第五章 炎の魔女 其の三
変更履歴
2011/10/03 誤植修正 位 → くらい
2011/10/08 記述統一 変っていき → 変わっていき
2011/10/16 句読点調整
2011/10/16 誤植修正 莫大な寮の糧を流し込む為に → 莫大な量の糧を流し込む為に
2011/10/16 誤植修正 消す能力はなく → 消す力はなく
2011/10/16 誤植修正 この儀式はやはり若い娘こそ → この儀式はやはり若い娘にこそ
2011/10/16 誤植修正 いつの間にか死体は灰となっていて → 死体はいつの間にか灰となっていて
2011/10/16 誤植修正 生き続ける事が出来て不老となり → 生き続ける事が出来て、事実上不老へと変わり
2011/10/16 誤植修正 女が蘇るを懇願しつつ → 女が蘇るのを懇願しつつ
2011/10/16 誤植修正 やがて磔台は今まで炎と → やがて磔台は今までの炎と
2011/10/16 誤植修正 位 → くらい
2011/10/16 記述修正 墓穴の端に辿り着き → 大穴の端に辿り着き
2011/10/16 記述修正 足をかけて穴から抜け出し → 足をかけて穴から抜け出すと
2011/10/16 記述修正 対峙する様に立った → まるで虫けらの様な存在にしか見えない召喚者と対峙する様に立った
2011/10/16 記述修正 どちらも文様は同じで → どちらも烙印の意匠は同じく
2011/10/16 記述修正 逆さの五芒星の形をしていて → 逆さの五芒星が入った形をしていて
2011/10/16 記述修正 それは、二本の → それは5m程度の柄の先に鏝が付いている、二本の
2011/10/16 記述修正 手前で棒が若干曲がっており → 先端部の若干手前で棒が若干曲がっており
2011/10/16 記述修正 小さい方はほぼ直角に曲がっている → 小さい方は先端から30cm程度の所でほぼ直角に曲がっている
2011/10/16 記述修正 丁度両乳房の大きさに合わせてあり → 人間の女の両乳房の大きさと位置に合わせてあり
2011/10/16 記述修正 小さい方は子宮に押し当てる様に → 小さい方は子宮口に押し当てる様に
2011/10/16 記述修正 丁度男の男根の大きさに → 人間の男の男根の太さに
2011/10/16 記述修正 まるで男に襲われた処女と変わらず → まるで男に襲われた穢れを知らぬ処女と変わらず
2011/10/16 記述削除 自分の身に降りかかろうとする危機が迫ると → 削除
2011/10/16 記述修正 所詮は一人の女でしかないのが分かった → 所詮は一人の無力な女でしかなかった様だ
2011/10/16 記述修正 挿入すべき場所は確認出来た → 焼き鏝を挿入すべき場所は確認出来た
2011/10/16 記述修正 焼き鏝の先端は子宮へと → 焼き鏝の先端は子宮口へと
2011/10/16 記述修正 再び周囲の音は蘇り → すると再び周囲の音は蘇り
2011/10/16 記述修正 下肢から全身に火は回り → 下肢から全身に火が回り
2011/10/16 記述修正 女が纏っていた祭服も燃え広がって → 纏っていた祭服全体に燃え広がって
2011/10/16 記述修正 女の裸体を露にしながら → 裸体を露にしながら
2011/10/16 記述修正 揺らいでいるのかも知れないとも → 脆くなって揺らいでいるのかも知れないとも
2011/10/16 記述修正 肩膝をついて頭を垂れて → 肩膝をついて頭を垂れると
2011/10/16 記述修正 と、なる事を想像していたのだが → ……と、なる事を想像していたのだが
2011/10/16 記述修正 炎自体からは煙は発生しないのだ → 炎自体からは煙は発生しないからだ
2011/10/16 記述修正 魔女の正体について → 魔女の正体についても
2011/10/16 記述修正 逃れようと暴れ続けていた → 逃れようともがき暴れ続けていた
2011/10/16 記述修正 ただの火と変わっていき → ただの火と変わり果て
2011/10/16 記述修正 周囲を良く見ると → 冷静になってから改めて周囲を良く見ると
2011/10/16 記述修正 最初に現れた場所へと → 最初に現れた大穴の中央へと
2011/10/16 記述修正 最初にあった大量の死体は → 最初にあった穴の中の大量の死体は
2011/10/16 記述修正 大量の雨水が流れ込んで → 今や大量の雨水が流れ込んで
2011/10/16 記述修正 ついて一切罪の意識や罪悪感を持つな → ついて、一切自責の念や罪悪感を持つな
2011/10/16 記述修正 単に残虐な行為にしたかっただけで → 単に卑猥で残虐な行為にしたかっただけで
2011/10/16 記述修正 それをこの女は自ら本当に行われる事になろうとは → 己がそんな儀式の対象になろうとは
2011/10/16 記述修正 さすがに思っては → この女もさすがに思っては
2011/10/16 記述修正 いなかったのではなかろうか → いなかったであろう
2011/10/16 記述修正 私の耳に響く女の悲鳴 → 私の耳に響く女の絶叫
2011/10/16 記述修正 どういう経緯であろうと → どういう経緯であろうとも、
2011/10/16 記述修正 死に物狂いで磔台ごと揺れる程に暴れるもの → 死に物狂いで磔台を揺らして暴れるもの
2011/10/16 記述修正 私は女の中へと焼き鏝を → 私は女の中へ焼き鏝を
2011/10/16 記述修正 焼き鏝を奥へと差し込む程に女の声は強まり → 焼き鏝を奥へと差し込む程に抵抗が強まって、それに合わせて女の声も強まり
2011/10/16 記述修正 やがて焼き鏝の先端は子宮口へと辿り着くと → どうやら先端が子宮口へと辿り着いた様で、焼き鏝がそれ以上奥へ入らなくなると、
2011/10/16 記述修正 全身炎に包まれる → 全身炎に包まれており
2011/10/16 記述修正 その動きは明らかに意図的な動きをしている → それは明らかに意図的な動きをしている
2011/10/16 記述修正 苦痛も無かったかの様な無表情で → 苦痛も無かったかの様な無表情をしたまま
2011/10/16 記述修正 私は自我を失いそうな恐怖を感じていた → 私は正気を失いそうな恐怖を感じていた
2011/10/16 記述修正 それは有り得ない事に気づく → すぐにそれは有り得ない事に気づく
2011/10/16 記述修正 先程上げていた悲鳴、絶叫に近づいていき → 先程上げていた絶叫に近づいていき
2011/10/16 記述修正 予定されていた雨だったのか → 予定されていた天候の変化だったのか
2011/10/16 記述修正 ただの火と変わり果て → ただの火災と変わり果て
2011/10/16 記述修正 黒煙の柱も目に見えて細くなって → 黒煙の柱も細くなり
2011/10/16 記述修正 雲で覆い隠して遅らせたが → 雲で覆い隠して遅らせただけでなく
2011/10/16 記述修正 回復の兆しすら見え始め → 回復の兆しすら見え始めて
2011/10/16 記述修正 それと同時に内部の熱量も下がり → それと同時に内部の熱量も下がり始めたのを感じて
2011/10/16 記述修正 これは詭弁に過ぎないだろう → これは詭弁に過ぎない
2011/10/16 記述修正 完全に熱を失って炭化し → 完全に熱を失って炭化し始めて
2011/10/16 記述修正 召喚者を窮地に落として死に追いやり不死の魔物へと → 召喚者を不死の魔物へと
2011/10/16 記述修正 拡大した口を最小限にまで → 拡大した口を最小限に
2011/10/16 記述修正 莫大な量の~流れ込んでしまう、つまり糧への~出来ないのだ → 糧への~出来ず、莫大な量の~流れ込んでしまうのだ
2011/10/16 記述修正 夢の様に思える程の格差だ → 夢の様に思える程の落差だ
2011/10/16 記述修正 苦痛の訪れが確定した事に恐怖した → 苦痛の訪れが確定した事に絶望した
2011/10/16 記述修正 別の叫び声や奇声が増えていく → 周囲から別の叫び声や奇声が増えていく
2011/10/16 記述修正 下半分が焼けた体を再現していた → 女の姿を再現していた
2011/10/16 記述修正 全身に煉獄の炎を纏った → 全身に煉獄の炎を纏い
2011/10/16 記述修正 炎の魔女として再生したのだった → 炎の魔女として再生した
2011/10/16 記述修正 脆くなって揺らいでいるのかも → 脆くなって揺らいでいるだけなのかも
2011/10/16 記述修正 通常の人間ならば息は無いだろう → 通常の人間ならばもう命は無いだろう
2011/10/16 記述修正 女の絶叫だけが響き轟いていく → 女の絶叫だけが響き渡る
2011/10/16 記述修正 火によって祭服は焼け落ちていて → 火によって女の祭服は燃けて
2011/10/16 記述修正 女の下半身はほぼ全裸の状態になっており → 下半身は露になっており
2011/10/16 記述修正 炎で焼けて煤と火傷で → 炎で焼けて出来た火傷で
2011/10/16 記述修正 司祭となろうとも → 司祭だろうと魔女だろうと
2011/10/16 記述修正 空は本来ならとっくに → 空は本来なら
2011/10/16 記述修正 朝焼けに輝いている時刻だろうが → 朝焼けに輝いている時刻なのかも知れないが
2011/10/16 記述修正 僅かに白み始めている程度ではあったが → 太陽は全く見えず
2011/10/16 記述修正 夜は明けたのが判った → 夜は明けたのかは判らないものの、まあどちらにせよ~
2011/10/16 記述修正 麻薬中毒者の禁断症状に似た → 薬物中毒者の禁断症状に似た
2011/10/16 記述修正 いや死霊だった → いやこれは死霊だった
2011/10/16 記述修正 儀式は成功して女司祭は僕として → 儀式は成功し女司祭は僕として
2011/10/16 記述修正 何故なら煉獄の炎自体からは → 何故なら煉獄の炎からは
2011/10/16 記述修正 煉獄の炎を今自らで味わっている → 煉獄の炎を今自らの身体で味わっている
2011/10/16 記述修正 火の粉が舞い、炎が噴出していく → 火の粉が舞い飛び、炎が噴き出す
2011/10/16 記述修正 糧の供給は無くなるのだろう → 糧の供給は断たれてしまう
2011/10/16 記述修正 私の中では計画通りだった → 私の中では女が焼かれるのも含めて計画通りだった
2011/10/16 記述修正 司祭服の裾が炎に包まれていた → 司祭服の裾が、炎に包まれているのが見えた
2011/10/16 記述修正 この痛みを超えて貰わねば → この痛みを耐えて貰わねば
2011/10/16 記述修正 知れない、と私は薄笑いを浮かべながら考えつつ、実行に移した → 知れないと、私は薄笑いを浮かべながら考えつつ実行に移した
2011/10/16 記述修正 乳房、すなわち胸と → 母乳が作られる部位である乳房と
2011/10/16 記述修正 命の誕生の根源である子宮、すなわち女性器に → 命の誕生の根源である胎児を包み育てる子宮に押し当てるものだ
2011/10/16 記述修正 邪なる意思が喜んでいるのが感じられたが → 邪なる意思が喜んでいるのを感じられたが
2011/10/16 記述修正 口元が歪むのが自分で分かった → 口元が歪むのが自分でも分かった
2011/10/16 記述修正 私はこの巨大な墓穴の中央から → まず私はこの巨大な墓穴の中央から
2011/10/16 記述修正 この悪魔が古来からの神や悪魔とは異なり → この器が古来からの神や悪魔とは異なり
2011/10/16 記述修正 段々と引火して燃え広がっていき → 下から段々と燃え広がっていき
2011/10/16 記述修正 内容により不可能な行為だった → 内容により、不可能な行為なのは認識していた
2011/10/16 記述修正 私はそれを今回は痛感させられた → 私はそれを今回痛感させられた
2011/10/16 記述修正 女司祭の宣告も叶わず潰えた → 女司祭の宣告も叶わず潰えてしまった
2011/10/16 記述修正 その声は段々と大きくなり → その声は段々と大きくなって
2011/10/16 記述修正 幻聴の様に頭に直接響き始めた → 耳鳴りの様に頭に響き始めた
2011/10/16 記述修正 訴えられる前に殺される事を私は望んでいたのだ → 訴えられる前に、女が殺される事を私は望んでいたのだ
2011/10/16 記述修正 殺す事が出来ない事になる → 殺す事が出来ない筈だ
2011/10/16 記述修正 耐え切れずに絶命し、その時の恐怖の感情が → 耐え切れず、恐怖の感情が
2011/10/16 記述修正 禍々しい光を宿す妖しい瞳で薄い笑みを浮かべる、炎の魔女として → 禍々しい光を宿す妖しい瞳をした炎の魔女として
2011/10/16 記述修正 私が握る部分の棒の太さよりも → 私が握る柄の部分の太さよりも、
2011/10/16 記述修正 すでに焼け落ちている看板の → すでに焼け落ちている看板にあった
2011/10/16 記述修正 邪なる意思が喜んでいるのを感じられたが → 邪なる意思が喜びを感じて
2011/10/16 記述修正 それを諌める様な善意は働く様子はなく、むしろ少々愉快そうに → 思わず愉快そうに
2011/10/17 記述修正 煙や霧の様な糧の消費が少ない形状に変化させて → 煙や霧の様な姿に変化させて
2011/10/17 記述修正 残っている死体が目に留まり → 残っている死体があるのが目に入り
2011/10/17 記述修正 煉獄の業火で出来た偽りの太陽を → 偽りの太陽を
2011/10/17 記述修正 私は渇望の苦痛の中にあっても → これ程の渇望の苦痛の中にあっても
2011/10/17 記述修正 尚一層の糧の飢えを助長させていく → 尚一層の糧の飢えを助長する
2011/10/17 記述修正 理性を失い手当たり次第に周囲へ破壊を撒き散らした → 手当たり次第に周囲へ破壊を撒き散らした
2011/10/17 記述修正 耐え難い渇望に飲み込まれ → 耐え難い渇望に飲み込まれて理性を失い
2011/10/17 記述修正 私が踏みしめていた場所は死体はいつの間にか → 私が立っていた周辺の死体はいつの間にか
2011/10/17 記述修正 しかし今女司祭は炎に包まれていた → しかし今女司祭は、炎に包まれようとしていた
2011/10/17 記述修正 炎に包まれているのが見えた → 炎に炙られて燃えているのが見えた
2011/10/17 記述修正 圧倒的な余裕を感じていたのが → 圧倒的な優越感が
2011/12/09 誤植修正 して見ると → してみると
そんな時、私の耳に今までの甘美な悲鳴とは異なる叫び声が、どの音よりもはっきりと響いてきた。
それと同時に、望むままに喰らっていた魂の奔流が弱まっていくのを感じて、遠ざかっていた理性が僅かだが戻って来る。
唯一聞き分けられるその声の方向を確認すると、召喚者たる女司祭の下肢にあたる司祭服の裾が、炎に炙られて燃えているのが見えた。
理性も無く我欲のままに人を殺して魂を喰らっていた私だったが、女を私の炎で燃やすのは女司祭の命じた内容により、不可能な行為なのは認識していた。
女は自分以外を全て焼き尽くせと言っており、また、全てが死に絶えるまで見届けるとも宣言しているので、どちらにせよ私には殺す事が出来ない筈だ。
しかし今女司祭は、炎に包まれようとしていた。
それは逃げ出す前に刑吏が放った松明で、下から段々と燃え広がっていき、遂に司祭服へと引火したのだろう。
殺戮と糧の取り込みに我を失ったのは予定外ではあったが、それ以外は私の中では女が焼かれるのも含めて計画通りだった。
問題はこの女がこうなった途端に、生贄たる魂の吸収が弱まった事だ。
女司祭が火にかけられたのは把握出来ていたのだが、私の心の中ではこれだけの虐殺の首謀者であるこの女は、生き残るべきではないと思っていた。
それに召喚者が死ねば、私はこの街よりも遠くへ行く事も可能になると予測して、もっと直接的な救済の要求を訴えられる前に、女が殺される事を私は望んでいたのだ。
だから絶対であろう女司祭の指示を果たしつつ、女が死ぬ様に敢えて刑吏の行動を見逃したのだが、ここに来て計算外の糧が取り込めなくなる事態になろうとは、予期していなかった。
これはつまり、生贄を捧げる人間がその意思を無くしてしまったら、糧の供給が止まると言う事なのか。
私は糧の供給低下による、飢えや渇きとは比較にならない程の渇望に襲われつつ、状況を回復させるべく鎮火する手段を考えてみるが、炎を操る悪魔には焼き尽す力はあっても消す力はなく、また直接救い出そうにも自身が炎そのもので、この身体でただの人間に接触した場合に相手がどうなるかが想像出来ず、それも躊躇われた。
この器が古来からの神や悪魔とは異なり、人為的に作り出された、言わば出来損ないである事を痛感させられた。
自然信仰から発生した存在であれば、こんな片手落ちの力しか持たない様な、杜撰な定義は為されていないだろう。
このまま召喚者が焼死すると、私に対する街の全てを焼き尽すと言う束縛からは解き放たれるが、それ以降の糧の供給は断たれてしまう。
そして後に残るのはこの器を維持する為の、大量な糧の消費から来る地獄の様な渇望だけであろう、それを想像するだけで今の私にはとても耐えられない恐怖であり、何としてもそれだけは避けねばならない。
その方法を必死に考えていると、一つの可能性に思い当たった。
成功するかは分からないが、このままでは直に女司祭は焼死するのが目に見えている。
その行為は普段の私であれば嫌悪し憂慮するものであったが、今の糧に溺れた残忍な悪魔たる私の心には、さしたる嫌悪も感じないものだ。
私は早速、その救済手段へと取り掛かった。
まず最初に私は、この巨大な墓穴の中央から炎に焼かれる召喚者の所へと、足を踏み出して歩きだした。
私が立っていた周辺の死体はいつの間にか灰となっていて、新たに足を踏み下ろす度に踏みつけた周囲から火の粉が舞い飛び、炎が噴き出す。
僅か七歩で大穴の端に辿り着き、穴の淵の地面に足をかけて穴から抜け出すと、私は焼かれつつある女司祭の正面へと回り込んで、まるで虫けらの様な存在にしか見えない召喚者と対峙する様に立った。
ここで初めて、この女司祭の姿をまともに見た。
高位の祭服とあの演説振りから考えて、それほど若くもないのだろうと思ったのだが、小娘ではないものの予想よりも女は若かった。
今の悪魔に毒された脳では、この儀式はやはり若い娘にこそ相応しいと邪なる意思が喜びを感じて、思わず愉快そうに口元が歪むのが自分でも分かった。
私が前に回り込んでも、女は苦痛から上げる劈く様な悲鳴を上げるばかりで、私を見ても驚いていないのか、それとも焼けていく苦痛で私を認識していないのかの区別がつかない。
この女司祭を火焙りの刑から救出する手段、それは儀式の一つにあった、人間を僕にする為の儀式、これである。
この儀式を実行すると対象の人間は人外である悪魔の下僕となり、悪魔から力を与えられる限り生き続ける事が出来て、事実上不老へと変わり、人間とは比べ物にならない寿命と煉獄の炎の力を与えられるらしい。
この儀式が看板に書いてある通りになるのであれば、この女には煉獄の炎の力を与える事が出来るので、これで少なくとも人間の放った地上の炎に焼かれて死ぬ事は無くなるだろう。
私は早速儀式の準備に取りかかる事にした。
すでに焼け落ちている看板にあった、ご丁寧に詳細を描いた図を思い出しつつ、両手の鞭と槍を投げ捨てると新たな儀式用の道具を作り出す。
それは5m程度の柄の先に鏝が付いている、二本の大小二種類の烙印を押す焼き鏝であった。
どちらも烙印の意匠は同じく円の中に逆さの五芒星が入った形をしていて、大きい方は先端が二つに分岐していて手前で棒が若干曲がっており、小さい方は先端から30cm程度の所でほぼ直角に曲がっている。
大きい方の焼き鏝の烙印の大きさは丁度大人の人間の心臓くらいで、小さい方は子供の腕くらいの大きさであり、私が握る柄の部分の太さよりも、先端は押し当てる箇所にあわせて細くなっていた。
いや、もっと分かりやすく直接的に言えば、大きな方は人間の女の両乳房の大きさと位置に合わせてあり、小さい方は子宮口に押し当てる様に、人間の男の男根の太さに合わせてあった。
この烙印は命の成長を象徴する、母乳が作られる部位である乳房と、命の誕生の根源である、胎児を包み育てる子宮に押し当てるものだ。
神の恩恵たる誕生と神の加護による成長を封じて、神から与えられるものを拒絶する事により、悪魔に対しての服従を表すと言う意味らしいが、間違いなく単に卑猥で残虐な行為にしたかっただけであるのは明らかだった。
こうした身の毛もよだつ残酷な蛮行を行っていると広める事で、教会の人間達を貶めていたのだろうが、己がそんな儀式の対象になろうとは、この女もさすがに思ってはいなかったであろう。
女司祭は絶叫しながらも私の姿を見上げて、その手にしている道具を見て悟ったらしく、焼ける苦痛とは異なる恐怖の表情を浮かべている。
これを見て恐怖する反応を示したところを見ると、完全に正気を失ってはいなかったようだが、この儀式の後にはもう残っていないかも知れないと、私は薄笑いを浮かべながら考えつつ実行に移した。
女はもしかしたら私が行おうとしている事に気付いて、ここでそれを拒否しようとしていたのかも知れない、何かを叫ぼうとしていたのは分かったが、それを聞く前に私は女の宣言を守る建前で、内心は我欲を満たす為、祭服の上から胸への烙印を押し当てた。
周り中から聞こえる、火が爆ぜる音、人の悲鳴、建物が崩れる音、それに混じる事無くはっきりと私の耳に響く女の絶叫、それは今までの悲鳴が可愛く思える程に凄まじい声だった。
女は焼き鏝から逃れようと必死に暴れるが、首と四肢と胴は鉄の枷によりしっかりと固定され全く緩む事は無く、頭だけを必死に振り回して、この街の人間達に与えた煉獄の炎を今自らの身体で味わっている。
私はこの時、この女司祭がどれだけの苦境の果てにここに磔となったのかは判らなかったが、どういう経緯であろうとも、これだけの人間を死に追い込んだ報いとしては、この烙印による苦痛は正当な試練ではないかと思えた。
女は救いを求める様に、哀願の表情で私を見つめて必死に首を振っており、その意味はもう一本の焼き鏝を指している事は分かったが、この痛みを耐えて貰わねば私も渇望の苦痛に飲み込まれてしまう、女が詠唱として何かを言い出す前に、私はもう一本を女の股の下へと近づける。
この時ばかりは、あれだけの威勢のいい事を言っていた者とは思えない程に女司祭は怯えていて、まるで男に襲われた穢れを知らぬ処女と変わらず、司祭だろうと魔女だろうと所詮は一人の無力な女でしかなかった様だ。
都合のいい事にこの磔台は足を若干開いた形で固定されていて、更にかけられた火によって女の祭服は焼けて下半身は露になっており、炎で焼けて出来た火傷で爛れて赤黒く変色してはいたものの、焼き鏝を挿入すべき場所は確認出来た。
女は焼き鏝が下腹部に近づくにつれて、どこにそんな力を隠していたのかと思う程、死に物狂いで磔台を揺らして暴れるものの、多少揺れる程度では避ける事は出来ず、私は女の中へ焼き鏝をゆっくりと挿入していく。
この女が敬虔な信者であったならこれは二重の苦痛であったろう、その時の女の悲鳴は人間が発する事が出来る声なのかと疑う程に、悲痛で苦しみに満ちた絶望的な音色で、この時他の全ての音と言う音は消えてしまったかの様に、女の絶叫だけが響き渡る。
今まで味わった事のない痛みの所為か、或いは失われた純潔に因るものなのか、この高熱の中でも止め処なく流れる涙は、乾く事無く女の頬を伝い落ちていく。
焼き鏝を奥へと差し込む程に抵抗が強まって、それに合わせて女の声も強まり、どうやら先端が子宮口へと辿り着いた様で、焼き鏝がそれ以上奥へ入らなくなると、女は最後に一段と甲高い絶叫を発して果てたかの様に意識を失い、声はそこで止んだ。
すると再び周囲の音は蘇り、女からは焼き鏝から発する肉を焼く音が微かに聞こえてくる。
儀式は完了し、私は胸の焼き鏝を女の胸から引き離してその箇所を見ると、悪魔の烙印がくっきりと白い肌に焼きつけられているのが確認出来た。
次に挿入した焼き鏝をゆっくりと引き抜き、用済みとなった二つの焼き鏝を放り投げて、女司祭の様子を確認する。
意識を失っている段階ではまだ糧の供給は回復していないので、恐らく意識を取り戻さなければ成功か失敗かの判断がつかない。
私は女が蘇るのを懇願しつつ、僅かな変化も見逃さぬ様に凝視し続けた。
女は今や下肢から全身に火が回り、纏っていた祭服全体に燃え広がって、裸体を露にしながら全身炎に包まれており、通常の人間ならばもう命は無いだろう。
ここで、遂に待ちに待った動きがあった。
炎に包まれた磔台が、僅かに揺れ始めたのだ。
磔台の柱自体が燃えてしまい、脆くなって揺らいでいるだけなのかも知れないとも思えたが、それは明らかに意図的な動きをしている。
やがて磔台は今までの炎と次元の違う火力で燃え上がり、一気に焼け落ちると瓦解して崩れ、女は地面に落ちた。
女は一糸纏わぬ姿となって炎に包まれたまま、ゆっくりと身を揺らしながら立ち上がって私の方へと向き直り、肩膝をついて頭を垂れると服従の姿勢をとった。
そして私の顔を見上げると、もう先程までの苦痛も無かったかの様な無表情をしたまま、抑揚のない声でこう言った。
「偉大なる我が主君よ、この体も、この魂も、全ては貴方様のものに御座います、わたくしめに何なりとご命令を」
かつて敬虔な女司祭だった者は、今や隷属と粛清の悪魔の下僕と成り果てて、私と同様に全身に煉獄の炎を纏い、美しい肢体を惜しげもなく晒した、禍々しい光を宿す妖しい瞳をした炎の魔女として再生した。
私の儀式は成功したのだ。
こうして、私は糧の供給を復活させて、魔女と共に私はこの街を煉獄の炎で満たし、後世に語り継がれる恐怖の伝説となっていったのである。
……と、なる事を想像していたのだが、現実はそれほど甘くはなかった。
女は魔女として蘇ったが、私への糧の供給は依然として停止したままであり、渇望はもはや耐え難いまでに強まっていて、私は正気を失いそうな恐怖を感じていた。
おかしい、儀式は成功し女司祭は僕として焼死の危機から逃れており、意識も取り戻しているのに依然として糧は流れてはこない。
良く見るとこちらを見上げる魔女の頭から、何か靄の様なものが湧き上がっていくのが見えた。
最初は煙かと思ったのだが、すぐにそれは有り得ない事に気づく、何故なら煉獄の炎からは煙は発生しないからだ。
その靄の正体は、女の魂だった。
女は絶命して魂が抜けていくのが見えているのが分かり、それは即ち儀式が失敗に終わった事を証明していて、私は大きな失望を感じた。
抜け出た魂は時間と共に濃度を増して行き、これまで見た事がない程の濃度でそこに滞留し、女司祭の形状を形成していく。
その姿は、焼き鏝で烙印を押された時の女の姿を再現していた。
姿を現した後、その霊魂は痙攣じみた動きをし始めて、そのうちに小さな音にならない頭に直接響く思念の様な声を発し始めた。
その声は段々と大きくなって先程上げていた絶叫に近づいていき、やがて辺り一帯に意識を直接締め付ける悲痛な叫び声が、耳鳴りの様に頭に響き始めた。
これはもはやただの魂ではなく、言うなれば霊、いやこれは死霊だった。
女司祭はあの儀式の苦痛に耐え切れず、恐怖の感情が絶頂の時に死に至った為、強力な負の感情を保持した魂となって現われた、それが答えなのだろうか。
この女司祭の死霊が発する思念の悲鳴は、どこまで響いているのかは分からなかったが、間違いなく私よりも脆弱な感情と意識しか持たない人間が影響されない筈はなく、死霊の悲鳴が聞こえ始めてからそれに同調するかの様に、周囲から別の叫び声や奇声が増えていく。
女司祭の死霊はもう私を見てもおらず、私の頭よりも高い位置まで宙に上がって、生ける者の正気を失わせる狂気の悲鳴を放ち続けている。
この死霊は私の糧として取り込む事も出来ず、もう私の声も届かないのが分かり、糧の供給回復は絶望的であるのを悟って、私はその際限の無い苦痛の訪れが確定した事に絶望した。
下僕と化した魔女の正体についても気にかかりはしたものの、もう私にはそれを考察する余裕もなくなっていた。
薬物中毒者の禁断症状に似た耐え難い渇望に飲み込まれて理性を失い、私は女司祭の死霊とはまた違う、苦悩に満ちた咆哮をあげながら狂った様に見境なく暴れ、無駄と判っていながらも両手に鞭と槍を作り出して、手当たり次第に周囲へ破壊を撒き散らした。
その無差別の攻撃に巻き込まれて、私の忠実なる下僕であった筈の魔女も、長槍で弾き飛ばしてしまったらしく、暴れている最中にその姿を見失ったが、それにすら私は気づく事も無く、強烈な糧への渇望に襲われ続けて、それから何とか逃れようともがき暴れ続けていた。
糧が供給されていた時の充足感から来る圧倒的な優越感が、今となっては夢の様に思える程の落差だ。
これ程の渇望の苦痛の中にあっても、自分の力が急速に衰えていくのだけはしっかりと把握する事が出来ていて、これが尚一層の糧の飢えを助長する。
それ以外にも私の力を低下させる存在が、まさに今から反撃に出ようとしていた事にも、半狂乱となった脳では理解出来ていなかった。
それは、雨である。
激しく炎上した街から立ち上る熱気によって雨雲を招いたのか、それとも初めから予定されていた天候の変化だったのか、それは判らないが、狂える悪魔へ神からの反撃とばかりに大粒の雨が降り始めた。
今や糧の供給がなくなり、私が放った煉獄の炎はその悪魔の力を失ってただの火災と変わり果て、人間の手でも容易に鎮火可能なものになってしまい、重ねてこの雨により更に勢いを削がれていく。
皮肉な事だが、ここまで糧を浪費して疲弊が進むと衰弱が渇望にすら影響を及ぼすらしく、次第に欲望が治まっていき理性が回復し始める。
さすがに私の身体自体を消し去る事は出来ないものの、雨粒如きが気に障るまで力が落ちているのを実感して、もうこの状況を打開する術が無いのを悟った。
スコールの様な土砂降りの大雨は、本物の暁の空が訪れるのを雲で覆い隠して遅らせただけでなく、人間達に偽りの太陽を消し去る助力を与えた効果なのか、恐慌状態も回復の兆しすら見え始めて、辺りの喧騒は小さくなっていき、各地で上がる黒煙の柱も細くなり、やがて消滅していくのが見えた。
それはこの中央広場でも同様で、この辺り一帯はほとんど焼け落ちた瓦礫の山ばかりとなってはいたものの、火事自体は人間達からすれば神のもたらした救いの雨であろう、この忌まわしい大雨によって鎮火し始めていた。
私の器たる体にも、いよいよ糧の欠乏による影響が目に見えて現れ始め、手にしていた灼熱の長槍は、木炭の様に黒く変色しボロボロと崩れ落ち、もう新たに作り出す事も出来ず、煉獄の炎の鞭は雨に打たれて炎は弱まっていき、やがて消え失せてしまった。
私の身体を覆う炎もその火勢は衰え、炎の高さは次第に萎む様に小さくなっていき、私の体そのものも眩しい程だった赤い輝きは色褪せて炭化するかの様に黒ずみ、それと同時に内部の熱量も下がり始めたのを感じて、まるで焼かれた鉄が冷えていくかの様だと、衰弱しつつある私は自嘲気味に思った。
冷静になってから改めて周囲を良く見ると、いつの間にか暴れ回っている内に、最初に現れた大穴の中央へと戻っていたのに気づいた。
最初にあった穴の中の大量の死体は全て綺麗に消滅しており、今や大量の雨水が流れ込んで、大小の水溜りから巨大な池になろうとしている。
その水溜りの中に、一体だけ原形を留めて残っている死体があるのが目に入り、確認してみるとそれは魔女の体だった。
弾き飛ばした魔女の体は最後に見た時よりも黒ずんでいて、もう死んでしまったのか全く動く気配は無かった。
私はそれに歩み寄って手を伸ばしたが、手が届く前に私の体と同じ様に炭化して黒く変色し、手が届く寸前に灰となって形を失い、雨に溶けていく。
それを見た私は、私自身もこの魔女と同様の最期を遂げるのだろうと、何となくだが理解した。
まだ最後の手段として、自身の器を煙や霧の様な姿に変化させて糧の消費を最小限に落とし、残された糧でこの地に残れば、召喚者が死んだ今なら逆に自由に動けるのではとも考えたが、もうそうするだけの糧を残す様にする調整が間に合わないのが判って諦めた。
糧への取り込み口は瞬間的に全開にしたり狭めたりは出来ず、莫大な量の糧を流し込む為に拡大した口を最小限に絞り込むまでに、残り僅かな糧が全て流れ込んでしまうのだ。
これは私の熟練度の問題なのかも知れないし、召喚された際の器にも違いがあるのかも知れないが、こういう現象を知る事が出来たのは一ついい勉強になったと、私は心の中で苦笑しつつ思った。
空は本来なら朝日が差し込んで、朝焼けに輝いている時刻なのかも知れないが、この惠みの雨を降らす忌々しい雨雲の所為で太陽は全く見えず、夜は明けたのかは判らないものの、まあどちらにせよ、私の存在はこの雲が晴れるまで持ちはしないだろうから、気にする必要もなさそうだ。
死霊と化した女司祭の魂は、私が渇望と衰弱に狂っている間に消え失せており、あの声ならぬ声もいつの間にか止んでいた。
私の器も遂に完全に熱を失って炭化し始めて、指先から崩れていく四肢を眺めた後に周囲を見渡してみると、私が破壊の限りを尽くした結果がそこにあった。
私は己の行った愚行を思い返して、忸怩たる思いに駆られた。
私が狙った結果である、召喚者を死に追いやり、街も破滅させて膨大な力と自由を手に入れる事も叶わず、召喚者を不死の魔物へと変貌させただけで、私の望みも女司祭の宣告も叶わず潰えてしまった。
私が大量の糧の摂取に因って我を失っていなければ、状況は違っていたのかも知れないが、自らの力量不足により力に飲み込まれたのは事実だろう。
逆に考えれば、この街とここに住む人間達の壊滅を期せずして逃れさせたとも言えるが、これは詭弁に過ぎない。
何しろ私は、単にこの街を滅ぼし損ねてしまっただけなのだから。
今にして思えば、女司祭の言動は真実だったのだろうか、もうそれすら良く判らなくなってくる。
ここで“嘶くロバ”の言葉を思い出す、この世界で私の行動に因って引き起こされた結果について、一切自責の念や罪悪感を持つな、確かにそれが正しいのかも知れない。
こんな惨事を数え切れない程味わえば、そうしなければこちらが耐え切れない、私はそれを今回痛感させられた。
もうこの地で出来る事もやるべき事もやりたい事も無い、私はそう思い、そのまま何もせず我が身が滅ぶのを待った。
やがて、燃え殻と化した私の身体は崩れ落ちていき、それと同時に意識も薄れていった。