第十五章 童子の遊戯 其の一
変更履歴
2011/12/17 誤植修正 話し → 話
2011/12/17 誤植修正 何者 → 何物
2011/12/17 誤植修正 関わらず → 拘わらず
2012/03/19 誤植修正 裁縫が行われているのと → 裁縫が行われているのは
2012/03/19 誤植修正 話言葉で以って → 話し言葉で以って
2012/03/19 誤植修正 ゆったりとしてた作りで → ゆったりとした作りで
2012/03/19 誤植修正 またもこららを → またもこちらを
2012/03/19 誤植修正 なんのはななしだっけ? → なんのはなしだっけ?
2012/03/19 誤植修正 眼球が瞳孔から → 眼球が眼孔から
2012/03/19 誤植修正 あなたをよびたした!? → あなたをよびだした!?
2012/03/19 誤植修正 刺繍の施されており → 刺繍が施されており
2012/03/19 句読点調整
2012/03/19 記述修正 心なしか星々が → 心なしか星々は
2012/03/19 記述修正 気の所為だろうか → 目の錯覚か何かだろうか
2012/03/19 記述修正 一人の子供、一人だけだ → 一人の子供だけだった
2012/03/19 記述修正 雅な祭服らしき、足元まで着く程に裾の長い長衣を身に纏い → 足元まで着く程に裾の長い長衣の雅な祭服で
2012/03/19 記述修正 その装飾に合わせてある → 更にその祭服の色彩や装飾に合わせた
2012/03/19 記述修正 背の高い帽子を被っていた → 背の高い帽子も被っていた
2012/03/19 記述修正 足元までの裾へと繋がっている様で → 足元の裾まで脇が繋がっており
2012/03/19 記述修正 重なる様に垂れ下がっていた → 折り重なる様に垂れ下がっていた
2012/03/19 記述修正 太い帯が、胴体の中央の位置で → 、複雑な模様で埋め尽くされた太い領帯が、前掛けの様に首から
2012/03/19 記述修正 胴体の中央を足元まで下がり → 胴体の中央の位置で足元まで垂れ下がり
2012/03/19 記述修正 周囲の状況確認の次は、自身の器の確認をと思っていた矢先 → 周囲の状況確認の次は自身の器の確認をしようと思っていた矢先
2012/03/19 記述修正 不満有り気な様子で → 不満気な様子で
2012/03/19 記述修正 感想を発した子供は → 感想を漏らした子供は
2012/03/19 記述修正 喋り掛けて来た → 直ぐに喋り掛けて来た
2012/03/19 記述分割 悪意を感じる、それは大人の持つ → 悪意を感じる。それは大人の持つ
2012/03/19 記述修正 無邪気な悪意だ → 無邪気で純粋な悪意だ
2012/03/19 記述修正 何を確認しようかと → 何を確認すべきかと
2012/03/19 記述修正 少年の態度は変わってしまい → 少年の態度はまたも変わってしまい
2012/03/19 記述修正 率先的に何かをして → 率先して何かを行い
2012/03/19 記述修正 少年、に見えていた子供は → 先程まで少年に見えていた子供は
2012/03/19 記述修正 何物にも恐れを知らぬ → 恐れを知らぬ
2012/03/19 記述修正 変わり様は何なのだ → 変わり様はどういう事であろう
2012/03/19 記述分割 とりあえず確認したいのは、召喚者だろうか、私は啜り泣く → まず確認しておきたいのは、召喚者に関してだろうか。私は啜り泣く
2012/03/19 記述修正 お前かと尋ねて見た → お前かと尋ねてみた
2012/03/19 記述修正 収穫と言えば → 僅かな収穫と言えば
2012/03/19 記述修正 返って大きいのでは → 返って大きいとも思える
2012/03/19 記述修正 微笑ましいとも言えるその声は → 微笑ましいとも言える声とは全く違う
2012/03/19 記述修正 これは只の子供では無く → 只の子供では無く
2012/03/19 記述修正 神官や司祭と言った、聖職に選ばれた子供なのだと言うのは → 神官や司祭に選ばれた特別な子供なのは
2012/03/19 記述修正 これはきっと近況なのだろう → これはきっと近況に違いない、『よばれる』や『でれる』と言うのはここに現れる事を意味しているらしく
2012/03/19 記述修正 ずっと不満を抱いていて → かなり強い不満を抱いており
2012/03/19 記述修正 今は喜んでいる、そう見える → 今は喜んでいる様に見える
2012/03/19 記述修正 それを私が知らなくて → それを私が判らずに
2012/03/19 記述修正 覆う様に顔の辺りへと当てていた → 顔を覆う様に当てていた
2012/03/19 記述修正 予期せぬ心の傷に → また予期せぬ心の傷に
2012/03/19 記述分割 蓄積して行く事になる、そうして後々 → 蓄積して行く事になる。そして後々
2012/03/19 記述修正 許容量を使い切ってしまっていて → 許容を超えてしまい
2012/03/19 記述修正 少女の様子が一気に急変した → 少女の様子が急変した
2012/03/19 記述修正 少女へと青い閃光になって → 青い閃光となって
2012/03/19 記述修正 怒涛の如く → 怒涛の如く少女へと
2012/03/19 記述移動 この少女の最後の絶叫と共に~
2012/03/19 記述修正 、星々を刈り取った → 星々を消し去った
2012/03/19 記述修正 全ては終わったのかも知れない、私の中にある糧は → これでもう全て終わったのかも知れない。私の中にある糧は
2012/03/19 記述修正 もう残り僅かしか残っていない、ここに意識を → 残り僅かで、ここに意識を
2012/03/19 記述修正 残して居られるのも → 残していられるのも
2012/03/19 記述修正 もうそれ程長くは → それ程長くは
2012/03/19 記述修正 きづいてないとおもってんの、 → きづいてないとおもってんの?
2012/03/19 記述分割 終わってしまった、召喚者らしかった → 終わってしまった。召喚者らしかった
2012/03/19 記述修正 青い祭服の少女は体が動き出し → 青い祭服の少女は動き出し
2012/03/19 記述削除 その体勢は発作に似たものの影響か、
2012/03/19 記述修正 眼球は上下左右へと → 瞳孔は上下左右へと
2012/03/19 記述修正 なるかも知れないと思いつつも私は覚悟を決めると → なるかも知れないと、私は覚悟を決めると
2012/03/19 記述修正 配慮が行き届かなかったらしく → 配慮が足りなかったらしく
2012/03/19 記述修正 震える口振りで → 震える声で
2012/03/19 記述修正 顔を伏せて動かなくなった → 顔を伏せたまま動かなくなった
2012/03/19 記述修正 疑問の同意を求めているのか → 疑念の同意を求めているのか
2012/03/19 記述修正 機嫌を損ねそうだと → また機嫌を損ねそうだと
2012/03/19 記述修正 とりあえず未だ聞いていない → 未だ聞いていない
2012/03/19 記述修正 何を意味するのか → 何かを意味するのか
2012/03/19 記述修正 こんな物の見方をしているのか → こんな目つきをしているのか
2012/03/19 記述修正 とにかくどうも落ち着かない → その視線どうも落ち着かない
2012/03/19 記述修正 だがここまでは普通だ、 → だがここまではまだいい、問題なのは
2012/03/19 記述修正 瞳、と言うかその目付きだ → 瞳と言うか、その眼差しだ
2012/03/19 記述修正 だが単なる一枚布に → だが単なる平たい一枚布に
2012/03/19 記述修正 穴を開けただけの貫頭衣では無く → 穴を開けただけでは無く
2012/03/19 記述修正 立体的な裁断と裁縫が行われているのは、言うまでも無い → 立体的に織り上げられている様だ
2012/03/19 記述修正 月明かりも存在せず → 月明かりも無く
2012/03/19 記述分割 引っかかるものを感じた、この子供の正体を → 引っかかるものを感じた。この子供の正体を
2012/03/19 記述修正 下着と言う物が入っておらず → 下着と言う物が無いらしく
2012/03/19 記述修正 大振りな動作になっていった → 大振りな動作になっていく
2012/03/19 記述修正 朗らかな微笑だった → 屈託の無い朗らかな微笑だった
2012/03/19 記述修正 全てが終わった後に、私は確信した、私へと注ぎ込んで来た糧の力 → 私へと注ぎ込んで来た糧の力
2012/03/19 記述修正 増大していたのだと → 増大していたのだと私は確信した
2012/03/19 記述修正 もう消えているのが判った → 、もうどちらも消えているのが判った
2012/03/19 記述分割 恐怖に違いない、勝気な少年から → 恐怖に違いない。勝気な少年から
2012/03/19 記述修正 すっかり萎縮し怯えきっていて → 萎縮し怯えきっていて
2012/03/19 記述修正 ゆるして、おねがい → ゆるしてちょうだい、おねがい
2012/03/19 記述修正 よろこんでやるでしょう? → よろこんでやるでしょ?
2012/03/19 記述修正 あたしじゃなくて → あたしじゃなくって
2012/03/19 記述修正 前の少年の状態で → 前の少年の状態であり
2012/03/19 記述修正 多重人格者が → これはつまり多重人格者が
2012/03/19 記述分割 単語があった事くらいか、『あのこ』と言う → 単語があった事くらいか。『あのこ』と言う
2012/03/19 記述修正 いつだってあたしをあなたが → いつだってあなたがあたしを
2012/03/19 記述分割 『あたし』へと変わっている、これは人格が → 『あたし』へと変わっている。これは人格が
2012/03/19 記述修正 シルエットとしても美しくみえている事からして → 全体的に整って見えている事からして
2012/03/19 記述修正 見渡す限り夜空が広がって無数の星が瞬き、それは地平線の間近にまで存在しており、恐らくこれは夜空なのだろうか → これは夜空なのだろうか、見渡す限り暗闇が広がっていて、その中に無数の星が瞬き、それは地平線の間近にまで存在している
2012/03/19 記述修正 暫く私は、状況が読み取れずに呆然と → 暫く私は状況が読み取れずに
2012/03/19 記述修正 幼児化した子供を眺めていた → 幼児化した子供を呆然と眺めていた
2012/03/19 記述修正 どうして…… → どうしてあたしなの……
2012/03/19 記述修正 少々気に掛かる点は → 少々気に掛かる箇所は
2012/03/19 記述修正 星空を眺めた時に → 夜空を眺めた時に
2012/03/19 記述修正 そのままでいいじゃないの! → そのままでいいじゃない!
2012/03/19 記述修正 躁鬱なのかとも訝しみつつ → 躁鬱なのかと訝しみつつ
2012/03/19 記述修正 艶やかな黒い髪を持ち → 、真っ直ぐで艶やかな黒い髪を持ち
2012/03/19 記述修正 いわれた、どうして? → いってた、どうして?
2012/03/19 記述修正 トンネルでの微笑ましいとも → それはトンネルでの微笑ましいとも
2012/03/19 記述修正 よんだらすぐにこたえろ → よんだらすぐにこたえろよ
2012/03/19 記述修正 背が高くて大きく感じたが → 背が高く体も大きく感じたが
2012/03/19 記述修正 僅かに輝いている → 僅かに輝いていた
2012/03/19 記述修正 消えて行くのと同時に → 消えて行くのと同時に、重苦しい轟音も静まり始め
2012/03/19 記述修正 更には輝く青の十字架も再び薄らぎ掻き消えると、夜空は暗黒へと変貌した → やがて輝く青の十字架も完全に消滅すると、再び静寂が訪れて夜空は何もない暗黒へと変貌した
2012/03/19 記述修正 良いのかも知れないと考え始めた → 良いのかも知れないと思い始めた
2012/03/19 記述修正 目はこちらを見てはいるが → 目はこちらを向いているが
2012/03/19 記述修正 精神的な傷を、深く抉ったらしい → 精神的な傷に触れたらしい
2012/03/19 記述修正 たまぁに、ヴァハンがやってんの → ヴァハンがやってんの
2012/03/19 記述修正 しんぱいしてたんだ → しんぱいしてたんだよ
2012/03/19 記述修正 一瞬巨大な白い手の様な形の光が見えていた → 最初に一瞬だけ巨大な白い手の様な形の光が見えた
2012/03/19 記述修正 気の所為だったのか、確認しようとした時には既に何も見当たらなかった → こちらも気の所為か
2012/03/19 記述削除 おれじゃないけど、
2012/03/19 記述移動 そして少女はその夥しい紺碧の光を~
2012/03/19 記述修正 そして少女は ~ 少女は
2012/03/19 記述移動 その最中、十字の青い光は~
2012/03/19 記述修正 精神状況は悪化する気がする → 精神状態はより一層悪化する気がする
2012/03/19 記述修正 こうしているんじゃないの? → こうしてるんじゃないの?
2012/03/19 記述修正 四肢や体や頭とは異なり → 四肢や体とは異なり
2012/03/19 記述修正 その瞳だけは微動だにせず → その瞳だけは、殆んど瞬きもしないで微動だにせず
2012/03/19 記述修正 殆んど瞬きもしないで私を睨み続けている → 恍惚とした光と害意を連想させる闇を湛えて、私を睨み続けている
2018/01/15 誤植修正 そう言う → そういう
私は暗闇の中にいる。
目の前には、遺跡の地下通路の様な、複雑な模様が刻まれた石造りのトンネル。
私は、周囲から子供達の様々な囁き声が響く中を、奥へと進んでいく……
目が覚めて早々に、まず私の所へと聞こえて来たのは、トンネルの中で聞こえて来ていた、幼い子供達のものだと思われる声と、入れ替わる様に響き渡る別の声であった。
それはトンネルでの微笑ましいとも言える声とは全く違う、大勢の男達の悲鳴で、この野太い絶叫は徐々に遠ざかっているらしく、次第に小さくなっていくのが判った。
そんな、阿鼻叫喚の音とは全く異なる風景が、私の意思で見ようとする前から、既に目の前に展開されていた。
ここは小高い丘の頂上の様に感じる場所であり、これは夜空なのだろうか、見渡す限り暗闇が広がっていて、その中に無数の星が瞬き、それは地平線の間近にまで存在している。
心なしか星々は瞬いているだけでは無く、微妙に揺れ動いている様に見えるのは、目の錯覚か何かだろうか。
少々気に掛かる箇所はあるものの、美しいと言える夜空を眺めた時に、最初に一瞬だけ巨大な白い手の様な形の光も見えた気がするが、こちらも気の所為か。
そんな少し怪しげな満天の星空の下らしき場所で、私の目の前に見えるのは一人の子供だけだった。
月明かりも無く、その他の光源も一切存在しない場所であるにも拘わらず、子供の様子は何処も翳る事無くはっきりと見えた。
歳の程は十歳には達していないだろう、その子供は普通の子供が着る様な服とは、とても思えない格好をしていた。
その姿は、澄んだ青を基調とした、金糸や銀糸に因る複雑な刺繍を施してある、足元まで着く程に裾の長い長衣の雅な祭服で、更にその祭服の色彩や装飾に合わせた背の高い帽子も被っていた。
腰の部分は特に帯や腰紐等は無く、基本的な構造は肩と首で服を支えているだけの貫頭衣らしく、非常にゆったりとした作りで、袖口は手首のところから下の足元の裾まで脇が繋がっており、腕が下ろされた今の状態では、襞となって胴体と腕の間に折り重なる様に垂れ下がっていた。
だが単なる平たい一枚布に穴を開けただけでは無く、体型に合わせて立体的に織り上げられている様だ。
これらには何らかの儀礼的な意味合いがあるのだろうか、体の約半分程の幅をした、複雑な模様で埋め尽くされている太い領帯が、前掛けの様に首から足元まで垂れ下がり、これとは別に細長い帯状の純白の布が首に掛けられて、それも足元近くまで両端が垂れている。
そういった大小の垂れ下がる帯や袖口周りには、金銀の細かな刺繍が施されており、光が差し込むわけでも無いこの場所でも、僅かに輝いていた。
腕を自然に下げている状態が、全体的に整って見えている事からして、恐らくこの衣装は、腕を上に高く上げる様な動作は、行わない前提の服なのだろうと推測した。
極めて特徴的な外見からの第一印象としては、これはどう見ても只の子供では無く、神官や司祭に選ばれた特別な子供なのは一目瞭然だった。
子供は帽子や衣服の所為で背が高く体も大きく感じたが、それを差し引いて考えると、特に太っていたり痩せていたりもしておらず、恐らく歳相応の身長と体重なのではないかと思われる。
顔については、性別が判別しにくい端正な顔つきをしていて、肩につかない程度の長さで切り揃えられた、真っ直ぐで艶やかな黒い髪を持ち、透き通る様な白い肌はまるで蝋人形を髣髴とさせた。
だがここまではまだいい、問題なのは黒髪と同じ様に黒い色合いの瞳と言うか、その眼差しだ。
落ち着かない様子で、しきりと動いている四肢や体とは異なり、こちらを真っ直ぐに見据えたその瞳だけは、殆んど瞬きもしないで微動だにせず、恍惚とした光と害意を連想させる闇を湛えて、私を睨み続けている。
この若干病んでいる様な挑発的な視線は、何かを意味するのか、それとも無意識でこんな目つきをしているのか、それは判らないがとにかくどうも落ち着かない、これが私の第一印象だった。
いつの間にか男達の絶叫もすっかり聞こえなくなり、今では何らかの確認が出来るのは、この目の前に居る子供だけになっていた。
「ねぇ」
私がいつもの召喚の時と同様に、人間との意思の疎通は当てにせず、周囲の状況確認の次は、自身の器の確認をしようと思っていた矢先、その子供からの問い掛けが普通に聞こえて来た。
その外見から想像する口調では無く、高位で学の有る者の表現とは異なる至って普通の、悪く言えば平民じみた砕けた話し言葉で以って、その祭服の子供は喋っている。
私はこれにどう答えれば良いか、器の確認は未だだが普通に喋ってみるか、それとも思念で返してみるべきかと少々迷っていると、子供は明らかに私を認識していて、更にはこちらが反応しない事に対して、不満気な様子で立て続けにまたも発して来た。
「ねぇってば、だまってないで、なんかこたえてよ」
現れて早々状況の把握も出来ずに、召喚者にしては今までに無い雰囲気を醸し出し、平然と語り掛けて来る神官風の子供へと、私はとりあえず、聞こえている事を伝える返事を返してみた。
「なんでさっさとこたえないの? よんだらすぐにこたえろよ」
私の返答に対して、不満を露にした態度と共に、随分と横柄な感想を漏らした子供は、もうその不満を忘れて次の興味へと心変わりをした様な、多少親しみを増した口調で直ぐに喋り掛けて来た。
「ずっと、たいくつしてたんだ、ヴァハンばっかりよばれてさぁ、ずるいよ」
「そりゃ、ヅィザだって、ちっともよばれないのは、おれといっしょだけど、もうおくでしゃべってるだけは、あきあきしてたとこだったんだ」
「ヴァハンもヅィザも、おれがでれるとわかったら、すっごくしんぱいしてたんだよ、そのこまってるようすが、おもしろくって、たのしくってさあ!」
ここまで語ると、自分の事を俺と表現している点からして、きっと性別は男なのだろう、青い祭服の少年は、さも愉快そうに笑い出した。
これはきっと近況に違いない、『よばれる』や『でれる』と言うのはここに現れる事を意味しているらしく、二人の仲間の内の一人は『よばれ』ていて、自分がもう一人と共にずっと『よばれ』ない事に、かなり強い不満を抱いており、それが遂に『よばれ』た事で、今は喜んでいる様に見える。
ただそれにしても、この少年の言動からは少なからず悪意を感じる。
それは大人の持つ、利己的に計算された悪意とは異なる、子供特有の損得感情の無い無邪気で純粋な悪意だ。
これは慎重に会話をすべきかと直感で思いつつ、自分の器の確認をし始めると、まず私は拘束されているかの様に、全く動けないのが判った。
大袈裟とも思える程、身を捩りながら笑い転げる少年を見ながら、次に何を確認すべきかと考える暇を与えずに、少年は予期せぬタイミングで不意に動きを止めると、またもこちらを凝視しながら質問を始めた。
「ねぇねぇ! ところでさ、あれ、どうする?」
「ここにいれられるまえ、あのうすのろがいわれてたやつ、やるんだろ?」
「ヴァハンがやってんの、ヅィザといっしょにきいてたんだ、おくからだとよくみえないから、おとだけだけど」
「ヅィザはそのとき、すごくいやそうなかおしてた、なんで? あんなにたのしそうなことってないのに、きいたら、あれはよくないんだっていってた、どうして?」
「それをやるために、おれらいるんじゃん、なのによくないって、どういうこと?」
「ヴァハンもかえってきたあとは、なんだかげんきなくって、そのあとはしばらくきげんわるいけど、なんでか、おれにはぜんぜんわかんない」
「きっとヴァハンはかくしてるんだ、おれやヅィザにはやらせないように、じぶんのたのしみをへらさないようにって、そうおもわない?」
「ずるいよなぁ、ヴァハン、じぶんだけずるいよ」
青い祭服の少年は、恐らく過去の話をしているのだろう。
これが私に対する質問なのか、それとも仲間の言動に対する疑念の同意を求めているのか、或いは単に感想を語っているだけなのか、この少年の会話にはどう対応すれば良いのかが読みきれないが、黙ったままではまた機嫌を損ねそうだと感じて、未だ聞いていない少年自身の名前を尋ねた。
「はぁ!? どうしてわかんないの? なんでしらないの? なにそれ!?」
これはどうも失策だった様で、今までは会話の流れこそは読み切れないまでも、色々と語っていた少年の態度はまたも変わってしまい、不満な感情をぶちまけて来た。
「やだ、おしえない、どうして、いわなきゃいけないの? ねぇ?」
「なんか、すっごくむかつくなぁ、むかつくんだけど、それ」
「あのなきむしが、ずっととなりでないてるときくらい、むかつく」
「やっぱちがう、ヴァハンがえらそうにおこってるときくらい? うーん、これもちょっとちがうな」
「ヅィザからしかられたときかなぁ、あれはそんなにいやじゃない、いがいとすき、ヅィザのおこったかおはすき、なんでだろ」
「ああ、わかった、ヅィザはさぁ、あのなきむしのきたならしいかおとちがって、きれいだからね、あれ? なんのはなしだっけ? まあいいや」
「ねぇねぇ、そんなのどうでもいいからさぁ、はやくおやくめをはたそうよ、あれをどうにかするんでしょ? はやくやってみせてよ! はやくはやく!」
そう言って結局私の問い掛けを答える事無く、またしても喋っている間に心変わりして、最後は機嫌良く飛び跳ねながら指差したのは、先程から見えている夜空の星だった。
結局論点がずれた挙句最後に語ったのは、『おやくめ』と言うのがあの星をどうにかする事で、この青い祭服の少年はそれをしたがっている、そこまでは判るのだが、肝心のそれが何を意味してどうやるのかが判らない。
どうやらこちらからの質問に、まともに回答する気は無い様だ、これでは先程から出ている他の仲間の事を尋ねても、有益な返答は期待出来ないか。
これまでの少年の言動を聞いていると、この『おやくめ』のやり方はこちらが判っていて当然の様だし、寧ろ私の方が率先して何かを行い、その結果を少年は待っているだけにも見える。
今はとにかく、『おやくめ』とやらを待ち焦がれているのは間違い無く、これへの興味は途切れる事は無いらしい。
だとすると逆に、それを私が判らずに出来ないと知ったら、これまで以上に状況は悪化するのではないだろうか。
さて、どうしたものか、私はここで取るべき手立てが見つからず、閉口してしまった。
すると途端にそれを察したらしく、少年から苛立ちを含めた言動がぶつけられる。
「さっきから、なんではじめてくれないの? もういいかげんあきてきたよ、はなしするのはさぁ」
「つまんない、たいくつ、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない」
「どうしてはじめないの? おやくめをやるために、おれたちはここにいて、こうしてるんじゃないの?」
「そっか、おまえもか、おまえもおれを、そういうことか、あのふたりとおんなじだ、おれにはひみつなんだろ、おれはなかまはずれなんだろ?」
「わかってるよ、きづいてないとおもってんの? そんなわけないじゃん、おれだけいっつもなかまはずれだ、いっつもいっつも!」
「ふたりともなぁんかおれにかくしてる、わかってんだよそんなの、このことだろ? どうしておれにはおしえてくれないんだよ!」
「ヴァハンもむかつく、ヅィザもむかつく、うすのろもむかつく、なきむしもむかつく、おまえもむかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく……」
「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく! みんなむかつくんだよ!!!」
こうして私の態度が災いしたらしく、青い祭服の少年は激昂してしまい、終いには仲間達への負の感情を爆発させた。
そしてその後は、まるで力尽きたかの様に脱力すると、腕と頭を垂れて顔を伏せたまま動かなくなった。
次に何が起きるのかと固唾を飲んで見守っていると、最初に聞こえて来たのは、小さ過ぎて殆んど聞き取れなかった、啜り泣く声だった。
それは先程までの威勢の良い、どこか危険な少年のはっきりした声とはまるで別人の様な、弱々しい細くて暗い声で、しかも口調までもが、まるで役者が配役を変えて現われるかの様に、全く変わっていた。
「……あなたが、あたしを、ここに、よんだの?」
先程まで少年に見えていた子供は、咽び泣きながらも、途切れ途切れに私へと問いかけて来た。
変化は声色だけで無く口調にも現れていて、言動の一人称が『おれ』から『あたし』へと変わっている。
これは人格が入れ替わっていると言う事なのか。
先程の我儘な少年じみていた時までは、恐れを知らぬ様子であったのに、この突然の変わり様はどういう事であろう。
俯いたままの少年だった少女は、溢れる涙を拭う為か、だらりと垂れていた両手を上げて、顔を覆う様に当てていた。
この子供は躁鬱なのかと訝しみつつ、しかし今の状態の方が対話は成り立ちやすそうだと前向きに判断して、先程と同様に声を掛ける事にした。
まず確認しておきたいのは、召喚者に関してだろうか。
私は啜り泣く少女じみた子供へと、出来るだけ穏やかに、私を呼び出したのはお前かと尋ねてみた。
しかし、それでも配慮が足りなかったらしく、精神的に不安定な少女の感情は掻き乱された様で、極度の怯えからなのか、私の言葉を聞いた途端、少し飛び上がって驚いた後、震える声で早口に切り返してきた。
「あなたをよびだした!? なにいってるの!? いつだってあなたがあたしをひきずりこんでいたんじゃない!」
「これいじょう、あたしからなにをうばうつもり? もうやめてよ、あたしからとらないで、これいじょうなくしてしまったら、あのこ、あのことおんなじになっちゃう」
「あたしはあたしでいたいの、せめてそれくらい、それだけはゆるして、もう、とらないでよ、これいじょう、あたしからあたしをうばわないで……」
最初は顔を隠す様に添えていた両手を、強く顔の脇で握り締めながら、激しい感情で肩を震わせつつ、強い語勢で捲くし立てた子供だったが、次第にその勢いは無くなり、再びその言葉は嘆きへと変化して啜り泣き始め、元の状態へと戻って行く。
これでとりあえず判ったのは、私の質問は全く別の解釈をされてしまい、それがこの少女らしき子供の精神的な傷に触れたらしい。
そんな嘆きの中での僅かな収穫と言えば、仲間を示していると思われる単語があった事くらいか。
『あのこ』と言う言葉が出ていたが、これは果たして誰を指しているのだろう。
少年の口調だった時に語っていた、『なきむし』と言うのがこの今の状態で、今語った内容にあった『あのこ』と言うのが、前の少年の状態であり、これはつまり多重人格者が、互いの人格を呼び分けていると言う事なのだろうか。
呼び出されたのは自分の方で、私がいつも引きずり込んでいると言うのも、『とらないで』と言うのも、どう言う意味なのかその真意が気に掛かるが、何かを問い掛けて仕損じる毎に、少女の様な子供の精神状態はより一層悪化する気がする。
それと連動しているのかが判らないが、この子供が少年であった時よりも、私の力は増大している気がしており、これは気の所為では無くて、何か地の底から、私の元へと糧が渦巻きながら登って来ている、そんな気配を感じていた。
これは考え様によっては、精神的な負担に余裕のあるうちに核心を尋ねた方が、良いのかも知れないと思い始めた。
この調子で当たり障りの無い様な会話を続けようとしても、また予期せぬ心の傷に触れてしまい、その度に少女の感情は掻き乱されて、苦痛を蓄積して行く事になる。
そして後々肝心な事を尋ねようと思った時には、もう精神的な許容を超えてしまい、訊くに訊けないかも知れない。
それに、こちらは大丈夫かと思える問いでも、逆にそれが一気に追い詰める事になり兼ねない現状を考えると、回りくどく多くを尋ねる方が、リスクは返って大きいとも思える。
それならば、まだ余裕がある早い段階で、核心の疑問をぶつけた方が、この少女の感情的にも良いのではないだろうか。
確実に蓄積しつつあるその力の奔流を感じながら、恐らくこれは致命的な問いになるかも知れないと、私は覚悟を決めると、またも嗚咽へと戻ってしまった子供へ、『おやくめ』について尋ねてみた。
悪い予想はしていた心算だったが、案の定少女の状況はまたも急変し、その単語を耳にした途端に私の言葉を遮って、激しく頭を横に振りながら捲くし立て始めた。
「いや! いやなのに、どうして、どうして、あたしはいやなのに!」
「どうしてあたしなの! あいつがやりたがってるんだから、そのままでいいじゃない!」
「あいつにかわってよ、あいつならよろこんでやるでしょ? だからおねがい、あたしじゃなくって、ほかのだれかにして!」
「あたしはいやなの! こわいの、こわくてこわくて、たまらないのに、どうしてあたしなの……」
「ヅィザ! ヴァハン! たすけて、あたしをたすけて! ずっといいこでいるから、やくそくするから、だからおねがい、たすけてよ……」
「ゆるして、ゆるしてよ! ゆるしてちょうだい、おねがい、なんでもするから、あれだけはいや、もういやなの、こんなのはいやなの! いやなの!」
嗚咽は激しい慟哭と悲痛な叫びに転じて、次第に悲嘆へと変化していき、そして最後に鋭く発したと同時に、顔を上げたかつての少年の顔は、まるで別人の様に表情を変えていた。
不敵さを湛えていた妖しげな眼差しは、ほぼ円に見えるまで見開かれて、眼球が眼孔から落ちるのではないかと思える程であり、瞳孔は上下左右へと不規則に振盪し続け、顎も動揺で震え続けており、蝋の様に白い肌は完全に血の気が失せて青白くさえ見えた。
血走った瞳や凍りついた表情から感じるのは唯一つ、恐怖に違いない。
勝気な少年からすっかり変貌した少女は萎縮し怯えきっていて、その精神状態の表れなのか、自身の体を両腕で抱きしめる様にしたまま、こちらを凝視して固まっている。
この時、私は自分の力が更に増大した様な感覚に気づき、糧の状況を確認すべく意識をそちらへと向けた時、少女の様子が急変した。
「できない、あたしにはできない、おねがい、こないで、こないでよ、おねがいだからこないで!」
「いや、いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
青い祭服の少女は、引き付けを起こしたらしく全身を硬直させて、空を見上げるかの様に上を向き、劈く様な悲鳴を上げた。
この少女の最後の絶叫と共に、私は地の底の方から湧き上がる糧の奔流に飲み込まれ、それは私を媒介にして青い閃光となって、怒涛の如く少女へと注ぎ込まれて行く。
少女はその夥しい紺碧の光を全身に浴びて光を蓄えると、夜空には巨大な十字の形を縁取った青い光が浮かび上がり、それと同時に全身を揺さぶる重低音と、頭を掻き乱す高音の、不快な警鐘の様な連続音が、少女の絶叫を打ち消す程の大音量で同時に響き渡る。
その最中、十字の青い光は時の経過と共にその厚みと輝度を増し、それと同時にこの不可解で不快で耳障りな騒音も増大し続ける。
やがて、夜空に浮かんだ青い光の十字架は、眩しく輝いたかと思った瞬間、上空の星へと貫く様に十字から光が放たれ、たちまち白く輝く星々を青い閃光で塗り替えた。
こうして満天の星空は、夜明け前に似た紺碧へと変えられた後、その青の輝きが薄らぎ消えて行くのと同時に、重苦しい轟音も静まり始め、白い星の輝きも全て失われてしまい、やがて輝く青の十字架も完全に消滅すると、再び静寂が訪れて夜空は何もない暗黒へと変貌した。
それを確認していた時、倒れる音が聞こえて直ぐに少女へと視線を戻すと、少女は燐光の様な青い光も消えた状態でうつ伏せに倒れていて、私の元を通過していった莫大な力も、地の底から集まっていた力も、もうどちらも消えているのが判った。
私へと注ぎ込んで来た糧の力、あれを招いたのは私自身だが、その力自体は私の意思とは関係無く、この少女めいた子供の精神の乱れ、感情の起伏に応じて増大していたのだと私は確信した。
そしてその増大した力で以って、天空に十字架を作り出して星々を消し去った、これこそがあの少年の望んでいた『おやくめ』だったのだろうか。
しかしながら、そういう意味ではこれでもう全て終わったのかも知れない。
私の中にある糧は、先の暴発で殆んど放出されてしまい残り僅かで、ここに意識を残していられるのも、それ程長くは持ちそうにない。
こうして静かになると、心なしか水の流れる様な音が周辺から響き渡り、それに伴ってこの場所の気温も下がり始めている、そんな風に感じていると、やがてその水音も小さくなって、本当の静寂が訪れた。
今回の召喚は、何が何だか判らないうちに終わってしまった。
召喚者らしかった倒れた少女の様な子供を眺めながら、そう考えていると、意識が戻ったのか青い祭服の少女は動き出し、時間を掛けて不器用に体を起こすと、無造作に顔を上げた。
その少女だった子供の顔は意外にも、屈託の無い朗らかな微笑だった。
「うぅ……、ああぁ……、あぁ……、うぅぅ……」
暫く私は状況が読み取れずに、青い祭服の少女でも無く、少年とも違う様な、幼児化した子供を呆然と眺めていた。
子供はひたすら、幼児の発する喃語じみた言葉を繰り返すのみで、今までの様にまともな意味を成す言葉を発しようとはしない。
更にその顔はずっと微笑のままで、目はこちらを向いているが、私を見ているのではなく、何処にも定まってはいないかに見える。
両手は祭服の細い帯を掴んで大きく振り回したり、下の端まで手繰ってからまた上へと手繰り直したり、帯の端を遠くへと投げてみたりしていた。
これはまるで、小さな子供が一人遊びをして楽しんでいる、その様にしか私には見えない。
今の精神状態の子供にとっては、その帯の遊びがよっぽど楽しい様で、発声も変化を見せ始めた。
「ふふ、ふふふ……、ふふふ……、ふふっふふ……」
幼児化した子供は笑い始め、そして上機嫌さを体で表すべく、祭服の裾をたくし上げて周囲を走り回り始めた。
不慣れなスキップらしき足取りで、時折奇声を上げながら走る子供は、その遊びも甚く気にいったらしく、次第に大振りな動作になっていく。
「ふふ……、ふふっふふ……、ふふふ……」
不器用なスキップを続ける子供の腕はほぼ水平まで持ち上げられて、掴まれたままの祭服の裾も同じ高さまでたくし上げられる。
その結果、この子供の衣装には下着と言う物が無いらしく、何も着用していないと言う事と、それに因って知った事実が、この少年や少女でもあった幼児は、普通の性別では無さそうだと言う事が判明した。
目の前で静止した状態で確認は出来ていない為に、はっきりとは判らないが、男児にしてはあるべき物が見当たらず、女児にしては、あらぬべき物が存在していた様に見えたのだ。
ここで私は何か引っかかるものを感じた。
この子供の正体を、私は何処かで知っているのではないだろうか。
そんな疑問が脳裏を掠めたのだが、残念ながら私が思考出来たのはそこまでで、とうとう糧が尽きてしまい、全ては謎のままに意識を失った。