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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第七章 ホムンクルス
36/100

第七章 ホムンクルス 其の六

変更履歴

2011/04/11 小題修正 ホムンクルス1 → ホムンクルス

2011/10/18 記述統一 変りませんから → 変わりませんから

2011/10/18 記述修正 納まってしまい → 治まってしまい

2011/10/19 誤植修正 彼の意志に → 彼の意思に

2011/11/05 誤植修正 “隠者”の世界のを語りと → “隠者”の世界の語りと

2011/11/05 誤植修正 説き伏せようとしているだろう → 説き伏せようとしているのだろう

2011/11/05 誤植修正 真っ向から否定する観想を → 真っ向から否定する辛辣な批評を

2011/11/05 句読点調整

2011/11/05 記述修正 その男自身が言い訳していますが → その男自身が問答に対する言い訳をしていますが

2011/11/05 記述修正 現実にいる訳が無いでしょう → 現実にいる訳が無いでしょう!

2011/11/05 記述修正 アルビノでしょう → アルビノでしょうよ

2011/11/05 記述修正 再現可能です → 再現可能ですぞ

2011/11/05 記述修正 私に対しての解説であり → 私の体験談に対しての解説であり

2011/11/05 記述修正 芝居小屋から → 芝居小屋からでも

2011/11/05 記述修正 そこから先の → 直接確認出来ないそこから先の

2011/11/05 記述修正 貴殿が呼ばれたら → 貴殿がもう一度呼ばれたら

2011/11/05 記述修正 ある意味これは、この延々と → これはある意味延々と

2011/11/05 記述修正 それらも私と同様の → それらの者達とも私と同様の

2011/11/05 記述修正 発言をしたのでしょう、そこです → 発言をしたのでしょう? そこです

2011/11/05 記述修正 お分かりですかな、雪だるま卿 → お分かりですかな? 雪だるま卿

2011/11/05 記述修正 こんなところではなかったのではないですかな? → こんなところではないですかな?

2011/11/05 記述修正 これで説明にあった超人的な能力は → これで説明にあった箆棒な能力は

2011/11/05 記述修正 適当に記している振りに → 記している振りに

2011/11/05 記述修正 使用人達の記載内容なんてのは → 使用人達の記載内容なんてのはどうせ

2011/11/05 記述修正 使用人達に記載させるペースが同一の回答であるのに、 → 皆同一の回答であるのに、問題毎に使用人達に記載させるペースが

2011/11/05 記述修正 貴殿は相当にその“隠者”とやらに → 貴殿はその“隠者”とやらに

2011/11/05 記述修正 軽く鼻を鳴らした後 → 不機嫌そうに軽く鼻を鳴らした後

2011/11/05 記述修正 ある意味すっかり馴染んで → もうすっかり馴染んでしまって、

2011/11/05 記述修正 最も落ち着く場所となった → 最も落ち着く場所となりつつある

2011/11/05 記述修正 最初は単に様々な軋轢の蓄積の末に → 最初は小さな衝突だったのが、それが積もり積もって様々な軋轢の蓄積の末に

2011/11/05 記述修正 不満が爆発してここまで忌み嫌う様に → とうとうここまで忌み嫌う様に

2011/11/05 記述修正 ここまで徹底していると → これほど徹底していると

2011/11/05 記述修正 それ以外の情報は全て誤った情報か → それ以外は全て誤った情報か

2011/11/05 記述修正 問題毎に使用人達に記載させるペースが → 使用人達に記載させるペースが問題毎に

2011/11/05 記述修正 黒板一枚では全く済まないでしょうが → 黒板一枚では全く足りないでしょうが

2011/11/05 記述修正 私へと真っ向から否定する観想を → 真っ向から否定する観想を私へと

2011/11/05 記述削除 この結論に至ってから~

2011/11/05 記述修正 唯一無二の貴重な同志なのだから → 私にとってこの世界で唯一無二の貴重な同志なのだから

2011/11/05 記述修正 下手に手駒同士で情報共有されて → 下手に手駒同士で情報共有されると

2011/11/05 記述修正 思惑が崩される可能性を恐れているからだ → 彼の思惑が崩れる危険が発生するからだ

2011/11/05 記述修正 知識から考え出された → 知識から考え出した

2011/11/05 記述修正 彼の失っている記憶に基づいた潜在意識が → その忘却した記憶に基づいた潜在意識が

2011/11/05 記述修正 約束通り解除してやったと → 約束通り解放してやったと

2011/11/05 記述修正 その濁った羊水らしき → その羊水に見せ掛けた濁った

2011/11/05 記述修正 時間の調整でしょうな → 時間の調整だったのでしょうな

2011/11/05 記述修正 その演出は実現可能でしょう → その演出は容易く実現可能でしょう

2011/11/06 誤植修正 彼は便りになる → 彼は頼りになる

2011/11/06 誤植修正 以前までは → 今までは

2011/11/06 記述修正 万が一実はこの地が帰りたいと望む地であったなら → 実はあの世界こそが本来の居場所であったなら

2011/11/06 記述修正 最初は小さな衝突だったのが → 最初は小さな認識の相違だったのが

2011/11/06 記述修正 肺呼吸は初めから出来なくても → 死んでいて肺呼吸が出来なくても

2011/11/06 記述修正 おかしくは無いと言えます → ごまかす事が出来たのです

2011/11/06 記述修正 人ならざる者であるですって? → 人ならざる者ですって?

2011/11/06 記述修正 まずはそこから → まずはその男の化けの皮を剥がすところから

2011/11/06 記述修正 “隠者”の人種も → “隠者”自身についても

2011/11/06 記述修正 良く芸を仕込まれていたのは → 暗闇の中で歩くとか良く芸を仕込まれていたのは

2011/11/06 記述修正 芝居小屋からでも → サーカスからでも

2011/11/06 記述修正 語っていた内容を記した物を → 語るべき内容を記した物を

2011/11/06 記述修正 保存液に浸っていない臍帯の部分は → 妙に長い臍帯の部分については

2011/11/06 記述修正 作り物だったとも考えられますな → 作り物だったと考えられますな

2011/11/06 記述修正 つかなかったのでないですか。 → つかなかったのではないですかな?

2011/11/06 記述修正 その器への定着の糧の消費の区別が → その器へ定着する為の糧の消費との区別が

2011/11/06 記述修正 死者を器として憑依した場合 → 死者を死者のままに器として憑依した場合

2011/11/06 記述修正 聞いた事がありません → 耳にした事はありません

2011/11/06 記述修正 その“隠者”と申した者、吾輩は → 吾輩は

2011/11/06 記述修正 一度として → その“隠者”と申した者の名を一度として

2011/11/06 記述修正 私が話を進めていけばいく程 → 私が話を進めていけばいく程に

2011/11/06 記述修正 自身が実行していないものを → 自身が実行していない事象を

2011/11/06 記述修正 表面化した結果ではないか → 表面化した結果ではないだろうか

2011/11/06 記述修正 只の箱では無いと言う確証は → 只の派手な箱では無いと言う確証は

2011/11/06 記述修正 死体を死体のままに → 死体のままに

2011/11/06 記述修正 その声で正体がばれるから → その声で正体がばれるので

2011/11/06 記述修正 分量的に黒板一枚では → 分量的に黒板等では

2011/11/06 記述修正 まずはその男の化けの皮を → まずはその不遜な輩の化けの皮を

2011/11/18 誤植修正 関わらず → 拘わらず


もうすっかり馴染んでしまって、最も落ち着く場所となりつつある闇の世界へと戻ってから、既に一週間が経過していた。

だが、今回はなかなか“嘶くロバ”は現れず、私が帰還してからこれ程姿を現さなかったのは今までに無い事であり、私は“隠者”について尋ねてみたい欲求に駆られて、少々興奮していたのだがすっかりそれも治まってしまい、逆にロバの紳士の身に何かあったのではないかと、そちらの方が気になり始めていた。

可能性として、実は“隠者”の正体が彼であったのではないか、と言う疑問も抱いていたので、今回はいつもより登場が遅れている原因がそこにあるのでは、と勘ぐっていた。

そして時間こそかかったものの、ロバの紳士はいつもと変わらぬ風に姿を現し、私は幾つかの推測の結果に期待しつつ、今回の召喚の詳細を紳士へと語り始めた。




“嘶くロバ”は、私の今回の召喚で起きた様々な話を耳にすれば、少なからず驚くのではないかと期待していたのだが、その期待は見事に裏切られ、彼は驚くどころか私が話を進めていけばいく程に、彼の馬面の表情は雲っていくのが判った。

そして話を終える頃には、やれやれと言った様な身振りと共に不機嫌そうに軽く鼻を鳴らした後、真っ向から否定する辛辣な批評を私へと語り始めた。

「雪だるま卿よ、貴殿は今回の一件が非常に興味深く有意義であった、と誤解なさっておる様ですな。

いや正確には、有意義であった箇所は多分にあったと見事に騙されている事に、気が付かれておらぬ様ですぞ。

貴殿はその“隠者”とやらに、すっかり籠絡されておられるので、まずはその不遜な輩の化けの皮を剥がすところから始めましょうか。

吾輩は随分と向こう側へと呼び出されておりますが、その“隠者”と申した者の名を一度として耳にした事はありません。

貴殿の言われる程に優れた知識と能力を持っているなら、何かしらの形で歴史上に出てこないのは不思議であり、不自然とも言えましょう。

その者はまるで、全てを知っているかの様に多くを語ってはいるが、貴殿はその知識が本当に実在する世界の話で正しいものである事を、最後まで確認出来ていないではありませんか。

想像したものを只やたらと記すだけであるならば、何の文学的価値も無く陳腐で退屈な内容しか書けないのに、自分は特別だと勘違いしている小説家気取りの、何処にでもいる様な無能な人間にだって、暇さえあればいくらでも作れましょうぞ。

そんな下らない駄作でも、一万もの質問として書き上げていた事だけは、ある意味認めましょう、その無駄な努力とそれに注ぎこんだ労力の浪費を評して。

その一万もの質問に関してですが、大量の本の内容を暗記して語ったと言うのも怪しいもので、貴殿はその濁った水の中で周囲が良く見えていないのだから、その貴殿の視界の外に語るべき内容を記した物を設置すれば、その演出は容易く実現可能でしょう。

分量的に黒板等では全く足りないでしょうが、そんなのはその部屋に他の人間がいて、その者達が読み上げる紙を張り替えていけば良い。

その証拠となるのは、皆同一の回答であるのに、使用人達に記載させるペースが問題毎に異なっていたところですよ。

それと、最後の日にその男自身が問答に対する言い訳をしていますが、敢えてその様な事を補足して来たのが何より怪しい、実際のところは恐らく読み上げる紙を張り替える為の、時間の調整だったのでしょうな。

無論その使用人達の記載内容なんてのはどうせ、記している振りに決まっています。

次は使用人についてお話し致しましょう、そいつらの正体が大地の使徒とか言う、卵から孵った人間の形をした、生後五十年で子供の様な容姿の、人ならざる者ですって?

そんな者が現実にいる訳が無いでしょう!

随分とその“隠者”は大胆なでたらめを言ったものだ、恐らく貴殿の従順さを前半の期間で確認して、何処まで信用されているかを見る為の、確認用のネタだったのではないでしょうかねえ、それは。

平常心を持って常識で考えれば騙される筈も無いでしょうが、特異な環境に見せかけた場所に監禁された不安な状況下において、それを覆すかの様な寛容な人格者を演じて見せる事により、貴殿の警戒心と平常心を失わせたのです。

そこのところの技術は大したものであり、立派な詐欺師と褒め称えても構いませんぞ。

その使用人の正体はずばり、貴殿も当初考えておられたアルビノでしょうよ、或いはそう見せ掛けだけを装った只の双子の子供。

肌は顔料等で化粧すれば良いし、髪も染めてしまえば容易く出来ますな、それと瞳孔の色ですが、それは虹彩を覆う様に赤く着色した、薄いガラスで出来たレンズを被せる事により、再現可能ですぞ。

その他の身体的特徴については、それ程異端なものでもありませんから、差し詰め集めて来た中から、変わった容姿の子供を見繕っただけでしょう。

年端も行かない子供の割には、暗闇の中で歩くとか良く芸を仕込まれていたのは認めましょう、サーカスからでも連れて来たんじゃないでしょうかねえ。

最後までまともに声を発しなかったのは、喋ればその声で正体がばれるので、それを避ける為と思われますな。

それと、彼らが出来損ないの様な説明を付け加えていたのは、本来は怪力を持っていると言う、超人的な特徴が再現出来ないところの言い訳でしょう、これで説明にあった箆棒な能力は、何一つ実証出来なくとも矛盾は生じなく出来ますから。

その男が作り出していたホムンクルスについても、“隠者”の疑わしい語りではなく、貴殿が実際に目撃して来たところだけ見れば、妊婦の子宮から胎児を引っ張り出して、ガラスのフラスコに移しただけかも知れない。

その場合、そのフラスコに継ぎ目があったかどうかを、その羊水に見せ掛けた濁った液体の中からでは、貴殿は確認出来ておらんのでしょうが、仮に継ぎ目が見当たらない様であったならば、そこには相当なガラス職人が存在した事は認めましょうかねえ。

死者を死者のままに器として憑依した場合、そもそも器は現存しているので、維持に関しての糧の消費は殆んどありません。

その理由は、死体を生かそうとすると生物だった時に必要とする、生命維持の為の肉体の活動を行う必要が発生しますが、死体のままに器とした場合には、腐敗から守る形状維持程度の糧しか消費する必要が無いからです。

貴殿の憑依していた器は、その大きさもあまりにも小さいものであったから、向こう側へと貴殿を存続させる糧の消費と、その器へ定着する為の糧の消費との区別がつかなかったのではないですかな?

胎児の器は、終始ろくに動く事は出来なかったと説明されていましたな、動作出来たのは手足を上げ下げする程度だったとすると、その程度の力であれば糧の消費は相当に微量ですから、それを貴殿が感知出来なかったとしても、おかしくありません。

それと腐敗防止の措置として、事前に組織固定されていたのではないでしょうか、そうすると肉体は硬化してしまい、元は胎児ですがそうなると粘土の人形と変わりませんから、関節等も動かしづらかったのではないかと思われますぞ。

呼吸に関しては、今回の場合各器官が未完成の胎児である点も考えると、死んでいて肺呼吸が出来なくてもごまかす事が出来たのです。

その妊婦と胎児の器を繋いでいた何かの装置も、そう見せかけていただけの、只の派手な箱では無いと言う確証はどこにありますか?

臍帯で繋がっていた女は、単に昏睡状態にした普通の女の腹を切って、そこに妊婦から切断した臍帯の先を差し込んでおいて、縫合すればその様に見せられます。

妙に長い臍帯の部分については、良く見えていないフラスコの口のところから手前までが本物で、直接確認出来ないそこから先の女の腹までの部分が作り物だったと考えられますな。

臍帯からの脈動、これは正直貴殿の錯覚では無いかと疑っておりますが、そうでは無いならば、これを偽造する為に例の箱は存在していたのかも知れません。

臍帯の血管に一定の速度で保存液を送り出す仕掛けが箱の中に入っていて、それがまず箱から女の腹へと到達し、次に腹に差し込まれている臍帯らしき管の中を通る、二本の血管へと繋がっている細い管に通されていた、これで説明はつきます。

結局のところ、貴殿の身に起きていた現実は、保存液で満たされたフラスコの中の死んだ胎児に憑依させられて、さも偉そうに語るガラス職人のペテン師に騙されていた、こんなところではないですかな?

通常であれば召喚者は、その器の持つ力を目当てに呼び出すのですから、本末転倒な話でありますが、そのペテン師はそこをついて逆にこちらを束縛し、脅迫して指示に従わせる手を使ってきた訳です。

その様な様々な小細工を駆使し、小賢しい脅迫方法を使って、最後まで神相手に猿芝居をやり通したのは、定命の人間にしては上出来とも言えましょう。

吾輩が最も危惧しているのは、この様な凝った猿芝居の技ではなく、この次の展開ですよ、お分かりですかな? 雪だるま卿。

そのペテン師は、もう一度召喚する事を確約するかの様な発言をしたのでしょう? そこです。

今回の召喚にて貴殿を上手く騙して、さも博識かの様な胡散臭い情報をばら撒いた挙句、大した利益も得る事無く終わり、隷属に関しても自分の寛大さで以って、約束通り解放してやったと思わせているところが、怪しいのですよ。

“隠者”と言うのが只のそこらにいるペテン師ではないところは、神を相手にしてペテンにかけようとしているところで、しかもそれは一度きりの仕掛けではないところです。

もし吾輩の話を一切聞く事無く、その男が行った召喚に貴殿がもう一度呼ばれたら、間違いなく貴殿は“隠者”の言葉を、無条件で信じるようになっていたでしょう、予告した再会もやってのけた、神をも超えた力を持つ召喚者として。

果たしてその男は、それを自力で成し得る手法を把握しているのか、つまり召喚時の実体である我々を選定する事が出来るのか、ここが非常に重要なところであり、吾輩からすればそれこそ唯一の着目すべき部分で、この真偽を確認するのだけは、是非とも行うべきであると断言致します。

それを突き止める為の手段は是非とも検討すべきでしょうが、その前に今回の様にあっさりと相手の術中に嵌ってしまっては話になりませんから、そこは対策を講じる必要がありますな。

良い機会ですので隷属についてと、その器について改めてご説明しておきたいのですが、本日は時間が無いので、また日を改めてご説明致す事にしましょう。

これは次回の召喚よりも、先んじる必要がありますから、吾輩、早速その為の準備に取り掛かろうと思いますので、これにて失礼致します、では後日に」

ロバの紳士は新たな講義の約束をした後に、些か慌ただしく別れの挨拶をして、早々に姿を消した。




今回の“嘶くロバ”の言動は、今までに無く徹底した完全否定であり、中にはこじつけと思われる様な反論も含まれていて、その造詣の深さをひけらかす様な驕りとも取れる、普段の鷹揚さは全く見られなかった。

それ程までに、私が陥れられた状況を否定したかった理由が、一体何処に在るのかが気になっていた。

一番に考えられたのは、今回の私が会った“隠者”の存在が、ロバの紳士も初見であった事、これではないかと思えた。

彼の過去での言動を回想してみると、その殆んどが私の体験談に対しての解説であり、紳士は私が見聞きしてきたものの情報を、ほぼ全て把握していたと思われる言動であった。

しかし今回に関しては、召喚者の力と言動の否定を延々と続けていただけで、その時代も場所も“隠者”自身についても、解説は無いままに終えている。

これはつまり、私から聞いた内容が彼自身も知らない内容であった、だからそれを完全否定した、そう考えられないだろうか。

“嘶くロバ”の世界観とは、喪失した過去の記憶とここからの脱出方法を探る以外は、自分の脳裏にある過去に収集してきた情報だけを、唯一正しい事象として捉えていて、それ以外は全て誤った情報か偽りであると決め付けている、その様に感じられた。

これまでは紳士の博識さが完全に上回っていたから、その事実に気づかなかったが、ここに来て始めて明らかになった様に思えて仕方が無い。

この推測が正しければ、“嘶くロバ”に対して私は二つの結論を導く事になる。

一つは彼に対する、実は彼こそが私をここへと巻き込んだ黒幕ではないか、と言う可能性の低下に因る、信頼の向上である。

私が向こう側で見聞きして来た事象に関わる情報を、全て把握している可能性が最も強いのは、それを仕込んだ張本人であろうから、知らない事象があったと言う事は、その可能性が下がったとも言える。

もう一つは、彼に対する良い意味での、距離感の変化である。

今までは私に対して絶対的な上位の立場を崩さず、その態度もずっと彼流に取り繕った一面のみしか見られなかったのが、今回は自分が知らない情報を語られてむきになっている、言ってみればより人間らしい行動が見られたと言う捉え方だ。

これらは今回の彼の行動が他意の無いものであるのが前提であり、こう私が推測する事を含めての演出だったとしたら、もはやそこまでは読みきれない。

だがその真偽がどちらであろうとも、これはある意味延々と繰り返されていた召喚の日々から、若干ながらも進展したとも言える事象であったろうと、私は捉えていた。

これとは別に以前から気になっていた、“嘶くロバ”の向こう側の人間に対して常に懐疑的なところは、最初は小さな認識の相違だったのが、それが積もり積もって様々な軋轢の蓄積の末に、とうとうここまで忌み嫌う様になったのだろうと想像していたが、これほど徹底しているとその思想はもはや、彼の本質ではないかと思えている。

彼は一切の記憶が無いにも拘わらず、向こう側の世界が、かつて自分が居たかも知れない世界だとは微塵も考えていない、ここがずっと謎であったのだ。

私でも漠然とではあるが、向こう側の世界は馴染みの無い場所で、恐らくは過去にいた戻るべき世界であるとは思ってはいないが、実はあの世界こそが本来の居場所であったなら、と考えてしまい躊躇した時期も当初はあったものの、無数に繰り返された満足に姿を現す事すら叶わなかった召喚を経て、そういった迷いは段々と弱まっていったのは事実で、ロバの紳士はその最たるものなのかも知れないと考えると、それ程この疑問は感じなくなっていた。

だが今回の件を踏まえた上で改めて考えると、今回の様な妄執ともとれる極端な否定は、私が慣れてしまう事に因って麻痺していく迷いと、紳士の持つ執着に近いそれとは、少々違うものではないかと思えるのだ。

ここからは私の立てた仮説であるが、その本質は彼の失っている過去に関連していて、その忘却した記憶に基づいた潜在意識が、あの世界との因果関係を無意識に意思決定へと関与して、それが感情にまで癒着して表面化した結果ではないだろうか。

そしてロバ自身は多くの知識を得る機会として、神眼の名医の元に永らく共存していた経緯もあり、自らのそういった精神的な病変は博識であるが故に、自覚する事が出来ないでいるのではないか。

またそれを指摘する者もこの闇の世界には存在しておらず、仮に存在したとしても医者の知恵を持った彼が、自分より劣る者からの指摘を受け入れる事も無い。

この推測が正しいのなら、言ってみれば“嘶くロバ”は、博学であり技術も兼ね備えていたが、独善的な思考に囚われて段々と目指すべき道を見失っていく、斜陽の天才と言ったところだろうか。

実際のところどうなのかは、もう暫く時が経過しなければ、判断は難しいだろう。




しかしもっと穿った見解をすれば、更に色々な推測が成り立っていく。

“嘶くロバ”が“隠者”をここまで否定したのは、単に如何わしいペテン師だから、本当にそれだけだろうか。

彼がそこまで執拗に固執したのは、私が“隠者”を評価していた事が原因ではないかと思えるのだ。

正直言って“嘶くロバ”の言動も、その殆んどが証明されていない点を考えると、“隠者”の世界の語りと大して差異は無いと言える。

その行動も実のところ、“隠者”の召喚も“嘶くロバ”の今までの言動も、存在する世界が異なってはいるが、結果としては全く同じ事を成そうとしている者同士と言えるのではないだろうか。

彼はいつも私に対して、向こう側の世界の住人を信じるに値しない者達であると、終始唱え続けているが、実際に彼らを虐げたりした証拠は一切無く、私からはこれについて確認のしようが無い。

だが私が実際に起こした虐殺については、事実として彼に報告している。

これが何を意味するのか、彼は私をその様に嗾けて自身が実行していない事象を、実験台として試させているのではないか。

つまり、私は“嘶くロバ”のラットにされているのではないか、と思えるのだ。

“嘶くロバ”はそれを私に告げる気は無いだろうが、私以外にも同じ様な存在に対して関わりを持っていて、それらの者達とも私と同様の関係を構築していると推測している。

紳士が私の様な同志を求める理由、それはこの囚われの立場を脱する為であり、決して同じ境遇の者達全てを救うだとか、そんな偽善的な考えではないのは明白である。

彼は自分がここまでに得てきた知識から考え出した、様々な離脱の手法を実証する為の実験体、言うなれば手駒を多く確保したいのだ。

だからこそ、駒には推測を確認させるべく、色々と情報を与えて望む方向へと動かして、その結果を報告させて自分はそれを検証している間に、新たな確認内容を与える。

これを速やかに繰り返すのを望んでいるから、それ以外の未確認の情報や、自分の想定に繋がらない行動をされるのは、時間の浪費であると判断しているのだ。

そして意図しないところで自分の同類に因って手駒を奪われるのも、検証の遅延へと繋がるから望んでおらず、それ故にあれ程まで私を説き伏せようとしているのだろう。

当初からこの世界に我らと同じ存在はいる筈だとは伝えているが、発見したとは決して言わないであろう、何故なら下手に手駒同士で情報共有されると、彼の思惑が崩れる危険が発生するからだ。

ロバ自身は常に一対一で対話して、それぞれの手駒に対して検証を分散させて行わせている、と言ったところか。

恐らく彼は過去の記憶の奪還と元の世界への帰還を果たす為に、私の犠牲が必要となると判明した時には、躊躇する事無く踏み台にして行くであろうと予測している。

しかしそれはこちらとしても同様であり、今までは彼以外に一切の情報も無かったので、彼の言動を機軸として行動をしていたが、それが私自身の考察した結論から離れていくのであれば、その時はこの関係の終焉を迎える時だろう。




無論この結論を彼自身へと伝える機会はそうそう訪れる事は無いだろう、これを告げる時は“嘶くロバ”との決別の時だと考えているからである。

新たに有力な協力者が現れて、そちらと手を組むべきだと判断を下した時か、今回の様な彼の知らない向こう側の世界の事象が全て事実であり、彼の否定が完全に覆る事態が幾つも重なれば、私も決断を下してその時を迎えるかも知れない。

しかしそれには今の私は全然未熟で、まだまだ“嘶くロバ”の有する莫大な知識は必要であり、今のうちにもっと多く知識や推測を、彼から聞き出して学ぶべきであろう。

だからこそ私はこれからも、彼にとっての扱いやすくて少々愚かな手駒で居続ける必要があるのだ。

別に私は彼の事を嫌っている訳でも無いし恨んでもいない、むしろ様々な情報を提供してくれる貴重な存在であるとさえ思っている、ただ単に私と彼の置かれた境遇が、この様な駆け引きを必要としているかも知れないだけだ。

もしかしたらこの仮説全てが、私の杞憂であるかも知れないと言う考えも別段捨ててはいないし、良き隣人であればそれに越した事はないとも願っている。

互いの求めるものを得る為に協力し続けられれば、彼は頼りになる協力者で在り続けるであろうし、そうでなければいずれは倒すべき宿敵へと変わるのだろう。

いずれにせよ、今のところ私は彼の意思に従い続けるつもりである。

“嘶くロバ”はまだ、私にとってこの世界で唯一無二の貴重な同志なのだから。





第七章はこれにて終了、

次回から第八章となります。


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