第五章 炎の魔女 其の一
変更履歴
2011/09/30 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m
2011/09/30 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/09/30 記述修正 延びる → 伸びる
2011/10/01 誤植修正 利けなく → きけなく
2011/10/14 誤植修正 囚われているのか分かった → 囚われているのが分かった
2011/10/14 誤植修正 この広場を周囲を取り囲んでいた → この広場の周囲を取り囲んでいた
2011/10/14 誤植修正 魔女狩りの名を元に行われている → 魔女狩りの名の下に行われている
2011/10/14 誤植修正 粛清の名の元に → 粛清の名の下に
2011/10/14 句読点削除
2011/10/14 記述修正 判断する事にしよう、と → 判断する事にしようと、
2011/10/14 記述修正 悪魔の恐るべき儀式 → 悪魔の邪なる儀式
2011/10/14 記述修正 『処刑予定』 → 『処刑予定』。
2011/10/14 記述修正 これが私につけられた名の様で → これが私につけられた名らしく
2011/10/14 記述修正 魔女は身体のどこかに → 魔女には身体のどこかに
2011/10/14 記述修正 位の高い者が囚われているのが → 位の高い者が磔にされているのが
2011/10/14 記述修正 魔女なのだろうかと → その正体は魔女なのだろうかと
2011/10/14 記述修正 大きな街の中央に位置する → 大きな街の中心に位置する
2011/10/14 記述修正 その間の壁を漆喰で塗り固められている事から → その間の壁は漆喰で塗り固められている事から
2011/10/14 記述修正 元は漆喰の白色 → 元は白い漆喰
2011/10/14 記述修正 広場の終わりに立ち並ぶ → この広場を囲む様に立ち並ぶ
2011/10/14 記述修正 この街の標識の文字が → この街の標識の文字を
2011/10/14 記述修正 今までの何処かが → 今までの出現場所の様な何処かが
2011/10/14 記述修正 周囲を囲む建物の塀は一軒分の幅ではなく、 → 周囲を囲む建物の塀は
2011/10/14 記述修正 小さな路地はあるのだろうが → 各家屋毎に面する小さな路地はあるのだろうが
2011/10/14 記述修正 建物の切れ目は私の目の高さからでは確認出来ない程に続いていた → 街の端に当たる筈の市壁や建物の終わりは確認出来なかった
2011/10/14 記述修正 この悪魔に対して行われる儀式として → この悪魔に対して魔女達が行う儀式として
2011/10/14 記述修正 私は少々感動を覚える → 少々感動を覚える
2011/10/14 記述修正 独断で裁かれている様にしか思えないが → 独断で裁かれている様にしか思えず
2011/10/14 記述修正 召喚者がいるのではなかろうかと → 召喚者がいるのではないかと
2011/10/14 記述修正 まだ火は点けられておらず → 火は点けられておらず
2011/10/14 記述修正 修道服とは形状が異なる祭服から察するに → 祭服から察するに
2011/10/14 記述修正 墓穴 → 穴
2011/10/14 記述修正 転がってるのだろうと思われた → 転がっているのだろうと思われた
2011/10/14 記述修正 聖職者の服装の死体が大半で → 聖職者の服装の死体が大半であり
2011/10/14 記述修正 老人の死体もいくつか転がっていた → 老人の死体もいくつかあった
2011/10/14 記述修正 同胞の魂を生贄に捧げて来るとは → 同胞の魂を生贄に捧げるとは
2011/10/14 記述修正 今は両方とも持ってはいないが → 今は両方とも持っていないが
2011/10/14 記述修正 実質上の街を統治していたのが → 街を統治していたのが
2011/10/14 記述修正 私は周囲の状況確認については一通り済んだのを確認すると → 周囲の状況確認を一通り済ませると
2011/10/14 記述修正 周囲の建物よりも高く → 周りの建造物よりも高く
2011/10/14 記述修正 これだけ巨躯で尚且つ炎を纏った身体 → これだけ巨体で尚且つ炎を纏った身体
2011/10/14 記述修正 告発された人間の名と、拷問じみた → 告発された人間の名、それに拷問じみた
2011/10/14 記述修正 そこにはどう見ても拷問か → それはどう見ても拷問か
2011/10/14 記述修正 火事で燃えているのではないかと思える → 火事で燃えている様な
2011/10/14 記述修正 とても陰気な雰囲気を私は感じた → とても不穏な空気を私は感じた
2011/10/14 記述修正 これだけ陰気な場所であっても → これだけ物騒で陰気な場所であっても
2011/10/14 記述修正 祓魔師の名が記載されていて → 祓魔師の名等が記載されており
2011/10/14 記述修正 儀式の完了した予定には → 儀式が完了した予定には
2011/10/14 記述修正 聖職者の服装の死体が大半であり → 半分は全身黒焦げの焼死体で良く判らないが焼かれていない死体は聖職者の服装が大半であり
2011/10/29 誤植修正 検討 → 見当
私は暗闇の中にいる。
目の前には、天井も壁も床も炎に包まれた、紅蓮のトンネル。
私は、煙と様々な物が焼ける悪臭に満ちた道を、辟易した気分で、奥へと進んでいく……
私が召喚された先は今までにない場所、視界一杯に暗い空が見える屋外だった。
空は昼間ではあったが今にも雨が降りそうな灰色をしていて薄暗く、時折雷鳴が遠くに響いている。
私は真上を向いていた頭を若干下へと向けて、水平方向を眺めてみる。
どうやらここは大きな街の中心に位置する中央広場らしく、方角は分からないが十字に走る大通りの交わる場所の様だ。
広場の広さは相当なもので、この広場を囲む様に立ち並ぶ高い建物の列はかなり遠くに見えていて、いくら大都市の中央広場とは言っても少々広すぎる様に思える。
どの建物も同じ様な作りをしていて、全て五階以上はある鋭角の三角屋根に縦長の各階が連なる構造で、木材の柱が組み合わされてその間の壁は漆喰で塗り固められている事から、木造建築であろうと判断した。
壁の色は元は白い漆喰だったのだろうが、時の経過と煤によりどの家も揃ってこの暗い空と同じ灰色をしており、屋根から伸びる煙突からは黒い煤煙が昇っている。
しかし立ち上る煙を良く見てみるとそれは煙突から出る量ではなく、どちらかといえば建物自体が火事で燃えている様な大きな煤煙もあちこちで上がっていて、とても不穏な空気を私は感じた。
更に私は視界を下方へと向けてみる。
私のいる位置から四方に伸びる、馬車が十台は並んで走れる程広い大通りはひたすら真っ直ぐに視界の果てまで続いていて、広場の端の各通りの入り口には古めかしい標識が立っており、四方の大通りにそれぞれ『大聖堂北大通り』『大聖堂南大通り』『大聖堂東大通り』『大聖堂西大通り』と書かれていた。
この街の標識の文字を読む事が出来たのは、私にとって屋外に現れた事以上の衝撃だった。
今まで古の存在として召喚されるか化物としての召喚ばかりで、この世界で流通する言語は全く読めた試しはなかったからだ。
しかしまだ喜ぶのは早いかも知れない、あの古ぼけた標識の文字は古い言語で書かれているだけで、やはりこの世界の言葉は判らないかも知れない。
それは別の文字が記載された物も見てから判断する事にしよう、と私は逸る心を抑えて周囲の確認を続ける。
大通りに繋がる場所以外の広場の終端を確認してみるが、三角屋根の建物は隙間無く繋がって立ち並び、まるで建物で出来た塀の様にこの広場の周囲を取り囲んでいた。
周囲を囲む建物の塀は四方全ての面も同様に規則的に奥にもずっと連なっていて、各家屋毎に面する小さな路地はあるのだろうが、まるで地面を埋め尽くす様に建物の群れは立ち並んでおり、街の端に当たる筈の市壁や建物の終わりは確認出来なかった。
見渡す限り灰色の三角屋根が延々と続く、均整の取れた広大な街の中央に私は召喚されたらしい。
今までの出現場所の様な何処かが皆目見当もつかない地下とは大違いで、まだ状況を把握出来てはいなかったが、これだけ物騒で陰気な場所であっても私にとっては気分が晴れる思いだった。
広場の周囲を確認すると、大きな看板の様な物がこの広場の至る所に設置されていて、その看板は何かの儀式を図解しており、そこに書かれた文字も理解する事が出来た。
このあちこちに立てられている看板は先の標識の様に古い物ではなく、薄汚れてもいないので近年立てられたものだろうから、これによりこの世界の文字については内容を把握する事が出来ると確信して、早速その看板の題名を読んでみる。
『魔女の証』『魔女を見破る方法』『堕落した者達の一覧』『恐るべき悪魔について』『悪魔の邪なる儀式』『異端審問予定』『祓魔式予定』『処刑予定』。
文字が読める事にはとても歓喜したのだが、読み取った看板の文言については、この先の展開が見えた様な気がして何とも言えない気分になった。
しかし折角なので、まずは自分の事ではないかと推測した『恐るべき悪魔について』の看板に目を通す事にした。
この看板には私の器であろう悪魔の詳細が記載されていた。
『隷属と粛清の悪魔』、これが私につけられた名らしく、ご丁寧な解説によるとどうやら煉獄に住まう悪魔で、煉獄の炎を纏った如何にも悪魔らしい姿をしていて、右手には服従を強いる為の煉獄の炎で出来た鞭を持ち、左手には反逆者を貫く弾圧の長槍を持つらしい。
そして罪もない人間達を篭絡して隷属させて、逆らう人間には粛清の名の下に耐え難い苦痛や死を与えると言う、まさしく悪魔として相応しい性質をしている。
次に私は『悪魔の邪なる儀式』の看板に目を通す。
これには私であろう隷属と粛清の悪魔の、その残忍な性質と非道な儀式の数々について事細かに記載されていた。
人間を隷属する為の手段として、一時の快楽や恐怖や悪夢や脅迫等の様々な精神的な揺さぶりをかける事や、逃れようとする者や逆らう者に対しては粛清として、病や怪我や不幸等の現実的な災いをもたらすらしい。
この悪魔に対して魔女達が行う儀式として、人間を意のままに操る為の儀式、人間の意思を支配する為の儀式、人間に恐怖を与える為の儀式、人間に悪夢を見させる為の儀式、人間に報復する為の儀式、人間を病にする儀式、人間を不幸にする為の儀式、人間を僕にする為の儀式等が図解入りで丁寧に説明されている。
悪魔の手下となるのは僕として儀式を行った者だけで、その他の儀式では単に取り憑かれたと見做されて、祓魔師により実施される悪魔祓いでその者を救い出すらしい。
この二つの看板を読んで、私は自分の器で行える技を理解する事が出来てしまい、今までに無い程の手際の良さで物事が進んでいる事に少々感動を覚える。
続いて気になったのは『堕落した者達の一覧』である。
この看板は幾つも繋がって立てられていて、ここには処刑された人間達の名前がびっしりと記されており、そこに並ぶ名前には聖職者の役職を持つ名前が数多く記載されている。
聖職者は悪魔や魔女を裁く側なのではないかと疑問を感じたが、それが分かる様な記述はこの看板には記されていなかった。
私は次の看板である『魔女の証』へと目を移す。
その看板の解説によると、魔女には身体のどこかに魔女たる証である魔女の印があって、それを見つけるのが最も確実であるらしい。
その他の方法では魔女は苦痛を感じないので、人間なら苦しむ様な苦痛を受けた時の態度がおかしい者は魔女であると決め付けて記載されている。
他には魔女は普段善良な人間の振りをしているが、人目を盗んで本来の目的である主たる悪魔へ生贄を捧げたり、自分と同じ僕を増やす為の行動をしているので、これらの行為と思われる様な事をしている人間は魔女の疑いがあるとの事だ。
これも確固たる判定基準が明記されているとは思えず、怪しげであれば即告発されて、実際には別の思惑によって無実の人間も数多く魔女とされているのではないだろうか。
続いて『魔女を見破る方法』を読んでみる。
そこには悪魔の僕と化した魔女の正体を暴く数々の方法が記載されていて、それはどう見ても拷問か処刑にしか見えない図解がされていた。
魔女は痛みを感じない事から、針で刺す、焼けた釘を身体に打つ、焼き鏝を押し付ける、指の爪を剥ぐ、髪を毟る等を行い、痛みを感じていない、或いは苦痛を感じている振りをしていると、魔女と見做す様だ。
暴力的でない判定方法も記載されていて、身体の何処かにある魔女の印を探す、魔女の儀式を行った証拠を探る、他者からの密告、等の裏づけがあるとは思えない手段であった。
やはりここの裁判は、疑わしきは魔女であるという論理に基づいている様にしか思えず、私には魔女狩りの名の下に行われている一種の粛清なのではないかとさえ思えてくる。
次は『異端審問予定』へと読み進む。
この看板には、先の魔女としての判定を行う魔女裁判の実施予定が記載されていて、開催日時と開催場所と魔女として告発された人間の名、それに拷問じみた判定を行う数名の刑吏の名と、判定を下す異端審問官の五人の名が並び、実施完了した予定には上から横線が引かれている。
日程を見るとほぼ毎日どこかで裁判が行われているらしく、日によっては一日で十人を裁く日もある様だ。
魔女裁判は、通常は五人の異端審問官達の多数決により判断されるらしいが、苦しむ者とその振りをしている者の差異に対する判断方法についての記載はなく、異端審問官達の独断で裁かれている様にしか思えず、彼らは何らかの権威を持っていてその判断から決められた言葉は絶対なのであろうが、とても公平な審理が為されているとは思えない様に私は感じた。
続いて『祓魔式予定』を確認してみた。
これも先程見た異端審問予定と同様の書式で悪魔祓いの予定が記されていて、実施日時や実施場所、憑かれた人間の名、悪魔祓いの儀式を執り行う祓魔師の名等が記載されており、儀式が完了した予定には上から横線が引かれている。
こちらの方が数が多く毎日十人以上の儀式の予定が入っていて、実際にこれだけの人間を誑かしていたら、さすがに悪魔と言えども手が回らないのではないかと心配する程の件数だ。
これだけの数を毎日憑依して回れと言われたら、私なら真っ先にその義務から逃げ出す手段を考えるだろう。
私は最後の看板である『処刑予定』の方へ目を向けた。
これには異端審問官の審理の結果、魔女とされた者達を浄化する為の火焙りの刑を行う予定が記されている。
この予定も処刑の実施されない日は存在しておらず、一日最低でも一人の処刑は行われているらしい。
予定表には処刑日時と処刑場所だろうか磔台の番号と、受刑者の名と実施する刑吏の名と実施を見届ける異端審問官の名が連ねてあって、処刑が済んだ者の箇所は横線が引かれ、その消された名は堕落した者達の一覧へと転記されていくのだろう。
恐らく今行われているであろう、横線で引かれたすぐ下の予定を見ると九人の人間の処刑が予定されていて、立会いの異端審問官は二十人もの数が記載され、随分と人数が多い日に当たったらしい。
そしてこの処刑者の中に召喚者がいるのではないかと、私は推測していた。
立ち並んでいた看板から目を離して視線をもっと手前へと移すと、そこには数多くの人間達の姿が見えてくる。
その群がる民衆の数はざっと百人は下らない数で、今は誰もが口をきけなくなってしまったかの様に黙りこくっていて、皆凍りついた表情でこちらと民衆の前にある一つの磔台を凝視している。
民衆達の手前には白い色の仰々しい祭服を来た、この儀式を遂行している異端審問官と思しき者達が二十人程立っていて、その民衆よりも更に恐怖に慄いた表情をしているのが見て取れた。
あの様な看板を立て並べていても、いやむしろ実在しないからこそ、あんなに具体的な解説を書いた看板を立てる事に因ってその存在を際立たせていたのだろう、悪魔の存在は象徴であって実在しないものと言う認識だったのに、まさか本当に目の前に現れるとはと言う驚きの表情をしている。
彼らが凝視する磔台は、その手前に作られた巨大な穴の縁に穴に背を向けて立ち並んでいて、私から見て中央の磔台以外の左右の八本の磔台は既に炎に飲み込まれており、受刑者は既に死んでいると思われた。
中央の磔台だけは火は点けられておらず磔の受刑者もまだ生きている様で、良く響く女の声で悲鳴にも似た、呪詛の様な怨嗟の言葉が絶え間なく聞こえてくる。
そこにいるのは、後ろから見える祭服から察するに、位の高い者が磔にされているのが分かった。
ここで処刑予定の看板の内容を見直して確認すると九人の聖職者の名が書かれていて、一番最後に本日の処刑者の中で最も位の高い司祭の役職を持つ唯一の女の名が記されている事から、先程から民衆に対してその口調こそ高位の聖職者だからか丁寧ではあるが、憎悪を向けて呪いの言葉を吐き続けているのがこの女司祭だと確信した。
そしてその呪詛の様な罵声の内容から、この女司祭こそが今回の召喚者である事を理解した。
私は視線を更に手前へと移すと、今自分がいる場所が中央広場に掘られた直径100mはあろう死体遺棄の為の巨大な穴の中央で、磔台はこの穴を取り囲む様に一定の間隔でずらりと並んでいたのが分かった。
穴の中は無数の死体で埋め尽くされており、きっと先程目にした看板にあった堕落した者達の一覧に名が載っている者は、今私の下に転がっているのだろうと思われた。
その死体の姿は一覧の記載の通りで、半分は全身黒焦げの焼死体で良く判らないが焼かれていない死体は聖職者の服装が大半であり、中には高位の聖職者と思える服装の老人の死体もいくつかあった。
この死体全てを女司祭は生贄として捧げて私を召喚したのだろうか、そうでなければとてもでは無いがこの器は呼び出せないだろう。
それにしても処刑された同胞の魂を生贄に捧げるとは、やはり女司祭は世を憚る姿でその正体は魔女なのだろうかと考えてしまうが、これはまだ確認する機会はありそうだと思いなおす。
最後に私は自分の姿を見た。
やはり予想した通り、あの看板にあった悪魔そのものの姿だ。
炎を纏う巨躯に鉤爪の生えた長い腕と足、一対の翼に一本の尻尾、頭や顔は目視出来ないがもう見るまでも無いだろう、私は隷属と粛清の悪魔であった。
看板の解説にあった武器は今は両方とも持っていないが、この絶大な力によってすぐに作り出す事が出来るのだろうと思えた。
周囲の建物や人間の大きさから推測すると私の目の高さ、つまり頭の位置は周りの建造物よりも高く、大体20mはあるのではないかと思えた。
これだけ巨体で尚且つ炎を纏った身体、と言うよりも炎そのもので出来た肉体には、その見た目の派手さに相応しい凄まじい力に満たされていて、この足元の大量の死体が全て捧げられた生贄であるならば、こんな非現実的な器をも余裕で維持出来ているのも納得出来た。
この膨大な力の所為か、この器の悪魔たる気質から来るものなのかは判りかねたが、私は今までの召喚では感じた事が無い湧き上がる高揚感を強く感じていた。
今すぐにでもこの溢れんばかりの力を行使してみたい、自分の力を確かめてみたいと言う衝動が腹の底から湧き上がってくるのが感じられて、それを理性で抑制し続けるのは長くはもたないと悟り、自分自身の感情に恐れを抱いた。
しかし召喚の目的も確認せずに何かをする訳にはいかないので、もうしばらくは衝動を抑えて状況の確認を続ける事にする。
ここは魔女裁判の場、いわゆる魔女狩りの処刑場で、私はその魔女が呼び出した悪魔であるのは間違いない様だ。
この不自然な広さの中央広場は元々は大聖堂が建っていて、街を統治していたのが何らかの政変、異なる教派の台頭による教会内の内部抗争か、教会の内部腐敗による権威失墜からの反乱か、異教による異教徒狩りか、この手のいずれかが発生して現行勢力の教会側が敗れて駆逐されたと言ったところか。
街中に立ち上っている大きな煤煙の下は、焼き討ちされた教会や修道院なのかも知れない。
この推測の仕方はロバの紳士に似てきたなと私は我ながら思い、思わず心の中で苦笑する。
もうちょっと良い方に捉えると、悪政を強いていた教会権力が民衆やその支持者達の力によって倒されて、今まさに悪が滅ぼされようとしている所なのかも知れない。
果たして磔にされている召喚者は聖職者を装う悪しき魔女か、それとも魔女に仕立て上げられた不運な敬虔なる聖職者なのか。
私は余計な憶測を除外して、今この目に見えている事実だけを捉えて現状を考える事にする。
女司祭は魔女として磔にされていて、先程から魔女の力を誇示し、恐れ戦く民衆達や異端審問官に対して勝利の歓喜にも似た勝ち誇る様な暴言を繰り返している。
今のところは自ら私たる悪魔を本当に召喚した事で、集まっている民衆や異端審問官をも凍りつかせているのも事実だ。
周囲の状況確認を一通り済ませると、あえて最後まで後回しにしておいた、今までは聞き流していたこの女司祭の言葉に、状況を把握すべく耳を傾けた。