表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第六章 死別と孤独
29/100

第六章 死別と孤独 其の三

変更履歴

2011/10/08 誤植修正 位 → くらい

2011/10/08 誤植修正 例え → たとえ

2011/10/09 記述修正 延びているので → 伸びているので

2011/10/20 誤植修正 予想より早く → 予想より速く

2011/10/22 誤植修正 大量の力を注いて → 大量の力を注いで

2011/10/22 誤植修正 この場所での失敗すれば → この場所で誘導に失敗すれば

2011/10/22 誤植修正 すぐさま地下水脈の探りつつ → すぐさま地下水脈を探りつつ

2011/10/22 誤植修正 私の思念を浴びても臆する事無く → 私の威圧する思念を浴びても臆する事無く

2011/10/22 誤植修正 子供は迫り駆る野犬に → 子供は迫り来る野犬に

2011/10/22 誤植修正 私に与えられる糧は減り続けていており → 私に与えられる糧は減り続けており

2011/10/22 誤植修正 河の流れを沈めてやれば → 河の流れを鎮めてやれば


2011/10/22 句読点調整

2011/10/22 記述修正 これが死んだ父親の → 何故ならこれが死んだ父親の

2011/10/22 記述修正 ゆっくりと進んでいく → 手元を確認しつつゆっくりと進んでいく

2011/10/22 記述修正 一つは崖崩れが再発する事と → 一つは崖崩れが再発する事で

2011/10/22 記述修正 特に河側の地面は脆くなっている事で → 特に河側の地面は脆くなっていて

2011/10/22 記述修正 もう一つは → もう一つは子供の誘導で

2011/10/22 記述修正 その表情には → その顔には

2011/10/22 記述修正 山中に潜んでいる生物の気配を探しはしたが → 前方や左右の山中に潜んでいる生物の気配を確認しつつ来たのだが

2011/10/22 記述修正 その場へと座り込んでしまった → その場に座り込んだ

2011/10/22 記述修正 これで距離を稼いでくれる可能性はなくなった → これで距離を稼いでくれる可能性は消えた

2011/10/22 記述修正 崩した体勢のまま一気に跳躍して → 崩した体勢のまま跳躍して

2011/10/22 記述修正 手足を使って野犬に抵抗したが → 健気に小さな手足を使って野犬に抵抗したが

2011/10/22 記述修正 力で及ぶ訳も無く → 力で及ぶ筈も無く

2011/10/22 記述修正 幼い子供の健気な抵抗も虚しく野犬の両前足で手足は引き裂かれて → 野犬の両前足の爪で引き裂かれ、手足は抉じ開けられてしまい

2011/10/22 記述修正 消える寸前に今までで最も強く輝いた → 消える寸前に強烈に強く輝いた

2011/10/22 記述修正 様子を見に来ると河の異常を発見して → 様子を見に来ると河の異常を発見し

2011/10/22 記述修正 吹き上がった水柱は → 吹き出した巨大な水柱は

2011/10/22 記述修正 私は残りの力を全て注いで → 私は残しておくつもりだった力を注ぎ込み

2011/10/22 記述修正 出血以外には有り得ない → 出血以外には有り得ないのだが、不思議な事に、裂けた衣服から露になっている素肌には、それほど酷い裂傷は見当たらない

2011/10/22 記述修正 まずはこの子供を救う手段を考察し始めた → まずは子供を救う手段を考察する

2011/10/22 記述修正 私は幼い子供へと急いで近づいて見ると → 幼い子供へと急いで近づいて見ると

2011/10/22 記述修正 焦って放った力は → それは

2011/10/22 記述修正 新たに先頭の二匹を狙い撃ち → 新たに成長の力で先頭の二匹を狙い撃ち

2011/10/22 記述修正 更に二匹を仕留めて → 更に成長の力で二匹を仕留めて

2011/10/22 記述修正 以前に追い払っておいた → 事前に追い払っておいた

2011/10/22 記述修正 子供が土砂の中に沈むか → 子供は土砂の中に埋もれるか

2011/10/22 記述修正 長い時間が経った気がしていた → 長い時間がかかった様に感じた

2011/10/22 記述修正 しかし、多数の蔓は → しかし、多くの蔓は

2011/10/22 記述削除 水面を見ると~

2011/10/22 記述修正 苦心の状況を汲み取ったかの様に → 苦心の状況を汲んだかの様に

2011/10/22 記述修正 目で追う比率が増えてくる → 目で追う割合も増え始めた

2011/10/23 誤植修正 序々に子供は → 徐々に子供は

2011/10/23 誤植修正 花を咲かせる作業を辞めるつもりはなかった → 花を咲かせる作業を止めるつもりはなかった

2011/10/23 誤植修正 河の流れを沈めてやれば → 河の流れを鎮めてやれば

2011/10/23 記述修正 出血量に比べて → 衣服を血で染める程の出血量に比べて

2011/10/23 記述修正 傷だらけの左腕を伸ばしながら → 血塗れの左腕を伸ばしながら

2011/10/23 記述修正 胸から腹にかけて服を焼いた跡があり → 着衣は流血で真っ赤に染まり、それに加えて胸から腹にかけて服を焼いた跡があり

2011/10/23 記述修正 野犬が噛み付いた → 野犬が噛み付き、その瞬間赤い血飛沫が飛ぶ

2011/10/23 記述修正 野犬の両前足の爪で引き裂かれ → 野犬の爪で肉が引き裂かれ流血し

2011/10/23 記述修正 喉笛目掛けて野犬が噛み付き → 喉笛目掛けて野犬が喰らいつき

2011/10/23 記述修正 健気に小さな手足を使って野犬に抵抗したが → 健気に小さな手足を使って抵抗したが

2011/10/23 記述修正 子供が気を失った理由は → 子供が気を失った理由は火傷だけでなく

2011/10/23 記述修正 狼の群れも現れる気配は無く → 狼の群れも再び現れる気配は無く

2011/10/23 記述修正 多くは私の杞憂で終わり無事に渡り終えると → 全ては私の杞憂で終わり

2011/10/23 記述修正 土砂崩れのあった場所の先に → 無事に土砂崩れのあった場所の先に

2011/10/23 記述修正 よっぽど楽であったなと、苦笑する → まだ容易い関門であったと思える

2011/10/23 記述修正 山へと登る様に風は吹いている → 山へと登る様に風は吹いている様だ

2011/10/23 記述修正 地面へと落ちていく → 地面へと倒れた

2011/10/23 記述修正 これで山場は越えたと思っていた時 → 麓の決壊した場所も近づき

2011/10/23 記述修正 もう麓の決壊した場所も近づいて来たところへ来て → これで山場は越えたと思っていた時

2011/10/23 記述修正 いずれかになるだろう → このいずれかになるだろう

2011/10/23 記述修正 若干慣れたのか前よりも速くなり → 少しは慣れたのか前よりも若干速くなり

2011/10/23 記述修正 私の目の前まで来ると → 私の目の前まで来ると止まって

2011/10/23 記述修正 私はじっと橋の中央で → 私は橋の中央で

2011/10/23 記述修正 こちらへと来てくれるのを待ち続けた → こちらへと来てくれるのをじっと待ち続けた

2011/10/23 記述修正 すぐ花は萎れていき → すぐ花は萎れて

2011/10/23 記述修正 上流の方向へとゆっくりと倒れていく → 上流の方向へとゆっくり倒れていく

2011/10/23 記述修正 もう迷っている時間は無い、私は全力で → 私は全力で

2011/10/23 記述修正 火傷のショックで気を失った様だ → それ以降全く動かなくなった

2011/10/23 記述修正 タイミングだけは気をつけなくてはならない → 指示を出すタイミングに気をつけなくてはならない

2011/10/23 記述修正 あまりに急速な成長は → あまりに急速な成長の為に、

2011/10/23 記述修正 一気に最短の直線の経路では → 最短の直線の経路では


幼い子供は洞穴から出た後、置いて来た父親の事を考えたのか、一度だけ後ろを振り向いて暫く立ち止まると、なかなか進みださずに躊躇している様だったが、やがて向き直って次の花へと進み始めた。

私には、それが父親に対するこの子の最後の手向けであったのだろうか、と思いつつ集落を目指して進ませる。

幼い子供は、最初こそは純粋に花へと視線を向けていたが、この私の苦心の状況を汲んだかの様に、姿の見えない私の気配を目で追う割合も増え始めた。

だが私は、花を咲かせる作業を止めるつもりはなかった、何故ならこれが死んだ父親の居場所を村人へと伝える手段になるからだ。

村人に父親を見つけさせて埋葬させなくては、前に見た未来には繋がらなくなる、そう考えていた。

勿論これは、私の仮説が全て正しかったとすればの話ではあったが、万が一でもこれが正しかった時に、後で歴史を改竄した事を悔やみたくないと、私が勝手に望んだ自己満足からの行動でもあった。




その歩みこそ緩やかではあるものの、子供の誘導は順調に進み、第一の関門である落ちた橋の所へと辿り着いた。

子供はそこで花が途切れたのに気づいて、白い霧たる私へと不安げな表情を向けている。

私は早速、事前に検討しておいた策を実行に移した。

まずは、こちら側の吊り橋の根元に生える蔓草を確認し、一旦向こう岸へと渡ってそこの吊り橋の根元の蔓草も同様に確認した後、ちょうど河の中央へと移動してから、今度は風向きを確認する。

今は河の流れとは反対の、山へと登る様に風は吹いている様だ。

最後に私は、太陽の位置を確認する。

まだ真上ではないが、風向きから考えればむしろ今の位置の方が都合が良さそうだ。

風の流れが味方している今のうちに片付けてしまおう、私は心を決めると両岸の蔓草に向けて、大量の力を注いで一気に成長させ始める。

蔓草は十分な日差しと水と養分を吸収しつつ、どこかの寓話さながらに、元の大きさとは比較にならない程大きく成長して伸びていく。

本来であれば、自身以外の何かに巻きついて成長を遂げるのだろうが、あまりに急速な成長の為に、吊り橋の柱へと巻きついた方向へとひたすら伸び続けて、自分達同士で互いを支えるように絡まり合いながら、太陽を目指して宙を伸びていく。

しかし、多くの蔓は段々とその真っ直ぐ伸びる束から外れて、四方へと倒れながら散らばっていき、自重を支えきれなくなった蔓から順に倒れていく。

そうやって次々と伸びた蔓が倒れていくと、その中の一本が対岸の蔓の束へと倒れていき、地面に落ちる前にそこへと絡みついた。

やがて両岸をアーチ状に繋いだ蔓草は次第に下流から吹く風に煽られて、上流の方向へとゆっくり倒れていく。

私は更に力を注いで蔓草の生長を推し進め、蔓草はやがて大量の赤い花を咲かせた後にすぐ花は萎れて、更に蔓草自体も寿命が尽きて茶色く変色していく。

水分の供給が途絶えた幹は縮み、垂れ下がっていた蔓草の吊り橋は引き上げられて、完全に水平とまでは行かないが、通常の吊り橋程度の傾斜で垂れ下がった。

そこで私は力を止めてから、改めて渡るべき岸の地面に白い花を咲かせた後に、蔦の吊り橋の中央に霧の姿を作り出し、そこへと重なった。

幼い子供は、目の前で起きた奇跡を呆然と立ち尽くして眺めていたが、その奇跡に因って作られた橋を渡るのだと言う事を理解したらしく、橋の手前まで足を進めた。

蔦の吊り橋は、無数の蔓草が絡まり合って複雑に編み込まれており、更に根元は元々の吊り橋の柱から伸びているので、吹き上がる風にも微動だにしない程の強度を保っており、その橋の幅は大人が両手で抱えても届かないくらいあって、さすがに平らではないから立って歩くのは危険だが、この小さな子でも這って進めば落下の危険も少ないだろう。

子供は即席の橋の下に広がる谷底の濁流と、前方の揺らめく白い影たる私を交互に見ながら、なかなか渡り出す決心がつかない様子で、不安げな表情をしているのが判ったが、私にはもうこれ以上やり様もない、後はただ勇気を持って慎重にこの子供が進んでくれる事を祈るばかりだ。

私は橋の中央で、子供がこちらへと来てくれるのをじっと待ち続けた。

ここで経過した時間は実際には五分か十分程度だったのだろうが、子供がこちらへと向かい始めたのは、とても長い時間がかかった様に感じた。

子供は思いの他慎重で、蔦の橋にしがみつく様に這いずりながら、手元を確認しつつゆっくりと進んでいく。

そして私の目の前まで来ると止まって、顔を上げてこちらを見る。

その顔には、緊張からか額に汗が滲んでいて、息もだいぶ荒くなっているのが見て取れた。

私はすぐには向こう岸には渡らずに、子供をその場で休ませる為に、敢えて霧の姿を橋の中央に暫く残して、私自身も子供の目の前に暫く留まった。

子供の呼吸が多少は落ち着いたのを確認してから、私は対岸へと移動して、霧の人影もまた白い花の所へと移した。

子供は再び進み出すと、残り半分の行程は少しは慣れたのか前よりも若干速くなり、予想より早く渡りきる事が出来た。

ここでも少々子供に休息を与えた後、麓への歩みを再開させた。




だんだんと第二の関門である、土砂崩れ跡へと近づいて来た。

道としては進める様に整地してはあるが、問題はまだ幾つかあった。

一つは崖崩れが再発する事で、土砂を除ける際に地下水脈を使った所為で地盤が緩んできており、特に河側の地面は脆くなっていて、本来ならば急いでこの区間を渡らせてしまいたいのだが、そんな意思表示をする方法が無い。

もう一つは子供の誘導で、地面には十箇所の亀裂と大小の水溜りがあって、最短の直線の経路では進めないのだが、土砂と水で地面を覆って流してしまった所為で、誘導するのに必要な草が無い、と言うのがあった。

この場所で誘導に失敗すれば、子供は土砂の中に埋もれるか、地面が崩落して河へと落ちるか、このいずれかになるだろう。

そう考えると、先程の蔦の橋の方がまだ容易い関門であったと思える。

何事も無ければ、そのまま普通に歩かせて進んで越えられるのだが、様々な危険の可能性を考えると厄介な場所であった。

それがここを整地した時に判っていたので、ここへ辿り着くまでに出来うる仕込を一つしておいた。

蔦の橋を渡った後辺りから、次の目印になる花を咲かせる場所へと移動する際、水平の移動から弓なりに宙へと上がってから、花の場所へと下りる様にした。

この動きに最初は気づかないのか視線が動かなかったのだが、徐々に子供は私の飛び跳ねる動きを目で追う様になっていった。

更に、花を咲かせるタイミングを、私が飛んで移動する前だったのを少しずつ遅らせていき、逆に私が地面に下りてから咲かせる様にしていく。

そうすると子供は、私が降り立った場所が花が咲く場所と理解して、花が咲く前にこちらへと近づく様になっていた。

これにより、花が無くても私の気配が降り立った場所へと子供は向かい、私の歩かせたい道を辿って進ませる事が可能になる。

ただし、移動する速度についてだけは指示のしようが無くて、走らせる事は出来ないので、指示を出すタイミングに気をつけなくてはならない。

念の為に、これで発生する振動で事前に崩れそうな箇所を予め落としてしまうのと、渡っている最中に崩れても迎撃する為の準備を兼ねて、通らせるコースから最も後方にある地下水脈の穴に向けて、ある程度の地下水を上昇させて地面を揺らす。

幸か不幸か、この時は暫く待ってみても特に崩れてくる気配は無く、これ以上待つのは時間の無駄であろうと判断し、私は移動を開始した。

子供は私の着地した地点に向かって順調に進み、危惧していた土砂崩れも発生する事無く、全ては私の杞憂で終わり、無事に土砂崩れのあった場所の先に咲かせた花へと到達する事が出来た。

この頃には、子供は花よりも私の幻影を見つめている割合が高くなっていた。

これで、想定された関門は後一つ、麓付近の決壊している道だけだ。

まあ、あれについては河の流れを鎮めてやれば、大して問題は無い筈だ。

たとえ濁流が押し流して来た残留物が道を阻んでいたとしても、それは水を司る女神としての本分を発揮して、新たに呼び寄せた流れで以って排除してやればいいと考えていた。

事前に追い払っておいた狼の群れも再び現れる気配は無く、麓の決壊した場所も近づき、これで山場は越えたと思っていた時、予期せぬものが姿を現した。




想定しない、第三の難関として立ちはだかったのは、野犬の群れだった。

どうやら私が麓まで行ってから戻って来た後に、私を追う様に来ていたらしい、道自体は濁流の氾濫で進めなかった筈だが、別の獣道でもあったのだろうか。

前方や左右の山中に潜んでいる生物の気配を確認しつつ来たのだが、洞穴への帰路となった背後にまでは目を向けなかったのが失敗だった。

朝の下流へと吹く風に乗った子供の匂いを嗅ぎ付けたのか、それとも狼の群れを追い払った事によりここへとやって来たのか、何とも言えなかったがともかく、幼い子供にとっては猛獣に匹敵する存在だ。

子供の小さい体では走って逃げるのも叶わず、一撃受けただけで致命傷となるだろう、それが十匹の群れで前方からこちらへと近づいて来るのだ。

野犬は子供の姿を確認すると、一斉にこちらへ向かって走り出した。

私は子供を立ち止まらせてから、すぐさま地下水脈を探りつつ、野犬の群れに向かって強力な思念を叩きつけながら、攻撃の準備へと入る。

既に獲物を見つけている所為か、狼ほど野犬は用心深くないのか、私の威圧する思念を浴びても臆する事無くその速度を緩めずに突き進んでくる。

私は思念から間髪開けずに、右腕を掲げて雨雲を呼び寄せながら、先頭の野犬に向かって渾身の成長の力を投げつける。

この器の持つ成長の力では命自体を奪うのは出来ないが、老衰寸前まで一気に成長させる事で、餓死寸前にまで追い込む事が出来る。

それを喰らった野犬は忽ち痩せ細っていき、やがて足取りが覚束無くなり、もんどりうって転がる様に倒れた後、恐らく転倒の際に首でも折ったのだろう、全く動かなくなった。

これを次々と放ち、子供へと到達する前に野犬を戦闘不能に陥れてゆく。

新たに成長の力で先頭の二匹を狙い撃ち、残りは後七匹。

招き寄せた雨雲により空は一面雲が広がり、日の光が遮蔽されて周囲は薄暗くなる。

この辺りには使える水源が無い事が判り、崖を崩せないかと山中の水源を探り始める。

更に成長の力で二匹を仕留めて、残りは後五匹。

子供と野犬の距離は発見時の半分を切っており、このペースではぎりぎり間に合うか否か。

山中の水源を見つけ出し、それを崖の側面へと一気に集めると崖が振動を始めて崩れ落ちていく。

後続の野犬が二匹巻き込まれて、残りは後三匹。

子供は迫り来る野犬に完全に動揺してしまい、その場に座り込んだ。

これで距離を稼いでくれる可能性は消えた。

子供と野犬の距離は、四分の一を切った。

土砂崩れを逃れた先頭を迎撃して、残りは後二匹。

これ以上手前の崖を崩すのは子供も巻き込みかねないので、逃げ出してくれれば崩す予定だったところの水を散らす。

呼び寄せた雨雲からようやく大粒の雨が降り始めて、地面を泥濘へと変え始めた。

足を取られて、先を走る野犬が体勢を崩すのを見て、そのすぐ後ろの野犬に向かって力を放つ。

それを喰らった野犬は転倒して、その勢いで濁流の河へと落ちていく。

これで残りは後一匹。

足を取られた筈の野犬は、崩した体勢のまま跳躍して転倒を回避したらしく、一気に距離を縮めて来た。

その動きを想定していなかった私は、子供へと飛び掛ろうとする野犬に向けて急いで力を放つが、それは飛び掛る野犬を僅かに逸れた。

その直後、野犬は子供へと圧し掛かる様に飛びついた。




子供は必死で我が身を守ろうと、健気に小さな手足を使って抵抗したが、力で及ぶ筈も無く野犬の爪で肉が引き裂かれ流血し、手足は抉じ開けられてしまい、がら空きとなった喉笛目掛けて野犬が喰らいつき、その瞬間赤い血飛沫が飛ぶ。

その時子供の甲高い悲鳴と共に、緑色の閃光が子供の胸部か腹部あたりから放たれて、野犬を直撃する。

その途端、外見こそ何も変化は無かったのだが、野犬は弾き飛ばされる様に子供から離れた前方へと弧を描いて落下して、それっきり動かなくなった。

幼い子供の体からは、服の下から透ける様に緑色の円形状の光が発していて、それは急速に弱まって行き、消える寸前に強烈に強く輝いた。

その最後の光と共に、先程襲われていた悲鳴とは異なる、金切り声が子供から発せられた。

子供は強烈な痛みに苦しんでいる様で、先程もたらした雨の中で、何故か子供の服からは湯気の様な煙が立ち上っており、子供は緑色の円環の光を発した箇所を押さえながら、苦痛のあまり泣き叫んでいる。

しかしその声は長くは続かず、次第に悲鳴の音量は小さくなって途切れていく。

幼い子供へと急いで近づいて見ると、着衣は流血で真っ赤に染まり、それに加えて胸から腹にかけて服を焼いた跡があり、焼けて覗く体にはどこかで見た模様の火傷が、白い肌と対照的に黒く残っていて、最後に掴んでいたのだろうか、右の掌もまた同様にひどい火傷を負っているのが判った。

子供は縋る様な表情で、霧を纏っていない気配だけの私へと血塗れの左腕を伸ばしながら、苦痛からなのか、理解は出来なかったが恐らく何か救いを求める言葉を、私へと発した。

そして、そのまま力尽きた様に、左の腕は支える力を失って地面へと倒れた。




子供は、それ以降全く動かなくなった。

衣服を血で染める程の出血量に比べて受けた傷は思いの他少なく、これだけの血は一体何処から溢れ出たのか判らなかったが、野犬に襲われた際の出血以外には有り得ないのだが、不思議な事に、裂けた衣服から露になっている素肌には、それほど酷い裂傷は見当たらない。

いずれにせよ、生命力が弱まっていくのが感じられ、このまま放置していては、命が危険なのは明らかだ。

仮説の真偽を論じるより先に行うべきは、未来をかつて見た通りに守る事だ、この考えは洞穴から連れ出した時から今でも全く揺らいではいない、たとえ仮説の確証を目にしても。

私はこの僅か一分足らずの間に起きた多くの事実について、色々と考えたい衝動を全て頭の奥へと追いやって、まずは子供を救う手段を考察する。

子供が気を失った理由は火傷だけでなく失血によるものだと思われて、もはやこの子は自ら歩く事はおろか、意識を取り戻す事すら難しいだろう、だからこの場所に人間を呼び寄せて救助させる以外に手は無い。

そうなると、ここまで来させられそうな人間がいる場所と言えば、この先にある集落以外には存在しない。

もはや、手段を選んでいる余裕も無さそうだ。

先程の野犬との一戦で相当な力を放出しており、また遠距離であるのも作用しているのだろう、首飾りからの糧の供給は遂に薄れ始めていた。

元々の予定では、大きな糧の消費は濁流を鎮めて氾濫した道を通過可能にするのが最後で、その後は父親の遺体が回収された時に、首飾りはこの子供の近くへと運ばれるだろうから、それで距離に因る糧の浪費も無くなると言う目論見だったが、もうそんな悠長な事は言えなくなってしまった。

私は集落と子供との間にある地下水脈を探りながら、集落の近くまで流れるこの濁流の河へと力を注ぐ。

これは一度も試していなかったが何とかなるだろう、残る糧が足りればの話だが。

泥色の荒れ狂う水は、私の力に因ってその勢いを弱めながら、水量を減少させていく。

探っていた地下水脈が、集落と河川が最も近づいている箇所の地下深くにあるのが判った。

私は全力でその水源に対して、地表を目指して進む様に働きかける。

水脈の上にある硬い岩盤を打ち砕かんばかりに、水源の水を叩きつけ続けて浸透させていく。

それと同時に、河の水位も着実に下げ続けて、今や河幅は元の半分ほどにまで細くなっている。

これらの奇跡と引き換えに、私に与えられる糧は減り続けており、河を干上がらせるのは間に合いそうではあったが、地下水脈に関しては狙い通りに行くかが判らない。

いよいよ私への糧が途絶えがちになり始めた時、河を完全に干上がらせる事に成功し、残るは地下水脈だけとなった。

集落の人間に村の外で何かが起きた事を気付かせて、様子を見に来ると河の異常を発見し、調査に上流へと向かい始めた所で、その道の途中に倒れている子供を発見する、これが私の想定したシナリオだ。

河の準備は整ったが、この河は集落の内部を流れてはいない為、どうしてもこれに気付かせる必要があり、その為には集落の人間に判る程の、大規模な災害に近い現象が必要だった。

私は残しておくつもりだった力を注ぎ込み、地下の岩盤を打ち破るべく、地下水脈を集約し叩きつけ続けた。

一撃を繰り出す度に確実に岩盤は震え、軋み、亀裂を生じて行くが、それと同時に私の力も消耗し、意識も遠のいてゆく。

次が最後の一撃となるであろうそれに、私は自己の意識を維持する力も注ぎ込んで、正真正銘の全力をかけた一撃を放った。

頑強であった岩盤は最後の最後で屈服し、遂に無数の亀裂は一本の線となって、その線を伝って強烈な水圧が上昇してその僅かな隙間を押し広げていき、それが地鳴りとなって地面を揺らす。

その地鳴りと揺れは時間を追う毎に大きくなっていき、地下水脈が勢い良く吹き上がった時に最高潮に達して、吹き出した巨大な水柱は、地震から逃れようと家から飛び出した住人達の、誰しもに見える程に高々と上がった。

ここで全ての力を使いきり、最後の策が成功する事を願いつつ、この結果を見届ける事無く私は消滅した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ