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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第四章 邂逅と報復
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第四章 邂逅と報復 其の四

変更履歴

2011/03/27 語句修正 碧玉 → 翠玉

2011/04/22 記述統一 我輩 → 吾輩

2011/09/28 誤植修正 位 → くらい

2011/09/28 誤植修正 乗せられた → 載せられた

2011/09/29 記述統一 1、10、100 → 一、十、百

2011/09/29 記述修正 延びる → 伸びる

2011/10/07 記述追加 この様な魂を封じた道具は~ → 追加

2011/10/13 誤植修正 衣服自体は雲や霧の象徴していており → 衣服自体は雲や霧の象徴しており

2011/10/13 誤植修正 何者 → 何物

2011/10/13 誤植修正 衣服自体は雲や霧の象徴しており → 衣服自体は雲や霧を象徴しており

2011/10/13 句読点削除

2011/10/13 記述修正 普段は普通の人間で → 普段は

2011/10/13 記述修正 長が決定します → 長の一存により決定します

2011/10/13 記述修正 同じ神を守護神として → ですので同じ神を守護神として

2011/10/13 記述修正 秘められていると云われていて → 秘められていると云われており

2011/10/13 記述修正 この女神には顔の一部以外は → 女神の顔の一部以外は

2011/10/13 記述修正 一切体が見える様に → 一切素肌が見える様に

2011/10/13 記述修正 大地の異変や戦争、戦い等の → 大地の異変や戦争・戦い等の

2011/10/13 記述修正 青白い目の娘に → 青白い目の女に

2011/10/13 記述修正 その娘の瞳は → その女の瞳は

2011/10/13 記述修正 その種族の特徴を良く現していますが → 種族の特徴を良く現しているものの

2011/10/13 記述修正 その種族の髪色に黒髪は居りません → 髪色に黒髪の者は居りません

2011/10/13 記述修正 貿易商の男の姉たる娘について → 貿易商の男の姉たる女について

2011/10/13 記述修正 娘 → 女

2011/10/13 記述修正 さらわれていた長の娘とかで → さらわれていた長の血族の人間とかで

2011/10/13 記述修正 私には向こう側の人間達も → 私は向こう側の人間達も

2011/10/13 記述修正 利益を、幸福を、喜びを願い → 利益や幸福や喜びを願い

2011/10/13 記述修正 連行して行ったと捉えるのが → 連行したと捉えるのが

2011/10/13 記述修正 彼らはある樹木、彼らは聖なる樹と呼んでいます → 彼らが聖なる樹と呼んでいるある樹木

2011/10/13 記述修正 細かい複雑なまるで迷路の様な幾何学的な → まるで迷路の様に細かく複雑な幾何学的

2011/10/13 記述修正 白い塗料をその文様の → 白い塗料でその文様の

2011/10/13 記述修正 遺言として宣言してあれば → 遺言等で予め決めて伝えておき

2011/10/13 記述修正 もっと若い段階で → もっと若い段階から

2011/10/13 記述修正 描かれている物は存在しません → 描かれている文献は存在しません

2011/10/13 記述修正 更により小さな複数の束となり → より小さな複数の束となり

2011/10/13 記述修正 溢れて砕ける時は → 染み出して滴る時は

2011/10/13 記述修正 外部の者と接点を持たないで → 外部の者を厭い必要最低限しか接点を持たず

2011/10/13 記述修正 森に住む少数民族で → 森に住む少数民族でして

2011/10/13 記述修正 商人達くらいですが → 商人達くらいで

2011/10/13 記述修正 集団で行きますから → 集団で行動しますから

2011/10/13 記述修正 この謎は → しかしながらこの謎は

2011/10/13 記述修正 罪を負う事になったとも → 罪を背負う羽目になったとも

2011/10/13 記述修正 女の最後の言葉は → そして女の最後の言葉は

2011/10/13 記述修正 追放されたかも知れません → 追放されたのかも知れません

2011/10/13 記述修正 抑制する為の聖なる樹の実や種から作られたもので → 抑制する為の樹木の成分を含んだ薬で

2011/10/13 記述修正 瞳の色がより薄い者 → 瞳の色がより薄い者であり

2011/10/13 記述修正 宝石の中を泳ぎまわるかの様に → 宝石の中を飛びまわるかの様に

2011/10/13 記述修正 青く輝く液体が封じられた → 青く輝く液体が半分程封じられた

2011/10/13 記述修正 この髪飾りの前から見た → この髪飾りを前から見た

2011/10/13 記述修正 美しく輝く長い髪に遮られて → 美しく輝く長い髪に遮られ

2011/10/13 記述修正 顎が見えていて → 顎までしか見えず

2011/10/13 記述修正 白い肌、金髪や銀髪、碧眼や月の瞳等は → 白い肌・金髪や銀髪・碧眼や月の瞳等は

2011/10/13 記述修正 奇形の一つの形ではないかと云われていますが → 奇形の一つの症状ではないかと思われるものの

2011/10/13 記述修正 そのうちに“嘶くロバ”と同様に → そのうちに私も“嘶くロバ”と同様に

2011/10/13 記述修正 虐げ殺す様に私もなっていくのだろうか → 虐げ殺す様になっていくのだろうか

2011/10/13 記述修正 愚か者は、生き延びる資格は → 愚か者には、そもそも生き延びる資格など

2011/10/13 記述修正 行動範囲は飛躍的に拡大する事でしょう! → 行動範囲を飛躍的に拡大させる事も夢ではありませんぞ!

2011/10/13 記述修正 解明される事はないでしょう → 解明される事はないでしょうな

2011/10/13 記述修正 腕輪としての存在にまともな五感を持っていられるのか → 腕輪に封じられた様な存在に果たしてまともな知能や判断力が残っているのか

2011/10/13 記述修正 それが胸と腹部の焼印だった → それが胸から腹にかけての焼印だった

2011/10/13 記述修正 鮮やかな半透明の緑色の中には → 鮮やかな半透明の宝玉の中には

2011/10/13 記述修正 手が隠れる程の → 手の指先までが完全に隠れる程の

2011/10/13 記述修正 先天的な欠陥を持っておりまして → 先天的な身体的欠陥を持っておりまして

2011/10/13 記述修正 洪水等の水害の予兆であると → 豪雨や洪水等の水害の予兆であると

2011/10/13 記述修正 一切罪の意識や罪悪感なんぞを → 一切自責の念や罪悪感なんぞを

2011/10/13 記述修正 多分何も見えず何も聞こえないのではないかと → 多分正常な意識は残っていないのでないかと


「なんと、貴殿も生きている人間に憑依されたですと!」

“嘶くロバ”は今まで見た事が無い程の驚き様で、私の目の前に顔を寄せて叫んだ。

私は思わず咬みつかれるかと焦り、咄嗟に身を引く。

「あぁ、これは失礼した、生きた人間への憑依の実例が自分以外に現われるとは全く思っていなかったので、つい興奮してしまいました」

ロバの紳士は頭を下げながら非礼を詫びてくる。

こちらへと戻ってから三日後に紳士は私のところに現われて、今回の召喚の話をしていた途中で、右腕へ憑依したくだりの説明をしたところで紳士の態度は豹変した。

生きた人間への憑依はやはり奇跡と言う事で、その事例が増えたのは素晴らしい快挙だと、紳士は暫く私への賛美の言葉を惜しげもなく並べていた。

私はその長い口上が切れたのを見計らい、今回の召喚の続きを語り始めた。




「ふむ、青白い目の女に力を秘めた腕輪ですか、それには少々合致しない部分も含まれますが、吾輩の記憶に思い当たるものがありますぞ」

“嘶くロバ”は私の話を一通り聞いた後、先程の興奮もすっかり治まって、いつもの冷静で余裕を感じさせる口調で語り始めた。

「まずは、命を賭けて戦った哀れな姉弟が何者かをお話しましょう、その姉の瞳に現れている特異な特徴からすると、とある部族が該当致します。

その部族とは深い山間の中の森に住む少数民族でして、そこから外界へ出て行くのは集落では手に入らない物を入手する為に出る商人達くらいで、この場合は少人数ではありますが集団で行動しますから、単独でいるのは有り得ない事です。

それとその部族の容姿なのですが、その女の瞳は種族の特徴を良く現しているものの、髪色に黒髪の者は居りません。

通常は殺した貿易商の弟のような金髪や銀髪で、瞳の色は碧眼から月の瞳と言われる青白い瞳を持ち、肌の色は白いのがこの部族の特徴です。

この部族が外界へ出て行かないのには理由がありまして、彼らが聖なる樹と呼んでいるある樹木、それに含まれる成分を一定量摂取し続けないと、生命が維持出来ない先天的な身体的欠陥を持っておりまして、それ故にその樹木が群生する場所以外の土地では生きられないのです。

普段は集落に信用出来る外部の商人を特別に招きいれて、取引をして外界にしかない必要な物資を入手しているのが日常です。

聖なる樹の成分は彼らには摂取しなければ生きられない物ですが、その成分には催奇性がありこの部族の特徴となっている白い肌・金髪や銀髪・碧眼や月の瞳等は、奇形の一つの症状ではないかと思われるものの、これは確証を得るところまで研究出来ておらず推測の域を出ていません。

しかしこの部族では奇形児の生まれる可能性が高い証明として、部族の掟の中に、赤子が不具であればその子供は神から見放された不遇の子として殺す決まりがあり、先天的な肉体の異常を持つ子孫を増やさない様にする為のものではないかと推測されます。

彼らはシャーマンの様な能力を持っていて、その力を使って神託を執り行ったり、力を封じた祭具・装身具・武具などの道具を作り出す技を持っており、これらを身に纏った戦士はその秘められた力により、人間を超越した力を発揮すると云われていて、貴殿の見た腕輪もこうした力を封じた装身具の一つだったのでしょう。

これらは枯れたり折れたりした聖なる樹を素材とし加工して作られていて、まるで迷路の様に細かく複雑な幾何学的文様を細く削った溝で描き、自分達が延命する為に日々食し飲んでいる、樹液から作り出した白い塗料でその文様の溝を着色するのが一般的です。

これらの道具に秘められる力は、我々が糧として消費する物と同じ魂で、動物だったり植物の物もありますが、高度な秘術を会得した者は、死んだ一族の魂をこれらの道具に込めたと云われています。

この様な魂を封じた道具は、封じた魂が結晶となって表面に現れているとかで、強く輝く粒に見えたのは恐らくそれでしょう。

この力を実際に行使した実例は吾輩の知る限りでは文献の記載は無くて、今までは確証が無く真偽の程は判らなかったのですが、今回の一件で強力な力を秘めていると言う確証が取れました。

こうした力を封入した道具は、その氏族の長が自分の一族を守る為に誰に持たせるかを決めて、与えられた者は死ぬまでそれを護符として持ち続けます。

そしてその者が死ぬ前に渡す相手を遺言等で予め決めて伝えておき、大概は一族の未だ護符を持っていない子供ですが、それを継承させていくのが慣わしだそうです。

ただそういった遺言が特に無い場合は、護符をどうするかは一族の長に委ねられて、長の一存により決定します。

大抵は一人一つの護符を持つのですが、優れた腕を持つ者がいる氏族や部族内でも有力な氏族であったりすると、複数の護符を持つ者もいるそうです。

所有している護符の数と価値により、部族内での権力の有無や力関係も決まってくる程の、重要な意味を持った物であるとされています。

早ければ生まれてすぐに護符は与えられますが、その真の価値と力を知るのは成人してからで、この部族は十五歳で成人となり、その時に護符からの力を引き出す秘術を親から教えられますが、特別な才能を持って生まれた子供には特例でもっと若い段階から伝授する事もあるようです。




続いてこの部族の信仰する宗教、神についてですが、貴殿がとった姿である、大地を司る『緋玉の王』と、水を司る『蒼玉の女王』と、命を司る『翠玉の大樹』の三柱の神を崇めていて、部族の人間はこの三柱のうちのどれかを守護神として持ち、それは親から子へと継承されていきます。

ですので同じ神を守護神として持つ氏族同士でなければ、婚姻も許されていないようです。

貴殿の器だった緋玉の王についてですが、その名の通り緋玉、即ち赤い宝石を持っていて、大地の力である地震や地熱や火山や溶岩などを司るとして、その力の象徴が右手に持つ長剣である『緋玉の剣』に秘められていると云われており、その立場は三柱の中でも主神であり最も強い力を持っていると伝えられています。

で、名前の由来となっている『緋玉』は、剣の柄に埋め込まれていたのですが、貴殿は最後まで直接目にする事は無かったようですなあ。

何でも大きさはちょうど掌に収まるくらいで、表面は透明で内側の中央に永遠に燃え続ける紅蓮の炎を宿していて、ここから漏れる光が力となり、剣やそれを持つ肉体の原動力となっているとされています。

この神の偶像はそのほとんどが緋玉の剣のみの姿で、たまにそれを持つ腕まである物も存在こそしてはいますが、そういうのは昔に作られたもので、時代が進むに連れて剣だけの姿になっていった様です。

ですので貴殿が召喚された直後の姿が、右腕から頭部までの肉体の部位と剣のみの姿であったのは、その腕輪を作った者か、或いはそこに封じられていた魂が古いものであった事を表しています。

次に蒼玉の女王ですが、立場としては緋玉の王の妻で、青く輝く液体が半分程封じられた透明の球状をした宝石を、『蒼玉の髪飾り』と呼ばれる頭部のティアラに似た銀色の鎖で出来た装飾品の一部として身に付けています。

この女神の容姿の特徴は、まずその姿が必ず後ろ向きで顔だけを横に向けている姿であると言う事で、蒼玉の髪飾りも蒼玉は上部の頭部に載せられた円環状の鎖から、複数の細い銀の鎖で首の後ろ辺りに吊り下げられて描かれていて、この髪飾りを前から見たデザインは不明であるばかりか、この女神の顔も正面から描かれている文献は存在しません。

その横顔が見える範囲も限定的で、これまた特徴的な足元まで伸びる豊かで美しく輝く長い髪に遮られ、目よりも下の白い肌をした鼻・頬・口・顎までしか見えず、その白い頬には輝く涙を流しています。

この長い髪は河を象徴していて、頭部では輝く銀髪で下に行くに従い青く色づいていき、足元へ落ちた頃には描かれた姿では流れる河となっていて、流れ落ちる髪は背中の辺りから不揃いに小さい束に分けられて分岐していき、その束が更に下に行くとより小さな複数の束となり、末端では無数の細かな束がうねり、これが河の支流を現しています。

頬を伝って零れる涙の雫は泉や井戸を象徴していて、足元にはいくつかの雫が落ちた後が泉として描かれています。

この女神の服装は真っ白で装飾の無い、手の指先までが完全に隠れる程の長い袖と、足も見えない程の長い裾のドレスの様な衣服を纏っていて、衣服自体は雲や霧を象徴しており、右腕を斜め上に掲げて天に手を差し伸べていて、これが雨を呼んでいるとされ、左腕は斜め下の地面を指差しており、こちらは地下水脈を指し示すのだそうです。

女神の顔の一部以外は一切素肌が見える様に描かれる事は無く、衣服の形状からすると人間と同様の姿ですが、その下には肉体は存在しないと云われています。

この女神があらゆる生物に育つ力を与えるとされています。

最後に翠玉の大樹ですが、これはその名の通り巨大な聖なる樹の姿で、あらゆる命を与えるのがこの大樹と云われています。

翠玉はその幹に半ば埋め込まれた姿で描かれ、淡い緑色の光を発している鮮やかな半透明の宝玉の中には、命の素と呼ばれる小さな無数の光の粒が、その宝石の中を飛びまわるかの様に動いています。

この大樹が枯れる時、あらゆる命は死んで行き、世界が滅ぶ時であると云われています。

この翠玉の大樹を守護神に持つ氏族だけが、聖なる樹の育成や管理を行う事が出来るそうです。

大地の異変や戦争・戦い等の争い事に関しては緋玉の王へと神託を行い、大地や森や河から採れる食料に関わる事や、誕生や死や病に関する問題については翠玉の大樹へ、その他の問題は蒼玉の女王へとお伺いを立てる、これが慣例となっている様です。

三柱の『緋玉』『蒼玉』『翠玉』はこの部族にとって非常に重要な意味を持っていて、神託での指針がこれにより表される事や、部族の中で夢にいずれかの玉が出てくるのも神からのお告げとされていて、その夢を長達へと報告する程です。

緋玉の炎が大きくなる場合は争いや諍いの発生や激化を意味し、逆に炎が小さくなる場合は戦いや諍いの沈静化を意味し、炎の消滅は戦いや諍いが解決、或いは決着がつく暗示とされています。

蒼玉の中の液体が減ったりなくなっているのは、それは日照りや旱魃の兆候で、逆に蒼玉の液体が増えたり染み出して滴る時は、豪雨や洪水等の水害の予兆であると信じられています。

翠玉の内側の小さな光の粒が増えるのは誕生や豊作や大漁などの吉報とされ、逆に光の粒が減るのは誰かの死や凶作や不漁の暗示とされ、この光の粒が全て消える時、それはこの部族の滅亡を告げる予兆なのだそうです。

この守護神の力をより強く引き出せる者は瞳の色がより薄い者であり、つまり月の瞳を持つ者が能力の優れた者とされています。




次に憑依した修道女にして貿易商の男の姉たる女についてですが、黒髪であった事を考えるとその女は他の地方の人間との混血だったのでしょう、外部の者を厭い必要最低限しか接点を持たず閉ざした生活をする種族にしては、非常に珍しい事です。

もしかすると混血であるが故か、それとも黒髪をもって生まれた事か、いずれかが掟に抵触して故郷を追放されたのかも知れません。

月の瞳を持っていたからにはかなり強い力を持った者であった筈ですが、ろくに秘術も知らなかったのは幼少の頃か、少なくとも成人するより前に部族から離れているのは間違いなさそうです。

女の寿命が短く感じられたのは、恐らく先天的な部族が持つ例の症状の影響であり、母親から貰っていた丸薬と言うのが肉体の衰弱を抑制する為の樹木の成分を含んだ薬で、それを服用してこれまで延命していたのでしょう。

その女の母親が丸薬を与えていたり、唱える呪文を教えていたりしていたとすると、父親が部族ではない外部の者で母親がこの部族の人間だったと思われます。

この部族は全てあの三柱の神が象徴している自然信仰の信者であり、全員が三柱のいずれかを守護神にして仕えるので、女の服装が修道服だったと言うのはこの部族の者だとすると考えられない事です。

この点に関する可能性としては、女が故郷を出た後に改宗したか最初からそういった教えを受けていないか、或いは修道女に身を扮して偽装していたかのいずれかだと思われます。

しかしいずれにせよ、女の持っていた知識だけではまともに召喚出来たとはとても思えませんから、あの腕輪には想像以上の力が秘められていて、それが貴殿の神たる存在をも従わせる程であったのは、これはある意味脅威です。

姉と弟の会話が全く判らないので真意は測りかねますが、女の弟に対する最後の行動は、護符に絡んだ何かの情報を探していたのでしょう、そして致命的な確証となるもの、それが胸から腹にかけての焼印だった様ですが、それを見つけて何かを理解した結果は女の望まなかった答えだったといったところでしょうか。

そして女の最後の言葉は、自分の悲願自体が何らかの過ちであったと気づいての懺悔であったと思えますな。

考え方によっては腕輪の力があったが故に、弟殺しの罪を背負う羽目になったとも捉える事が出来ましょう。

こういっては何ですが、人智を超えた力はその者を守り望みを叶える為に与えられていたとしても、決して幸福をもたらすとは限らない事を実証した訳ですなあ。




次に女の腕輪の力についてですが、これについては完全に推測の域を出ませんが、恐らく腕輪には単に糧としての魂を封じるだけでなく、その魂の本能たる意思も反映されていて、継承者である女を守る意思を持っていたか、もしくはこの腕輪を女に託した者が、何らかの秘術で腕輪に女を守らせていたか、いずれかでしょうか。

今までこの実例は見た事が無いので確信は持てませんが、これなら女が知識を有していなくとも、召喚が出来そうではありますな。

あまり考えたくない推測としては、我々と同様の存在が腕輪に宿る力として封じられていて、女を守っていたとかもありますが、腕輪に封じられた様な存在に果たしてまともな知能や判断力が残っているのか、といった事を考えると、多分正常な意識は残っていないのでないかと思うのですよ。

この形状は吾輩が最初に説明した、封印に因る隷属以外の何物でもありません。

腕輪が引き起こした事象で最も注目すべき、貿易商の弟への攻撃の際に起きた糧の提供の拒絶に関しては、腕輪の意思が姉の願望よりも弟への危害の防止を選択した事が、非常に重要な意味を持つと考えられます。

これはつまり腕輪が持つ意思、或いは発動していた力が守るべきものとして捉えていたのは、姉の意思や命だけではなく同じ一族の弟にも及んだ結果とも思えます。

別の考え方では、姉が腕輪を持っていたとなると弟もまた何かの護符を所有していて、その力に因って守られた結果により、例えば護符同士で力を相殺させたとか、部族同士や同じ氏族同士の同系統の護符の所有者に対して、力の行使を抑止する効果が発生したとかも考えられましょう。

しかしながらこの謎は、残念ながら今となっては、これ以上解明される事はないでしょうな。




謎の一団については、貴殿の目撃した内容では何とも言えませんが、最後の行動を考えてみると部族の者達が連行したと捉えるのが適切かとは思いますけども、それが何の為だったのかまでは分かりかねます。

炎上する屋敷の中にまで入ってきてその場で殺さずに連れ去ったところが重要な点で、それを考慮して考えると、実は死なれては困る逃亡者で連れ戻す為に連行したか、もしくは咎人で生かして裁きを行う為に連れ去ったか、或いはさらわれていた長の血族の人間とかで救出しに現れて救助して行ったのか、この辺でしょうか。

しかし最後の女の疲弊の状況を見るに、果たして助かったかどうかはかなり怪しいですけどねえ。




今回の貴殿の経験で、最も重要な実証となった生存者への憑依については、吾輩の時の事象と貴殿の事象の共通項を考察すれば、もはや単なる奇跡ではなく今後は意図的に起こせる技となりましょう。

共通する点はやはり、生存者と同化してはいるが生きた部位には入っておらず、我々が憑依した部位は死んでいる事でしょうか。

我々はやはり生きた生物には憑依は出来なくて、定着するには我々が取り憑く部位を失わせる必要があるのは間違いないですな。

それともう一つは、糧の供給継続には憑依対象の人間の理解があった点でしょうかねえ。

共生関係を築かなければ永続的な維持は難しい、その人間を完全に乗っ取ってしまえば自由に動けるのですが、そうなると生贄を捧げる行為が成立しないから、やはり意思を残して従わせなくてはいけないのが実に面倒極まりない。

もっと効率的な手段が見つかって、それが如何なる召喚においても適用可能であれば、向こう側での我々の行動範囲を飛躍的に拡大させる事も夢ではありませんぞ!




最後に一つだけご忠告しておきましょう。

向こう側の世界でご自身の行動に因って引き起こされた結果については、一切自責の念や罪悪感なんぞを抱いてはなりませんぞ。

前にも申したが、召喚者も貴殿も望まぬ結末が訪れた原因は、貴殿がどう振舞ったかにあるのではなく、貴殿を召喚して何かを為し得ようと望んだ召喚者が招いた結果なのです。

彼らはそのくらいの覚悟で儀式に臨んでいるであろうし、そうでなく安易に召喚する様な愚か者には、そもそも生き延びる資格などありません。

向こう側で起こっている出来事は言わば演劇、我らはその演劇を飛び込みで参加させられている客の様なもので、抱腹絶倒の喜劇も悲嘆にくれる悲劇も、どれだけ心が動かされようと所詮演技であり、作られた物であるのと同様でそれ自身に囚われてはならない。

被害者は常に、呼び出されて使役されている我々自身である事を、決してお忘れ無き様に」




それを告げるとロバの紳士は消え去った。

今回は有意義な発見もあり、術者との意思の疎通も叶い召喚目的も達成は出来たのだから、私としては上出来だったと思いたかったが、最後の女の表情や言葉は“嘶くロバ”の言う通り望んだ結末でなかったのだろうと思うと、純粋には喜べない結果であった。

このような感情を抱く事こそ避けるべきとする紳士の、ある種冷酷とも思える割り切った考え方は、私にはどうしても納得しかねた。

私は向こう側の人間達も私と同様に生きていると思っている。

だからこそ何者かの悪意なのかも知れないが、関わったからには互いに利益や幸福や喜びを願い、不幸や悲しみから遠ざける様に振る舞い、それが叶わなかった時には悔やみ悲しむのは自然であろうと思う。

こればかりに囚われてはならないと言う彼の言葉もまた正しいとは思うが、今の私にはそれを完全に割り切る事は出来なかった。

そのうちに私も“嘶くロバ”と同様に、何の感情も持たずただ利己的に向こう側の人間達を虐げ殺す様になっていくのだろうか。

そう考えると私は何とも言えない、苦々しいものを感じるのだった。





第四章はこれにて終了、

次回から第五章となります。


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