第十四章 飛竜 其の一
変更履歴
2011/12/04 誤植修正 位 → くらい
2011/12/04 誤植修正 膝まづいて → 跪いて
2011/12/05 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2011/12/12 誤植修正 して見たが → してみたが
2012/08/14 誤植修正 膝間づいて → 跪いて
2018/01/12 誤植修正 引き釣り落とした → 引き摺り落とした
2018/01/12 誤植修正 そ情報を → その情報を
2018/01/12 誤植修正 刃の方がは → 刃の方が
2018/01/12 誤植修正 膝間づいて → 跪いて
2018/01/12 誤植修正 矛先のがある方を → 矛先がある方を
2018/01/12 誤植修正 様子を眺めてながら → 様子を眺めながら
2018/01/12 誤植修正 それらが無差別に → それらが無作為に
2018/01/12 句読点調整
2018/01/12 記述修正 僅かに道は曲がっている為に → 道は緩やかだが曲がっている為に
2018/01/12 記述修正 ずっと先までは見通す事は出来ず → 見通しが利かず
2018/01/12 記述修正 明るくも無いのも手伝い → 明るくも無いのもあって
2018/01/12 記述修正 前にも後にも奥が → 前方も後方も奥が
2018/01/12 記述修正 漂っているのではないか → 漂っているのではないかと考え直した
2018/01/12 記述修正 ここに浮遊する死者の魂なのは → この浮遊する死者の魂なのは
2018/01/12 記述修正 ここの墓の主達を → どうやら墓の主達を
2018/01/12 記述修正 無いのではないかと思われる → 無さそうだと思われる
2018/01/12 記述修正 修道服 → 祭服
2018/01/12 記述修正 白い肌を持つ不動の娘は → 白い肌をしている横たわった娘は
2018/01/12 記述修正 ぱっくりと開いた傷口も → 大きく開いた傷口も
2018/01/12 記述分割 小さすぎる気がして、多分これは → 小さすぎる気がする。多分これは
2018/01/12 記述修正 後を振り向くと → 振り返ると
2018/01/12 記述修正 それぞれの棒の頭には → 中には棒の根元に何かが置いてある小山や
2018/01/12 記述修正 何かが引っ掛けられており → 何かが引っ掛けられている棒もあり
2018/01/12 記述修正 優に百を超えている → 四十を超えている
2018/01/12 記述修正 多分これは遺体がそのままで → 多分これは遺体がそのまま
2018/01/12 記述修正 小山の大きさには不規則で → 小山の大きさは
2018/01/12 記述修正 小さな子供を埋めた様に → 子供を埋めた様に
2018/01/12 記述修正 埋まっていなさそうな小さな小山から → 埋まっていなさそうなものから
2018/01/12 記述修正 土と石の山まで → 土と石の山まであり
2018/01/12 記述修正 自身の事を確認して → 自身の事を把握して
2018/01/12 記述修正 図体は大きいが → 図体こそかなり大きいが
2018/01/12 記述修正 体重は相当に軽く → 体重は見た目よりも軽く
2018/01/12 記述修正 そのまま超自然の力が判らず仕舞いであっても → たとえ超自然の力が不明であっても
2018/01/12 記述修正 大分はっきりと聞こえる様に → かなりはっきりと聞こえる様に
2018/01/12 記述修正 居る場所までやって来てから → 居る場所までやって来ると
2018/01/12 記述修正 いきなり何者かが判らない相手と → 何者かも判らない相手と
2018/01/12 記述修正 鉢合わせるのを → いきなり鉢合わせるのを
2018/01/12 記述修正 裾の長い長衣で → 裾の長い長衣をしており
2018/01/12 記述分割 裾の長い長衣をしており、体の前方は → 裾の長い長衣をしていた。体の前方は
2018/01/12 記述追加 長衣の生地は菱形の格子状の模様が入った緑色で、その
2018/01/12 記述修正 体の前方は白の無地で、横と後は緑色に斜めの格子状の柄の生地をしている様だ → 長衣の上に重ねて、前は白く背中は黒い肩幅まである逆三角形の形の大きな襟が、下に行くに連れて細くなりながら、体の中心を通って足元まで垂れており、長衣と襟を腰に巻かれた鎖状の帯紐で纏めて縛っている
2018/01/12 記述修正 斜めの格子柄は竜鱗を表し → 菱形の鱗柄は竜鱗を表し
2018/01/12 記述修正 頭巾にあるのは頭の角と → 頭巾にあるのは頭の角
2018/01/12 記述修正 長い紐は背鰭か尻尾を表している → 白い大襟は竜の腹で、黒い大襟は背鰭と尻尾を表している
2018/01/12 記述修正 墓標の途切れた隣の場所で → 墓標の途切れた隣の場所に
2018/01/12 記述修正 木の板で解した土砂を → 木の板で崩した土砂を
2018/01/12 記述修正 また矛で硬い地面を掘り崩す作業を → また矛で掘り崩す作業を
2018/01/12 記述修正 穴を掘る作業を眺めていて → 穴を掘る作業を眺めていると
2018/01/12 記述削除 完全に一定であったのがずっと不思議であったのだが、
2018/01/12 記述修正 墓標と墓標の間隔と近い事に → 墓標の間隔と近い事に
2018/01/12 記述修正 遺体の脇を抱えて穴へと引きずりつつ移動させて行き → 遺体の両脇を抱えて、上半身だけ持ち上げて穴の近くに運んでから
2018/01/12 記述修正 遺体を墓穴へと引き摺り落とした → 墓穴へと引き摺り落とした
2018/01/12 記述修正 暗い茶色の娘であり → 暗い茶色であり
2018/01/12 記述修正 菱形の飾りが均等に下げられており → 小さな菱形の飾りが均等に吊り下げられており
2018/01/12 記述修正 竜の姿が刻まれているのが → 竜の絵が刻まれているのが
2018/01/12 記述修正 仲間の墓標に掛けてやっていた → 仲間の墓標に掛けていた
2018/01/12 記述修正 驚いている娘を見て → 驚いている娘を見ると
2018/01/12 記述修正 この格好はどう見ても竜で → この格好はどう見ても竜の衣装で
2018/01/12 記述修正 それをどこまでも警戒しても → それをどれだけ警戒しても
2018/01/12 記述修正 握り拳の外側に添えて → 握り拳の外側に添えてから
2018/01/12 記述修正 洞穴内が若干だが見辛くなりつつある気がして → 若干だが視野が狭まっていく気がして
2018/01/12 記述修正 弱まってきているのではないかと思われた → 弱まってきている様に思える
2018/01/12 記述修正 歩を進めると墓標の様子は何か変わるのではと思いつつ → 歩を進めれば墓標の様子も何か変わるのではと思いながら
2018/01/12 記述修正 人間が丸々埋められていそうな程の → 人間がそのまま埋葬されていそうな程の
2018/01/12 記述修正 大きさの墓標も見つかり始め → 大きな墓標も見つかり始め
2018/01/12 記述修正 この六つ又の矛の棒は → この六つ又の矛は
2018/01/12 記述修正 銀色に輝いている物も → まだ銀色に輝いている物も
2018/01/12 記述修正 人間の体で動いてしまう → 人間の体として動いてしまう
2018/01/12 記述修正 この洞穴の上部に分布していた → この洞穴の上部に滞留していた
2018/01/12 記述修正 実体のある器で → 実体を持った
2018/01/12 記述修正 壁際へと目を向けた時に → 壁際へと目を向けると
2018/01/12 記述修正 まるで通路を区切るポールの様な棒が、ずらりと並んでいるのが → 壁沿いに様々な棒が立っているのが
2018/01/12 記述修正 頭巾の様な帽子も外されている為に → 帽子も外されて
2018/01/12 記述修正 置いておいたとして → まあ良いとして
2018/01/12 記述修正 更には、尻尾も生えていて → この器には尻尾が生えていて
2018/01/12 記述修正 遺品と思しき物を引っ掛けてある点も考えて → 遺品と思しき物がある点も踏まえると
2018/01/12 記述修正 召喚者自体が → 召喚者が
2018/01/12 記述修正 予期していなかったかの様な対応をしたのなら → 予期していなかったかの様な反応をしたのなら
2018/01/12 記述修正 あるにはある → 無いとは言い切れない
2018/01/12 記述修正 死体と生き残りの → 死体の娘と生き残りの
2018/01/12 記述修正 死んでいる者達のものだけだった → ここには死んでいる者達しか存在する痕跡が無かった
2018/01/12 記述修正 片側半分の三つの刃は → 片側半分の三つは
2018/01/12 記述修正 四本ずつ縦に伸びた → 幾筋もの縦に伸びた
2018/01/12 記述修正 肉が見える深さで出来ていて → 肉が見える深さで出来ており
2018/01/12 記述修正 この更に先を確認すべきか → 更にこの先を確認すべきか
2018/01/12 記述修正 通常、埋葬方法とは宗派で → 通常、宗教毎に
2018/01/12 記述修正 大きさはそれで均等に → 大きさはそれでほぼ均一に
2018/01/12 記述修正 何故ここまで大きさが全く異なるのか → 何故ここまで全く異なるのか
2018/01/12 記述修正 正確には → より正確には
2018/01/12 記述修正 スリムな胴体で → 細身の胴体で
2018/01/12 記述修正 これならば歩いての移動も → これなら歩いての移動も
2018/01/12 記述修正 二倍はある高さもある → 二倍の高さもある
2018/01/12 記述修正 洞穴の道を進んだ → 洞穴の道を歩いて進んだ
2018/01/12 記述修正 全長の半分は尻尾であろう → 全長の半分はあるだろう
2018/01/12 記述修正 乾いた微風からは微かだが → 乾いた微風には僅かに
2018/01/12 記述修正 前方から微かにだが → 前方から微かに
2018/01/12 記述修正 周り一帯が岩壁である事から → 一帯が岩壁である事から
2018/01/12 記述修正 何一つ生き物も動く物も存在して居らず → 生き物どころか動く物すら何一つ存在して居らず
2018/01/12 記述修正 真実がどれかであったとしても → 真実がどれであったとしても
2018/01/12 記述修正 上を見上げて良く見ると → 見上げると
2018/01/12 記述修正 壁際に一列で並んでいて → 壁際に一列に並んでいて
2018/01/12 記述修正 良く見てみると木の棒や丸太の棒らしい物や → 木の棒や丸太の棒らしい物や
2018/01/12 記述修正 下へと下っていく…… → 下へ下へと下ってゆく……
2018/01/12 記述修正 菱形の板状の装飾は → 大小の菱形をした板状の装飾は
2018/01/12 記述修正 其れほどあちこち → それほどあちこち
2018/01/12 記述修正 召喚者や召喚目的について → 今回の召喚者や召喚目的について
2018/01/12 記述修正 遺体を埋めた小山に → 遺体を埋めた土山に
2018/01/12 記述修正 柄を下にして突き立てた → 柄を下にして突き立てていた
2018/01/12 記述修正 四肢も胴体も → 下肢も胴体も
2018/01/12 記述修正 大きさは壁際に並ぶ → 壁際に並ぶ
2018/01/12 記述修正 棒の長さの平均が → 棒の長さの平均を
2018/01/12 記述修正 正面を向いた驚いている娘を見ると → 驚いている小娘を正面から見ると
2018/01/12 記述修正 仲間の墓標に掛けていた → 仲間の墓標に掛けていたのと同じ
2018/01/12 記述修正 二つの首飾りが掛けられているのが → 二つの首飾りをしているのが
2018/01/12 記述修正 矛の刃の影になって → 影になって
2018/01/12 記述修正 10m程度しか離れていないものの → 10m程度しか離れていないが
2018/01/12 記述修正 呪われた半死霊の魂を → 半ば死霊と化した魂を
2018/01/12 記述修正 塊と化していたであろう → 塊となっていたであろう
2018/01/12 記述修正 周りの状態が見えて来た → 周辺の状態が見えて来た
2018/01/12 記述修正 自ら蓄光しているのか → 自ら光っているのか
2018/01/12 記述修正 一瞬想像したりしたが → 一瞬想像したりもしたが
2018/01/12 記述修正 その考えは捨てた → その考えは直ぐに捨てた
2018/01/12 記述削除 これはかなりの量であり、
2018/01/12 記述修正 それは大量であった → それは莫大な量であった
2018/01/12 記述修正 相当長い期間に渡って → 相当長い年月に渡って
2018/01/12 記述修正 支給され続けている → 作られ続けている
2018/01/12 記述修正 只の木で出来た棒で → 長さの割には
2018/01/12 記述修正 後頭部には腰辺りまで伸びた長い紐が下がっている、他に見た事が無い形状をしていた → 頭巾の裾は首周りの脇や後ろを覆い、肩にまで達している
2018/01/12 記述修正 音は立てない様に気をつけてはいたが → 音は立てない様に気をつけてはいても
2018/01/12 記述修正 聞きつけているかは判らないが → 聞きつけているか判らないが
2018/01/12 記述修正 どうもこの娘は → どうもこの小さな娘は
2018/01/12 記述修正 緑の僧衣の娘は → 緑の僧衣の小娘は
2018/01/12 記述修正 この身長からの想定とは違い → 身長からの想定とは違って
2018/01/12 記述修正 即ちあれが → 即ちこれが
2018/01/12 記述修正 鋳造製で厚みも無い → 鋳造で厚みも無い
2018/01/12 記述修正 娘の亡骸から目を外して → 娘の亡骸から目を離すと
2018/01/12 記述修正 私はここで折角の機会でもあるし → この時私は折角の機会でもあるし
2018/01/12 誤植修正 そう言う → そういう
私は暗闇の中にいる。
目の前には、自ら光を発する水晶で出来た階段が、延々と下へと続く、とても長いトンネル。
私は、ひたすら無心に、下へ下へと下ってゆく……
私が意識を取り戻してまず感じたのは、僅かに熱気を帯びていて殆んど対流していない、淀んだ様な埃っぽい乾いた空気だった。
今回は肉体があるのが直ぐに判り、早速目を開けると周囲はかなりの薄暗さで、見慣れるまでは周りを確認する事が難しかったが、時間が経つに連れて目がこの暗さに馴染んできたらしく、段々と周辺の状態が見えて来た。
自分が居る場所は、一帯が岩壁である事から大きな穴、と言うよりは洞穴の広間の様であり、地下の為に空は全く見えず、現在の時間に関しては完全に判らない場所で、周囲には生き物どころか動く物すら何一つ存在して居らず、召喚者もまた不明だった。
物音に関して確認すべく耳を澄ますと、積み重なった岩の隙間を吹き抜けて鳴っているのか、風を切る甲高い音が時々聞こえて来るのと、前方から微かに不規則な音が聞こえて来るのが判った。
下の地面から足の裏へと感じる熱気は地熱らしく、乾いた微風には僅かに硫黄の臭いが混じっており、それを考えるとここは活火山付近の溶岩洞か何かなのだろうか。
自然に出来た洞窟の割には、地面や壁は意外に平坦で、これなら歩いての移動もそれほど苦では無さそうだ。
この溶岩洞には所々に、水晶の様な巨大な鉱石の結晶が点在していて、その仕組みは良く判らないがそれらは青白く発光しており、それが照明代わりとなって、この広い洞穴をぼんやりと照らしている。
私が立っている場所は、僅かに蛇行しながら伸びている一本道の洞穴の中央で、振り返ると洞穴は段々と下りながら、後ろにもずっと伸びているのが判った。
ただ、道は緩やかだが曲がっている為に見通しが利かず、大して明るくも無いのもあって、前方も後方も奥がどうなっているのかが判りかねたものの、洞穴の幅に関しては、私が周囲を見渡しても壁面は遠くに見えており、自身の大きさよりも遥かに広いのが確認出来ている。
壁際へと目を向けると、壁沿いに様々な棒が立っているのが視界に入り、この後私はそれらへと注視した。
その棒は洞穴の両方の壁際に一列に並んでいて、洞穴が見切れてしまう所までそれは連なっており、木の棒や丸太の棒らしい物や、何かの武器か祭具の柄の様な物が立っているのも見られた。
この武器状の棒の先端は特徴的な形状をしていて、両刃の刃が上部と左右にそれぞれ二又に伸びており、全部で六つの刃がある武器の様だ。
上部が最も長くて約50cm程度で、一対の刃は均等に狭い幅で伸びており、左右の刃は開き気味の二又になっていて、上向きの刃の方が約30cmと長く、下向きの刃は最も短く10cm程度しかない。
この六つ又の矛は、地面に突き立つ棒の中では全体の二割程度だったが、木の棒だけの物とは違って、矛の刃の朽ち具合は物に因って様々と言う特徴があり、刃の部分が殆んど錆びて崩れている物もあれば、まだ銀色に輝いている物もあったりして、どうも一時期だけに作られた物では無く、相当長い年月に渡って作られ続けている道具らしいのが判った。
一つ一つの丸太や棒は、全て大小様々な土の小山の上に真っ直ぐに突き立っていて、中には棒の根元に何かが置いてある小山や、何かが引っ掛けられている棒もあり、今見えているだけでも両側合わせてその数は四十を超えている。
ここまで見てきて得た情報から考えて、これらは恐らく墓標であり、ここは地下に作られた墓地では無かろうかと、私は推測していた。
土山の大小や高さの違いはあれど、皆一様に整然と等間隔で並んでいる所や、遺品と思しき物がある点も踏まえると、それは間違い無いのではないだろうか。
ただ、この墓地は遺体を丸ごと埋葬しているにしては、盛られた小山や一度掘り返してから埋め直した形跡が小さすぎる気がする。
多分これは遺体がそのまま埋葬されているのでは無く、火葬された後の遺骨だけが埋められているのであろうと推測したのだが、良く見てみると小山の大きさは一定ではなく、結構大きな物もあるのが判り、どう言う事かと判断し兼ねた。
大小の差異は、大人と子供と言う様な明確な差では無く、敢えて言うなら、ただ棒を立てるだけの何も埋まっていなさそうなものから、子供を埋めた様に盛られた土と石の山まであり、それらが無作為に並んでいるのだ。
それにこの墓標はどう見ても正式に作られた物では無く、有り物で拵えた様にしか見えず、まるで戦場に埋葬された名も無き戦死者達の墓の様に見える。
この墓標の配列と前方からの物音も気に掛かるが、それを確認すべく移動する前に、自身の事を把握しておくべきであろうと思い、ここで私は今回の器について確認し始めた。
今回は実に久々に実体を持った、頭も足も胴体もある生きた器だ。
この器には尻尾が生えていて、背中には一対の大きな翼もあり、更に頭部には二本の角まで生えていて、腹部以外はびっしりと鱗で覆われており、翼の中程と足の指には、大きく鋭い鉤爪が生えているのも判った。
壁際に並ぶ墓標らしき棒の長さの平均を、人間の身長の半分程度として見積もると、私の全長はざっと10mと言ったところだろうか。
私が想像していた生物としては、随分と華奢と言うか、大きな翼に対して下肢も胴体もかなり細い様な気がしているが、実際の鳥類を思い出して考えると、現実的にはこのくらいの比率で無ければ、宙に舞い上がる事など出来ないのだろうと理解した。
今回の私の器は、伝説で語られる架空の生物である、竜であろうと確信した。
より正確には、竜と言うよりは翼竜、ワイバーンと言う方が相応しい気がする程に細身の胴体で、それに対する翼の大きさは、私の頭から尻尾の中程まで達する程に大きく長い。
尻尾もかなり長くて、恐らく全長の半分はあるだろう、これ程の長さが必要なのは、飛翔時にバランスを取る為なのであろうかと思われる。
後は、竜と言えば炎や酸を吐く力だろうか、これが出来ないものかと何度か試してみたが、炎どころか火花すら出ず、酸も胃酸くらいしか吐けそうもないのが判り、敢えて嘔吐するまで試すのは止めておいた。
ここまで確認出来たところで、未だ見ぬ召喚者へと辿り着けるかも知れない、今回は潤沢らしい糧の根源を探ってみると、それは意外にも地面からではなくこの洞穴の上部に滞留していた。
壁際の墓標から流れて来るのもあったが、その大半は天井付近からこちらへと注がれていて、その流れを追って見上げると、まるで曇った夜空の様に、天井にある鉱石の輝きがぼやけて見えているのが判った。
最初私は、天井の靄を眺めた時、これは火山性のガスだと考えていたのだが、若しかするとこの天井の靄はそうでは無く、死者の魂が消えずに蓄積して、ずっと漂っているのではないかと考え直した。
もしそうだとすると、ここに眠る人間達の魂が殆んど霧散せずに留まっていなくては、とても足りないのではないかと思う程に、それは莫大な量であった。
もはや原型を留めておらず、ぼやけた曇り空の様にしか見えないので、全く期待はしていないものの、一応念の為に思念を向けて反応を確認してみると、やはり予想通りもう個人の意思の様なものは一切判らず、何か言い様の無い強い負の感情だけは常に感じるものの、それと判る応えは一切無い。
今回の私への生贄は、この浮遊する死者の魂なのは間違い無さそうであるが、しかしここに並ぶ墓は昨日今日に作られた様には見えず、どうやら墓の主達を殺して生け贄にしたのでは無さそうだと思われる。
だがそうすると、一体どうやって残留思念の塊となっていたであろう、半ば死霊と化した魂を、私へと捧げられたのかが大きな謎だ。
今まで見た事も聞いた事も無いが、強力な力を持った死霊術師の様な妖しげな存在が居て、その存在の力であったりするのだろうか、などと一瞬想像したりもしたが、まあ有り得まいと思い直してその考えは直ぐに捨てた。
何者が待ち受けているのか判らないが、とにかく先ずはこの道の先にある筈の、物音を確認する事が最も現実的な行動であろうと判断して、そちらへと向かう事に決めた。
この時私は折角の機会でもあるし、試しに大きな翼を使って宙を飛んでみようかとも考えたが、そうするとかなりの風を巻き起こしてしまい、それに因ってずっと聞こえている前方からの音の発生源が、消えてしまうかも知れないと危惧して、ここは地味だが歩いてその音の発する場所まで向かうことにした。
暫くの間、私は黙々と仄暗い洞穴の道を歩いて進んだ。
巨体のバランスを取ろうとして、つい尻尾では無く腕の代わりに翼を動かしてしまうのは、久し振りの実体で慣れずに、無意識に人間の体として動いてしまう癖の所為かと思いつつ、出来るだけ尻尾でバランスを取る様に気をつけながらゆっくり進み始めると、この墓の立ち並ぶ洞穴の道は、僅かな登りの斜面になっているのが判った。
この体は図体こそかなり大きいが、飛行する生物として矛盾が無いらしく体重は見た目よりも軽く、たとえ超自然の力が不明であっても、空を飛べるのではないかと期待が持てた。
段々と歩くのにも慣れて来た私は、軽く羽ばたく様に翼を動かしつつ、延々と並ぶ墓標を確認しながら緩やかな洞穴の道を進み続けた。
歩を進めれば墓標の様子も何か変わるのではと思いながら見ていると、時折成人の人間がそのまま埋葬されていそうな程の、大きな墓標も見つかり始め、どうも埋められている人間の物理的な大きさがかなり区々なのが、明確になってきた。
通常、宗教毎に遺体をどう埋めるのかは定められていて、大きさはそれでほぼ均一になりそうなものであるが、何故ここまで全く異なるのか、やはり良く判らない。
まあこう言った謎は、この先の物音のする場所まで辿り着けば、何かが判るだろう。
この道を進むに連れて、空気の淀みの方は改善されつつあるものの、若干だが視野が狭まっていく気がして、その要因を考えて見ると、鉱石の発する光自体が弱まってきている様に思える。
どうやらより上部にある鉱石は、発光させる為の要素が小さいらしい。
ただし、それが具体的にはどう言った原理に因るものなのかについては全く判らず、鉱石が自ら光っているのか、何らかの別の影響を受けて発光して見えるのか、それすらはっきりしていないが、ただ地下の奥の方が輝度が高いのは間違い無い。
物音の正体の確認が終わって、何の進展もしないようなら、その時は更にこの先を確認すべきか、それともより明るい下方へと戻っていくべきか、検討しなくてはならないが、まずは音の確認だ。
ここまで進んで来ると、最初の地点では微かでしかなかった物音も、かなりはっきりと聞こえる様になっており、その音はどうやら地面を掘る音と、呼吸音が混ざっているのが判ってきた。
この歪曲した道は、かなりの幅がありながらなかなか先まで見通しが利かず、音は近づきつつあったが、その姿は未だ目視では確認出来ない。
次の曲がり角を超えれば、もうそこに何かが居る場所までやって来ると、何者かも判らない相手と、いきなり鉢合わせるのを避けたいと言うのもあり、私は一旦立ち止まった。
出来るだけ音は立てない様に気をつけてはいても、この巨体ではどうしても足音と言うか振動がしてしまい、それを相手は聞きつけているか判らないが、私は待ち伏せも覚悟の上でゆっくりと慎重に身構えながら、長い首を伸ばしてその先の様子を覗き見た。
そこに見えたのは、緑色の祭服らしき服装の人間だった。
緑衣の者は作業に集中している所為か、距離にして10m程度しか離れていないが、こちらには全く気づいていない様だ。
それにしても、この者の格好は一見したところ祭服かと見誤ったが、良く見れば見る程に聖職者の服装と言うよりは、何かの生物を模した様な、民族衣装の様な格好である気がして来る。
かなり埃や泥で薄汚れているのはまあ良いとして、先ず最初に見た時、軽く腰を曲げているのかと勘違いしたが、良く見ると小柄な人間が背の高い角の生えた、頭巾付きの帽子を被っているのが判り、目測で150cmも無さそうな体格を考えると、これは子供ではないかと推測した。
次に気になったのはその変わった意匠の緑衣で、形状は修道服の様に全身を覆う様な裾の長い長衣をしていた。
長衣の生地は菱形の格子状の模様が入った緑色で、その長衣の上に重ねて、前は白く背中は黒い肩幅まである逆三角形の形の大きな襟が、下に行くに連れて細くなりながら、体の中心を通って足元まで垂れており、長衣と襟を腰に巻かれた鎖状の帯紐で纏めて縛っている。
帽子は頭の二倍の高さもある、頭巾に二本の三角帽子がくっ付いた様な形で、頭巾の裾は首周りの脇や後ろを覆い、肩にまで達している。
この格好を見ていたら、どうもこの衣装は竜を模したものなのではないか、そう私は思った。
服の緑色は竜の体の色で、菱形の鱗柄は竜鱗を表し、頭巾にあるのは頭の角、白い大襟は竜の腹で、黒い大襟は背鰭と尻尾を表している、そう考えて見てみるととても納得の行く姿だ。
その竜を模した衣を着た子供は、手にした長い柄の道具を使って、墓標の途切れた隣の場所に新たな墓穴を掘っている様で、傍には同じ様な格好をしている人間が、地面に横たわっているのが見えた。
こちらは仰向けで寝かされていて、帽子も外されて顔が見えており、それは髪の長さからして女だろうが、未だ娘と言った方が良い年齢に見える。
栗毛の豊かな長い髪と白い肌をしている横たわった娘は、右の首から肩や胸に掛けて服が黒く血で染まっていて、更に右側の首筋には大きく開いた傷口も見えており、どうやら死因は出血死の様だ。
その首を切ったらしい、隣に落ちている六つ又の矛には、刃の部分が血で染まっているのが判った。
これが凶器だと推測するのは良いとして、この娘は自ら首を切ったのか、それとも今埋葬しようとしている子供が殺害したのか、これは判断がつかず何とも言い難い。
骸の娘の死に顔はかなり窶れ果て、両頬には幾筋もの縦に伸びた引っ掻き傷が、肉が見える深さで出来ており、その様な傷痕は何らかの狂気に囚われた結果、自分の爪で掻き毟って抉ったのではと想像出来る。
経緯はともかく、生き残っている方が殺害者であろうが、仲間に先立たれた哀れな者だろうが、私のすべき事は変わるまいと思い、娘の亡骸から目を離すと再び生きている方へと目を向けた。
穴を掘り続ける緑衣の子供が持つ道具は、墓標として立てられていた六つ又の矛や、地面に転がっている血塗れの凶器と同じ物らしく、これは農耕具では無いが他に道具も無いので、穴を掘る為に用いている様だ。
この矛は柄が相当に長く、持ち主の身長を遥かに超えて倍近くあり、深い穴を掘るのには都合が良い様であるが、しかし地面に打ち付ける度に撓るその柄は、長さの割には少々細い様に思われて、そう考えるとこれは武器と言うよりは祭具の様に思える。
現に、今穴を掘っている子供が振るっている矛の刃が、既に片側半分の三つは拉げてしまっているのも、武器としての強度は持っていない良い証拠だろう。
幾ら地面が硬いと言っても、鎧を貫く用途なら拉げる筈は無いし、鍛えた刃なら先に折れる筈で、どちらでも無いと言うのは鋳造で厚みも無い、装飾でしかないと判断するに十分だ。
緑衣の子供は、この祭具の矛で硬い地面を掘り崩してから、脇に置いてあった木の板で崩した土砂を穴から掻き出しては、また矛で掘り崩す作業を、延々と繰り返している。
穴を掘る作業を眺めていると、今まで通って来た道沿いに並んでいた墓の間隔が、どうもこの矛の長さを二倍にすると、丁度墓標の間隔と近い事に気付いて、この子供はあの棒で測りながら、埋める場所を決めたのではないかと思われた。
やがて穴を掘り終えると、子供は横たわっている遺体へと跪いて、死んでいる娘の首辺りから何かを外して立ち上がり、非力で抱え上げられないのか、遺体の両脇を抱えて、上半身だけ持ち上げて穴の近くに運んでから、墓穴へと引き摺り落とした。
墓穴の中で暫く何かをしていた後に、穴からよじ登って這い出ると、緑衣姿の子供は頭を下げて短く祈りを捧げてから、穴の脇に置いてあった木の板で盛っていた土砂を落として、墓穴を埋め始めた。
そして穴を埋めて残った土砂も盛り終えると、最後に自分が穴を掘り崩すのに使っていたのと同じ、血染めの六つ又の矛の柄を短く折って、矛先がある方を遺体を埋めた土山に、柄を下にして突き立てていた。
その後、先程娘の首から外しておいた物を矛の刃に掛けた後、墓標の正面で一歩下がり跪いて、弔いの祈りを捧げ始めた。
この新たな墓標に掛けたのはどうやら首飾りの様で、ここからでは影になってその形状は良く判らないが、どうやら二種類あるらしいのが辛うじて判った。
祈る子供は握った右手の拳を内側にして、左手を握り拳の外側に添えてから、無音で呟く様に祈りを続けていて、どうやら右手の中には、首から下げられた護符か何かを握り締めている様だ。
私はここで、子供が祈っている間、今回の召喚者や召喚目的について考えていた。
それほどあちこち探して見て回った訳では無いが、何となくこの場所には他に誰も存在していない様な気がしていた。
この場所は元々、人が随時出入りしている様な気配が無い、そういう場所では無い雰囲気を醸し出している。
もう少し具体的な証明としては匂いで、生物の発する匂いを感じたのが今のところ二つだけ、死体の娘と生き残りの子供のみであり、他の匂いも多少はあったのだが、それらは全て死臭で、つまりもうここには死んでいる者達しか存在する痕跡が無かった。
ずらりと並ぶ墓標には供物も一切無く、これだけ埃っぽい場所なのに足跡も殆ど残っていない。
これだけの事象を合わせて考えて見ると、生きて存在しているのはこの子供だけであり、この場所に他の生存者が居ないところを見て、召喚者は恐らくこの緑衣の子供の僧だろうかと推測した。
若しかするとたった今埋葬された緑衣の娘が、自らの命を懸けた召喚者だったと言う可能性もあるが、トンネル内でも召喚者の声は一切耳にしなかったから、そこの点はどちらが正しいかを判断する材料は無い。
その他にも、召喚後にこの場所へと送られた可能性も残ってはいるし、もっと言えば、実はこの子供がここにある墓標の人間達を全て殺害した犯人で、自分はそれを倒す為に呼び出された可能性だって、無いとは言い切れない。
外見が子供に見えたとしても、今とっている行動からそうは見えないとしても、私がここに現れる前に起きていた事は判り様も無いのだから、どの様な可能性だって有り得ると言える。
だがそれをどれだけ警戒しても、全ての可能性を想定したら恐らく何も出来なくなるであろう、今回は比較的強靭な肉体を持つ器でもあるし、多少のリスクは目を瞑り、速やかな結論を得る行動を優先したい。
そういう論理から考えると、真実がどれであったとしても、今後の行動を定める召喚目的を確認する、最も手っ取り早い術はここに居る生き残っている子供の、目の前に姿を現してみる事であろう。
召喚者が呼び出そうとしていた存在を見れば、それ相応の態度を取る筈で、逆に全く予期していなかったかの様な反応をしたのなら、それは召喚者では無かったのだと判断出来るし、何かを成す為に送られたのなら、その情報を持っているのももうこの子供だけだ。
そう思いつつ祈りの様子を眺めながら考えを纏めていた私は、どうすべきかを決めると、声無き詠唱が終わるのを待ってから、子供の方へと歩み出しつつ、こちらへと振り向くのを待ち受けた。
そして暫くの後にその時は訪れ、緑衣の子供は私の足音に気づいて、5mまでその距離を縮めた所でこちらへと振り向いた。
立ち上がって、直ぐに振り向いた子供のその顔を見た時、私は目測を誤っていたのに気づいた。
身長からの想定とは違って予想よりも年齢が高く、埋葬した娘と同年代ではないかと思われた。
こちらの小柄な娘の方は、頭巾から覗く髪は黒に近い暗褐色で、瞳も同様に暗い茶色であり、肌の色も先の娘よりは若干くすんだ色調なのが判った。
緑の僧衣の小娘は私を見た途端に、目を真ん丸に見開いて口をそこまで開くのかと思う程にあんぐりと開けて、そのままの表情で硬直してしまっていた。
これは私の予想が外れたのだろうか、ここまで驚くと言う事は、召喚者では無いと言う事か、しかしこの格好はどう見ても竜の衣装で、私に関連する者だと思ったのだが。
ただ、どうもこの小さな娘は、驚いてはいるがそれは恐怖から来るものでは無さそうにも見えており、これはまだ推測を外した訳では無いのかも知れないと思い直し、少し様子を見てみる事にした。
驚いている小娘を正面から見ると、先程までは服の襟で隠れて見えていなかった、仲間の墓標に掛けていたのと同じ首の装飾品がはっきりと見えて、そこには長さの異なる二つの首飾りをしているのが判った。
短い長さの物は、首飾りと言うよりはチョーカーに近い形状で、帯状の紐からは小さな菱形の飾りが均等に吊り下げられており、首元の中央には水晶の様な珠が付いている。
もう一つは更にその下の鳩尾辺りまでぶら下がる、鎖で繋がった手に収まる程度の大きさをした、何か幾何学的な模様が刻まれている、菱形をした板状の装飾品なのが判った。
この下の菱形のものが、先程祈りを捧げていた時に手にしていた物だろう、即ちこれが信仰の象徴なのではないかと推測した。
察するところ、大小の菱形をした板状の装飾は竜の鱗を表していて、珠の方は宝珠と言った所だろうか、そして護符らしき一際大きい金属片の鱗は、差し詰め逆鱗を表しているのかと想像した。
緑衣の小柄な娘は、無意識に首から下げられていた竜鱗の護符を、吊るされていた鎖の付いた上部を右手で掴んでから、反転させて裏側だった面を私へと向ける様に、首辺りまで持ち上げた。
今まで見えていなかった竜鱗の護符の裏側には、私の姿に良く似た竜の絵が刻まれているのが見えた。
それを私へと翳す様に持ちながら、この緑衣の小娘は狼狽しきった声色で、理解出来ない言語の言葉を早口に発した後に、震える声で私の理解の出来る言葉を発した。
その言葉は、召喚者としての召喚目的か、それとも私に対する敵意ある罵倒か、或いは先制攻撃の詠唱か、そんな想定をしながら待ち受けていた私の期待を、あらゆる意味で大きく裏切るものだった。
「小さな飛竜様、聞け、何?」