第七章 ホムンクルス 其の五
変更履歴
2011/01/03 語句修正 隠者 → “隠者”
2011/04/11 小題修正 ホムンクルス1 → ホムンクルス
2011/10/17 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/11/03 誤植修正 固体 → 個体
2011/11/03 誤植修正 貴方のです → 貴方のお陰です
2011/11/03 誤植修正 判らないとと言う回答であった事で → 判らないと言う回答であった事で
2011/11/03 誤植修正 これ以上の名言は避けますが → これ以上の明言は避けますが
2011/11/03 誤植修正 拡瞳 → 散瞳
2011/11/03 誤植修正 睡眠状態から醒めないが一体 → 睡眠状態から醒めないのが一体
2011/11/03 誤植修正 大きさしかな卵だったのですよ → 大きさしかない卵だったのですよ
2011/11/03 句読点調整
2011/11/03 矛盾箇所の修正
2011/11/03 記述修正 私は考えた事も無いし → 悪魔の下僕としての呼び出し以外には考えた事も無いし
2011/11/03 記述修正 召喚が出来るのかすら、考えて見た事が無い → 召喚が出来るのかについては、紳士の解説では不可能だと言っていた筈だ
2011/11/03 記述修正 民族、宗教、慣習、生活、言語、思想、医療や → 民族・宗教・慣習・生活・言語・思想・医療や
2011/11/03 記述修正 判らない → 『判らない』
2011/11/03 記述修正 同様に何かの → それと同様に何かの
2011/11/03 記述修正 意志の疎通が図れたものでして → 成功したものでして
2011/11/03 記述修正 と言っていいのか判りませんが、より → と言っていいのか判りませんが、それに近い存在より
2011/11/03 記述修正 奇形化した個体や → そういった意味では、奇形化した個体や
2011/11/03 記述修正 そして、“隠者”の声は途絶え → この後“隠者”の声は途絶え
2011/11/03 記述修正 黄濁とは異なる感じで視界は歪んで行き → 黄濁とは異なる感じで視界は歪み出し
2011/11/03 記述修正 その光と言うのには、太陽からの → その光には太陽からの
2011/11/03 記述修正 限定された生活空間で活動するのに → 限定された生活空間での活動に
2011/11/03 記述修正 次回用意してきましょうか → 次回実物を持参致しましょう
2011/11/03 記述修正 自身の力で別の神を召喚しようとは → 別の神を召喚しようとは
2011/11/03 記述修正 その様な存在が実在する事を → その様な存在が実在するのを
2011/11/03 記述修正 単語の問いの内容は → 単語を問う内容だけが
2011/11/03 記述修正 黒い卵をテーブルに置いたケースへと戻した後に → テーブルに置いたケースへと黒い卵を戻した後に
2011/11/03 記述修正 これらは全て質問に対する → これらも全て質問に対する
2011/11/03 記述修正 この世界に属するものでありませんし → この世界に属するものではありませんし
2011/11/04 誤植修正 新たな研究すべきものの → 新たな研究すべきものを
2011/11/04 使徒の数に関する誤りを修正
2011/11/04 誤植修正 孵化時に失敗したのが二体 → 孵化時に失敗したのが一体
2011/11/04 記述修正 フラスコ内の羊水から → それと同時にフラスコ内の羊水から
2011/11/04 記述修正 箱庭の水槽の様な物であろうと → 箱庭の様な物であろうと
2011/11/04 記述修正 主語の後に続くべき単語である筈だが → 主語の後に続くべき言葉である筈だが
2011/11/04 記述修正 まだまだ先の話になりそうですが → まだまだ先の話になりそうです
2011/11/04 記述修正 卵の殻であれば → ですが卵の殻だけであれば
2011/11/04 記述修正 卵には見えないでしょうが → 卵には見えないでしょうけどね
2011/11/04 記述修正 間接的に私が関与して、昔に → 昔私が間接的に関与して、
2011/11/04 記述修正 この体も成長させておきましょう、直接の対話が可能なところまで → 直接の対話が可能なところまでその体も成長させておきましょう
2011/11/04 記述修正 それも確認する事も → それを確認する事も
2011/11/04 記述修正 解読出来ており → 解析出来ており
2011/11/04 記述修正 彼らは → こうして召使としてここに居る二人が
2011/11/04 記述修正 完全に別の空間に適した → 別次元の空間に適した
2011/11/04 記述修正 耐えられる能力はあるのですが → 耐えられる能力はあるものの
2011/11/04 記述修正 民族・宗教・慣習・生活・言語・思想・医療 → 宗教・伝承・慣習・生活・言語・思想・医療
2011/11/04 記述修正 私の思想に共感している後任者に → 私の後任者に
2011/11/04 記述修正 明白だろうと思えるものばかりが → 明白だろうと思えるものが
2011/11/04 記述修正 そもそも単独で成り立つ様に出来ていると考えていた → 召喚時にはそれ単体で為すべき事が達成可能なのだと考えていた
2011/11/04 記述修正 あの種族はとても長寿な種族で → あの種族はとても長寿で
2011/11/04 記述修正 垂直に切断されたかの様に → 水平に切断されたかの様に
2011/11/04 記述修正 上下の部分は → 両端に当たる上下の部分は
2011/11/09 誤植修正 来たして → 来して
十九日目の休日には、前回の休日に途中で終わった、使用人に関する解説の続きを話すとの事で、彼は時間を作って私のところへとやって来ていた。
“隠者”は休日に語る時には座る事にしているらしい、いつもの揺り椅子へと腰掛けてから話を始めた。
「前回は確か、彼らの身体的な特徴をご覧頂いてから、解説の方をしたところでしたね。
では次に、彼らが何処から来たのかと、その生物的な特徴やここまで成長するまでの話を致しましょう。
まずは何処から来たのかについてですが、彼らの正体は私の問いの中にもあった、常夜の都の住人です。
光の殆んど無い世界で生きている種族の為なのでしょう、彼らは完全な暗闇でも目が見える特性がありまして、本来なら光があっても同じ様に物を見る力があるのですが、ここの個体はその制御が出来ず散瞳したままです。
地底の世界では基本的に紫外線が無いので、アルビノと同様に色素を持たないのだと思われます。
これも推測ですが、彼らは本来光があるところにも耐えられる能力はあるものの、その光には太陽からの紫外線の様な有害な光線を含まないのでしょう。
つまり彼らはこの地上の世界で生きられる様には出来ていない、地底の世界と言う別次元の空間に適した種族なのです。
この身長の低さは地底の世界と言う、限定された生活空間での活動に適合する様に、最初からそういった利便性を考慮して設計されているのか、彼らは平均的な種族から比べると、小柄であるのは間違いありません。
地中に棲む生物と言うのは、地中を掘って自分の居場所や食料を得る必要があるからか、この小柄な身体とは思えない程に力はありまして、正常な個体では自分の背丈と同じ高さの岩石を、持ち上げて投げつける程の怪力を有しています。
彼らにも性別がありまして、私が確認したところ、この二人は雄と雌なので理論的には繁殖が可能な筈で、これは非常に幸運だったと言えます。
私がかつて略奪してきた卵の数は二十個で、育成対象とした十個のうち、ここまで無事に行動させられる程に成長させる事が出来たのは、この二体のみです。
残りは、孵化しないものが一体、孵化時に失敗したのが一体、育成中に突然死したのが一体、異常を来して奇形化したのが三体、肉体的には異常は無いが睡眠状態から醒めないのが一体、突然変異体が一体です。
それらも全て、この住まいの別の研究室で管理しております。
当初は今の貴方よりも小さい、ちょうど私の掌に収まってしまう程度の大きさしかない卵だったのですよ。
そう、彼らは胎生生物では無く卵生生物なのです、更に言えば、その生態は卵と言うよりも種子に近い。
それらをどの様にして孵化させるかから研究を始めて、きっと本来はもっと成長は早いのだと思いますが、ここまで成長させるのに五十年も掛かってしまいました。
この者達の兄弟にも興味をお持ちでしょうが、それをお見せ出来るのは貴方がそこから出られるようになった後になりますね。
兄弟と言えば、類似した種族である空の使徒は、昔私が間接的に関与して彼らとの間に大きな戦争を起こした際に、何体か死体や瀕死の者を確保しておりまして、現在も仮死状態で眠らせて保存している個体もあります。
ちなみに空の使徒は身体ももっと大きく、背中には一対以上の白い翼を持っていて、その堂々とした姿はまさに天使で、あの者達と同様の肌の色をしていますが、太陽光に対して耐性が出来ており、どれだけ浴びても何も支障もありません。
これらも是非ご覧頂きたい物ですが、私の推測ですと残念ながらそれはまだまだ先の話になりそうです、ですが卵の殻だけであればお見せ出来そうですから、次回実物を持参致しましょう、でもあれは見た目は卵には見えないでしょうけどね」
こうして、“隠者”は驚くべき様々な事実を私に与えてから、いつもの様に挨拶をして去って行った。
今回の“隠者”の話は、俄かに信じがたいものが多くあった。
この使用人達が普通の人間ではないと言うのは驚く事も無かったが、修道女らと同様の外見上の特徴がある民族と言った程度だと思っていたので、さすがにこの話を聞いた後はすぐには睡魔もやっては来なかった。
見た目が幼く若く見えるだけだとしても、いくら何でも五十歳の人間が子供に見えるだろうか、彼らはあれで五十歳だと言うのだ、それは信じられる筈は無いし、それに身長と同じ高さの岩石を投げつける力を持つとは、明らかに普通の人間では有り得まい。
百歩譲ってあの種族はとても長寿で力も長けているのだとしても、卵から孵化する人間なんてものは今までに聞いた事が無いし、それは果たして人間と言えるのだろうか。
常夜の都の住人、それは一体どういう種族なのだろうか、“隠者”からその詳細を聞けば聞く程に、難解になって行くようだ。
更にそんな常軌を逸した種族を、これまで育成して状態を確認し続けてきた、この“隠者”とは一体何者であるのかと言う疑問を、ここに来てより一層強く感じる。
過去の質問を思い返して考えると、もしかするとあの質問は全て自分で見て来た事象を、私に問うていたのかも知れないと思えて来た。
もしそうなら彼は少なく見積もっても、四千年以上生きている事になってしまうが、この突拍子も無い様に思えた仮説も、彼が人間では無く更には生物ですら無く、私と同様の存在でこの世界に自在に留まる力を得た神であれば、全ては筋が通る。
しかしそれだと、現実的云々と言う観点ではなく実に素朴な疑問として、果たして神が神を召喚するのか、または召喚出来るものなのか、と言う疑問も浮かんでくる。
超自然の存在は人間が様々な経緯から生み出して構築した、その存在を創り出した者達が必要な力を持つ様に定義してある物で、召喚時にはそれ単体で為すべき事が達成可能なのだと考えていた。
自身の召喚された時に己の器の力不足を感じても、別の神を召喚しようとは、悪魔の下僕としての呼び出し以外には考えた事も無いし、そもそも人間以外に召喚が出来るのかについては、紳士の解説では不可能だと言っていた筈だ。
最初に話しかけてきた時にはこちらに対して敬う口調であったから、いつもの非力な人間の召喚であろうと見ていたが、実は彼は私が考えるよりもずっと高い知能を有していて、この世界での神以上の存在などと言う事が有り得るのかが判らないが、その様に思えて仕方が無い。
“隠者”は自分以上の知識を有する、力を持った者として私を召喚したのであるから、そう考えると、これは結果としては失敗だったのだろうが、その“隠者”の行為は即ち、その様な存在が実在するのを証明している事になるのではないか。
“隠者”以上に力を持つ存在、果たしてそんなものがいるのだろうか。
こちらから意思の疎通が叶えば多くの事実が容易く判明し、更には私や“嘶くロバ”が陥っている境遇の事や、失われた記憶を取り戻す方法等も、あの男なら知っているかも知れないのに、こんな二度と無い機会をみすみす逃さねばならないとは。
私は歯痒い思いを感じつつ、夜の眠りへと誘われて行く。
二十日目からの五日間は、様々な文化に関する質問だった。
前回の歴史に紐付く各国における人間の、宗教・伝承・慣習・生活・言語・思想・医療や歴史上の偉人等であり、前回から繋がりのある問いなので、ここもやはり殆んどは知らない話ばかりで、回答はほぼ『判らない』であった。
散々繰り返されていたキマイラ生成の事や、或いは“嘶くロバ”の憑依していた神眼の名医の話等は、もしかしたらと思ったのだが、それに近い人物も出題される事は無く終わった。
あれだけの偉業を行った人間が出て来ない理由は二つしかない、別世界の話か、ロバの紳士と“隠者”のいずれかが作り話をしているかだ。
しかし両者ともに、その真偽は不明ではあるものの、相当な情報量を記憶しているのは事実であり、そしてどちらとも完全に否定出来る証拠は無いのが現状である為、今のところはどちらも事実として記憶しておくのが正しい選択ではないかと思える。
言語の設問の中には、もしかしたら召喚の時に理解出来なかった言語も含まれていたかも知れないが、それを明確に思い出せる程の強い記憶として、それらは私の脳裏に保持されておらず、それらがかつて耳にした言語だったかどうかはもう判らなかった。
今回の問答で気になった単語は、『神官』『使徒』『継承者』『使者』『探求者』だった。
いずれの単語も、通常であれば主語の後に続くべき言葉である筈だが、“隠者”の問い掛けはこれらの単語を単独で問うもので、何らかの宗教の『神官』や『使徒』ではなく、それと同様に何かの『継承者』や『使者』や『探求者』ではないのだ。
その他の質問は、その国自体を知らないのにその国の文化を問うていたりして、もはや判らないのは明白だろうと思えるものが続いており、非常に限定的で詳細を確認するものばかりなのに、それと比べてこれらの単語を問う内容だけが漠然としていたのは、“隠者”自身も詳細を把握していないか、或いは意図的に明言していないのかも知れないとも思えた。
前から気になっていた『使徒』と言う単語がここで出てきたのは、私の直感が正しかった証明となったのは良いが、その実態は設問の内容を繋ぎ合わせて考えてみても判った事は少なく、『使徒の都』や『雲海の都』『深淵の都』『常夜の都』に生息している事と、どうやら『神官』の配下にあたる種族らしい、と言う事のみだった。
前回の休日の際に“隠者”は、あの使用人達は『常夜の都の住人』だと言っていた事からすると、つまりあの二人は『使徒』そのものか、或いはどちらが上位かは判りかねるが、『使徒』と共に生息している存在であるのは間違いないだろう。
次回の休日が、“隠者”が約束した日程では最後の休日となり、纏まった話を聞けるのもここが最後ではないかと思われた。
膨れ上がるばかりの多くの謎が、少しでも解明されて行く事を願いつつ、私は瞼を閉じて眠りについた。
二十五日目の休日には、“隠者”は約束通りに卵の殻であろう、荷物を持って現れた。
こういった貴重な物は使用人には運ばせないらしい、きっと慎重に扱うようにと言う、細かな指示が出せないからであろう。
「前にお見せすると約束致しました、これが、大地の使徒の卵です」
そう言われて、フラスコ容器の目の前に差し出されたものは、私が想像する卵とは違った形状をしているものであった。
まずその色であるが、典型的な卵の色である白色か、明るめの淡い色調の物を想像していたのだが、“隠者”が持っているそれの色は、光沢のある黒色だった。
それと形状についてもやはり想像とは異なり、一般的な卵の形状である楕円状の球体か、完全な球体を想像していたのだが、それの形は短い円柱状をしており、両端に当たる上下の部分は半球状になっていた。
更にその卵の割れ方も予想外で、黒い筒状の卵は、完全な側面の中心で水平に切断されたかの様に真っ二つに両断されていた。
まるでそういう形に作った容器を開けたかの様な卵の殻であり、これを見ていてふと脳裏に浮かんできたのは、何かのカプセルかケースの様だと言う印象であった。
私が微動だにせずにその異質な黒い卵を見つめているのが、想像通りの反応で満足したかの様に口元を綻ばせつつ、テーブルに置いたケースへと黒い卵を戻した後に、彼は語り始めた。
「貴方ももうお気づきかとは思いますが、こうして召使としてここに居る二人が今回の問いにあった使徒と呼ばれる種族、その中でも常夜の都に生息する、大地の使徒と呼ばれる種族です。
実を言うと、大地の使徒との接触は偶然に実現した只の一度のみで、その際にまだ卵だった個体を略奪してきました。
この時しかこの種族を目撃していないので、実際のところ平均的な能力を測るには少々情報が足りないのですが、致し方ありません。
今までのこの者達の特徴を説明する上で比較していたのは、卵の略取時に遭遇した際に目撃した、大地の使徒達の能力です。
彼らに対して命令する際の言語については、様々な意思の疎通手法の試行錯誤の末に成功したものでして、これが本来の彼らの用いている言語である保障はありませんが、日常の行動を指示するのには十分可能なところまで解析出来ており、現在も更なる複雑な意思の表現について研究中です。
私の元に居る個体は、自我と言うものの確立に失敗してしまっているらしく、彼らは私の命令には従いますが、自ら抱いた感情や思考の結果を表現する事はありません、と言うよりも出来ない状態なのかも知れません。
私がかつて遭遇した大地の使徒は、この様な操り人形ではなく、通常の人間と同様に自分の意思を持って行動していた様に思えました。
この自閉している原因が育成環境の違いなのか、成長させる際の条件が足りなかったのか、それらについては調査中でして、私としては、彼らから有力な情報が引き出せると期待していた為、非常に残念な結果となっています。
もしかすると、現在において自我を持たない点については、これで正常なのかも知れませんが、それを確認する事もまだ出来ていない状態です。
使徒と言う種族は他の種族・生物とは違い、進化を経てあの様な姿や能力を得たのではなく、元より神、と言っていいのか判りませんが、それに近い存在により与えられている役目を果たす為に創造され、存在している種族ではないかと言う仮説を立てています。
それに基づいて検証すると、今この自我を失っている状態は、その果たすべき使命の様なものが伝わっていないか、或いは本能的に判っているがそれが実行不能に陥ってしまい、本来の動作をしようが無くなったと判断して機能停止しているか、今はそのいずれかではないかと考えられますが、これらの判断もまたこれからの研究課題であります。
更にその存在意義を考慮して考えると、恐らく彼らには寿命は無いのではないかと、推測しております。
そう推測した最大の理由は、目撃した際の彼らの容姿にあります。
卵を奪う際に複数の個体を目撃しましたが、まるで複成したかの様に、彼らは全て全く同じ身長と容姿を持っていたからです。
生物に寿命を設定する必要があるのは、同形の性別違いの形態を用意して、補完情報である遺伝子の融合までさせる手間までかけて、その種族の能力が不完全であるのを補完する為です。
それはつまり、創造主すら想像出来ない何かが現れるのを期待している事になりますが、この場合の創造主は自ら作り出した生物の変化を読みきれないと言う意味において、全知全能ではないのが大前提です。
この世界の全ての生物は必ず寿命が設定されており、遅かれ早かれ絶命する様になっています。
それと同時に、生物には個体差が存在し、中には同種でありながら全く異なる姿をした、突然変異等が現れたりもします。
これらは一体何の為か、生物が生存する環境の変化に対応する為に、個体差と言う試行錯誤に因って、変化した環境により順応した個体をより多く残して、繁殖して欲しくない適合出来ない個体を淘汰する、言わばその種族を絶滅から守る為の、未成熟な生物の持つ自衛手段なのです。
逆に考えると、完全に環境を掌握していて、未来永劫それが確約されているのであれば、このシステムは一切不要となり、同時に必要数に達していれば、繁殖の必要すらなくなります。
故に、より高い生存能力と適応能力を持つ生物ほど長寿命で繁殖能力は低く、逆に生存能力と適応能力の乏しい生物ほど短命で繁殖能力が高い、これが全ての生物に当てはまる法則です。
異なる性別を持った個体同士による繁殖や、一定期間までの存在制限、交配に因る進化と言う物を、あの種族は必要としていないと仮定する理由は、全く同一の容姿を備えた個体しかいない、即ちそれは成熟された完全な種族、と考えているからです。
ここにいるあの二つの個体が、異なる片方ずつの性別を有していたのは、ある意味成長に失敗した機能不全の結果であり、恐らく本来の使徒と言うのは両性具有、若しくは繁殖専用の個体が存在するのではないかと思われます。
そういった意味では、奇形化した個体や突然変異の個体が怪しいと踏んでいるのですが、まだ育成中の貴重な個体を解剖する訳にもいかないので、現段階では成長させつつ観察しているところです。
彼ら使徒と言うのはむしろ、飼っている生物の世話係と言えば判りやすいでしょうか、全ての生物の飼い主たる主の指示を聞いて、この世界と言う水槽の中を主の望む姿へと進む様に仕向ける存在で、人間から見た場合で例えるなら、神の使いである天使の様なものではないかと。
今回の話の締め括りとして、私の求めているものについて、簡単にお伝えしておきましょうか。
この世界は言ってみれば、創造主たる存在に因って作られた、様々な観賞用の未熟な生き物を放し飼いにしてある、巨大な箱庭の様な物であろうと推測しています。
しかし何故、創造主はこの世界で数多くの生物を飼い、力不足で意のままに出来ないのか、敢えてそうせずに自由に変化する余地を残して、多少手を加えながら基本的には傍観し、観賞し続けている様な真似をしているのでしょうか。
この観賞する創造主こそが『神官』であり、私の目指しているのは、この『神官』の思考を理解する事、つまり世界の創造と存続の目的の究明が、我が使命なのです」
二十六日目からの五日間も、前回からの引き続きで、各時代の国々における文化の問いであった。
回答の具合も前と同様、殆んど判らず、今回の質問でも私の知っている内容は問われずに、五日間の期間を終えて、そしてこれが最後の日となるのだろう、三十一日目の朝を迎えた。
“隠者”は今までと変わらない様子で、いつもの様に現れ、大地の使徒の使用人達も何も変わる事無く、日課の仕事を寡黙にこなしていた。
それを眺めつつ、私は最初にここへと招かれた時の事を思い返して、“隠者”の公言した約束通りだとすると、糧が尽きるのは午後に入ってからになるのだろうかと予測した。
“隠者”は最後の日もまた、最初から一貫して最後まで変わる事の無かった、穏やかな態度で語り始めた。
「約束通りに私の研究にご協力頂き、誠に有難う御座いました。
この一ヶ月に及ぶ問答に因って、私の予期していなかった事実を得る事が出来たと確信しており、これも全ては貴方のお陰です。
私の問いに対して、殆んどを『判らない』と言う回答であった事で、貴方は大して意味が無かったのではないか、と判断されているかも知れませんが、それは間違っています。
貴方の『判らない』と言う回答一つでも、その中には多くの情報が含まれていて、私はそれを観察し検証する事で、多くを知る事が出来るのです。
その問いを聞いた際の貴方の表情や態度、回答までの経過時間や回答時の腕の上げ下げする速度、これらも全て質問に対する回答になるのですから。
私にとっての研究と言うのは、自分に都合の良い結果を捻り出すものではなく、自分の推測の真偽を確認するものであり、その結果が推測と異なる方が、そこでの発見はより多いのだと言えます。
今回の召喚では、私が呼び出そうとした存在は貴方ではなかったのは事実ですが、貴方を召喚した事に因って、新たな研究すべきものを発見する事が出来ました。
その新たな課題については、私の後任者に引き継ぐ事になりそうです。
最後に私が何者かについて、僅かではありますが、お話致しましょう。
私の正体はもう既に貴方へと語っております、私は『探求者』、自らの使命を追い求める者です。
『探求者』とは、それぞれに課せられた使命を達成する為に、世界へと送り込まれる存在で、私に与えられている使命は前にお話したとおり、この世界の創造主の存在を確認し、行動目的を解明する事です。
そういう意味では貴方と同様で、この世界に属するものではありませんし、勿論人間でも生物でもありません。
これ以上の明言は避けますが、ちなみに貴方は我々『探求者』とは、異なる存在である事だけはお伝えしておきます。
貴方とはもう一度お会いする事になるかも知れません、その時までには直接の対話が可能なところまでその体も成長させておきましょう。
そして是非、共にこの珈琲の味を、堪能して頂きたいものですね。
そろそろ時間の様です、神を統べる存在、あらゆる神の姿を纏うお方よ、その深い眠りの中から目覚めた頃に、再び再会出来る事を願っております」
この後“隠者”の声は途絶え、黄濁とは異なる感じで視界は歪み出し、それと同時にフラスコ内の羊水から響く物音も小さくなって行き、久方振りに感じる自己の喪失感に飲み込まれつつ、私の意識は途絶えていった