第十四章 飛竜 其の三
変更履歴
2011/04/14 誤植修正 定期的に伺いつつ → 定期的に窺いつつ
2011/12/08 誤植修正 位 → くらい
2011/12/08 誤植修正 沸き → 湧き
2011/12/12 誤植修正 して見ると → してみると
2011/12/13 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2012/03/11 誤植修正 着いて来る → 付いて来る
2012/03/11 誤植修正 どうやら場所は → どうやらこの場所は
2012/03/11 誤植修正 黒き大きな島の → 黒く大きな島の
2012/03/11 誤植修正 回り込む様にと → 回り込む様に
2012/03/11 誤植修正 撮らないのなら → 獲らないのなら
2012/03/11 誤植修正 確認出来てはいないが → 確認出来ていないが
2012/03/11 誤植修正 羽ばたき繰り返しながら → 羽ばたきを繰り返しながら
2012/03/11 誤植修正 三日月上の → 三日月状の
2012/03/11 誤植修正 他部分の様な → 島以外の部分の様な
2012/03/11 誤植修正 判断つかないが → 判断がつかないが
2012/03/11 誤植修正 備えていなくては → 具えていなくては
2012/03/11 誤植修正 常温生物 → 恒温動物
2012/03/11 誤植修正 とうやら鉱石の → どうやら鉱石の
2012/03/11 句読点調整
2012/03/11 記述修正 進めど進めど一向に → 幾ら進んでも一向に
2012/03/11 記述修正 追いかけて来る限りは → 娘が追いかけて来る限りは
2012/03/11 記述修正 規則正しく5m毎だとして → 5m毎として
2012/03/11 記述修正 大体五歩歩くと → 五歩進むと
2012/03/11 記述修正 進む所から換算すると → 進む計算で考えると
2012/03/11 記述修正 同時に数えて見ると → 同時に数えていたのだが
2012/03/11 記述修正 千に近い数だったのが判明した → 千近くに及ぶのが判明した
2012/03/11 記述修正 墓標を四つ作るのに → 仮に墓標を四つ作るのに
2012/03/11 記述修正 繰り返しても最短でも大体 → 繰り返しても
2012/03/11 記述修正 この後を着いて来る → 若しもこの後を着いて来る
2012/03/11 記述修正 こう言ったところの真相を確認する手段も、何か無いものかと気になりつつ、この先に居る筈の、大きな飛竜の正体も気に掛かる → この先に居る筈の大きな飛竜の正体も気になるが、竜の巫女の事もどうにかして確認出来ないものだろうか
2012/03/11 記述修正 掛かった時間は二倍は行っているだろうか → 時間は二倍以上掛かっている
2012/03/11 記述修正 『私は進まず止まる、少し先に大きな飛竜様がある』か → これは、『私は進まず止まる、少し先に大きな飛竜様がある』と言う意味で
2012/03/11 記述修正 そこは → その場所は
2012/03/11 記述修正 水平線すら見えない → 水平線すら見えず
2012/03/11 記述修正 納得してしまったに違いない、と言うか、納得せざるを得ない → 納得してしまったに違いない
2012/03/11 記述修正 水晶の結晶の様な鉱石が → 水晶の結晶の様な鉱石で
2012/03/11 記述修正 それで出来ていたからだった → 全てが覆われていたからなのが判った
2012/03/11 記述修正 斜めに傾いて水に落ちていて、 → 斜めに傾いて
2012/03/11 記述修正 水の中に沈んでいる → 水没しており
2012/03/11 記述修正 見えているのはその半分の → 今見えているのは水面に出ている
2012/03/11 記述修正 どう見てもかなり巨大過ぎではあるが → どう見ても
2012/03/11 記述修正 透明な水ならば → 透明な水であれば
2012/03/11 記述修正 それを見て何処にも行けないのであるならば → それを確認して、やはり何処にも出入り口が無いのが判れば
2012/03/11 記述修正 後を振り返ると → 振り返ると
2012/03/11 記述修正 早足で追いかけて来て → 駆け足で追いかけて来て
2012/03/11 記述修正 落ち着いて来たのを見てから → 落ち着いて来たのを見計らって
2012/03/11 記述修正 進んで来た距離は → 進んだ距離は
2012/03/11 記述修正 地熱も手伝って → 地熱も相当上がっていて
2012/03/11 記述修正 人間等の常温生物ならば → 人間等の常温生物であれば
2012/03/11 記述修正 その場の地面に座り込んでいた → 崩れ落ちる様にその場に座り込んだ
2012/03/11 記述修正 娘へと頭を下げて → 娘へと軽く
2012/03/11 記述分割 ならないのかとか、これから対峙するのは → ならないのか。これから対峙するのは
2012/03/11 記述分割 『大きな飛竜様』なのだがとか、私にかと思いきや → 『大きな飛竜様』なのだが。私にかと思いきや
2012/03/11 記述分割 私以外にもなのかとか、この餞別の言葉には → 他に誰も居ないのに、皆への加護なのか。この餞別の言葉には
2012/03/11 記述修正 差し込んできているのが判り → 差し込んできているのが判って
2012/03/11 記述修正 完全な無風状態の為か → ここが完全な無風状態の為に
2012/03/11 記述修正 直ぐに上陸も可能であろうし → 直ぐに着陸も可能であろうし
2012/03/11 記述修正 今までの初めから空に漂っていた様な → 初めから空に漂っていた様な今までの
2012/03/11 記述修正 翼が折れるのではとか → 翼が折れるのではないかなどと
2012/03/11 記述修正 のではとか → のではないか
2012/03/11 記述修正 杞憂なのだろう、そんな感情が → 杞憂なのだろうが、そんな不安が
2012/03/11 記述修正 感覚としては全く余裕だと感じていた → それでも揚力も全く問題無さそうだ
2012/03/11 記述修正 三日月状の形状の → 三日月状の形状での
2012/03/11 記述修正 この両端の先は片方は → この両端の先は片方が
2012/03/11 記述修正 細くなってやがて途絶え → 細くなりやがて途絶え
2012/03/11 記述修正 即ち翼だ → 要するに翼だ
2012/03/11 記述修正 前方にあるのは黒曜石を削り出した様な → 前方にある黒曜石から削り出した様な
2012/03/11 記述修正 竜の頭の彫像、漆黒の巨竜の首こそが → 竜の頭の彫像である漆黒の巨竜の首こそが
2012/03/11 記述修正 大きな飛竜の姿が見えて来ない、と言うか私には見えていない → 大きな飛竜の姿が見つからない
2012/03/11 記述修正 あの祭具の先端部らしき → あの祭具の先端らしき
2012/03/11 記述修正 島の端が隆起し始めると → 島の左端が隆起し始めると
2012/03/11 記述修正 護符の絵と良く似た頭が → 護符の絵と良く似た形状の頭が
2012/03/11 記述修正 上がって来たのであった → 浮上して来たのであった
2012/03/11 記述修正 私の不吉な予感を裏付けてしまう → 望まない憶測を現実にしてしまう
2012/03/11 記述修正 喰らう必要があるかを考えれば容易い事であり → 喰らう必要があるか、それを考えれば容易く判る事であり
2012/03/11 記述修正 例えるならば蟻と鯨、人と国程も違っていて → 例えるならば蟻と鯨程も違っていて
2012/03/11 記述修正 これを娘は飛竜と思ったのは → 娘がこれを飛竜だと思ったのは
2012/03/11 記述修正 今は黒曜石、純粋な黒曜石の → 今は純粋な黒曜石の
2012/03/11 記述修正 どんどん黒く変色していくのか → 黒く変色していくのか
2012/03/11 記述修正 不安を感じながら → 不安を覚えつつ
2012/03/11 記述修正 へこんだ形をしているから → 窪んだ形をしているから
2012/03/11 記述修正 半月と言うよりは三日月が相応しい → 半月と言うより三日月と表現するのがより正しい
2012/03/11 記述修正 湖に入る所で大地を蹴って → 湖に入る直前で地面を蹴って
2012/03/11 記述修正 そんな恐怖は感じないのだろうがしかし → その様な恐怖は感じないのだろうが
2012/03/11 記述修正 見た目は本物の飛竜でも → 見た目こそ本物と同じでも
2012/03/11 記述修正 所詮中身は神ならざる → 中身は神ならざる
2012/03/11 記述修正 高度の維持や上昇や下降の練習をして、僅かに前に → 高度の維持と上昇や下降を試し、僅かに前に
2012/03/11 記述修正 ぎりぎりまで下がってから → 下がってから
2012/03/11 記述修正 先程距離を換算した時点と → 先程換算した時と
2012/03/11 記述修正 もう既に同じ程度の距離を進んだくらいの → ほぼ同じ程度の距離を進んだ
2012/03/11 記述修正 聞いた事の無い声、いや思念が → 聞いた事の無い思念が
2012/03/11 記述修正 畳まれているとしたって → 畳まれているとしても
2012/03/11 記述修正 完全に島の上空へと着く前に → 島の上空へと向かう前に
2012/03/11 記述修正 三日月の → こちらから見て島の両端である、三日月の
2012/03/11 記述修正 三日月中央部から下へと傾斜しており → 中央部から下へと傾斜しており
2012/03/11 記述修正 周囲に色々な風を巻き起こし始め → 周囲に突風を巻き起こし
2012/03/11 記述修正 何とか耐えつつ → 何とか堪えながら
2012/03/11 記述修正 やはり見えて来ない → やはりその姿を捉えられない
2012/03/11 記述修正 不気味な程に清らかで → 不気味なまでに清らかで
2012/03/11 記述修正 しかし見る事を止められずに夥しい光の洪水に → 夥しい光の洪水に
2012/03/11 記述修正 この蒸し暑い感じは → この蒸し暑い環境は
2012/03/11 記述修正 活動しやすく感じて → 活動しやすく感じるし
2012/03/11 記述追加 或いはこの場所には~
2012/03/11 記述追加 そもそも竜の巫女とは~
2012/03/11 記述修正 体力も豊富らしい → 体力も高いらしい
2012/03/11 記述修正 判断がつかないが → 判断がつかないものの
2012/03/11 記述修正 少なくとも十や二十などという数では無い生物の骨が有りそうだ → 見えている範囲だけでも相当数の生物が犠牲になっている筈だ
2012/03/11 記述修正 気を引き締めつつ進む → 気を引き締めつつ先へと進む
2012/03/11 記述修正 黒曜石の輝きを放ちながら → 黒い輝きを放ちながら
2012/03/11 記述修正 存在では無い事になろう → 存在では無い証明になるだろう
2012/03/11 記述修正 出来やしないのだなと → 出来やしないのだと
2012/03/11 記述修正 キマイラを思い出しつつ → キマイラを思い出して
2012/03/11 記述修正 一本道なのだから → 一本道なので
2012/03/11 記述修正 見に行けた程度なのだから → 見に行けたのだから
2012/03/11 記述修正 上空から黒っぽい島へと → 上空から朧げな黒い島へと
2012/03/11 記述修正 私の所へと響いて届いた → 私の所へと響いた
2012/03/11 記述修正 直ぐさまもう一言娘は → 娘は直ぐさまもう一言
2012/03/11 記述修正 作業を繰り返したとして → 作業を繰り返しても
2012/03/11 記述修正 閉ざされている場所に思える → 閉ざされている様に思える
2012/03/11 記述修正 人間の早足から走る程度で → 人間の走る程度で
2012/03/11 記述分割 良く判らないが、浅瀬の不吉な状況を → 良く判らない。浅瀬の不吉な状況を
2012/03/11 記述結合 間違いは無いだろう。ここに沈む多量の骨が全て人間かどうかも良く判らないが、 → ここに沈む多量の骨が全て人間かどうかも良く判らないが、この骨の中には、
2012/03/11 記述修正 含まれていると判断しても、間違いは無いだろう → 含まれているのは、間違い無いだろう
2012/03/11 記述修正 まだ何かを言いたげな表情をしているかに見えて → まだ何か言いたげな表情をして
2012/03/11 記述修正 口を開きかけていたものの、結局は何も言わずに口を閉じたのが → 口を開きかけていたのが
2012/03/11 記述分割 住んでいたのだろうか、それとも死んで行った → 住んでいたのだろうか。それとも死んで行った
2012/03/11 記述修正 右へと体を傾けて → 左へと体を傾けて
2012/03/11 記述修正 全く近づいている気配は無く → 天井部分に近づいている気配は全く無く
2012/03/11 記述修正 そして新たに見えてきた物 → こうして新たに見えてきた物
2012/03/11 記述修正 竜の巫女の様子を → 巫女の様子を
2012/03/11 記述修正 それへと目を向けて見る → それへと目を向ける
2012/03/11 記述修正 それなりの距離を進んでいる証拠に → それなりの距離にまで達している証拠に
2012/03/11 記述修正 輝きも一層と増しているし → 輝きも当初とは比較にならない程に増しているし
2012/03/11 記述修正 どんどん軽くなっていくのを感じ → どんどん軽くなり
2012/03/11 記述修正 見えている範囲で湖底を埋め尽くす程の → 湖底を埋め尽くす程の
下りの道程は、こんな小柄な娘が見に行けたのだから、然程遠くは無いのだろうと踏んでいたのだが、幾ら進んでも一向に着く気配は無く、延々と蛇行する下り坂が続いていた。
娘が作ったらしい墓標は途中まで並んでいたし、何より一本道なので間違えようも無いとは判っているが、それにしても遠い。
私が百歩進む度に振り返ると、娘との距離はかなり開いていて、その姿は見えなくなっているが、暫く留まっていると娘が駆け足で追いかけて来て、私の後ろへとやって来る。
娘が追いかけて来る限りは、追いつける様に休息を入れる事にして、私に追いついた娘の呼吸が落ち着いて来たのを見計らって、再び歩き出すのを繰り返した。
こうして歩いて進んだ距離は、墓標の間隔が5mとして、五歩進むと墓標が丁度二本目まで進む計算で考えると、もう既に20kmは進んでいた。
それなりの距離にまで達している証拠に、周囲の鉱石の輝きも当初とは比較にならない程に増しているし、地熱の温度も高くなっている点からも、それは間違い無く明らかだろう。
黙々と進んでいる間、ずっと気になっていた墓標の数も同時に数えていたのだが、墓標の並びが途絶えたところまでを合算したところ、距離にして2kmを超えており、その数は千近くに及ぶのが判明した。
仮に墓標を四つ作るのに一日掛かるとして、連日作業を繰り返しても250日は掛かる筈だ、若しもこの後を付いて来る巫女が一人でこの作業をしたとすると、八ヵ月以上掛かる計算になる。
この娘は、そんなに前からこの巨大な洞穴に住んでいたのだろうか。
それとも死んで行った仲間と共に弔いの作業を行っていて、今は一人になってしまったのか。
或いはこの場所には、竜の巫女の務めとして交代で訪れていて、今回偶然にこの娘達が訪れた際に問題が発生したのだろうか。
そもそも竜の巫女とは、何を為す目的で存在しているのか。
この先に居る筈の大きな飛竜の正体も気になるが、竜の巫女の事もどうにかして確認出来ないものだろうか。
私はそんな事を考えながら、無言で必死に付いて来る巫女の様子を、定期的に窺いつつ、ひたすらに地下深くへと下り続けた。
あれからずっと同じ要領で進み続け、先程換算した時と、ほぼ同じ程度の距離を進んだ位置まで達していた。
娘の体力の消耗が激しく、待っていなければならない時間が増加している為に、進んだ距離は同程度でも、時間は二倍以上掛かっている。
この間、出発する前に聞いた咆哮と地響きは、あれ以降は全く起きず、若しやまた眠ってしまったのではないかとも不安を覚えるものの、娘はそれについて何も言わないので、恐らくは起きているのだろうと信じて、ここまで進んで来たのだが、大丈夫だろうか。
この辺りまで来ると、上の方には無かった湿気があり、地熱も相当上がっていてかなり不快な感覚を覚える、恐らく人間等の恒温動物であれば。
今の私は、多分爬虫類に属するのだろう、この蒸し暑い環境は寧ろ活動しやすく感じるし、体も軽くなった様に思える。
それに比べて、後ろの娘の様子は明らかに苦痛を感じているのだろう、しきりと両腕の裾で額の汗を拭っているのが見られた。
勿論それは、純粋な環境だけの影響ではなく、ここまで進んで来た疲労も重なっているであろう。
もう何度目かも判らない休憩を終えて、進みだそうとした時に、息も上がって疲弊しきった緑衣の娘から、唐突に声を掛けられた。
「止まる、ない、進む、己」
私は振り向いてその言葉の意味を考えようとすると、娘は直ぐさまもう一言付け加えて来た。
「ある、大きな飛竜様、先、僅か」
そこまで言い終えると娘は、もう立っても居られなかった様で、崩れ落ちる様にその場に座り込んだ。
これは、『私は進まず止まる、少し先に大きな飛竜様がある』と言う意味で、つまり、いよいよ辿り着いたと言う事か。
私はこれで理解したとの意思が伝わるかと思い、娘へと軽く頷いて見せた後、再び前方を向いて進み始めた。
緑衣の娘は、まだ何か言いたげな表情をして、口を開きかけていたのが少々気に掛かったが、考えても仕方なかろうと判断して進んだ。
その後に、恐らくは祈りの言葉で常套句なのだろう、今までで一番流暢な娘の言葉が、かなり離れた私の所へと響いた。
「小さな飛竜様、皆に飛竜様の御加護があらん事を!」
私は自らに加護を与えなければならないのか。
これから対峙するのは、他ならぬ『大きな飛竜様』なのだが。
私にかと思いきや、他に誰も居ないのに、皆への加護なのか。
この餞別の言葉にはあまりに突っ込みどころが多くて、思わず苦笑してしまい、既に背を向けて歩き出してから発してくれた事だけは、娘に感謝したい。
本来崇められる立場の神が、信仰者たる巫女に無事を祈願されると言うのは、果たしてどうなのかと思いつつ、それを娘もまた判っていたから、ずっと言うのを躊躇っていたのかと、先程の態度を理解した。
巫女の発した本来はおかしなこの言葉は、この先に存在するものが、只ならぬものである事を表していると判断して、気を引き締めつつ先へと進む。
娘の座り込んだ場所から、今までのカーブよりも急な曲がり角を三つ超えた途端、洞穴の奥から周囲よりも強い光が差し込んできているのが判って、とうとう着いた事を確信し、大きな飛竜との対面に備えながら慎重に歩を進める。
最後のカーブの中程に掛かると、遂に目的地が見え始めた。
そこは、煌めく光に満たされた、いや、煌めく光しか無い、地の底にある光の世界、そんな場所だった。
私はあまりの眩しさに目が眩み、この光景に圧倒されながらも、夥しい光の洪水に耐えながら、その景色を放心して眺め続けていた。
その場所は、今までの大洞穴の道が、細いトンネル程度でしか無かったと思わせる程に広大な、本当に広大な地底湖であった。
最初は眩しくて何も認識出来ず、この場所がどの様な地形なのかを理解するのにかなり時間が掛かったが、光に目が慣れてからやっと足元に水があるのを見る事が出来て、ようやくこれが巨大な地底湖だと気づく事が出来た。
この水についても、ここが完全な無風状態の為に水面は全く動いておらず、鉱石の欠片が足に当たって、湖面に落ちて漣が立たなければ、そこに水が存在した事すら気づかずに、踏み込んでいただろう。
まるで存在していないかに思える程に、この湖に満たされている水は、不気味なまでに清らかで澄みきっている。
そんな恐ろしく透明度の高い静寂に満ちた湖が、光に包まれて延々と見切れぬ果てまで続き、上部や側面も空かと見紛う広さで、果てしなく続いているかに見えている。
もし何者かにここへと連れて来られて、ここは光の空と輝く海だと最初に言われれば、この場所は水平線すら見えず、天井も壁も認識出来ないのだから、簡単に納得してしまったに違いない、そんな風景であった。
これだけの光が集まっている原因を確認してみると、どうやらこの場所は、今までにずっと照明の代わりになっていた、洞穴の壁面に点々とあった水晶の結晶の様な鉱石で、天井も壁も湖底も全てが覆われていたからなのが判った。
だから、全てが輝いて見える為に陰影も全く見えず、目が正しく機能するまでに時間が掛かってしまい、暫くはこの空間が正常に認識出来ないのか、今のところ娘の言っていた大きな飛竜の姿が見つからない。
この強烈な光の所為なのか、それとも湖底にでも潜っていて本当に居ないのか、何とか堪えながら目を凝らしても、やはりその姿を捉えられない。
暫く時間が経つと、どうやら鉱石の輝度が下がり始めたらしく、周辺も大分見易くなって来た。
すると、今まで見えていなかった、地底湖の浅瀬に結晶の鉱石とは違う形の物が沈んでいるのが判り、とりあえず先にそれへと目を向ける。
それは一見、周囲の光を反射して白く輝いている様に見えたのだが、実際は表面が白く見える様々な形の破片の様な石であり、正確には大量の白骨なのが判った。
この地底湖の底には、湖底を埋め尽くす程の白骨が沈んでいる。
白骨がこの巨大な海の様な湖の底を全て覆っているのかどうかは、全体が見える訳では無いので判断がつかないものの、見えている範囲だけでも相当数の生物が犠牲になっている筈だ。
良く見ると骨以外にも、巫女の墓穴を掘る道具となっていた、あの祭具の先端らしき物も沈んでいて、それは柄の部分はもう何処にも無く、六つ又の刃も殆んど崩れてしまい、根元しか残っていない状態になっていた。
ここに沈む多量の骨が全て人間かどうかも良く判らないが、この骨の中には、竜の巫女の変わり果てた姿も含まれているのは、間違い無いだろう。
浅瀬の不吉な状況を確認している間にも、周囲の輝度は下がりつつあり、更に辺りは見易く変わって行く。
地底湖の正面遠方に浮かぶ様に、薄っすらと周囲の白さに比べて暗いと言うか、黒く変化して影の様に見える塊が見え始めていた。
こうして新たに見えてきた物、それは、海峡の先にある一つの山だけで構成された様な陸地、巨大な島だった。
あの黒く大きな島の山頂にでも、大きな飛竜は居るのだろうか、しかしよく娘はこの強烈な光と遠距離の中で確認出来たものだ、若しかすると光は何らかの法則で明暗の変化があって、暗い時にはもっとはっきりと確認出来るのかも知れない。
光がかなり落ち着いて、島の輪郭が朧げながらも見えて来たところで、ここで私は遂にこの翼で飛んでみようと決めた。
あの島へと向かうのなら、骨が沈んでいて異様な程に澄んだ水に満たされた海峡を、泳ぐなどと言う危険を冒さず、上空を行くべきだろう。
ただ、安易に上昇すると、予期せぬ事態も起きかねないだろうと考慮した結果、あの島の山頂程度の高度を保てば、何かが起きて飛んで居られなくなったとしても、直ぐに着陸も可能であろうし、島よりも高く上がるにも水面付近へと降りるにも、丁度良いのではないだろうか。
そう判断した私は、今までに多少は動かしてきた一対の大きな翼を、最初は軽く羽ばたいてから、次第に力を入れて強く上下に動かして行く。
すると、あの娘がいる時に試さなくて良かったと思う程に、周囲に突風を巻き起こし、湖面は漣を立てて、洞穴の砂や土埃が舞い上がる。
感覚的には人間の腕と同じで、ただそれを人としては有り得ない程、素早く力強く動かす事が可能な骨格と筋肉をしている、それが判った。
今こうして、自分自身で飛び上がろうとしてみると、やはり適した肉体の構造を具えていなくては、超自然の力も無しに飛ぶ事など出来やしないのだと、以前の召喚で見たキマイラを思い出して、それを強く感じた。
そんな事を考えつつ羽ばたくのに集中していると、体重を支えていた足はどんどん軽くなり、更に力を込めて強く素早く羽ばたくと、不意に体が浮き上がった。
その瞬間に思わず動揺してしまい、直ぐにまた地面に足がついてしまったが、これで飛び上がる感覚を理解する事が出来た。
それを踏まえて、今度は今までよりも要領良く翼を動かしつつ、ゆっくりと揚力を高めていくと、足は地面から離れて浮き上がった。
ここが屋外であったなら、周囲の風もあったろうから、もっと難易度は高かったのかも知れないが、無風の中では不安定な要素は少なく、一度上がってしまえばその状態を維持するのは難しくは無かった。
飛び上がり方を理解した後に、空中でどの方向へと移動出来るか確認を行うと、やはり通常の翼を使って飛翔する生物と同様に、真横や後ろには進む事は出来ないのも判って来た。
その後高度の維持と上昇や下降を試し、僅かに前に進んでみたりも行い、自在に制御出来る様に練習した後に再び着陸すると、いよいよ島へと目掛けて飛び立つ為に、助走をつけるべく洞穴の後方へと下がってから、そこで一度深呼吸をする。
やはりいざ上空へと舞い上がると思うと、初めから空に漂っていた様な今までの器とは要領が異なるので、直ぐに力尽きるのではないか、途中で失速して落ちるのではないか、翼が折れるのではないかなどと、多分全ては杞憂なのだろうが、そんな不安が湧き上がって来る。
本物の飛竜と言う神の化身ならば、その様な恐怖は感じないのだろうが、私は見た目こそ本物と同じでも、中身は神ならざる只の人間でしかない。
だが多分飛べる筈だ、そう信じて私は心を決めると、今までで一番力強く羽ばたきを繰り返しながら、地底湖に向かって全力で走り始めた。
そして、足がもう一歩で湖に入る直前で地面を蹴って、私は飛翔した。
光り輝く空は、多少上がった程度では天井部分に近づいている気配は全く無く、ここが地下深くであるのが疑われる程に、まるで本物の空の様に途方も無く高い様だ。
風の吹かないこの場所では、気流を掴んで滑空して高度を維持する事は出来ず、自力で揚力を発生させて飛翔し続けなければならなかったが、変に気流があっても乗るのに失敗して、失速する可能性もあったろうから、まあ現状の凪の状態で良かったのだろう。
まだまだ速度は上げられそうだが、体力を使い切ってしまえば墜落してしまうので、半分程度に抑えているものの、飛行速度は歩く速さと比べれば雲泥の差で、歩行時は人間の走る程度であったが、今はその五倍程度の速度は出ていると思われる。
念の為に力尽きるのを避けるべく、抑え目の力で飛んではいるが、それでも揚力も全く問題無さそうだ。
やはり、こうして飛ぶのを前提とした器は、そんなに簡単には疲労を感じそうに無い程に、体力も高いらしい。
そういった事を実感しつつ、上空から朧げな黒い島へと近づいて行くと、次第にこの島の全貌が判って来る。
最初に地表から見ていた時には、半球状の中央部がかなり盛り上がった様な、丸い形の島なのかと想像していたのだが、どうもそうでは無く、三日月状の形状での外側の弧に当たる箇所の、凡そ中央辺りを真横から眺めていたらしいのが判った。
こちらから見て島の両端である、三日月の上下先端部に当たる箇所は、中央部から下へと傾斜しており、やがて湖中へと没しているのだが、この先端部を更に延長すると丁度円形になる様だ。
湖中に没しているところは、まだ距離が遠くて良く見えていないものの、想像するに数枚のコインを重ねた円錐状の物が、斜めに傾いて丁度コインの表を半分程水面から出して、残りの半分が水没しており、今見えているのは水面に出ている円柱部分と言った所だろうか。
ただこの島の場合は、完全な円柱ではなく、コインの表に当たる中央部は窪んだ形をしているから、印象としては半月と言うより三日月と表現するのがより正しい。
私はそんな三日月状の黒い島に近づきながら、今度は更に輝度が下がって見え始めた、島の詳細について確認し始めた。
どうも島の表面は、洞穴と同じ結晶を含んだ岩石でも、この場所の島以外の部分の様な純然たる光る結晶でも無く、言ってみれば今は純粋な黒曜石の塊かの様に見えている。
黒く微かな透明度を持って漆黒に輝きながらも、表面の光沢は周囲の光を反射もしており、それはまさに光に因って追い込まれてしまった、輝く闇と言う矛盾したものに見える。
島の表面はとても細かい単位で細分化されていて、その一つ一つはほぼ平面であり、島の中央を弧を描きながら走る、コインの縁に当たる山頂部を頂点として、遠目にはとても滑らかな凹凸の無い斜面を形成していた。
先程までは周囲と同じ様にこの島も輝いていたのに、どうしてこの島だけが黒く変色していくのか、そして巫女の言っていた大きな飛竜は何処に居るのか、この二つの疑問を合わせると想像したくない答えに繋がる事に、不安を覚えつつ私は慎重に近づいて行く。
まだまだ距離はあるものの、島の上空へと向かう前に、私は三日月の両端の部分がどうなっているのかを先に確認すべく、高度を上げて更に左側から回り込む様に進路を変えた。
嫌な予感が的中していれば、この両端の先は片方がただ長く繋がっているだけで、細くなってやがて途絶え、もう片方はそれなりの大きさの塊が繋がっている筈だ。
何となく、自分の尻尾を咥えた様な姿で丸くなっている風景が頭に浮かぶものの、もしそうだとするとこの島には、大事な物が欠落している事になるのに気づいた。
山にしか見えない部分には、如何なる突起物、要するに翼だ、それが存在していない。
いくら密着して畳まれているとしても、鳥の羽毛の翼とは違うのだから、完全に一体化は出来ないだろう、そう考えるとやはり翼に当たる部位は存在していないのだ。
娘がこれを飛竜だと思ったのは、遠距離ではっきりと見えなかったからであって、やはり考え過ぎなのでは無いだろうか、第一先程から全く動きもしないのも少々おかしい。
眠ったにしても、生物の形態をしているのであれば、呼吸をすれば多少なりとも水面は波打つ筈だが、それも見られない。
第一これは、どう見ても一つの岩の塊にしか見えず、生物の持つ質感とはかけ離れているではないか、これが一体どうやったら動けるというのだ、関節はどう曲がる、筋肉はどう撓む、全く想像出来ないではないか。
それにもしこれが飛竜だとしたら、いくら『大きな飛竜様』でも流石に大き過ぎだろう、例えるならば蟻と鯨程も違っていて、生物の域を逸脱する大きさだ。
私の体は、目玉どころか鱗一枚よりも小さい事になってしまうのだ、こんなに巨大な生物なんて有り得ない、きっと物理的に存在出来ないだろう。
その根拠は、これだけの巨体を維持出来るだけのエネルギーを摂取するのに、一体どれだけの数の生き物を喰らう必要があるか、それを考えれば容易く判る事であり、餌は人間だとしたら、先程目にした湖底の骨程度の数では全く話にならない筈だ。
ここで獲物を獲らないのなら、どうやってここから出るのか、この場所は完全に確認出来ていないが、どうも閉ざされている様に思える。
これだけ透明な水であれば、湖底に穴でもあるのかなんて確認は容易だ、それを確認して、やはり何処にも出入り口が無いのが判れば、生物としての存在では無い証明になるだろう。
通常の生物で無ければ超自然の存在となるが、私と同様の糧に因って生き永らえている存在であるなら、その巨体を維持する為に常に糧を消費している筈なのだが、そんな莫大な糧の流れなんてここには存在していない。
つまり、どう考えてもこの巨大な島が、神たる飛竜である可能性は無いのだ。
そう自分を納得させていた矢先に、望まない憶測を現実にしてしまう、起こり得ない筈だった確証が姿を現した。
突如、三日月の先端から延長した湖面がざわめいて、同時に私が向かおうとしていた島の左端が隆起し始めると、そこには巨大な頭部、それは竜の巫女が持っていた護符の絵と良く似た形状の頭が、こちらへと振り返りながら浮上して来たのであった。
私は慌ててその場で旋回する様に左へと体を傾けて、これ以上接近するのを避けながら、その巨大な上がって来るものを眺めた。
巨大過ぎる竜の首は、漆黒の鱗にも見える黒い輝きを放ちながら、蛇の様に滑らかに稼動して、こちらへと顔を向けて来た。
もうこれは否定しようが無い、前方にある黒曜石から削り出した様な、精巧に作られた竜の頭の彫像である漆黒の巨竜の首こそが、娘が『大きな飛竜様』と表現した物の正体だったのだ。
「……何故」
狼狽している私の元へ、聞いた事の無い思念が勝手に頭へと流れ込んでくる。
「何故だ、何故に汝はそこにいる」
それは紛れも無く、その漆黒の巨竜からの問い掛けだった。