第七章 ホムンクルス 其の四
変更履歴
2011/01/03 語句修正 隠者 → “隠者”
2011/04/11 小題修正 ホムンクルス1 → ホムンクルス
2011/10/16 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/10/29 誤植修正 検討 → 見当
2011/11/02 誤植修正 固体 → 個体
2011/11/02 誤植修正 使用人へと回答の内容を書かせていた → 使用人に回答の内容を書かせていた
2011/11/02 誤植修正 最初の一時間分で → 最初の一時間以内で
2011/11/02 誤植修正 繰り替えした → 繰り返した
2011/11/02 句読点調整
2011/11/02 記述修正 全て、はい、か、いいえで → 全て『はい』か『いいえ』で
2011/11/02 記述修正 あらゆる海、外洋、内海、山脈、山~ → あらゆる外洋・内海・山脈・山~
2011/11/02 記述修正 予想していなかったろうから → 予想していなかったであろうから
2011/11/02 記述修正 判らない → 『判らない』
2011/11/02 記述修正 手にしていた本を → 手にしていた羽根ペンや本を
2011/11/02 記述修正 動物、植物、虫、微生物 → 動物・植物・虫・微生物
2011/11/02 記述修正 何故問題は違うとは言え → 問題は違うとは言え
2011/11/02 記述修正 記録する内容や → 何故記録する内容や
2011/11/02 記述修正 城、砦、都市、街、村 → 城・砦・都・街
2011/11/02 記述修正 かの廃都の名が出て来なかったのは → かの廃都の事が出て来なかったのは
2011/11/02 記述修正 『使徒の都』の、使徒、とは → 『使徒の都』の使徒で、使徒とは
2011/11/02 記述修正 最初は本の最初の頁から順番に → 始めは本の頭の頁から順番に
2011/11/02 記述修正 指示の数にばらつきがあり → 指示の回数にばらつきがあり
2011/11/02 記述修正 記憶出来るのではないのか → 記憶出来るのではないのかと思える
2011/11/02 記述修正 振り続けるのが大半だったからだ → 振り続けるばかりだったからだ
2011/11/02 記述修正 この世界の事なんてろくに知らないし → この世界の事などろくに知らず
2011/11/02 記述修正 引き出す様な力も有していないし → 引き出す様な力も有してもおらず
2011/11/02 記述修正 最後まで態度は変わる事無く → 最後まで態度を変える事無く
2011/11/02 記述修正 何回かの睡眠と覚醒を → 昨夜も何回かの睡眠と覚醒を
2011/11/02 記述分割 朝を迎えると、前日と同じく → 朝を迎えた。今日も前日と同じく
2011/11/02 記述移動 昨夜も何回かの睡眠と覚醒を~
2011/11/02 記述修正 私は夜間に完全に目が覚めてしまった → 夜間も何度となく目が覚めてしまった
2011/11/02 記述修正 “隠者”によって起こされる → 時間になって“隠者”によって起こされる
2011/11/02 記述修正 まどろんでいる内に → 一旦目覚めてもまどろんでいる内に
2011/11/02 記述修正 千六百の問いに回答した → 計千六百の問いに回答した
2011/11/02 記述修正 問題は違うとは言え → 問題が違うとは言え
2011/11/02 記述削除 これもまた“隠者”からの指示によるらしい、
2011/11/02 記述修正 かなりの虚弱体質です → 相当な虚弱体質です
2011/11/02 記述修正 小さな村落の問いがあるのに → 小規模な街の問いがあるのに
2011/11/02 記述修正 地底人と言う事になるが → 地底人と言う事にものの
2011/11/02 記述修正 設問も無かった事からすると → 設問すら無かった事からすると
2011/11/02 記述修正 そんなところに生物 → そんなところに生物が
2011/11/02 記述修正 あれだけの大惨事が → あれだけの大惨事の起こった大都市が
2011/11/02 記述修正 やはり個体としては → やはり個体としても
2011/11/02 記述修正 二人の事を気にしている事に → 二人の事を気にしているのを
2011/11/02 記述修正 朦朧として、終日眠っているのと変わらないで → 朦朧としてしまい、終日眠っているのと変わらず
2011/11/02 記述修正 問答開始から五日目が終了して → 問答開始から五日が経過して
2011/11/02 記述修正 完全に目覚めてしまう事は無く → 完全に覚醒する事は無く
2011/11/02 記述修正 私に対して問う事が無意味な事だと → 私に対して問う事が不毛だと
2011/11/02 記述修正 回答を記載する箇所の指示の回数に → 回答を記載させる際の指示回数に
2011/11/02 記述修正 殆んどを回答出来ずに終わった → 殆んど回答出来ずに終わった
2011/11/02 記述修正 好奇心をも凌ぐ、胎児の眠りに → 己の好奇心をも凌ぐ、抗えぬ胎児の眠りに
2011/11/02 記述修正 無表情のままであり → 硬く口を噤んだままの無表情であり
2011/11/02 記述修正 大きな揺り椅子を持ち出して → 大きな揺り椅子を用意させてあり
2011/11/02 記述修正 彼らの事について語る事を約束し → 彼らについて語る事を約束し
2011/11/02 記述修正 これが単なる他の地名とは → これが他の地名とは
2011/11/02 記述修正 それがここまで疲弊した → それだけがここまで疲弊した
2011/11/02 記述修正 こなそうと言うのか、気になった → こなす気でいるのだろうかと気にかかった
2011/11/02 記述修正 確かに記録する際に、最終的な集約単位で → 確かに始めから最終的な集約単位で
2011/11/02 記述修正 この答えが次回の休日 → この答えが次回の休日である
2011/11/02 記述修正 “隠者”の語りにそれらを見出せる事を → “隠者”の語りで見出せる事を
2011/11/02 記述修正 決して空を漂っている → 決して空に浮いて漂っている様な
2011/11/02 記述修正 二つの民の国が争う → 二つの民が相克する
2011/11/02 記述修正 明示的に語りはしておらず → 明示的に語ってはおらず
2011/11/02 記述修正 完全に暗記していた問題 → 完全に暗記していた問題を
2011/11/02 記述修正 使用人に回答の内容を → 延々と使用人に回答の内容を
2011/11/02 記述修正 すっかり忘れていった → すっかり忘れてしまった
2011/11/02 記述修正 疲労を覚えていた事に → 疲弊していた事に
2011/11/02 記述削除 夜でも僅かな光で反射すると言う
2011/11/02 記述修正 早ければ最初の一時間以内、遅くても一日で → 早ければ最初の十分以内、遅くても一時間程度で
2011/11/02 記述修正 一言も聞かれることはなく → 一言も訊かれる事はなく
2011/11/02 記述修正 その姿は大分異なっている事になるが → その様子は大分異なっている事になるが
2011/11/02 記述修正 私の問いの中にもあった → 私の質問の中にもあった
2011/11/02 記述修正 窓を閉めて回る使用人達を → 窓を閉めたり灯りを点けて回る使用人達を
2011/11/02 記述修正 寛いだ感じで腰掛けて → 寛いだ感じで腰掛けると
2011/11/02 記述修正 言語とは異なるのは間違いなく → 言語と異なるのは間違いなく
2011/11/02 記述結合 その理由だろうか。この日は → その理由だろうか、この日は
2011/11/02 記述修正 私が短い浅い眠りと睡眠の間にある → 私が
2011/11/02 記述修正 かなり減っていた → かなり減っていった
2011/11/02 記述修正 本に綴っていくのを → 本に綴っているであろう単純作業を
2011/11/02 記述削除 二時間後にまた、と言い残して
2011/11/02 記述修正 逸話そのものに聞こえる → 物語の様に聞こえる
2011/11/02 記述修正 だが港町は → だが結局どちらも問い掛けには現れずに質問は終了してしまい、まあ港町は
2011/11/02 記述修正 行動を見ていて気づいた所があった → 行動を見ていて気づいた事があった
2011/11/02 記述修正 意識は遠のいていった → 次第に意識は遠のいていった
2011/11/02 記述修正 全て記憶していた → 完璧に記憶していた
2011/11/02 記述分割 想像していて、これだけ無知な → 考えていた。流石にこれだけ無知な
2011/11/02 記述修正 情報提供の協力に対する褒美なのか → 情報提供の協力に対する報酬なのか
2011/11/02 記述修正 かなり回答する事が出来た → 少しは多く回答する事が出来た
2011/11/02 記述修正 翌日へと進んでいく → 速やかに翌日へと進んでいく
2011/11/02 記述修正 すっかり忘れてしまった → その大半を忘れてしまった
2011/11/02 記述修正 “隠者”は最後まで → 結局“隠者”は最後まで
2011/11/18 誤植修正 関わらず → 拘わらず
“隠者”の質問が何なのか、私なりに予想していたのだが、実際に始まってみると、予想したものとはかなり違っていた。
いや、違うと言うよりも質問の範囲に対する考え方が、そもそも間違っていた、と言うべきだろうか。
彼がこの二日目から始めた問い掛けの内容は、賢者の石なんてものは一言も訊かれる事はなく、世界の地理に関するものだった。
この世界にある、或いは存在していた、あらゆる外洋・内海・山脈・山・河川・湖・森林・砂漠・湿地帯・平野・島等の、存在した場所やその時代や形状等を、全て『はい』か『いいえ』で回答する質問形式の文章で問いかけて来たのである。
それを彼は何も見ずに、更には使用人に記載場所を指示する為に、本の題名と頁と行数も冒頭に付け加えてだ。
この男は、全ての問いとそれがどの本の何処に記されているかを、完璧に記憶していた。
始めは本の頭の頁から順番に出題しているのかと思っていたが、一問毎に記述する場所を指示しているから気になって良く聞いてみると、一つの問いに対して回答を記載させる際の指示回数にばらつきがあり、一箇所の問いもあれば、複数個所へ記載する様に指示する問いもあった。
どうやらこの本へと記録を取った状態で、既にまとめてある内容になる様に記録を行っていて、問い掛けはその記述すべき順序とは合致しないので、それを調整して指示を出しつつ進めているらしいのが判った。
確かに始めから最終的な集約単位で記録されていれば、情報の整理に要する時間を短縮出来るからだろうが、それを頭の中だけで彼は既に出来ているのだから、その能力を考えるとわざわざ本に記さなくとも、私の答えも全て記憶出来るのではないのかと思える。
しかしながら、それだけの準備や質問方法の工夫も、残念ながら殆んど有効には作用せずに進んでいった。
何故ならば、私は彼の質問の殆んどが判らず、両腕を振り続けるばかりだったからだ。
私はこの世界の事などろくに知らず、その手の記録を引き出す様な力も有してもおらず、仮にあったとしても使えるだけの条件が整っていない。
最初の一時間以内でノルマの百問は達成していたのだが、使用人達は終始『判らない』と言う答えを、指示された頁の行に綴り続けるだけだった筈だ。
私の予想では早ければ最初の十分以内、遅くても一時間程度で、私に対して問う事が不毛だと理解するだろうと考えていた。
流石にこれだけ無知な存在だとは予想していなかったであろうから、さぞかし彼は落胆し呆れられるのだろうと予測していた。
しかし“隠者”の態度は百問の問答が終わった後も変わらずに、当初の予定通りに休憩に入る事を告げてから、私に労いの言葉を掛けて微笑むと、懐から大きめの海中時計を取り出して時間を確認した後、部屋を出て行った。
私はこの後すぐに抵抗する間もなく意識が混濁し、夢うつつの世界へと囚われていく。
この日の残りの三百問についても、全く以ってスケジュール通りに実行され、その質問のほぼ全てが『判らない』にも拘わらず、“隠者”は態度を変える事も無く質問を続け、書記役の使用人達も同様に、黙々と同じ単語を本に綴っているであろう単純作業を繰り返し続けた。
二回目の問答から巨大な砂時計は動き出し、銀色の砂が少しずつ零れ落ちて、四回目の問答を終えて砂時計に目をやると、今が午後の九時より前であるのを、暖炉の炎が反射して見える砂の高さから確認出来た。
結局“隠者”は最後まで態度を変える事無く、全く変わらない口調とペースで質問し続けて、延々と使用人に回答の内容を書かせていた。
殆んどが全て同じ答えであるのに、彼は丸一日完全に暗記していた問題を、もうどうせ『判らない』と言うのだろうと予測出来る問いを、ひたすら私に語り続けていたのだ。
もしこれが逆の立場で、私が問いかける方だったなら、間違い無く途中で挫折して中断していただろう。
この男の忍耐力には恐れ入ったが、明日以降はどうするつもりなのか、まだ続けるのだろうか、あくまで全てを予定通りにこなす気でいるのだろうかと気にかかった。
去り際の“隠者”の挨拶は、特にそれを明示的に語ってはおらず、単に労いの言葉と在り来りな寝る前の挨拶でしかなかった。
男が去った後、二人の使用人も無言で立ち上がってから、手にしていた羽根ペンや本をワゴンに戻して、ワゴンを整理し終えるとそのまま部屋を出て行く。
腕を一日に四百回上下に動かすのが、これほど重労働であろうとはと、驚く程に私は疲弊していた事に、ここで始めて気付いた。
もう少しで未熟児として出産可能な胎児とは言え、所詮は未完成の体であるのは間違い無いが、それだけがここまで疲弊した理由でも無いのだろうと思えた。
やはり、慣れない作業を長時間行ったのが、その理由なのか。
それを考えようとも思ったのだが、蓄積した疲労とやっと解放された安堵から来る睡魔の誘惑には勝てず、次第に意識は遠のいていった。
昨夜も何回かの睡眠と覚醒を繰り返した末、待ち望んでいた朝を迎えた。
やはりどれだけ疲れていても、胎児の睡眠と言うのは断続的であるらしく、夜間も何度となく目が覚めてしまった。
そこで目覚める度に砂時計を確認していると、次の眠りへと落ちるまでの周期は、凡そ三十分から一時間である事が理解出来た。
今日も前日と同じく“隠者”は予定通りにやって来て、昨日と同様に四百問の問いを消化していった。
昼間は作業の疲れからか、二時間の休息の間は完全に覚醒する事は無く、一旦目覚めてもまどろんでいる内に次の眠りへと落ちてしまい、時間になって“隠者”によって起こされるパターンを繰り返していた。
初日に行われていた、使用人の母体への介護については、私がまどろんでいる間に行われているので、目撃出来る機会はかなり減っていった。
こうして質問の内容こそは違えども、殆んど同じ様な単調な繰り返しの日々が更に四日経過して、ここに召喚されてから七日目、問答開始から五日が経過して、計千六百の問いに回答した。
この五日間の中で、それこそ千を超える見知らぬ世界の地貌を聞かされたが、まるで胎児の小さな脳では抱えきれないかの様に、その殆んどは興味を持つ事も無く、物理的な器の体積は関係ない筈なのに、二時間の休憩を取った後にはその大半を忘れてしまった。
しかしその中で理由は不明であるものの、何か引っかかるものを感じて記憶に残った単語があった。
それが、『神々の島』と『大瀑布』だった。
『神々の島』については、大した根拠は無いのだが、その物理的な位置の説明が他の島嶼とは異なり明確では無く、これが他の地名とは異なる意味を持っている様に思えたのだ。
勿論それを“隠者”に伝える術は無くて、結局他の問いと同様に『判らない』と言う回答をしたのではあるが。
『大瀑布』は、その言葉の通り滝であったが、その位置と形状を設問から想像すると、まるで地動説の平面な世界の周囲にある、いわゆる世界の果てを表しているかに思えた。
この世界は果てがあるのか、世界は丸くないとでも言うのかとも思えるのだが、その他の外洋に関する問いでは、世界が球状である前提の位置で質問されており、そこに矛盾が生じていた。
“隠者”の持つ知識のレベルからすれば、天文学も当然理解していて、世界の構造は判っていると思えるのだが、これはどういう事なのだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、問答はこの六日目で一旦終了して、最初の休日である七日目となった。
“隠者”も別の用件でもあったのか、少なくとも私が完全に意識を失っていない時に現れる事もなく、関心を惹く様なものは何も無かったのもその理由だろうか、この日は五日間の蓄積した疲労で意識は朦朧としてしまい、終日眠っているのと変わらず過ごしているうちに時間は流れて行き、速やかに翌日へと進んでいく。
八日目からは、質問の内容が変わって、今度は生物に関する問い掛けになり、あらゆる動物・植物・虫・微生物までもが対象で、動物の中には人間の種族も含まれていた。
これにはかつてのキマイラとしての召喚や、召喚で関わった人間達の容姿についての記憶があったので、地理に関する問いに比べれば少しは多く回答する事が出来た。
この生物に関する問いも五日間続いたのだが、その間に“隠者”の行動を見ていて気づいた事があった。
私の回答は常に三択でしかないのだが、彼は私が同じパターンの回答をした時でも、使用人に対する記録の指示の言葉が一定ではなく、時には一冊の本に単語一つしか書かせない時もあれば、複数の本に長文を記載させる事もあった。
問題が違うとは言え同じ回答のパターンなのに、何故記録する内容や記述量が違うのだろうか。
“隠者”が使用人達に命ずる言葉さえ判れば、何を記しているのかが判るのだが、それはこの小さな使用人達が使用する言語であって、“隠者”と私が話すのに用いている言語と異なるのは間違いなく、その言語は私にはどれだけ耳を澄まして確認しても、翻訳するのは無理だった。
私から“隠者”へ問い合わせる術も無いので、どういう記述をしているのかを尋ねるのも叶わず、残されているのは“隠者”が自ら気を利かせて、それを私に語ってくれる事だけだが、それはもう気長に待っているより方法はなさそうだ。
せいぜい使用人達が記している姿や、書物のあるワゴンの方を注目している事をアピールして、気づかせるべく努力はしてみるか。
そんな事を考えていたのだが、この問答の疲労で休息の時間はそれどころではなく、殆んど自動的と言っても良いくらい、確実に睡魔の虜となってしまうのだった。
十三日目の休日には、私が使用人の二人の事を気にしているのを、今更気付いた訳では無いと思うが、言ってみれば情報提供の協力に対する報酬なのか、“隠者”は彼らについて語る事を約束し、ただ夜になるまで待って欲しいとの事で、私は夜を待った。
すっかり日も落ち、これから閉められようとしている窓からは、斜陽の光が途絶え始めて宵闇へと移行しつつあるのが判った。
窓を閉めたり灯りを点けて回る使用人達を横目に、“隠者”は指示を出してから、いつも質問の時に座っている椅子ではなく、部屋の奥にあったらしい大きな揺り椅子を用意させてあり、寛いだ感じで腰掛けると私に向かって語りだした。
「折角の機会ですから、まずは彼らの素顔をお見せ致しましょうか」
そう言うと“隠者”は、仕事を終えて揺り椅子の脇に控えていた二人の使用人に何かを短く命じると、二人は自ら被っていたフードを払って素顔を露にした。
以前に僅かな時間だけ目撃した、銀髪の髪に乳白色の肌の顔、大きな瞳に小ぶりな他の部位が、ここで再び確認出来たが、なにより目を引いたのは、前回はっきりとは確認出来なかった、赤い瞳だ。
二人の使用人は、こちらへ向かってしっかりとその赤い瞳孔の瞳を開いて私を凝視し、機械的に一定の間隔で瞬きをしているのが判った。
その瞳は人間のものと言うよりも、瞳孔が若干縦長であった所為で、猫の瞳を連想させた。
やはり彼らは感情を表に出してはおらず、硬く口を噤んだままの無表情であり、私の方へと顔を向けるように指示されて、ただそれを遂行しているに過ぎないらしい。
それは自分達の身体へのダメージがあったとしても命令の遂行は絶対らしく、彼らの瞳はこの明るさに耐えかねる様で、早くも充血し始めていた。
“隠者”はもう十分と判断したようで、二人に対して新たな指示を出して、自らフードを被らせた。
「この個体は機能不全を持つ、言わば欠陥品でして、本来持つべき能力が色々と欠如しています。
強い光に目が耐えられなかったり、長時間の太陽光を浴びると皮膚組織が壊死してしまったりする為、それであの様な服装をさせて、太陽光等から身を守っているのです。
それと通常の個体と比べると、かなり非力の様で相当な虚弱体質です。
身長が随分低いと感じられたと思いますが、彼らの種族は元来小柄でしてこれでもう成人ですが、やはり個体としても小柄な方に入ると思います。
この肌や髪の白さは人間と同じく色素欠乏で、人間のアルビノとは異なり、彼らは元々色素を持っていない様です。
実のところ、彼らは私の質問の中にもあった――」
“隠者”はここで、私の様子を確認した後、微笑を浮かべつつ揺り椅子から立ち上がると、
「どうやら貴方の意識の方も、限界が近づいているようですし、話の続きはまた時間のある時と致しましょうか」
と、言ったらしい、この時既に私の意識は睡魔に因って無くなる寸前で、正直この最後の“隠者”の言葉はうろ覚えだ。
私は己の好奇心をも凌ぐ、抗えぬ胎児の眠りに屈服していく。
十四日目からの五日間は、様々な国家の歴史に関する質問だった。
無数の各国の興亡、領地に点在する城・砦・都・街にまで問いは及んだ。
さすがに小さな町や村に至るまでは網羅出来ていないのだろうが、主要な箇所を抑えてあるのだろう。
この中に、かつて私が焦土へと変えたあの都市や、修道女の姉と共に焼き討ちにした弟の屋敷があった港町も、質問に上がって来るのだろうかと思いつつ、“隠者”への応対を繰り返した。
だが結局どちらも問い掛けには現れずに質問は終了してしまい、まあ港町は只の一地方都市だったのだろうと納得も出来たのであるが、“嘶くロバ”の後日談では相当有名になっていたであろう、かの廃都の事が出て来なかったのは、かなり意外で驚かされた。
大した価値も無い様な小規模な街の問いがあるのに、何故あれだけの大惨事の起こった大都市が質問に含まれていないのかが判らない、これには何か理由があるのだろうか。
私は自分の知る世界との照合は諦めて、“隠者”の語る世界について検証を試みる事にした。
“隠者”の設問を系統立てて考察していくと、どうやら彼の知ろうとしている世界は、千年毎の周期で変遷している様だった。
大陸暦の零年からの千年間が第零期、世界の創造の時代。
大陸暦の千年からの千年間が第一期、白亜の民が支配する、風の時代。
大陸暦二千年からの千年間が第二期、紅蓮の民が支配する、炎の時代。
大陸暦三千年からの千年間が第三期、蒼穹の民が支配する、水の時代。
大陸暦四千年からの千年間が第四期、二つの民が相克する、光と影の時代。
大陸暦五千年からの千年間が第五期、世界の滅亡へと進む、闇の時代。
第五期以降はないところを見ると、ここで世界は滅ぶらしい。
それぞれの時代毎に列国の興亡があり、どれだけの大国となっても、この千年紀の枠組みを超えての繁栄は望めない様で、どの民族も大陸の大半をその版図としても、その絶対的な力を崩す何か、時には天変地異であり、時には神の使いらしき者達により、人間は打ちのめされて滅んでいく。
これはまるで、人間の持つ力が一定以上に達すると、意図的に何者かがそれ以上の力の不均衡を阻止しているかにも思えて、まさに定命の存在たる人がその望むべき力の範疇を逸脱した結果、神の怒りをかってその欲望を挫かれる、そんな物語の様に聞こえる。
問いの内容の分布については、創造の時代に関するものは、“隠者”自身も推測が難しいのかかなり少なく、また闇の時代に関しては、質問の内容が広く浅いものばかりになっていて、これは“隠者”が予測する未来なのかも知れないと思われた。
するとこの世界の現在と言うのは、第四期の光と影の時代なのかも知れない。
しかしながら“隠者”の問い掛けを聞けば聞く程、明らかに違うと言う確証は無いのだが、ますます自分が今までに召喚されていた向こう側の世界とは、異なる場所の様な気がしてならない。
これはつまり、その様子は大分異なっている事になるが、前に“嘶くロバ”との話でもあった、並行世界の一種なのかも知れないと、私は思い始めていた。
結局今回の歴史の問答は、こちらとしてはこの世界の歴史を理解するのに役立ったが、初回と同様に殆んど回答出来ずに終わった。
今回の問答の中でも、前回と同様にニュアンスが異なるのではと感じた名前が、幾つかあった。
それは、『雲海の都』『深淵の都』『常夜の都』『聖域』『使徒の都』だ。
これらの単語で、質問の文章を掛け合わせて考えてみると、それぞれの単語の詳細が若干掴めて来る。
『雲海の都』とは『天空都市』の別名で、決して空に浮いて漂っている様な非現実的な都市ではなく、雲海を見下ろす高い山の山頂付近にある都市らしい、高地民族の都市の事ではないかと想像した。
『深淵の都』とは『海底都市』の別名で、世界の最も深い海溝の底にある都市らしいが、そんなところに生物が、それも都市を形成出来る様な知的生物が存在するのだろうか。
『常夜の都』とは『地底都市』の別名で、地底深くにある巨大な洞穴の中に作られた都市らしいが、そこの住人は差し詰め地底人と言う事になるものの、太陽の恩恵なく生きる知的生物の想像が出来ない。
『聖域』とは、前に出てきた『神々の島』の別名らしいが、これに関してはそれ以上の事は良く判らない。
『使徒の都』とは、その名の如く使徒が住まう都市らしいが、それも詳細は判らなかった。
どの単語も正確な場所を尋ねる設問は無く、その場所の見当がついていないかに聞こえた。
そもそもこれらの都市は、どの国家に属しているのか、或いは独立している都市国家なのか、それを限定する様な設問すら無かった事からすると、これらの都市の存在理由や正体は既に判っているのだろうか。
これらに関する情報こそが“隠者”の真に求めているもので、その他のは最終的な目的に至る為には必須ではなく、単に把握出来ればそれに越した事はない程度の、付加情報なのではないかとも思えてくる。
これは完全に根拠のない、単なる直感でしかないのだが、今までに私が気になった単語の中に、あの二人の使用人の正体に関連するものが含まれているのではないか、そんな気がしていた。
今回の単語の中で最も興味を持ったのは『使徒の都』の使徒で、使徒とは一体誰を指しているのかだった。
他の単語は、単にその場所を表している言葉を挿げ替えて表現し直しているだけで、それ程の意味を感じないが、この単語だけはその都市に住まう者の名を付けられていると思える。
この使徒と言うのは、何か重要な意味があるのではないかと、私には思えた。
この答えが次回の休日である、十九日目の“隠者”の語りで見出せる事を期待しつつ、眠りについた。