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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十三章 誕生と離散
57/100

第十三章 誕生と離散 其の一

変更履歴

2011/03/27 語句修正 碧玉 → 翠玉

2011/07/01 誤植修正 今だ → 未だ

2011/11/27 誤植修正 位 → くらい

2011/11/28 記述修正 細長い木片が連なる首飾り → 小さな青い珠が規則的に埋め込まれた細長い木片が連なる首飾り

2011/11/28 記述修正 木製の腕輪を嵌めている → 緑色の珠が一定の間隔で埋め込まれた木製の腕輪を嵌めている

2011/11/28 記述修正 納まってしまう → 収まってしまう

2011/12/12 誤植修正 して見たが → してみたが

2012/02/16 誤植修正 家の中に入る人間が → 家の中に居る人間が

2012/02/16 句読点調整

2012/02/16 詠唱部整形

2012/02/16 記述修正 救い、給、え…… → 救い、給え……

2012/02/16 記述修正 時折聞こえる薪が爆ぜる小さな音と → 薪が爆ぜる短く鋭い音と

2012/02/16 記述修正 壁や窓を打つ暴風雨の音だった

2012/02/16 記述修正 感覚が一切感じられない点から → 感覚が全く無い点から

2012/02/16 記述修正 肉体が無いのではと推測した → 肉体が無いのであろうと推測した

2012/02/16 記述修正 数々の調度品が、整理されて配置されている → 調度品が並んでいる

2012/02/16 記述修正 生活感がある場所だ → 生活感がある場所だった

2012/02/16 記述修正 扉以外には壁に扉も無く → 扉以外に出入り口は無く

2012/02/16 記述分割 壁に一つずつと、一つの窓の所には → 壁に一つずつあった。片方の窓の所には

2012/02/16 記述修正 食器棚とタンスや粗末なベッドが一つずつと → 食器棚やチェストと粗末なベッドがそれぞれ一つずつと

2012/02/16 記述分割 立てかけられていて、その上には屋根裏部屋があって → 立てかけられている。その梯子の上には屋根裏部屋があって

2012/02/16 記述修正 この声、それにこの召喚を行った女の容姿 → この召喚を行った女の容姿

2012/02/16 記述修正 あの時の弟に → 奇跡の代償に大火傷を負った幼い子供に

2012/02/16 記述修正 倒れている小さな娘の髪の色 → 倒れている小さな娘の髪の色と女の声

2012/02/16 記述修正 以前の召喚で見た修道女を → 報復で死闘を演じた女を

2012/02/16 記述修正 緑色の珠が一定の間隔で → 赤い珠が一定の間隔で

2012/02/16 記述削除 手にしている腕輪と良く似た、

2012/02/16 記述移動 かつて修道女の娘が腕にしていた腕輪と同じ様な、

2012/02/16 記述修正 かつて修道女の娘が → 赤い珠の腕輪は、かつて修道女の娘が

2012/02/16 記述修正 腕輪と同じ様な、 → 腕輪と同じ様に見える。

2012/02/16 記述修正 そして右の二の腕には、 → そして右の二の腕には、首飾りと同様の装飾がされた、

2012/02/16 記述修正 赤い珠が一定の間隔で埋め込まれた、木製の腕輪を → 赤い珠が並んでいる木製の腕輪を

2012/02/16 記述削除 勿論、姉弟が二人だけとは限らないが~

2012/02/16 記述修正 他の器での召喚時の状況を考えると、意思の疎通は只でさえ → 只でさえ意思の疎通は

2012/02/16 記述修正 姿ですらないこの器では → 姿ですらない翠玉の大樹では

2012/02/16 記述修正 確か翠玉の大樹には → 記憶に因れば翠玉の大樹には

2012/02/16 記述修正 思い出せないか、どちらかの様だ → 思い出せないかのどちらかの様だ

2012/02/16 記述修正 ここはもう仕方が無い → 思い出せないものはもう仕方が無い

2012/02/16 記述修正 折角のこの機を → 折角の好機を

2012/02/16 記述分割 容易だろうとは思ったが、果たしてそれだけで → 容易だろうと思える。だが果たしてそれだけで

2012/02/16 記述修正 生命の力を注ぎ込んだ → 命の力を注ぎ込んだ

2012/02/16 記述修正 母親はそれを持っていないか、切らしたのか → 母親はそれを切らしてしまい持っていないか

2012/02/16 記述修正 全てタンスや食器棚に → 全てチェストや食器棚に

2012/02/16 記述修正 五歳程度の大きさの子供は → 五歳程度に見える子供は

2012/02/16 記述分割 身動き一つしていないのと、一階のベッドに → 身動き一つしていない様に見える。更に一階のベッドでは、

2012/02/16 記述修正 体を丸めて横たわる女は → 体を丸めて横たわる女の

2012/02/16 記述修正 女の体に掛けられている → 女の体に掛かった

2012/02/16 記述修正 荒い呼吸をして喘いでいるのが判った → 荒い呼吸で喘いでいるのが判った

2012/02/16 記述修正 腕輪と同様の装飾を施された、小さな青い珠が規則的に埋め込まれた → 小さな青い珠が規則的に埋め込まれている、精巧な細工が施された

2012/02/16 記述分割 首飾りをしており、こちらは幼い弟の父親が → 首飾りをしていた。こちらは幼い弟の父親が

2012/02/16 記述移動 こちらは幼い弟の父親が~

2012/02/16 記述修正 こちらは幼い弟の父親が → 青い珠の首飾りは幼い弟の父親が

2012/02/16 記述修正 更に胸の上にある両手で → 更に胸の上には

2012/02/16 記述修正 木製の腕輪を握り締めて → 木製の腕輪を両手で握り締めていて

2012/02/16 記述修正 更に胸の上には、以前に幼い子供の命を取り留めた際に力を発していた、右の腕の物と良く似た → 更に胸の上には右の腕の物と良く似た、以前に幼い子供の命を取り留めた際に力を発していた、

2012/02/16 記述削除 精巧な細工の施された、

2012/02/16 記述削除 以前に幼い子供の命を取り留めた際に力を発していた、

2012/02/16 記述修正 それは薄っすらと緑色に輝いている → この腕輪は今も緑の珠が強く輝きを放ち、腕輪全体も薄っすらと緑色に光っている

2012/02/16 記述修正 私は修道女の姉に殺された弟の出生の瞬間に → 私は弟の出生の瞬間に

2012/02/16 記述修正 状況は異なれども → 状況は異なれど

2012/02/16 記述修正 相当に弱っていると言えるだろう → 相当に衰弱していると言えるだろう

2012/02/16 記述修正 光の群れが瞬きながら → 光の群れが

2012/02/16 記述修正 目の前に天の川の様な光の帯を作り出しながら → 互いに戯れる様に飛び交う光の帯となって

2012/02/16 記述修正 今度は妊婦へと向けて → 直ぐさま今度は妊婦へと向けて

2012/02/16 記述修正 全く光が定着せずに → 殆んど光が定着せずに

2012/02/16 記述分割 離れて消えてしまって、定着した光も → 離れて消えてしまう。また僅かに定着した光も

2012/02/16 記述修正 光の点へと変わってしまう → 光の点へと変わってしまった

2012/02/16 記述修正 その言葉に対して拒絶は出来ない → その言葉に対して逆らう事は出来ない

2012/02/16 記述修正 娘へと宙を漂い → 娘へと宙を飛び

2012/02/16 記述修正 取り上げる役を → 取り上げる役目を

2012/02/16 記述修正 現状況で取れる → 現状で取れる

2012/02/16 記述修正 それに私には → 私には

2012/02/16 記述修正 うめき声が聞こえてきて → 呻き声が聞こえてきて

2012/02/16 記述修正 胎児の生命力が輝きを取り戻すに従い → 胎児の回復に伴って

2012/02/16 記述修正 これは胎児が蘇った事で → これは胎児が息を吹き返した事で

2012/02/16 記述分割 作り出しながら進んで行って、 → 作り出しながら飛んでいく。そして胎児のところへと

2012/02/16 記述修正 私が作り出した強い生命の光は → 私が作り出した強い命の光は

2012/02/16 記述修正 緑色の宝石の様な半透明の緑色の石が → 宝石の様な半透明の緑色の石が

2012/02/16 記述分割 点滅を繰り返していて、光点の数としては → 点滅を繰り返していた。光点の数としては

2012/02/16 記述修正 たしかこの器は → 確かこの器は

2012/02/16 記述修正 呼びかけを行って見るが → 呼びかけを行ってみるが

2012/02/16 記述修正 会話が通じるのなら → 会話が通じるのなら、逸早く現状を把握出来るし、それに

2012/02/16 記述削除 私の声、或いは思念は~

2012/02/16 記述修正 まず、私が現れた場所を → まず手始めに私が現れた場所を

2012/02/16 記述修正 熱を帯びている → 熱を帯び

2012/02/16 記述修正 無事に生命の力である → 無事に命の力である

2012/02/16 記述修正 癒すのにも成功したらしく → 癒す事も出来た様で

2012/02/16 記述修正 いやそうでは無くて → いやそうでは無く

2012/02/16 記述修正 この緑色の光が残る命の残量を → これが残る命の残量を

2012/02/16 記述修正 かなりの衰弱をしているのでは → かなり衰弱しているのでは

2012/02/16 記述修正 大きさを考えてみるに → 椅子の大きさを考えてみるに

2012/02/16 記述修正 この家には夫婦だろうか → この家には恐らく家族であろう

2012/02/16 記述修正 住んでいるのでは無いかと思われる → 住んでいるのでは無いかと思えた

2012/02/16 記述分割 判らないのだが、妊婦は再び始まった → 判らないのだが、それを問う事は出来ない。妊婦は再び始まった

2012/02/16 記述修正 消えて行く動きとして → 消えて行く現象として

2012/02/16 記述修正 現れているのではないか → 現れているのではないだろうか

2012/02/16 記述修正 私に向かって倒れている娘の救済を優先する様にと、 → 倒れている娘の救済を優先する様に、私に向かって

2012/02/16 記述修正 妊婦の体内に見える → 妊婦の胸の

2012/02/16 記述修正 倍以上はあるが → 数倍はあるものの

2012/02/16 記述修正 妊婦の体の中心の光は、腹部の光の → 胸の光は

2012/02/16 記述修正 だが暗くはあるが → だが物理的な肉体は無くとも、暗くはあるが

2012/02/16 記述修正 室内の小さな音が → 室内の物音が

2012/02/16 記述修正 この娘の方は妊婦の言葉の通り → 娘の方は妊婦の言葉の通り

2012/02/16 記述修正 この命の光に関しての → この緑色の光に関しての

2012/02/16 記述修正 大きな椅子が二つと → 大きな椅子が二つに

2012/02/16 記述修正 意識しか無い様に思われた → 意識しか無い様だ

2012/02/16 記述修正 無秩序に吹き荒れる暴風で → 無秩序に吹き荒れる暴風に因って

2012/02/16 記述修正 悲鳴を上げている様に軋んでいる → 宛ら悲鳴の様に軋んでいる

2012/02/16 記述修正 再び命を満たす事も → 加えて再び命を満たす事も

2012/02/16 記述修正 最も厄介な状況であるのは → 一番厄介な状況であるのは

2012/02/16 記述修正 衰弱しているだけではなくて → 衰弱しているだけではなく

2012/02/16 記述修正 手も足も無く、実体は無く → 手足も無く意識しか存在しない様だが

2012/02/16 記述修正 仮死状態と化していると思われる → 仮死状態と思われる

2012/02/16 記述修正 胎児へと向けて生命の力を注ぐ → 胎児へと向けて命の力を注ぐ

2012/02/16 記述修正 見誤りそうなくらいに → 見落としそうなくらいに

2012/02/16 記述修正 薄暗くなっているのが判った → 暗くなっているのが判った

2012/02/16 記述修正 現状を打破する手段を検討する → 現状を打破する手段を考察し始めた

2012/02/16 記述修正 潰える事になったが、それで悠長に → 潰えてしまった。しかし悠長に

2012/02/16 記述修正 もうこれで間違い無いだろう → もうこれで間違い無い

2012/02/16 記述修正 子供等に与えた者だと言う事が → 与えた者だと言う事が

2012/02/16 記述修正 暖炉に火が入っていると → 暖炉に火があると

2012/02/16 記述修正 周囲を確認し始めた → 周囲に目を向けた

2012/02/16 記述修正 暗かったり少なかったり → 少なかったり暗かったり

2012/02/16 記述修正 象徴では無い事を表しているのではと思えたからだ → 象徴では無いのを、端的に現しているのだと思えたからだ

2012/02/16 記述修正 今ここはその故郷では無いか → だとするとここはその故郷では無いか

2012/02/16 記述修正 私は胎児とは異なるこの反応を → 胎児とは異なるこの反応を

2012/02/16 記述分割 意思を交わす事が出来たが、蒼玉の女王の時は → 意思を交わす事が出来ていた。蒼玉の女王の時は

2012/02/16 記述修正 緋玉の王として → 他の器での召喚時の状況を思い返すと、緋玉の王として


私は暗闇の中にいる。

目の前には、粘膜の様な色合いをした、熱を帯び微妙に蠢く、弾力のある肉のトンネル。

私は、若干狭いその道をもがきながら、奥へと進んでいく……




まず最初に視界に入って来たのは、薄暗い部屋の中を中央から見下ろしている、そんな風景で、それと同時に聞こえるのは、薪が爆ぜる短く鋭い音と、不規則な人間の寝息らしい音、それから壁や窓を打つ暴風雨の音だった。

外は相当に激しい嵐の様で、無秩序に吹き荒れる暴風に因って、窓や扉が宛ら悲鳴の様に軋んでいる。

しかしそれ以外には物音は聞こえず、また動き回っている様な物も、この室内には見当たらない。

この時点で私は、瞼を開くと言う動作を意識せずに周囲が見えている点と、真下にテーブルがあるがそこに視界を阻む肉体は見えず、体の部位に対する感覚が全く無い点から、自分に物理的な肉体が無いのであろうと推測した。

だが物理的な肉体は無くとも、暗くはあるが室内の様子が把握出来ている事と、室内の物音が聞き取れた事に因り、人間並みの視覚と聴覚は保持しているのを理解した。

体の部位に関しては、念の為もう一度確認してみたが、前の召喚の様に感覚的には存在している等と言う事も無くて、やはり今回は本当に何も無いらしい。

霧状の肉体すら見えないところを見ると、今回は完全に意識しか無い様だ。

自分自身の確認が早くも行き詰ったところで、改めて私は周囲に目を向けた。

まず手始めに私が現れた場所を確認すると、そこは古びた小屋の様な家の中であった。

だがそこは良くありがちな廃屋では無く、日々の生活に必要となる調度品が並んでいる、狭いながらも生活感がある場所だった。

今は夜の様で室内は暗いが、暖炉には薪が静かに燃えていて、室内は十分に暖かくしてあるらしい。

薪が燃える暖炉には鍋が掛かっていないので、調理をしている訳でも無いのに暖炉に火があると言う事は、恐らくこの地の今の季節は寒いのであろうかと、私は推測していた。

この家にはどうやら部屋は一つしか無い様で、外へと通じる玄関の扉以外に出入り口は無く、罅割れた曇り硝子の小さな窓が、扉の無い向かい合わせの壁に一つずつあった。

片方の窓の所には小さな炊事場があり、後は窓も扉も無い壁に並んだ、古惚けた食器棚やチェストと粗末なベッドがそれぞれ一つずつと、長い梯子が立てかけられている。

その梯子の上には屋根裏部屋があって、ここにも干草に黄ばんだ布を被せただけの簡単な寝床があった。

部屋の中央にはそれほど大きくない、少し傾いでいる染みだらけのテーブルと、不揃いな背凭れの無い大きな椅子が二つに、それよりは低い椅子が一つ置いてある。

椅子の大きさを考えてみるに、この家には恐らく家族であろう、大人が二人と子供が一人住んでいるのでは無いかと思えた。

生活している空間にしては、随分と綺麗に片付いていると言う印象を持ったのだが、それは単に物が極端に少ないだけで、細かな物が全てチェストや食器棚に収まってしまう程度しか無いのだろうから、決して裕福とは言えない家庭らしい。

こうしてひと通り家の中を見渡して、物音が殆んどしていないのは、家の中に居る人間が眠りについているからであったが、その状況は平穏ではないのは一目瞭然だった。

娘であろうか、長い黒髪をした五歳程度に見える子供は、一階のベッドとテーブルの間で床にうつ伏せの状態で倒れていて、身動き一つしていない様に見える。

更に一階のベッドでは、こちらに背を向けて体を丸めて横たわる女の体に掛かった、染みと継ぎ当てだらけの色褪せた毛布が不規則に動いている事から、寝息と間違う様な荒い呼吸で喘いでいるのが判った。

人間の姿はこの二つしか見えず、この狭い屋内には隠れる場所すら存在しないから、どうやら父親は不在らしい。

召喚者はこのベッドに横たわる女であろうか、僅かに見えている首や頬辺りの肌は、死人の様に血の気が無く青白くて、長さは判らないが後頭部から見えている癖の無い髪は、この暗さでも金髪なのが見て取れる。

私が女の方を見ていると偶然だろうか、女は横向きだった体を仰向けにしたと同時に目を開き、まるでこちらが見えているかの様に私と視線を合わせた。

暖炉の炎に照らされてなお、死者の様に白いと判るその顔は、苦痛に歪んでいると言うよりは、もう既に意識も混濁していて死に掛けている様にさえ見える。

そんな状態であっても、その目は澄んだ青い瞳をしていて、この姿はどこかで見覚えがあるような気もすると考えていると、女の声が私へと届いた。




「……命を司る、翠玉の大樹よ、我が願いを、聞き、給え。

 その命を導く力で、どうか、我が願いを、叶え給え。

 私の、子供達の、命を、救い、給え……

 我が、娘と、新たなる、命を……」

女の声は小声で途切れがちではあったものの、私の元にはしっかりと内容が判る言葉で聞こえて来た。

私の今回の器は、翠玉の大樹なのか、これは過去に何度と無く聞いた名前だ。

この召喚を行った女の容姿、これは奇跡の代償に大火傷を負った子供に良く似ているし、倒れている小さな娘の髪の色と女の声、これは報復で死闘を演じた女を髣髴とさせる。

今目の前に居る召喚者が修道女の娘の母親だとすると、今の言葉にあった新たなる命とは、姉に殺された貿易商の弟の事だろうか。

この後女が再度身動ぎして、掛けていた毛布が体から落ちた際に、女の体の全体が見えて私は状況を理解した。

まず、長い金髪の髪がうねる女の首元には、小さな青い珠が規則的に埋め込まれている、精巧な細工が施された細長い木片が連なる首飾りをしていた。

そして右の二の腕には、首飾りと同様の装飾がされた、赤い珠が並んでいる木製の腕輪を嵌めている。

更に胸の上には、右の腕の物と良く似た木製の腕輪を、両手で握り締めていて、この腕輪は今も緑の珠が強く輝きを放ち、腕輪全体も薄っすらと緑色に光っている。

青い珠の首飾りは幼い弟の父親が、私を蒼玉の女王として召喚した時の物に間違い無い。

赤い珠の腕輪は、かつて修道女の娘が腕にしていた腕輪と同じ様に見える。

緑の珠の腕輪は恐らく、以前に幼い子供の命を取り留めた際、力を発していたものだろう。

もうこれで間違い無い、この女こそが修道女の姉と貿易商の弟へと、魂を封じた強力な装身具を与えた者だと言う事が。

しかし現状はそれだけではなく、先程は向こう側を向いていたから気づかなかったのだが、女の腹は細い上半身や足と吊り合いが取れない程、大きく膨らんでいた。

つまり女は臨月の妊婦で、恐らくは破水しているのだろう、ベッドの上は女の腰を中心にして、羊水だろうか、大きな濡れた様な染みが広がっているのが見えた。

倒れている子供は一人だけで、その容姿からは修道女の姉と酷似しており、弟の姿はこの家の何処にも無い。

これはつまり、今まさに弟は生まれるところで、私は弟の出生の瞬間に呼び出されたと言う事だろうか。

しかし単純に感動的な場面では無いのは、私がここに居る事が何よりの証拠だろう、現に妊婦や子供の様子は明らかにおかしい。

もし直接何かしらの形で会話が通じるのなら、逸早く現状を把握出来るし、それに今までの召喚での出来事は未だ起こる前であろうが、それに起因する謎も幾つかは解明出来るかも知れない。

他の器での召喚時の状況を思い返すと、緋玉の王として召喚された時は、修道女の姉と一体化して意思を交わす事が出来ていた。

蒼玉の女王の時は、幼い弟には根本的に言葉が通じなかったかも知れないが、それ以前に気配だけしか判ってはいなかった筈だ。

只でさえ意思の疎通は難しいと思えるのに、そもそも人間の姿ですらない翠玉の大樹では、意思が通じる可能性は極めて低そうだと感じた。

大樹の姿を持つと言う事は、この器は人間の形をしている他の二柱と異なり、声を発したりして会話をする象徴では無いのを、端的に現しているのだと思えたからだ。

でも若しかすると、通じるかも知れないと微かな期待を込めて、私は妊婦へと呼びかけを行ってみるが、やはり返答は返って来ない。

これでこの妊婦に直接何かを問うのは不可能なのが判明し、私の中の大きな望みが潰えてしまった。

しかし悠長に落胆していられる程余裕は無く、すぐに先程の妊婦の言葉と自分の記憶から、現状を打破する手段を考察し始めた。

妊婦は私に対して、翠玉の大樹と間違い無く言っていた。

命を司る翠玉の大樹ならば、生ける者の生命力を知る事も可能であろうか。

私は過去の記憶から、“嘶くロバ”の解説を思い出しながら、翠玉の大樹の能力を確認する。

確かこの器は妊婦の言う通り、生物の命や誕生を司る神だった。

私の力では無かったが、まだ幼い弟の命を救っていたのも目撃したのだから、それは間違い無いだろう。

与える事と奪う事が出来るのであれば、それを量る事も出来ない事は無い筈だ。

私はそう信じて糧を変換しつつ、ここに居る人間達の命の残量を確認する作業へと入った。




私はまずベッドの妊婦へと向けて、それを確認すべく糧を消費して力を使ってみる。

すると妊婦の体が段々と半透明になり、体の中の数箇所に緑色の光が集まっているのが見え始めた。

その緑の光の集合は、妊婦の体の中心である心臓付近と、腹部の二箇所に集中しているのが見えていた。

正しい事は判らないものの、何となく体積の割に密度が非常に少なく、腹部の光と比べて胸の光は一割程度しか無くて、光の粒も数える程しか見えていない。

一方下腹部の光に関しては、既に多くが消えてしまったのか、輝度が相当に低くて、光っているのかどうかすら見落としそうなくらいに、暗くなっているのが判った。

この後で倒れている子供も見てみると、こちらも一見光点は少ない様な気がしたのだが、暫く見ていると光の粒がゆっくりと点滅を繰り返していた。

光点の数としては、妊婦の胸の光の数に比べると数倍はあるものの、一つ一つの光の輝度は常に明暗を繰り返していて、暗くなった時には今にも消えそうな明るさしかなかった。

三者に見えた緑色の光点は、少なかったり暗かったり点滅していたりと、何らかの症状を表しているに違いない相違を見せていた。

これが残る命の残量を表しているとすれば、最も暗かった妊婦の腹に集まる光点は、胎児の命を表していると思われ、その状態は今やかなり衰弱しているのではないかと、私は危惧した。

この緑色の光に関しての正確な情報が、ロバの紳士との会話に無かったか、今までの召喚でこれに関して触れていた会話が無かったかを、私は必死で思い返してみた。

記憶に因れば翠玉の大樹には、宝石の様な半透明の緑色の石が嵌っていて、その中には光が灯っていた筈だ。

その光は世界全体の生命を表していて、消えれば世界は滅ぶ、そう云われていた気がする、いやそうでは無く樹が枯れたらだったか。

しかしどちらにせよ、それ以上の説明を聞いた記憶は無く、生物の中に見える光の形状が何を表すかは、やはり聞いていないか思い出せないかのどちらかの様だ。

思い出せないものはもう仕方が無い、ここに居る人間達の状態を何とか判断して、推測を立てるしか無いらしい。

私はまず糧の供給元を手繰ると、それは妊婦が胸の上に両手で持っている、緑色に輝く腕輪であるのを確認出来た。

そこから供給される糧の力は相当に強く、これならばそれなりに糧が多く必要と思える作業でも、実現可能かも知れないと思えた。

今の私の器には手足も無く意識しか存在しない様だが、元が大樹なのだから動作を行わなくとも、きっとその力を使えるのだろうと信じて、私はまず最初にもう既に仮死状態と思われる、まだ母親の体内に居る胎児へと向けて命の力を注ぐ。

すると、私の視界の中央付近から正視出来ないくらいに眩しい、雨に濡れて輝く新緑にも似た、鮮やかな緑色の光の群れが湧き出して来た。

これが本来の命の光の強さだとするなら、妊婦も胎児も娘も、状況は異なれど皆何かしらの理由で、相当に衰弱していると言えるだろう。

私が作り出した強い命の光は、妊婦の膨れた腹へと向かって、互いに戯れる様に飛び交う光の帯となって飛んでいく。

そして胎児のところへと到達すると、僅かに残っていた光の集合と混じり合い、次第に消えかかっていた光の輝度が強まり、輝きを取り戻して行く。

それと同時に、半透明に見える胎児の体全体にも、腕輪と同じ様な緑色の光を発し始めていて、きっとこれが健康な状態を示しているのだろうと、私は推測した。

胎児の回復に伴って、衰弱して意識を失ったかの様に、無反応になっていた妊婦から呻き声が聞こえてきて、これは胎児が息を吹き返した事で、母親としての本能が目覚めさせたのではないかと、私は感じた。

折角の好機を逃さない様に、直ぐさま今度は妊婦へと向けて力を注いでみるが、胎児と比べると殆んど光が定着せずに、風に吹かれる砂粒かの様に命の輝きは集合から離れて消えてしまう。

また僅かに定着した光もその輝度は保てずに、すぐに他の光と同じく、暗くぼんやりとした光の点へと変わってしまった。

胎児とは異なるこの反応を、どう言う事なのかと考えつつも、とりあえず一定量の生命力を維持させるべく、暫く命の光を注ぎ続けてみたが、やはり放出を弱めた途端に光は薄れて拡散し、光の集合も輝度も維持出来ない。

これは単に体が衰弱しているだけではなく、根本的な原因が別にあるのではないかと疑い始めていた時、妊婦から声が聞こえて来た。

「……翠玉の大樹よ、私には、何をしても、もう間に合いません。

 これは、あの時に定められた、運命ですから、

 それを、救って欲しいとは、望みません。

 私には、この子を、産む力さえあれば、それで十分です。

 ですから、私より、娘の、病を……」

意識を取り戻した妊婦は、倒れている娘の救済を優先する様に、私に向かって祈願してきた。

この発言から考えても、自分の体がもう長くは持たない事を、どうやら当人も自覚している様だ。

そして言葉の意味を踏まえれば、妊婦の光の粒の数は、その生物の寿命を表していると言う事になる。

だとすれば、倒れている娘の光の粒の数は、点滅しているもののまだ多く残っているから、胎児と同様に消えかけている命を与えられると言う事か。

しかしそうは言っても、母親の消耗こそが最も酷く、加えて再び命を満たす事も出来ないと言う、一番厄介な状況であるのは間違い無いが、この召喚者たる母親の召喚目的が子供達の救済である以上、その言葉に対して逆らう事は出来ない。

そこで私は、揮発するかの様に散って消えてしまう分の生命力を、母親へと注いだままで、倒れている子供へと意識を向けた。

娘の方は妊婦の言葉の通り、病に因る物であるならば、母親とは違って命の力を充填してやれば、回復させるのは容易だろうとは思える。

だが果たしてそれだけで、患っている病の治癒までが可能なのかと言う疑問も残ったが、今はとにかく回復させなければならないと考えて、私は娘の体へと目掛けて命の力を注ぎ込んだ。

眩しい程に煌々と煌めく緑色の光は、妊婦や胎児の時と同様に私の元から娘へと宙を飛び、娘の体へと流れ込んで行く。

こちらは胎児よりは僅かに定着率は低いものの、無事に命の力である緑色の光を注ぎ込むのに成功し、どうやら病も同時に癒す事も出来た様で、点滅し続けていた仄かな光の集合は、次々と強く光り続ける様に変化を見せた。

これで暫くすれば、この子供も意識を取り戻す筈だと安堵したが、ここで一つ気になったのが、胎児の弟も倒れている姉も、度合いは少ないながらも母親と同様に、光の粒がほんの少しずつではあるが、体から離れて行くのだ。

かつて“嘶くロバ”から聞いた話では、この部族は先天的な肉体の欠陥を持っていて、その命を維持する為には、故郷を離れられないと語っていた筈だ。

だとするとここはその故郷では無いか、或いは母親は延命の為の何かを摂取する事が出来ずに、力尽きようとしているのではないか。

それが、この光の粒が体から離れて消えて行く現象として、現れているのではないだろうか、私にはそう思えた。

確かこの姉も体を蝕まれていて、母親から貰っていた薬で命を繋いでいた筈だが、母親はそれを切らしてしまい持っていないか、それとも飲み続けるとその内に効かなくなるかしてしまい、もう補えなくなっていて、寿命を縮める結果に繋がったのであろうか。

その答えは母親に尋ねなければ判らないのだが、それを問う事は出来ない。

妊婦は再び始まった陣痛の痛みに呻いて耐えつつ、未だ倒れている娘へと声を掛けている様子からして、娘が目覚めるのを待っている様だ。

どうやら赤子を取り上げる役目を、未だ幼い娘に託そうと言う心算らしい、現状で取れる苦肉の策なのだろうが、こんな幼い子供にそんな大役を任せて、果たして大丈夫なのだろうかと不安を感じる。

父親は未だこの時代には生きている筈なのだが、私がここへ呼ばれてから一度も見かけていない。

一体何処へ行っているのかと、私が訝しんでいた時、ついに娘が意識を取り戻したらしく、その小さな体が動き出した。





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