第九章 初恋 其の四
変更履歴
2011/10/25 誤植修正 位 → くらい
2011/10/27 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/10/27 記述統一 変り・変らない・変る・変って → 変わり・変わらない・変わる・変わって
2011/12/06 誤植修正 決まとされています → 決まるとされています
2011/12/06 誤植修正 萎らせ → 萎えさせて
2011/12/06 誤植修正 区分けされているのです → 区分けされているものです
2011/12/06 誤植修正 全く原型と留めない → 全く原型を留めない
2011/12/06 句読点調整
2011/12/06 記述修正 私はあの娘への → そこで私はあの娘への
2011/12/06 記述修正 容姿の特色としては → 外見の特色としては
2011/12/06 記述修正 薄い虫の羽の様な大小の翼を二対 → 虫の羽の様な大小二対の薄い翅を
2011/12/06 記述修正 通常はネズミ程度ですが → 通常は小さなネズミ程度ですが
2011/12/06 記述修正 蔓が絡まった形状をしている → 蔓が絡まった形状をした
2011/12/06 記述修正 頂で様々な花や実が → 様々な花や実が
2011/12/06 記述修正 外套の男の正体について → 外套姿の大男の正体について
2011/12/06 記述修正 器に対して敬意の様なものは → 敬意の様なものは
2011/12/06 記述修正 高地に住む少数民族で → 大陸東部の高地に住む少数民族でしょうか
2011/12/06 記述修正 運命論に近しい → 彼等は運命論に近しい
2011/12/06 記述修正 有力な裕福な男に → 裕福な男に
2011/12/06 記述追加 因みに契約中の女に~
2011/12/06 記述追加 こうなると、半殺しで~
2011/12/06 記述修正 お返しを堪能したのか → 報復を堪能したのか
2011/12/06 記述修正 母親が名づけ → 母親が名づけ、その名は
2011/12/06 記述修正 (母親の名前)と → (母親の苗字)の家の(母親の名前)と
2011/12/06 記述修正 と言う形式になり → と言う形式で
2011/12/06 記述修正 どの一族の血統かを現す事になり → どの一族の血統かを示す事になり
2011/12/06 記述修正 草や花の精とも言われる、 → 草や花の精の女王であり、貴殿が推測された通りの
2011/12/06 記述修正 とある狩猟民族の森林信仰から → 大陸北方の狩猟民族の森林信仰から
2011/12/06 記述修正 その杖はお持ちで無かったのは → その杖をお持ちで無かったのは
2011/12/06 記述修正 初めから相手を従属させてから → 初めから相手を従属させて
2011/12/06 記述修正 この力の発祥なのでしょうか → この力の根源なのでしょうか
2011/12/06 記述修正 独り立ちする時です → 独り立ちさせる時です
2011/12/06 記述修正 買わせて生計を立てて → 買わせて生計を立てながら
2011/12/06 記述修正 改めた方が良いのでは → 彼等を見習って改めた方が良いのでは
2011/12/06 記述修正 する事では無いのではあったが → する事では無いだろうと思ったが
2011/12/06 記述修正 継承出来ない子供は → 独り立ち出来ない子供は
2011/12/06 記述修正 縁を切って → 絶縁し部族を捨てて
2011/12/06 記述修正 目的が発生した時には → 目的が発生した時に
2011/12/06 記述修正 この聖地へと → 聖地である故郷へと
2011/12/06 記述修正 その魔術で生計を立てつつ → その秘術で生計を立てつつ
2011/12/06 記述修正 転送していたのでしょう → 注いでいたのでしょう
2011/12/06 記述修正 感じたのである事からすると → 感じたとすると
2011/12/06 記述修正 杖も封じつつ → 杖を封じつつ
2011/12/06 記述修正 山も低くて小さく魔法円も → 山も低くて魔法円も
2011/12/06 記述修正 生け贄が不足しています → そもそも生け贄が不足しています
2011/12/06 記述修正 配置して綴るもので → 配置する事で綴るもので
2011/12/06 記述修正 紙に書く場合には → 紙に記す場合には
2011/12/06 記述修正 女王であれば → 女王ならば
2011/12/06 記述修正 相手を枯らす事も → 文字通り相手を枯らす事も
2011/12/06 記述修正 無論現存する種族では無く → 無論実在する種族では無く
2011/12/06 記述修正 自分でつけた新たな名前を → 自分で決めた新たな名前を
2011/12/06 記述修正 一人で旅立つのです → 一人で旅立ちます
2011/12/06 記述修正 名前が自分の父親を → 自分の名前が誰の子供であるかを
2011/12/06 記述修正 折り合いがついた段階で契約は開始され → 折り合いがついた段階で
2011/12/06 記述修正 この時点で男から女へ → 男から女へ
2011/12/06 記述修正 金品や物品の半分を支払い → 金品や物品の半分を支払って契約は開始され
2011/12/06 記述修正 その形式は → その支払形式は
2011/12/06 記述修正 羽も無く → 翅も無く
2011/12/06 記述修正 神格を失わされた結果 → 神格を失った際に体は縮み
2011/12/06 記述修正 虫の様な羽を持った → 虫の様な翅を持った
2011/12/06 記述修正 まさに羽虫の様な姿へと変えられてしまった → 羽虫の様な姿へと変えられた
2011/12/06 記述修正 同族を誕生させる力を用いて、 → 同族を誕生させて
2011/12/06 記述修正 商品と言う扱いである為に → 生産物と言う扱いである為に
2011/12/06 記述追加 因みに父親が女児を殺した場合は~
2011/12/06 記述修正 独り身の女よりも娘の方が → 出産経験済みの女よりも未経験の方が
2011/12/06 記述修正 司る存在があるとしていますが → それを司る存在があるとしていますが
2011/12/06 記述修正 敬意の様なものは → 畏怖や敬意の様なものは
2011/12/06 記述修正 力を持った存在に対して → 力を持った存在に働きかけて
2011/12/06 記述修正 期待が持てた → かなり期待が持てた
2011/12/06 記述修正 取り込まれる方式は幾つかあり → 取り込み方としては
2011/12/06 記述修正 これには二通り推測出来まして → この理由には二通り推測出来まして
2011/12/06 記述修正 杖を封じつつ後者で儀式を → 杖を封じつつ且つ階下で儀式を
2011/12/06 記述修正 抑制された召喚故であった → 抑制された召喚であった
2018/01/03 誤植修正 そう言う → そういう
「ほほう、見目麗しき花の妖精の女王とは、なかなか珍しい器ですなあ」
“嘶くロバ”は、顎に手をやりながらにやりと笑いつつ、たった今聞き終えた私の話へと頷いて見せていた。
彼は、私がこちら側の世界へと戻って、目覚めたその日に現れた。
そこで私はあの娘への対処の結果を知りたくて、早速ロバの紳士へと、今回の召喚での話を語り聞かせたのだった。
前回の召喚の時とは雲泥の差で、紳士は話を聞けば聞く程に満足げに頷いて相槌を返し、さもそうであろうと言わんばかりに、自信に満ちた表情へと変わっていくのが見て取れた。
どうやら、今回の召喚での出来事や登場したものについては、彼の想定内であり守備範囲であったのは間違い無さそうで、これならあの娘の後日談もこちらが聞かずとも語るであろうと、かなり期待が持てた。
私が語り終えると、まず最初に“嘶くロバ”が食いついたのは、私の器であった妖精の事からであった。
「まずは、貴殿の器であった小さな女王について、お話致しましょうか。
それは召喚者や娘が語っていた通りの、草や花の精の女王であり、貴殿が推測された通りの妖精族です。
妖精族とは言っても、無論実在する種族では無く、人間達が作り出した定義ですがね。
外見の特色としては、若く美しい容姿を持った人間の女の姿で、輝く黄金の豊かな髪と透き通る様な白い肌をしていて、背中には虫の羽の様な大小二対の薄い翅を持っています。
見た目からすると全て女なのですが、実際には性別は無く、女王の力で以って花の蕾から同族を誕生させて仲間の数を増やすとされているので、遺伝的な要素はこの種族にはありません。
その大きさは、花の蕾から誕生する事から判る様に、人間から比べると非常に小さく、通常は小さなネズミ程度ですが、より強大なものではその力に応じて姿も大きくなり、女王ともなれば人間の赤ん坊くらいの身長はあった筈です。
この者達の身長は、生まれた花が開いた大きさで決まるとされています。
元々の定義では、大陸北方の狩猟民族の森林信仰から作られた存在であり、翅も無く人間と同じ大きさをしていて、人間を遥かに凌ぐ大きな力と知恵を持つ森の守護者であったのですが、神格を失った際に体は縮み、虫の様な翅を持った羽虫の様な姿へと変えられたとされています。
貴殿の器は、その妖精族の中でも最高の力を持つ、女王であった様ですな。
それは、容姿からも確認する事が可能で、妖精は頭上に髪飾りを着けていて、それに因ってその妖精の階級が判るのです。
下級の妖精は下位妖精と呼ばれていて、小さな髪飾りをしており、上級の妖精は上位妖精と呼ばれていて、頭上には小さなティアラをしています。
そして最上級の妖精は女王と呼ばれており、その頭には最も大きな宝冠を被っています。
髪飾り以外に着ているドレスにも階級差は現れていて、階級が高くなるにつれてドレスの色は葉を象徴とする緑色が淡くなり、スカートの丈が長くなります。
当然、位の高い妖精の方が持っている力も強く、また召喚の難易度は高くなり、服従させるのも難しくなるのです。
この妖精族の持つ力については、広義では樹木も含まれていて、あの者達が花を咲かせたりその花の彩を添えたりしていると云われています。
開花させる力に加えて、受粉も妖精の力で行われているとされていて、植物の誕生も司るとする地方もある様です。
女王の手には本来なら、短くて細い権杖の様な木の枝に蔓が絡まった形状をした、様々な花や実が生っている杖を持っているのですが、その杖をお持ちで無かったのは、召喚者がその力を封じていたのでしょうな。
これは『実りの枝』と呼ばれる物でして、この杖には誕生の力以外にも、育みや癒しの力、それに萎えさせて、枯らし、朽ちさせる力も備えています。
これさえあれば、女王ならば一人の人間などには封じられる存在では無く、呪縛なんてあっさりと破り、文字通り相手を枯らす事も出来た筈なのですが、恐らく逆にこの杖を奪われた状態で召喚されていたのでしょう。
本来女王であれば、もっと大きな姿で召喚される筈なのですが、それも力を抑制された召喚であった証明でもあります。
だからこそ、召喚者の比較的簡単な呪術で以って、呪縛されてしまったのですよ。
貴殿が娘から見せられていた、手紙に記された妖精の用いる文字は、あれはよく呪いで用いられている秘文字とは異なるものです。
あれは小枝や蔦を組み合わせた様な書体をしている、妖精文字と呼ばれるもので、娘はそれを習得していたのでしょう。
この妖精文字は、単にその図形を模しただけでは意味は込められず、本来は本物の小枝や蔦を重ねて配置する事で綴るもので、紙に記す場合にはインクとして樹液や草花の絞り汁か、或いは動物の生き血で綴らなければ妖精には読めないのです。
最後の手紙は、果たして娘はそれを知っていたのか、それとも偶然だったのか、もしかするとあの部屋にインクとペンが無かったのは、娘の幸運に因る奇跡だったのかも知れません。
召喚場所には大量の花々で埋め尽くされた小山と、それを囲む様に花で描かれた部屋いっぱいの大きさの魔法円があったとの事ですが、それはこの妖精族の者を召喚するのに必要とされているものです。
呼び出す妖精の階級に応じて、その小山と魔法円の規模は変わり、もっと階級の低い妖精であれば、山も低くて魔法円も小さな物で済みますが、それでも今回の魔法円は女王を召喚するには少々小さいですし、何よりも生け贄が不足しています。
いくら花の妖精と言っても、それなりの力を持っているのですから、それに応じた生け贄は必要で、それは魔法円に手向けられていた植物の命程度では、全く足りません。
通常、屋外で行う場合ですと、魔法円の中央にある小山、ここに動物の生け贄の心臓や亡骸を埋めてあるのが、一般的な儀式のやり方なのですが、妖精の女王ともなると、貴殿の話から想定する山の大きさでは、その山が全て動物の心臓でも無い限り足らんのですよ。
この理由には二通り推測出来まして、一つは実りの枝を敢えて失わせた状態、つまり力を欠落させた不完全な器として召喚させる為だったと言うのと、もう一つは貴殿の推測通りで別の場所にそれを捧げていた、とも考えられます。
杖を手にしておらず、糧の流れを下方から感じたとすると、杖を封じつつ且つ階下で儀式を執り行ったのでしょうかねえ。
貴殿がいた部屋の真下の階に、上の魔法円と繋がる様にもう一つの魔法円を作り、その下の魔法円に捧げた生け贄の糧を、娘と貴殿の居た上の階の魔法円へと注いでいたのでしょう。
何故その様な変則的な形式を採ったのかについては、その娘に対する配慮でしょうな、流石に家の為とは言え、自分の愛娘に山の様な死体の上に立つ妖精、なんて言う凄惨なものは見せたくなかった、極めて妥当な親心であり子供への配慮でしょう。
更にそんな特例に対応した術者の腕前も、なかなかのものであったのは間違い無いですな。
次に、この稀有な召喚を執り行ったものの、その目的を娘の努力に因ってまんまと欺かれた結果に終わった術者である、外套姿の大男の正体について判る範囲でお話致しましょう。
この男は、いわゆるシャーマンとは少々異なり、妖精や精霊等の人間よりも小さな存在、彼等に言わせると下等な存在だそうですが、それらを専門に呼び出す術者で、召喚術師では無く喚起術師、とでも表現すれば良いでしょうか。
彼等が行うのは、厳密には召喚では無く、喚起魔術と呼ばれる術で、召喚魔術とは区分けされているものです。
この二つの違いは、召喚は術者から見て対等かそれ以上の力を持った存在に働きかけて、交渉や祈願によりその目的を果たそうとするのに対して、喚起は初めから相手を従属させて、目的を達成する為の手段を実行させるべく使役する、この様な違いがあるのです。
その為、詠唱もあの様な高圧的な態度であり、器に対しての感情も、使役させるのに少々取り扱いが面倒な家畜、その程度にしか見ていませんから、畏怖や敬意の様なものは一切感じていないのです。
しかしながらそういう意味では、裏を返すと彼等は非現実的な存在を、最も現実的に生活に使っているとも捉える事も出来ますなあ。
喚起魔術を行う者達は幾つかおりますが、容姿の特徴からすると今回の召喚者は元々大陸東部の高地に住む少数民族でしょうか、不毛で厳しい気候の地域で発祥したらしく、その自然環境の厳しさから、彼等は運命論に近しい思想を持っています。
それ故に生存競争の激しさから、自分達と同じく過酷な環境で自然に翻弄されている、他の生物の力を操る事に因り、少しでも多くの力を得ようとしたのが、この力の根源なのでしょうか。
彼等の教義では、自分達の信仰する神以外の存在を認めておりますが、それらは神よりも劣る存在として認識しており、先程説明した今回の妖精等はまさにそれでして、この妖精と言うのは元々他の森林信仰の神の別定義です。
彼等の民族の基本概念は万有神論であり、万物には神、或いは神に近い存在が宿っていたり、それを司る存在があるとしていますが、あくまで信仰対象となるのは、発祥の地に存在するとされている山の神で、これを至高神として崇める山岳信仰です。
他の存在は崇拝の対象では無く、その力を利用すべき存在として信じられておるので、言うなれば拝一神教が正確な表現になりましょう。
この宗教が他の宗教と大きく異なるところは、この神よりも劣る存在は、自分達の想像から生み出されたものに留まらず、異教の神々も取り込んで行くところにあります。
取り込み方としては、ほぼそのままの容姿や力を持った者として取り込まれるのもあれば、神を悪魔へ変えるが如く全く原型を留めない場合もある様ですが、概ね殆んど変わらないのが多いです。
ただし、全てのこうした異教の神々が、彼等の崇拝する神の配下の存在と言う立場へと変えられるのは、例外無く全てに適用されています。
この様に、この民族にとっての見知らぬ異教の神々の存在は、まだ見つかっていなかった神を模した下等な存在として、崇拝する至高神の傘下へと入っていくのです。
この外套の男もそうであった様に、この民族に生まれた男は、その力を得て独り立ちすると各地へと点々とする流民となり、世界各地を渡り歩いてその秘術で生計を立てつつ財産を貯めています。
通常は故郷を離れてはいますが、放浪の最中でも二つの目的が発生した時に、再び聖地である故郷へと彼等は戻って来ます。
一つは、自分の子供を手に入れる時で、もう一つは、自分の子供が成長してその力を認めて独り立ちさせる時です。
ここで敢えて婚姻とは言わないのは理由がありまして、彼等は男女間での関係に永続性が無く、女は男の子供を生んである程度成長する間だけ、婚姻状態で生活をすると言う特徴があります。
期間としては、通常の結婚に当たる契約を男女間で結んでから、子供を作ってその子供が一定の身長と体重になるまで、これが約三年間で、男と女は家族と言う形で暮らしますが、これが過ぎて成長すると父親は子供を連れて去っていくのです。
男は自分の息子を弟子として、共に放浪して金銭を稼ぎながら、子供に喚起魔術を仕込み、女は新たな男が現れるのを待ちながら、生きて行く事になります。
この契約とは具体的には、まず男女間で金額の折り合いがついた段階で、男から女へその代金に当たる金品や物品の半分を支払って契約は開始され、契約中の生活での費用は全て男が捻出し、無事に男児が育った後の契約完了時、残り半分の代金を女へと支払うと言う、まさに契約であり、その支払形式は前金と成功報酬に当たるのです。
この高額な支払の為に、男達は放浪の旅で財産を溜め込む必要があるのです。
勿論、この契約は一般的な婚姻では無いので、二人の所有物も一元化される事は無く男と女の所有する財産は別のままであり、あくまで子供を作る為の契約相手でしか無いので、恋愛感情と言ったものもほぼ皆無でありましょう。
この様な感情面では希薄な関係ですので、この契約期間の生活方法も最初の契約時に定められ、男が女の傍にいてまさに家族の様に過ごす場合もあれば、男は生活費用を上乗せした金銭だけを渡して女が一人で子供を育てる場合もあり、これは当事者達の契約で決められます。
一般的に、前者は財力の乏しい若い男に多く、後者は裕福な男に多いとされています。
もし契約を結んだ相手との間に、女児しか生まれなかったらどうなるのかと言うと、男と女の契約は五年の期限があり、五年間男児が生まれなければその関係は終わり、この場合は成功報酬は支払われません。
契約の重複については、一人の男が複数の女と契約するのは認められていますが、一人の女が複数の男と契約を結ぶのは禁じられています。
これはまあ、言うまでも無く当然の事で、この掟を破った女は罰として、陰部を熱した小さな金属の輪で塞ぐ様に縫い合わされて、二度と性交出来ない様にされるのです。
男が契約していない女や娘を犯した場合は、罰としては金銭の支払いだけで赦されており、犯された女も通常よりも高い額の契約を男と結び、それ以降は通常の契約関係と同じ様に過ごす事になります。
しかしこの罰金とも言える、相場よりも相当に高額な契約の代金が支払えない場合、その男は去勢されてしまいます。
因みに契約中の女に別の男が手を出した場合は、契約中の男の求める賠償額を支払うか、それだけの財力が無ければ契約中の男の決定に因る私刑に処されます。
こうなると、半殺しで許されるか八つ裂きにされるかは相手の気分次第、と言う事ですな。
この民族の子供については、その命名に特徴が現れていて、男児を名づけるのは必ず父親であり、その名は『(父親の名前)の息子』と言う意味を持った名が付けられます、つまり自分の名前が誰の子供かを現しているのです。
彼等の力は、この聖地に住む女との間に出来た男にしか継承する事が出来ないとされていて、この力を会得して父親から認められれば、故郷の聖地へと戻って独り立ちの儀式を行い、その日を以ってその子供は一人前の男となり、翌日からはもう父親とは親子の縁も切って、自分で決めた新たな名前を名乗って一人で旅立ちます。
つまり男児は、最初は誰の子供かが判るだけの幼名を与えられ、その間は父親の物として生きて、やがて一人前になって親とは縁を切り、本当の自分の名前を持って生きて行くのです。
父親の元にいる間は、それが子供が稼ぎ出した財産であっても、全ての稼ぎは父親のものとなります。
独り立ち出来ない子供は、一生父親の従者の様にして過ごすか、絶縁し部族を捨てて只の流民として生きて行くか、いずれかの生き方になる様です。
一人前になる前に父親から縁を切ったら、言わば追放と同じ扱いになり、故郷へも戻る事も許されません。
女児については男児と異なり、父親と共に旅に出る事も無く、母親と同じ故郷で一生を過ごします。
女児の名前は母親が名づけ、その名は『(母親の苗字)の家の(母親の名前)と(父親の名前)の娘の(娘の名前)』と言う形式で、この名前に因って娘はどの一族の血統かを示す事になり、その名は男とは異なり一生涯変わる事はありません。
何故ならこの自分の血統こそが自身の女としての価値になるからであり、この血統がより高い価値を持つ女、その先祖により有名な術者を持つ女を求めて、男はそれに見合う短い婚姻の契約を、高い財産と引き換えに結びます。
この事からもお分かりの通り、この民族は女系継承であり、女にとっての男との契約とは、自分の一族にその男の血を加えると言う意味も含まれており、将来的に自分の血統の価値が上がる様にと、出来るだけ優秀な男を求めるのです。
娘が母親から独り立ちするのは、男からの契約を申し込まれた時で、この場合の契約は通常の女の時とは少々異なり、男は契約の代金を相手となる娘の他に、ここまで育てた母親にも支払わねばならず、通常の女との契約にかかる代金よりも高いものになります。
しかしこの民族では、女が最初に産む子供には、今まで女が生きて来て蓄積した力が流れ込む為、より力を持った子供になると言い伝えられており、出産経験済みの女よりも未経験の方が価値があるとされているので、その代金が高くても処女の娘を択ぶ者も多いのです。
一度母親の元から買われて離れれば、娘はそこで一人前の女となり、今後その最初の男との契約を終えた後は、一人で生きて行く事になります。
とは言っても、単独で放浪の旅を続ける男とは異なり、聖地で集落を形成して女同士で共同生活を営んでいるので、不毛な土地ではありますが、男ほど過酷な生活を送っている事はありません。
こうして女児は、自分の価値を現す一生の肩書きとしての商品名を付けられて、その名を最大の売りにして自身を男に買わせて生計を立てながら、聖地で生涯を過ごしていくのです。
この様に子供は生産物と言う扱いである為に、一人の人間とは見做されないので殺したとしても人殺しとはならず、父親が自分の男児を殺した場合と、母親が自分の女児を殺した場合は、何の罪もありません。
なので、不具や持病持ち等の不出来な赤ん坊であった場合、大抵の場合は親に殺されてしまうのです。
因みに父親が女児を殺した場合は金品に因る弁償で、母親が男児を殺した場合はその子供は無かった事にして契約が続行されます。
この民族の人間関係を端的に表現してしまえば、通常の道徳観念からは有り得ない程の、割り切った考えと言えます。
なんせ、男は跡継ぎを作る為に女に金で自分の子供を生ませて、出来た子供を買い取って去って行き、女は聖地で男に買われて出来た子供を売って金を得ているのですから。
自分達の子供は一人の人間では無く、完全に商品や財産として見做していて、男児は男の、女児は女の所有物でしかなく、契約時の生活はこれらの資産を作る労働作業なのです。
こう考えると、実に後腐れの無いやり方だと感服致しますよ、中途半端な倫理感に縛られていなくてね。
文明国の人間達、特に禁欲を美徳として自らを虐げる事で満足感を得ている、歪んだ思想を信条とする輩等は、彼等を見習って改めた方が良いのでは無いでしょうか。
理想でしかない美辞麗句で縛った挙句に、多くの者達がその禁を犯した結果、それを必要悪として見逃すのが慣例と化している、そんな制度なんてねえ。
彼等の様に綺麗事を捨て去り、もっと合理的に改革すべきなのではないでしょうかねえ、婚姻と言うものを」
“嘶くロバ”はここで一旦言葉を切って、一息ついた。
妖精の話も外套の男の民族の話も、どちらも有意義ではあったが、今の私が最も知りたいものではない。
どうやら、私が最も聞きたいと望んでいる事が何なのかを承知の上で、敢えて焦らしている様で、その馬面はほくそ笑むかの様に軽くにやけているのが判った。
もしや前回の召喚で、私に知らぬ事ばかりを語られて、不機嫌にさせられた事への報復なのかも知れない、そう感じられた。
しかしもしそうなら、それはまるで子供じみた仕返しであり、高尚な紳士を気取る者のする事では無いだろうと思ったが、どう考えてもその様にしか私には見えなかったのだ。
そんな私の態度を見て、彼は更にこの状況を楽しむ事にした様で、語りを再開させた。
「では次に、あの伯爵家を含む王国の歴史でも、話しましょうか。
伯爵家はそもそも、王国の前王朝の血統を持つ大貴族であり、古くから存在する名家であります。
そもそもあの地方では建国時に、おや、如何されたのですか、雪だるま卿よ、吾輩の話が物足りぬご様子」
わざとらしく、ロバの紳士は私へと問いかけて、語りを中段させた。
私の感情の乏しい容姿から察する事が出来たのか、それとももう十分に報復を堪能したのか判らないが、にやけた面を維持したままで、再び彼は口を開いた。
「ああ、成程、判りましたぞ、貴殿の最も知りたいのはこれらでは無いと言う事ですな。
仕方ありませんなあ、ではご要望のあの娘の顛末など、吾輩の知るところをお話し致しましょうか。
まずは、あの時の貴殿の行動の種明かしと参りましょう」