第十章 深海の遺産 其の五
変更履歴
2011/04/18 記述追加 更には羽ばたきに因って~ → 追加
2011/04/22 記述統一 我輩 → 吾輩
2011/11/07 誤植修正 確立 → 確率
2011/11/08 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2011/11/08 記述統一 変らないか → 変わらないか
2011/11/19 誤植修正 関わらず → 拘わらず
2011/12/19 誤植修正 胴体には大きな硬い鱗で → 全身は大きな硬い鱗で
2011/12/19 誤植修正 滅亡した遺跡か発掘してきたのか → 滅亡した民族の遺跡からその道具を発掘してきたのか
2011/12/19 誤植修正 どの様な人種であったについて → どの様な人種であったかについて
2011/12/19 誤植修正 永遠と続けるのだそうです → 延々と続けるのだそうです
2011/12/19 誤植修正 弄って見た → 弄ってみた
2011/12/19 句読点調整
2011/12/19 記述修正 シーサーペント、大海蛇と呼ばれる → シーサーペントや大海蛇と呼ばれる
2011/12/19 記述修正 沈没船のある海域は遠洋で、 → 沈没船のある海域は遠洋だったのでしょう、だから
2011/12/19 記述修正 どの様な人種であったについては → どの様な人種であったについて
2011/12/19 記述修正 その際、死者の国へと → その際に死者の国へと
2011/12/19 記述修正 神官であり、神官は貴族よりも → 神官であり彼等は貴族よりも
2011/12/19 記述修正 一卵性では有り得ない → 本来一卵性では有り得ない
2011/12/19 記述修正 一人は男児、一人は女児で、ここまでは → 一人は男児で一人は女児とここまでは
2011/12/19 記述修正 金や銀で作られた豪華な衣装を纏って → 貴金属や宝石で飾られた豪華な衣装を纏って
2011/12/19 記述修正 金の入った大坩堝へと落とされて → 金の入った坩堝へと落とされて
2011/12/19 記述修正 貴殿も開く気配が無いと → 貴殿も御自分の関与では開く気配が無いと
2011/12/19 記述修正 墳墓の入り口は、最終的には四角錘の蓋で閉ざされましたが → 最終的には四角錘の蓋で閉ざされましたが、墳墓の入り口は
2011/12/19 記述修正 この登れない四角錘の頂上にあって → 建造物の頂上にあって
2011/12/19 記述修正 そこから真下へと棺が縦に入る → そこから棺が縦に入る
2011/12/19 記述修正 不死鳥、或いはフェニックスが → 不死鳥か或いはフェニックスが
2011/12/19 記述修正 この巨人は、太陽神、暗黒神のいずれにも → この巨人は太陽神と暗黒神のいずれにも
2011/12/19 記述修正 海は揺れ動き → 海は揺れ動いて潮の満ち干が起き
2011/12/19 記述修正 鼓動が波を引き起こし → その鼓動が波を引き起こし
2011/12/19 記述修正 引き起こすと云われています → 起こすとされています
2011/12/19 記述修正 貴殿の推測の通り、神獣の力に因り → 神獣の力に因り
2011/12/19 記述修正 死霊と化した魂だけで → 各自の支配する領域に存在する死霊と化した魂だけで
2011/12/19 記述修正 多くの動くもの、それに興味を抱いて → 多くの動くものに興味を抱いて
2011/12/19 記述修正 殺されかけた、或いは殺されたとは言え → 殺されたとは言え
2011/12/19 記述修正 夜会の礼服だ → 夜会の礼服の出で立ちだ
2011/12/19 記述修正 虐殺された海賊共も → 虐殺された海賊も
2011/12/19 記述修正 異民族との戦いに連勝して → 異民族との戦いに連勝し
2011/12/19 記述修正 ここでは神獣の力が → ここでも神獣の力が
2011/12/19 記述修正 半裸の男の姿をしていて → 腰布だけの半裸の男の姿をしていて
2011/12/19 記述修正 右手に白い投槍を持ち → 右手に白い投槍を
2011/12/19 記述修正 白い馬に乗っています → 白の腰布を纏い白い馬に乗っています
2011/12/19 記述修正 左手に黒い投槍を持ち → 左手に黒い投槍を
2011/12/19 記述修正 黒い馬に乗っています → 黒の腰布を纏い黒い馬に乗っています
2011/12/19 記述修正 その日は盛大に奉られて → その日は盛大に奉られ
2011/12/19 記述修正 街中で焚火や灯りを灯して → 焚火や灯りを灯し
2011/12/19 記述修正 それぞれ神獣と呼ばれる獣がおり → 神獣と呼ばれる獣がおり
2011/12/19 記述修正 どの様に何かを喰らうのか → どの様にして喰らうのか
2011/12/19 記述修正 と考えた結果でもあります → と疑問視した結論でもあります
2011/12/19 記述修正 あの棺の三神獣に関して言えば → 棺の三神獣に関して言えば
2011/12/19 記述修正 対峙したとも言えましょう → 対決したとも言えましょう
2011/12/19 記述修正 それ程高くは無いでしょうから → 普通に考えれば殆んど無いでしょうから
2011/12/19 記述修正 この三神獣は互いに仲は悪く → 神獣同士は互いに敵対しており
2011/12/19 記述修正 従属してはおらず → 従属してはおらず、状況に応じて協力や敵対の立場へと変わり
2011/12/19 記述修正 不利益を被ると怒り出して → 不利益を蒙ると怒り出して
2011/12/19 記述修正 姿をしているのです → 姿をしています
2011/12/19 記述修正 その姿は殆んど見えず → 殆んど見えず
2011/12/19 記述修正 納めた後にその部分を埋める様に、岩が組まれて → 納めた後そこを埋める様に斜面の岩が組まれて
2011/12/19 記述修正 辿り着ける階段があってそれを使えば登れるのですが → 辿り着ける階段状の段があったのですが
2011/12/19 記述修正 遥かに高い段で → 遥かに高い段差であり
2011/12/19 記述修正 貴殿の器は → この度の貴殿の器は
2011/12/19 記述修正 戻る時間は変動するのか → 戻る時間は変動するという事だろうか
2011/12/19 記述修正 あの怪物の正体は一体何だったのか、あれが → あの怪物が
2011/12/19 記述修正 間違い無いだろうが、私に判っているのはその程度だ → 間違い無いだろう
2011/12/19 記述修正 それ以上の事は判らないものの → 私に判るのはその程度でこれ以上の事は判らないものの
2011/12/19 記述修正 大地が揺れると云われており → 大地が揺れるとされており
2011/12/19 記述修正 ここのイメージとしては → このイメージとしては
2011/12/19 記述修正 存在では無いように思えた → 存在では無い様に感じる
2011/12/19 記述修正 致し方無いのではと → 致し方無いと
2011/12/19 記述修正 棺に強力な死霊と化して → 強力な死霊と化して棺に
2011/12/19 記述修正 奇形故か発育不全もあったらしく → 奇形故か発育不全で
2011/12/19 記述修正 不安定で、更に癲癇持ちであったらしく → 不安定であったらしく
2011/12/19 記述修正 云う所のクラーケンですな → 云う所のクラーケンです
2011/12/19 記述修正 第一子で最も聡明であった → 第一子の最も聡明であった
2011/12/19 記述修正 第二子で性格も穏やかで → 第二子の性格も穏やかで
2011/12/19 記述修正 完全に平面の斜面になっており → 平面の急斜面になっており
2011/12/19 記述修正 その傾斜はとても人が登れる角度では → それは人が登れる様な角度では
2011/12/19 記述修正 溶けた金で以って熔接したのかも知れませんな → 熔接したのかも知れませんな
2011/12/19 記述修正 埋め込まれたと云います → 生きたまま埋め込まれたそうです
2011/12/19 記述修正 この棺に封じられたと云います → 棺に封じられたのだそうです
2018/01/06 誤植修正 そう言う → そういう
意識を取り戻した時、そこが見慣れた暗闇であった事に私はとても安堵した。
今までこれほど、この地に戻る事を渇望した記憶も無いと思える程だ。
私は自分の状態に異常が無い事を改めて確認して、どうやらあの触手の怪物からは逃げ切れたのだと実感する事が出来た。
一息ついてから、私は改めて先の召喚で対峙したあの化物について考えてみた。
あの怪物が十字の棺から現われたのは間違い無いだろう。
それとあの怪物は、生贄として捧げられた魂を糧としていない点からして、我々と同じ方法で召喚される存在では無い様に感じる。
あの触手は棺を守る存在だったとは思うが、私に判るのはその程度でこれ以上の事は判らないものの、それは“嘶くロバ”が何かを知っていると期待して、この日は眠りについた。
再び目覚めるとすぐに、まるで私の様子を見張っていたかの様なタイミングで、ロバの紳士は姿を現した。
彼はいつもとは違う装いで、晩餐会にでも出るかの様なタキシード姿をして、私の前に立っていた。
黒い無地の生地のシングルボタンのジャケットに、白いワイシャツ、黒のオニキスが載る銀の台座のカフリンクス、黒の蝶ネクタイ、白いポケットチーフ、白い絹のマフラーと手袋、サイドにストライプのあるスラックス、黒のエナメルの革靴と言った、夜会の礼服の出で立ちだ。
正装の“嘶くロバ”は、その馬面で優雅に会釈をしてから、満面の笑みで私へと語り掛けてきた。
「おや、やっとお会い出来ましたな、雪だるま卿、随分と長い間不在にされていた様ですが、如何でしたか今回のお勤めの首尾は」
今や本当の紳士と化したロバの紳士は、その容姿には全く触れる事無く、私へと状況を尋ねて来た。
私は暫く戻って来なかったのか、それは向こう側での状況に応じて、こちらへと戻る時間は変動するという事だろうか。
これは良く判らないが、とりあえず今は彼から今回の召喚に関する情報が欲しい。
私は彼の容姿について、礼儀として挨拶程度に軽く触れてから、召喚の件を語り始めた。
「なんと、大海原で海賊が財宝を引き揚げて、そして怪物との大乱闘とは、何とも素晴らしい冒険譚ですなあ。
当然その後は奇跡的な生き残りがいて、その話を港町の酒場で語り、やがて船乗り達の新たな伝承の一つへと昇格する、と言ったところでしょうか。
まさに伝説とするに相応しい、とても良く出来た演出ですな、それが演劇や叙事詩であれば」
“嘶くロバ”は私の話を聞き終えると、いつも通りのしたり顔で、軽く侮蔑を吐いてから解説へと入った。
「この度の貴殿の器は古くから伝説にある、シーサーペントや大海蛇と呼ばれる、海に棲むと云う怪物です。
貴殿が観察して理解された通りですが、その形状は頭部は丸く角等は生えておらず鰐に似ていて、長い口には鋭い歯がずらりと生えています。
視力よりも嗅覚に優れていて、海中に漂う匂いで獲物を探す様で、このイメージとしては鮫なのでしょうか。
全身は大きな硬い鱗で覆われていて、人間の使える武器ではこの鱗を貫くのは難しい程の強度があるそうです。
流石に砲撃を受ければ傷つくかも知れませんが、何せ伝説の怪物なので実際に砲撃した実証は無く、真偽の程は定かではありません。
これも詳細は不明ですが、恐らく貴殿の実績から考えると、鰓呼吸だったのでしょうか。
この器の持つ能力としては、怪力であるのと巨体の割に素早く泳げる事以外、貴殿は誰かに聞く術も無かったでしょうから、一切判らなかったと思われますが、特別な能力はその長い体で船に巻きついて沈めるのではなく、船の周りをグルグルと回り、大渦を起こして船を沈めると云われています。
だからこそその泳ぐ力の強さを見込んで、棺の引き揚げに用いられたのだと推測出来ますな。
笛の音に因る詠唱や行動の支配と言うのは吾輩も初耳でして、それについては詳細は判り兼ねますが、貴殿にはその笛の音色が言語として変換されたのですから、そういった術を使える民族が居て、その男達はその末裔か或いはその民族から略取して来たのか、若しくはもう滅亡した民族の遺跡からその道具を発掘してきたのか、経緯は読みきれないところであります。
貴殿が訪れた時代は、カノンを搭載した戦列艦や、マスケットと思われる銃も使われていた点からして、吾輩が最も長く時を過ごしたあの名医の生きた時代よりも後の様ですな。
砲列甲板が一列である事から、その船団はフリゲートの艦隊で、沈没船のある海域は遠洋だったのでしょう、だから足の速い船が選ばれたのかも知れません。
吾輩の最も良く見知った時代よりも後世であるから、その戦列艦の艦隊の者達の国籍や、どの様な人種であったかについて推し量るのは少々難しくはありますが、間違いなく言えるのは、沈没船も引き揚げて虐殺された海賊も、どちらもその呪われた棺の主をかつて王とした民では無かった事です。
黄金で作られた十字の形をした棺、その国の事は歴史学者の記した書物で見た事があります。
その歴史学者、或いは盗掘家は、確か大陸南方に栄えた古代文明の遺跡のひとつとして、この国を解説していたと記憶しております。
それは医者の男が生きた時代から、約千年前の大陸南方にあった有色人種の単一民族が支配する、帝国の王朝史上最大の版図を手にした皇帝のものです。
その皇帝は、歴代の皇帝が一進一退を繰り返していた周囲の異民族との戦いに連勝し、滅ぼした国の領土を奪い敗戦国の民を奴隷として、国力を増大させていったと伝えられています。
特に信仰する神の影響から白色人種を蔑視し、同じ奴隷であっても有色人種には、奴隷の身分である人間として扱ったのに対し、白人の奴隷は死ぬまで家畜であり、人間とは異なる生き物だと見做されたそうです。
時は流れて、太陽神の化身と云う最高の称号で称えられる程にまで上り詰めた皇帝も、寿命には勝てず老衰で死去するとその弔いとして、歴代皇帝の誰よりも巨大な墳墓や聖廟が建造されました。
その際に死者の国へと旅立つ皇帝に付き従うべく、皇帝付の親衛隊のうち優秀な者達千人が選ばれて、この聖廟の最深部にある皇帝の間の床や天井や壁に、当時の最高の装備を纏った姿で生きたまま埋め込まれたそうです。
これはある種の人柱と言っても良いかと思われますな。
更にあの黄金の棺を製造する際には、まず材料となる大量の金鉱石が熔かされたのですが、この棺自体に力を封じる為に聖なる金にする儀式として、その坩堝を熱する炎に百人の生贄が生きたまま放り込まれたと伝わっています。
こうして精錬された聖なる金の塊を、今度は棺の型に流し込む為に、巨大な坩堝で再度熔かされました。
この時に、皇帝の亡骸を神の世界に帰るまで守る為の三匹の神獣が、棺に封じられたのだそうです。
この帝国では太陽神を崇める太陽崇拝の宗教が国教となっており、皇帝に次ぐ権威は神官であり彼等は貴族よりも高位の存在で、そんな高位の神官の中でも名門の神官の子供として生まれた三つ子が、三神獣の力を封じる為の生贄として用意されました。
この三つ子は、そっくりの容姿をしていたと伝えられているところから、一卵性であろうと思われるのですが、性別が全て異なると言う三つ子でありまして、その特異性が神に選ばれた者として、最も栄えある生贄として選ばれた理由だと記録されています。
さて、性別が全て異なると言うのがどういう意味かと申しますと、本来一卵性では有り得ない筈ですが、一人は男児で一人は女児とここまではまあ普通で、最後の一人は両性具有だったそうです。
三つ子は七歳の時に、言わば皇帝の守護者として三神獣を御する為の生贄となり、貴金属や宝石で飾られた豪華な衣装を纏って、棺となる熔かされた金の入った坩堝へと落とされて、文字通り身も心も棺へと捧げられました。
こうして多くの人間の魂を吸っている溶けた金を、棺の鋳型へと流し込んで棺を作ったのですが、この棺の中を貴殿はご覧になれず終いでしたから、ご存じないと思いますのでご説明致しましょう。
あの棺の内部は、防腐処理された皇帝の亡骸に合わせて内側は窪んでおり、実は遺体以外何も入っていない、と言うよりも何一つ入らないのですよ。
皇帝の亡骸には相当な防腐処理が施されていて、まず体の水分を抜いてから特殊な袋状の布に包み、その中を真空状態にする事で死体の状態、つまり鮮度を維持しています。
この時間経過による体積の減退も発生しない状態の死体を模って、そこに死体を嵌めこんでいるので、棺の蓋が開かない限り、亡骸はどれだけ棺に衝撃を受けようとも、その防腐も含めた封印が破られる事は無いのです。
更にあの十字の棺の蓋は、貴殿も御自分の関与では開く気配が無いと感じておられた様でしたが、全くもってその通りでして、あれを設計し製造した彫金師でもあった棺職人達は、蓋を開くのに特殊な仕掛けを施しており、それは太陽神にしか開けられぬ封印とされています。
若しかすると皇帝の亡骸を納めた後に熔接したのかも知れませんな、皇帝は太陽神の化身とされていましたから、復活した時には金の棺を太陽の熱の力で、自らその封印を熔かして出て来るのではと考えて。
続いて墳墓の方ですが、こちらは当時の墳墓の設計に携わった、職人の生き残りが書き残していたと云われる手記が元になっています。
これも高い技術を用いて建造されていて、まずその形状は完全な四角錘で、四方の壁面は平面の急斜面になっており、それは人が登れる様な角度ではありません。
この墳墓は巨大な岩を組み合わせて建てられていて、ここにも細工職人の知恵が用いられているらしく、大岩はただ積んであるのではなくて、組み合う様な加工をされて互いに溝が咬み合う様に嵌めこまれていて、容易に動かすのも出来ません。
使われている大岩の大きさも、一辺が成人の人間の身長を超える大きさである事から約2m程でしょうか、なおかつ硬度の高い成分の石を使っているので、破壊するのも相当に難しかった様です。
実はこの墳墓には周囲を取り巻く様にしながら、頂上へと辿り着ける階段状の段があったのですが、その階段は棺を納めた後そこを埋める様に斜面の岩が組まれて無くなっているのと、その階段の石段は人間のサイズより遥かに高い段差であり、それは人間以外の者の為に作られたのだと云われています。
最終的には四角錘の蓋で閉ざされましたが、墳墓の入り口は建造物の頂上にあって、そこから棺が縦に入る寸法の縦穴が真っ直ぐ下へと続いています。
この縦穴の途中には、5m程度の等間隔で溝の様な窪みが作られていて、その溝を使って棺を下ろした筈ですが、これも人間の力では出来るものではありません。
棺をこの墳墓へと運んだのは、召喚された巨人であったのではないかと思われますが、それを裏付ける資料が残っておらず謎のままです。
ですがこの墳墓内の構造を考えると、棺自体に手足でも生えて自ら縦穴を降りていかない限り、とても格納するのは困難な構造ですから、ここでも神獣の力が使われたのではないかと推測されます。
手記ではここまでしか記されておらず、これよりも奥の構造についての正式な文献は残っておりません。
伝承では、最深部の皇帝の間へと辿り着くには、三神獣の名を持つ三つの部屋を超えなければならず、それぞれの部屋では部屋の主である神獣が、侵入者から棺を守っていたと云われています。
因みにこの帝国のその後はと言うと、一代で勢力を拡大したものの、この皇帝の国葬に莫大な費用と労力を費やした結果財政を逼迫し、更にはこの後優れた皇帝が現れず、七愚帝時代と呼ばれる暗黒時代の果てに、五十年後に滅亡しました。
七愚帝と呼ばれた皇帝達は、実際にはそれほど愚かではなかったのですが、肥大化した帝国を統率して行く為には、もう人並み優れた才覚が無ければ成り立たない状態まで達していた為に、凡庸でしか無かった彼等では維持出来ず、結果的に国を衰退させたとして、愚帝の烙印を押されてしまいました。
神の化身と呼ばれた賢帝には、誰が見ても罪は無かったのにも拘わらず、その賢さと強さが逆に後世に災いとなって、結果的には滅亡へのきっかけを作る事になってしまったのです。
さてここで神獣も登場して来ましたから、次はこの帝国の国教について、詳しくお話し致しましょうか。
太陽崇拝の宗教には、二柱の神しか存在しません。
一柱は信仰の対象である太陽神で、もう一柱は太陽神に敵対する存在の暗黒神です。
いずれの神も、その姿は屈強な上半身に何も纏わない腰布だけの半裸の男の姿をしていて、顔も背の丈も全く同じ双子の神です。
太陽神は別名『光の王』と呼ばれており、右利きで褐色の肌と黒い目と髪を持ち、右手に白い投槍を左手に白い長方形の盾を持っていて、白の腰布を纏い白い馬に乗っています。
一方暗黒神はそれに対して『闇の王』と呼ばれていて、左利きで青白い月の様な白い肌と黒い目と髪を持ち、左手に黒い投槍を右手に黒い長方形の盾を持っていて、黒の腰布を纏い黒い馬に乗っています。
この二柱の神は世界の覇権を賭けていつも闘っており、その趨勢が一進一退を繰り返して、太陽神が優勢になると世界に光が差して昼になり、暗黒神が優勢になると世界が闇に覆われて夜が来るとされていて、世界の創造から続く戦いを世界が滅ぶ日まで延々と続けるのだそうです。
まあどちらかが倒されてしまうと、昼か夜のいずれかが無くなりますから、きっと力が拮抗していてどちらも勝ちも負けもしないのでしょう。
ただし、白夜の時は太陽神が暗黒神に手傷を負わせたとしてその日は盛大に奉られ、極夜の時には逆に暗黒神が太陽神に手傷を負わせた日として、この日は一日断食して焚火や灯りを灯し、太陽神の回復を祈願するのが慣わしになっています。
太陽神は空の上にあると云う夜の来ない天界を支配し、暗黒神は常に闇に閉ざされている地底や深海や海底を支配して、残った空と陸と海の支配を目指して、争っているのが今の世界だとされています。
この三つの領域には神獣と呼ばれる獣がおり、それぞれ空・陸・海を支配する生物で、これらがそれぞれの支配する世界で最も尊い存在として、畏怖の念を以って敬われているのです。
神獣の姿は神々と他の神獣以外には殆んど見えず、高位の神官のみが時折見る事が出来るとされています。
空にいるのは『飛ぶ者』『羽ばたく者』『棚引く者』と言う名を持つ炎を纏う巨大な鳥で、不死鳥か或いはフェニックスが近いです。
その姿は一対から三対の大きな翼と長い首と嘴と尾を持ち、足は一本も無く、普段閉じられている目を開くと閃光を放ち、尾は七色に輝く姿をしています。
普段は太陽神を乗せて何よりも高い天空を常に飛んでおり、生まれてある周期で燃え尽きてしまうのですが、燃え尽きた亡骸から再び再生すると云われています。
これはいわゆる不死鳥伝説にも通じる内容で、死と再生は恐らく日蝕の事を表しているのだと思われます。
目の閃光は雷で尾の光は虹を現していて、足が無いのは大地には決して降りて来ない、つまり常に空を飛んでいると言う意味が込められているのでしょう。
更には羽ばたきに因って様々な風を巻き起こし、吐き出す息からあらゆる雲を産み出しているともされている点を踏まえれば、天候を司る存在なのはほぼ間違い無さそうです。
この炎の鳥の性格は、その派手な見た目とは異なり意外に忠実にして従順で、神獣の中でも太陽神に忠誠を誓う存在だそうです。
この神獣の守護者には、第二子の性格も穏やかで従順であった女児が充てられました。
陸にいるのは『歩む者』『駆ける者』『彷徨う者』と言う名を持つ巨人です。
その姿は粘土の様な岩の体を持っており、背の高さはちょっとした小山と変わらない大きさとされています。
意外にも性格は大人しく、大地の守護者として各地を徘徊して、その時には大地が揺れるとされており、これが地震だと云われています。
如何なる攻撃を受けても苦痛を感じる事も無く、地上の物に対して危害を加えたりは少ないのですが、癇癪持ちの所もあり、何か気に食わない事象や二柱の神達から不利益を蒙ると怒り出して、それは火山の噴火となって地表に現れます。
この巨人は太陽神と暗黒神のいずれにも従属してはおらず、状況に応じて協力や敵対の立場へと変わり、良く言えば前者の炎の鳥とは異なり自我を持っているとも言えますが、穿った言い方をすれば日和見的に行動しているとも言えましょう。
そういう意味では最も人間に近いとも言えます。
この神獣の守護者には、第一子の最も聡明であった男児が充てられました。
海にいるのは『沈む者』『潜る者』『蠢く者』と言う名を持つ、無数の触手を持った恐ろしく巨大な蛸で、他の伝承で云う所のクラーケンです。
その姿はあらゆる海洋生物よりも巨大でかつ強大な力を持ち、海上から海底までのあらゆる海域を支配下に置く怪物で、その力は三神獣の中でも最強と云われています。
クラーケンが動く事に因って海は揺れ動いて潮の満ち干が起き、泳ぎ回る事に因り海流が発生し、その鼓動が波を引き起こし、島に近づくと暴れて津波を起こすとされています。
赤潮はクラーケンの血だと云われていて、怪我を負った後は必ず暴れだして災いを引き起こすのだそうです。
このクラーケンの性格は一言で申せば残忍かつ凶暴で、道徳観や理性を持たず常に短絡的な行動を取り、己の欲望を満たす様に行動するだけの、太陽神・暗黒神のどちらの神にも従わない存在です。
この神獣の守護者には、残った第三子が充てられました。
両性具有の第三子の子供は、奇形故か発育不全で精神的にも不安定であったらしく、その為に最も召喚する可能性の低い、クラーケンの守護者にしたのではないかと思われます。
貴殿に襲い掛かったのは、この三神獣の中でも稀有なクラーケンであったのは間違い無いでしょう。
神獣同士は互いに敵対しており、自分の領域に他の神獣が入ると争いになるのだそうで、特に陸の巨人と海のクラーケンはその領域を奪い合っていて、巨人の怒りによる火山噴火は陸地を増やす為で、クラーケンの島への津波は島を沈める為と云われています。
これらの神獣は棺に対して危険が及ぶと召喚される様になっており、その棺の存在する場所に応じて、三神獣のどれが呼び出されるかが決まります。
その契機は人間が棺に触れる事でありまして、恐らく輸送艦の船内で誰かがこの禁忌を犯してしまい、姿を現したのだろうと推測されますな。
因みに空では炎の鳥が召喚されるとされていますが、実際にあれだけの重量の棺が空を飛ぶのは難しいでしょうし、あの巨大な棺が海上へと持ち込まれる可能性も普通に考えれば殆んど無いでしょうから、陸地で巨人が呼び出されるのが最も確率は高かったのだと思われます。
そういう意味では、貴殿はかなり希少な相手と対決したとも言えましょう。
いよいよ核心へと近づきましょうか。
と言ってもここからは貴殿の説明を元にした、吾輩の記憶と経験則からの推測であり、それ程驚く様な見解も無い事を事前に申しておきます。
彼等は製造時に捧げられた糧を使ってあの怪物の姿を維持してはおらず、神獣の力に因りその支配する領域に在る揮発しない死者の魂、つまり死霊を糧として吸収しているのは、貴殿も確認されたのですから間違い無いでしょう。
しかしそれではとてもではないですが、世界に影響を及ぼす程の力を持った存在を完全に呼び出すのは出来ず、大抵はその肉体の一部だけが現れます。
その場合の神獣は、まあ我々と同様で神獣としての意識は持っておらず、その怪物の部位の意識は、各神獣に捧げられた三つ子の意識が強力な死霊と化して棺に取り憑いていて、それが神獣へと憑依するのでは無いかと思われます。
この証明としては貴殿が耳にした笑い声、あれはクラーケンの意識として乗り移った守護者の子供の声だったのでしょう。
最後に貴殿が心配しておられた、あの化物に殺されてご自身の意識までも消されるのではないかと言う懸念についてですが、棺の三神獣に関して言えば、その心配は不要であったと思われます。
何故なら彼等が取り込むのは、各自の支配する領域に存在する死霊と化した魂だけで、神の魂を喰らう能力は無いのではないかと吾輩は見ておるのです。
まあこれには然したる根拠も推論も全く無いのですが、口どころか顔も頭も無い怪物がどの様にして喰らうのか、と疑問視した結論でもあります。
あのクラーケンの触手は、視覚も嗅覚も聴覚も無く行動していたのですから、恐らく攻撃の対象は動く気配を探って行っていたのではないかと考えざるを得ません。
今回の件を要約すると、クラーケンの触手の塊として呼び出された神官の幼い子供が、久し振りに訪れた外の世界で玩具を見つけて行った、ちょっとしたお遊戯だったのではないかと思うのです。
多数の船に乗る人間と大海蛇と言う存在とは認識しておらず、何らかの多くの動くものに興味を抱いて色々と弄ってみた、その結果に過ぎないのではないかと。
三つ子の幼い守護者達もまた我々と差して変わらぬ、棺に呪縛されて自身ではどうにもならない、呪われた生を与えられて延々と生き続けているのでしょうから、その様な不幸な境遇の者が何かを仕出かしたとしても、致し方無いと吾輩は思うのですよ、雪だるま卿」
“嘶くロバ”はそこで言葉を切って、とても満足げな表情をしながら、特徴的な円らな瞳で以って私を見つめた。
これは紳士にしては珍しく、恐らく私達とは全く異なる存在たる、死霊と化しているであろう三つ子へと同情的な言葉を発して、私へと同意を求めているかの様に思える態度を取っていた。
それはやはり、否応無しに拘束されている点に共感を覚えたのだろうかと思われて、私は八つ裂きにされて殺されたとは言え、その境遇に対する感情には別段否定的な考えも無く、私は彼へと同意を表す様に返答を返しておいた。
今日の紳士は機嫌が良かったのだろうか、この後も向こう側への批判は無いままに、話を終えると姿を消した。
これは彼の単なる気まぐれだったのかも知れないし、投影による自己弁護でしか無いのかも知れないが、“嘶くロバ”の固執した感情が緩むきっかけにでもなれば、それは大きな進展へと繋がるかも知れない、私にはそう思えたのだった。
第十章はこれにて終了、
次回から第十一章となります。