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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
序章
4/100

序章 其の四 状況(前編)

変更履歴

2010/09/23 誤植修正 召還 → 召喚

2011/04/19 記述統一 我輩 → 吾輩

2011/08/22 改行削除 どれだけ時間が掛かるだろうかと思うと、 → ~と思うと、紳士の、

2011/08/22 改行削除 ~意思の疎通を図る方法ですが、 → ~意思の疎通を図る方法ですが、今なら相手に向かって~

2011/08/22 記述修正 改めて私の姿を確認し、 → 改めて私の姿を確認しながら語り出す。

2011/08/22 記述修正 まじまじと私の顔をみつつ、 → まじまじと私の顔をみつつ、口を開く。

2011/08/22 句読点変換 “。” → “、”

2011/08/22 句読点削除

2011/08/22 文字変換 半角 → 全角

2011/09/02 記述修正 こちらの意を汲んだように、 → こちらの意を汲んだように解説を続けた。

2011/09/02 改行削除 手を伸ばしたところで、 → 手を伸ばしたところで、何かを思い出したように

2011/09/02 改行削除 その他の物についてですが、 → その他の物についてですが、これらは肉体と~

2011/09/12 誤植修正 位 → くらい

2011/09/12 記述統一 “!、”、“?、” → “! ”、“? ”

2011/09/17 記述修正 顔をみつつ → 顔を眺めつつ

2011/09/17 誤植修正 話し → 話

2011/09/18 誤植修正 乗せた → 載せた


馬面の紳士は、待ち焦がれていたらしく、堰を切ったように勢いよく喋り始めた。

「まずは吾輩から自己紹介致そう、吾輩の名は“嘶くロバ”と申す、この頭は馬ではなくロバなのでね」

右手をロバの頭に当てつつ、一種のジョークのつもりか、微笑なのだろうか、口元が若干開く。

「何故この名と容姿なのかは、細かな事柄は後で説明いたすが、理由は簡単で、吾輩が最初はっきりと目にして理解出来た生き物がこれだったのでね。

あぁ、見たのはこちらの世界ではなく、向こう側の世界でですよ、こちらには生き物は存在しないので」

最初に見た? ロバを連れた紳士を見た? それとも、ロバの紳士を見た? こちらの世界? 向こう側の世界?

この紳士は、明らかに、まだ私が見知らぬことを語っていると理解した。

これらについては、後で詳細を尋ねることにしよう。

それにしても、あの白い世界にいる時から気になっていたのだが、あの首は本物なのだろうか? それとも被り物だろうか?

私はそれが気になり、ちょうど首にあたる部分を注目してみる。

首は、馬の、ではなかった、ロバの頭に属しているのか、頭部と同じ栗毛の毛並みで、長さは人間のそれに合わせたのだろう、とても短い。

ただ太さはロバの頭に合わせているのだろう、とても太く出来ている。

しかしどうやら本物のロバよりも、若干頭部と首は小さいような気がする。

ロバは馬より小さいとしても、人と比べれば随分と大きく、合成するには縮尺が合わないはずだ。

今目の前にいるその人物は、顔こそロバだが、頭と体の縮尺に関してはそれほど違和感を感じない。

明確に馬やロバの情報を思い出せる訳ではないが、明らかに変わっていれば、違和感は感じるのではないかという仮説に基づいて判断した。

私は彼の頭部以外に目を移す。

首から上はロバだと判ったが、体はどうなのだろうか。

形状は人間の形だが、素肌が見えるところが全くないことに気づいた。

最初、手は人間のものと見たが、良く見ると指は確かに人の形をしているが手袋をしており、肌は見えない。

他の部位も元から服を着ているので、もしかすると形状は人間だが、中身はロバで、皮膚は全て頭や首と同じ、栗毛で覆われているのかも知れない。

見れば見る程に、良く判らなくなっていく。

彼は、人間がロバの頭をしているのか? それとも、非常に賢いロバが人間として振舞っているのか?

まぁどちらにせよ、その知能はロバではなく、ヒトの水準を持っていることは確かだ。

私は、とても精巧な模型か何かに目を奪われるように、思わず目の前のそれを凝視してしまっていた。




私の視線が注がれているのは承知なのだろう、あえて視線を合わせつつ、“嘶くロバ”と名乗った紳士は、改めて私の姿を確認しながら語り出す。

「それにしても、貴殿の創造力には恐れ入った、正直を申すと、ここにきて最初に創り出せるのは、非常に単純な形状だけなのですよ、球体とか濃い霧状とかがせいぜいで。

それがまさかあの短時間で、頭と手と足があるのには、とても驚きましたぞ、その後もすぐに転移も成功させてしまわれた。

さぞかし高名なお方とお見受けいたす、今までの無礼をどうかお許し頂きたい」

今の言動はきっと褒められたに違いない、ただのお世辞なのか、買いかぶられたのかの判断がつかないが。

彼の語りが途切れたのを見計らい、何かするべき事があったような気がするが思い出せずにいると、即座に彼の話は再開された。

「あぁ、大事なことをお伝えしなくてはならないのを失念していた、失敬失敬、前回お伝えしていた意思の疎通を図る方法ですが、今なら相手に向かって思念を放つ、つまり、伝えたい内容を吾輩に向かって念じて下さればよいですぞ。

これは、物理的に喋る器官が無くとも、問題なく出来ますのでご安心を、それではどうぞ」

何か色々と興味を抱いてしまい、危うく私も本題を忘れていた、まずは会話を可能にすることが目標だった。

早速伝えるべき言葉を考えてみた時、ここで気がついたが、名乗るべき名前が分からない。

名乗るべき名を思いつかず口ごもったのを察したのか、すぐさま、彼が言葉を繋ぐ。

「いやいや、良いですぞ、記憶がないのでしょう? 存じておりますよ、誰でもそうですからな、とりあえず“雪だるま卿”とお呼びしてよいですかな?」

その名前は、なんとなく引っかかるものを感じて、他に何か別のものをと思い、考えてみたがやはり思いつかない。

私は仕方なく、それで一旦承諾することにした。

“嘶くロバ”はまたも、こちらの意を汲んだように解説を続けた。

「まぁ姿に関しては、いくらでも変えられますから、名称も同様に、良いものを見つけたら、その時に修正されれば良いですぞ。

ただし、あまりこだわっても、面倒になるだけで利益はないですな、自己満足にしかならない、こちらでは見せる相手もほとんど居らんのでね」

ロバ頭の紳士は、残念そうに肩をすかして、落胆ぶりを強調してみせた。




その後、まじまじと私の顔を眺めつつ、口を開く。

「ちなみに、その姿ですが、声を出したいとお思いならば、まず口と喉と舌がないと難しい、それから息を吐き出すための筋肉も。

もちろん、これらを正常に動かせる骨格に載せた上ですがね。

顔の表情についても同様に、眉、目、瞼、鼻、唇、頬、顎、耳、それぞれを筋肉で結びつけて、それぞれの部位を必要に応じて動かすのです。

吾輩の場合、ロバなのでここまでだが、人間の顔だとすると、顔色も変えたいなら、循環器系も創ることにより、バラ色に頬を染める事も出来ますぞ」

更に彼の講義は続く。

「腕や足なら、まず骨格を創る際に、関節を精巧に創らなければなりません、これがなかなか難しい。

で、正しく動く骨格が形成できたら、関節の間に軟骨を張り、骨格の周りに、動作させる為の筋肉と、腱を張り巡らす。

そして、各筋肉を収縮させて、動かすのです」

“嘶くロバ”は、呆けているであろう、私をしたり顔で眺めた後、解説を続けた。

「疑問に思われておられるかも知れないので、蛇足ながら付け加えますが、生きるための器官は不要なので、臓腑は要りません。

ちなみに吾輩のこれは、一通りの臓腑も創りこんであります、最初は要領が判らなくて、一通り創った後に別段無くても大丈夫だと判明したものでして。

せっかく創りこんだものを破棄するのも惜しいので、そのままにしておりますが、これらは流石に普段は動かしませんな」

ロバの紳士は満足げに言葉を切り、なにかを探すようにあたりを見渡しつつ、おもむろに上着の懐へと手を伸ばしたところで、何かを思い出したようにはっとした顔をすると、言葉を付け加えた。

「あ、それと、肉体以外の衣服やその他の物についてですが、これらは肉体と比べれば簡単で、形状と素材を正しく理解していれば本物と違わぬものが創れますぞ。

趣味で色々と小物も創っておりましてね、機会があればご披露いたしましょう」




私は、彼の怒涛のような語りを聞きつつ、今の説明にあった、この姿について少々確認してみた。

腕や指を動かそうと思い、試してみるが、やはりただの棒と想像して創り出した腕は、稼動部分たる関節が無いのは明白で、曲げようがなかった。

それと同様に、手も動かず指も同様に動かなかった、足もまた同じく動かない。

この分身たる体の詳細については、ロバの紳士の話通りのようだ、これを動くようにする必要が無いのであれば、目下はこれで我慢しておこう。

それにしても、一体この紳士は、その姿をどれだけの時間をかけて創り出したのだろう。

まったく、見れば見るほど、それこそ頭はロバだが、一人の人間がたたずんでいるようにしか見えない、それが当然かのように。

あの姿を骨格から肉体を創造して構成し、更に衣服も創造し、それら全てを自然に動作しているように制御している。

それに加えて私と会話をしながらだ、自分が同じ水準の人形を創り、そして動かすとしたらどれだけ時間が掛かるだろうかと思うと、紳士のそのこだわりに満ちた造形物である“嘶くロバ”の姿には、ただただ驚くばかりであった。




“嘶くロバ”はここで一息つくと、視線を私から外して何も無い闇を見つめつつ、一時思案したのちに口を開いた。

「吾輩は、長らく医師の男のところに居た事がありましてね、その男は外科医だったので、色々と学ぶ機会に恵まれたのです。

そうでなければ、ここまで精巧な創造をすることは難しかったでしょう、後にも先にも、あれほど長く向こうに留まれたことはありません。

うむ、医者のところというより、医者の中に居たといった表現の方が的確であるかな。

吾輩にとっては、最初にして最大の事故と言いましょうか、事件が起こった召喚でもあります。

今ではあのような失態を演じることは、金輪際無いと誓ってもよいくらいですぞ。

ふむ、そうだ、せっかくの機会なのでその時の話を致しましょう、きっと貴殿の今後にとても参考になると思われますのでね」

紳士は今までの流暢だがかなりの早口から一転して、ゆっくりとした口調で語りだした。

「これは神眼の名医と謳われた、とある若い医者の、運命の日の話……」




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