第十四章 飛竜 其の四
変更履歴
2011/07/03 誤植修正 今だ → 未だ
2011/12/14 誤植修正 この期に乗じ → この機に乗じ
2012/03/12 誤植修正 微動だに動かず → 微動だにせず
2012/03/12 誤植修正 発しようとしたのだか → 発しようとしたのだが
2012/03/12 誤植修正 飛竜へと知らせると → 知らせると
2012/03/12 誤植修正 飛竜の巫女の → 竜の巫女の
2012/03/12 句読点調整
2012/03/12 記述修正 卑小な生物よ → 小さき生物よ
2012/03/12 記述分割 汝は言葉を理解しないのか、 → 汝は言葉を理解しないのか。
2012/03/12 記述修正 ここで下手に逃げ出す様な → ここで迂闊な
2012/03/12 記述分割 語りかけては来ないであろうと思え、 → 語りかけては来ないであろう。
2012/03/12 記述修正 ひたすらに向こうの動きを → 私はひたすらに、相手の動きを
2012/03/12 記述修正 神に等しい巨竜の → 今や神にも等しい巨竜の
2012/03/12 記述修正 卑小な生物よ → 小さき生物よ
2012/03/12 記述修正 どちらか答えよ → 速やかに答えよ
2012/03/12 記述修正 矮小な生物よ → 小さき生物よ
2012/03/12 記述分割 汝の返答が遅れた理由は理解した、それと → 汝の返答が遅れた理由は理解した。それと、
2012/03/12 記述分割 存在である事も判った、次に重要な事は → 存在である事も理解した。次なる疑問は、
2012/03/12 記述分割 会話するに値するか否かだ、 → 対話に値するか否かだ。
2012/03/12 記述修正 飽きさせない事を期待する → 幻滅させない事を期待する
2012/03/12 記述分割 留まる事は出来ずに息絶えた、我が周囲は → 留まる事無く、皆息絶えた。我が周囲は、
2012/03/12 記述修正 我が周囲は、生物が生存出来ない環境なのだと思っていたのだが → この世界の動物は、全て短命であると理解していたが
2012/03/12 記述修正 そうでは無い事が証明されるのかも知れない → それを覆す可能性が生じている
2012/03/12 記述分割 我はその点に興味があるが、あまり時間が残されていない、我はもう直に眠りにつくだろう、 → 我はその点に興味がある、故に我が問いに簡潔に答えよ。
2012/03/12 記述修正 だから我が問いに手短に答えよ、そこに居続けて死なぬ汝は何者だ → そこに居続けて絶命しない汝は何者か
2012/03/12 記述削除 次に我が目覚める時にはもう汝も死ぬか消えるかしている、
2012/03/12 記述分割 ほう、それは興味深い、汝は我に近しい存在だと言うのか、面白い、 → 汝の答えは我の想定を超えていて、とても興味深い。
2012/03/12 記述修正 我に与えられた時が → 眠りにつく前に
2012/03/12 記述修正 汝と話をして潰すとしよう → 汝と対話する事にしよう
2012/03/12 記述分割 その見慣れない今の姿が飛竜と言うのか、 → 今の汝の姿である、飛竜について問う。
2012/03/12 記述修正 長くこの世界を見てきたが → 長くこの世界を見続けているが、
2012/03/12 記述分割 見た事の無い生物だ、 → 見た事の無い存在だ。
2012/03/12 記述修正 そんな生物がこの世界には居るのか → 汝の様な生物は、他にも存在しているのか
2012/03/12 記述分割 矮小なる飛竜よ、それは誤りだ → 小さき飛竜よ、その認識は正しくない。
2012/03/12 記述修正 汝は不死では無いだろうが → 汝は不死では無かろうが
2012/03/12 記述分割 生物であろう、少なくとも我は生物では無い → 生物であろう。それに対し、我は少なくとも生物では無い
2012/03/12 記述分割 汝からの問いについて、答えてやろう、 → 汝の疑問について、回答しよう。
2012/03/12 記述分割 その代わりに汝に一つやって貰いたい事がある、 → その代わり、我は汝に要求を行なう。
2012/03/12 記述修正 それが回答を知らせてやる条件だ → それを回答の条件とする
2012/03/12 記述修正 それ以上でも → それ以上でも無ければ
2012/03/12 記述分割 消えるだけの存在であり、それ以上でも → 消えるだけの存在。それ以上でも
2012/03/12 記述分割 それ以下でも無い、只の傍観者にして → それ以下でも無い。只の傍観者にして
2012/03/12 記述削除 「汝は若しや~
2012/03/12 記述修正 汝が何者であろうと → 「汝が何者であろうと
2012/03/12 記述修正 探求者か、探求者共からは → 探求者から、
2012/03/12 記述分割 傍観者に与えられるのは、知る力のみで、 → 我々傍観者が持つのは知る力。
2012/03/12 記述修正 全てを知るのが使命 → 全てを知るのが傍観者の使命
2012/03/12 記述分割 それを伝える相手は主のみ、何かを見つけ出す為に → それを伝える相手は主のみ。何かを見つけ出す為に
2012/03/12 記述移動 我々傍観者が持つのは~
2012/03/12 記述移動 全てを知るのが使命~
2012/03/12 記述追加 探求者が持つのは~
2012/03/12 記述追加 求める物を手に入れるのが使命~
2012/03/12 記述修正 その名の如く聞き出すのでは無く → その名の如く、我々に問うのでは無く、
2012/03/12 記述修正 探求者であるならば → 探求者なれば
2012/03/12 記述修正 自らの力で以って探し出せと → 自らの力で以って探せと
2012/03/12 記述修正 奴らには返すのみ → 我々は答える
2012/03/12 記述修正 我の関知しないところであるから → 我の関知しないところであり
2012/03/12 記述分割 恐らくは偶然だろう、我が主達も → 恐らくは偶然だ。我が主達も
2012/03/12 記述修正 干渉はしないであろうし → 干渉する事はなく
2012/03/12 記述修正 そもそもこの様な微細な → この様な微細な
2012/03/12 記述修正 我の関与していない話で → 我の関与しない話で
2012/03/12 記述修正 勝手に死んで行く様になっているだけだ → 死んでいるだけだ
2012/03/12 記述修正 我からすれば、ここに人間を招き寄せる必要性も無ければ → ここに人間を招き寄せる必要も無ければ
2012/03/12 記述修正 更に言えば屍を集めても → 屍を集めても
2012/03/12 記述分割 最後の一人があの娘、こう言う事では無いかと → 最後の一人があの娘だった。こう言う事では無いかと
2012/03/12 記述修正 さて、汝からの問いには全て答えてやった → 汝からの問いは全て回答した
2012/03/12 記述修正 では我が望みを聞いてもらう → 我が要求を実行して貰う
2012/03/12 記述削除 もうこの土地の人間達は十分過ぎるほど見て見飽きた、
2012/03/12 記述修正 邪魔なだけの生贄など必要は無い → この場所に人間は不要
2012/03/12 記述修正 汝が生き残りを連れてここを去れ → 汝が残りを退けよ
2012/03/12 記述修正 そして二度と人間をここへと送り込まない様に広めるのだ → そして二度と、何物をも齎さぬ様、伝え広めよ
2012/03/12 記述削除 我は必要な事を知る為にここに在るのであって、人間の骸を集める為にここに居る訳では無い
2012/03/12 記述分割 伝えるべき言葉は、あの生き残りの人間に知らせておこう、そして汝が → 語るべき言葉は、残る人間に、伝えよう。そして汝が
2012/03/12 記述修正 後は速やかに去るが良い → 後は、速やかに立ち去れ
2012/03/12 記述修正 判っているとは思うが、汝も生き残りの人間も、もうそれ程多くの時間は残されていないからな → 我と同様、汝らの時間も、残り少ない
2012/03/12 記述修正 それでは我が望みを叶えて貰おう → 時間が尽きた
2012/03/12 記述修正 もうそろそろ我は眠る、小さき飛竜よ、さらばだ → 我は眠る、さらばだ、小さき飛竜よ
2012/03/12 記述修正 更に新たな一言が放たれた → 更に新たな一言を放った
2012/03/12 記述削除 もし争いになった場合、
2012/03/12 記述分割 対話すべきと考えて、私は巨竜に向かって聞こえている事と → 対話すべきだ。私は巨竜に向かって、その問い掛けは聞こえている事と
2012/03/12 記述修正 この興味を失われてしまえば → その興味を失えば
2012/03/12 記述修正 先程まで暗に感じていた竜になった威厳や優越感なんて → 先程まで暗に感じていた、竜となった威厳や優越感などは
2012/03/12 記述修正 自らの命を繋ぐ為に取るべき正しい行動を導き出す事だった → 如何にして自らの命を繋ぐ為の行動を導き出すかだった
2012/03/12 記述修正 興味を持たせるべく → 興味を惹くべく
2012/03/12 記述修正 自分から語りだそうと → 自分から語ろうと
2012/03/12 記述修正 すべての意識を集中させる → 全ての意識を集中させる
2012/03/12 記述修正 途方も無く長いその年月は → 途方も無く長いその歳月は
2012/03/12 記述修正 事の無い私には → 事の無い私にとって
2012/03/12 記述修正 召喚時最も長くて → 召喚時最長で
2012/03/12 記述修正 存在していたのだなと → 存在していたのだと
2012/03/12 記述修正 上へと漂って行って → 洞穴の上へと漂い、
2012/03/12 記述修正 糧も魂も死霊も → 糧も魂も
2012/03/12 記述修正 浮かんでいた魂に合流して行った → 浮かんでいた魂と合流した
2012/03/12 記述修正 それが死に至らずに → それがすぐに死に至らず
2012/03/12 記述分割 興味を抱いているのか、 → 興味を持っているらしい。
2012/03/12 記述修正 知性と情報しか持たないのであれば → 知性しか無いと判断されれば
2012/03/12 記述修正 暗示なのだと判断していた → 暗示なのだと察した
2012/03/12 記述修正 それをどう説明すべきなのか → その関連性をどう説明すべきなのか
2012/03/12 記述修正 あまりに手短にとなると → あまり省略し過ぎても
2012/03/12 記述修正 一つの失言で → 一度の失言で
2012/03/12 記述修正 少しだけ閉じられていた下顎を → 閉じられていた下顎を少しだけ
2012/03/12 記述修正 実に緊張を強いられるものだ、それはこの肉体にまで影響を及ぼす様で、視界が若干暗くなり、この様な頑強な肉体であっても心因性の病状にはそんなものは関係無い様で、鈍い頭痛を感じ始めていた → 実に強い緊張を強いられ、如何に頑強な肉体であっても、心因性の症状が影響を及ぼして、視界が若干暗くなり、鈍い頭痛を感じ始めた
2012/03/12 記述修正 御機嫌を損ねては → 機嫌を損ねては
2012/03/12 記述修正 通常の生物では無いから恐らく他には居ない、貴方と同様に、と → 貴方と同様に通常の生物では無いので、恐らく他には居ないと
2012/03/12 記述修正 拒んでいない様に思われて → 拒んでいない様に思えたので
2012/03/12 記述修正 ここで私はこの機に乗じ会話の流れを反転させて → ここで私はこの機に乗じて
2012/03/12 記述修正 巨竜への問い掛けを発してみた → 巨竜へと問い掛ける
2012/03/12 記述修正 実際にはこちらには → 実際にはこちらに
2012/03/12 記述修正 ここでもこちらを → こちらを
2012/03/12 記述修正 私の問うた内容についての → 私の尋ねた内容についての
2012/03/12 記述修正 その世界から送り出されてこの世界へと → その世界から送り込まれてこちらに
2012/03/12 記述修正 存在と言う事になろう → 存在と言う事になる筈だ
2012/03/12 記述修正 探求者から、我らは時折罵られる事もあるが、その様な戯言に我は興味も無い → 探求者は我々を利用しようと企む事があるが、それが我が主の意思でない限り、我々は関わらない
2012/03/12 記述修正 沈み行く巨竜へと向かい → 沈み行く巨竜へと
2012/03/12 記述修正 漆黒の巨竜は湖底に没した → 漆黒の巨竜は湖中へと消えていった
2012/03/12 記述移動 ここで私は~
2012/03/12 記述修正 ここで私は、こちらが → その際に私が
2012/03/12 記述修正 巨竜が発した言葉は → 巨竜の言葉は
2012/03/12 記述修正 全く予期せぬ言葉だった → 全く予期せぬ内容だった
2012/03/12 記述修正 巨竜の間を開いた語りは → 巨竜の回りくどい語りは
2012/03/12 記述修正 少なくとも四千年の間 → 少なくとも四千年間
2012/03/12 記述修正 会話はしなかった、となる → 接触はしなかった事になる
2012/03/12 記述修正 瞬きもせず → 黒一色の眼は瞬きもせずに、
2012/03/12 記述修正 合っているのかも判らないままに → 合っているのかも判らないまま
2012/03/12 記述修正 存在の巨竜が動いているだけでも → 存在である巨竜が、動いだだけでも
2012/03/12 記述分割 人間達の思う飛竜とは全く違っている、自らを崇拝させて → 人間達の想像する飛竜とは異なっている。自らを崇拝させて
2012/03/12 記述分割 現れ始めたと言う、この言葉の → 現れ始めたと言う。この言葉の
2012/03/12 記述修正 意思に因って動かされ、後は僅かだが我の気紛れのみ → 意思と、極僅かに我が気紛れに因ってのみ動く
2012/03/12 記述分割 我を阻む事も出来ない、我は我が → 我を阻む事も出来ない。我は我が
2012/03/12 記述修正 “嘶くロバ”程度の相手であるなら → “嘶くロバ”が相手であるなら
2012/03/12 記述修正 内容をしっかりと確認すべきだろうと → 詳細を問い質すべきだろうと
2012/03/12 記述修正 巨竜の会話の流れからして → 巨竜の話の流れからして
2012/03/12 記述修正 私は焦りを感じつつ問い掛けを想定し、その回答を簡潔に纏め始めた → 私は焦りを感じつつ、問い掛けを想定すべく考察し始めた
2012/03/12 記述修正 ここまで近づいて来た生物は → 我に近づいた生物は
2012/03/12 記述分割 今までに見た事が無い、 → 今までに見た事が無い。
2012/03/12 記述修正 深い意味があるのでは無いだろうか → 深い意味があるのではないか
2012/03/12 記述修正 その『上位世界の民』は → その『上位世界の民』と言う存在は、
2012/03/12 記述修正 ここなら湖面に映すしか → 湖面に映すしか
2012/03/12 記述修正 ここは湖底からも → あらゆる方向から
2012/03/12 記述分割 知らないのでは無いか、 → 知らないのでは無いか。
2012/03/12 記述分割 回答にならなくなってしまうのではないか、 → 回答にならなくなってしまうのではないか。
2012/03/12 記述修正 未だまとめきれてもいなくて即答も出来ず、私は → 未だ纏めきれておらず、即答も出来ずに私は
2012/03/12 記述分割 表しているのだろう、墓標の数と → 表しているのだろう。墓標の数と
2012/03/12 記述修正 知られないままに → 知られないままに、洞穴の上部で
2012/03/12 記述修正 只の虫けらでは無い事は → 只の虫けらでは無いと
2012/03/12 記述修正 そこでは終わらず → そこでは終わらずに
2012/03/12 記述修正 神や悪魔に成り代わって → 神や化物に成り代わって
2012/03/12 記述修正 私が聞きだしたい事を → 私が知りたい事を
2012/03/12 記述修正 一日の半分を起きていたとすると → 一日の半分を覚醒していたとすると
2012/03/12 記述修正 私の問いに回答するのに → 私の問い掛けに対して回答するのに
2012/03/12 記述修正 持ち掛けて来たが → 持ち掛けて来たものの
2012/03/12 記述分割 二千三百九人の人間達だが、 → 二千三百九人の人間達のみ。
2012/03/12 記述修正 神の端くれでしか無いとは → 神の一柱でしか無いとは
2012/03/12 記述修正 火口へと突っ込む筈だ → 火口に届く筈だ
2012/03/12 記述追加 それ程の人数を長い歳月に渡って送り込み~
2012/03/12 記述追加 想像だが巫女達は飛竜への供物として~
2012/03/12 記述追加 全てに於いて桁外れの存在である巨竜からすれば~
2012/03/12 記述修正 神の化身である飛竜だと → だとすると、神の化身である飛竜だと
2012/03/12 記述追加 絶命しない理由を答えるのなら~
この尋常ではない存在である巨竜が、動いただけでも驚愕に値するのだが、更に思念を使って私へと語り掛けて来るとは驚きだ。
それにしても、この問い掛けられた言葉の意味は何なのだろうか、素直に考えると飛竜としての私の存在に対して告げたと取れるが、若しかするとそれ以上の深い意味があるのではないか。
これだけ有り得ない形状で具現化している存在だ、ただ図体だけが大きい神の一柱でしか無いとは思えない、私はそう勘ぐっていた。
私が今起こっている事について、把握と分析をしている間にも、巨竜は私からの反応が無いのが不満であるのを表す様に、更に新たな一言を放った。
「小さき生物よ、汝は言葉を理解しないのか。
それとも敢えて答えないのか、速やかに答えよ」
今回の思念には多少の苛立ちが含まれているのを感じて、どう対処すべきかを検討する前に、私の本能が警鐘を鳴らしており、まず最初に応対すべきだと判断した。
向こうからすれば、文字通りの虫けら程度の存在でしかない私の立場では、まずは下手に出て、慎重かつ丁重に対話すべきだ。
私は巨竜に向かって、その問い掛けは聞こえている事と、返答をどうすべきかについて迷い、返事が遅れた非礼を詫びた。
巨竜の表情は、輝く鉱石の塊で出来た竜の頭からでは全く窺うことも出来ず、もう既に機嫌を損ねてしまったのか、こちらからの謝罪は受け入れられたのか、或いは思念そのものが通じていないのかの区別すらつかず、私は肝を冷やしながら旋回を続けていた。
もしこちらからの思念が通じていないなら、ここで迂闊な行動を取れば、もう二度と私へと語りかけては来ないであろう。
私はひたすらに、相手の動きを窺い続ける。
恐らく現状の巨竜の心境は、珍しい物が近くに来た、ただそれだけなのでは無いか、だからその興味を失えば、私はどうでもいい浮遊物と判断されて、運が良ければもう相手にされないだけで済むだろうが、運が悪ければ目障りな羽虫の様に叩き潰されるかも知れない。
この体の比率では、巨竜の鼻息程度で私は吹き飛ばされる様な存在でしかなく、先程まで暗に感じていた、竜となった威厳や優越感などは微塵も無くなり、今脳裏を占めるのは、如何にして自らの命を繋ぐ為の行動を導き出すかだった。
私は取るに足らない小さな虫けらの心境で、今や神にも等しい巨竜の動向を固唾を飲んで見守り続けた。
巨竜は微動だにせず、黒一色の眼は瞬きもせずに、何処に焦点が合っているのかも判らないまま、暫く沈黙していたが、何らかの結論が出た様で、新たな思念が発せられた。
「小さき生物よ、汝の返答が遅れた理由は理解した。
それと、我と会話も可能な存在である事も理解した。
次なる疑問は、汝は我にとって対話に値するか否かだ。
我を幻滅させない事を期待する」
これで私が何の価値も無い只の虫けらでは無いと、証明する事が出来た様で、とりあえず当面の命は繋がったらしい。
しかし意思を持って会話するだけの生物ならやはり興味は無いのだろう、会話する価値と言うのは私の語る内容が有意義であり、聞く価値を見出せるかと言う事であろうから、何とかして巨竜の興味を惹くべく、会話を考える必要がある様だ。
私がその手段を検討しようとした時、巨竜は私が何かを問う前に、自分から語ろうとしているのが判り、私はその思念に全ての意識を集中させる。
「汝の様に我に近づいて来た生物は、我の知る限り今までに見た事が無い。
正確には我が目覚めていた、ここでの時間にして四千年の間、何一つ存在しない」
巨竜の言葉に偽りや誤りが無ければ、少なくとも四千年間ここに存在し、その間誰一人如何なる生物も近づいて来なかった、即ち何一つとして他の生物とは接触しなかった事になる。
実際にはそれは覚醒している間だけの合算の様で、竜の巫女も巨竜が眠っている状態を知っていた様であるから、全くの当てずっぽうではあるが、仮に通常の生物と同様に一日の半分を覚醒していたとすると、八千年の長きに渡ってここに存在し続けている事になる。
途方も無く長いその歳月は、召喚時最長で一ヶ月程度しか存在していられた事の無い私にとって、まるで実感の湧かない話であり、この世界はそんなに昔から存在していたのだと、当然と言えば当然な事実を再認識させられた程度だ。
「我が今までにこの場所で見た生物は、二千三百九人の人間達のみ。
それらも殆んど死に絶えて、現在生き残っているのは、恐らく一人だけだ」
これは、ここを訪れた巫女の数を表しているのだろう。
墓標の数と一致しないのは、この地底湖に沈む白骨の回収をしていないのと、この巨竜に存在を知られないままに、洞穴の上部で死んで行った者も居たのだろうかと推測した。
この地底湖周辺には糧も魂も見当たらない事からして、ここで死んだ者達の魂もまた、洞穴の上へと漂い、墓標の上に浮かんでいた魂と合流したのだろうか。
これ程多くの人間を長い歳月に渡って送り込み、恐らく半数以上がここで死んでいる点を考えると、やはり竜の巫女とは、飛竜への生贄だったと捉えるのが妥当に思える。
「全ての人間達は、この場所に長く留まる事無く、皆息絶えた。
この世界の動物は、全て短命であると理解していたが、汝の存在に因って、それを覆す可能性が生じている」
想像だが巫女達は飛竜への供物として、この地底湖へと入り自ら死んで行ったのではないか。
全てに於いて桁外れの存在である巨竜からすれば、ここに送られて自決し死に至る巫女達が、短命と表現されても仕方が無いだろう。
巨竜は私の事を通常の生物の一種だと考えていて、それがすぐに死に至らずに存在し続けている事に疑問を感じて、興味を持っているらしい。
それならば、興味を惹く回答を考え易いかも知れない。
この巨竜の回りくどい語りは、私へ思考時間の猶予を与えている為であろうと推測していた。
それは逆に言えば、最後の私への質問の段階に達した時には、もう既に回答が出来ていなければならず、それを用意出来ない程度の知性しか無いと判断されれば、そこまでだと言う暗示なのだと察した。
巨竜の話の流れからして、そろそろ纏めに入るのではないかと思われて、私は焦りを感じつつ、問い掛けを想定すべく考察し始めた。
「我はその点に興味がある、故に我が問いに簡潔に答えよ。
そこに居続けて絶命しない汝は何者か」
私の予感は的中し、巨竜の語りは最後に問い掛けの形で締め括られた。
巨竜へは何と答えるべきなのかについて、悩んでいる暇は無いが未だ纏めきれておらず、即答も出来ずに私は焦燥に駆られつつあった。
問い掛けの内容は実に簡単明瞭なのだが、それ故に手短には答え辛い。
絶命しない理由を答えるのなら、私は生贄として訪れている訳ではないからとなるが、この回答を巨竜は望んではいない筈で、ここで答えるべきは私の正体についてに違いない。
だとすると、神の化身である飛竜だと名乗るべきなのか、神の器に入っている記憶も失った只の人間だと答えるべきか、それとも両方か。
両方となると、その関連性をどう説明すべきなのか、時系列で解説するのか、そんな事をしていてはとても手短になどなりようが無い。
しかしあまり省略し過ぎても、今度は逆に言葉足らずでは、回答にならなくなってしまうのではないか。
今はこんな事を憂慮している時間すら無いのだが、一度の失言でこの対話は終了し兼ねないのも事実であり、私はどう答えるべきなのかを考え、苦悩した。
あまりの動揺の所為なのか、眩暈にも似たふらつきを感じて、定形円の旋回軌道を乱す程だ。
今までの巨竜の言葉も考慮して、ここで相手が求めている回答を見極めた上で、気を引き締めつつ私は答えを決めて、巨竜へと返答の思念を返した。
私は、今は神の化身たる飛竜であり、暫く前に神として別世界から呼び出された者であり、恐らくかつては只の人間だった者だと。
「汝の答えは我の想定を超えていて、とても興味深い。
眠りにつく前に、汝と対話する事にしよう」
私の回答を聞いた巨竜は僅かに目を細めて、閉じられていた下顎を少しだけ開くのが判った。
どうやら私の回答で巨竜は興味を抱き、対話する権利を得る事が出来たらしい、これでやっと、王の前で顔を上げる事を許された奴隷程度には、私の地位は向上した様に思える。
ここから先は、興味を惹かせつつこちらの知りたい内容へと誘導して、出来る事なら逆に情報を引き出したい。
それにしてもこの命懸けの状況は、実に強い緊張を強いられ、如何に頑強な肉体であっても、心因性の症状が影響を及ぼして、視界が若干暗くなり、鈍い頭痛を感じ始めた。
この後、鈍痛が駆け巡る脳裏へと響いた巨竜の言葉は、私の全く予期せぬ内容だった。
「今の汝の姿である、飛竜について問う。
長くこの世界を見続けているが、未だかつて見た事の無い存在だ。
汝の様な生物は、他にも存在しているのか」
今度の巨竜からの思念は私の聞き違いではないのかと、聴覚を介して聞いた訳では無いが、思わず自分の耳を疑った。
紛れも無く、竜の姿をした途方も無く巨大な存在から、同じ頭をした私を見て、見た事が無いとは意外過ぎた。
この巨大さではその姿を自身で確認するには、湖面に映すしか手段は無いが、あらゆる方向から発光があって反射した姿は殆んど目視出来ず、だから己の姿を知らないのでは無いか。
私は巨竜の問い掛けからそう推測したものの、この仮説には我ながら懐疑的だった。
自分の肉体と言うものに、或る意味縁遠い私ですら、最初に己の姿を確認しようとするのに、あまりにも大きな力を有すると、もう肉体などどうでも良いと言う事なのか。
私はこちらから問い掛けをしてみたかったが、それで巨竜の機嫌を損ねては台無しになると自重して、慎重に私の判る範囲で回答する。
その際に私が知りたい事を引き出すべく、思わせ振りな言葉を選んで巨竜へと思念を投げかけてみた。
私の様な生物は、貴方と同様に通常の生物では無いので、恐らく他には居ないと。
「小さき飛竜よ、その認識は正しくない。
汝は不死では無かろうが、強力な体力を持つ生物であろう。
それに対し、我は少なくとも生物では無い」
巨竜は私の回答に対して反応を示し、それを否定して来た。
有り得ないとは思っていたが、巨竜はやはり生物ではないのか、しかし実体を持っているのと、とてもでは無いが動くとは思えなかったが、動けるのも間違い無い事実だ。
言ってみれば動く石像の様なものなのだろうか、しかしそれが糧の力も無く出来るのはどう言う理屈なのか、全く検討がつかない。
まあ何にせよ会話の流れは変わりつつあり、巨竜はそれを拒んでいない様に思えたので、ここで私はこの機に乗じて、勝負を賭けて巨竜へと問い掛ける。
では貴方は何者で、どうしてここに居て、私と同じ竜の頭をしているのか、そして何故多くの人間を、死に至らしめているのかと。
「汝の疑問について、回答しよう。
その代わり、我は汝に要求を行なう。
それを回答の条件とする」
巨竜からは私の問い掛けに対して回答するのに、交換条件を持ち掛けて来たものの、肝心のその内容については語っては来ない。
これが通常の人間や“嘶くロバ”が相手であるなら、その条件の詳細を問い質すべきだろうと考えるが、今の相手は圧倒的な力の差がある巨竜だ。
ああ言って来ているが実際にはこちらに選ぶ権利など無く、それを踏まえた上で、わざと提案じみた表現をしているのだろう、こちらを試しているのだと私は判断していた。
ここでは即承諾が正しい返答だ、私はそう推測してその旨を知らせると、漆黒の巨竜は私の尋ねた内容についての回答を語り始めた。
「我は主達の望むままに、求められた場所へと現れ、そこで為すべき事を行い、そして消えるだけの存在。
それ以上でも無ければ、それ以下でも無い。
只の傍観者にして、我が主達、上位世界の民の忠実なる下僕」
今の言葉にあった『主』や『我が主』が『上位世界の民』を指していて、それがこの巨竜に命令を下す者達の名なのだろうか。
その名からすると、この世界に属する存在では無い様に聞こえて、『傍観者』たる巨竜もまた、その世界から送り込まれてこちらに現れていると捉えると、どちらも私と同様に別世界に属する存在と言う事になる筈だ。
当然の事だが、その『上位世界の民』と言う存在は、使役している巨竜よりも強大な力を持っている筈で、そう考えるともうそれがどれほどの存在なのか想像もつかない。
それは本当の意味での、多神教における創世神、一神教における創造主なのではないかと思えて、今まで何度も神や化物に成り代わって来た私だが、これ以上無い程に絶対的な存在に対しての畏怖の念を覚えた。
それともう一つ、巨竜が語った言葉にある『傍観者』とは、巨竜自身がその意味が表す者であると言う意味ではなく、その単語自体が名称を表しているのではないかと感じた。
私はここで、たった今聞いた言葉の詳細を知りたいとも考えたが、それよりも先に、以前に“隠者”の話の中で聞いていた、『探求者』と言う単語を思い出し、若しかしたら関連しているのではと期待して、新たに問い掛ける。
貴方が『傍観者』ならば、その他に『探求者』と言う存在を知っているかと。
「汝が何者であろうと、我に命じる事も、我を阻む事も出来ない。
我は我が主達の意思と、極僅かに我が気紛れに因ってのみ動く。
我々傍観者が持つのは、知る力。
全てを知るのが傍観者の使命、それを伝える相手は主のみ。
探求者が持つのは、探し求める力。
求める物を手に入れるのが探求者の使命、それを献上する相手は主のみ。
探求者は我々を利用しようと企む事があるが、それが我が主の意思でない限り、我々は関わらない。
何かを見つけ出す為に存在する探求者なれば、その名の如く、我々に問うのでは無く、自らの力で以って探せと、我々は答える」
巨竜の思念の口調は、私が『探求者』の名を出してから、微妙に変化した様に感じられたが、それがどう言う意味の変化なのか、それを告げた結果として私の思う方向へと向いたのかについても、掴みきれない。
私はここで言葉を挟みそうになるが、巨竜の思念は今までと違い、そこでは終わらずにまだ続いており、私は話が途切れるのをじっと待った。
「我が体については、我の関知しないところであり、答えようも無いが、恐らくは偶然だ。
我が主達もそんな瑣末な事に干渉する事はなく、この様な微細な芸当は出来もしない。
人間達が死ぬ事についても、我の関与しない話で、勝手に人間がここへとやって来て、死んでいるだけだ。
ここに人間を招き寄せる必要も無ければ、その価値も無い、屍を集めても何の意味も無い」
私の憶測では、竜はこの地方の伝承か何かで、この巨竜がその発祥に関与しており、何らかの必要から生贄として竜の巫女を供する様に、人間達へと指示をしていたのかと考えていた。
この地底湖に大量に沈む白骨が全て人間である事は、巨竜自らが証言したも同然であろうし、これは自らの傍らに招き寄せて何かをしていたと考えるのが自然だろう。
その結果、近づかせた全ての人間は死んで行き、近づかなかったあの巫女達は生き永らえたが、時の経過と共に様々な別の理由で死んで行き、最後の一人があの娘だった。
こう言う事では無いかと勘ぐって来たのだが、真相はどうやら異なるらしい。
巨竜の言葉が正しければ、人間は勝手に現れ始めたと言う。
この言葉の裏づけになりそうなのは、巨竜自身の姿だろうか。
巨竜の頭部は確かに良く似た形状と言えるのだが、体の形が人間達の想像する飛竜とは異なっている。
自らを崇拝させて生贄を求めるのであれば、その姿は同じにするのが普通ではないだろうか。
それに招きよせた生贄である巫女達が、自分の為すべき事も判らず、ここに現れずにもっと上の場所で勝手な事をしているのも、必要があって招きよせているにしては不自然とも思える。
ここで巨竜へと目を向けると、私にはその首が僅かに動き出しているかに見えて、嫌な予感を感じて思念を発しようとしたのだが、それよりも先に巨竜からの思念が届く。
「汝からの問いは全て回答した、我が要求を実行して貰う。
この場所に人間は不要、汝が残りを退けよ。
そして二度と、何物をも齎さぬ様、伝え広めよ。
語るべき言葉は、残る人間に、伝えよう。
そして汝が、ここから連れ出す事も、知らせよう。
後は、速やかに立ち去れ、我と同様、汝らの時間も、残り少ない。
時間が尽きた、我は眠る、さらばだ、小さき飛竜よ」
そう語り終えると、漆黒の巨竜の頭は再び湖へと沈み始めた。
そんな沈み行く巨竜へと私は慌てて思念を送るが、もうそれに対する応えは無く、漆黒の巨竜は湖中へと消えていった。