第十四章 飛竜 其の二
変更履歴
2011/04/14 誤植修正 こちらの様子を伺って → こちらの様子を窺って
2011/08/13 誤植修正 取り合えず → 取り敢えず
2011/12/06 誤植修正 例え → たとえ
2011/12/06 誤植修正 沸き → 湧き
2011/12/06 誤植修正 早くなるのは有り得まい → 速くなるのは有り得まい
2011/12/06 誤植修正 固体 → 個体
2011/12/07 記述統一 変り → 変わり
2012/03/07 誤植修正 仕え 飛竜様 → 仕え、飛竜様
2012/03/07 誤植修正 何かを聞かせたいのか → 何かを聞きたいのか
2012/03/07 誤植修正 生贄ととして → 生贄として
2012/03/07 誤植修正 持ち合わせないのたがら → 持ち合わせないのだから
2012/03/07 誤植修正 『授け』にと → 『授け』へと
2012/03/07 誤植修正 着いて来ようが → 付いて来ようが
2012/03/07 句読点調整
2012/03/07 記述修正 対話は諦めて → 対話も諦めて
2012/03/07 記述修正 とてもでは無いが複雑で微妙な言葉を語るのは → 複雑で微妙な人間の言葉を語るのは、とてもでは無いが
2012/03/07 記述分割 無いのが判り、ここで咆哮をあげて → 無いのがすぐに判った。ここで咆哮をあげて
2012/03/07 記述修正 ここで咆哮をあげて → ここで咆哮をあげて、若し
2012/03/07 記述修正 出来なくしてしまったら → 出来なくなってしまったら
2012/03/07 記述分割 娘はしょっちゅう裏返る震える声色で → 娘はやたらと裏返る震えた声で
2012/03/07 記述分割 思える、『仕え』と言うのは → 思える。『仕え』と言うのは
2012/03/07 記述分割 意味であろうか、『飛竜様』は → 意味であろうか。『飛竜様』は
2012/03/07 記述分割 私の事だろう、『己』とは → 私の事だろう。『己』とは
2012/03/07 記述修正 意味を考えて見ると → 意味を考えると
2012/03/07 記述分割 文法になっているらしい、こう言う言語なのだろうか → 文法になっているらしい。こう言う言語なのだろうか
2012/03/07 記述修正 追及せずに置いておこう → 考えないでおく事にしよう
2012/03/07 記述修正 文字通りだとして → 文字通りとすると
2012/03/07 記述修正 半死霊の糧の事では → 死せる魂の事では
2012/03/07 記述修正 話すら出来ない → 話す事すら出来ない
2012/03/07 記述修正 先ずは → そんな娘の様子を眺めつつ、先ずは
2012/03/07 記述修正 必死の思いで稚拙ながらも → 稚拙ながらも必死の思いで
2012/03/07 記述修正 またも驚いた顔へと変貌し → 驚いた顔へと変貌し
2012/03/07 記述修正 通常の理解出来ない言葉を → 理解出来ない言葉を
2012/03/07 記述修正 一種のプライドか → 一種の誇りや意地なのか
2012/03/07 記述分割 騒いでしまったらしい、これは考えなしに → 騒いでしまったらしい。これは考えなしに
2012/03/07 記述修正 『竜の巫女』と言うのは、巫女と言う文言からしてこの娘の事を表していると思える → 『竜の巫女』は先程と変わらず、意味も娘自身を指す認識で良さそうだ
2012/03/07 記述分割 指しているのであろうか、その後の → 指しているのであろうか。その後の
2012/03/07 記述分割 同じ姿の者なのか、それともここの → 同じ姿の者の事なのか。それともここの
2012/03/07 記述分割 者達の事なのか、或いは更に → 者達を指しているのか。或いは更に
2012/03/07 記述分割 存在しているのか、色々と想像を → 存在しているのか。色々と想像を
2012/03/07 記述修正 今のままで意味を考えて見ると → 今のままで意味を考えてみると
2012/03/07 記述修正 『別の者達は全員死んだ』と → 『別の者達は全員死んだ』における、
2012/03/07 記述修正 『別』と単語の指している意味が量りかねる → 『別』の単語が示す意味が掴めない
2012/03/07 記述分割 『備え』ていた事でもあったのか、ただ娘は → 『備え』ていた事でもあったのか。ただ娘は
2012/03/07 記述分割 『否』と続いている、前半の → 『否』と続いている。前半の
2012/03/07 記述分割 誤変換だったと言う事か、この二つの単語は → 誤変換だったと言う事か。この二つの単語は
2012/03/07 記述修正 この単語もきっと別の単語へと → この単語もきっと別のものへと
2012/03/07 記述分割 入れ替えたのであろうか、だがまたしても → 入れ替えたのであろうか。だが又しても
2012/03/07 記述修正 これも違うのだろうか → これも違うのかも知れない
2012/03/07 記述分割 『無い』だったらしい、その後は → 『無い』だったらしい。その後は
2012/03/07 記述分割 役目だったのか、そしてそれは → 役目だったのか。そしてそれは
2012/03/07 記述修正 その供物は無くなってしまい、 → 供物は
2012/03/07 記述修正 一般的な物理的に存在する物であって → 物理的に存在する一般的な物であって
2012/03/07 記述修正 これは文字通りならば → これは文字通りなら
2012/03/07 記述分割 そう変化するのか、全く真実が → そう変化するのか。全く真実が
2012/03/07 記述修正 時の経過では無くて → 時の経過では無く
2012/03/07 記述分割 表しているのではないか、そう判断して → 表しているのではないか。そう判断して
2012/03/07 記述修正 仕える神の御姿を → 仕える神の姿を
2012/03/07 記述分割 良く似ているのだろうか、だがそれなら → 良く似ているのだろうか。だがそれなら
2012/03/07 記述分割 話し掛けたのだろうか、それとも → 話し掛けたのだろうか。それとも
2012/03/07 記述分割 試みたのか、謎は限り無く → 試みたのか。謎は限り無く
2012/03/07 記述修正 為す術が無く小さい私へと → 為す術が無くて、止むを得ず小さい私へと
2012/03/07 記述修正 「小さな飛竜様、聞け、何?」も → 『小さな飛竜様、聞け、何?』も
2012/03/07 記述修正 自分と同じ存在が → 一つは自分と同じ存在が
2012/03/07 記述分割 呼び出されている、又は本物の飛竜が居る → 呼び出されている。もう一つは本物の飛竜が居る
2012/03/07 記述修正 このいずれかになろう → このいずれかになるだろう
2012/03/07 記述修正 判断に任せるしかあるまい → 判断に任せるしかない
2012/03/07 記述分割 存在なのだろうか、いや、この娘が → 存在なのだろうか。いや、この娘が
2012/03/07 記述修正 実際に見てみれば → 実際にこの目で見れば、思いの他
2012/03/07 記述修正 そう、根本的な問題として → 根本的な問題として
2012/03/07 記述修正 状況説明なのは良いのだろう → 状況説明なのは良いだろう
2012/03/07 記述分割 良いだろう、『進む』と『道』を合わせて → 良いだろう。『進む』と『道』を合わせると
2012/03/07 記述修正 『進む』と『道』を合わせても → 『進む』と『道』を合わせて
2012/03/07 記述修正 これの意味する事は → これが意味するのは
2012/03/07 記述修正 存在している事になる → 存在していると言う事だ
2012/03/07 記述修正 その真の意味を探っていく → その真の意味を考える
2012/03/07 記述修正 こちらへと真っ直ぐに見上げて → こちらを見上げて真っ直ぐに
2012/03/07 記述修正 備え → 唱え
2012/03/07 記述修正 先程とは別の意味の → 先程とは異なる意味の
2012/03/07 記述修正 『備え』ていた物、或いは『備え』ていた事でもあったのか → 詠唱していた何らかの祈願に関しての説明なのだろうか
2012/03/07 記述分割 供えは無い様になった』となり、前半は謝罪の言葉で → 供えは無い様になった』となる。前半は謝罪の言葉で
2012/03/07 記述修正 これらについてはこれから判明する事に → それらはこれから判明すると
2012/03/07 記述修正 使え → 番え
2012/03/07 記述修正 何かのスイッチが入ったのを感じた → 何らかの衝動が疼くのを感じた
2012/03/07 記述分割 解読の予知も無く意味は通じた、私の身振りを → 考えるまでもなく理解出来た。私の身振りを
2012/03/07 記述修正 ひたすら私を → 固唾を呑んでひたすら私を
2012/03/07 記述分割 掛かっていると仮定して最後の言葉を → 掛かっていると仮定する。そして最後の言葉を
2012/03/07 記述修正 喰われる恐怖から逃げ出した → 喰われる恐怖から逃れた
2012/03/07 記述修正 過去の鏡の魔神の召喚を → 過去の召喚にあった鏡の魔神を
2012/03/07 記述修正 時の経過を表し → 時の経過を表していて
2012/03/07 記述修正 表すのではないだろうか → 表すのだろうか
2012/03/07 記述修正 娘一人だけだと言いたいのか → 残りは自分一人だけだと言いたいのか
2012/03/07 記述修正 召喚者である可能性は上がったと → 召喚者である可能性は高いと
2012/03/07 記述修正 これは諦めた → これは直ぐに諦めた
2012/03/07 記述修正 大きな飛竜の居る → もう一体の大きな飛竜の居る
2012/03/07 記述修正 そして、飛竜の器から → そして、飛竜の定義から
2012/03/07 記述修正 今までの流れからして → 今までの流れから
2012/03/07 記述修正 それが今目覚めたのならば → それが今目覚めたのだとすれば
2012/03/07 記述修正 新たな不安を表しており、この娘の心理は何故なのかが → 何故か新たな不安を表しており、どうも娘の心理が
2012/03/07 記述修正 起きる、大きな飛竜様 → ……起きる、大きな飛竜様
2012/03/07 記述修正 プレッシャーを与えてきたが → 精神的な重圧を与えてきたが
2012/03/07 記述追加 『いつ』は誤りであったらしく~
2012/03/07 記述修正 文字通りの意味ならば → 文字通りの意味なら
2012/03/07 記述修正 この小柄な娘の尋ねたい真意では無い様な気がする → この小柄な娘が知りたい答えでは無いだろう
2012/03/07 記述修正 ひたすらじっくりと待ち続けた → ひたすら待ち続けた
2012/03/07 記述修正 置いておいたとしても → 捨て置くとしても
2012/03/07 記述修正 取るべき行動を → 取るべき行動
2012/03/07 記述修正 これは、真偽はともかくとして → これは、
2012/03/07 記述修正 まるで聞く事すら → まるで口にする事すら
2012/03/07 記述修正 供物は無くなった』となろう → 供物は無くなった』となるだろう
2012/03/07 記述修正 即ち『済まない』の意ならば → 即ち『済まない』の意味なら
2012/03/07 記述修正 それならば後続の文章の → それなら後続の文章の
2012/03/07 記述修正 言葉の速度は遅くなる事はあっても速くなるのは有り得まい → 返答が遅れる事はあっても早まる事は無さそうだ
2018/01/13 誤植修正 そう言う → そういう
2018/01/13 誤植修正 そう言った → そういった
その言葉は、私の意図した訴えでも無ければ脅迫でも無く、それどころかこれだけ短い言葉でありながら、文法上の誤りとしか思えない構成をした単語群だった。
敬語と命令語と通常の疑問形が入り混じっている点は、捨て置くとしても、この言葉では私に何かを聞きたいのか、それとも何かを言いたいのか、それすら良く判らず真意は全く掴めない。
『小さな飛竜様』とは、私を指しているのだろうが、この娘と比べれば相当に巨大だと自負していたので、侮辱を意味するのでは無いのだろうが、この様な言われ様はどうも納得が行かない。
信仰上の飛竜とは、もっと巨大な存在なのだろうか。
いや、この娘がそう思っていたのなら、その大きさで出現しているのだから、今の姿が想像された原寸大である筈なのだが、どう言う事なのだろうか。
娘の表情は私の態度の変化を酷く警戒している様に見えるが、どうやらそれよりも自ら発した言葉に自信が持てない様で、私が無言で無反応なのを見てそれが助長されたらしく、その狼狽振りは悪化して行く。
私はここで、思念に因って意思が伝わらないかと試してみたものの、動揺しているから聞こえないのでは無く、全く届いている気配も無いので、これは直ぐに諦めた。
次に声を発してみたらどうかとも思い立ち、ほんの僅かに言葉を発するべく息を吐くが、声帯も口も言葉を発音出来る形状では無くて、複雑で微妙な人間の言葉を語るのは、とてもでは無いが出来そうも無いのがすぐに判った。
ここで咆哮をあげて、若し娘がまともに話も出来なくなってしまったら、それこそ台無しになると危惧して、対話も諦めてこちらは黙って聞く事にした。
私がこの様な事を考えている間にも、娘はやたらと裏返る震えた声で、少しずつ言葉を紡いで行く。
「竜の巫女、番え……」
『竜の巫女』と言うのは、この装束の娘自身の事を指しているのであろうか。
その後の『番え』と言うのが何の事だか理解出来ないが、未だ言葉は続いている様で、娘は最後の単語を発してからも、口を開いたままその音を断続的に繰り返し発し続けており、何かを記憶から必死で探り出している最中の様だ。
私は文章が完結する所まで、身動ぎせずにひたすら待ち続けた。
「竜の巫女、仕え、飛竜様、己」
緑衣の娘は再度最初から言い直して、今回は文末まで達したらしくちゃんと口を閉じてから、間を置いてこちらの様子を窺っている様なので、私は改めて娘の単語の羅列を検討し始めた。
単語としては、『竜の巫女』『仕え』『飛竜様』『己』の四つだ。
『竜の巫女』は先程と変わらず、意味も娘自身を指していると言う認識で良さそうだ。
『仕え』と言うのは、仕えるの意味であろうか。
『飛竜様』は、先程の言動とは若干違いはあるが、恐らく私の事だろう。
『己』とは、文法上の主語で娘自身を表している、こんな所か。
それぞれの単語の意味を考えると、発音順に解釈するのでは無く、発した順番とは逆から読み取る文法になっているらしい。
こう言う言語なのだろうか、それとも娘が不勉強で誤った文法で話をしているのか、そこまでは読み取れないが、まあそれは今は考えないでおく事にしよう。
ここまでの推測を踏まえて改めて解読すると、言葉の意味としては、『私は飛竜様に仕える竜の巫女』と言う感じだろうか。
竜の巫女と言う事は、やはりこの娘が召喚者である可能性は高いと、判断出来るのではないか。
娘の発言は未だ続いている様で、次の言葉を話し始めたのに気づき、私は続きを確認すべく耳を澄ます。
「死んだ、全部……」
未だ娘の言葉は文末まで達していないが、『死んだ』『全部』と言う単語からして、それは先程埋葬していた同じ姿の者の事なのか。
それとも、ここの墓標全ての者達を指しているのか。
或いは、更に別の被害者が存在しているのか。
色々と想像を膨らませつつ、私は娘の次の言葉を待つ。
娘は適切な言葉が思い出せない苦悩からか、顔を歪め躊躇いつつ単語を放つ。
「死んだ、皆、別……」
再び言い直した言葉は、先程とは異なる意味の単語に置き換わって、私には聞こえた。
これは、より適切な表現へと訂正をしたのであろうと推測し、新たな発言の内容と交えてその真の意味を考える。
何者かが死んだのはもはや確定らしいが、問題はその次の『皆』で、先程は『全部』であったところからして、『皆全員』と言う意味なのだろうか。
その次の『別』でかなり苦慮している様子からして、これは適切な表現では無いのかも知れない。
今のままで意味を考えてみると、『別の者達は全員死んだ』における、『別』の単語が示す意味が掴めない。
そう思いつつ娘を見下ろしていると、娘は再度始めから言い直した。
「死んだ、皆、他」
先の『別』であった単語は『他』に置き換わったところから察するに、この発言は、『他の者達は皆死んでしまった』だろう。
今まで目撃した内容を踏まえると、同じ服装をしていた仲間が他にもいたが、その者達は死んでしまいもう誰も残って居らず、残りは自分一人だけだと言いたいのか。
死因についてや、元々何人居たのかについても全く判らないが、それらはこれから判明すると期待しつつ、次なる言葉へと耳を傾ける。
「なった、無い、唱え……」
またしても娘が思考に入ったので、言葉が途切れたところまでを検討し始める。
『なった』と『無い』と言うのは、『唱え』の状況を表しているのは良いとして、詠唱していた何らかの祈願に関しての説明なのだろうか。
ただ娘はこの単語で悩んでいるから、もっと正しい表現がありそうだ。
私は焦らずに次の言葉を待ち受けていると、娘は頭痛に悩む者かの様に両手で頭を抱えつつ、再度言葉を変えて言い直して来た。
「なった、無い、供え、済む、否」
『唱え』は『供え』に代わり、その後は『済む』『否』と続いている。
前半の『供え物が無い様になった』と言う箇所は問題は無いが、後半の『済む』と『否』は、どう解釈するのか、少々難しい。
『否』は『違う』とか『異なる』の意味で、若しかすると前の文に掛かる否定なのかも知れないとも考えたが、それなら後続の文章の一部としては、発音しないのではと思い直した。
やはり今までの法則からして、『済む』に掛かっていると捉えるのが正しい気がする。
そういう意味では『済む』の否定、即ち『済まない』の意味なら、繋げてみると『済まない、供えは無い様になった』となる。
前半は謝罪の言葉で、後半が状況を表していて、『供え』が供物だと解釈して意訳すれば、これは『申し訳ない、供物は無くなった』となるだろう。
つまり、私に対する納めるべき供物は用意していたが無くなった、と言っている様だが、何が元々有ってどうして無くなったのかは判らない。
娘の拙い言葉はまだまだ続いており、果たして自分の言葉が意図した通りに伝わっているのかと、不安を露にした表情のままに、次の言葉を発し始める。
「くれ、揺する……」
『くれ』は文字通り要求を表す命令語だとして、『揺する』と言うのは何であろうか。
ここで詰まっているのだから、又しても言葉が変わると踏んで、私はじっと娘の次なる言葉を待つ。
「くれ、許す、残る……」
『揺する』は『許す』へと代わったのをみると、これは誤変換だったと言う事か。
この二つの単語は『許してくれ』となるとして、次の『残る』はそこでも止まっているから、この単語もきっと別のものへと置き換わるのだろう。
こちらから働きかけても、返答が遅れる事はあっても早まる事は無さそうだ、私は黙って娘が言葉を発するのを待った。
「くれ、許す、下げる……」
『残る』は『下げる』へと置換されたが、これは誤変換と言うよりは、より正しい単語へと入れ替えたのであろうか。
だが又してもそこの単語で止まっていると言う事は、これも違うのかも知れない。
そう私が思っていると、娘は比較的早く訂正した言葉を発して来た。
「くれ、許す、無い、やる、何」
どうやら一度訂正した『下げる』も誤りで、本来は『無い』だったらしい。
その後は『やる』『何』と続いているが、今回の末尾は最初に聞いた『何?』とは異なる発音だ。
前半は『許してくれ』だとして、『何』はそのままに物を表していて、『やる』は渡すの意味、『無い』は文字通りとすると、前回の文章と繋げて考えてみれば、その意味は『何も渡す物は無い、許してくれ』で良さそうだ。
竜の巫女は、信仰対象である竜へと何らかの供物を捧げる役目だったのか。
そしてそれは何故か理由は判らないが無くなってしまい、巫女としての義務を果せない事に対して、竜の巫女たる娘は本分を全う出来ずに、それを詫びて謝罪をしたと言う事か。
供物は私へと渡せなかったと言っている点から、供物の形状は物理的に存在する一般的な物であって、今回の生贄として注がれている、死せる魂の事では無い様に思える。
となると、こうして私が現われた契機を、この竜の巫女は理解していない様にも感じるが、人間の娘がどこまでそういった事を理解しているかが判らないのと、私も人間達から見てどの様な儀式に因って、この器は現れるのかも判らないので、互いに真相は判っていないと言うのが現状であろう。
もっと情報を引き出さなければならない、私はそう考えながら新たな言葉を望んで、娘へと視線を向けた。
娘は今までの言葉を発して来た時以上の緊張を露にしながら、まるで口にする事すら畏れている様な怯えた態度で、再び口を開く。
「飛竜様、いつ……」
最初の語句は既に解析済みの言葉であるから、意味は直ぐに判ったものの、その次の『いつ』とは、時刻に関する問いなのか。
これは訂正されると見て、訂正後の言葉をじっと待った。
娘は今までよりも、慎重に言葉を選りすぐっているらしく、なかなか次の言葉を発しなかったのだが、暫くの後に娘は修正した言葉を発して来た。
「飛竜様、いずれ、大きな飛竜様、小さな飛竜様、何?」
『いつ』は誤りであったらしく、『いずれ』へと修正された。
『小さな飛竜様』が今までの流れから私だとして、『大きな飛竜様』とは一体何の事だろうか。
これは文字通りなら、私よりも大きな飛竜が居るのか、それとも有るのか、或いはそう変化するのか。
全く真実が掴めないが、飛竜と言う表現が種別を表す名称として、単数を表す様に使われている事から、個体として複数は有り得ないのではないか。
今までの召喚でも、私以外の別の超自然の存在と居合わせた例は、それ程多く無いし、そのどちらもこの竜の巫女の守護神である事は、何となく考え辛い様な気がしていたが、接続詞が判らないので、二つの『飛竜様』は並列だと仮定せざるを得ない。
だとすると、『小さい飛竜様』と『大きい飛竜様』は、未だ小さい私と良く判らない大きな飛竜の二つの飛竜を表し、『いずれ』は時の経過を表していて、最初の『飛竜様』は『飛竜様になる』と言う意味と仮定し、最後の『何?』は疑問形を表すのだろうか。
いや、この場合だと『いずれ』は時の経過では無く、選択を表しているのではないか。
そう判断して繋げてみると、『小さな飛竜様、大きな飛竜様、いずれが飛竜様なのか?』となった。
これが意味するのは、やはり私以外にもう一体、私よりも巨大な竜が存在していると言う事だ。
ここで私は、必死で喰われる恐怖から逃れた、過去の召喚にあった鏡の魔神を思い出して、思わず身を震わせた。
仕える神の姿を判っている筈の、巫女自身が戸惑って尋ねると言うのは、やはりどちらも良く似ているのだろうか。
だがそれならより大きい方が、神として相応しいのではないかと思うのだが、どうして巫女の娘はそう思わなかったのだろうか。
そもそも『大きい飛竜様』には、話し掛けたのだろうか。
それとも話す事すら出来ない想定外の存在で、為す術が無くて、止むを得ず小さい私へと話し掛けるのを試みたのか。
謎は限り無く湧き出てくるばかりで、一向に収束しそうも無い。
私は『大きい飛竜様』の正体について、色々と危惧と興味を抱きつつ、竜の巫女の次なる言葉を耳にして、そちらへと意識を集中させる。
「くれ、与え……」
『くれ』は先程と同じ用法で良いだろうから、要求を表す命令語で、次の『与え』はまた躊躇いが見られるので様子を見ていると、新たな言葉の選定を終えて、娘は言い直した。
「くれ、授け、命……」
『与え』は『授け』へと代えられたと言う事は、『授けてくれ』となるのだろうが、その次の『命』は、そのままでは『命を授けてくれ』になってしまう。
娘は誰かを蘇らせたいと言う願望とも取れるが、まだこの語句の選択には迷いが見られるから、判断を下すのは早計だろうと思い、もう暫く待つ事にした。
「くれ、授け、道、取る……」
『命』は『道』に代えられて、次の言葉は『取る』である事から複合して考えるが、『取る』はぶれそうなので後回しにして、『道』とは物理的な道の事なのか、或いは抽象的な道なのかは、未だ判らない。
『取る』がどの様に変化するかで、それも見えて来るだろうと踏んで、また暫く待ち続けていると緑衣の娘は、今までで最も力強く言葉を発した。
「くれ、授け、道、進む、己!」
そしてその後娘は、これで終わりである意思表示とも取れる様な態度で口をきつく結ぶと、こちらを見上げて真っ直ぐに見つめて来た。
そんな娘の様子を眺めつつ、先ずは、最後の言葉についての検討から始める事にした。
『取る』は『進む』へと変わり、その後は『己!』で終わっている。
『己!』は娘本人の事で良いだろう。
『進む』と『道』を合わせると『進む道』であり、取り敢えず繋げてみると、『私に進む道を授けてくれ!』となる。
文字通りの意味なら、これからの行き先を尋ねている事になり、この回答の極論は一切の予備知識を捨て去れば、洞穴を上るか下るかの二者択一なのだが、しかしこの回答は、この小柄な娘が知りたい答えでは無いだろう。
今までは期せずして、私が娘へと精神的な重圧を与えてきたが、今度は私がそれを被る番らしい。
稚拙ながらも必死の思いで、切望した願いを述べた娘の顔は、未だ何も得ていないと言うのに達成感からか、又は楽観的にもう通じたと信じているのか、うろたえていた状態からは脱して、強い眼差しでこちらを見つめている。
そんな視線を受け止めながら、私は無言のままでどう切り返すべきかの思考へと入った。
私はここで、竜の巫女の生き残りたる娘が仲間の弔いを行っていた、今私が見る限り、もう遺体はどこにも見当たらない洞穴を眺めつつ、改めて今までの訴えを思い返しながら、再検討を始めた。
一番最初に聞いた、『小さな飛竜様、聞け、何?』も、今までの解析の手法で解読して連ねると、この様になる。
『聞いているか、小さな飛竜様?』『私は飛竜様に仕える竜の巫女』『他の者達は皆死んでしまった』『済まない、供えは無い様になった』『何も渡す物は無い、許してくれ』
最初の言葉は、私が聞いているかの確認の問い掛けで、二言目からは状況説明なのは良いだろう、問題はここからだ。
『小さな飛竜様、大きな飛竜様、いずれが飛竜様なのか?』
これは、巫女曰く飛竜は二体居り、巫女自身がどちらが本物の飛竜か、真偽を見抜けないでいる事を表している。
これらを踏まえて纏めると、弔いの作業を終えて捧げるべき供物も失った身である巫女の立場と、本来有り得ない二つの崇めるべき飛竜の存在、この二つに掛かっていると仮定する。
そして最後の言葉を検討して意訳すれば、進む道とはこれから自らの因るべき道筋、即ち進路、或いは巫女としての使命と拡大解釈出来よう。
その仮定で以って、改めて最後の言葉を解釈すると、『私にこれから進むべき道、取るべき行動、為すべき使命を、授けてくれ』となるのでは無いだろうか。
この推測が正しければ、この答えを求める為に私を召喚して来たと捉える事に因り、召喚者もこの娘であると結論付けられよう。
ここまでの推測は、巫女の娘の態度からも、強ちずれてはいないのではと思われて、私はこの仮説に則って次なる考察へと入る前に、改めて娘の様子を見た。
竜の巫女たる娘は、もうこれ以上は何も話そうとはせずに、固唾を呑んでひたすら私を凝視し続けており、恐らく返事を待っているのだろう、さてどうしたものか。
供物については、あれば有益な物もあったのかも知れないが、今の私には本来何が入手出来たのかは知る由も無いのだから、それらについては忘れる事にした。
他の巫女が死んでいる事についても、状況としてそれを知ったところでそれだけでしか無いのだから、これも特には着目しないで置く。
やはり問題なのは、『大きな飛竜様』云々の問いと、飛竜として指示すべき助言、当面の問題はこの二つだろう。
巫女の言う大きな飛竜の正体は何なのか、見間違いや幻影の様な物で存在していないのなら良いが、そうで無いのなら考え得るのは二つ。
一つは自分と同じ存在が、同時期に他の召喚者から呼び出されている。
もう一つは本物の飛竜が居る、このいずれかになるだろう。
そして、飛竜の定義からその姿を作り出されただけの私では、本来の飛竜たる助言は不可能で、たとえその情報を持っていたとしても、人間へと情報を伝達する手段を持ち合わせないのだから、答え様が無い。
そう、根本的な問題として、私からこの娘へと意思の疎通が出来ない、これがある限りはこれ以上進展させ様が無いではないか。
私は困窮して思わず無意識に頭を振ってしまったらしく、それを見た竜の巫女は、またも目を見開いて驚いた顔へと変貌し、反射的に理解出来ない言葉を叫んだ後に、声を上げた。
「教える、否、何?」
もうこれは、考えるまでもなく理解出来た。
私の身振りを否定と感じて、『教えてくれないのか?』と言う、問い掛けをして来たのだろう。
みるみるうちに、失望から来る絶望の為だろうか、その大きな双眸を潤ませ始めた娘を、見るに絶えず目を背けた時、洞穴の奥底から凄まじく低い巨大な咆哮と、微振動の地響きが起きた。
それを聞くと娘は小さく悲鳴を上げてからしゃがみ込んだが、振動と咆哮が収まると再び立ち上がり、小さく呟いた。
「……起きる、大きな飛竜様」
今の振動で我に返ったらしい緑衣の娘は、またと無い重要な情報を口にしたのを聞いて、私の中で何らかの衝動が疼くのを感じた。
自分の主たる存在がずっと眠っていて、それが今目覚めたのだとすれば、情報を齎してくれるかも知れない相手が増えたのだから、喜ぶのではと思ったが、娘の表情は何故か新たな不安を表しており、どうも娘の心理が汲み取れない。
しかしそんな疑問も実際にこの目で見れば、思いの他あっさりと解明出来るかも知れないし、その他の面倒で目処の立たない問題も、一気に解決出来るかも知れない。
この奥に大きな飛竜が居て、それが目覚めようとしているのなら、今の状況を打破するには、一か八か大きな飛竜と対面する、これに賭けるしかない。
少々短絡的な解決方法ではないかと危惧も感じたものの、自らの器が竜である事から来る一種の誇りや意地なのか、自分よりも巨大な竜と対峙しなければ気が済まないと、思わず竜の血が騒いでしまったらしい。
これは考えなしにいきり立ってしまった感も否めないが、それもまた一つの選択だ。
私は体を翻して、先程歩いて来た洞穴の方を向けた後、娘を一瞥してから奥へと歩き始めた。
竜の巫女は対面の現場に居合わせた方が有益なのか、見せないでおくべきなのかの判断はつかなかったが、どちらにせよ指示を出す事も出来ないのだから、付いて来ようがここに残ろうが、もはや娘自身の判断に任せるしかない。
私はそう割り切って、もう一体の大きな飛竜の居る洞穴の奥底へと向かった。