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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十章 深海の遺産
44/100

第十章 深海の遺産 其の二

変更履歴

2011/04/14 誤植修正 私の様子を伺って → 私の様子を窺って

2011/11/01 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m

2011/11/01 記述統一 変らないにも・変った → 変わらないにも・変わった

2011/11/02 誤植修正 乗せろ → 載せろ

2011/11/19 誤植修正 関わらず → 拘わらず

2011/12/10 誤植修正 して見ると → してみると

2011/12/12 誤植修正 詠唱を終えた一団の男達は → 詠唱を終えた一団の男達が

2011/12/12 誤植修正 変わらないにも変らず → 変わらないにも拘わらず

2011/12/12 誤植修正 上半身はは黒く変色しており → 上半身は黒く変色しており

2011/12/12 誤植修正 忌まわしいもの蔑んでいる風に → 忌まわしいものを目にして蔑んでいる風に

2011/12/12 誤植修正 最も巨大であった旗艦よりも → 中で最も巨大であった輸送艦よりも

2011/12/12 誤植修正 喫水が高く → 喫水が浅く

2011/12/12 誤植修正 して見ると → してみると

2011/12/12 誤植修正 一週した後に → 一周した後に

2011/12/12 誤植修正 国籍を現す国旗では → 国籍を表す国旗では

2011/12/12 句読点調整

2011/12/12 記述修正 海の化物であり → 伝説の海の怪物であり

2011/12/12 記述修正 私が、もし只の → もし私が只の

2011/12/12 記述修正 深いのかが判り兼ねるだとか → 深いのかが判り兼ねる点や

2011/12/12 記述修正 無数の瓦礫や死体を見つけた → 同じ方向に進んでいる無数の瓦礫や死体の群れと遭遇した

2011/12/12 記述修正 私はそれらには構わずに → 私はそれらには構わず中央を突っ切る様に追い越して

2011/12/12 記述修正 利用法なのかも知れない効果に → 利用法に今頃になって

2011/12/12 記述修正 圧し掛かる重圧に呻きつつ → 圧し掛かる水圧に耐えながら

2011/12/12 記述修正 それは、四肢はまるで → それは元々は人間だった残骸で、四肢はまるで

2011/12/12 記述修正 何かで凄まじい力で打ち抜いた様な → 何か凄まじい力で撃ち抜いた様な

2011/12/12 記述修正 その穴は甲板、船首、船尾、両舷に至る → それは甲板・船首・船尾・両舷に至る

2011/12/12 記述修正 そんな硬い船に → そんな頑丈な船に

2011/12/12 記述分割 強大なのであろう、海上での船乗り達の → 強大なのであろう。海上での船乗り達の

2011/12/12 記述修正 棺の場所を割り出して → 棺の場所を割り出し

2011/12/12 記述修正 何かで何回も打ち抜く → 何かで貫く

2011/12/12 記述修正 何かで船体ごと打ち抜く → 何かで船体ごと貫く

2011/12/12 記述修正 生きてはいないと思うが → まず生きてはいないと思うが

2011/12/12 記述修正 私と同様に対応出来ているかも → 私と同様にこの環境にも対応出来ているかも

2011/12/12 記述修正 仕業になるのは、間違い無かろう → 仕業だと考えるべきだろう

2011/12/12 記述結合 命じられている。なので留まったり → 命じられているので、留まったり

2011/12/12 記述修正 それらとは違う船の内 → 残る船の中で

2011/12/12 記述分割 気がするのだが、それとも怪物の → 気がする。それとも怪物の

2011/12/12 記述修正 他の船と同じ様な形状をしているのは旗艦であろうか → 他の船を一回り大きくした形状の船は旗艦であろうか

2011/12/12 記述修正 更に各船を確認する → 更に各船の船上を確認する

2011/12/12 記述修正 思い描いていた様な無法者で荒くれ者ではなく → 何となく思い描いていた様な典型的な無法者や荒くれ者にも見えず

2011/12/12 記述修正 行動している様に見える → 行動していた

2011/12/12 記述修正 手を止めて見てはいるが → 手を止めて見ているが

2011/12/12 記述修正 凝視し続けていたからだ → こちらを凝視し続けていたからだ

2011/12/12 記述修正 微かな波飛沫の音と → 微かな波の音と

2011/12/12 記述修正 その意味はあの古ぼけた → その原因は骨董品の

2011/12/12 記述修正 これは宛ら → これではまるで

2011/12/12 記述修正 それだけ頑張っているのは → 彼等が奮闘しているのは

2011/12/12 記述修正 私への命令となった → それは私への命令となった

2011/12/12 詠唱部の表記修正 「~」 → 『~』

2011/12/12 記述修正 その効果は有効であったのは → その効果が有効であったのは

2011/12/12 記述修正 もう考えるのは止める事にした → 必要なさそうだと判断してもう考えない事にした

2011/12/12 記述修正 私の予感では金で光ると言う点と → 私の予感では詠唱での『金、光る』と言う単語と

2011/12/12 記述修正 近づきつつ私は、船体に辿り着く前に → 私は船体に近づきながら

2011/12/12 記述修正 船体中央の甲板部分の → 船体中央の甲板部分にあった

2011/12/12 記述修正 光が当たっておらず → 光が当たっていなかったので

2011/12/12 記述修正 旗の有無すら判っていないが → 模様どころか旗の有無すら判っていないが

2011/12/12 記述修正 進んだ距離から言って → 進んで来た距離から考えると

2011/12/12 記述修正 願わくば、それがまだこの付近にいない事を願いたい、せめて勝算が見込める状況になるまでは → 出来る事なら、それがまだここに残っていない事を願うばかりだ

2011/12/12 記述修正 この強烈な重圧下でも生存していられるかは何とも判断し難いと思えた → この強烈な水圧の中で生存出来るかは何とも言い難い

2011/12/12 記述修正 これらの骸の鮮度を考えると → これらの骸の状態を考えると

2011/12/12 記述修正 すぐにここへとやって来たのは → この船が沈んでからそれほど時間を置かずにここへとやって来たのは

2011/12/12 記述修正 恐らく私と同様の器の存在ではない筈だ → 恐らく私とは別の力を持つもっと強力な存在だと思えて、私はその存在に少なからず恐怖を覚えた

2011/12/12 記述修正 化物なら出来るのか想像が出来ない → 化物なら出来るのか、全く想像が出来ない

2011/12/12 記述修正 破裂して襤褸切れの様になった → 裂けて襤褸切れの様になった

2011/12/12 記述修正 完全な闇に変わった事と → 完全な闇へと代わった事と

2011/12/12 記述修正 私は暗闇へと向かって → 私はただひたすら暗闇へと向かって

2011/12/12 記述入替 この海竜は~、我ながら~ → 我ながら~、この海竜は~

2011/12/12 記述修正 そうは思えないのであるが → そうは思えないのだが

2011/12/12 記述修正 この海竜はかなり → この海竜は意外とかなり

2011/12/12 記述修正 本当の答えが判って来た → 本当の理由が判って来た

2011/12/12 記述修正 ここへと差し向けた者は → 差し向けた者は

2011/12/12 記述修正 その者こそがまだ判ってはいないが、これから行われる計画の立案者なのではないだろうか → ここにいるのはその者に差し向けられた兵隊に過ぎないのだろう

2011/12/12 記述修正 その容姿も船乗り達の様な → 容姿も船乗り達の様な

2011/12/12 記述修正 皆同じ様な服装をしているのもあったが → 皆同じ様な活動的ではない奇妙な服装をしているのもあったが

2011/12/12 記述修正 凝視し続けていたからだ → 凝視し続けていたのもあった

2011/12/12 記述修正 途端に目を背けてしまうのだ → 途端に姿を隠したり引き攣った顔を背けたりしていた

2011/12/12 記述修正 船乗りの大きさからして船の大きさは予想よりも大きく → 船乗りと比べて船は予想よりも大きく

2011/12/12 記述修正 船体の損傷や劣化は見られず → 船体の損傷や劣化は無く

2011/12/12 記述修正 撃沈させられたのかとも思えた → 沈められたのではないかと思えた

2011/12/12 記述修正 無事に難破船を見つけられるのか → 無事に沈没船を見つけられるのか

2011/12/12 記述修正 行かないであろうと思い直し → 行かないであろうと思い

2011/12/12 記述修正 その命令に従う事にして → その命令に従って

2011/12/12 記述修正 再び潜行を始めた → 潜行を始めた

2011/12/12 記述修正 箱の出来から見て → 箱の出来からすると

2011/12/12 記述修正 あの古ぼけた筒は → あの陶器の筒は

2011/12/12 記述修正 この私の召喚を企んだのはこの提督だろうか → 私の召喚を企んだのはこの男だろうか

2011/12/12 記述修正 見ている態度が、いまいち物足りないと感じていた → 見ている態度に和感を感じた

2011/12/12 記述修正 私は頭を上げたままでは → 頭を上げたままでは

2011/12/12 記述修正 最も遠い、この円形の真逆にいる → 最も離れた真逆の位置にいる

2011/12/12 記述修正 他とは形状が違っている → 他とは形状が異なる

2011/12/12 記述修正 と言う考え方もある → と言う可能性もあるか

2011/12/12 記述修正 皆船首を向かって左へと向けて → 皆船首を左に向け

2011/12/12 記述修正 中央に左舷を向けて → 中央に左舷を向ける様にして

2011/12/12 記述修正 経験則から言わせてもらえば → 経験則からすると

2011/12/12 記述修正 靡く旗は同じ → 靡く旗は皆同じく

2011/12/12 記述修正 風もほぼ凪いでいるし、 → 風も凪いでいて

2011/12/12 記述修正 やはり潮の流れも殆んど感じられない → 波も低く殆んど感じられない

2011/12/12 記述修正 壁や床や天井は無数の穴で蜂の巣と化していて → 壁や床や天井は全面が満遍なく無数の穴が開けられていて

2011/12/12 記述修正 遂に船内の棺の間へと → 遂に船内に於ける聖域とも言える、棺の間へと

2011/12/12 記述修正 部屋の穴の数は増えて行き → 部屋にある穴の密度が上がると共にその数も増えて行き

2011/12/12 記述修正 留まる事に成功し、これから開始される → 留まる事に成功した。その後私はこれから開始される

2011/12/12 記述修正 海中も強い海流も特に無い、 → 海中でも強い海流など無く

2011/12/12 記述追加 変わり果てた姿となっているが~

2011/12/12 記述追加 そうなると、生贄を乗せて~

2011/12/12 記述修正 光点が見え始めたからである → 光点が見え始めたのだ

2011/12/12 記述修正 間違い無いであろう → 違いない

2011/12/12 記述修正 唐突に照らし出される → 唐突に照らし出された

2011/12/12 記述修正 現象が起きているのに気がついた → 現象が起きているのに気づいた

2011/12/12 記述修正 私はそんな死骸が漂う中を掻き分けながら → 私は自分の存在の代償とも言える哀れな死骸が漂うのを眺めつつ

2011/12/12 記述削除 何れにしても私の器では~

2011/12/12 記述修正 何らかの力で引きちぎられたとしか → 何らかの力で千切るか裂かれたとしか

2011/12/12 記述修正 これがあの古ぼけた笛の → これがあの古びた笛の

2011/12/12 記述修正 そう言う感想は抱かないのかと → 私と同様の感想は抱かないのかと

2011/12/12 記述修正 周囲の船の船乗りを見てみても → 周囲の船の船乗りへと目を向けると

2011/12/12 記述修正 状態は相当劣化していると思われた → 相当に脆い物らしいと思われた

2011/12/12 記述修正 楽団が演奏を終えるまでの曲を全て繋ぐと → 楽団の演奏を全て繋ぐと

2011/12/12 記述修正 皆手に小さな陶器で出来た → 皆小さな陶器で出来た

2011/12/12 記述修正 箱の中に並べられた物を → 箱の中にも並べられた筒から

2011/12/12 記述修正 しゃがんでは違う長さの物へと → 違う長さの筒へと

2011/12/12 記述修正 次々と穴を潜り抜けて → 穴を潜り抜けて

2011/12/12 記述修正 衣服が豪華であった事と → 身なりが豪華であった事と

2011/12/12 記述修正 船体の一部が瓦解する音以外 → 船体の一部が燃え落ちる音以外

2018/01/04 誤植修正 そう言う → そういう


私は丁度包囲している船と沈みゆく船との、等距離の場所へと浮上した。

海中でも強い海流など無く穏やかな海域らしかったのだが、それは海上も同様で、風も凪いでいて波も低く殆んど感じられない。

そんな静かな海上には、海中からは船底しか見えていなかった十隻からなる船団が、沈みゆく船を包囲する様に皆船首を左に向けて、包囲している中央に左舷を向ける様にして停泊していた。

船と船の間隔は衝突を避ける為か一隻分以上開いて並んでおり、海中からは然程大きくも見えなかったのだが、改めて海上から確認してみると、甲板に見える船乗りと比べて船は予想よりも大きく、どうやら自分の体の倍近い事から小さい船でも40mはあり、この船団の円陣はざっと半径200mはありそうだ。

私は向こうの出方を見極める為、包囲する船団との距離を保ちつつ、船団の船の様子を確認してみる。

完全な輪になって停船している船団は幾つかの種類の船がいる様で、一回り大きい二隻を除いては全て同じ形をしており、中央のマストの先に靡く旗は皆同じく黒地に髑髏の図柄であったから、全て同じ艦隊に所属する海賊船であるのが判った。

停泊中で帆が畳まれている三本のマストを持つ船体の側面には、一列の砲門をこちらへと向けていて、船首には右腕に持った剣を前方へ突き出す女神らしき船首像が見えるが、何故かその像の上半身は黒く変色しており、それが妙に気になった。

中央以外の二本のマストや船尾には、海賊旗とは別の旗が掲げられていて、その模様は複雑な意匠である事から、こちらは国籍を表す国旗ではないかと思われた。

残る船の中で、他の船を一回り大きくした形状の船は旗艦であろうか、だとすればあれに術者も乗っている様な気がする。

それとも怪物の召喚等と言う怪しげな術を行うのは危険を伴うとして、何か遭った時の為に旗艦から最も離れた真逆の位置にいる、他とは形状が異なる大きな船に乗せていると言う可能性もあるか。

こちらの船は、その大きさは旗艦を越える程の長さがあり、軍艦ではなく商船か或いは輸送艦なのか、左舷にも砲門等は備えておらず、更に積荷が軽いのか喫水が浅く、周囲の船よりもより大きく見えている。

頭を上げたままでは進む方向が思う様に定まらない為、進行方向がずれる度に一旦潜っては進路を修正しつつ、頭を上げたり潜ったりを繰り返して、沈む船を中心に旋回しながら、更に各船の船上を確認する。

こちらから確認出来る船員達は、服装は皆同じではないので流石に海兵には見えないものの、私が何となく思い描いていた様な典型的な無法者や荒くれ者にも見えず、かなり秩序だって行動していた。

しかしそれよりも気になったのは、船乗り達は私の方を作業の手を止めて見ているが、やはり化物を恐れているのだろうか、私が近づいたり目を向けると、彼等は途端に姿を隠したり引き攣った顔を背けたりしていた。

伝説の海の怪物であり、船乗りからすればきっと船を沈めるとか、そういった迷信もある存在であろうと容易に想像出来る事から、彼等の態度は至極当然かと理解出来た。

そんな事を考えつつ、旗艦のところから周り始めて半周した場所にいる輸送艦の甲板に、他の船乗り達とは違う行動を取っている一団がいるのが目に止まった。

その一団は、容姿も船乗り達の様な個々に異なった姿ではなく、皆同じ様な活動的ではない奇妙な服装をしているのもあったが、興味を引いた理由はそれだけではなく、彼等は畏怖の対象である私から目を離す事無く、こちらを凝視し続けていたのもあった。

恐らくあの人間達が召喚者だろう、私は通り過ぎてしまった彼等のところへは一周した後に留まる事にして、残りの半周を周って再び旗艦の前へと戻って来ると、最初の時は見かけなかった旗艦の船長、つまりこの海賊艦隊の提督と思しき人物が、船尾楼の後甲板の上に立っているのが見えた。

提督は如何にも海賊の船長、と言った様な身体的な特徴も特に無かったものの、他の船乗り達とは異なり身なりが豪華であった事と、あの一団を除いて彼だけが私を睨み続けていた事が、私がその男を只の船員ではないと思った理由だった。

私の召喚を企んだのはこの男だろうか、それにしては私を見ている態度に違和感を感じた。

何かを為し得ようとして、この様な人智を超えた存在を呼び出す様に仕向けたのなら、自身の野望に明確に近づいたとして、もっと感情を露にしそうなものなのだが、この提督の態度はどうもその様には見えず、寧ろ忌まわしいものを目にして蔑んでいる風に感じられたのだ。

私の勘が正しければ、この艦隊を差し向けた者はここではなく別に存在していて、ここにいるのはその者に差し向けられた兵隊に過ぎないのだろう。

そんな事を考えていると、私は再び半周を泳いで輸送艦の付近まで近づいて来ていた。

先程見た時とは違い、彼等は何かを準備し始めていて、今までの経験則からすると、これからやっと召喚目的が判明する、何らかの情報伝達をして来る筈だと期待が持てる展開に思える。

私は泳ぐ速度を落としながら、出来ればそのまま頭を海上に出した状態で停止出来ないものかと、色々試行錯誤していると、丁度輸送艦の目の前で留まる事に成功した。

その後私はこれから開始される儀式を見逃さぬ様に、頭を甲板とほぼ水平まで擡げると視線を一団へと向けて待ち受けた。

一団は私の頭部が20mも離れていない場所にありながら驚く様子も無く、皆小さな陶器で出来た細い笛の様な筒を一本ずつ両手に持ち、更に自分の足元に置いてある、ビロウドの敷かれた高価そうな箱の中にも並べられた筒から、違う長さの筒へと持ち替えている者達も確認出来た。

手にしている筒はかなり古い物なのか、皆一様に色はくすんだ黒色をしており、かなり慎重に扱っているところからして、相当に脆い物らしいと思われた。

外見は酷いが収納されている箱の出来からすると、あの陶器の筒は相当に重要な品物であるのは間違い無い。

しかし、何故あんなに沢山の笛と人数がいるのだろう、これから大演奏会でも始まりそうな雰囲気だ。

一団の支度が進むと、他の船にも判る様に合図が送られたらしく、次第に物音が聞こえなくなり静かになって行く。

そして一団の準備が整った頃には、微かな波の音と中央の船からの爆ぜる音や船体の一部が燃え落ちる音以外、何も聞こえなくなった。

その静けさを確認すると、一団の中央にいた男が他の者達へと合図をして、演奏が開始された。

これは私に対するものであろう、この演奏が始まって、彼等が何故幾つもの笛を用意していたのかの、本当の理由が判って来た。

聞こえて来た音楽は、随分とか細い感じの高音の音色の曲であったが、大勢で奏でる様な音にはとても聞こえず、せいぜい三重奏程度の曲にしか聞こえない。

その原因は骨董品の笛の方にあって、あれは縦笛らしいのだが単音しか出す事が出来ず、音階毎に別の笛を鳴らす必要があるのだ。

それ故、あれだけの人数がおのおの数本ずつの笛を担当して、一つの曲を奏でている、これではまるでハンドベルの演奏の様だ。

しかし単に振れば鳴るハンドベルとは違って、こちらはとても丁寧に扱わねばならないのと、劣化の所為で音が出づらかったりしている様で、演奏者達はかなり必死に音を出している様に見える。

彼等が奮闘しているのは判るのだが、内容は普通のフルート奏者の演奏とは比較にならず、曲自体が元からそんな曲調なのかも知れないが、変調の繰り返しがあまりにも多くて、どうも音楽としては愉しめないものでしかない。

この曲を聞いても私と同様の感想は抱かないのかと、周囲の船の船乗りへと目を向けると、どうやらこの音は人間には聞こえない音域の音色らしく、誰一人としてその曲に耳を傾けている様子は無く、私と輸送船の一団を黙って眺めているだけである。

そうか、あの奏者達は自分の聞こえない音を出そうとして努力しているのか、だからあんなに必死なのかも知れない、私にはそう思えた。

暫くその妙な音楽を聴いていると、耳から聞こえて来る音が恐らく一小節分の単位で、私の意識に単語として伝わって来る事に気付いた。

それは接続詞の無い言語らしく、名詞か動詞の単語だけが、次々と脳裏に言葉として構築されていく。

楽団の演奏を全て繋ぐと、それは私への命令となった。

『海、底、沈む、船、中、金、光る、棺、開けない、取る、海、上、帰る、板、上、置く』

つまり、海の底に沈んでいる沈没船の中に金色に光る棺があるので、その棺を開かない様に取り出して再び海上へと戻って来て、そこへ用意されている板の台らしき物へと載せろ、と言う事か。

演奏と言う形式の詠唱を終えた一団の男達が、詠唱が上手くいったかと私の様子を窺っている様を眺めつつ、私は与えられている糧の量を確認してみると、今のところは枯渇の兆しも無いのが判ったのだが、最初に海中にいた時に起きていた現象に似た事が、ここでも再び起こり始めているのに気づいた。

先程から、特にやっている事は変わらないにも拘わらず、糧の消耗が上がり始めたのである。

成程、これがあの古びた笛の持つ力なのだろうか、命令を発した後その通りに動かなければ、罰として糧を奪う。

なかなか直接的で効果的な機能の道具であるなと、私は苦笑しつつ感心していた。

しかしながらこの効果は、ある程度の知性を持つ存在で且つ、糧と言うものを理解していなければ、この罰に気づかないのではないかとも思えるが、どうなのだろうか。

もし私が只の巨大な海蛇程度の知性しか持っていなければ、この力は怪物を正しく御するものとなり得るのかが、かなり怪しいと思える。

それとも我ながらあまりそうは思えないのだが、この海竜は意外とかなり賢い生物なのだろうか。

まあとにかく、今の私にはその効果が有効であったのは間違い無く、この海域がどれだけ深いのかが判り兼ねる点や、果たして暗黒の海の中で無事に沈没船を見つけられるのか等の不安も感じているが、とにかくずっとここで泳いでいる訳にも行かないであろうと思い、その命令に従って私は潜行を始めた。




潜り始めてすぐに、私には浮き袋があったのかどうかの検証をしていなかったのに気づいたものの、仮にあったとしてその制御を行わなくとも、浮上も潜行もこなせる様になっていたので、必要なさそうだと判断してもう考えない事にした。

そしてひたすらに真下の海底を目指して、潜行し続けて行く。

やはりこの器は、基本的に沈む様になっているのか、浮上する時よりも楽に進む事が出来た。

これは逆に考えると、持って来なければならない棺を抱えての浮上は、かなりの重労働になるのではないかと推測された。

出来ればその棺は金色に塗装されただけの、木製の棺である事を祈りたいが、私の予感では詠唱での『金、光る』と言う単語と、海賊とは言えあれだけの艦隊が動員されている点からして、文字通りのとても重厚な棺が鎮座していると思えてしまい、私の気分まで重くなった。

それ以前に、果たして沈没船の場所まで行き着けるかもとても怪しい気がして、この広くて暗い深海で、迷子になるのではないかと言う不安を強く感じる。

暫く潜行していると、前に目撃したものに追いついたのか、同じ方向に進んでいる無数の瓦礫や死体の群れと遭遇した。

比重に因る浮力の影響で、相当にゆっくりと沈んでいるらしいが、私はそれらには構わず中央を突っ切る様に追い越して、ひたすら下へと突き進む。




もう最初に浮上した時の倍以上の時間を潜行したが、周囲の視界が無くなり完全な闇へと代わった事と、水圧が強まっている以外に目ぼしい変化も無く、私はただひたすら暗闇へと向かって進み続けているだけであった。

しかしこのまさに闇雲に進むしかない状況になった事に因り、あの笛の持つ制裁の力であろう、糧を奪う効果の本来の利用法に今頃になって気がついた。

今の私は、海底の棺を目標の場所として命じられているので、留まったりその場所以外へと進んだりすると、制裁として糧が減少する。

つまりこれを裏返して考えると、私は糧の消耗を抑える様に進んでいけば、迷う事無く真っ直ぐに目的の場所である沈没船へと辿り着く訳だ。

ここまで理解してこの術を用いていたのだとすれば、あの男達は意外に優秀であると言えるが、只の偶然の様な気もしないでもない。

まあ計算だったにせよ偶然だったにせよ、判りやすい指針があるに越した事は無い。

私は自分の糧に注意を払いつつ、進行方向を調整しながら、海底目指して深く沈んで行く。




全身を締め付けられる様な水圧の強さからして、もう最初に目覚めた場所の十倍は潜っているのではないだろうか。

その圧力の強さは、周囲に漂う生贄の変わり果てた姿を見れば一目瞭然だったろう、漂う血や臓腑の内容物の匂いが海水に溶けて漂っている。

きっと目が見えたなら、さぞかし凄惨な光景を見たのであろうが、ここが完全な闇であったのを唯一有り難いと感じていたのに、皮肉な事に幸か不幸かその凄惨な物を、この目で見る事が出来そうな現象が起きているのに気づいた。

進行方向に、この場所では有り得ないであろう、光点が見え始めたのだ。

それは黄金色をしている事からして、あの詠唱にあったものに違いない。

圧し掛かる水圧に耐えながらその光の地点へと近づくと、どうやら沈没船の内部から漏れ出た光である事が判り、それが閃光となって海底や周囲を部分的に点々と照らしていて、その光景はある意味幽玄で美しいとさえ言える、幻想的なものであった。

しかしそんな感動をぶち壊す様に、その点々と照らされた場所に時折、あの死臭の根源が唐突に照らし出された。

それは元々は人間だった残骸で、四肢はまるで雑巾を絞ったかの様に拉げて、胴の部分は水圧で完全に潰れてしまっており、内臓は腹部ごと破裂して繊維だけで繋がって揺らめいていたり、裂けて襤褸切れの様になった腸が長々と飛び出していたり、頭部もまた歪に歪み、あらゆる穴と言う穴から、千切れかけた筋肉の筋や視神経の筋で繋がった眼球や、これは脳なのか黄土色の潰れた何かを垂れ流していたりと、予想通りの無残な姿を晒していた。

変わり果てた姿となっているが、残っている衣服からするとこれらも生贄の人間らしく、あの潜行速度からして相当な時間を掛けてここに到達したであろう事を考えると、私を召喚する儀式はかなり前から行なわれていたのだろうか。

そうなると、生贄を乗せて沈めた船は一隻ではなかったのかも知れず、だとしたら一体何人の奴隷を費やしたのか想像もつかない。

私は自分の存在の代償とも言える哀れな死骸が漂うのを眺めつつ、沈没船の上へと近づいて行く。

私は船体に近づきながら、先程から漏れ出た光が部分的に周囲を照らしているのは、何故なのだろうかと考えていた。

光を発しているのは棺だと言う推測は良いとして、それが船体の外へ投げ出されているとか、格納されていた船室の屋根が全てなくなっているのであれば、光が船の周囲を部分的に照らすなんて事は起こり得ない。

何故照明の様に点々と光が漏れ出ているのか、それは船体の傍まで近づくと理解する事が出来た。

まず最初に気づいたのはその沈没船の大きさで、原型を留めているそれは四本のマストを持つ、海上で見かけた中で最も巨大であった輸送艦よりも、更に大きい船であった。

この外観を留めている船体には、船の全体に何か凄まじい力で撃ち抜いた様な直径1m程の穴が無数に開いていて、その穴から光が漏れ出ているのが判った。

それは甲板・船首・船尾・両舷に至る全ての面に存在し、見た目からは判らないが恐らく船底にも同じ様な穴が開いているのだろうと推測出来た。

この場所まで沈んでいながら原型を留めているのだから、この船は相当な強度を持っている筈だが、そんな頑丈な船にこれだけの数の穴を穿つ攻撃とは、一体どの様な化物なら出来るのか、全く想像が出来ない。

船体自体は穴だらけだが、まだ沈んでから間も無いらしく、大穴以外の船体の損傷や劣化は無く、そういう意味ではこの船は建造されてからすぐに、沈められたのではないかと思えた。

あまり悠長にここで観察していると、またしてもあの笛の呪縛に見舞われそうだと気づき、次の取るべき行動を考察し始める、勿論次は棺の回収だ。

恐らく棺があるのは光の角度からするとこの船の中央の最深部だろうから、棺に最短で辿り着けると思われる船体中央の甲板部分にあった、一番大きく開いている穴から船内へと浸入する事にした。

自分の胴体と比べると大きいだろうと思ったのだが、いざ頭を突っ込んでみると後頭部で少々引っかかりはしたものの、多少もがくと甲板は意外と脆く、破壊して穴を拡大する事が出来た。

これは船が劣化していて脆くなっていたのではなく、私のこの器の力が尋常では無く強大なのであろう。

海上での船乗り達の恐れ様からしても、恐らくこの怪物は船を沈める程の強さがあって、彼等は自分達の船が沈められるのではないかと恐れていたに違いなく、そう考えて見ると彼等のあの様子に納得がいった。

だがそんな怪力を以ってしても、こんな風に船を穴だらけにするのは難しいだろう、つまりこれをやったのは、恐らく私とは別の力を持つもっと強力な存在だと思えて、私はその存在に少なからず恐怖を覚えた。

船倉内に侵入してみると、内部には様々な調度品や武器や道具に混じって、かつてのこの船の船員達が、何体か漂っているのが目に入って来た。

全て同じ様な制服らしき服を着ているので、海兵だったのかも知れない。

どの死体も肉体は水圧で潰れている点は、沈んで来た生贄と同じであったのだが、ここの骸は全て胴体に頭部と四肢が揃っているものが一つも無かった。

これはつまり、何らかの力で千切るか裂かれたとしか考えられない。

船倉内の部屋は細かく区画が分けられていたが、どの部屋にも死体は漂っていて、これらの骸の状態を考えるとあの海賊の艦隊は、この船が沈んでそれほど時間を置かずにここへとやって来たのはもう間違い無い。

彼等はこの沈没船の味方だったのか、それとも敵だったのか、この船のマストには光が当たっていなかったので、模様どころか旗の有無すら判っていないが、浮上する際にそこは確認しておく事にしよう。

私は部屋と死体の数を数えながら、注がれる光の元を目指して穴を潜り抜けて、天井から床へと突き進んで行く。

光源へと近づくにつれて、部屋にある穴の密度が上がると共にその数も増えて行き、光も私へとぶれずに注がれ続けている事から、穴は全て棺へと真っ直ぐに穿たれている様に思える。

その様な破壊方法を取る為には考え得るのは二つで、一つは棺への攻撃として、船の周囲から透視でもして棺の場所を割り出し、そこ目掛けて移動しながら何かで貫く、もう一つは船外にいる敵に対しての攻撃として、この棺の部屋から外へと向かって、何かで船体ごと貫くのどちらかだろうか。

前者の推測では、これを行った相手はもう近くにはいない可能性が高そうだ、何故ならこの船を沈めるべく攻撃したのであろうから、それは浮上していた時に行われて、もう既に過去の出来事の筈だからだ。

後者の推測であれば、もしかするとまだこの船内にその相手が残っているかも知れないが、この強烈な水圧の中で生存出来るかは何とも言い難い。

通常の存在ならばまず生きてはいないと思うが、あれだけの事が出来るとなると、私と同様にこの環境にも対応出来ているかも知れない。

出来る事なら、それがまだここに残っていない事を願うばかりだ。

三十の死体を数えて六つ目の部屋へと入った時、そこは今までの狭い部屋とは違う、大きな部屋になっているのが判って、遂に船内に於ける聖域とも言える、棺の間へと辿り着いたのを悟った。

ここは今までの部屋の高さの倍はあり、恐らく進んで来た距離から考えると、船内の最下層にあたる筈だ。

今まで大量に見かけた死体も一体も無く、壁や床や天井は全面が満遍なく無数の穴が開けられていて、これだけ広い部屋であるにも拘わらず、只一つを除いては何も存在していないのが、かえって不気味な雰囲気を醸し出していた。

この何も無い部屋の中で唯一存在するのは、言うまでも無く、金色の光を放ち輝く棺であった。





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