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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第七章 ホムンクルス
31/100

第七章 ホムンクルス 其の一

変更履歴

2011/04/11 小題修正 ホムンクルス1 → ホムンクルス

2011/06/29 誤植修正 今だ → 未だ

2011/10/11 誤植修正 位 → くらい

2011/10/11 記述変換 半角 → 全角

2011/10/11 誤植修正 乗せた、乗せて → 載せた、載せて

2011/10/27 誤植修正 序々 → 徐々

2011/10/28 誤植修正 頭髪は剃髪されていているものの → 頭髪は剃髪されているものの

2011/10/28 句読点調整

2011/10/28 記述修正 上部の方が徐々にではあるが → 徐々にではあるが上部の方から

2011/10/28 記述修正 透明度は改善された → 視界は改善された

2011/10/28 記述修正 私の体の視力が弱い所為もあって → 私の体の視力が弱いのもあって

2011/10/28 記述修正 下部には他よりも明るいのが見て取れた → 下部には他よりも明るい箇所があるのが見て取れた

2011/10/28 記述修正 容器の中に居るのは間違いなかろう → 容器の中に居るのは間違いないだろう

2011/10/28 記述修正 恐らくは、下に明かりが → 下に明かりが

2011/10/28 記述修正 この水槽の壁際に寄って外を見る事で → 水槽の壁際に寄って外を見る事で

2011/10/28 記述修正 今いるこの場所を定位置として → 今いる場所を定位置として

2011/10/28 記述修正 透明な母親の胎内となってしまうのだが → つまり透明な母親の胎内となってしまうのだが

2011/10/28 記述修正 何も浮かんでくる事も無く → 何一つ浮かんでくる事も無く

2011/10/28 記述修正 ほぼ間違いなかろう → ほぼ間違いないだろう

2011/10/28 記述修正 均整の取れた肢体をしていて → 均整の取れた肢体をしており

2011/10/28 記述修正 固定出来る様にされていて → 固定出来る様になっていて

2011/10/28 記述修正 蛇足ではあるが、女の腕には → 更に女の腕には

2011/10/28 記述修正 更に、不用意に動いて → これは不用意に動いて

2011/10/28 記述修正 更に丁度女の腰の下には → 女の腰の下には

2011/10/28 記述修正 瞼を開けたり口を開けたり → 瞼や口を開けたり

2011/10/28 記述修正 体に聴診器を当てたり触診を行ったりして → 体に聴診器を当てて触診を行ったりして

2011/10/28 記述修正 女の上から順に隈なく体を確認していく → 女の体を頭部から順に隈なく確認していく

2011/10/28 記述修正 どうも目深に被っているフードで → 目深に被っているフードで

2011/10/28 記述修正 ここで私はこの男の行動で驚くべき事、 → ここで私はこの男が

2011/10/28 記述修正 文献等を見る事無く続けている事に気付いた → 文献等を見る事無くこなしている事に気付いた

2011/10/28 記述修正 相当の手数が要るのは間違い無い → 相当に複雑な作業であるのは間違い無い

2011/10/28 記述修正 若しくは召喚者より上位の人間であろうと → 若しくは上位の人間であろうと

2011/10/28 記述修正 今までにいない博識な召喚者と → 今までにない博識な召喚者と

2011/10/28 記述修正 私の耳へと伝わって来たのだ → 私の耳へと伝わって来た

2011/10/28 記述修正 しかし、その発した内容は → 彼の発した内容は

2011/10/28 記述修正 さっきから呼吸をしていないのに → 先程から呼吸をしていないのに

2011/10/28 記述修正 何故、周囲がぼやけているとは言え、 → 何故、

2011/10/28 記述入替 差し詰めこの濁った液体は~ 先程から呼吸をしていないのに~ 

2011/10/28 記述修正 そう言うのとは明らかに異なる → その様な諦観とは明らかに異なる

2011/10/28 記述修正 彼は全て何をどうすべきかを → 彼は何をどうすべきかを

2011/10/28 記述修正 頭の中に記憶しているらしい → 全て頭の中に記憶しているらしい

2011/10/28 記述修正 重要な確認すべき何か問題でも → 何か重要な確認すべき問題でも

2011/10/28 記述修正 女の腰の下には箱状になっているのが → 女の腰の下は箱状になっているのが

2011/10/28 記述修正 胸が規則的に → 形の良い胸が規則的に

2011/10/28 記述修正 また髪の色は頭髪は剃髪されているものの → また髪の色については、頭は剃髪されていて判らないが

2011/10/28 記述修正 体を回して視線で辿ってゆく → 体を回して視線で辿り始めた

2011/10/28 記述修正 遠くまでは良く判らないものの → 遠くは良く判らないものの

2011/10/28 記述修正 私は不意に体に感じた → 不意に体に感じた

2011/10/28 記述修正 目を覚ました → 私は目を覚ました

2011/10/28 記述修正 私は見通せない視界の中で、黄濁した羊水の中で漂いながら → 私は黄濁した羊水の中を漂いながら、見通せない視界の中で、

2011/10/28 記述修正 この私からすると → 私からすると

2011/10/28 記述修正 満足に発達していないのか → 発達していないのか

2011/10/28 記述修正 いまいち良く判らないが → いまいち何なのか良く判らないが

2011/10/28 記述修正 正面にある壁なのか柱なのか判らないが → 壁なのか柱なのか判らないが

2011/10/28 記述修正 淡々と作業的にこなすその様子は → 流れ作業の様に淡々とこなすその様子は

2011/10/28 記述修正 女の体を片側ずつ僅かに持ち上げて → 女の体を片側ずつ持ち上げて

2011/10/28 記述修正 白衣の者がその確認をしていって、その後は → 白衣の者がその確認を行なった後

2011/10/28 記述修正 循環させている道具なのであろう事は理解した → 循環させている機械なのであろう事は理解した

2011/10/28 記述修正 私の位置からは若干見下ろす位置に → 私からは若干見下ろす位置に

2011/10/28 記述修正 整った目鼻立ちで美しいと言える顔立ちで → 整った目鼻立ちをした美しいと言える顔立ちで

2011/10/28 記述修正 これが現在の正確な状況ではないかと → これが正確な現状ではないかと

2011/10/28 記述修正 ここの周囲が妙に明るい事だ → 周囲が妙に明るい事だ

2011/10/28 記述修正 子宮内の羊水と言ったところだろう → 子宮内の羊水と言ったところだろうか

2011/10/28 記述修正 下に明かりがあるのは → 真下に明かりがあるのは

2011/10/29 誤植修正 検討 → 見当

2011/10/29 記述修正 真下に明かりがあるのはいまいち何なのか → 真下に光源があるのは何なのか

2011/10/29 記述修正 見続けてきたと言う熟練度を感じる → 見続けてきたと言う熟練を感じる

2011/10/29 記述修正 ガラス瓶や袋状の物が繋がっており → ガラス瓶や袋状の容器が繋がっており

2011/10/29 記述修正 もっと柔軟性の高い物で出来ている様で → もっと柔軟性の高い素材で出来ている様で

2011/10/29 記述修正 変わっている様に感じられたのは → 変わっている様に感じたのは

2011/10/29 記述修正 女の下半身の診察まで終えると → 女の診察を終えると

2011/10/29 記述修正 栄養を吸収する事が出来ないのを → 栄養分を摂り込む事が出来ないのを

2011/10/29 記述修正 最短距離になる配置か → 最短距離になる配置なのだろう

2011/10/29 記述修正 子供では無さそうなので → 子供でも無さそうなので

2011/10/29 記述修正 私は最も気になっていて、最初に確認をしたかった場所へと → 私は、最も気になっていた場所へと

2011/10/29 記述修正 ここに留まる分の糧の消費分は十二分に存在していて → ここに留まる分の糧は十二分に存在していて

2011/10/29 記述修正 ここまでのところで理解してきたのは → ここまでのところで理解出来たのは


私は暗闇の中にいる。

目の前には、様々な薬品の臭いが充満する、細くて透明なガラスで出来たトンネル。

私は、くもぐった音が周囲で反響する中を吸い込まれる様に、奥へと進んでいく……




私が目を開ける前からトンネルで聞こえていた音が、こちらへ着いてもまだずっと響いている。

まるで水中にいるかの様な、方向性の無い音の聞こえ方だ。

実際目を開けてみると予想通り、どう言った類の液体かまでは分からなかったが、私は完全に水中に没していた。

この浸かっている液体の色は若干黄ばんでおり、透明度が低い所為もあるのだろうが、それ以上に私の体の視力が弱いのもあって、周囲が明るいのは判るのだがどれだけ目を凝らしても、それ以上の情報を視界から得る事が出来ない。

何となく見えるのは、壁なのか柱なのか判らないが、他よりも白い樹の幹の様な棒状の物体が、前方に在る事くらいか。

これ以上の周囲の確認は無理だと判断して断念した私は、次に自分自身の確認をする事にした。

軽く下を見てみると、腹部から白くて太いチューブの様な物が生えていて、それが上部へと繋がっており、これが先程から唯一視界の中で確認出来た物体であったのが判った。

自分の手や足も見えてはいるものの、青白いそれは腹部のチューブよりも細くて筋肉も満足についておらず、動かそうと試みたが手も足も同じくゆっくりと屈伸させるのがせいぜいで、指に至ってはくっついているかの様に握り締めたままで、動かす事は全く出来なかった。

そんな華奢な手足でも、多少もがいてみると時間はかかるものの、体の向きを変えるのは可能であるのが判り、私は前後左右上下と体を回しながら、周囲を再度確認してみた。

どの方向を見てもはっきり見えないのは変わらないが、光の屈折や乱反射による明暗の違いに着目してみると、上部の方向に多少の歪みが見えるのと、下部には他よりも明るい箇所があるのが見て取れた。

真下に光源があるのは何なのか良く判らないが、水槽の様な容器の中に居るのは間違いないだろう。

この水中を、一定の方向へと向かって動く事が出来るのであれば、水槽の壁際に寄って外を見る事でこの視野も良くなるのではと思い、試しに前方へと進もうとしてみるが、チューブの弾力に負けてしまい殆んど体の位置を動かせない。

今度はこのチューブを辿って上へと進んでみようとしたが、これはまずチューブを掴む事が出来ないのと、もし掴んだとしてもこの腹のチューブを曲げる程の筋力が足りずに、上がれないであろう事を悟った。

この脆弱な体ではどう足掻いても、今いる場所を定位置として、ただ存在しているしか出来ないらしい。

ここまでのところで理解出来たのは、どうやら私は胎児で、このチューブは臍の緒らしい事だ。

先程から呼吸をしていないのに息苦しくなく、また肺呼吸を意識していないで居られるのが、有力なその証拠であろう。

差し詰めこの濁った液体は子宮内の羊水と言ったところだろうか、熱くも無く寒くも無く、正に適温に保たれているのも、それを証明していると思える。

まだ舌が味覚を感知出来るまで発達していないのか、口内に入る羊水の味は良く判らない。

この場所についての推測で一つ疑問なのは、周囲が妙に明るい事だ。

ここが子宮の中であるならば、光源が無いのだから完全な暗闇でないと、おかしいのではないだろうか。

何故、色調を認識出来るくらいの明るさがあるのだろう。

言ってみればこれは透明な子宮であり、つまり透明な母親の胎内となってしまうのだが、生きている有機体なのにそんなものは有り得まい。

胎児としての養分供給は、この脈打つ臍の緒から十分に与えられていて、特に体調にも異常は見られず、また糧に関しても今はこの胎児を器として意識だけを憑依しているに過ぎないからだろうか、殆んど消費はされていないのが判った。

いや、これは糧の消耗が殆んど無いと言うよりも、糧の使用方法が無い状況であると言った方が、より正しい気がする。

この器はどの様な超自然の存在で、如何なる力を使えるのかは全く判っていないし、私の存在を知れば真っ先にそれを最初に知らせて来るであろう、召喚者の姿も未だ見えない。

これはつまり、何の力も使えず、また自ら動くのもままならない、ただこの閉ざされた場所で何も出来ずに生存するだけで、自分で死ぬ事すら出来ない状況であるのに気づいた。

生命維持の条件を満たした無力な肉体に封じられている、これが正確な現状ではないかと、不安が押し寄せてくる。

もしやこの状況は、以前にロバの紳士が語っていた、隷属に他ならないのでは無いだろうか。

ここで改めてかの紳士の講義を思い返して現状を整理すると、与えられた糧が尽きれば私は戻る事が出来るが、ここに留まる分の糧は十二分に存在していて、器の維持には一切の糧の力を必要としていない、そして能力は不明で使用出来ないから糧の消費しようが無い。

私からするとどうにも出来ない状況下の召喚であり、正に隷属の定義と合致していると思われて、更に不安は増していく。

これは、まだ見ぬ召喚者の狙いなのだろうか。

私は黄濁した羊水の中を漂いながら、見通せない視界の中で、これからどうすべきなのかを考えていたが、幾ら考えてみても何もやり様は無いのだから、何一つ浮かんでくる事も無く、時間だけが刻々と過ぎて行く。

あの程度の行動で疲労したのだろうか、強い睡魔に襲われてしまい、それに逆らう力も無くそのまま深い眠りに落ちて行く。




不意に体に感じた状況の変化に因って、私は目を覚ました。

目覚めた時、もしや召喚が終わって戻っているのでは、と多少期待もしたのだが、残念ながら依然として私は胎児のままであった。

どのくらい眠っていたのか皆目見当もつかないので、召喚されてからどの程度の時間が経っているのかも、もはや判らなくなっていた。

眠りに落ちる前は気づかなかったのか、それとも目を覚ましたのはこの所為なのかの判断はつかないが、羊水が僅かに対流しているのに気づいた。

徐々にではあるが上部の方から、濁りが薄れて透明度が上がりつつあり、この循環が進めば周りも見えて来る筈だ、私はそう確信してその時を待った。

対流して新たに流れ込んでくる濁りの無い羊水は、水温維持の為だろうか、若干温度は高めの様ではあるが、この体に支障が出る程では無く、混ざり合う内に水温は元へと戻っていくらしい。

ここまで計算されてこの循環は行われているのだろうか、そんな事を考えつつじっと待っていると、透明度はかなり上がり、完全に透明とまではいかなかったが、僅かに白く濁っている程度にまで視界は改善された。

改めて周囲の確認を行うべく見渡してみると、やはり基本的にこの体の目はまだ出来上がっている訳では無く、遠くは良く判らないものの、この私が居る水槽は球状をしており、上部には細くなった筒状の奥に向かって臍の緒が伸びているのと、その臍の緒と並ぶ様に臍の緒と同じくらいの太さがある二本の管が出ていて、そこから羊水の循環が行われているのが見て判った。

水槽の外は室内であるのは間違いなく、色々な色が雑然と見えている事からして、一つ一つは識別出来ないが様々な物が置かれている場所らしい。

光源を辿ってその方向に目をやると、今は昼間なのか多分窓と思われる右後ろの方から光が差し込んでいて、前に見た時最も明るかった下部は、今は右後ろよりも暗く光源は無い様だ。

それと左前にも赤い光の様な物が見えていて、これはどうやら暖炉の火ではないかと推測した。

さてここで私は、最も気になっていた場所へと、体を回して視線で辿り始めた。

それはこの臍の緒の繋がっている、その先だ。

今私がいるのは人工的に作られた子宮、推測では丸底フラスコの中なのは、ほぼ間違いないだろう。

ではこの私の命を繋いでいる臍の緒は一体何処に繋がっているのか、臍の緒が人工的な物質ではなく、私の腹部から何の違和感も無く繋がっているところからして、予想は出来たのだが、やはりその予感は的中した。

生身の臍の緒の長さを明確には知りはしないが、せいぜい1mも無いのだろうから、この弱視でも判る位置に私の本来の居場所があるのを予想していた。

ただしその状態については、あまり想像したくない予感もしてはいた、もう人とは呼べない姿である可能性も、十分に有り得ると考えていたのだ。

だが実際に発見した私の本来在るべき居場所は、人としてまともな形状を保っていて、私の居る位置は仰向けに眠る女の、左手側の腰の横辺りなのが判った。

それは白い肌をした全裸の女であり、瞳の色は瞼を閉じているので判らず、また髪の色については、頭は剃髪されていて判らないが、その他の体毛は残されており、その色からすると栗毛の様だ。

容姿の方は、整った目鼻立ちをした美しいと言える顔立ちで、その体は太っても痩せてもおらず均整の取れた肢体をしており、体つきからすると若くはあるが子供でも無さそうなので、年齢は大凡十代後半から二十代ではないかと推測した。

女と私を繋ぐ臍の緒は想像よりも長くて1m以上はあり、予測よりも少々離れた場所に女は居た。

私からは若干見下ろす位置に見えているベッドで体を横たえている女は、本来肥大化している筈の腹は当然の事ながら平らで、健常者との違いは下腹部の直径10cm程度の手術跡と、そこから生えた臍の緒と二本の透明な管がある事だ。

ちなみにここで推測した寸法は、あの女が巨人等では無くて、私が見知る通常の人間のサイズだと仮定して算出している。

臍の緒とは異なり、この羊水を循環させている管は女と私の居るフラスコを直接繋いではおらず、最短距離になる配置なのだろう、フラスコの位置と同じく女の左手側の胸の横辺りにある何か大きな箱へと繋がっていて、その仕組みは判らないがそれが循環させている機械なのであろう事は理解した。

あれが生みの母と言えるのかが定かでは無いが、養分と羊水を提供しているこの女は勿論生きており、形の良い胸が規則的に僅かに上下しているのが判った。

今は眠っているのか意識は無く、果たして通常の人間と同様に目が覚める状況かは判らない。

私の置かれた状況をふまえて想像してみると、恐らくはこの女、意識は無い状態、言わば昏睡状態で、私を育てる為の生命維持の装置の一部なのではないかと思えた。

その予想を裏付けたのは、言うまでも無く臍の緒で繋がっている私自身の存在だ、この女は内臓を体外に固定しているのだから、動き回れる訳も無い。

それともう一つ、女が横たえられているベッドの構造も、それを裏付けていると言えた。

このベッドは普通に平らな形状では無く、分娩台宛ら股を開く体勢に固定出来る様になっていて、排便は腰の部分に空いている穴へと落下する構造をしている様だ。

女の腰の下は箱状になっているのが見えており、これらは排泄時の処置を考慮しての利便性を上げる措置で、微かに見えている女の股間から出ている透明の管は、恐らく排尿の為のカテーテルの一種と思われた。

これは不用意に動いてこの仕掛けを壊す事の無い様にとの配慮からだろうか、手足や首等はベッドに固定する様に革紐で繋がれている。

更に女の腕には複数の点滴が繋がれていて、それらも刺したままでは動けないだろうし、想像するにこの点滴は、自ら食事をして栄養分を摂り込む事が出来ないのを、補う為のものでは無いかと思える。

ここまで状況の確認と考察を行ったところで、またしても強い睡魔に襲われ始めていた。

どうやら胎児と言うのは、本来は相当な頻度で眠っているものなのだろうか、目覚めてからまだ二時間は経過していないだろうに、もう耐え難い眠気に捕らわれる。

そして私は二度目の眠りへと誘われて行く。




再び目覚めた私は、まだ朦朧とした意識の中で、眠る前には無かった物が視界に入っているのに気づき、速やかに意識を活性化させようと必死に努力していた。

それは、白衣姿の背の高い一人の人間と、白衣の者の胸の高さ程度の背丈しかない、背の低い使用人風の人間が二人の、計三人の人間の姿だった。

白衣の者は医師なのだろうか、瞼や口を開けたり体に聴診器を当てて触診を行ったりして、女の体を頭部から順に隈なく確認していく。

特に胸部や腹部については、何か重要な確認すべき問題でもあるのだろうか、相当時間をかけて診察している。

その確認が済んだ部位から今度は、使用人風の者達が、湯気が僅かに上がっているところからしてぬるま湯なのか、それに浸してから絞った布で女の体を丁寧に拭いた後、乾いた布で水分を拭き取る作業を黙々と進めていく。

身長の低さと手の小ささから見ると、目深に被っているフードで顔が見えないが、この二人は子供なのではないかと思われた。

しかしそれよりも気になったのは、この使用人達の手の色だ、まるで蝋で出来ているかの様に血の気が無かった。

やがて白衣の者が女の診察を終えると、少し離れた所に置いてあった、水を張ってある金属製のボウルで両手を濯いでいる。

その頃使用人の方は、女の足の指先まで拭いた後に、排泄で汚れた部位の洗浄と排泄物の処理を淡々とこなしており、たった今片付けた排泄物が入っていると思われる、二つの金属の円形状の容器の中を、白衣の者へと確認させている。

白衣の者はそれらを確認した後に、使用人に頷いて合図すると、使用人はその容器に蓋をした後、それをワゴンの下の段に載せた。

後は床擦れの対処であろうか、女の体を片側ずつ持ち上げて、ベッドに面する部分の確認が出来る様に二人で支えると、白衣の者がその確認を行なった後、女の背中を表と同様に拭いていく。

女の下腹部の管は、ガラスではなくもっと柔軟性の高い素材で出来ている様で、女の体を横向きにしても、管はその分余裕を持っていて、抜けたり引っ張られたりはしなかったものの、それに対して臍の緒の長さはそれほど余裕が無く、この作業の為に女のベッドをこちらへ寄せたりして、臍の緒が引っ張られない様に慎重に作業を行っていた。

女の体を拭き終えた二人の小さな使用人は、管の部分だけ切れ目が入っているブランケットを女の首から足先までを覆う様に掛けた後、最後に白衣の者へと確認を取ってから、使った道具や汚れた器具を全てワゴンに載せて、そのワゴンを押してベッドから遠ざかっていく。

次に白衣の者は管の繋がる脇の箱へと近づいて、何やら箱の表面にある小窓を見つつ、調整だろうか、大小の突起物を色々弄り始めた。

この箱を弄ると、今気づいたが先程目覚めた時には止まっていた羊水の循環が、僅かに動いたり止まったりを繰り返しているのが判った。

更に管から出てくる羊水の成分も、白衣の者が箱を弄ると変わっている様に感じたのは、どうやら気の所為では無さそうだ。

箱の上には幾つもの透明な管が伸びていて、その先には点滴の様に様々な色の液体が入ったガラス瓶や袋状の容器が繋がっており、そこから箱の中へと注がれているのが判った。

あの箱は単に羊水を循環させるだけでは無く、私へと注がれる羊水や女へと戻す羊水へも、薬剤を混ぜる事も出来るらしい。

白衣の者は箱の上部に吊るされた溶液の残量を確認しつつ、補充したり溶液を入れ替えたりを繰り返している。

これはもはや日課なのだろう、流れ作業の様に淡々とこなすその様子は、昨日今日に雇われてここへ来た者ではなく、ずっと前からこの状況を見続けてきたと言う熟練を感じる。

ここで私はこの男がこれだけの作業を、一切文献等を見る事無くこなしている事に気付いた。

彼は何をどうすべきかを、全て頭の中に記憶しているらしい。

これが全て決められた通りに実行するだけで良いのだとしても、相当に複雑な作業であるのは間違い無い。

実際にはそれよりも遥かに難解で、女の体調や私の状態に応じて、細かく調整が必要なのでは無いだろうか、それをどうすべきかをこの者は全て記憶しているのか。

今のところ、その様に私には見えた。

そしてもう一点、この白衣の者を見ていて気になったのは、理由は判らないがその表情に、過度の感情が表れていない事だ。

これは今までの召喚でも、死を覚悟した者等がそういった態度であった事もあるが、その様な諦観とは明らかに異なる、精神的な余裕から来る穏やかさの様なものを感じた。

目の前で行われているのは、相当な奇跡であろう筈なのにだ。

それともこの人間にとっては、これは大した事では無いとするなら、それこそこの者が只者ではない事の確固たる証明に他ならない。

ここで私は確信した、この白衣の人間こそが今回の召喚者か、或いは召喚者に近い立場、若しくは上位の人間であろうと。

しかし彼は一体何者だろうか、少なくとも相当な知識と技術を持っているのはもはや明白だ。

もしこの者が単独で実行しているのなら、相反する筈の宗教と医学、これを共に理解している事になり、今までにない博識な召喚者と言えるかも知れない。

そんな事を私が考えていた時、作業を終えた白衣の者は遂に私の方へと近づいて来ると、その深い色を湛える暗い茶色の瞳をじっくりと私へと向けて、朗らかな笑みを浮かべつつ口を開いた。

その声は決して大声では無いが、良く響く耳触りの良い声色で、水中にいる私の元へも振動として、割合良く聞き取る事が出来た。

彼の発した内容は想像だにしなかった台詞となって、私の耳へと伝わって来た。

「お目覚めの様ですね、偉大なる神よ、いや、これは正しくないな、こう表現すべきでしょうか、神を統べる存在、あらゆる神の姿を纏うお方と」





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