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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第十章 深海の遺産
43/100

第十章 深海の遺産 其の一

変更履歴

2011/04/15 誤植修正 謝って違う方向へと → 誤って違う方向へと

2011/10/30 誤植修正 位 → くらい

2011/10/31 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m

2011/10/31 記述統一 変らず・変らない → 変わらず・変わらない

2011/11/19 誤植修正 関わらず → 拘わらず

2011/12/10 誤植修正 待っても見たが → 待ってみたが

2011/12/10 誤植修正 超自然な力で以って → 超自然の力で以って

2011/12/10 誤植修正 動かして見たのだが → 動かしてみたのだが

2011/12/10 誤植修正 確認して見ると → 確認してみると

2011/12/10 句読点調整

2011/12/10 記述修正 浮揚感を感じつつ → 重圧と浮揚感を感じつつ

2011/12/10 記述修正 最初も今も私は → その根拠としては最初も今も私は

2011/12/10 記述修正 魚の体型では → もしこの器が魚の体型では

2011/12/10 記述修正 それから背中へと意識を向けてみると → 今度は背中へと意識を向けてみると

2011/12/10 記述修正 大きさの縮尺が比較対象が → 大きさを知る為の比較対象が

2011/12/10 記述修正 これは海蛇か → 形状的に考えてこれは海蛇か

2011/12/10 記述修正 泳げているのではないかと思えた → 泳げているのではないかと感じた

2011/12/10 記述修正 すぐにコツを掴む事が → すぐに要領を得る事が

2011/12/10 記述修正 無さそうで安心した → 無さそうで安堵した

2011/12/10 記述修正 死体が沈んで行くのだ → 沈んで行くのだ

2011/12/10 記述修正 巨大な怪物だったのだ → 巨大な怪物だった

2011/12/10 記述修正 その船団の中に → 恐らくあの船団の中に

2011/12/10 記述追加 そこには雲一つ無い青空と~

2011/12/10 記述修正 そこには、ぐるりと囲む様にして → 海上にはぐるりと囲む様にして

2011/12/10 記述修正 海上へと出してみる事にした → 海の上へと出してみる事にした

2011/12/10 記述修正 海面へと出してまずは海上を目視する → ゆっくりと海面へと上げた

2011/12/10 記述修正 判断出来ずにいた → 判断出来ない

2011/12/10 記述修正 沈んでいたのが、泳ぎ始めてから判った → 沈んでいくのに気づいていた。

2011/12/10 記述修正 船なのは間違い無いだろう → 船なのは間違い無いであろう

2011/12/10 記述修正 それら無数の残骸は → それら無数の瓦礫は

2011/12/10 記述修正 人間を一口で飲み込む事が出来る程の、全長20mを超えた → 全長20mを超える、人間を一口で飲み込む事が出来る程

2011/12/10 記述修正 影響しているのが判った → 影響しているのに気づいた

2011/12/10 記述修正 進行方向が狂うのが判って来た → 進行方向が狂ってしまうのも判った

2011/12/10 記述修正 鱗に包まれた大して尾の根元と太さの変わらない → 鱗に覆われた尾の根元と太さの変わらない

2011/12/10 記述修正 体の抵抗と圧力と冷たさを → 体の抵抗と圧力、それと冷たさを

2011/12/10 記述修正 思い直して、これはすぐに取り止めた → 思い直し、試すのを取り止めた

2011/12/10 記述修正 みるのを試してみる事にした → みるべきかと思い始めた

2011/12/10 記述修正 進んで行くにつれて → 泳ぎ進んで行くにつれて

2011/12/10 記述修正 各鰭の機能を → 各部位についている鰭の機能を

2011/12/10 記述修正 移動する方法を確認する事にした → 移動手段について確認し始めた

2011/12/10 記述修正 器の形状の推測も → 器の形状については

2011/12/10 記述修正 小さな鰭程度の物しか → 腕としては小さな鰭程度の物しか

2011/12/10 記述修正 もう死んでいるとかで無い限りは → もう既に死んでいたりしなければだが

2011/12/10 記述修正 海中で、吐きだして振るわせる為の声帯も無さそうだと感じたのと → 海中であるのと

2011/12/10 記述修正 何か別の力が発動してしまい → その行為に因って何か別の力が発動してしまい

2011/12/10 記述削除 まず音を出そうとして吸い込むべき空気は無い海中であるのと、

2011/12/10 記述修正 魚には人間の肺に当たる → 魚類であれば人間の肺に当たる

2011/12/10 記述修正 海面を目指す速度を → 浮上する速度を

2011/12/10 記述修正 術者がいる筈だ → 術者がいるのだろう

2011/12/10 記述修正 すれ違う様にしながら → すれ違いながら

2011/12/10 記述修正 船の部品の様で → 船体を構成する部品の様で

2011/12/10 記述修正 進行方向を曲げつつ → 進行方向を調整しつつ

2011/12/10 記述修正 海上を目指して → 糧の流れに従って

2011/12/10 記述修正 力を入れた感覚は皆無で → 力を入れた感覚に至っては皆無で

2011/12/10 記述修正 頭部からは首で胴体と → 頭と胴体は首で

2011/12/10 記述修正 海流等では無くもっと → 場所の特定が出来ない海流では無く、

2011/12/10 記述修正 自ずと答えは判るだろう → 自ずと答えは出るだろう

2011/12/10 記述修正 この体は暗闇では → この器は暗闇では

2011/12/10 記述修正 巨大な海蛇の様なもので → 巨大なウツボの様なもので、その体型の所為では無いのだろうが

2011/12/10 記述修正 さて、もうこの場所で → これでもうこの場所で

2011/12/10 記述修正 そろそろこの場所からの → 次にこの場所からの

2011/12/10 記述修正 そんな生物らしい → その様な形状の生物らしい

2011/12/10 記述修正 胸鰭と尻鰭を持っている → 一対ずつの胸鰭と腹鰭を持っている

2011/12/10 記述修正 壊死しているとかの → 壊死している

2011/12/10 記述修正 程度で、それ以外の何の感覚も無く → 程度の感覚しか無く

2011/12/10 記述修正 判断しても良いだろうか → 判断しても良いだろう

2011/12/10 記述修正 この次は体の状態の確認に → 続いて体の状態の確認に

2011/12/10 記述修正 判らない様だ → 判らないものの、これもそのうちにその様な対象物に遭遇した際に確認する事にすべきか

2011/12/10 記述修正 次に目視で確認しようとするが → 再び改めて目視で確認しようとするが

2011/12/10 記述修正 何も見えなかった → やはり何も見えない

2011/12/10 記述修正 何かほんの僅かではあったが → ほんの僅かではあったが何か

2011/12/10 記述修正 鎖の一部がちぎれた物であるのが → ちぎれた鎖の一部であるのが

2011/12/10 記述修正 それから胸鰭と尻鰭は → それから胸鰭と腹鰭は

2011/12/10 記述修正 一度繰り返してみた。頭と胴体は ~ 一度繰り返してみると、頭と胴体は

2011/12/10 記述修正 その周囲には、その燃え落ちる船を → その周囲には燃え落ちる船を

2011/12/10 記述修正 中には弓矢が刺さっている屍もあった事からして → 中には焼死と思える屍もあった事からして

2011/12/10 記述修正 と言う事は、恐らくはこれが → 恐らくはこれが

2011/12/10 記述修正 その根拠としては最初も今も私は胴体は一切動かしてはおらず → その根拠として最初も今も私は胴体を一切動かしておらず

2011/12/10 記述修正 この器が魚の体型では → この器が魚の体型なら

2011/12/10 記述修正 最初に気づいていた何かの匂いの正体までは判らないものの、その匂い自体は濃くなっている事から → 最初に気づいた匂いが濃くなっている事から

2011/12/10 記述修正 蛇行してしまったり、自分の動作の所為で酔ってしまったりしたが → 蛇行してしまったりしたが

2011/12/10 記述修正 恐らくこの器は → 恐らく今回の私は

2011/12/10 記述修正 無いのだろうかと思われた → 無いらしい


私は暗闇の中にいる。

目の前には、潮の香りと船の残骸や死者が漂う、濁った海水が満たされたトンネル。

私は、重圧と浮揚感を感じつつ、奥へと進んでいく……




今までの召喚には無かった体の抵抗と圧力、それと冷たさを感じつつ私が目を開けて見ると、そこは変わらず暗闇の中だった。

ほぼ完全な闇、上も下も、右も左も、前も後ろも、何処を向いても何も見えない。

頭を動かす度に感じる抵抗、そして体に感じる冷たさと僅かな対流、更に口内に満たされた潮の味。

これらに因って私は自分が、光の無い冷たい海の中にいるのが理解出来た。

それも、体に圧し掛かってくる水圧を考えると、これは相当な深海なのではないだろうか。

鼻孔からは潮の香りの他には今のところ何も嗅ぎ取れないが、ほんの僅かではあったが何か別の匂いも混じっているのが判り、嗅覚は相当に鋭い様に思われた。

その微かな別の匂いは、どうやら上方から海中を漂っているらしい。

この匂いについては後で探る事にして、まずは自分自身の確認をすべきであろうと考え、その作業へと入る。

先程から口は開けたままでいるから、呼吸は当然口からはしていないにも拘わらず、窒息には至っていないところからして、恐らく今回の私は鰓呼吸の生物なのであろうか。

再び改めて目視で確認しようとするが、この器は暗闇では目が見えないのか、それとも元から視力が無いのか、どんなに目を凝らしてもやはり何も見えない。

今いる場所が深い海の中であると仮定して、これは後ほど上方へと向かってみれば、その内に光も届くところまで辿り着いて、その時に視力に関しては自ずと答えは出るだろう。

聴覚に関しては、現状で主に聞こえてくるのは、海流の流れる騒音じみた音とこの器の心臓の鼓動だけであり、鼓動はともかく海流の音はどの程度の距離までが私の耳に届いているのかが、判断出来ないでいた。

音を聞く器官は恐らく、頭部か体の側面にでもあるのであろう、しかし距離もそうだが音源の方向に関してもどうも良く判らない。

場所の特定が出来ない海流では無く、明らかに一箇所しか無い音源からの音を聞いてみないと、それが判断出来ているのかすら判らないものの、これもそのうちにその様な対象物に遭遇した際に確認する事にすべきか。

味覚に関しては潮の味が感知出来ているから、生かす機会があるかどうかは別として、問題無く機能しているのは判ったので、続いて体の状態の確認に入る事にした。




海中の冷たさを全身で感じているところから、この体には温度を感知する能力もあるらしい。

ここで私は最初にも行った、周囲を見渡してみる動作をもう一度繰り返してみると、頭と胴体は首で繋がっているのだろうと思えるが、どうも人間の肉体で考えるよりも、大きく頭部が振れている感覚があった。

一般的な哺乳類の骨格よりも首は長い生物だとすると、魚類の線は無いと判断しても良いだろう、その根拠として最初も今も私は胴体を一切動かしておらず、もしこの器が魚の体型なら、周囲を見渡した時必ず胴体ごと動かなければ不可能な筈だからだ。

今度はこれからの行動を決定するに、非常に重要な影響があるであろう、腕と足について確認して行く。

まずは腕を適当に動かしてみたのだが、ごく僅かに海流の抵抗を感じた程度の感覚しか無く、腕の筋肉へ力を入れた感覚に至っては皆無で、肘や指の関節が動作した感覚も全く無い。

即ちこれは、腕に当たる部位が無いまではいかないが、ごく僅かな大きさしか無い証明であろうと思われた。

この動作の際に使われたと感じた筋肉は、胴体に付帯する肩周辺だけである事から、腕としては小さな鰭程度の物しかこの器には備わっていないのが判った。

まあ、まだ最初の頃のキマイラの様に、本来は存在するのだが不完全な器で、その部位が壊死している可能性もあったが、それでもどの道役には立たない部位であろうと、期待しないでおく事にする。

こうなると次も大幅に期待値は下がっている足を確認してみると、やはり手と同様で、腕よりは大きい様だが、鰭程度の部位が動くだけなのが判った。

ここまでの確認で、四肢については何かを出来る様な形状では無いのが判ってきて、この肉体は言ってみれば蛇の様な胴体に、短い手足の様な一対ずつの胸鰭と腹鰭を持っている、その様な形状の生物らしい。

次に確認するのは人間では存在しない部位で、まずは尻尾、或いは尾鰭を動かしてみると、かなりの長さで海流の抵抗を感じた。

今度は背中へと意識を向けてみると、背中の中央には背鰭だろうか、僅かに動かす事の出来る部位が、首の後ろから胴体の背面にずっと続いていて、それが尾の先まで連なっているのが感じられた。

これで大体の肉体の各部位に対する確認は終わり、器の形状についてはほぼ把握したと言っても良いだろう。

この体は、大きさを知る為の比較対象が存在しないので判り兼ねるものの、形状的に考えてこれは海蛇か、或いは海竜の類であると予測した。

後やっておきたい事は、実体があるのかと、それがあった場合もっと詳細な形状はどうなっているのかを、出来るだけ確認しておくくらいだろうか。

私は自分の体の形状を考えてから、実体を持っていると言う確証を得る為の手段を考察して、早速実行に移した。




目が見えなくても腕が無くとも、この器を確認する方法として私はまず、体を前屈みにして頭を自分の尾の方へと近づけて行くと、やがて顎の先に自分の尾が接触してきたのが判った。

ここで試しにその自分の尾を口で咥えてみると、想像以上に表面は硬く、多少力を加えても大した痛みも無いのが判り、歯触りからして大きな鱗で覆われていて、それがかなり硬いのだろうと推測した。

私は口で確認出来る限界まで、体を丸めて確認を続けて見た結果、やはり想像していた通りで、全身鱗に覆われた尾の根元と太さの変わらない胴体に、四肢も持たず小さな鰭だけがある体であるのを確認する事が出来た。

この行動に因って、自分の口には歯がある事も理解出来たし、更には痛覚も備わっているのも判明したところで、次にこの場所からの移動手段について確認し始めた。

私は胴体を出来るだけ真っ直ぐに伸ばしつつ、左右へとくねらせて、蛇が地面を進む要領で体を動かしてみると、今までに無い程に早く全身に前方からの海流を感じ、更に各鰭にかかる水の抵抗も大きくなった事から、思いの他上手く泳げているのではないかと感じた。

ただ、ここで色々と試していて気になったのは、上方以外の方向へと向かうと、糧の枯渇からなのか脱力感に見舞われる事だった。

ここまで色々とやっている間、私には召喚者の声も未だ何も聞こえては来ず、状況は一切判らなかったものの、上方へと向かう限りは糧が途切れる気配も無かったのは、それが術者の意思を表しているのだろう。

これでもうこの場所でやっておくべき事は無いだろうし、このままこうしていても仕方が無いと判断して、私は自分を召喚した相手を求めて、糧の流れに従って上へと泳ぎ始めた。




いざ泳ぎ始めてみると、各部位についている鰭の機能を理解する事が出来た。

まず背鰭は胴体と共に推進力を得る為にあり、ここが意外にもかなり大きく影響しているのに気づいた。

それから胸鰭と腹鰭は舵の役割をしており、これを目指す方向に垂直に立てていないと、容易く進行方向が狂ってしまうのも判った。

後は頭部、これは進むべき方向を向けて固定していないと、やはり曲がってしまう様だ。

泳ぎ始めた最初のうちは胴体や尾につられて、頭も左右に振ってしまいひどく蛇行してしまったりしたが、すぐに要領を得る事が出来たので、かなりの速度で安定して泳げる様になっていった。

泳ぎ進んで行くにつれて、体全体に圧し掛かる水圧は段々とではあるが弱まっているのが判り、有り得ないとは思っているが誤って違う方向へと突き進んでいる、なんて事も無さそうで安堵した。

上へ上へと向かって進んで行くに従って、少しずつではあるが光も届き始めてきたらしく、目の前の暗闇は深い紺色へとゆっくりと変化していき、それと同時に海中に漂う細かな塵の様な物が見え始めて来た。

どうやらある程度の光量さえあれば、この器の目は見える様だ。

それと浮上して行くにつれて最初に気づいた匂いが濃くなっている事から、潮の流れが入り組んでいたり激しくなければの話だが、この謎の匂いの正体は今向かっている方向に存在するのではないかと思われた。

その内に、頭上からこちらへと向かって何かが迫って来るのが見えて、私はそれを避ける様に若干進行方向を調整しつつ進んで行くと、こちらへと迫ってきた物、つまり落下してきた物の正体が見えて来た。

それは最初、小さな金属の輪に見えたのだが、更に近づいて来ると、ちぎれた鎖の一部であるのが判った。

私の目からすると、首飾りにつける様な細くて小さな物で、それが私のいる脇を通り過ぎて、海底へと向かって沈んで行くのを見送った後に再び上を見ると、更に多くの様々な形状の物が降り注いでくるのが見えて来た。

それらはどうも船体を構成する部品の様で、次第に細かい部品だけではなく、もっと大きな部品が緩やかに通り過ぎて行き、私はそれらを回避してすれ違いながら、ひたすら上を目指して泳いで行く。




沈む瓦礫の雨が現れ始めてからも、ひたすら浮上し続けてかなりの時間を費やしたが、なかなか海上までは辿り着かず、私の最初にいたところはよほどの深海であったのではないかと、改めて実感していた。

船の破片とも思えるそれら無数の瓦礫は、ところどころ焼かれた後があり、どうやら船が炎上して沈没した残骸が沈んで来ているのだと理解した。

それら残骸は浮上して行くに従い数は増えて行き、そのうち残骸の中に、ずっと感じていた匂いの発生源が混じって来たのが判った。

それは、人間の死体だった。

粗末な衣服と手足に付けられた枷から、彼等は奴隷であろうと判断した。

奴隷達は手や足に枷を付けられて、それに繋がった鎖の先の鉄球の重りに因って、海底目指して沈んで行くのだ。

その数は次第に増えて行き、優に百は超えていた。

大半は溺死体の様であったが、中には焼死と思える焼け焦げた屍もあった事からして、この奴隷達は船毎焼き殺されたものではないかと思われて、恐らくはこれが私への生贄であろうかと推測した。

ここへ来て人間の屍と言う比較物が現れてくれたおかげで、私はやっと自分の体の大きさを理解する事が出来た。

私の体は全長20mを超える、人間を一口で飲み込む事が出来る程巨大な怪物だった。

この器は大海蛇かそれとも海竜か、まあいずれにしても、相当に強大な生物であるのは間違い無い。

こんな伝説の怪物を召喚して何をさせるつもりなのか、すぐに思いつくのは戦争、海洋の怪物である点からすると大規模な海戦だろうか。

他に何か無いかと考えてみたが、やはりこれが最も可能性としては高いと思えた。

そんな事を考えつつ、私は海上を目指して、残骸と奴隷の溺死体の降る海を昇って行く。




更に暫く浮上を続けていると、海の色はかなり明るくなり、頭上にはまるで夜空に一番星が輝いているかの如く、赤い光が灯っているのが見えており、あれが炎上している船なのは間違い無いであろう。

その周りには大きな残骸が浮いているのも見えていて、無数の長いオールや根元から折れたマスト等が判別出来た。

その周囲には燃え落ちる船を囲む様に船底が見えていて、船団が停泊しているのが判り、恐らくあの船団の中に私を召喚した術者がいるのだろう。

しかし、この停泊している船はどれも停船していて、戦闘をしている船は無い様に見えた事から、どうやらここは海戦の場所では無いらしい。

もう海面は間近なのだが、ここへ来て私はどの様にして術者と接触したら良いかについて、全く名案が浮かばずに、浮上する速度を落としながら、考え始めた。

私の体は言わば巨大なウツボの様なもので、その体型の所為では無いのだろうが、上へ進むのを止めて海中で何もしないでいると、後方から海流を感じる事から、ゆっくりとではあったが沈んでいくのに気づいていた。

魚類であれば人間の肺に当たる浮き袋で浮力を調整出来るのだが、この怪物の場合はどうなのだろう。

口から空気を取り込めば浮いていられるのか、それとも別の方法で浮き袋を膨らませるのか、或いは全く別のこの怪物が持つ超自然の力で以って、意識せずに海上に姿を出していられるのか、今の私にはそれが判断出来ない。

少なくとも現在のところは、自らの意思で上へと泳いでいなければ、この体は沈んでしまうのだ。

どうも今回の器は非現実的な存在の様ではあるが、その生態と行動の手段については極めて通常の生物に近い様なので、単に望めば叶うと言った簡単な対処では自由に操れないらしい。

それ故に海面に近づいたからと言って、何も考えなしに浮上してしまうと満足に体勢も維持出来ず、そこにいるであろう術者や他の人間達へ醜態を晒し兼ねない。

沈みつつある炎上する船の周辺を旋回しながら、ここまで浮いて近づけば、術者からの呼び掛けが聞こえないものかと待ってみたが、依然として何も聞こえないままだ。

この位置まで来れば、船上からでも私の姿は見えていそうなものであるが、もしかすると私の存在に気づいていないのかも知れないとも考えて、今まで試していなかった、声を発してみるべきかと思い始めた。

しかし、その行為に因って何か別の力が発動してしまい、海上の船団へと危害を加える事になってもまずかろうと思い直し、試すのを取り止めた。

浮上する前に、確認出来る事を試してみた心算だったが、結局全て上手くは行かずに終わってしまった。

もはや仕方が無いだろう、私はこちらの存在を明確に知らせるべく、イルカの様に飛び跳ねたりするのではないが、海上をこの目で見てみたいのもあって、一時的に頭部だけでも海の上へと出してみる事にした。

流石にここまですれば、術者も気がつくであろう、もう既に死んでいたりしなければだが。

私は今もずっと回っていた、燃えながら沈む船の周囲を回る軌道を描きながら、海面へと近づいていき、ゆっくりと首だけを海面へと上げた。

そこには雲一つ無い青空と穏やかな凪いだ海があった。

海上にはぐるりと囲む様にして停泊している帆船と、その甲板にいる小さな人影が目に入ってきた。

ここで遂に、いや、やっとと言うべきか、この世界の空と人間を見たのだった。





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