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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第五章 炎の魔女
25/100

第五章 炎の魔女 其の四

変更履歴

2011/01/03 誤植修正 以外 → 意外

2011/09/06 句読点修正 “、” → “。”

2011/10/04 誤植修正 位 → くらい

2011/10/18 誤植修正 と言う印象が最も強かったのでしょう。 → と言う印象が最も強かったのでしょう」

2011/10/18 誤植修正 この廃られた宗教都市を → この棄てられた宗教都市を

2011/10/18 誤植修正 再興される知恵も財力も → 再興させる知恵も財力も

2011/10/18 誤植修正 悪魔共に虐殺の限りを尽くしたと → 虐殺の限りを尽くしたと

2011/10/18 誤植修正 この期を好機と見て → これを好機と見て

2011/10/18 句読点調整

2011/10/18 記述修正 器の性質に、少なくとも彼は → 自分は器の性質に

2011/10/18 記述修正 良く戦争には巻き込まれる地域で → 頻繁に戦争には巻き込まれる地域で

2011/10/18 記述修正 慈愛と奉仕の精神を説く宗教で → 慈愛と奉仕の精神を説く教義でありまして

2011/10/18 記述修正 拠り所となっていった様で → 拠り所となって発展し

2011/10/18 記述修正 やがてあの街はこの教派の広まりと共に繁栄し → そしてあの街はこの教派の広まりと共に繁栄し

2011/10/18 記述修正 権力の象徴でもある中央大聖堂を配置し → 権力の象徴でもある中央大聖堂を配置して

2011/10/18 記述修正 やがてこの腐敗した体制が、十年前に一般の信者や民衆に露呈してしまい → しかし十年前に、この腐敗した体制が一般の信者や民衆に露呈してしまい

2011/10/18 記述修正 同じ様に分裂した、小さな分派です → 同じ様に分裂した、ある小さな分派です

2011/10/18 記述修正 『隷属と粛清の悪魔』の崇拝、という → 『隷属と粛清の悪魔』の崇拝と言う、

2011/10/18 記述修正 既に教会の人間達は悪魔の僕たる魔女である、という → 既に教会の人間達は悪魔の僕たる魔女であると言った様な、

2011/10/18 記述修正 同じ日に処刑される魔女とされた者達の中で → 掌を返した民衆から罵られ、彼等を唆した異端審問官達から処刑を宣告された時

2011/10/18 記述修正 恐らく半分も無い、多くて千人程度 → 恐らく半分も無い、あれは変換効率がかなり悪いので精々一割前後、ですから多くて千人分程度

2011/10/18 記述修正 一瞬で昇華していたでしょう → 破壊どころか一瞬で昇華していたでしょう

2011/10/18 記述修正 歴史に残る大災厄となるのですが → 歴史に残る大災厄となったのですが

2011/10/18 記述修正 貴殿の話とは別の文献に因ると、少々違って伝えられております → 吾輩の知る文献に因ると、貴殿の話とは少々違って伝えられております

2011/10/18 記述修正 等が伝説として各地に広まっています → これらが伝説として各地に広まっています

2011/10/18 記述修正 ある意味逆に器の性質に → 器の性質に

2011/10/18 記述修正 貴殿の中にもそういった気質が無意識では持っていて → 貴殿もそういった気質を潜在的に持っていて

2011/10/18 記述修正 ただ大国の国境付近に近かった為に → ただ複数の大国の国境に隣接していた為に

2011/10/18 記述修正 それから二百年後 → それから二百年後、または貴殿の登場より三百年前で

2011/10/18 記述修正 老人の顔には → その姿の意味は

2011/10/18 記述修正 その行いに感化されて信者を増やしていき → その行いに感化された者達を信者として取り込んでその数を増やしていき

2011/10/18 記述修正 最大の教派へとなり → 最大派閥となり

2011/10/18 記述修正 大元の教派に迫る力を持っていきました → 大元の教派に迫る勢力へと躍進して行きました

2011/10/18 記述修正 白で統一された美しい街であったと云われています → 白で統一された、とても美しい街であったと云われています

2011/10/18 記述修正 しかし十年前に、 → しかしそれから十年後、或いは貴殿が降臨する十年前に

2011/10/18 記述修正 人は自由意志の元に判断して行動すれば → 自由意志の元に判断して行動すれば

2011/10/18 記述修正 遂に大規模な教会権力への反抗へと発展させて → それに乗せられた者達が教会権力への反抗を唱えて決起し

2011/10/18 記述修正 民衆は宛ら宝探しの様に → 民衆は宛ら賞金稼ぎや宝探しの様に

2011/10/18 記述修正 そして五年前 → そして更に五年後でもある、貴殿登場の五年前

2011/10/18 記述修正 そして、歴史に残る → そして貴殿降臨の夜、歴史に残る

2011/10/18 記述修正 魔女と共に虐殺の限りを尽くしたとなっています→ 悪魔と共に虐殺の限りを尽くしたとなっています

2011/10/18 記述修正 その財産共々残らず死滅してしまい → 残らず死滅してしまい

2011/10/18 記述修正 この街で起きた免罪符の件での混乱は続いており → この街から波及した免罪符の件での混乱は続いており

2011/10/18 記述修正 中心の廃都へ寄り付こうとはしません → 中心の廃都に寄り付こうとはしません

2011/10/18 記述修正 やはり最も有名な名は何と言っても → やはり最も有名なのは

2011/10/18 記述修正 貴殿の行った時代から → 貴殿の降臨した時代から

2011/10/18 記述修正 私が向こう側の世界で二日前に引き起こした事であり → 私がこちら側の世界で言うと二日前に引き起こした事であり

2011/10/18 記述修正 つい数日前に私がいた世界の未来へと → つい二日前に私がいた世界の未来へと

2011/10/18 記述修正 煉獄へと続く抜け道と裏門 → 煉獄へと続く常闇の坑道

2011/10/18 記述修正 中央大聖堂の地下にあると云う → 中央大聖堂跡地の地底深くにある

2011/10/18 記述修正 煉獄への裏門 → 煉獄への扉

2011/10/18 記述修正 再度の復讐の為に力を取り戻すまで眠りにつく魔女 → 復讐の為に力を取り戻すべく眠りにつく微睡む魔女

2011/10/18 記述修正 街を取り囲み檻を形成して → 街を取り囲んで檻を形成すると云うもので

2011/10/18 記述修正 あれは変換効率がかなり悪いので → あれは見た目は派手ですが変換効率がかなり悪いので

2011/10/18 記述修正 今回は召喚者の死に因って → 今回は召喚者の心境の変化に因って

2011/10/18 記述修正 審査の後、危険分子と判断した → 審査と言う名の拷問を終えて

2011/10/18 記述修正 この女司祭を処刑する事にします → この用済みとなった女司祭の処刑を決定します

2011/10/18 記述修正 磔台へとかけられ → 司祭の祭服を着せられて磔台へとかけられ

2011/10/18 記述修正 教会の人間達は信者達を金銭により堕落へと導いており → 教会の人間達は富める信者からは金銭に因る怠惰を促がし、貧しき者だけに奉仕と労働の義務を強いており

2011/10/18 記述修正 その隠された目的は悪魔へ我々の魂を捧げる事で → 逆らう者には制裁と称して魂を悪魔へと捧げていて

2011/10/18 記述修正 権力の象徴でもある中央大聖堂を配置して → 権力の象徴である中央大聖堂を配置して

2011/10/18 記述修正 派生元になった宗教でした → 派生元になった教派でした

2011/10/18 記述修正 ある意味逆に器の性質に乗っ取られた経験はありませんなあ → 器の性質に乗っ取られた経験はありませんなあ

2011/10/18 記述修正 妄信者であり → 分派に容易く篭絡された妄信者であり

2011/10/18 記述修正 盲従者であったと → 過去の恩義も忘れた盲従者であったと

2011/10/18 記述修正 冒涜者であり → 法と裁きの神を貶めた冒涜者であり

2011/10/18 記述修正 背徳者であり → 自分達が権力奪取する為なら手段も選ばぬ背徳者であり

2011/10/18 記述修正 裏切者であり → 分裂したとは言え元は同じ信仰であった裏切者であり

2011/10/18 記述修正 守銭奴であり → 教会資産を略取し隠し財産を探し求める守銭奴であり

2011/10/18 記述修正 背教徒であり → 性善説に則った自らの教義にすら背く背教徒であり

2011/10/18 記述修正 偽善者であった → 自分達の非道を虚構で正当化した偽善者であった

2011/10/18 記述修正 旧教会が保持していた資産を政府と分配し → 旧教会が保持していた資産を暫定政府と分配し

2011/10/18 記述修正 この街の混乱に乗じる形で → この機の混乱に乗じる形で

2011/10/18 記述修正 人口一万を超える指折りの大都市となり → 人口一万を超える屈指の大都市となり

2011/10/18 記述修正 幾つかの宗派に分裂していきました → 幾つかの教派に分裂していきました

2011/10/18 記述修正 近隣でとある信仰が → とある信仰が

2011/10/18 記述修正 この街の徴収された膨大な私財の金銀財宝 → 徴収された教会資産である膨大な金銀財宝

2011/10/18 記述修正 広大な大都市が消滅したなんてね → 広大な大都市が跡形も無く消滅したなんてね

2011/10/18 記述修正 三百人もの生贄を提供してくれたのですからなあ → 六百人もの生贄を提供してくれたのですからなあ

2011/10/18 記述修正 この時の異端審問で裁く者達が → この時の異端審問で裁く者達もまた

2011/10/18 記述修正 分派の人間の手引きによりこの街へと招かれて → 既に高官として入り込んでいた分派の人間の手引きによりその地位を得て

2011/10/18 記述修正 大聖堂は → 権力の象徴たる中央大聖堂は

2011/10/18 記述修正 暴露するという内容のものでした → 暴露すると言うものでした

2011/10/18 記述修正 それはこの教派の教会を糾弾する文書で → それは現教会を糾弾する文書で

2011/10/18 記述修正 如何なる力による脅迫に屈する事が無い → 如何なる力による脅迫にも屈する事の無い

2011/10/18 記述修正 屈強な長身の老人の姿で → 長身の屈強な肉体を持ち、如何なる言葉にも惑わされない叡智を蓄えた老人で

2011/10/18 記述修正 確かな判断を下す象徴とされています → 確かな判断と決断を下す象徴とされています

2011/10/18 記述修正 幾つかの教派に分裂していきました → 幾つかの教派に分裂しました

2011/10/18 記述修正 地獄へ落ちるという厳しいもので → 地獄へ落ちるという厳しいものでして

2011/10/18 記述修正 自然信仰から生まれた唯一神を → 自然信仰から生まれた単一神を

2011/10/18 記述修正 羊の遊牧を中心とした産業で → 羊の遊牧で

2011/10/18 記述修正 左手に罪人を斬る時にだけ → 左手には罪人を斬る時にだけ

2011/10/18 記述修正 またそれを肯定する事にも嫌悪感を感じられる → またそれを肯定する事にも嫌悪感を感じる

2011/10/18 記述修正 我を失う様な事が頻繁に起こる様では → 我を失う様な事が頻繁に起こるとしたら

2011/10/18 記述修正 貴殿が現れた二十年前に起きた → 貴殿が現れる二十年前に起きた

2011/10/18 記述修正 実体化すると云われる正義の剣を持つと → 実体化する、正義の剣を持つと

2011/10/18 記述修正 良く戦争には巻き込まれる地域で → 戦争に良く巻き込まれる場所で

2011/10/18 記述修正 大国の影響を → 隣国からの影響を

2011/10/18 記述修正 自負しているし → 自負もしており

2011/11/17 誤植修正 関わらず → 拘わらず

2011/11/20 誤植修正 打ち棄てられて → 打ち捨てられて


「ほほう、貴殿が悪魔になって心を奪われてしまったと言う事ですか、それは実に興味深い話ですぞ」

“嘶くロバ”はしたり顔で私を眺めながら、そう呟いた。

こちらへと戻った翌日に現れたロバの紳士に今回の話を聞かせると、まず最初に食いついてきたのは私の精神状態の変化だった。

紳士曰く、自分は器の性質に影響を受けた事は無いと言い、それが何故起きたのかが不思議で仕方が無い様だ。

「今まで吾輩も悪魔の類になって、大量殺戮に興じた事は幾度か経験しておりますが、器の性質に乗っ取られた経験はありませんなあ、常日頃から向こう側では悪魔と罵られそうな事ばかりする様に心がけておるから、もう既にそういう残忍な性質に染まりきっていて判らないのかも知れません。

実のところ、貴殿もそういった気質を潜在的に持っていて、その本質が強大な力を得た事により顕著に現れた、とは考えられませんかな?」

そう言うと“嘶くロバ”はさも快活そうに笑っていたが、私はとても笑える気分ではなく、この“雪だるま”と称された外見では分からないだろうが、内心若干の苛立ちと不安も覚えていた。

今回の召喚で起きた我を失う様な事が頻繁に起こるとしたら、私は自分が恐ろしくてとても向こう側で行動出来そうも無いと感じていたからだ。

私は人間として、この様な事態を平然と引き起こすのは避けたかったし、またそれを肯定する事にも嫌悪感を感じる、同じ人間としての正常な感性と意思を持っていると自負もしており、これからもそう在りたいと望んでいるのだ。

そういった私の苦悩を、このロバ頭は一笑に付してしまった、それをさも他愛も無い事の様にだ。

そういう彼の態度は私には納得出来なかったが、“嘶くロバ”の持論ではそうなった方が寧ろ都合が良いくらいなのだろうから、これ以上この件で反論しても堂々巡りだろうと諦めて、私は別の話題であるあの街の事について彼に尋ねてみた。

紳士は速やかにいつもの親切な男へと戻り、早速あの街の事についていつもの口調で語り始めた。




「ふむ、あの地方の事でしたら、吾輩良く存じておりますぞ、あの出来事は歴史的にも宗教的にも呪術的にも、重要な意味があった所ですからなあ。

そうですな、では順を追ってご説明致しましょう、まずはあの街の生まれたところから。

あの街は貴殿が現れる約五百年前に、原住民族の小さな集落として生まれました。

周囲は肥沃とは決して言えない地域で、土壌も農作にはあまり向かず、羊の遊牧で生計を立てている様な土地でした。

その様な痩せた土地であった為に定着する民族もおらず、特に重要な貿易路が通っている訳でも無かったので、ずっと寂れた地方の寒村地域といった状況が続きました。

ただ複数の大国の国境に隣接していた為に、戦争に良く巻き込まれる場所で、その度に食料の搾取や略奪、果ては奴隷として捕らえられたりと、隣国からの影響を常に受ける地域でもありました。




転機が訪れるのはそれから二百年後、または貴殿の登場より三百年前で、とある信仰が広まり始めたのがきっかけでした。

今までは自然信仰から生まれた単一神を信仰していたのですが、例年続いた荒天で人々の信仰心が薄れた間隙を突く形で、入れ替わる様に広がっていったのが、貴殿の召喚者が信仰していた宗教の派生元になった教派でした。

この元々の宗教は唯一神を信仰するもので、暴力や破壊を厭い慈愛と奉仕の精神を説く教義でありまして、隣国からの侵攻に怯えながら生きる住民達には精神的な拠り所となって発展し、この宗教は急速に広まっていきました。

しかし多くの人間に広まるにつれて、主義主張のずれや考え方の違いが次第に大きくなっていき、幾つかの教派に分裂しました。

その分裂した教派の一つが、あの地方一帯に広まっていた最も厳格な戒律を説いた教派であり、この教派は救済を受けるには徹底した慈愛と奉仕が必要で、それらを遵守するのに、法による支配と背信の疑わしき者の真偽を裁く必要があるとして、少しでも怠けたり戒律を破る事は破門であり、地獄へ落ちるという厳しいものでして、彼らの信仰する神はそのものずばり『法と裁きの神』と言うものでした。

その姿は、迷いの無い公平さを表す白の装束を纏い、如何なる力による脅迫にも屈する事の無い屈強な肉体を持ち、如何なる言葉にも惑わされない叡智を蓄えた老人で、その姿の意味は冷静で思慮深い確かな判断と決断を下す象徴とされています。

右手にはあらゆる隠し事を暴き、隠された真実を照らす審理の炎が灯るランタンを、左手には罪人を斬る時にだけ実体化する、正義の剣を持つとされています。

彼らの教派は、その厳格な戒律から窮地に立たされている人々を身を挺して救い、その行いに感化された者達を信者として取り込んでその数を増やしていき、やがて分裂した教派の中でも最大派閥となり、大元の教派に迫る勢力へと躍進して行きました。

そしてあの街はこの教派の広まりと共に繁栄し、あの地方でも人口一万を超える屈指の大都市となり、全土で十箇所しかない大司教区の中の一つにまで発展し、文化や商業も随一の名実共に栄華を極めた宗教都市として、その存在を周囲に知らしめていきました。

街の中央にはまさに権力の象徴である中央大聖堂を配置して、その中央大聖堂を囲むように周囲に広大な中央広場を配し、中央大聖堂から東西南北四方に伸びる巨大な大通りを通して、幾何学的に配置された町並みを作り上げ、建造物は全て法と裁きの神の色たる白で統一された、とても美しい街であったと云われています。

教会や修道院も街の至る所に建てられていて、宗教都市の名に相応しく、この街の人口の一割は聖職者か宗教に関わる仕事に従事する人間であったほどで、市政を司る機関は教会とは別に在りましたが、市庁舎が中央大聖堂の影に入る場所に建っていた事が、主従関係を如実に表していたと文献で記されています。

市長は教会の高位聖職者達に因って決定され、市政についても常に中央大聖堂の教区長たる大司教へとお伺いを立てる、教権政治が公然と行われておりました。

しかし、如何なるものにも繁栄があれば衰退が訪れるのも必定で、強大な富と権力を得たこの教派に対して、その厳格で反する者には容赦しない在り方や繁栄に対する妬み、抑制され続ける不満等が蓄積していたのも事実で、教会側の人間はこれに気づくのが遅すぎたとも言えたのでしょうが、これが一気に爆発する事態が発生します。




それが、貴殿が現れる二十年前に起きた、悪名高き免罪符の発行です。

段々と財源が乏しくなっていく状況を打開すべく、当時の大司教の名の下で販売されたこれは、本来は慈愛と奉仕を絶対の義務であり責務としているにも拘わらず、自己の利益を求める大商人や裕福な貴族達が、その義務と背負う罪を逃れる手段として莫大な寄進をし始めたのが始まりです。

これを当初は認めていなかったのが、財源逼迫の煽りを受けて大司教が認めてしまい、これ以降、富裕層や権力者達は免罪符に因る罪の回避が慣例となっていきました。




しかしそれから十年後、或いは貴殿が降臨する十年前に、この腐敗した体制が一般の信者や民衆に露呈してしまい、義務を強いられてきた貧困層の暴動へと繋がり、大きく教会権力を揺るがしました。

更にこれだけでは終わらず、これを好機と見て活動し始めたのが、この教派とは真逆の思想を持つ、ほぼ同時期にこの教派と同じ様に分裂した、ある小さな分派です。

この分派の教義は強い束縛や抑止を行う事を否定し、人間は元より善であり自由意志の元に判断して行動すれば、自ずと皆幸福が訪れると言う性善説に則った楽観的な思想で、抑圧に苦しんでいる弱者を中心に僅かながら広まりつつありました。

彼らがこの機の混乱に乗じる形で、少数勢力の利点を生かす地下活動により、離れつつある貧困層の民衆を中心に、ある告発文書を広め始めます。

それは現教会を糾弾する文書で、内容は貴殿もご存知の『隷属と粛清の悪魔』の崇拝と言う、捏造された真実を暴露すると言うものでした。

この告発文書では、真実の不正である免罪符の発行が悪魔の知恵によりもたらされたもので、教会の人間達は富める信者からは金銭に因る怠惰を促がし、貧しき者だけに奉仕と労働の義務を強いており、逆らう者には制裁と称して魂を悪魔へと捧げていて、既に教会の人間達は悪魔の僕たる魔女であると言った様な、虚と実を織り交ぜた内容で、反乱の正当な理由とする為の大義名分としては十分な代物でした。

この不正を元に脚色された虚構で以って不満の募る民衆を煽り、それに乗せられた者達が教会権力への反抗を唱えて決起し、やがて各地で暴動や反乱が起こり始め、聖職者への暴行や殺害、教会や修道院への破壊行為へと発展していき、これを弾圧すればするほど、より反発心を煽る事になるという悪循環により、事態は悪化の一途を辿りました。

更にこの反乱の波は周囲の町や村へも拡大して行き、この大司教区をも越えて周辺の司教区まで飛び火し、反乱は全国へと広まって行きました。




そして更に五年後でもある、貴殿登場の五年前、遂に教会の権力の中心であった中央大聖堂が反乱軍の手に落ちて、捕らえられた教区長だった大司教を初めとする多くの聖職者らが処刑され、権力の象徴たる中央大聖堂は焼き払われてしまいます。

これにより反乱軍の暫定政府が樹立、その政府の高官にはあの扇動者たる分派の人間が入っていました。

まず暫定政府が手がけたのは、旧教会の資産差し押さえと免罪符売買に関わった者達の私財没収と公開処刑で、これにより多額の資産を接収しました。

その次に暫定政府は、魔女狩りと称して旧教会の残党狩りを始めて、悪魔の信者に仕立て上げられた、隠れていた旧教会の聖職者達を次々と異端審問と言う形で裁き、有罪に処して処刑する事で粛清していきました。

この時の異端審問で裁く者達もまたあの扇動した分派の聖職者達で、彼らは暫定政府樹立後に特権階級の異端審問官として、既に高官として入り込んでいた分派の人間の手引きによりその地位を得て、旧教会が保持していた資産を暫定政府と分配し、巨万の富と権力を手に入れたと云われています。

魔女を告発した者には報奨金が出る事もあって、民衆は宛ら賞金稼ぎや宝探しの様に魔女の告発を行っていたとの記録が残っています。

そして、僅かでも旧教会に繋がりがあった人間は根こそぎ魔女裁判へと送られて、異端審問官は自分達にとって不利益を生みそうな者達は、全て魔女として処刑させていったのです。




で、更に時は流れて一ヶ月前、親族に密告されて身柄を売り飛ばされた、ある女聖職者が魔女容疑の罪で拘束されて、魔女の容疑者を収監する監獄へと収容されました。

これがこの惨劇の原因となった、貴殿を召喚した女司祭です。

捕らえられてから一ヶ月の監禁と審査と言う名の拷問の後に、異端審問官達は、この用済みとなった女司祭の処刑を決定します。

そしてあの日、女司祭は処刑日を迎えて、司祭の祭服を着せられて磔台へとかけられ、掌を返した民衆から罵られ、彼等を唆した異端審問官達から処刑を宣告された時、彼女の中にあった最後の良心と崇高な信仰の精神は砕け散ってしまい、残った感情である憤怒と憎悪に蝕まれつつ、狂気を宿して貴殿を召喚しました。

法と裁きの神の敬虔な信者たる女司祭が、仕立て上げられた魔女として、虚構の塊である、隷属と粛清の悪魔を呼び出したのです」




ロバの紳士はここで一息つくと、前にも見た葉巻を取り出して一服してから、続きを語り始める。

「即ち、あの女の言動は正しく、女からすればこの災厄は当然の報復だったのですよ。

あの街の住民こそはまさに、分派に容易く篭絡された妄信者であり、過去の恩義も忘れた盲従者であったと。

そしてそれを扇動した分派の異端審問官達は、自分達が権力奪取する為なら手段も選ばぬ背徳者であり、分裂したとは言え元は同じ信仰であった裏切者であり、教会資産を略取し隠し財産を探し求める守銭奴であり、性善説に則った自らの教義にすら背く背教徒であり、自分達の非道を虚構で正当化した偽善者であった。

しかしながら彼らのしでかした事は、貴殿にとっては一方的に否定は出来ますまい。

何せ、彼らの行った粛清のおかげで、六百人もの生贄を提供してくれたのですからなあ。

これだけの数の生贄を集めるのは、こういった反乱や内戦や戦争と言った、大きな人災でないと難しいのでね。

ところで雪だるま卿、貴殿があの日に殺害した人間の数は、どの程度だったと認識しておられますかな?

恐らく把握してはおられますまいなあ、その情報を吾輩は存じておりますから、折角なのでお教えして差し上げましょう。

当時のあの街の人口は約一万五千人で、その内生存者の数は約六千人、差し引くと貴殿は約九千人を死に至らしめた事になりますな。

どうでしょう、意外と多かったですかな、それともかなり逃がしてしまったとお思いになりますかな?

吾輩の見るところ、生存者は随分いるものだなと思いましたなあ、向こう側の人間も意外としぶとい様で。

まあ、今回は召喚者の心境の変化に因って、糧が取り込めなくなる不幸なアクシデントが起きてしまったから、致し方なかったと言わざるを得ない。

あれさえ無ければ、おそらく街一つ丸々行けたものを、実に惜しい限りですなあ。

非常に残念ながらこの犠牲者のうち糧と出来たのは恐らく半分も無い、あれは見た目は派手ですが変換効率がかなり悪いので精々一割前後、ですから多くて千人分程度ではないでしょうか。

もし殺害した人間全てを糧に出来ていたら、その時の貴殿の力であればあの街は、破壊どころか一瞬で昇華していたでしょう。

これこそ、伝説と呼ばれるに相応しい事象と言えたでしょうな、一夜にして広大な大都市が跡形も無く消滅したなんてね、いやはや実に惜しい事をしました。




そして貴殿降臨の夜、歴史に残る大災厄となったのですが、吾輩の知る文献に因ると、貴殿の話とは少々違って伝えられております。

まず、歴史としてはあの災害は旧教会の残党が起こした大規模な暴動で、粛清された報復に因るものだとされています。

まあ大筋では正しいですが、悪魔の仕業だとか、魔女が引き起こした、なんて件は一切載っていません。

恐らく、あの惨劇に遭った人間達の言動は、あまり証言として有効だとは取られなかったのでしょう。

この文献は宗教に影響されない第三国の歴史学者の手による物なので、そういった非科学的な事象は誇張と思われたらしく、一切記録として残さなかった様です。

そりゃあ、現実世界の歴史上に神だの悪魔だのが登場しては、それこそその歴史学者の頭が疑われるし、信憑性も失われますから、当然の措置でしょう。




しかしこれとは別に、あの災厄から逃れた者達が伝え広めていった噂や伝承があります。

こちらでは、文献とは逆に宗教色の強い内容になっていまして、魔女として正体を現した女が、悪魔を実際に召喚して街を火の海へと変えていき、虐殺の限りを尽くしたとなっています。

この伝承の後半は、朝の到来と共に神のもたらした救済の力で雨雲から大雨を降らして、災厄に襲われた不幸な民衆を救済し、悪魔をもその偉大なる力で以って打ち滅ぼして、街の壊滅の危機を食い止めたのだと伝えられています。

実際には神の力なんてある筈も無くて、こちらの方は貴殿が力尽きたのを良い様に解釈して、多少の意訳が行われていると言った所でしょうか。

この時の悪魔の使った技が煉獄の檻と呼ばれていて、炎の格子で街を取り囲んで檻を形成すると云うもので、それが完成すると、檻の中にいる全ての人間を煉獄へと転送すると云う技だったと伝えられていますが、これは貴殿が長槍で街の外周から逃れられないようにした措置が、そんなそれらしい名称を付けられてしまったようですぞ、全く人間の想像力は無駄に発揮されていますな。

それと伝承では、この虐殺で魔女も悪魔と共に力を振るい、人々を死と恐怖に陥れたとなっていますが、これは多分死霊と化した女の魂の叫び声を指しているのでしょう。

実際に魔女が暴れる姿を見た者は居ないでしょうから、声が聞こえた事から拡大解釈されてそうなってしまったと思われますな。

伝承の最後では、悪魔は神の手により滅ぼされたとなっていて、一方魔女はと言うと、神の反撃に悪魔が晒されている最中にこの街の何処かへと身を隠し、神の追撃を逃れたとされています。

これは現実である、死霊と化して消えていった女と、偶然にも内容が一致している箇所であります。




こうして、文献では大規模な暴動により半壊し、伝承では悪魔と魔女により地獄へ送られかけたこの街は、市政の中枢が完全に失われてしまい、復旧は不可能と見做されました。

最も力を持っていた地域とそこにいた富裕層の住人や権力者達が、残らず死滅してしまい、生き残っていたのは貧困層の住民ばかりで、瓦礫と焼死体しかない半壊した周辺地区や、ほぼ何も無くなっている中央部を、再興させる知恵も財力もその気力も彼らには無かったからです。

それに、生存者達は魔女の存在を非常に恐れていました。

彼らにとっては、魔女はこの廃墟と化した街の中央部の何処かに、今でも隠れていると思われていたからです。

なので生き残った住民達は、魔女による悪魔の再臨を恐れて、次々とこの街を棄てて去っていき、かつて栄華を誇った宗教都市は廃都となりました。

他の大司教区でも、この街から波及した免罪符の件での混乱は続いており、自分の教区内の反乱の対策に追われてこちらに構う余裕は無く、隣接した比較的安定している地域を自分の教区として拡大した程度で、大半の地域は打ち捨てられました。

扇動した分派も災厄によって全滅しており、この棄てられた宗教都市を中心とする周辺の町や村を含む地域は完全な無政府状態となっていき、犯罪者や逃亡者や追放された者等が巣食う地と化していきましたが、大抵の者達は宗教都市の周辺の町や村を塒にしていて、中心の廃都に寄り付こうとはしません。

この廃都へと訪れるのは、命知らずな盗掘者や、正気を失っている者、死を望んでいる者と云われていて、それら以外ですと、魔女の力を手に入れようとする者や、悪魔再臨を企む者達で、やはりまともな者は近づく事は無いようです。

廃都と化してからも、夜な夜な凄まじい魔女の哄笑や悲鳴が聞こえるとか、処刑された者達の詠唱が聞こえるとか、夜に廃都から発する赤い光が見えたとかの、あの災厄に関連する噂が絶えない、呪われた地として有名になっていきます。

そうしてこの廃都はいつしか、魔女の棲む街、慟哭の都、煉獄への扉、等と呼ばれるようになり、数々の伝説が生まれました。

有名なものでは、中央部の何処かに眠る徴収された教会資産である膨大な金銀財宝、中央大聖堂跡地の地底深くにある煉獄へと続く常闇の坑道、復讐の為に力を取り戻すべく眠りにつく微睡む魔女、これらが伝説として各地に広まっています。

魔女もいつしか、煉獄の使者、廃都の女王、紅蓮の破戒者、等と言った通り名を持つようになりましたが、やはり最も有名なのは、炎の魔女ですな。

街一つを煉獄の業火に捧げて、全てを焼き尽そうとした魔女と言う印象が最も強かったのでしょう」




ここまで聞いていた“嘶くロバ”の語りに、私は違和感を感じて、それが何かを考えていた。

それはいつもであれば、医者の男から得た文献の内容を説明しているだけなのだが、今回は文献以外から得た情報を語っている点だ。

どうして彼はそこに居合わせた訳でもないのに、そういった事が分かっているかの様な口調で語っているのだろうか。

ロバの紳士もまた医者の男の眼として、あの街か或いは周辺の土地にでも居たのだろうか?

それともこの地を離れた住人から、情報を得たのだろうか?

いや、そうだとしても、彼の語っている範囲は個人から聞きだせる範疇を超えていると思えるし、説明した内容の時間経過の範囲が、一人の人間が見聞き出来る長さを超えている様な気がしていた。

ならば、長命な存在としてこの地に居続けて見てきたのだろうか、いやそれだと、時間軸がおかしくなる。

何しろこの大災厄は、私がこちら側の世界で言うと二日前に引き起こした事であり、それに対して彼が語っているのは、まるでその後の未来の話の様に聞こえる。

疑問に思った私は紳士にその点を問うと、紳士はニヤリと口元を歪めて、全く想像もしていなかった、実に意外な回答を私へと返してきた。

「おや、雪だるま卿、お気づきになりましたか?

吾輩が何故ここまで詳しく知っておるかと言うと、実は吾輩、貴殿と同様にあの地に赴いた事があるのですよ、貴殿の降臨した時代から約百年後の世界に、貴殿が作り出した炎の魔女としてですがね」

“嘶くロバ”は、つい二日前に私がいた世界の未来へと、既に行っていたと私に告げたのだ。





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