序章 其の三 接触
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2011/08/21 誤植修正 などと考えていると、 → 下行へ移動
2011/08/21 句読点変換 “。” → “、”
2011/08/21 句読点削除
2011/08/21 文字変換 半角 → 全角
2011/09/01 改行削除 それを自分だと定義する、 → それを自分だと定義する、まぁ簡潔に申し上げると~
2011/09/01 改行削除 とても不安であるが、 → とても不安であるが、紳士がいる内に~
2011/09/12 記述統一 “!、”、“?、” → “! ”、“? ”
2011/09/12 記述統一 … → ……
2011/09/12 記述削除 本分内小題削除
ここで私は眠りから瞬時に覚め、夢の中での出来事に、驚いた勢いで飛び起きるように目覚めた。
しかし今までに一度も、ここでは夢など見たことはなかったな。
などと考えていると、目の前というにはもうちょっと距離があるような位置に、それはいた。
「おはようご、あ、お目覚めですな」
真っ黒な闇の中に、馬の頭をした探偵風な装いの人間が、そこに立っていた。
あの白い世界は、夢ではなかったのか?
それとも、ここも夢の続きか?
しばらく前なら、待ち焦がれていた状況のはずだった。
必死に聞こうとしていた、あの呼びかけの声だったのだから。
しかし、今の私はすっかり錯乱していた。
何かを言わなくてはと思いつつも、発すべき言葉が出てこず、頭は真っ白になっていた。
まさに、私に口がついていれば、あわあわと、意味不明な単語を発していただろう。
意識しかないので、こうした醜態をさらさずに済んだのは、不幸中の幸いか。
馬の頭の紳士は、私からの反応を待っていたようだが、やれやれというような、鼻から息を吐き肩をすくめつつ、私に問いかけてきた。
「察するに、貴殿は、最近ここに送られてきたと、お見受けするがいかがかな?」
服装も何となくだが古風と感じていたところに、話し方もまた、私がこうだろうと思っているものとは違う言い方だ。
しかし意味が理解出来る、これなら会話できる、私は紳士の問いに対する返答を考え、意識して念じてみた。
“はい、そうです”と。
紳士は馬面の上に生えている大きな馬の耳をこちらへ傾け、まるでとても遠くの音に耳を澄ますかのような、そんなポーズをとった。
そしてしばらく馬面をしかめていたが、不意に元の表情へともどった。
「あぁ、やっぱり、そうでしょうな、思念が非常に微弱なので、おそらくは、まだこの地に慣れていない御仁と、推測しておりましたよ」
馬面の紳士の言葉ははっきりと私に届く、続けて紳士が発した。
「あ、いや、今のままでは、会話も大変だ、まず、思念を放つための方法を伝授致しましょう。
察するに、貴殿は山と質問をしたいであろうから、これを会得ののち、ということに致すのはどうでしょう」
馬面の紳士の言うとおり、このままでは一言伝えるのにも大変な労力だ。
普通に会話が、思念? とやらでそれが出来るなら、まずそれを使えるようになるべきとの、紳士の申し出は理にかなっている。
私は、“はい”と、必死で念じて意思を伝える。
馬面の紳士はまたも耳をそばだて、私の返答を時間をかけて理解すると、姿勢を正して説明に入った。
「では、意思の疎通を行うための手段を、お教え致そう、それはこの地での、貴殿の体を作り出すことです」
体を、作り出す? それこそ、手も足もないのに?
混乱している私を見透かすように、紳士は右手をこちらへかざした、ちなみにひづめではなく人の手だ、恐らく慌てるなという意味だろう。
「で、その作り出す方法ですが、自分の姿をイメージしてそれを自分だと定義する、まぁ簡潔に申し上げると、人形を考えてこれが自分と思い込む、ということですな」
意味は理解できた、自分を作り出すのか、想像することで。
なにかやはり、難しい事を言われている気がとてもしていたが、やるしかないのだろう。
「申し訳ないが、出来るまでお付き合いしたいのは山々だが、少々やることがありましてね、しばらくの後に再び立ち寄るので、本日はこれにて失礼」
馬面の紳士はそういうと、じわっと闇に溶け込むように消えうせた。
私はこの日から、馬面の紳士に言われた自分の想像に着手した。
紳士の教えを思い出しつつ、やるべきことを考えてみる。
まずは、自分の姿を何にするかを決めなければならない、そしてそれを具現化させて自分をそれに入れる、こんなところだろうか。
この日はまず、自分の形を決めるところまでを行うつもりだったが、明確なイメージは決められずに終わった。
明日こそは、何とか作り出すところまではいかなくては。
私は自分のイメージを思考しつつ、眠りについた。
翌日。
次にあの馬面の紳士が現れるまでに、会話が出来るようにしておかなくては。
私は急がねばならないという、焦りを感じつつ、目覚めてすぐに作業に入った。
色々考えてみても記憶が失われているので、まず、元の自分の姿は再現できない。
あの夢でみた大量のイメージもまた、再現できるほど覚えていない。
では自分以外の人間となると、あの紳士しか知らない。
しかし、会話する相手と同じ外見にするのはおかしな話で、何か失礼に当たるように思えた。
仕方なく再度あの夢を思い出してみる。
まず最初の印象は、その世界の色だ、白く明るい世界だった。
そう、白くて、明るい……
その時、闇の中に今までに何度となく見てきた、光点とは異なる光の点が現れた。
そしてその光は、だんだん大きくなっていく。
できた! と思わず歓喜しそうになるが、どんどん大きくなるその光の球に、不安も感じる。
大きさはあの紳士と同じくらいにすべきだろうと判断して、この光の球の成長を待つ。
この肥大化をとめられるのかという不安もあったが、止まれと念じると肥大化は遅くなり、そして止まった。
若干紳士より大きくはあったが、まあいいだろう。
しかしこれではただの巨大な球だ、私は人間なのだから、感情を表すためにも顔や、動くための手足もいるだろう。
まず手と足だ、今度は手を作り出してみる。
球体の上部の左右から、棒のような腕と、その先に五本の指があるのを想像する。
先の胴体といえる球体の時よりも、思いのほか速やかに腕が生えた。
これに気をよくした私は、続けて足も想像する。
球体の最下部から二本の棒を出し、その先端に足をつけ、前方の先端に五本の指を左右ともにつけた。
これで手足はそろった、最後の難関は顔だ。
今の私が知っている顔は、馬面だけである。
まさか馬の頭をつける訳にもいかない、理由は真似る事がとても失礼な気がするからだ。
とりあえず頭を作り、顔はその後に考えるとしよう。
球体の最上部に、前より小さな球体を膨らませて取り付ける。
首を考えるのを忘れたことに気づいたが、まずは大まかなところを完成させるのを優先し、そこは目を瞑る。
そして、いよいよ顔をというところで、馬面の紳士が唐突に姿を現した。
姿は、やはり相変わらず馬面で紳士の装いだった。
「ごきげんよう、名も無き同志よ、いかがかな、人形作りの方は」
紳士は言い終えるなり作業中のそれを見つけ、感嘆の声を上げた。
「おぉ! 出来ているではないか、ふむふむ、なるほど、これは、雪だるま、ですな、よく出来ておりますぞ」
その馬面を近づけたり遠ざけたりしながら、紳士はそう言った。
失われている記憶のどこかで、手放しに喜べない、何らかの感情をかすかに感じるが、よく分からないのでその感情は無視した。
「おや、まだここに入ってはおられないようだ、さあ、早速こちらへ」
まだ顔も無いのだが、果たして会話できるのかがとても不安であるが、紳士がいる内に色々やった方が、間違いや無駄も少なくなろうと思いなおし、顔は放置してこの人形へと意識を集中させた。
目の前にあるその人形が段々と近づき、やがて人形が視界一杯になり、そして消えた。
その時、馬面の紳士の声が、今までとは異なる響きで私に届いた。
「まずは具現化の成功を称えよう、おめでとう、“雪だるま卿”よ、そして、この忌まわしき世界へようこそ」