第五章 炎の魔女 其の二
変更履歴
2011/01/03 誤植修正 以外 → 意外
2011/10/02 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2011/10/02 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/10/08 記述統一 変ってくる → 変わってくる
2011/10/13 空行不足調整
2011/10/15 誤植修正 圧制だと掻き乱すしか脳の無い → 圧制だと掻き乱すしか能のない
2011/10/15 誤植修正 その命を以って償わって頂きます → その命を以って償って頂きます
2011/10/15 誤植修正 雲の子を散らす様に → 蜘蛛の子を散らす様に
2011/10/15 誤植修正 歯止めの聞かない高揚と → 歯止めの利かない高揚と
2011/10/15 誤植修正 変わってくるのかもちょっとは気になりはしたのだが → 変わるのかと気になりはしたのだが
2011/10/15 誤植修正 激しい衝動を押さえられず → 激しい衝動を抑えられず
2011/10/15 句読点削除
2011/10/15 記述修正 とにかく、目的は私と魔女を → 目的は私と魔女を
2011/10/15 記述修正 そして決して許さないでしょう → そして決して赦さないでしょう
2011/10/15 記述修正 許さない → 赦さない
2011/10/15 記述修正 私はまるでモグラの様に、 → 削除
2011/10/15 記述修正 人間達からの声を待っていた様だが → 人間達の返答の声を待っていた様だが
2011/10/15 記述修正 女司祭の言葉には → 女司祭の声には
2011/10/15 記述修正 思考は出来ていないのが分かった → 思考は出来ていない様に見える
2011/10/15 記述修正 言おうとしているのが分かったが → 言おうとしているのだろうが
2011/10/15 記述修正 手も震えているのが分かった → 手も震えが止まらない
2011/10/15 記述修正 隷属と粛清の悪魔への崇拝と変貌させて → 隷属と粛清の悪魔の崇拝へと変貌させて
2011/10/15 記述修正 私は自身の発する光により → 私自身の発する光により
2011/10/15 記述修正 造作も無く瞬く間にそれは → それは造作も無く瞬く間に
2011/10/15 記述修正 更に焼き殺した分の魂も → 焼き殺した分の魂も
2011/10/15 記述修正 走り去ろうとしてるところだった → 走り去ろうとしているところだった
2011/10/15 記述修正 またちょっとは選んでみようかと思ったものの → また少しは選んでみようかと思ったものの
2011/10/15 記述修正 苛立ち力任せに鞭を振り回してしまって → 苛立って力任せに鞭を振り回してしまい
2011/10/15 記述修正 その方向に向けて投げつけてみた → その方向へと投げつけてみた
2011/10/15 記述修正 この槍でなら普通の地面なんて → この槍でなら普通の地面くらい
2011/10/15 記述修正 この大都市を焼き尽すには時間が掛かる大仕事で → この大都市を焼き尽すのは大仕事で
2011/10/15 記述修正 手当たり次第に殺し続けた → 手当たり次第に私は殺し続けた
2011/10/15 記述修正 これだけの惨事を巻き起こしてきたのですか → これだけの惨事を引き起こしてきたのですか
2011/10/15 記述修正 それも自分達に対してそれが行われている人間達には → 更に面と向かって告げられている当人らには
2011/10/15 記述修正 ころころと入れ替わる性格に、魔女というか僅かな狂気が感じられた → ころころと入れ替わる性格に狂気が感じられた
2011/10/15 記述修正 中央広場の地面に接触すると → 中央広場の穴の底である地面に接触すると
2011/10/15 記述修正 朽ちた木材の様に砕け散っていき → まるで朽ちた木材の様に砕け散っていき
2011/10/15 記述修正 地面には傷一つついてはいなかった → 地面には窪み一つついてはいなかった
2011/10/15 記述修正 ただの民衆とは味や風味などは異なるものかを想像して → ああいった人間の魂は平民とは味や風味が違うのではと想像し
2011/10/15 記述修正 手には長槍、松明、クロスボウ等を手にして → 長槍、松明、クロスボウ等を手にして
2011/10/15 記述修正 とてもつまらなくて → とても陳腐で
2011/10/15 記述修正 戻ってくるのは間違いなさそうだ → 向かってくるのは間違いなさそうだ
2011/10/15 記述修正 建物の中から現われて来た → 建物の中から現われた
2011/10/15 記述修正 赤黒い色合いの金属で出来ているかの様で → 赤黒い色合いの金属で出来ているかに見えていて
2011/10/15 記述修正 居座り続けているかの様に → 居座り続けているかの様であり
2011/10/15 記述修正 とても美しく周囲の街や村からは見えるだろうか → 周囲の街や村からはとても美しい光景に見えるだろうか
2011/10/15 記述修正 自然と笑い声の咆哮が出てしまい → 自然と失笑の咆哮が出てしまい
2011/10/15 記述修正 顔がにやけてしまうのも全く気にせずに → 顔がにやけてしまうのも全く気にせず
2011/10/15 記述修正 私は酒を飲む様に魂を貪り → 私は銘酒を飲む様に魂を貪り
2011/10/15 記述修正 貴方がたの返答で → 貴方がたの返答次第で
2011/10/15 記述修正 期待した返答が出来なかったのだ → 期待された返答が出来なかったのだ
2011/10/15 記述修正 手には首にかけられていた護符を掴んで → 首にかけられていた護符を両手で掴んで
2011/10/15 記述修正 先程の異端審問官達 → 逃げ惑う異端審問官達
2011/10/15 記述修正 その命を以って償って頂きます → その命を以って償って頂きましょう
2011/10/15 記述修正 全てを返してもらいます → 全てを返してもらいましょう
2011/10/15 記述修正 この目で見届けさせて頂きます → この目で見届けましょう
2011/10/15 記述修正 長槍を作り出してみた → 弾圧の長槍を作り出してみた
2011/10/15 記述修正 強い茜色に明るくなっている → 強い茜色に染まっている
2011/10/15 記述修正 時には焼き尽くして → 時には焼き尽くして、時には叩き潰して
2011/11/17 誤植修正 関わらず → 拘わらず
女司祭は先程まで意味のない暴言と耳に障る甲高い高笑いを交互に繰り返していたが、不意に静かになると先程とは別人にしか聞こえない穏やかな声色で語り始めた。
「さあ、親愛なる愚鈍な民衆よ、神の代弁者たる愚かな異端審問官達よ、良く見なさい、これこそが貴方がたが探し求めていた忌むべき者、背徳の魔女とその守護者たる悪魔です。
何故、驚くのでしょう、何故、恐怖するのでしょう、これらを炙り出す為の我々の教会に対する弾圧だったのではなくて?
教会に巣食う悪しき者を暴き、そして裁く為にこれだけの人間を死に至らしめたのでしょう? 時には切り刻んで、時には焼き尽くして、時には叩き潰して、時には刺し貫いて、時には打ち砕いて。
やっと暴きたかった真実が目の前に現われたのに、何故、歓喜しないのですか? 何故、何も言わないのです? さあ、何でもお尋ねなさい、何なりとお答え致しましょう。
どうされたのですか、何も言いたい事は無いのですか?」
女司祭は朗々と良く通る声で前にいる人間達に語りかけていたが、私からは後ろからしか見えず、この女司祭がどういう表情しているのかは判らないのだが、ころころと入れ替わる性格に狂気が感じられた。
狂気の女司祭は、今の口調こそは聖職者たる言動であるが、語り聞かせる内容は福音ではなく、穏やかな恫喝だった。
女司祭は暫く黙って、磔の台の上から下にいる人間達の返答の声を待っていた様だが、未だ誰一人として一切の言葉を発しないのに苛立ったらしく、早口にまくし立てる様に再び語り始める。
「我らを断罪した異端審問官達よ、何故何も言わないのです? 貴方がたは我らを裁き滅ぼす為に、ここに在るのではないのですか?
我らを告発し魔女裁判の壇上に突き出して来た民衆よ、何故何も発しないのですか? やっと貴方達の望みが叶い、諸悪の根源を見つけ出せたのに、どうして?
何故ですか? 何故ですか? 何故ですか? 何故ですか? 何故です? 何故です? 何故です? 何故です? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故?」
壊れた機械の様に同じ言葉を繰り返す女司祭の声には正常ではない精神が見て取れて、私と同様にそれを間近で、更に面と向かって告げられている当人らには相当の恐怖であろうと予想出来た。
遂に、と言うよりはやっと、異端審問官の中の代表だろうか、その中の一人であるとても太った男が動き、僅かに前に身を乗り出したが、この遠距離でも分かる程に動揺し怯えているのが分かった。
その男は裁く者としての意地なのか、何かの反論を女司祭に向かって言おうとしているのだろうが、右手を突き出したまでは良かったがそれからなかなか声にはならず、突き出した手も震えが止まらない。
やはり私の存在は非現実であり、現われるべき者ではなかったのは間違いないだろう、その男が恐怖して凝視する先は、発言している女司祭よりも私への割合の方が多かった。
太った異端審問官は震える声でやっと女司祭に対して反論したが、その言動は支離滅裂であり、陳腐な内容は小さい子供の言い訳じみていて、恐怖によってなのかまともな思考は出来ていない様に見える。
恐らく、まだ発言出来ただけでもこの男は度胸がある方だったのだろう、他の異端審問官や民衆は声すら出せない状況が続いている。
どうやら儀式が途中で中断してしまい、処刑の予定時刻に達してしまったらしく、松明を掲げた刑吏達が四人程建物の中から現われた。
女司祭を焼き殺す時間になったのだろうが、彼らは遠目でも私の発する炎の身体が周囲を照らしているのが目に入り、こちらへと進む足を止めてそこから動かなくなり、ゆっくり後ずさりながら建物へ戻っていく。
さて、彼らは仲間を呼びに戻ったのか、それとも巻き込まれる前にいち早くこの場から逃れようとしているのか。
女司祭は刑吏達に気づいたのかどうかは分からなかったが、今は目の前の異端審問官の意味の分からない言動を黙って聞いていて、彼女も混乱したのだろうか、暫くの沈黙の後に、穏やかに諭す口調へと変わって再び語り出した。
「仰いたい事はそれだけですか? 貴方がたは魔女や悪魔にその様な妄言を伝える為に、これだけの惨事を引き起こしてきたのですか? わたくしをあまり失望させないで頂けませんか?
貴方がたの返答次第で、尊き神のみぞ知る運命が変わってくる事を、肝に銘じなさい、そして良く考えて発言なさい、もう一度だけ尋ねましょう、異端審問官よ、貴方がたは何故我らを暴き出したのですか?」
女司祭はまるで聖母の様な慈悲を見せて、異端審問官にもう一度発言する機会を与えている。
話だけ聞いていると、どちらが神に従う者かが判らなくなりそうだ。
先程反論した異端審問官の男はわなわなと腕や体を震わせつつ、首にかけられていた護符を両手で掴んで意を決した表情になると、泣き叫ぶかの様に反論した。
しかしそれはまたしてもあまり意味をなさない単語の羅列であり、とても陳腐で討論にはなり得ない戯言でしかなかった。
この時、奥の建物から先程戻って行った刑吏達が二十人程の集団で、長槍、松明、クロスボウ等を手にしてこちらへと近づいてくる。
彼らは意外と勇気があったと見るべきか、無謀な義務感と言うべきか、目的は私と魔女を撃退するつもりか、それともここにいる人間の救出かは不明だったが、こちらへ歯向かう準備をして向かってくるのは間違いなさそうだ。
この間も女司祭は沈黙していたが、それは間違いなく失望していたのだろう、この女がどういう事を議論したかったのか、それは読みきれないが少なくとももう少しはましな返答を期待していたのだろうが、異端審問官達には器の小さい者しかいなかったから、魔女の問いに対して期待された返答が出来なかったのだ。
これで女司祭は討議の場を持つのは諦めただろう、すると後すべき事はたった一つだ。
女司祭は、けたたましく甲高い声で再び狂気じみた嘲笑いをした後、またしても平静に戻って、失望させた者達への最後通告を始めた。
「それが貴方がたの答えですか、もう結構です、貴方がたの意思は分かりました。
この地で大きく発展した街を、潤沢に潤った富を、権勢の落ち目をついて奪いたかった、ただそれだけなのでしょう、さしたる信念も理念も持たず、ただひたすらに圧制だと掻き乱すしか能のない貴方がたの教義には、ここまでのものを築き上げるだけの力を集約する事も叶わなかったでしょうから、安易に我らを陥れ、愚かで浅はかな民衆を惑わし、全てを奪い取ったのですね。
そして我々を魔女として吊るし上げ、厳格な信仰を、隷属と粛清の悪魔の崇拝へと変貌させて、駆逐した。
もうこれ以上、貴方がたと語り合う事はありません、我らが作り上げて与えてきた、この街や、生活や、富や、繁栄の恩を、焼き討ちと迫害と虐殺と言う仇で返した事、この事をわたくしは決して忘れないでしょう、そして決して赦さないでしょう。
そう、決して赦さない、決して赦さない、決して赦さない、決して赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、赦さない、決して!
貴方達の所業に因って死に至らしめられた同胞の報いには、神を冒涜して貴方がたが作り出した悪魔の力を以って罰し、同じくその命を以って償って頂きましょう。
我らが貴方達に与えたもの、全てを返してもらいましょう、繁栄も、富も、生活も、街も、何もかも全てを。
それをわたくしは、この目で見届けましょう、貴方がたが滅び去る様を最期まで。
冒涜者に死を! 背徳者に死を! 裏切者に死を! 守銭奴に死を! 背教徒に死を! 偽善者に死を! 妄信者に死を! 盲従者に死を!」
最後通告の口調は後半になると狂気に彩られていき、死の宣告に至る頃には声色こそは静かであったが、もう何かに取り憑かれている様にしか思えず、この言葉に人間達は恐慌の一歩手前まで達している様に見えた。
更に完全に魔女と化した女司祭の詠唱が辺りに響きわたる。
「法と裁きの神の堕した姿たる、隷属と粛清の悪魔よ、煉獄の貴族にして、大いなる我が神よ、畏敬すべき我が主よ、敬愛する我が父よ、わたくしは子として、召喚者として、ここに命じます。
この街の、人も、獣も、木も、草も、虫も、物も、家も、大地の上に存在する、わたくし以外のもの全てを、貴方に捧げましょう。
さあ、一切跡形も無くなるまで、全てが灰と化して消滅するまで、塵となって吹き飛ぶまで、その煉獄の炎で焼き尽しなさい、この街のあらゆる物全てを、そして、わたくしの目の前に、この地上に煉獄を生み出すのです!」
私自身の発する光により、いまいち時間の経過が読み取りづらくはあったが、この頃には空はだいぶ暗くなり、夕方から夜へと向かっていた。
女司祭が最後の言葉を叫んだ頃には、異端審問官達の所に武装した刑吏の一団が到着していて、それに気づいた異端審問官の一人が、磔台に火をかけるように叫んでいるのが聞こえる。
民衆は女司祭の発した死の宣告を受けて、やっと我に返ったのか、我先にとこの広場から逃げ出して行く。
女司祭は、完全に正気を失った様に侮蔑に満ちた耳障りな哄笑を響かせ続けていて、その声が更に逃げ惑う人間達を恐慌へと追い込んでいる。
異端審問官達も刑吏の一団に守られる様に、後ずさりながらこの場から逃れようとしている。
ここまでの話を全て聞いていた私には、もう彼らを生かしておく道理がなくなっていた、召喚者たる女司祭は私に命じたのだ、この街を滅ぼせと。
これまで堪えていた有り余る力の衝動はその言葉と共に吹き飛び、私は飛びつかんばかりの勢いで力を解放する。
私は手始めに、右手にあるべき煉獄の炎の鞭を具現化してみた。
ご丁寧な図解まであるのだから、それは造作も無く瞬く間に形になり私の手に握られた、まさに説明の通りに。
燃え盛る炎が油を辿って燃えるかの様に、或いは竜の吐く炎の様に、炎の帯が右手から垂れ下がっている。
そして次に、蜘蛛の子を散らす様に散り散りに逃げて行く民衆へと、それを投げつける様に振りかぶって振り下ろす。
炎の鞭は意外と良く伸びて、広場の周囲に立ち並ぶ建物まで届き、その直線上に存在した人間達を燃え盛る肉の塊へと変えた。
そして女司祭の宣言通り、殺した人間の魂は炎を通じて私に取り込まれ、全てが糧へと変換されていく。
まだまだ途方も無く膨大な力を持て余しているのに、焼き殺した分の魂も次々と吸い取り更に充填されていくのだ。
これはどんな強力な麻薬よりも甘美な感覚で、一度味わってしまったらもう抑制などとても出来ない程の依存性を感じ、更なる糧を欲する渇望は、これを知ってしまう前とは比較にならない程に強まり、抑止出来ないものになっていた。
私は次々と湧き上がる激しい衝動を抑えられず、歓喜の咆哮を上げながら、貪り喰らう様に次々と人間達に鞭を振り下ろし続けた。
もうそこには理性は殆んど無く、動くものがあればその方向へ向かって鞭を振るい続ける。
男、女、老人、子供、富める者、貧しい者、もう一切の区別なく手当たり次第に私は殺し続けた。
そのうちこの広場は恐怖で泣き叫びながら逃げ惑う人間の声と、建物に引火して燃え広がり始めた火災を消しに来たり様子を見にやってきた人間達が、中央広場の異様な光景を目にして逃げ出す声に満たされていく。
その声もまた、悪魔たる私の耳には心地よく聞こえていた。
人間の悲鳴や絶叫とはこれほど心安らぐ音色だったのか、まるで素晴らしい演奏か母の子守唄を聴いているかの様だ。
私は美味い銘酒を飲む様に魂を貪り、美しい名曲に聞き入る様に断末魔の叫びに聞き惚れていた。
魂の味はまさに極上の麻薬の様で、喰らえば喰らうほどに更に喰らわなければと、渇望は強まっていくばかりだ。
これは糧の力を消費しても強まってくるので、糧を欲する渇望を満たす為に糧を消費していく、と言う反復行動を止められなくなっていた。
歯止めの利かない高揚と恍惚に溺れながら、更なる渇望を癒す為に辺りを眺めて獲物を求めると、逃げ惑う異端審問官達の姿が視界に入ってきた。
彼らは刑吏達に守られながら、用意された数台の馬車で大通りへ向かって走り去ろうとしているところだった。
それを見た私は、ああいった人間の魂は平民とは味や風味が違うのではと想像し、更なる魂の摂取に心が弾んで思わず顔がにやけてしまうのも全く気にせず、炎の鞭を大通りへ向かって振り上げて勢い良く叩きつける。
鞭の先は大通りを埋める様に横たわり、今日までは無数の人が行きかってきたであろうその道は、死者の魂も存在しない炎の河へと姿を変えて、周囲の建物をその赤く揺らめく舌で舐め始め、河幅を自ら広げていく。
どうせならばと、残りの三つの大通りにも同じ様に赤く輝く河を作り出してみる。
今この街を天から見下ろせば、赤い十字が美しく輝いているに違いない、そしてその十字の中には無数の人間の死が訪れているのだ。
今の私にはそれが愉快で堪らず、自然と失笑の咆哮が出てしまい、その高まる感情が制御出来ない。
魂の味は性別や年齢や貧富の差等で変わるのかと気になりはしたのだが、私の使う武器では人間を一人ずつ選んで殺す事が出来ず、また少しは選んでみようかと思ったものの、すぐにそんなまどろっこしい事をやるのが鬱陶しくなり、苛立って力任せに鞭を振り回してしまい結局皆殺ししか出来なかったが、糧さえ喰らえれば苛立ちはすぐに治まっていく。
今の私はただの盛りのついた犬の様に、人間の魂を喰らう事だけを繰り返していた。
空は次々と炎上する街に照らされて、もう日は落ちていて夜になっているにも拘わらず、むしろ曇り空だった昼間よりも強烈な夕焼けの様に強い茜色に染まっている。
まるで沈んだ筈の太陽が中央広場に居座り続けているかの様であり、周囲の街や村からはとても美しい光景に見えるだろうか、それとも戦火の炎であると危惧して恐怖の対象に映るのだろうか。
実際に留まっているのは煉獄の悪魔であり、美しく煌々と輝くのは死者の魂から作られた煉獄の炎であるのだが、まだその事は知り得ない筈だ。
私はそろそろ鞭を振るうのにも飽きてきたので、図解にあったもう一つの武器である弾圧の長槍を作り出してみた。
長槍は炎の鞭とは違い全体が燃えている訳でもなく、赤黒い色合いの金属で出来ているかに見えていて、まるで溶岩を棒状に伸ばしたかの様に高熱を放っているのが分かった。
その長さは私の身長を優に超えており、推測では30mはある様に見える。
この時私は女司祭の依頼の言葉にあった、この街の大地の上にある物を全て捧げるとの言葉が、本当に自分の力の抑止力となっているのかを知りたくなった。
まずはこの灼熱の槍の威力を確認すべく、まだそれほど被害が出ていない背後の町並みに目を向けてその方向へと投げつけてみた。
本来は長槍なので投げる用途では使えない筈だが、そこは強大な悪魔の力か、凄まじい轟音と共に私の手から放たれて、槍は身を捩る様に僅かに左右に撓みながら、その方向一帯の町並みを潰し粉砕しつつ飛んで行き、かなり離れたところで地面に落下する。
すると槍が通った後や槍が掠ったり接触した箇所は、次々と発火して延焼していき、石は熱で砕け金属は溶けていく。
その破壊力を確認したところで、私は槍をもう一本作り出す。
この槍でなら普通の地面くらい簡単に刺し貫けるはずだろう、私は槍の穂先を地面へ向けて高く掲げると、勢い良く突き立ててみた。
灼熱の槍は中央広場の穴の底である地面に接触すると、まるで朽ちた木材の様に砕け散っていき、地面には窪み一つついてはいなかった。
これだけの力があっても召喚者の要求は絶対であり、逆らう事は出来ない様だ。
次に私は、この灼熱の槍を渾身の力を込めて遠くへと投げつけてみた。
緋色に鈍く光る槍は轟音と共に宙を舞い、天に届くのではないかと思うくらいどこまでも昇って飛んでいくかに見えたが、ある程度遠のいたところで、まるで見えない壁に当たったかの様に昇る勢いを失い真下へと落ちて、地面へと落下した。
これでこの街の端がどこまであるのかを知る事が出来た。
この後出来るだけこの街に多くの命を閉じ込めるべく、周囲を囲む様に次々と槍を放ち、街を完全に炎で囲んでおいた。
この間にも、恐ろしい勢いで糧は私の中へと吸い込まれていく。
もはやこの境地は本物の神すら到達出来ないもの、いやむしろ我欲を否定する善なる神なればこそ到達出来ないであろう、この何物にも及ばない快楽に私は浸りきっていた。
しかしまだだ、まだまだ街は広く、この大都市を焼き尽すのは大仕事で、一晩中はたっぷり楽しめそうだと、溶岩の様な燃える涎を垂らしながら私は喜びに喘ぎ、言葉ですらない歓喜の咆哮を漏らしていた。
糧の洪水と言う快楽に落ちれば落ちるほど、意識は短絡化して、思考は稚拙となり、行動は本能に近づいていく。
召喚者が今どうなっているかも、気にかけるどころか、その存在すら忘れる程に。