私の正体と存在意義が明確にされるのだろうか。
それを期待しつつ、私は少年の次の言葉を待った。
「……そうか、やっと判ったよ、きみの正体が何者かが。
きみはぼくが作り出すことも取り返すことも出来なかった魂、つまりヴァハンとヅィザの魂だ。
ぼくが望んだのはここからの脱出でも解放でもなくて、ずっと共にあった二人を取り戻したかった。
二人の魂が取り戻せれば、この歪んだ状況も終わりが来るんじゃないか、あの二人も元に戻るんじゃないかって思ったんだよ。
ここで共に存在し続けてくれる、幻影ではなく、壊れてしまった二人でもない、元の二人に戻ってきて欲しかった。
ぼくはずっと、独りで寂しかっただけなんだ、だからそれを望んで二人の失われた魂を呼び出した、それがきみだった。
だからあの二人の幻影も呼び出せたし、意識を持った存在としてここにいるんだ、そうだ、そうに違いないよ。
でもどうやら、ぼくの望みは叶わないみたいだ、きみはぼくと同化しているし、それに二人の意識も記憶も持っていない。
答えは意外とあっけないものだったね」
私は少年の落胆した様でいながら、それだけでも無い様な何らかの感情を含んだ言葉を耳にして、釈然としない何か違和感を感じた。
何故か今のレヴィンは、先程までの彼とは違い、疑問に対する答えを追求する事を放棄した、そう見えたのだ。
ここまでの会話の中で二つの点が引っ掛かり、そしてそれは疑問として増大し、それが新たな推測と繋がり始めた。
一つはこの場所の事で、ここは双世宮の中の聖者の間だとヅィザは言っていたが、それを証明するものが無い事だ。
双世宮に関する知識は初耳で、実際にどう言う場所なのかは事前に判っておらず、何処にあるのかについてもヅィザの語った内容以外には何の情報も無い。
現実世界と冥界を繋ぎ、皇帝の遺体が納められた十字の棺こそが重要な鍵となっているのは事実だろうが、棺の蓋が生者の門で棺の底が死者の門になっていると言うのは、少々安直過ぎるのでは無いだろうか。
それに棺があれだけ賢覧豪華な代物だったのだ、幾らこの世の建物では無いからとは言っても、皇帝の来世の居城なのだから、それがこんなに殺風景の筈は無いだろう。
更に言うと、そうした世界を表した絵画などの文献が何一つ無いとは思えず、これはそういった資料の存在を知らなかったか、或いは理解出来なかったのではないか。
これの意味するところを考えてみると、双世宮がどう言う建物なのかの簡単な説明だけを受けた者が、聞いた内容を元にして再現した結果が、あの様な宮殿と言う割にはお粗末な、建築物として成り立っていない構造をしたものになったのではないか。
例えばそれは、幼い子供に説明する程度の情報とか。
「きみの正体も判ったし、ぼくの願った事も判ったんだ、もう、いいじゃないか、もう考える必要なんてないんだ」
この考察に対して拒絶するかの様な少年の声が聞こえるが、私の思考は止まらない。
もう一つは、先程レヴィンの語った内容だ。
レヴィンの話は本当に真相なのだろうか、彼の話ではヴァハンやヅィザは正気を失いそれを救済して、ずっと独りだけ正気を保ってこれまで存在して来たと言う。
狂った二人がその本性をレヴィンへと押し付けたと言う点と、二人の理想像が独立して意思もあると言う点が全く理解出来ないが、そこは否定も出来ないので仮に信じるとしよう。
もし全てが彼の言った通りであれば、今目の前に居るレヴィン自身も、幻影ではない保障は何処にあるのか。
当人も言っている通りで、彼は普通の子供ではなかったのは、ロバからの彼の客観的な情報もあって、ここまでは間違いの無い事実だ。
そこから彼は長い時間をかけて成長した結果、常人並みの知性を身につけるまでに至ったと説明していたが、その点については何の証拠も無い。
このレヴィンの成長の話と、幻影のヴァハンやヅィザの語った内容、この二つの違いは何処にあるのか、いや、違いなんて無いのではないか。
「もういい、それ以上考えないで、もういいから、やめてよ、ぼくはそんな答えを聞きたかったんじゃない」
さっきまでの自信に満ちた口調は変化し、拒絶から懇願へと変わった声色が私へと届くが、これが語る言葉だったならば止める事も出来たろう。
しかし思考や感情そのものを留める事は出来ず、私の見出した綻びは致命的な亀裂となって祭服の少年を追い詰める。
私の推測としては、ここは聖者の間などでは無くて、聖者の間として作ろうとした空間でしかなく、それを正しい姿で構築するだけの知識が無かった結果、こんな何も無い暗闇になった。
だがそれでも問題はなかった、何故なら空間としての整合性なんて、必要ない存在しかここには居なかったからだ、より正確に言えばここには整合性を保つべき他の存在なんて居なかった。
この空間そのものが、個人の幻想でしかないのだから、複数の存在なんて存在しようが無い、全てはレヴィンが産み出していた、想像の産物でしかなかったのだ。
「お願いだ、もうやめてよ、それ以上は聞きたくない、頭が痛い! 痛いよ! 頼むからもうやめてくれ!」
まるでレヴィアを髣髴とさせる様な悲痛な訴えが響く中、これもまた幻想なのだろうかと考えつつ、私は最終的な結論を纏め始めた。
恐らく、三つ子の神官の一人であった本来のレヴィは、生まれつきの障害で知能も低かったのだろうが、それは思考もままならない程では無く、思考や感情を正常に他者へと伝達出来なかっただけなのではないだろうか。
だから双世宮の話や、他の兄弟の話も聞いていて、それらの情報と生前見ていた景色を記憶したまま、棺へと封じられた。
その後、生贄として捧げられた時からなのか、それとも生前からだったのかは判らないが、彼は願っていたのだろう、自分もヴァハンやヅィザと同様になりたいと。
そしてその感情は封じられた死後でも思念として残り、それを叶える世界を彼の意識の中に構築した、それがこの双世宮やその中の聖者の間として作られた空間だった。
この空間の中では彼の望んだ通りの状況が展開していて、最期に正気を失ってしまったヴァハンとヅィザも、自分自身を切り離すと言う形で、レヴィが理想としていた頃の二人として再現した。
でもそれだけではなく、二人よりも自分が強く賢くなりたいと言う願望を叶える為、レヴィが介在して二人を維持させていると言う状況を生み出す事に因り、それを叶えた。
こうしてレヴィは己にとって、理想の世界を作り出して満足していたが、唯一つだけ、この理想郷が自分の幻想である事実を知っている事だけが不満だった。
だから彼はそれを消した、自らその事実を消し去って忘れたのだ。
これで真の理想郷が完成し、更にそれは彼にとっては現実の世界に変わった。
ここで留まっていられれば、ずっと幸せだったのかも知れないが、三人の中で最も有能な存在として作り出した己自身と言う人格は、現状に満足せず疑問を抱き始めてしまった。
ヴァハンとヅィザの面倒を見る形で、このまま皇帝復活まで存在し続けるのが自分の運命なのかと。
彼は嘗て自らが封じたものを解き明かしたいと望むようになってしまい、呪われた黄金の棺の力が、海上で発動した事に因って、偶然にもその願望が叶う機会が訪れてしまう。
本来の神獣の力とは別に、棺の力であろうか、掻き集められる糧を代償にして、レヴィ自身が隠した真実を暴く為に、元から欠けている三分の二のレヴィ自身の魂として、私は召喚された。
そして私に与えられた力は、真実を見抜き知らせる力、彼は理想郷の中では有能だ、だから自身の魂すら神格化出来たのだろうし、私は彼自身であり、本人を欺くのは不可能だ。
この真実を見抜く力に因り召喚者の願いは叶った、私は彼が望んだ真相を、彼自身が隠していた真実を暴いたのだ。
「そんなの、信じないぞ、しんじない、ぼくは、ぼくは、ぼくわ、ぼく、わ……」
「ぼ、く、わ、わわ、あ、あ、ああぁ、あぁあ……」
「あ、あぁ、あぁぁ、ああぁ、ぁぁ、ぁぁあ……」
「あ、ああ、だ、だまれ! だまれよ! うるさい! うるさいんだよ! おまえ!」
「おれは、しんじないぞ! むかつくんだよ、おまえ! きえろ! きえうせろよ!」
「きえてよ、もうみたくもない! あんたなんかしらない! あたしはそんなこと、きいてないし、しんじない!」
「いや、いやよ、いやだってば! やめて、やめてよ! もうやめてよ、もういやなの、あたしはもどりたくないの!」
「おもいだしたくない! いや、いや、いや、いや、いや、いや、やめて、おねがい、ゆるして、おねがいだからゆるして!」
「いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
理想のレヴィから、元のレヴィへと戻り、更にレヴィンになった後、最後にレヴィアへと変わった時に彼女は絶叫し、入れ替わり始めてから回復しだした膨大な糧の流入を一挙に放出して、見える風景全てが真っ青に変わった。
彼は果たして、こんな結末を求めていたのだろうか、少なくとも召喚時の彼はこれを求めた筈だ。
だがその後はどうだろう、途中で真実に気づいて、口調からは拒んでいたが、その時にはもう遅過ぎた。
真っ青に変わったその後に、一瞬だけ違う光景が見えた。
薄暗い部屋の中に、全身に包帯を巻かれた戦士のミイラ化した骸が、もがき苦しんだかの様に折り重なって倒れている。
その中を動き回る、三つのおぞましい醜悪な姿の化物。
一つは、毛むくじゃらの猿の様な胎児じみた不恰好な茶色の生物で、ミイラの足に噛み付いて屍肉を喰らいながら、体の割合と比較してかなり短い手足をバタつかせつつ、野太い雄叫びを上げていた。
一つは、孵化する前の雛鳥の様な頭でっかちの赤い生物で、仰向けのミイラの瞳孔を啄ばんで何かを引っ張り出そうとしつつ、異様に巨大な目玉をギョロギョロ回しながら、甲高い奇声を発していた。
一つは、寄生虫が絡み合った塊にしか見えない白い生物で、ミイラの腹の部分を喰って空けたらしい穴の中に入り込み、そこから粘液塗れの無数の短い触手を、あちこちへと蠢きながら伸ばしていた。
あれが三人の神官の真の姿だったのだろうか、そう思いつつ私は意識を失った。