第十二章 キマイラ3 其の三
変更履歴
2011/11/22 誤植修正 位 → くらい
2011/12/11 誤植修正 して見せると → してみせると
2012/02/10 誤植修正 その理屈は創造しきれず → その理屈は想像しきれず
2012/02/10 誤植修正 作り出せ命じられて → 作り出す様に命じられ
2012/02/10 誤植修正 儂に変わって → 儂に代わって
2012/02/10 誤植修正 如何なる物もかなぐり捨ててでも → 如何なる物をかなぐり捨ててでも
2012/02/10 誤植修正 其れらさえ叶いえば → 其れらさえ叶えば
2012/02/10 誤植修正 此れを用いさえれば → 此れを用いさえすれば
2012/02/10 誤植修正 儂が今回、儂に代わってあの子供達を守る存在を作りたいのです → 儂が作りたいのは、儂に代わってあの子等を守る存在であります
2012/02/10 誤植修正 百体程度でしか → 百体程度しか
2012/02/10 誤植修正 匿っておられるのは → 匿っていられるのは
2012/02/10 句読点調整
2012/02/10 記述修正 かえって疑問は深まるばかりであった → 幾ら考えても疑問は深まるばかりであった
2012/02/10 記述修正 小さな動物や虫が入った箱が → 小さな動物や、魚類が入った箱が
2012/02/10 記述修正 体つきの良い男達が → 体格の良い男達が
2012/02/10 記述修正 地獄其のもので有りました → 地獄其の物で有りました
2012/02/10 記述修正 貴族達の意向に従う事、と言う物で → 貴族達の意向に従う事で
2012/02/10 記述修正 其の条件として成功した際に、 → 其の条件として
2012/02/10 記述修正 作り出した物の所有権は全て貴族達が持ち、新たに作り出す物についても貴族達の意向に従う事で → 作り出す物については貴族達の意向に従い、作り出した物の所有権は全て貴族達が持つ事で
2012/02/10 記述修正 儂は一年後に → 一年後に
2012/02/10 記述修正 取引を致しました → 儂は取引を致しました
2012/02/10 記述修正 そんなおぞましい成れの果てでも → 更にそんな悍ましい成れの果てでも
2012/02/10 記述修正 契約を振りかざして → 契約を振り翳して
2012/02/10 記述修正 其れらは自分の命を守る為に → 其れ等は自分の命を守る為に
2012/02/10 記述修正 大変非道な行為をしたと → 大変非道な行為であったと
2012/02/10 記述修正 後悔しております → 深く後悔しております
2012/02/10 記述修正 御見せ致した様な → 先程御見せ致した様な
2012/02/10 記述修正 不具、多肢、無頭、多頭 → 不具・多肢・無頭・多頭
2012/02/10 記述修正 そんな事をしたら死なせるだけだと → そんな事をすれば死なせるだけだと
2012/02/10 記述修正 止める儂の言葉に耳を貸さず → 止める儂の言葉にも耳を貸さず
2012/02/10 記述修正 契約破棄の代償として → 契約破棄の賠償として
2012/02/10 記述修正 研究資金の一部を支払いました → 嘗て援助された額とは比較にならぬ程の大金を支払いました
2012/02/10 記述修正 衣服を着る事を → 衣服を着る事すら
2012/02/10 記述修正 生き残った化物達が → 生き残った者達が
2012/02/10 記述修正 殺されるのが落ちなのは → 殺されてしまうのは
2012/02/10 記述修正 もし其れが → 若し其れが
2012/02/10 記述修正 もはや思い残す事は → 最早思い残す事は
2012/02/10 記述修正 儂も、子供達自身、もう自我を持っている → アステリオスやメロウ等は、誰かの世話無くして生きられはしないでしょうし、又自我を持っている
2012/02/10 記述修正 ハルピュリアや、レイミアや、センタウルは → ハルピュリア・レイミア・センタウルは
2012/02/10 記述修正 不可能だと判っておるのです → 不可能だと自覚しておるでしょう
2012/02/10 記述修正 其れまでの間だけでも → 其れ迄の期間だけでも
2012/02/10 記述修正 其れと儂が聖者では無く → 其れと儂は聖者では無く
2012/02/10 記述修正 一人の研究に全てを捧げて生きて来た、学者で → 研究に全てを捧げて生きて来た、一人の学者で
2012/02/10 記述修正 どれだけの生贄を費やしてでも → 何れ丈の生贄を費やしてでも
2012/02/10 記述修正 後を振り向いた → 後ろを振り向いた
2012/02/10 記述修正 白い目で見られはしていたが → 白い目で見られながらも
2012/02/10 記述修正 新王の統治に変わった途端 → 現国王の統治に代わった途端
2012/02/10 記述修正 唆されて懐柔されてしまい → 唆され懐柔されてしまい
2012/02/10 記述修正 処罰する様に命じました → 処罰する様に命じたのです
2012/02/10 記述修正 儂の家族も儂以外は全て捕らえられて、処刑されました → 儂の一族も其の例に漏れず、儂以外は全てが捕らえられ、処刑されております
2012/02/10 記述修正 ひたすら繰り返して → 只管繰り返して
2012/02/10 記述修正 世代交代を繰り返す事に因って → 世代交代を重ねる事に因って
2012/02/10 記述修正 変わって行く事の検証となるのですが → 変わって行く事を検証しなければならなかったのですが
2012/02/10 記述修正 従う気などさらさら無く → 従う気など無く
2012/02/10 記述修正 教会の聖職者共の事を → 教会の高位聖職者の事を
2012/02/10 記述修正 象徴として建築中であった → 象徴として建築される筈であった
2012/02/10 記述修正 大聖堂を国王から与えられ、其処を研究施設へとなる様に → 大聖堂を研究施設へと
2012/02/10 記述修正 研究成果の全てを移しました → 研究成果の全てを移したのです
2012/02/10 記述修正 其の語る声の → 語る声の
2012/02/10 記述修正 懺悔かの様に語り続けていた → 懺悔かの様に語り続けた
2012/02/10 記述修正 あまりの醜悪さに → 余りの醜悪さに
2012/02/10 記述修正 と言っても過言では無く → 成果物と言っても過言では無く
2012/02/10 記述修正 罪悪感は持ってはおりませんでした → 罪悪感は持っていなかったのです
2012/02/10 記述修正 観賞用として動物の → 観賞用の動物としての
2012/02/10 記述修正 国王の観覧は → 国王からの要請よ因る観覧は、
2012/02/10 記述修正 全く予想しておらず → 全く予想出来ておらず
2012/02/10 記述修正 深い溜息を吐き出した → 深い溜息を吐いた
2012/02/10 記述修正 ハイエナの様な悪趣味な → 悪趣味な
2012/02/10 記述修正 胎児の時点か或いは → それはつまり胎児の時点か或いは
2012/02/10 記述修正 それよりも前なのか → それよりも前なのだろうか
2012/02/10 記述修正 出来るだけ残っている子供達を → 残っている子供達を出来るだけ
2012/02/10 記述修正 静かに育てようと努力しましたが → 静かに育てようと努力致しましたが
2012/02/10 記述修正 そして儂には、国王よりもっと多くの物を作り出す様に命じられ → そして儂は、もっと多くの化物を作り出す様に国王より命じられ
2012/02/10 記述修正 運営されているのではないかと思えた → 運営されているのだと確信した
2012/02/10 記述修正 キマイラの完成度について → キマイラの完成度について回想しながら
2012/02/10 記述修正 天井は → 屋根の形状は
2012/02/10 記述修正 三角形の屋根になっていて → 三角形になっていて
2012/02/10 記述修正 真っ直ぐに伸びており → 真っ直ぐに伸びていて
2012/02/10 記述修正 壊死した様な部位も無く → また壊死した様な部位も無く
2012/02/10 記述修正 各部位を動作させるのは不器用であったりはしていたが動作は正常であり → 各部位の動きにぎこちなさはあったが動作は出来ており
2012/02/10 記述修正 これ以上無い程に完璧なキマイラでは無いだろうか → 形状としてはこれ以上完璧なキマイラは想像出来ない程の完成度だった
2012/02/10 記述修正 教会の権限は縮小され → 其れに因って教会の権限も大幅に縮小され
2012/02/10 記述修正 化物の姿を模した獣を → 化物の姿を模した生物を
2012/02/10 記述修正 掛け合わせて生成しました → 掛け合わせて生成致しました
2012/02/10 記述修正 多種の動物が入った → 多種多様な動物が入れられている
2012/02/10 記述修正 檻が並べられていた → 檻が並ぶ
2012/02/10 記述修正 多少は思い出して頂けましたかな? → 多少なりとも思い出して頂けておれば良いのじゃが
2012/02/10 記述修正 頭上まで持ち上げると → 頭上まで持ち上げると手を離し
2012/02/10 記述修正 研究に全てを捧げて生きて来た、一人の学者で有ると言う点を酌んで頂ければ → 何れ丈の代価を費やしてでも自らの仮説を証明したいと望む
2012/02/10 記述修正 何れ丈の生贄を費やしてでも、自らの仮説を証明したいと言う心情も捨てられませぬ → 研究に全てを捧げて生きて来た一人の学者としての我欲も又、最後まで捨てられませぬ
2012/02/10 記述修正 富であろうと、人の命であろうと → 全ての富であろうと、万人の命であろうと
2012/02/10 記述修正 儂からの償いで有り → 儂からの手向けで有り
2012/02/10 記述修正 せめてもの手向けで有ります → せめてもの償いで有ります
2012/02/10 記述移動 若し其れが達成されるので有るのなら~
2012/02/10 記述修正 若し其れが達成されるので有るのなら → 若し其れが達成されるのなら
2012/02/10 記述修正 特別な感情は抱いていないかの様に → 特別な感情も抱いていないかの様に
2012/02/10 記述修正 其れが叶うのであれば → 其れを叶える為であれば
2012/02/10 記述修正 儂が生きている間 → 恐らく儂が生きている間
2012/02/10 記述修正 彼奴等の玩具として~、幼児程度に成長して~ → 幼児程度に成長して~、彼奴等の玩具として~
2012/02/10 記述修正 持ち出されて屍となって戻されたり → 持ち出された挙句、変わり果てた姿となって戻って来たり
2012/02/10 記述修正 其れどころか → 其れ処か
2012/02/10 記述修正 儂の要求を聞いて其れが偽りなら、一年後に処刑しても良いのではと → 刑の執行を保留し発言の真偽を確認した上で、偽りならば処刑すべきと
2012/02/10 記述修正 其れらさえ叶えば → 其れ等さえ叶えば
2012/02/10 記述修正 大量の小動物の小さな檻だった → 大量の小動物が入れられていた小さな檻だった
2012/02/10 記述修正 「そして現在、儂が次に作り出して国王へと献上する為の生き物 → 此度の儂の望みは、国王へと献上すべく作り出す新たな生物
2012/02/10 記述修正 此れを今回御協力頂いて → 此れを是非御協力頂いて
2012/02/10 記述修正 恐らくは儂の死に場所でも → 恐らくはそう遠くない儂の死に場所でも
2012/02/10 記述修正 先程までいた場所を → 先程まで居た場所を
2012/02/10 記述修正 どうやら漆喰で塗り固められているかに → 大理石で出来ているか或いは漆喰で塗り固められている様に
2012/02/10 記述修正 その結果は余り有るのでは → その成果は余り有るのでは
2012/02/10 記述修正 其れと同時に、私の視界も砕け → それと同時に私の視界も砕け
2012/02/10 記述追加 「そして国王との約束から~
2012/02/10 記述修正 教会の人間達が処刑を望む中で → 教会の人間達が即時処刑を望む中で
2012/02/10 記述修正 面倒な作業を御願いさせて頂く予定です → 少々面倒な作業をこなして頂きたく存じます
2012/02/10 記述修正 儂は処刑から逃れて → 儂は追手から逃れて
キマイラ達のいる区域から出た老学者はその後、大広間の中央側から聞こえて来る、喧騒が止まない高い仕切りの向こうへと向かって歩いて行く。
私はこの間に、今見てきたキマイラの完成度について回想しながら、改めて驚いていた。
全てのキマイラには縫合の後も一切無く、また壊死した様な部位も無く、各部位の動きにぎこちなさはあったが動作は出来ており、形状としてはこれ以上完璧なキマイラは想像出来ない程の完成度だった。
しかしこの老学者の話では、相当数を作り出した内の生き残りが、あの十体の様な口振りであったのが気に掛かりはしたが、ここまで成長するのがどれだけ低い確率であっても、その成果は余り有るのではないかと思えた。
また生成方法についても、母体から生まれたと解説していたところからすると、既に成長した生物を用いるのでは無い様であるから、それはつまり胎児の時点か或いはそれよりも前なのだろうか。
もうこうなると、学者では無い私には幾ら考えてみてもその理屈は想像しきれず、自分自身の器に対する謎の解明にも直結するだけに、少しでも早く理解したかったのだが、幾ら考えても疑問は深まるばかりであった。
私が悶々と考察をしている間にも老学者は歩みを止めずに、再び私へと語り出していた。
「さて、偉大なるマナよ、如何でしたでしょうか、前回の成果は。
此れで嘗て為しえた其の神の業を、多少なりとも思い出して頂けておれば良いのじゃが。
此の次に、今回儂が為しえたいものについて、御話し致しましょう」
そう言いつつ足を止めた所は、先程のキマイラ達の檻から、丁度檻一つ分の幅の通路を進んだ先の大部屋の奥で、そこは無数と言ってもいいくらいの、多種多様な動物が入っている檻が並ぶ、言わば生贄の倉庫だった。
こちらに並んでいる檻は、先程のキマイラ達の入っていた様な巨大な物では無く、格納されている獣が動ける程度の狭い物で、様々な種類の動物がその体格にあった大きさの檻に入れられて、かなり密集して並べられていた。
予備の生贄なのだろう、同種の動物が複数頭ずつおり、種別に分けて檻の配置が決められている様で、私から見て手前に見えているのは、大量の小動物が入れられていた小さな檻だった。
キマイラ達の檻に沿った奥の方には、棚が並んでいるのが見えていて、恐らくそこには更に小さな動物や、魚類が入った箱が並べられている様に見える。
ここにはキマイラ達の檻では見かけなかった、地下の部屋と同じくらいに白衣の男達が歩き回っていて、彼等は生贄の生物の世話をしている様だ。
ざっと数えただけでもその人数は二十人を超えており、やはりここは物理的な大きさだけでなく、大規模な研究機関として運営されているのだと確信した。
一方、通路沿いの奥にはまたしても仕切りがあり、その更に奥の方から大きな獣の鳴き声が聞こえて来る事から、大型の動物はそちらに配置されているのが判った。
「此処に居るのは、全て偉大なるマナへと捧げる為の生贄で有り、又此度の作業の為の最も重要な材料で有る、精子の抽出元でも有ります。
材料と言う意味では、此れ程多くの種類は使わぬ予定ではおりますが、前回と比べれば少々面倒な作業をこなして頂きたく存じます」
そう言うと老学者は、これ以上建物の奥には進まずに、すぐ傍にあった外へと繋がっている搬入口の様な両開きの扉を通って、建物の外へと出た。
外はかなり広い敷地で、目の前は広場の様になっていて、何かの資材の搬入だろう、数台の幌馬車が建物に寄せて止められており、体格の良い男達が白衣の男に指示されて、木箱を担いで運んでいるのが見える。
広場は馬車道がぐるりと回れる様に設計されているらしく、円形状をしており、広場からは二本の広い道が、敷地のずっと向こうまで真っ直ぐに伸びていて、その道に面して明らかにここよりは小さな建物が建ち並んでいる。
この通りに面した建物の裏側は雑木林の様で、建物の屋根の上や横からは、茂みや木の枝が伸びているのが見えている。
外へと出た老学者は、荷馬車の往来する広場を回って、通りをしばらく歩いてから立ち止まると、後ろを振り向いた。
そして判ったのは、今まで居た建物の全貌だった。
そこは一言で言えば巨大な神殿で、先程まで居た場所を底辺として、装飾なのか強度を増す為か周囲には一定間隔で石柱が立ち並び、柱もその内側の壁も同じ白い色をしており、大理石で出来ているか或いは漆喰で塗り固められている様に見える。
屋根の形状は非常に傾斜の低い三角形になっていて、何かの物語を表しているらしい白い石像が配置され、石柱の上部やその上の屋根に当たる部分にも、精巧な彫刻が施されていて、とても荘厳な建築物となっている。
通りに並ぶ建物とは建築様式が全く異なる事から、この神殿じみた建物が特別な物である事は明らかだった。
「此れが儂に与えられた全て、儂が人生の全てを賭して手に入れた物、そして此れが恐らくはそう遠くない儂の死に場所でも有りましょう。
偉大なるマナよ、儂は先程御覧に入れた者達を作り出した功績に因り、国王からの莫大な援助と与えられた特権を使って、此れを建てさせました。
と申しても儂が要求したのは、あの地下の儀式の間と我が子供達の居場所、此の二つだけで、其れ等さえ叶えば後はどうでも良かった。
其れ故、彼奴等の下らぬ要望を取り入れて、無駄に金と時間を掛けて古代様式の建築技法を用いた、此の様な虚飾に塗れた外観になっておるのです。
然し此れは此れで、良かったとも今では思うております、膨大な資金と多くの特権を手に入れてはおるが、結局其れはあの者達の多くの犠牲の上に有り、国王や貴族達の気紛れな関心を惹いて成り立っているだけの、今の愚かな儂に相応しいでしょうから」
老学者はここで一旦言葉を切ると、深い溜息をついてから、静かに語り始めた。
「あの子供達の成功が確認出来る迄の儂の人生は、今とは違い地獄其の物で有りました。
若き時分より儂が研究しておったのは、遺伝と進化に関するもので、儂等の仮説は、交配した親から生まれる子は親の特徴を受け継いで、親達のより優れた要素を兼ね備えて生まれる、と言うものでした。
更には、あらゆる生物は現在の姿が絶対的なものでは無く、世代交代に因ってより優れた進化した個体となる、と考えておりました。
そうした学者達の考えは、此の国で権力を強めつつあった教会の教義である、万物は神に因って定められ与えられたもので有り、全ての子も神に因って作られ与えられるとする考えと、真っ向から対立しており、教会側からの抗議や反発も有ったものの、先代の国王は中立の立場を示して、我々は周囲の信者達から白い目で見られながらも、生活と研究は何とか続けられておったのです。
然し其の先代の国王が事故に因り急死し、唯一の世継ぎであった現国王の統治に代わった途端、教会の人間達に唆され懐柔されてしまい、儂等の研究は神への冒涜に当たるとして生物学者達は異端者と見做され、国王は学者達を処罰する様に命じたのです。
こうして国王の指示の元で教会の者達からの迫害が始まり、儂等の仲間達は次々と捕らえられては、異端者の烙印を押されて処刑されて行きました。
其の処刑の対象は、学者本人のみならず一族全てで有り、儂の一族も其の例に漏れず、儂以外は全てが捕らえられ、処刑されております。
儂は追手から逃れて各地を点々としながら、其の様な状況でも自論を証明せんとして、研究を続けておりましたが、証明する為には技術的に実現出来ぬ壁にぶつかってしまい、其れを解決する術がどうしても見つけられずにおりました。
儂の立てた仮説を実証する為には、生物の交配を只管繰り返して世代交代を重ねる事に因って、其の姿や特徴が変わって行く事を検証しなければならなかったのですが、逃亡し続けている身分では、此の様な時間を要する検証なぞとても出来ず、証明出来なかったのです。
であるから、無神論者で有る儂でも、此処だけは神の采配と信じていた、性交時の着床の確率を変える力を欲して、其れを持つ神の存在を肯定し、自分が立てた仮説を立証する為の力を持った物を、神の持つ力として具現化させたのです。
其れが前回の際に用いた、エーテルと名付けた液体で有りまして、此のエーテルに与えられた力は、其の液体を介して精子と卵子を合わせれば、必ず受精し着床までさせる事が出来る、と言うものです。
学者で有る儂の頭では、神なる存在を心底から肯定する事は、非常に難しく困難を極めまして、此れを入手するのに丸一年費やしました。
此れを用いさえすれば、仮説検証の為の期間は最小限に抑える事が可能になる筈のエーテルでしたが、其の水が本当に儂の望んだ力を持っているかを確認する前に、儂は捕らえられました。
教会の人間達が即時処刑を望む中で、一度だけ異端審問として申し開きの機会を与えられた時、儂は教会の教えが間違っている事を証明してみせると訴えて、神が許していない人間の望む姿をした生き物を作り出して見せると、其の場で公言したのです。
此れを耳にした聖職者達は激怒しておりましたが、同席していた貴族達は興味を示しました。
愚鈍な国王とは違い、貴族達は盲目的に教会に従う気など無く、着実に権力を集め始めた教会の高位聖職者等の事を疎ましく思っていたのも有って、此れを使って国王を手懐けられるのではと考えておった様です。
貴族達は国王に、刑の執行を保留し発言の真偽を確認した上で、偽りならば処刑すべきと提案すると、多少は興味を抱いていたのも有って、国王は貴族達の言葉に従い、儂は処刑執行に一年の猶予を与えられました。
然しそうは言ったものの一切の財産も無い儂には、エーテルを試す為の施設も道具も実験材料も入手する術が無く、途方に暮れていると、貴族達からの使者と名乗る者に因り、必要な物を全て提供すると言う申し出を受けました。
此れは勿論只では無く、其の条件として作り出す物については貴族達の意向に従い、作り出した物の所有権は全て貴族達が持つ事で、今此の取引を結ばなければ、一年後に処刑されるだけであったのも有り、此れを承諾し儂は取引を致しました。
此の取引に因って、貴族達から此処よりはずっと小さいが、研究施設と資金提供を受けて、彼等の要求した様々な伝説の化物の姿を模した生物を、獣や人間を掛け合わせて生成致しました。
そして約一年後、教会の人間達が散々否定し続けていた、此の世界に存在し得ない、怪物じみた姿をした赤子が、多くの母体から新たな命として誕生致しました。
此の成功に因って、国王はすっかり貴族達の側へと心変わりをして、教会の集めた権力は貴族達へと流れ、其れに因って教会の権限も大幅に縮小され、もう此れで学者への迫害も出来なくなりました。
そして儂は、もっと多くの化物を作り出す様に国王より命じられ、其の為の莫大な資金を与えられました。
儂は其の資金で、教会が其の威信の象徴として建築される筈であった、大聖堂を研究施設へと建て替えさせて、其処へと研究成果の全てを移したのです」
老学者は、ここから語る声のトーンを落として、私へ語りかけると言うよりも、己に対しての懺悔かの様に語り続けた。
「正直を申せば、儂も最初からあの子供達に、情を抱いておった訳では有りませぬ。
其れ処か、其の歪んだ肉体の余りの醜悪さに、見ているだけで吐き気すら覚えましたが、貴重な研究結果として、儂は死体を解剖して調査を行い続けました。
更にそんな悍ましい成れの果てでも、契約を振り翳して骸ですら欲しがった、悪趣味な貴族共へと引き渡しておりました。
当時の儂からすれば、其れ等は自分の命を守る為に作った成果物と言っても過言では無く、目的さえ達成されれば研究材料から生じた実験結果としては、もう十分に役目を果たしたと考えており、罪悪感は持っていなかったのです。
今にして思えば、此の事は大変非道な行為であったと、深く後悔しております。
儂の命を繋いだ者達の生まれた数は、四百を超えておったものの、多くの胎児は先程御見せ致した様な整った姿では無く、不具・多肢・無頭・多頭と言った様な、想像を絶する奇形が多く見られ、約半数は死産でした。
生きて生まれた嬰児も、次々と先天的な要因で死んで行き、安定して成長し始めた個体数は、百体程度しか残っていませんでした。
此の頃になると、貴族達は其の骸を眺めたり、屍を剥製にして自分の屋敷に飾るだけでは満足しなくなり、怪物を自分達で飼うと言い出したり、遠方に珍品として送ると言い出し始めて、そんな事をすれば死なせるだけだと、止める儂の言葉にも耳を貸さず、彼奴等は次々と連れ去って行きました。
姿こそは異形であっても、生き物の子供で有る事には変わり無く、特に人間の頭部を持つ子供は、下手な人間の子供よりも素直で愛らしいとさえ感じて、幼児程度に成長して儂を親だと思っておる子供が、泣き叫びながら連れ去られて行き、彼奴等の玩具として持ち出された挙句、変わり果てた姿となって戻って来たり、或いは二度と帰って来ない事に、次第に強く心の痛みを感じるようになりました。
其の後は、残っている子供達を出来るだけ静かに育てようと努力致しましたが、貴族等の自分勝手で無茶な要求に因って、強引に連れ出された挙句に虐待されたり、衰弱して死亡したり、人前に晒されて心を病んでしまい、自ら死を選んだりして、命を落とす子供は後を絶ちませんでした。
儂は最後の手段として、此れ以上子供の数を減らせば研究が滞ると国王に直訴し、代わりに次に作り出す生物を十年以内に提供する事を約束して、子供達の所有権は貴族等から国王が接収し、儂が管理する事に落ち着き、生き残った者への貴族達との契約破棄の賠償として、嘗て援助された額とは比較にならぬ程の大金を支払いました。
国王は、儂の許可無く此処から持ち出す事はしないとの約束はしましたが、観賞用の動物としての位置付けは変える事が出来ず、其れ故に子供達は衣服を着る事すら許されておらぬし、国王からの要請に因る観覧は、いつ何時であっても阻む事は出来ませぬ。
こうして、国王の所有物としてでは有りますが、儂の元に残せた僅かに生き残った者達が、先程御覧頂いた我が子供達で有り、作らせた研究施設が此の神殿なのです」
老学者は罪悪感からなのか、苦悩の表情を浮かべつつここまで語ると、自身の体の中に堆積した過去の罪を吐き出す様な、深い溜息を吐いた。
そして今度は深々と息を吸い込んでから、静かながらも意を決した様に強い声色へと変わって、再び語り出した。
「そして国王との約束から今年で九年が経ち、現在に至っております。
此度の儂の望みは、国王へと献上すべく作り出す新たな生物、此れを是非御協力頂いて生み出したいのです。
と申しても、奴等の為に此れ以上、哀れな命を差し出す心算は有りませぬ。
儂が作りたいのは、儂に代わってあの子等を守る存在であります。
此の建物の中で子供達を匿っていられるのは、恐らく儂が生きている間だけで有りましょう。
儂が死ねば其の途端に見世物にされ、闘技場にでも出して弄ばれた挙句に殺されてしまうのは、判りきっております。
ならば儂は、誰よりも何よりも強い者を、今迄の生物学者として蓄えた全てを費やして作り出し、其の者に子供達の事を託したいのです。
此れが、無意味に生まれて死んで行った多くの兄弟達への儂からの手向けで有り、生き残ったあの子供達へのせめてもの償いで有ります。
アステリオスやメロウ等は、誰かの世話無くして生きられはしないでしょうし、又自我を持っているハルピュリア・レイミア・センタウルは、自分達が此の世界の中で、自分の力だけで自然に生きるのは、不可能だと自覚しておるでしょう。
だから、せめてあの子供達が平穏に生きて、そして安らかに死んで行けるのであれば、其れだけで十分なのです。
其れ迄の期間だけでも、彼等を守れる力を持った大いなる存在、彼等にとっての守護天使を、儂の研究の最後を飾る集大成として生み出したい、此れが今回の目的で有ります。
若し其れが達成されるのなら、儂は最早思い残す事は有りませぬ。
其れを叶える為ならば、儂から差し出せる物は全てを捧げましょう、全ての富であろうと、万人の命であろうと、此の国であろうと。
儂の言葉を聞かれると、こう思われるやも知れませぬ、作り出した命に対しての贖罪の為に、他の多くの生物が其の犠牲になる事については、何とも思わないのかと。
其処は自ら産み出した者にこそ情が有り、子を守る親であれば、如何なる物をかなぐり捨ててでも、我が子を守る心情で有るが故と、御理解頂ければと思います。
其れと儂は聖者では無く、何れ丈の代価を費やしてでも自らの仮説を証明したいと望む、研究に全てを捧げて生きて来た一人の学者としての我欲も又、最後まで捨てられませぬ。
儂の身勝手で利己的な願望と、其れに因って辛い生き様を送る哀れな子供達の為に、是非とも其の御力を儂に御貸し下され」
老学者は私へと贖罪の決意表明を行うと、大地へと近づきつつあった斜陽へと目を向けてから、再び語り出した。
「偉大なるマナよ、未だ慣れぬ体で、長らく連れ回してしまい申し訳御座いませぬ、本日は此れくらいにしておきましょう。
さぞ御疲れで御座いましょう、其れでは、明日迄ごゆるりと、御休み下され」
そう言うと老学者は、ずっと手にしていた私の入ったガラスのフラスコを、頭上まで持ち上げると手を離し、其れを地面の石畳へと向けて落下させた。
私にはこの老学者の行動が全く予想出来ておらず、身の危険を感じて戦慄を覚えたものの、自由に動ける器では無い為に、文字通りに為す術も無かった。
フラスコは重力に従って自由落下し、速度を増しながら地面へと迫って行く。
落下して行く際に見えた老学者の表情からは、特に先程の悲愴な決意を語った時と変化は無く、この行為について何の特別な感情も抱いていないかの様に、私には見えた。
何も出来ないのは判りきっていたが、自分がこの後どうなってしまうのかを、考えずにはいられずに推測しようとするが、何も思考する猶予も無く地面へと到達し、フラスコは粉々に砕け散った。
それと同時に私の視界も砕け、無数の風景が適当に貼り合わされた様な、崩れた視界が数瞬見えた後、意識を失った。