第九章 初恋 其の五
変更履歴
2011/09/07 句読点修正 “、” → “。”
2011/10/28 誤植修正 位 → くらい
2011/10/28 誤植修正 沸いて → 湧いて
2011/10/29 記述統一 変りました → 変わりました
2011/12/08 誤植修正 貴殿があの娘へと施した → 「貴殿があの娘へと施した
2011/12/08 誤植修正 その髪はかつても英雄を → その髪は嘗ての英雄を
2011/12/08 誤植修正 『開放戦争』 → 『解放戦争』
2011/12/08 誤植修正 現実には成り得ちません → 現実には成り立ちません
2011/12/08 誤植修正 順当な人生てあったでしょうにねえ → 順当な人生であったでしょうにねえ
2011/12/08 誤植修正 義勇軍が蜂起して結果 → 義勇軍が蜂起した結果
2011/12/08 誤植修正 開放した地域で → 解放した地域で
2011/12/08 誤植修正 この期に乗じる → この機に乗じる
2011/12/08 誤植修正 各地で横行する圧制に → 各地で横行する圧政に
2011/12/08 誤植修正 理解したのだと想われます → 理解したのだと思われます
2011/12/08 誤植修正 出迎えたと云われています → 迎えたと云われています
2011/12/08 誤植修正 やむなく反乱軍へと → やむなく革命軍へと
2011/12/08 句読点調整
2011/12/08 記述修正 あの後、赤毛の娘では → あの後、赤毛の娘一人では
2011/12/08 記述修正 伯爵の血を強く継いだ整った → 伯爵と婦人の血を継いだまともな
2011/12/08 記述修正 男児であったから → 子供達であったから
2011/12/08 記述修正 欠陥を抱えた娘に → 欠陥を抱えた不出来な娘に
2011/12/08 記述修正 父や母を想いつつ → 父を想いつつ
2011/12/08 記述修正 あの歳で妖精の秘文字を → あの歳で妖精文字を
2011/12/08 記述修正 幼い頃に感じた → それが幼い頃に感じた
2011/12/08 記述修正 聖職者達に因る寡頭支配であると → 聖職者達に因る淀んだ寡頭支配であると
2011/12/08 記述修正 自らの正体を明かしてその青年へと謝罪しました → 自らの正体を明かして
2011/12/08 記述修正 私の父であると → その青年へと謝罪しました
2011/12/08 記述修正 本当に愛する相手と共に居て → 本当に愛する相手と共に居れた
2011/12/08 記述削除 その相手との子供も設けたりして~
2011/12/08 記述削除 その子供は娘の赤毛を継いではいましたが~
2011/12/08 記述修正 見せしめとして処刑させます → 自分以外の伯爵一族全員を処刑させます
2011/12/08 記述移動 娘にとって青年と共に居たこの時が~
2011/12/08 記述修正 娘にとって青年と共に居たこの時が、本当に愛する相手と共に居れた → 娘にとって真に愛する家族と共に居たこの時こそが
2011/12/08 記述修正 この反乱は二ヶ月も持たず → この反乱は二ヶ月と持たず
2011/12/08 記述修正 これ以上の被害を避けるべく → これ以上の犠牲と被害を避けるべく
2011/12/08 記述修正 この時の包囲軍の指揮を → この時王国軍の指揮を
2011/12/08 記述修正 二人はこの娘の要求を → 若くして有力な貴族へと成長していた二人はこの娘の要求を
2011/12/08 記述修正 「虐げられる者達よ → 『虐げられる者達よ
2011/12/08 記述修正 決して希望と絶望を忘れるな → 決して絶望と希望を忘れるな
2011/12/08 記述修正 希望を常に持ち続けよ、絶望を常に捨て続けるのだ → 絶望を常に捨て続けよ、希望を常に持ち続けるのだ
2011/12/08 記述修正 公女の反乱は終わったのです → 公女に因る反乱は終わったのです
2011/12/08 記述修正 希望を蝕むものでしかない → 希望を蝕むだけだ
2011/12/08 記述修正 絶望が湧いてくるのだ」 → 絶望を生むのだ』
2011/12/08 記述修正 この青年が指揮する → この赤髪の青年が指揮する
2011/12/08 記述修正 かつての公爵公子は → 公爵第二公子はこの混乱から領土を守るべく
2011/12/08 記述修正 自分達の一族で → 王国から分裂し、自分達の一族で
2011/12/08 記述修正 子爵公子は → 一方子爵第一公子は
2011/12/08 記述修正 爵位を捨てて → 爵位を捨てて独立戦争を仕掛けて勝利し
2011/12/08 記述修正 かつてあの娘から始まった → 赤毛の娘から始まった
2011/12/08 記述修正 「希望を持て、絶望を捨て」 → 『絶望を捨て、希望を持て』
2011/12/08 記述修正 各地の反乱軍を統一して → 個々の反乱軍を纏め上げて
2011/12/08 記述修正 西方の地方の話です → 大陸西方の地方の話です
2011/12/08 記述修正 生み出すのは出来たが → 生み出すのは出来ても
2011/12/08 記述修正 この一件で、娘としては家族で → その後に立ち直った娘は、以前は同じ血を引く身内で
2011/12/08 記述追加 その在り方には疑問を感じていたとは言え~
2011/12/08 記述修正 「この伝説は → 「どうやらこの伝説は
2011/12/08 記述修正 秘密結社 → 組織
2011/12/08 記述修正 段々と組織の一員として → 段々と組織の支援者として
2011/12/08 記述修正 娘の感情が覚醒するまでに、既に自身の感情に従って動ける可能性を上げる為、 → 後ほど自身の感情に従っての選択肢を増やす為、娘の感情が覚醒するまでは
2011/12/08 記述修正 娘の幸せな時は → この二重生活は
2011/12/08 記述修正 この反乱軍に繋がっていた者を → 反乱軍に繋がっていた者達を
2011/12/08 記述修正 この処刑の時に娘は → 処刑の際に娘は
2011/12/08 記述修正 今度は王国全土で娘の組織と同じ → 今度は王国各地で娘の組織と同じ
2011/12/08 記述修正 反乱軍の残党の決起や → 反乱軍の残党の再決起や
2011/12/08 記述修正 その若者は、かつての赤毛の娘と同じ、赤い髪を持った → その指導者は、
2011/12/08 記述修正 髣髴とさせる赤い髪でした → 髣髴とさせる赤い髪をしていました
2011/12/08 記述修正 しかし、この物語が真実で → しかしもし、この物語が多く真実で
2011/12/08 記述修正 現在の革命軍が支配する → 現在の革命軍が占領する
2011/12/08 記述修正 現在革命軍に加担した者を全て → 革命軍に加担した者を全て
2011/12/08 記述修正 この後ももう少し話が続きまして → この後もう少し話は続きまして
2011/12/08 記述分割 『虐げられる者達よ~ → 『虐げられる者達よ~ 絶望を常に捨て続けよ~
2011/12/08 台詞部分インデント調整
2011/12/08 記述修正 後日火焙りの刑に → 貴族としての斬首刑ではなく、見せしめとして火焙りの刑に
2011/12/08 記述修正 王国の軍勢は圧倒的で → 王国の軍勢との戦力差は圧倒的で
2011/12/08 記述修正 勝ち取った時の様には行かず → 勝ち取った、前回の時の様には行かず
2011/12/08 記述修正 青き血の叛逆者、赤毛の公女等と言った → 青き血の叛逆者、赤毛の公女等の
2011/12/08 記述修正 仇名が広まりました → 侮蔑を含む仇名が広まりました
2011/12/08 記述修正 その罪滅ぼしとして → その贖罪として
2011/12/08 記述修正 娘はこの組織への協力を → 娘はこの組織への支援を
2011/12/08 記述削除 と。
2011/12/08 記述修正 去って行ったのだ → 去って行った
2011/12/08 記述修正 更にもう一つの仇名である → 更に敵対した王族側の者達からの
2011/12/08 記述修正 赤毛の公女と言う名も、同様です → 赤毛の公女と言う仇名も同様に
2011/12/08 記述修正 絶望を生むのだ → 絶望を生み出すのだ
2011/12/08 記述修正 貴族へと命じて → 全貴族へと命じて
2011/12/08 記述修正 ここを反乱軍の拠点として → ここを反乱軍の拠点とすべく
2011/12/08 記述修正 組織の力は強まって → 組織の力は強化され
2011/12/08 記述修正 馬術や剣術にも → 外見に似合わず戦術や馬術や剣術にも
2011/12/08 記述修正 外の世界の事も判ってきます → 外の世界の事も少しずつ判ってきます
2011/12/08 記述修正 呪術師にでも子孫繁栄でも祈願したのか → 呪術師に子孫繁栄でも祈願させたのか
2011/12/08 記述修正 伯爵と婦人の血を継いだ → 伯爵と正妃の血を継いだ
2011/12/08 記述修正 すっかり伯爵は溺愛して → すっかり伯爵は溺愛し
2011/12/08 記述修正 この弟や妹へと → 弟妹達へと
2011/12/08 記述修正 娘の感情は抑止された → 娘の感情は抑止され
2011/12/08 記述修正 判別出来なかった娘へと → 判別出来なかった幼い娘へと
2011/12/08 記述修正 民主的な国家の形であり → 民主的で平等な国家の形であり
2011/12/08 記述修正 これを娘は作ろうとしたのです → そんな理想国家を娘は作ろうとしたのです
2011/12/08 記述修正 その組織の幹部の中に → その組織の中に
2011/12/08 記述修正 博愛でした → 慈愛や博愛でした
2011/12/08 記述修正 歳月は流れて → さて、歳月は流れて
2011/12/08 記述修正 知っていきました → 知りました
2011/12/08 記述修正 話を進めましょうか → 話を進めましょう
2011/12/08 記述修正 二人の公子の国が後ろ盾だとか → 二人の公子が後ろ盾だとか
2011/12/08 記述修正 寝返り始めたのが決定打となり → 寝返り始めたのが決定打となって
2011/12/08 記述修正 淑女へとなっていました。ですが → 淑女へとなっていましたが
2011/12/08 記述修正 秘密とされていました → 秘密とされていて、疎遠な軟禁生活も相変わらず続いていました
2011/12/08 記述修正 ある日赤い髪の娘は → そんなある日の事、娘は何の前触れも無く唐突に
2011/12/08 記述修正 突如取り戻すのです。そして → 取り戻し、
2011/12/08 記述修正 感情である事も思い出し → 感情である事も思い出して
2011/12/08 記述修正 狩り出す動きもされておりました → 狩り出す粛清も始まっていました
2011/12/08 記述修正 全財産の没収と国外追放 → 全財産接収と国外追放
2011/12/08 記述修正 有産階級からの資産一部没収 → 富裕層からの資産の一部接収
2011/12/08 記述修正 爵位の廃止を宣言し → 爵位を廃し
2011/12/08 記述修正 相手が兵力を整える前に → 相手が戦闘体勢を整える前に
2011/12/08 記述修正 一気に叩く電撃戦により → 一気に包囲して叩く電撃戦の展開により
2011/12/08 記述修正 事実を知った伯爵は → 事実を知った伯爵は兵を派遣して
2011/12/08 記述修正 資金集めを開始します → 見聞を広める為の資金集めを開始します
2011/12/08 記述修正 この時点では正しかったのです → この時点では父親である伯爵にとって、より良い結果を招いたのです
2011/12/08 記述修正 交渉 → 娘の要求
2011/12/08 記述修正 下手に伯爵にそれが知られれば罰せられる → この事が伯爵に伝われば全員が罰せられる
2011/12/08 記述修正 口止めさせました → この事を黙認させました
2011/12/08 記述修正 『絶望を捨て、希望を持て』を唱えて → 『絶望を捨て、希望を持て』を唱え
2011/12/08 記述修正 王国軍との全面戦争へと → やがて王国軍との全面戦争へと
2011/12/08 記述修正 悲鳴や救いを乞う事も無く → 悲鳴を上げる事も救いを乞う事も無く
2011/12/08 記述修正 二人は自らで娘の身柄を → 二人は自ら娘の身柄を
2011/12/08 記述修正 娘共々使用人全員 → 使用人全員と共に娘
2011/12/08 記述修正 まだ理性で以って恋愛の感情と → まだ理性で以って母性とも言える慈愛・博愛の感情と
2011/12/08 記述修正 母性とも言える慈愛・博愛の感情を → 恋愛の感情を
2011/12/08 記述修正 自ら判別出来なかった幼い娘へと → 判別出来なかった幼い娘には
2011/12/08 記述分割 魔法の効果を確認した、表情が晴れれば → 魔法の効果を確認した。表情が晴れれば
2011/12/08 記述移動 絶望を常に捨て続けよ~
2011/12/08 記述修正 常に持ち続けるのだ。 → 常に持ち続けよ』
2011/12/08 記述修正 絶望を生み出すのだ』 → 絶望を生み出すのだ。
2011/12/08 記述修正 希望を忘れるな、 → 希望を忘れるな。
2011/12/08 記述修正 貧しい者が大半であったから → 決して豊かでない者が大半であったから
「貴殿があの娘へと施した魔法、それはあの娘の感情を封じる事でしたな?
恋愛の感情を操る力は、あの女王自体に備わっているものであったから、それを使う事が出来ました。
まだ理性で以って母性とも言える慈愛・博愛の感情と、恋愛の感情を判別出来なかった幼い娘には、より良い結果を齎す回答は現状では無理だと判断した貴殿は、それが自ら判断出来る時まで先送りにした。
つまり、賎民達へ抱いた感情全てを消し去るのではなく、意識の奥底へと封印した、それも十年後に再びその感情が蘇る様に。
その後に娘への回答として、恋愛では無いと答えて、それを聞いた娘の態度で御自分の魔法の効果を確認した。
表情が晴れれば、感情が抑止されて迷いが無くなった証であるから成功、表情が曇れば、娘の感情にはまだ迷いが生じている証であるから失敗、と、この様に。
そして結果は成功で娘の感情は抑止され、もう一つの娘への回答である詠唱への回答は、どちらも家の衰退を招く事になると伝えましたな。
これは神託の回答が必要だったから告げたのもあったのでしょうが、後ほど自身の感情に従っての選択肢を増やす為、娘の感情が覚醒するまでは婚姻は不都合であるとのご判断でしょうか。
ここまでが、貴殿が御自分の目でご覧になっていたところですな。
では、その後へと話を進めましょう。
貴殿の与えた神託を聞いた伯爵は、その言葉が間違い無く神託である事を召喚者へと確認した後に、この神託に従いあの二人の公子との婚姻へ向けた働きかけは止めました。
娘は再び、領地でも僻地に当たる別荘での寂しい暮らしへと戻りました。
あの後、赤毛の娘一人では薄幸で為す術が無いと見限って、別の呪術師に子孫繁栄でも祈願させたのか、伯爵には新たに子供が次々と生まれて、こちらは伯爵と正妃の血を継いだまともな容姿をした子供達であったから、すっかり伯爵は溺愛し全ての愛情はこの弟妹達へと注がれて行きます。
これでもう侮蔑の対象でしかない、赤毛と言う欠陥を抱えた不出来な娘に固執しなくても良くなったのだから、伯爵家としては安泰になった訳です。
娘の事のみを案じてされた貴殿の偽の神託の方も、皮肉な事にこの時点では父親である伯爵にとって、より良い結果を招いたのです。
娘はろくに会いにも来なくなった父を想いつつ、僅かな使用人達だけに囲まれた屋敷で過ごしました。
この長い孤独の間に娘は、様々な学問を習得したり、外見に似合わず戦術や馬術や剣術にも興味を持っていた様で、そうして様々な事を学んでいく内に、屋敷の外の世界の事も少しずつ判ってきます。
そうすると、屋敷の周りにも町や村があり、そこに住む市民や村人がいたり、外から商人がやって来ていたり、時には流民が通って行く事もあるのだと知りました。
前に見た賎民達の記憶は消されている訳ではないので、ここで娘は自分の周囲にも、いや更には何処にでも国中にああ言う人々は存在していて、自分の周りには不自由の無い待遇の者が集まっていただけであるのを、理解したのだと思われます。
この頃には、伯爵家の領土ばかりでは無く、この王国全体の地理や歴史等も学んでいたと思われ、この時に賎民と呼ばれる人々の生じた経緯も知ったのではないでしょうか。
あの歳で妖精文字を習得していた程ですから、かなり賢い娘であったのでしょう、これで髪の色さえああでなければ、身分もある才女として順当な人生であったでしょうにねえ。
さて、歳月は流れて、十年後。
まだ子供であった娘はすっかり成長して、赤い髪を持つ美しい淑女へとなっていましたが、この赤い髪は依然として秘密とされていて、疎遠な軟禁生活も相変わらず続いていました。
そんなある日の事、娘は何の前触れも無く貴殿に封じられていた感情を取り戻し、それが幼い頃に感じた感情である事も思い出して、それが何なのかを理解しました。
娘の抱いていた感情は、慈愛や博愛でした。
その後娘は自分の感情について、深く悩み苦しみます。
今の自分の暮らしは果たして正しいのか、富める者と貧しき者、これらが生まれるのは何故なのか、これを研究し始めるのです。
そして一年が経って彼女はその答えを見出します、それがこの王国の王族や貴族・高位の聖職者達に因る淀んだ寡頭支配であると。
娘はこの後から、色々とこの屋敷での費用や生活資金をやりくりして、見聞を広める為の資金集めを開始します。
それと同時に単身で屋敷から抜け出して、赤い髪の姿を晒して貧相な旅人の装いで素性を隠し、自分の目で虐げられる人々を見て、直接話を聞いて、実情を知っていきました。
人として扱われない賎民達、厄介者として疎まれる流民達、馬車馬の様に富農にこき使われる農奴達、家畜と同等の奴隷達、悪魔の使いと見做された異教徒達、役立たずと蔑まれる不具者達。
この国でも、数多くの職業と種族と宗教と身体に因る身分の差別で溢れていて、ごく僅かな豊かな者達の利益の為に、数多くの不遇な者達が虐げられているのを理解します。
そうする内に、虐げられている貧困層の秘密結社があり、それが各地で横行する圧政に対抗しているのだと言う話を聞いて、娘はその組織の者達と接触しました。
その組織の中に、前に娘が見た少年によく似た青年がおり、娘は当時の事を尋ねると青年は首を振り、それは自分では無く兄だと答えた後、兄はあの日に負わされた怪我が元で死んだ事を告げられます。
娘はこれを知ると自らの正体を明かして、貴方の兄を死に追いやったのは私の父であると、その青年へと謝罪しました。
そしてその贖罪として、娘はこの組織への支援を約束します。
最初はその明かした素性すら組織の者達からは怪しまれていたのですが、実際に資金を提供し始めると、その財力は本物ではないかとして、段々と組織の支援者として認められていきます。
娘の経済的な支援により組織の力は強化され、今までは大した行動も出来ず、放火や襲撃と言った夜盗同然の行動から、武装した集団を形成しての暴動や反乱へと変わりました。
こうしてその活動が表立って成果を上げ始めると、同調して組織への参加者も増えて行き、その勢力は拡大して行きました。
この頃になると、あの殺された少年の弟である青年は、組織の幹部であり一団を統率する隊長へと昇格しており、娘はその青年と行動を共にしていて、娘の助言を得て組織だった戦略や作戦を執る様になり、特に目覚しい成果を挙げていきます。
一方屋敷では、頻繁に姿を消している娘の事を訝しむ使用人達も現れるものの、娘はこの事が伯爵に伝われば全員が罰せられると脅し、自分が居ない間は自分の為の生活資金を分配すると約束して、この事を黙認させました。
娘の世話係としてこの辺鄙な別荘に送られていたのは、それ程有能な者達でもなく、家柄も低く決して豊かでない者が大半であったから、この交渉にあっさりと応じたのです。
しかしながら、この二重生活は長くは続きませんでした。
事の始まりは、使用人同士が口止め料の取り分で揉めて、不服と感じた一部の者が伯爵へと密告した事に因ります。
それで娘が抜け出している事実を知った伯爵は兵を差し向けて、軟禁する義務を怠った屋敷の使用人達を全員処刑してしまいます。
この時屋敷には居なかった娘は助かりますが、この後伯爵は屋敷を焼いて、火事に因り使用人全員と共に娘も焼死したと公言しました。
こうして娘は帰る家と、貴族の娘と言う身分を、同時に失ったのです。
その在り方には疑問を感じていたとは言え、実の父親に見殺しにされた失意の娘の心の支えとなったのは、やはりあの青年であり、これがきっかけで二人は結ばれて婚姻を果たし、やがて二人の間には娘の血を受け継いだ赤毛の子供も授かり、失意から一転して一人の女としても至福の時が訪れていました。
娘にとって真に愛する家族と共に居たこの時こそが、生涯で最も幸せな時であったと思われます。
その後に立ち直った娘は、以前は同じ血を引く身内であるからと躊躇していた、主都であり父親である伯爵の居城がある直轄領内での反乱に協力して、ここを反乱軍の拠点とすべく占拠する計画の実行に、自ら指揮を執って挑みました。
伯爵領の各地で膨れ上がった兵力と、娘の知識から考え出された、相手が戦闘体勢を整える前に一気に包囲して叩く電撃戦の展開により、伯爵領ではかくも容易く反乱軍が次々勝利して行き、僅か一週間で伯爵の居城を陥落させました。
捕らえた伯爵は、この反乱軍の指揮者が、赤い髪を晒した自分の長女であるのを見て命乞いをしますが、そんな伯爵に対して娘は一言、お前の娘は火事で死んだのだと言い放って、自分以外の伯爵一族全員を処刑させます。
これが赤毛の娘の、伯爵家との完全な決別となりました。
この反乱軍の奇跡的な勝利に因って娘の名は広まり、民衆の間ではその容姿から、真紅の指導者、暁の乙女と呼ばれ英雄へと祭り上げられて、この反乱軍の目印は娘の髪の色から取った赤い旗になり、この時より赤毛は侮蔑の対象ではなく誉ある英雄の象徴になったのです。
娘は貴族や聖職者と言った特権階級の全財産接収と国外追放、富裕層からの資産の一部接収、現状のあらゆる爵位を廃し、全ての人間に市民権を与え、奴隷制度の廃止を宣言しました。
まさにこれこそ、娘が幼い頃に疑問に感じ、成長してからはその格差に憤りを覚えたものを、全て取り払った理想の国家の理念、民主的で平等な国家の形であり、そんな理想国家を娘は作ろうとしたのです。
一方、王国側では、これが一領地内の暴動の範疇を越えた反乱であるとして、反乱討伐を全貴族へと命じて、戦争へと発展します。
貴族達の間でも、この度の反乱の首謀者が、火事で死んだと公言された伯爵の公女であったのが噂となり、娘の事を哀れむのではなく忌むべき者として、青き血の叛逆者、赤毛の公女等の、侮蔑を含む仇名が広まりました。
討伐に向けられた王国の軍勢との戦力差は圧倒的で、職業軍人などいない反乱軍ではその殆んどを奇襲によって勝ち取った、前回の時の様には行かず、戦況は相次ぐ敗戦で一ヶ月と持たずに領地は奪還されてしまい、拠点とした旧主都へと追い詰められました。
娘はこれ以上の犠牲と被害を避けるべく、自ら投降する代わりに反乱へ加担した者達への極刑の恩赦を要求し、王国軍はそれを認めた事に因って、この反乱は二ヶ月と持たず終焉を迎えました。
この時王国軍の指揮を執っていたのが、かつて晩餐会で会話を交わしていた二人の公子であり、若くして有力な貴族へと成長していた二人はこの娘の要求を飲むべきだと主張して、他の貴族達を抑えて停戦させたのだそうです。
娘の投降の際にも、二人は自ら娘の身柄を捕らえに向かい、反乱軍の篭城した城砦の中で姿を現した赤毛の娘に対して、二人の公子は淑女への礼をして迎えたと云われています。
こうして捕らえられた娘は、反乱を企てた逆賊として処刑が決定し、貴族としての斬首刑ではなく、見せしめとして火焙りの刑に処されました。
実はこの時には、投降の際の娘の要求は反故にされていて、反乱に組した者達への粛清は苛烈に行われ、この旧伯爵領以外でも、反乱軍に繋がっていた者達を狩り出す粛清も始まっていました。
その事実を知っていたのかどうかは判りませんが、処刑の際に娘は最期の言葉として、声高々に次の様に叫んだのだそうです。
『虐げられる者達よ、決して絶望と希望を忘れるな。
絶望を捨てよ、絶望からは破滅しか生まれず、希望を蝕むだけだ。
希望を持て、希望がなければ未来を見失ない、絶望を生み出すのだ。
絶望を常に捨て続けよ、希望を常に持ち続けよ』
この後に娘は火をかけられたのですが、その様子は悲鳴を上げる事も救いを乞う事も無く、最後まで先の言葉を叫びながら焼かれ続けていたところから、実は魔女だったのではないかとも噂されました。
こうして、元伯爵令嬢である公女に因る反乱は終わったのです。
実は、この後もう少し話は続きまして、当時『紅き公女の反乱』と呼ばれたこの反乱は、後世では『第一次賎民戦役』と呼ばれました。
そう、つまりこの戦いはこのままでは終わらなかったのです。
娘の処刑の後、娘の要求を反故にした王国に対する賎民達の不満は高まり、反乱軍狩りがかえって反乱軍の残党の再決起や民衆の呼応へと繋がってしまい、今度は王国各地で娘の組織と同じ赤い旗を翳した集団や、赤い髪の鬘をした者達の暴動等が頻発して行き、賎民層だけでなくその上の資産を持たない貧民層まで同調し始めて、更に王国全土へと戦火は拡大して行きました。
そして国内が乱れた内乱状態が十年以上続いた時に、一人の指導者が現われます。
その指導者は、まだ少年と言ってもいいくらいの青年で、その髪は嘗ての英雄を髣髴とさせる赤い髪をしていました。
彼は、かの娘の子供の成長した姿だったのです。
この赤髪の青年が指揮する『暁の革命軍』は、暁の太陽を現す模様の赤い旗を立てて、かつて娘が叫んだ言葉である『絶望を捨て、希望を持て』を唱え、各地を転戦しながら個々の反乱軍を纏め上げて、やがて王国軍との全面戦争へと発展し、この戦いは『解放戦争』と呼ばれ、長期化していきました。
その原因は、王国の裏切りに因って多くの虐げられた民から成る義勇軍が蜂起した結果、大規模なものになったのもありますが、それ以上に革命軍が前の反乱での失敗を踏まえて、寝返りや投降してきた軍人や下士官らの支援に因り、王国軍に引けを取らない戦闘を繰り広げたのが大きな理由です。
戦争が長引いて行くに従い、職業軍人の割合が二割程度でしかない王国軍では、半数を占めていた農民上がりの徴集兵から離反者が相次ぐようになり、その動きを見て重要な戦力であった傭兵が寝返り始めたのが決定打となって、次第に王国側は劣勢となって行きました。
後世では『第二次賎民戦役』と呼ばれたこの戦争は十年間続き、この間に農民のみならず、旧態然とした名門貴族の支配に反旗を翻した、新興貴族達の独立戦争もこの機に乗じる形で発生し、もはや戦争の継続が滅亡へと繋がる程に追い込まれた王国は、やむなく革命軍へと停戦協定を提示しました。
その内容は、現在の革命軍が占領する領土を譲渡し、革命軍に加担した者を全てその新国家の国民と正式に認める代わりに、王国との不可侵条約の締結を条件としたもので、革命軍は追加の条件として多額の賠償金を請求し、王国側はその追加条件を飲み締結されました。
こうして王国との停戦協定を受理した革命軍は、国家として王国の支配から解放した地域で、遂に国民主体の新国家を建国したのです。
この戦争に因り王国はすっかり疲弊し、その領土も娘の時代からすると半分程まで減少してしまい、この戦いで失ったものは余りにも多く、かつての支配力は見る影も無くなってしまいました。
かの二人の公子は王国から独立して公国の領主となっており、公爵第二公子はこの混乱から領土を守るべく王国から分裂し、自分達の一族で旧王朝を復興させ、一方子爵第一公子は沿岸部の新興貴族らと共に、爵位を捨てて独立戦争を仕掛けて勝利し、有力な大商人らで構成する議会が支配する共和国を建国しており、この二国が革命軍の後ろ盾をしたとか云う噂もあったそうです。
赤毛の娘から始まった理想への戦乱は、その遺志を継いだ子供が達成して、彼は建国後この一連の戦いを階級革命と呼び、そしてその革命の終焉を宣言したのです。
これが、吾輩のいた時代から半世紀程前の、大陸西方の地方の話です。
聞かれていてお分かりになったかも知れませんが、この話は史実が元ではありますが、いわゆる伝説として流布している内容です。
娘の投降の際のエピソードだとか、娘が焼かれる際の話とか、娘の子供がリーダーとなって現れるとか、子供の新国家にかつて関わった二人の公子が後ろ盾だとか、随分と都合が良い展開が盛り込まれているのは、その所為です。
実際にはここまで劇的で、面白い話ではなかったのだと思いますが、伯爵の娘が反乱を起こして一時的に伯爵領を占領し、すぐに鎮圧された後に処刑されたのは事実です。
しかしもし、この物語が多く真実であるならば、歴史的には単なる元貴族の反逆者でしか無いが、娘はある意味幸せだったのではないかと、吾輩は思ってしまうのですよ。
自分が思い描いた理想に向かって動いて、ほんの一瞬ではありましたがそれが実現していますし、愛する夫と子供にも恵まれて、更にその子供は自分の遺志を継いだのですから。
ここまで、夢見た事をやりたい様に叶えた人間も、そうはいないのではないかと、思うのです。
娘の最期は無残なものであったかに見えますが、彼女がもし革命を成功させて国家として長期的に存続していたら、こんな伝説にはならなかったでしょう。
何故なら、彼女の想い描いた思想を只盛り込んだだけの政府では、国家としては成り立たないからです。
革命直後の宣言は、まさに虐げられた者達には素晴らしい文言であり、理想的でありましょうが、それはあくまで理想でしかなく、現実には成り立ちません。
娘は賢い人間であったかも知れないが、知識を元に現状から理想を生み出すのは出来ても、理想から実現出来る現実を見出す力までは無かった、それには経験が必要だからです。
なので、革命後の国家は、程なくして崩壊していたのではないかと思われますな、そしてそうなってしまえば、あの娘のそれまでの功績は全て消えて、噂も愚かな扇動者程度の名前しか伝わらなかったでしょう。
彼女は若くして理想を為して、そして若いままに速やかに散って逝った、だからこその暁の乙女であり、真紅の指導者として、虐げられる者達の反抗の象徴として根付いたのです。
更に敵対した王族側の者達からの、青き血の叛逆者、赤毛の公女と言う仇名も同様に。
最後に吾輩から一つ貴殿にお尋ねしたいのだが、召喚の際に娘へと最後に告げた言葉は、何だったのでしょうか、やはりその言葉は……」
私にはこの伝承になりつつあると言う物語が、彼の推測とは違って多くの史実に基づいていると言う確信を感じていた。
それは恐らく私と娘の間でしか判らないものであり、この逸話について疑問視していながらも、紳士もまた真偽の程を確認したかったのだろう、その裏付けの問いであると私は察した。
私は“嘶くロバ”へと回答として頷いて見せると、紳士はそれで全てを察した様で、それ以上は何も聞かなかった。
そして、去り際に一言だけ呟いてから、去って行った。
「どうやらこの伝説は、吾輩の想像よりも、真実を多く含んでいるのかも知れませんなあ」
第九章はこれにて終了、
次回から第十章となります。