第十三章 誕生と離散 其の四
変更履歴
2011/03/27 語句修正 碧玉 → 翠玉
2011/12/03 誤植修正 例え → たとえ
2011/12/03 誤植修正 話し → 話
2011/12/03 誤植修正 関わらず → 拘わらず
2012/02/23 誤植修正 寿命の現象の → 寿命の減少の
2012/02/23 誤植修正 素振りをしていたか → 素振りをしていたが
2012/02/23 誤植修正 振る舞いかなのかと → 振る舞いなのかと
2012/02/23 誤植修正 お話 → お話し
2012/02/23 句読点調整
2012/02/23 記述修正 もし、幼い姉が独りで → もし幼い姉がたった独りで
2012/02/23 記述修正 見られていた修道院に → 見られていた集落の修道院に
2012/02/23 記述分割 過ごして来たに違いなく、更にその後には → 過ごして来たに違いない。更にその後には
2012/02/23 記述修正 唯一の心を許せる筈だった家族からの暴言は、姉に大きな失望を与え → やっと再会を果たした唯一の肉親からの暴言は姉に大きな失望を与え
2012/02/23 記述修正 十分だったと言えるのではないか → 十分だったと言えるのではないだろうか
2012/02/23 記述修正 皆揃ってほくそ笑んでいるかも → 皆揃ってせせら笑っているかも
2012/02/23 記述修正 それだと言うのに何とお人好しと言うか → だと言うのにお人好しと言うか
2012/02/23 記述修正 緋玉、蒼玉、翠玉の → 緋玉・蒼玉・翠玉の
2012/02/23 記述分割 守護神が定められていて、これが慣例的に → 守護神が定められていた。。そしてこれが慣例的に
2012/02/23 記述修正 謎ですなあ → これは大きな謎ですなあ
2012/02/23 記述修正 言っておるのではありませんぞ → 言っておるのではありません
2012/02/23 記述修正 この様な発言をしておるのです → この様な発言をしておるのですぞ
2012/02/23 記述修正 私には判断が出来ないでいる → 私には判断が出来ない
2012/02/23 記述修正 訳では無いと感じていたのだ → 訳では無いと感じていた
2012/02/23 記述修正 おや、雪だるま卿 → おや? 雪だるま卿
2012/02/23 記述修正 大樹だけが持つ力とされていて → 大樹だけが持つ能力とされていて
2012/02/23 記述修正 本来の寿命の場合には~ → 裏切者にも等しい~
2012/02/23 記述修正 大半は特定の守護神の力だけが → 大半は親と同様の特定の守護神の力だけが
2012/02/23 記述修正 召喚に成功させて来た点からして → 召喚を成功させていた点からして
2012/02/23 記述修正 仕方が無い様な話の筈 → 文句は言えぬ程である筈なのに
2012/02/23 記述修正 守護神への働きかける力の → 守護神へ働きかける力の
2012/02/23 記述修正 秘めているとされていると言うのは → 秘めているとされているのは
2012/02/23 記述修正 月の瞳を持つ民の割合は → 月の瞳を持つ者の割合は
2012/02/23 記述修正 それを怨恨に因って → それも怨恨に因って
2012/02/23 記述修正 死にそうな我が身を酷使してまで → 残り僅かな人生を費やしてまで
2012/02/23 記述修正 全てをより悪い様へ → 全てをより悪い方へ
2012/02/23 記述修正 母親から受け取った → 今回の召喚ではそれは一際強く、母親から受け取った
2012/02/23 記述修正 その感情は間違いではないと → 私の感情も又間違いではないと
2012/02/23 記述修正 弟の胸中に何かがあって → 何かがあって
2012/02/23 記述修正 再三にわたる勧告や警告 → 再三にわたる忠告や警告
2012/02/23 記述修正 判別は出来ないから → 判別は出来ず
2012/02/23 記述修正 それが何よりも吾輩は → それを何よりも吾輩は
2012/02/23 記述修正 吾輩は何か間違った事を → 吾輩が何か間違った事を
2012/02/23 記述修正 取り消す事は出来やしない → 取り消す事は出来ず
2012/02/23 記述修正 後悔したからと言って → どれだけ悔やんでも
2012/02/23 記述修正 一割にも達しません → 百人に一人程度しかおりません
2012/02/23 記述修正 あれだけ強力な自我を残す力を → かなり大きな力と強い意思を
2012/02/23 記述修正 生きる価値が無い家畜以下の存在と言う烙印を押されてしまう、だからそんな血族が → そんな劣った血統が
2012/02/23 記述修正 逆に本来は血統から引き継ぐ力は絶対ではないとも言えて → 血統から引き継ぐ力は必ず継承される保証がないとも言えて
2012/02/23 記述修正 そう捉えて行くと → そう考えると
2012/02/23 記述修正 これは力を持たない者が → だとすると多数の力を持つ者とは逆に、どの力も持たない者が
2012/02/23 記述修正 予め定められた全ての生物を → 全ての生物を予め定められた
2012/02/23 記述分割 遺伝ではなかったらしく、これは隔世遺伝の様に → 遺伝ではなかったらしい。これは隔世遺伝の様に
2012/02/23 記述修正 碧眼であった事だ → 普通の碧眼であった事だ
2012/02/23 記述修正 貴殿が招待頂いて → 貴殿が御招待頂いて
2012/02/23 記述修正 異種の神の道具を所持しているのも驚きですが、同種の神の道具であっても複数個を保持しているだけでも → 同種の神の装身具を複数保持しているだけでも珍しいのに、それが多種の神のものとなると
2012/02/23 記述修正 間違いありませんし、子供の姉には月の瞳が備わっていたところから、術者として力の強い血統であった事を表しているのでしょう → 間違いありません
2012/02/23 記述修正 意味していると、推測するのが自然でしょうか → 意味していても、不自然ではないでしょう
2012/02/23 記述修正 貴殿が施した母親への延命措置は、教義からすれば許されざる事であり、宿命を遵守するのが役目である大樹が、その禁忌の求めに応じて一時的にとは言え → それを貴殿は
2012/02/23 記述追加 本来これは翠玉の大樹を~
2012/02/23 記述修正 生物を誕生させる事 → 生物を生み出させる事
2012/02/23 記述修正 してやっているだけで → しているだけで
2012/02/23 記述修正 母親の家族の動向も → 家族の動向も
2012/02/23 記述修正 他の物は実際には → 他の物は
2012/02/23 記述修正 大した事が無かったと言えるのだが → 大したものでも無い事になるのだが
2012/02/23 記述修正 力尽きていた父親と共にいたが → 力尽きていた父親と共に居たが
2012/02/23 記述修正 生まれていさえすれば → 生まれてさえいれば
2012/02/23 記述修正 傅かれる暮らしをして → 傅かれる暮らしが出来た筈で
2012/02/23 記述修正 あの一族の引きが強いのか → 彼等の引きが強いのか
2012/02/23 記述修正 例外的な箇所が多く見られるから → 例外的な箇所が多く見られるので
2012/02/23 記述修正 それ故にこの部族の → それ故にこの部族での
2012/02/23 記述修正 同じ一族の召喚に → 同じ者達の召喚に
2012/02/23 記述分割 記憶はありませんぞ、まあ尤も → 記憶はありませんぞ。まあ尤も
2012/02/23 記述修正 預けられているかして → 預けられるかしていて
2012/02/23 記述削除 一つの守護神への特化した適性は普通であったが、血統の守護神以外への順応性も高く、
2012/02/23 記述修正 氏族の出で、特別の待遇で → 氏族の中でも特別の待遇であったから、
2012/02/23 記述修正 今回判明した事実を元に → 今回判明した事実に基づいて
2012/02/23 記述追加 具体的には、命の素と呼ばれる~
2012/02/23 記述追加 何がいつ生まれるのかは~
2012/02/23 記述追加 因みにこの未定義の存在については~
2012/02/23 記述修正 しかし万が一にでも何かを把握しているかも知れないと、僅かでも期待しているのもあって → 僅かでも情報が得られるならと期待して
2012/02/23 記述修正 どうやらこれは → 蒼玉の首飾りや翠玉の腕輪の様な母親の遺志の影響とは異なり、こちらは
2012/02/23 記述修正 故に出来た偉業なのでしょうか → 故に出来た偉業なのでしょう
2012/02/23 記述追加 さあて最後は~
2012/02/23 記述追加 今回使用していなかった装身具も~
2012/02/23 記述修正 彼は皮肉として言ったのだろうが → 紳士は皮肉として言ったのだろうが
2012/02/23 記述修正 賛同し兼ねてしまうのだ → 賛同し兼ねる
2012/02/23 記述追加 だがそれを問い質すのは~
2012/02/23 記述追加 今までも“嘶くロバ”は~
2012/02/23 記述追加 だから彼の言動がこの反感的な~
2018/01/11 誤植修正 そう言う → そういう
今回は闇の世界へと戻っても直ぐには“嘶くロバ”は現れず、その間私はずっとこの召喚について色々と考えていた。
この召喚では、今までずっと判らなかった、修道女の姉と貿易商の弟の母親の正体が、完全とは言い難いが色々な事が判明したのは、とても大きいと感じていた。
以前の召喚で父親は部族外の人間だと既に判っていたから、部族の血を継いでいるとすれば、残りは母親しか有り得なかったのだが、今回の召喚でやはり母親があの装身具の力を使いこなす、少数民族出身の女であったのが確認出来た。
ただ少々意外だったのは、てっきり私は母親も姉と同じ月の瞳を持っている、力のある存在なのだろうと想像していたのだが、母親の目は月の瞳と言う程では無く、多少は薄いかも知れないが普通の碧眼であった事だ。
母親と弟の容姿はとても良く似た金髪碧眼だったが、姉は碧眼よりも淡い月の瞳で、母親からの遺伝ではなかったらしい。
これは隔世遺伝の様に、その特徴が必ず各世代を継承して現れる訳では無いのかも知れない。
前に聞いたロバの紳士からの説明では、月の瞳は能力の強さを表しているとの事であったから、そういう意味ではあの母親の力は、それほど大したものでも無い事になるのだが、そうは思えない事実もあった。
それは、母親がそれぞれ守護とする神の異なる、三つの装身具を所有していた事だ。
これはかつてかの紳士から聞いた、各氏族毎に仕える神は分かれていると言う話とは、食い違っている様に思える。
母親が実際に使用していたのは翠玉の腕輪だけで、他の物は使ってはいなかったところからすると、母親の出身は翠玉の大樹を守護神とする氏族だったのだろうか。
だとすると、他の二つの装身具はどうして所持していたのか、またどうやってその力を部族の者ではない父親や、何の詠唱もしていなかった幼い子供だった弟を救う様に発動したのか。
装身具に関しては、事前に聞いていた情報から改めて考えると、例外的な箇所が多く見られるので、この辺りの話は是非とも彼に確認しておきたい。
母親に対する謎も気に掛かりはするが、私の胸中としては残された家族の動向も、かなり気に掛かっていた。
私が蒼玉の女王となって現われた召喚の際、あの時の弟の年齢は五歳前後に見えていた、つまり今回の召喚から約五年後だったのだろう、幼い子供に成長していた弟は、行商の旅の半ばで力尽きていた父親と共に居たが、姉の姿はそこには無かった。
これはもう既にどこかへ預けられるかしていて、父親の元には居なかったのではないだろうか。
確か緋玉の王として召喚された際に、姉が着ていた修道服と似ていた様な気がする点から推測するに、姉は墓地への道中にあった、通り過ぎた修道院に預けられたのかも知れない。
もし幼い姉がたった独りで、あれだけ白い目で見られていた集落の修道院に送られていたのだとすれば、相当に辛い日々を過ごして来たに違いない。
更にその後には家族と一度も会う事もなく、緋玉の王としての召喚の前に初めて弟と対面したのだとしたら、やっと再会を果たした唯一の肉親からの暴言は姉に大きな失望を与え、歪んだ復讐心を齎すに十分だったと言えるのではないだろうか。
だがこれは、“嘶くロバ”に尋ねたところで、的確な回答もまともな推測も期待出来ず、逆に私への非難めいた反論が返って来るであろう事は十分予測されたが、僅かでも情報が得られるならと期待して、話はしておこうと考えていた。
この様な事を思いつつ時を過ごして、私は饒舌な紳士の出現を待ち続けていた。
“嘶くロバ”は私がこちらへと戻ってから四日後に、最初に見た探偵風の出で立ちで現われた。
私は今回の召喚を彼へと語った後に、私が疑問に感じていた事や、気に掛かっていた事等を更に語ると、予想通りの反応を示し始めた。
「姉の救出、弟の出産、母親の死と葬儀とは、人生の節目でもある大きな出来事を、一遍にこなして来られたのですなあ。
それにしても雪だるま卿よ、本当に貴殿は引きが強いのか、はたまた彼等の引きが強いのか、良くもまあそんなにもあの一族に当たりますねえ。
この広大で無数の時の流れを持つ世界の中で、これだけ狭い範囲の召喚が連なるのが、意図的でないのだとしたら、奇跡以外の何物でも無いでしょう。
吾輩はそんなに何度も同じ者達の召喚に立ち会った記憶はありませんぞ。
まあ尤も、吾輩が召喚された場合には、出来得る限り貴殿の様には振舞わぬ様に心がけております故、少なくともそこより未来には当たりようが無いのかも知れませんがね。
ああそうか、貴殿の場合はそうは振舞ってはおらぬが、発生する召喚は次第に過去へと向かっているから、これらの召喚は以前にどう行動しようとも、召喚さえ成就しているのなら、起こり得るべくして起きている事になるのか。
しかしながら、貴殿が常に望んでいたのは過去ではなく、自らが手を下した結果が反映された、未来を知りたがっておられましたな。
その願いを逆手に取った、ある意味嫌がらせとも思える様な、過去へ過去へとお勤めが続いていると言うのは、やはり何らかの悪意が働いている様に勘ぐってしまうのは、吾輩だけでは有りますまい。
今回の召喚でも、時系列の確認と言う観点では、是非その弟か或いは姉を殺す事が出来たならば、何らかの変化が期待出来たかも知れないのに、相変わらずの善人振りですなあ。
下手をすれば今頃貴殿の事を、皆揃ってせせら笑っているかも知れませんぞ、だと言うのにお人好しと言うか、何と言うか。
まあ、この点に関しては互いに譲れぬところもあるのは判っている事ですから、これ以上不毛な言論は控える事に致しましょう」
“嘶くロバ”はここで一度嘆息すると、無言で不満を表す様に頭を軽く振ってから、言葉を繋いだ。
「ここらで本題のお話に入りまして、そうですなあ、とりあえず始めは翠玉の大樹からでも、語るとしますかな。
翠玉の大樹について、前の解説の際には深くは触れませんでしたから、今回は吾輩の知る詳細の情報をお話し致しましょう。
かの大樹の姿をとる神は、以前にもお話し致した通り命を司る存在で、誕生と死も合わせて管理すると云われております。
しかしながら、ここは前にはお知らせ致しませんでしたが、翠玉の大樹の基本的な行動とは、命の素を分割して生物へと貸し与え、そして再び己に取り戻すのを、延々と繰り返すのだそうです。
ここで重要な点は、大樹は生物に生きる力たる命の素を分けて、定められた期間この世界に存在出来る様にしているだけで、大樹自身が生物を自由に作り出している、言わば創造主の役では無く、運命も定めてはいない所です。
大樹の役割は、全ての生物を予め定められた運命と言う予定に則って、作り出し維持させて終わりが来たら取り去る、これを恙無く予定通りにひたすら続ける事なのですよ。
大樹の守り続ける予定とは全て寿命に因る死しか無く、病死や事故死や戦死等は、この予定とは異なる予定外の死とされています。
それ故にこの部族での、生きる上で発生する出来事に対する考え方は、通常の絶対的な神の存在を持つ種族の運命論的な思考よりは、良く言えば前向き、悪く言えば足掻く傾向にあるとも申せますなあ。
次に貴殿も気にしておられた、翠玉の大樹の持つ能力について述べましょうか。
大樹は大きく四つの能力を持つと言われておりまして、まず第一は、命を肉体に納める事により生物を生み出させる事、これが誕生です。
具体的には、命の素と呼ばれる緑色の発光体を必要量肉体に満たす事で、生物が存在出来る条件を満たし、現世に存在が可能になるとされています。
何がいつ生まれるのかは三柱よりも上位の意思である、未定義の存在が記すとされる運命の予定に因って定められており、大樹はただ管理しているだけです。
因みにこの未定義の存在については、恐らく創世神の類だとは思われますが、具体的な記述は如何なる文献にもありません。
第二が、貴殿も召喚中に使われた力であります、誕生させた生物の生命力の状態を確認する力で、これは大樹だけが持つ能力とされていて、その呼び名は大樹のみが知る秘儀なので、人間の言葉での呼び名は無いそうです。
貴殿がご覧になって想定していた通り、緑色の光の粒が大樹より分け与えた命の素で、そこから生命力が全身に浸透して肉体全体が発光して見えていた筈です。
生物は生まれた瞬間から死への秒読みが始まるので、それに応じて寿命を表すこの光の粒は大樹によって奪われていき、段々と数を減らしていきます。
病気の場合には、その患部に当たる箇所を中心として、ゆっくりとした光の明度の変化が起きまして、この明暗の差異と周期の割合で重傷度が判ります。
怪我の場合には、負傷した部位が点滅を繰り返しまして、こちらも点滅の点灯と消灯の比率や点滅速度で、傷の程度が判ります。
第三は、これも実行済みでしたな、命を与えた生物が本来その時点で保持している絶対数よりも、生命力が下回っている場合に限られますが、命の光を補充する事で、これは治癒と呼ばれます。
本来これは翠玉の大樹を守護神として持つ呪術医が、部族の者に対して行なう医療行為に当たります。
第四が、寿命を与える為に生物から命を間引いて、最後には全ての与えていた命を取り戻す力、これが老化です。
老化での光の消え方は、蝋燭を吹き消すかの様に速やかに光が消えるので、姉弟の体内の光が零れ落ちたと言うのは、母親の部族が持つ肉体的な欠陥である、聖なる樹の成分への依存に因る寿命の減少の症状が、その様に見えたのだと考えられます。
これらの力を行使して、翠玉の大樹は生物達の定められた運命を全うさせるべく、行動している訳です。
ですから、この部族では本来の寿命を下回る場合の生命の危機である、怪我や病気では癒しの力を大樹へと求めて祈る、と言う事になるのですけども、裏切者にも等しい部族からの離反者に対しては、当然大樹の加護など有り得ない筈。
それを貴殿は、叶える事など有り得ない願いを聞き入れた訳で、故に母親は強く感謝の意を表していたのでありましょう。
さてお次は、吾輩も思わず瞠目した、この母親の持っていた力について、吾輩の見解をお話しします。
母親が三柱の力を封じられた装身具を所持していた事についてですが、これはどうやら吾輩の認識が違っていたと言うか、勉強不足であったのかも知れません。
文献からは、必ずしも正しい情報を得るのは難しいと言う、良い教訓と言えましょう。
吾輩も過去の知識を、今回判明した事実に基づいて改めつつ、検証して行きましょうか。
あの部族に生まれた者は、緋玉・蒼玉・翠玉の何れかの特性だけを保持しているのでは無く、若しかすると遺伝の要領で優性と劣性と言った様な属性があって、その中でどの特性が最も高いかに因り、その者の因るべき守護神が定められていた。
そしてこれが慣例的に氏族に継承される血統がより強くなっているから、大半は親と同様の特定の守護神の力だけが強まっているのでしょうが、必ずしもそれだけでは無いと言う証明が母親だった、と捉えるべきなのかも知れない。
つまり氏族で守護神は固定されず、複数の守護神を持つ個人や、その優秀な血統が続けばそういう特殊な氏族として、存在したのかも知れません。
そう考えると、血統から引き継ぐ力は必ず継承される保証がないとも言えて、だとすると多数の力を持つ者とは逆に、どの力も持たない者が生まれる可能性もあったのではないかと考えられます。
この部族に存在していた不具者を殺す風習は、肉体的な不具だけでは無く、どの神とも親和性を持たない神々の力を享受出来ない者達、いわゆる能無しの赤子を始末する事を意味していても、不自然ではないでしょう。
無能な者と言うのは、平たく言えば神に見放されている者であり、どれだけ神々に近しいかが地位に密接に絡んでいるこの部族では、そんな劣った血統が広まらぬ様に間引くと言った感じでしょうか。
この観点で見ても、容姿からすると特化こそはしていなかったが、母親は生粋の月の瞳の民であり、死に瀕した状況に於いても召喚を成功させていた点からして、優れた力を持っていたのではないかと思われます。
言うなればこの母親は、力の強さを表す月の瞳こそ持ってはいないものの、実は何れかの神に特化した力ではなく、全ての神へと働きかける事が可能な汎用的な力を保持すると言う、誠に稀有な存在だったのかも知れません。
今回使用していなかった装身具も、以前の召喚での所有者達を考えると、皆正当な使用が出来ない者達ばかりでありながら、全ては母親の遺志に基づいて動いていたと言えますから、それこそが三柱の力を保持していた証明になりましょう。
同種の神の装身具を複数保持しているだけでも珍しいのに、それが多種の神のものとなると、かなりの権力を持っていた氏族出身だったのも間違いありません。
察するに母親は恵まれた氏族の中でも特別の待遇であったから、あれだけの道具を持参していたのだと考えられますよ、あれらを持ち逃げして来たのでなければ、ですがね。
だがたとえ子孫に当たる人間であっても、正当な継承を行わずに盗むなり奪うなりして来た装身具が、かなり大きな力と強い意思を備えておりますから、とても略奪者に力を貸すとは考え辛くはあって、何とも不思議ではあります。
外部の者と関係を持ちたいと望んだら、その者は故郷を去る以外に道は無く、その時に部族に属する物は全て奪われ、名前すら無くしてしまう筈なのですよ、ですからどうして追放者が価値の高い装身具を持っていたのか、これは大きな謎ですなあ。
何せ、故郷を離れると言うのは、部族の掟からすれば、守護神への奉仕を放棄する事になり、それは本人の意思に関係なく神を裏切り信仰を捨てると同義ですので、本来ならば処刑されても文句は言えぬ程である筈なのに。
まあ敢えて同族が手を汚さなくとも、故郷を離れれば自ずと禁断症状に因り死期が迫って来るので、追放刑が死刑と同格ではありますが。
ここのところは次回の召喚にでも、あの母親の若かりし頃へと貴殿が御招待頂いて、是非ともその目で確認されて来るのが宜しいのではないですかな、貴殿ならば、その内実現出来そうな気も致しますし、ねえ。
さあて最後は、修道女である姉について、私の感想をお話ししましょう。
月の瞳は、その者の守護神へ働きかける力の強さを表すものであり、その色がより淡ければ淡い程に強い力を秘めているとされているのは、以前にお話し致しましたな。
姉がろくに修行もしていないのにも拘わらず、緋玉の王を呼び出せた実績を考えてみると、蒼玉の首飾りや翠玉の腕輪の様な母親の遺志の影響とは異なり、こちらは守護神との親和性の強さを表しており、荒削りながらも内在していた能力が突出していた故に出来た偉業なのでしょう。
この少数民族における月の瞳を持つ者の割合は、百人に一人程度しかおりません。
なので、この瞳を持つ者は氏族内でも大きな権力を持ち、また部族内でも高位で多くの権限を有する役職へと就いて、政治や祭祀を執り行ったりするのが本来の生き方であって、決して村八分にされた挙句に他人に命乞いをして食わして貰う様な、貧困と迫害にまみれた惨めな暮らしなど有り得ないのですよ。
普通に部族の中で生まれてさえいれば、今頃緋玉の王の有力な神官にでもなって、多くの者に傅かれる暮らしが出来た筈で、あんな悲惨な人生を送らずに済んでいた筈なんですがねえ。
ただ、父親がどう見ても外部の人間ですから、故郷には居られなかったのでしょうが、そんな外部の民との混血だからこそ、月の瞳を持って生まれる事が出来たとするならば、もうこれはどうしようもない、皮肉な運命の悪戯なのでしょうなあ。
いやはや、どうしようもない悲劇ですなあ、実に愉快な悲劇だ、父親と母親が禁忌の縁で結ばれたばっかりに、生涯の不幸を背負う事になってしまったのですから。
もし父親と母親が出会っていなければ、母親は故郷を離れる事も無かったろうが、それでは姉は生まれないのだから、根本的にそんな恩恵は受けられないと言う訳だ。
ああ、どちらにせよ不遇を背負うべくして、選ばれた者だけが持つ特権である月の瞳を、不幸の象徴として与えられてしまうとは、何と呪われた運命なのでしょうねえ。
その無用だった力の矛先は自分が取り上げた実の弟で、それも怨恨に因って、残り僅かな人生を費やしてまで捜し求めて殺しに行くとは、どれだけ非道な振る舞いなのかと、貴殿は思いませんか?
たとえそれが勘違いであったと気づいたとしても、殺した後では後の祭り、起こしてしまった現実は取り消す事は出来ず、どれだけ悔やんでも罪は消えやしないのですよ、全く言葉を失いますなあ」
苦笑しながらそう語った“嘶くロバ”は、私の方を興味深そうに眺めながら一度言葉を切ると、勿体ぶった様な態度を取りつつ、私へと挑む様に問いかけて来た。
「おや? 雪だるま卿、もしや吾輩の今の言動が、お気に召しませんでしたかな?
何やらとても不機嫌な御様子、と言うよりも、吾輩に対して苛立ちを向けられている様にも見えますぞ。
吾輩が何か間違った事を申しているのであれば、どうぞご指摘を、直ちに訂正して謝罪致しましょう」
“嘶くロバ”はわざとらしく片手を耳に当てて、私からの反論を聞く様な素振りをしていたが、私はその挑発には乗らずに何も言い返す事はせずにいた。
私からの反論が無いのを半ば無念そうにしつつも、その反面、反論出来る筈が無いと踏んでいたのか、納得した様子で薄ら笑いを浮かべる紳士は、貴重な調査の機会を逸したと言う、私に対する罰を与え終えた様で表情を戻すと、これ以上はこちらの感情を逆撫でする言論は無く、話を締め括った。
「色々と苦言とも取れる事を申しましたが、これは別に貴殿が憎くて言っておるのではありません、我が同志として目の前の事象に囚われて本質を見誤らないで頂きたいからこそ、この様な発言をしておるのですぞ。
どうあっても貴殿は召喚者へと肩入れし、強い感情移入や同情的であるその姿勢が、どれだけ間違っていると咎めても御理解頂けない、だから敢えてこの様な癇に障る苦言を呈したのです。
この様な彼奴等の寸劇に惑わされて向こうのいい様に感化されてしまい、肝心な本質を看破出来なくされている、それを何よりも吾輩は恐れているのですよ、雪だるま卿。
吾輩に対する貴殿の認識が、疑念と不信に満ちた時こそ、これを齎した者の望む状況であるのですから、最低限そこのところだけは肝に銘じておいて頂きたい。
吾輩の方での、今の状況を打破する手段の解析もそれなりに進んでおるのですから、その点も踏まえて頂き互いに協力し合い、是非とも共に元の世界へと戻ろうではありませんか、それでは、また近いうちに」
こうして、“嘶くロバ”は消え去った。
彼が消えた後、私は再び彼の発した諌言について、考えていた。
“嘶くロバ”の強い叱責は、自分が確認したいと願っている機会を、私が逃した事に因る苛立ちも混じって生じたものであるのは、直ぐに理解していた。
今の私の信念としているのは、召喚者の願望を達成する事であり、召喚目的が実のところ正しいのか間違っているのか、或いは善行なのか悪行なのかの判別は出来ず、埒が明かないのでそれは考えてはいない。
この、召喚目的の判別が出来ないと言う考えは、ロバの紳士も同様だがその結果として実行する事は真逆で、彼の場合は召喚者も含めて全てをより悪い方へ、より不幸な結末へと導いて、向こう側の人間を滅ぼすべく努力している。
己に信念を持てずにいるが故に、善悪に変わらず常に召喚者側へと立ち、それに従い遂行する私と、己の価値観を信じて善悪に拘わらず破滅を求める“嘶くロバ”、果たしてどちらが正しいのか、私には判断が出来ない。
紳士の推測通りなら、私のやっている神たる振る舞いは表面的な偽善でしかなくて、いやそれどころか、自分の首を絞め続けているだけの、とんでもなく愚かしい行為となるだろう。
だからと言って、次々と現れる人間達を、独善的な推測を盾にして平然と全て踏み躙ると言う行為には、どうしても理性が拒絶してしまう。
向こう側の世界の悪意を語る紳士の言葉には、私が完全に納得出来るだけの、全うな確証が欠けているのもあり、彼の行動原理には賛同し兼ねる。
だが、確固たる確証は無いのだが、この件を紳士へと問い質すのは躊躇いがあった。
今までも“嘶くロバ”はこの件だけはひたすら感情論に走り、論理的な解説をした事が全く無いと言う事実が、これ以上追求すべきではないと感じる理由なのかも知れない。
だから彼の言動がこの反感的な感情論に帰結していると、私の態度はどうしても曖昧になってしまう。
こう言った行動に対する迷いが、彼の再三にわたる忠告や警告、若しくは苦言に対して反論に転じられない理由だった。
しかしそれだけで反論を控えた訳では無く、彼の指摘にあった召喚者への感情移入が過ぎると言うのは、思い当たらない訳では無いと感じていた。
今回の召喚ではそれは一際強く、母親から受け取った形見の腕輪があの召喚を引き起こす事になり、その手で取り上げて小さな胸に抱いていた弟を、将来自らの手で殺す事になるのかと思うと、その姉の心情を慮って実に居た堪れない思いであった。
この時に赤ん坊であった弟には罪は勿論無かった筈で、父親と死別した時も未だ幼い子供でしかなかったのだから、死んで行った父親を蔑ろにする術など持ち得ないだろう。
かつて最後に見た姉の態度からして、姉や私の知らぬ弟の人生の中で何かがあって、姉との再会時に決定的な亀裂を生じたと言うよりは、両者の認識に何らかの齟齬があった事に、姉は全てが終わった後に気づいた様に思えたのだが、私の気の所為だろうか。
こうした疑問も、やはり予想した通り“嘶くロバ”からは、良い情報を得る事は出来ずに終えた。
私としては、あの姉弟に想い入れを持ってしまうのは、たとえそれがこちらを欺く為の芝居であって騙されているのだとしても、人間の心情としては感化され同情の念を抱くのは、正しい事では無いかと捉えている。
だから彼の指摘は正しいと認めるが、私の感情も又、間違いではないと自負している。
紳士は皮肉として言ったのだろうが、またこれからの召喚に於いて、彼等からの呼び出しも有り得るのではないかと、半ば期待を抱きつつ、私は眠りについた。
第十三章はこれにて終了、
次回から第十四章となります。