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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第四章 邂逅と報復
20/100

第四章 邂逅と報復 其の三

変更履歴

2010/10/12 誤植修正 非玉 → 緋玉

2011/01/03 誤植修正 以外 → 意外

2011/04/07 誤植修正 様子を伺うと → 様子を窺うと

2011/05/07 記述修正 左目からは血の涙を滴らせつつ → 右目からは止め処なく血の涙を滴らせつつ

2011/05/07 記述修正 左目から一筋の涙が溢れ → 左目から一筋の透明な涙が溢れ

2011/05/27 誤植修正 頂ていく → 貰っていく

2011/09/26 記述統一 一センチ、十メートル → 1cm、10m

2011/09/27 誤植修正 乗せていく → 載せていく

2011/10/08 誤植修正 姉の意思 → 姉の意志

2011/10/12 誤植修正 兼ねてから計画通り → 兼ねてからの計画通り

2011/10/12 誤植修正 姉もそれに会わせる様に → 姉もそれに合わせる様に

2011/10/12 誤植修正 しっかりと私に耳に届き → しっかりと私の耳へと届き

2011/10/12 誤植修正 前方へと跳んで一撃に詰めつつ → 前方へと跳んで一気に詰めつつ

2011/10/12 句読点削除

2011/10/12 記述修正 弟を見つける事が出来た事に → 弟を発見出来た事に

2011/10/12 記述修正 修道服のヴェールが → 修道服の頭巾が

2011/10/12 記述修正 頭巾ごと頭から脱げ落ちて → 頭から脱げ落ちてしまい

2011/10/12 記述修正 長い髪が落ちて一瞬視界を覆ったが → 長い髪が一瞬視界を覆ったが

2011/10/12 記述修正 速度を緩めず走り抜けていく → 速度を緩めず走り続けた

2011/10/12 記述修正 最後は大広間正面の衛兵からの → 最後はあえて落とさなかった大広間の正面側の廊下に居る衛兵達からの

2011/10/12 記述修正 こちらの廊下も瓦解させていく → 向かい側と同様にこちらの廊下も瓦解させていく

2011/10/12 記述修正 腕輪の力も尽きようとしている時に → 腕輪の力も尽きようとしている佳境で

2011/10/12 記述修正 姉の前方、私の攻撃範囲外 → 姉の前方の私の攻撃範囲外

2011/10/12 記述修正 姉もまた仇であろう → それに対して姉は仇敵であろう

2011/10/12 記述修正 弟へ何かを返答するが → 弟へ何かを返答しており

2011/10/12 記述修正 最後の話し合いだったのか、それも決裂した様で → 最後の話し合いも決裂した様で

2011/10/12 記述修正 考えてもいない → それを考えてもいない

2011/10/12 記述修正 これこそ最後のチャンス → これこそ本当に最後のチャンス

2011/10/12 記述修正 遂に達成されたのだ → こうして遂に達成された

2011/10/12 記述修正 後方へと下がって避けるかだろう → 後方へと下がって受け流しつつ避けるかだろう

2011/10/12 記述修正 更に素早く立ち回るだけの → 更に未知の展開に対して即座に対応し素早く立ち回るだけの

2011/10/12 記述修正 無かったのだろう → 弟には無かったのだろう

2011/10/12 記述修正 右腕の断面からは血が流れ出し、 → 姉の右腕の断面からは血が流れ出して

2011/10/12 記述修正 左手で右腕を押さえ、 → 左手で右腕を押さえながら

2011/10/12 記述修正 姉の短剣を腹に刺さったまま倒れる弟は → 姉の短剣が刺さったままで倒れている弟は

2011/10/12 記述修正 長くは持たないのは明白だった → もう長くは持たないのは明白だった

2011/10/12 記述修正 淡い碧眼だったからだ、だが → 淡い碧眼だったが

2011/10/12 記述修正 とても目的を果たして → それを聞いた姉の表情はとても目的を果たして

2011/10/12 記述修正 頬を伝い、そして → 頬を伝った後に

2011/10/12 記述修正 支える柱を私が破壊しながら → 支える支柱を私が破壊しながら

2011/10/12 記述修正 柱を数本破壊すると → 支柱を数本破壊すると

2011/10/12 記述修正 右側の廊下を支える柱を → 右側の廊下を支える支柱を

2011/10/12 記述修正 変わらない速度であったが → 変わらない程度であったが

2011/10/12 記述修正 大階段が大きく傾いたが → 大階段を大きく傾かせたものの

2011/10/12 記述修正 先に落ちた人間が緩衝材となり → 先に落ちた人間が緩衝材となって

2011/10/12 記述修正 焼け崩れつつある中 → 焼け崩れつつある中で

2011/10/12 記述修正 私の攻撃範囲外で立ち止まり → 私の攻撃範囲に届かない際の位置で立ち止まり

2011/10/12 記述修正 弟が短慮で無策に → 弟は短慮で無策に

2011/10/12 記述修正 特別な力も無く → 神業を放つ力も尽きて

2011/10/12 記述修正 また一瞬で切り裂く芸当も → 一瞬で切り裂く芸当も

2011/10/12 記述修正 敗れはしまいと → 剣戟で敗れはしまいと

2011/10/12 記述修正 こちらと同じ様に動くはず → こちらと同じ様に動くはずだ

2011/10/12 記述修正 楽には倒せそうもないと → 楽には倒せそうもない

2011/10/12 記述修正 手を離れて右の宙へと → 手を離れ右の宙へと

2011/10/12 記述修正 数m後方に落下して倒れたまま起き上がってこなかった。 → 数m後方に落下した。

2011/10/12 記述追加 そして倒れたまま二度と起き上がる事はなかった。 → 追加

2011/10/12 記述修正 別に義手や動かせない事は無く → 別に右腕は動かせない事は無く

2011/10/12 記述修正 赤い光は弱り掠れていき → それと共に赤い光は弱り掠れていき

2011/10/12 記述修正 腕輪の加護が尽きた所為なのか → それとも腕輪の加護が尽きた所為なのか

2011/10/12 記述修正 その掌は → その掌には

2011/10/12 記述修正 致命傷となった一閃してはだけた胸に → 致命傷となった胸の傷痕に

2011/10/12 記述修正 目を落としたまま停止する → 目を落としたまま手を止めた

2011/10/12 記述修正 力尽きる直前の思念は断続的で → 力尽きる直前の詠唱もやはり断続的で

2011/10/12 記述修正 娘は力尽きたらしく → 修道服の娘は力尽きたらしく

2011/10/12 記述修正 娘が纏っていた外套と似ているが → 姉が纏っていた外套と似ているが

2011/10/12 記述修正 全員で娘を囲んでいるのが → 全員で姉を囲んでいるのが

2011/10/12 記述修正 そして一団は娘に → そして一団は姉に

2011/11/12 誤植修正 阻められてしまった → 阻まれてしまった

2011/11/12 誤植修正 三階へ続く大階段も → 二階へ続く大階段も

2011/11/12 誤植修正 即座にこちらの力を読み替えて → こちらの弱体化に感づいて即座に

2011/11/12 記述修正 とても美しい詠唱だと → とても美しい旋律だと

2011/11/12 記述修正 手はほとんど動かなかっただろうから → 指はほとんど動かなかっただろうから

2011/11/12 記述修正 戸惑っている表情をしているかに → 戸惑っているかに

2011/11/12 記述修正 まだ聞こえる左の耳で → 無事な左の耳で

2011/11/12 記述修正 右耳からも一筋の血が流れ出し → 右耳からも一筋の血が滴り落ち

2011/11/12 記述修正 一騎打ちに完全に捕らわれてしまい → 一騎打ちに完全に囚われてしまい

2011/11/12 記述修正 本当に最後のチャンス → 本当に最後の好機

2011/11/12 記述修正 姉に次の攻撃でけりをつける → 次の攻撃でけりをつけるべく

2011/11/12 記述修正 一気に間合いをつめてひたすら全力で突っ込めと → 姉へと全力で突っ込み一気に間合いをつめる様に

2011/11/12 記述修正 どちらも生きてここから脱出は出来ないし → 両者ともここからの脱出は出来ないし

2011/11/12 記述修正 問題は衰弱の進む姉が → 後は衰弱の進む姉が

2011/11/12 記述修正 動けるかどうかこそが → 動けるかどうかが

2011/11/12 記述修正 大階段を倒壊させるには到らなかった → 倒壊させるには到らなかった

2011/11/12 記述修正 機会は一度きりの好機を → 一度きりの機会を

2011/11/12 記述修正 炎が噴き出しているのが確認出来ていて → 炎が噴き出しており

2011/11/12 記述修正 姉は素早く髪をかきあげながら → 姉は素早く髪をかきあげて

2011/11/12 記述修正 廊下からの逃亡を阻止しつつ → 廊下からの逃亡を阻止しながら

2011/11/12 記述修正 一階の大階段の支柱にも → 大階段の支柱にも

2011/11/12 記述修正 視界も霞み始め → 視界も霞み始めていて、

2011/11/12 記述修正 姉が纏っていた外套と似ているが、少々色や形状の → 姉の外套とは色や形状の

2011/11/12 記述修正 最後までは伝えきる事も叶わず → 最後まで伝えきる事も叶わず

2011/11/12 記述修正 ねが、い、は → 願、い、は

2011/11/12 記述修正 左手の剣を中段を薙ぐ様に → 中段を薙ぐ様に左手の剣を

2011/11/12 記述修正 暗闇から群青色へと代わり → 暗闇から群青色へと代わりつつある様で

2011/11/12 記述修正 この地獄から逃れようとして → この地獄から逃れようと

2011/11/12 記述修正 扉へと向かい外へ出ようとするが → 扉へと向かうが

2011/11/12 記述修正 この位置から弟を迎撃するのが → この位置で弟を迎撃するのが

2011/11/12 記述修正 矢による迎撃可能な戦力を → 飛び道具での迎撃可能な戦力を

2011/11/12 記述修正 この屋敷のステンドグラスに → この屋敷の薔薇窓に

2011/11/12 記述修正 ステンドグラスに描かれた → 薔薇窓の中央に描かれた

2011/11/12 記述修正 巨大な円形の火傷痕が → 巨大な円形の火傷痕の二つが

2011/11/12 記述修正 大きな黒い円状に繋がる無数の → 円状に繋がる黒く大きな

2011/11/12 記述修正 動脈まで達しているのが → 内臓や動脈まで達しているのが

2011/11/12 記述修正 暁の空がステンドグラスに → 暁の空が大きな薔薇窓に

2011/11/12 記述修正 靄の頭だけの姿を生成して → 靄の頭を生成して

2011/11/12 記述修正 私の攻撃範囲に → 私の剣の攻撃範囲に

2011/11/12 記述修正 短慮で無策に自分の屋敷を襲撃されて逆上して → 自分の屋敷を襲撃されて逆上し短慮で無策に

2011/11/12 記述修正 人間の山を降りてくる → 手下達の骸の山を降りてくる

2011/11/12 記述修正 わずかな回復にしかならなかったが少しは足しにはなった → 極僅かではあったがそれでも多少は糧を回復させる事が出来た

2011/11/12 記述結合 下り始めた。その瞬間 → 下り始めたその瞬間

2011/11/12 記述修正 一団の突撃を待ちながら → 一団の突撃を待ち受けながら

2011/11/12 記述削除 鍛錬している人間と変わらない程度であったが

2011/11/12 記述修正 策も想定して、それを姉に伝えた → 策も想定し、姉へと伝えた

2011/11/12 記述修正 屋敷への火の回り具合については申し分なく → その後に屋敷への火の回り具合を確認すると

2011/11/12 記述修正 焼け落ちていくところだ → 焼け落ちていくところだった

2011/11/12 記述修正 このステンドグラスが → この薔薇窓と言うステンドグラスが

2011/11/12 記述修正 ステンドグラスがうっすらと → 円形状の巨大なステンドグラスがうっすらと

2011/11/12 記述修正 こちらには仕掛けてはこれまい → 仕掛けてはこれまい

2011/11/12 記述修正 扉まで近づきながら → 扉まで戻りながら

2011/11/12 記述修正 一斉に扉へと向かうが → 一斉に出入り口へと向かうが

2011/11/12 記述修正 十二人全員の首を刎ねる → 使用人達十二人全員の首を刎ねる

2011/11/12 記述修正 崩れ落ちていく → 廊下は崩れ落ちていく

2011/11/12 記述修正 そして瞼を閉じると左目から → そして左の瞼を閉じると

2011/11/12 記述修正 右目からは止め処なく → 閉じた右目からは止め処なく

2011/11/12 記述修正 その色合いは濃くて → その色合いは濃く

2011/11/12 記述修正 天井に向けられたまま → 天井に向けられたままに

2011/11/12 記述修正 頭部を投げる威力も → 首を投げ飛ばす威力も

2011/11/12 記述修正 目的の弟を確実に仕留めるだけだ → 標的の弟を確実に仕留めるだけだ

2011/11/12 記述修正 焼死されては → 焼き殺してしまうと

2011/11/12 記述修正 外套を脱ぎ → 外套を脱いで修道服姿になると

2011/11/12 記述修正 右腕は貰っていくと告げて → 右腕は貰っていくと告げてから

2011/11/12 記述修正 選択肢は左右へ避けてかわすか → 選択肢は左か右へと身をかわすか

2011/11/12 記述修正 即効の反撃で仕留める → 速攻の追撃で仕留める

2011/11/12 記述修正 踏み込んだ後再び跳んで → 踏み込んだ後再び左へと跳んで

2011/11/12 記述修正 姉もそれに合わせる様に → 姉もそれに追従して

2011/11/12 記述修正 弟の左側 → 弟の右手側

2011/11/12 記述修正 姉の右側 → 姉の右手側

2011/11/12 記述修正 常に相手の右側へ回りこむように → 常に体の右側を向けつつ相手の右側へ回りこむように

2011/11/12 記述修正 移動させ、中段を薙ぐ様に左手の剣を大きく右側へ突き出した → 移動させた

2011/11/12 記述追加 やはり最も有利な立ち位置へと動いたか

2011/11/12 記述修正 私の力で容易に凌ぐ事が → 残る腕輪の力で容易に凌ぐ事が

2011/11/12 記述削除 この弟の剣の構え方を見て~

2011/11/17 誤植修正 関わらず → 拘わらず


目的の相手がこの女の弟であったとは、今ここで初めて耳にして、私は少々驚いた。

姉であるこの女が、親に対する仕打ちの報復が理由で、実の弟の殺害を望んだのか。

私は何とも言えないものを感じていたが、今更そこに意見するつもりは無く、ここまで来たら召喚者の姉の意志を貫くだけだ。

まあ経緯は何にせよ、厄介になる前に目指す獲物である弟を発見出来た事に私は安堵しつつ、兼ねてからの計画通り、姉には側面の壁沿いを走る様に指示を出して、大広間の左側の壁際に並ぶ、二階や三階の廊下を支える支柱を私が破壊しながら、大広間の奥へと進ませる。

支柱を数本破壊すると、二階以上の廊下部分に配置された衛兵と、消火で走り回る使用人の重さに耐えられず、廊下は崩れ落ちていく。

二階の人間達は三階の瓦礫に押しつぶされ、三階の人間達はその高さからの落下により致命傷を受けて、ほとんどまともに動けなくなっている。

逆側の廊下に配置された衛兵がこちらへ矢を放ってくるが、これだけの距離があれば弾くのは小石よりも簡単で、姉が大広間の奥まで着くと、次に大階段の裏へと回りこむ。

ここでは奥の面の壁や扉を直接剣で引火させて、一階の大階段裏の廊下からの逃亡を阻止しながら、大階段の支柱にもある程度の打撃を与えつつ走り抜けていく。

途中で修道服の頭巾が崩れた瓦礫に引っかかり、頭から脱げ落ちてしまい、長い髪が一瞬視界を覆ったが、姉は素早く髪をかきあげて速度を緩めず走り続けた。

この大広間の奥に姉が移動した隙をついて、一階の部屋の中に隠れていた十数名の使用人が、この地獄から逃れようと一斉に出入り口へと向かうが扉は開く筈も無く、そこで恐慌状態に陥って悲鳴を上げるのが聞こえてくる。

最後はあえて落とさなかった、大広間の正面側の廊下に居る衛兵達からの矢を弾きながら、扉の方へ後ずさりつつ、右側の廊下を支える支柱を破壊していき、向かい側と同様にこちらの廊下も瓦解させていく。

再び扉の方へと近づいたところで、姉に一気に走らせて扉まで戻りながら、剣の届く範囲に入った瞬間、数回薙ぎ払って使用人達十二人全員の首を刎ねる。

更に大広間の奥の面の二階の廊下で構えている衛兵や、両端の部屋の扉に向かって、首の火の弾を次々に飛ばして更に火災の火力を上げつつ、飛び道具での迎撃可能な戦力を、ほぼ無力化出来たのを確認した。

これで左右と正面の包囲は崩れて、正面の敵もろくに残ってはおらず、すぐに仕掛けてはこれまい。

後はもう逃げ場も無くなっている、標的の弟を確実に仕留めるだけだ。

今のうちに、姉を正面から死角となる石柱の扉側へと回り込ませて、最後の攻撃に備えて少々休ませる事にする。

扉側の壁面を見上げると、いつの間にか外は僅かに明るくなり始めていて、空の色は暗闇から群青色へと代わりつつある様で、円形状の巨大なステンドグラスがうっすらと見え始めた。

私の目では判らないが、この薔薇窓と言うステンドグラスが暁の陽光で美しく見える頃には、全てが片付いている事だろう。

姉の体力はかなり落ちていてもう走らせるのも厳しい程で、何とか立って歩くのがせいぜいだろうと思われた。

私の方もあの炎の壁を放ってから、急速に腕輪からの糧が減少し続けており、剣の色合いや質感も若干薄れ始めていて、首を投げ飛ばす威力も明らかに低下してきているのを感じていた。

修道女ももう動けないとなると、この位置で弟を迎撃するのが無難であろうと判断して、私はその準備に入ろうとすると、姉からの声が聞こえてくる。

「緋玉の王よ、私の捧げた魂、それは最後まで残しておいて下さい。

最後に必ず、それが必要になるはずです、それと……」

腕輪の力も尽きようとしている佳境で温存するのは難しい話だと思いはしたものの、何らかの確信と意図があっての言葉と信じて、私は残っている弾である胴体を火の弾にして狙撃するのをやめて、別の手段を再考する。

その際に姉からあった魂の件とは別の提案については、無意味と判断して一度却下したのだが、少々考えを改めてそれも加えた上での策も想定し、姉へと伝えた。

その後に屋敷への火の回り具合を確認すると、三階はほとんど火の海で、全ての部屋の扉や廊下に面した窓から炎が噴き出しており、二階へ続く大階段も今まさに焼け落ちていくところだった。

二階も左右の面の部屋は半数が炎上しており、奥の面の部屋も先ほどの攻撃で逃げ場はなく、弟はもはや一階への大階段を下りるしか逃げ道は残されていない。

向こうもそれに気づいていたのだろう、最後の一団、まだ生き残っていた衛兵と使用人達をまとめて、突撃の準備に入ったらしい。

その数は約二十人で、遠距離武器は無いが長槍を構えていて、こちらと距離をとって串刺しにするつもりのようだ。

私は一団の突撃を待ち受けながら、大柄の衛兵の胴体を二体ほどすぐに使えるように準備して、姉を配置につかせる。

ここが正念場になるはずだ、私は一度きりの機会を狙ってじっと待った。

そして、好機は訪れた。

一団が弟を最後尾にして長槍を低く水平に構えて、一斉に階段を下り始めたその瞬間、私は残る腕輪の糧を大きく引き出し、用意した胴体を渾身の力で大階段の中央右脇に向かって投げつけて、即座にもう一体を中央左脇に投げつける。

もう腕の速度も相当落ちていて、最初の弾は狙い通りに大階段に作っておいた脆い箇所に命中し、支柱が折れて大階段を大きく傾かせたものの、二投目の弾は飛距離が足りず、大階段の下の段に激突しただけで倒壊させるには到らなかった。

だが体勢が崩れた所に来た二投目の衝撃により、一団は大階段から階段右脇に積み重なって転げ落ちていく。

これでもう派手な技を行うのは不可能になった。

この奇襲を見届けた姉は、最後になるであろう、魂を捧げる詠唱を唱える。

私はここで剣をかざして、宙を彷徨う生贄の魂を取り込んでみたが、やはり腕輪のそれとは比較にならず、ごく僅かではあったがそれでも多少は糧を回復させる事が出来た。

その後落下した弟の様子を窺うと、最後尾にいたのが幸いして、先に落ちた人間が緩衝材となって落下時の傷は軽傷で済んだらしく、動かない足元の使用人を足場にしてゆっくりと立ち上がると、右の腰に佩いた剣を抜き放ちつつ手下達の骸の山を降りてくる。

いよいよ直接対決の時が来たようだ。




向こうも覚悟を決めたらしく、弟はこちらを強く睨みながらゆっくりとした足取りで近づき、左手に持った抜き身の剣を構えたままで、姉の前方の私の剣の攻撃範囲に届かない際の位置で立ち止まり、意外にも無表情のまま何かを姉に対して言い放った。

私の予想では、弟は自分の屋敷を襲撃されて逆上し短慮で無策に襲い掛かってくるか、或いは襲撃者である姉の尋常ではない強さに恐れ慄き、必死に命乞いをするか、そのいずれかだと思っていたので、怒りこそ露にしているが比較的冷静なのは、私からすると意外だった。

それに対して姉は仇敵であろう弟を目の前にして、最後の命の灯火を憤怒と憎悪に変換しつつ弟へ何かを返答しており、その内容はやはり私には理解出来ない言語ではあったが、姉の語気には先の感情以外に、若干の悲嘆も含まれているのが感じられた。

姉弟は対峙した後も、屋敷が着実に焼け崩れつつある中で、しばらくやり取りを続けていたが、最後の話し合いも決裂した様で、弟は首を横に振ると剣を構え直して戦闘態勢をとった。

私もそれに応じて、具現化の度合いが薄れつつある剣を構える。

今ではもう神業を放つ力も尽きて、一瞬で切り裂く芸当も力が半減しているこの腕では出来そうもないが、通常の人間相手になら剣戟で敗れはしまいと私は考えていた。

後は衰弱の進む姉が動けるかどうかが、最後の憂慮すべき問題と推測していたのだが、この予測は良い方に外れ、姉は最後にきて死力を搾り出しており、まだ動けそうであった。

これがどの程度持続出来るのかは、もう姉の執念に賭けるしかないが、これを最大限に活用して私は戦わねばならない。

私は姉に、極力動かずに常に体の右側を向けつつ、相手の右側へ回りこむようにゆっくりと動けと伝えて、相手の出方を待つ。

弟の右手側、つまり左手で剣を構える弟からすると不利となる角度に、姉の右手側、つまり私の右腕と右眼を向けて、最も有利な立ち位置を奪おうと試みる。

何も考えていなければ、姉の回りこむ動きに、自分の体の向きを合わせる程度の動きしかしないだろうし、目論見に気付ける程の力量があれば、逆に回り込ませずこちらと同じ様に動くはずだ。

更に洞察力があり優れた剣士であれば、姉の弱点の左側へ回り込んでくるだろう、さてどう出てくるか。

弟は一瞬不適な笑みを浮かべると、こちらよりも素早く右側、即ち姉の左に回り込む様に動いてくる。

これで剣の腕も大体測る事が出来た、楽には倒せそうもない。

周囲では天井まで火の手が回って大小の瓦礫が降り注いで来るが、弟の視線は真っ直ぐに姉を見据えていて微動だにせず、周囲や背後を確認する様子はない。

もはや自分の消失する私財すら興味もなく、今は姉を倒す事にだけ集中していて、もう姉から逃亡する事も、この戦いの後の事も考えていないのだろう、弟はそんな眼をしていた。

どちらが勝ったとしても、両者ともここからの脱出は出来ないし、それを考えてもいない、まさに死闘を覚悟している訳だ。

腕輪からの糧の供給は着実に低下し続けていて、更に姉の残る気力を考えると、これは時間が長引くだけこちらが不利になっていくと推測し、出来るだけ早く渾身の一撃で相手に致命傷を負わせるしかないと私は考えて、次の攻撃でけりをつけるべく、姉へと全力で突っ込み一気に間合いをつめる様に指示を出す。

突っ込むと同時に、腕輪の糧と掻き集めて温存しておいた魂の糧を使って、相手の剣ごと力で切り伏せるのだ。

今までのこちらの怪力振りを見ていれば、こちらの突撃に対して対抗して突撃してくるとは考えられず、選択肢は左か右へと身をかわすか、後方へと下がって受け流しつつ避けるかだろう。

前進と同様に、受けとめてくる可能性も非常に低いだろうから、後は逃れる方向を予測しての速攻の追撃で仕留める。

弟が逃れる方向、それを私は推測し、姉へ飛び込んだ後即座にもう一度、そちらへ向かって飛び込めと指示を出す。

そして、姉は一瞬だけ足に力を入れてから、一気に前方へと飛び込んだ。

弟はその動きも予測済みで、慌てる事なく足の位置を移動させていく。

これで留まる可能性は消えた、次はどの方向へ避けるかだ。

私の剣もまだ中段に構えて僅かに引いたままで、どの方向の空間を切るのかは悟られないはずだ。

相手の次の足の運び方で勝負は決まる。

弟は軽く踵を浮かせた右足を、左側に向かって移動させた。

やはり最も有利な立ち位置へと動いたか。

私の読みは的中した。

姉もそれに追従して踏み込んだ後再び左へと跳んで、私の攻撃範囲内に弟を捕らえ続けた。

私はすかさず、全力で剣を水平に振りぬいて相手の剣を弾き飛ばし、そのまま胴を薙いだ。

……筈だったのだが、私の放った必殺の一撃は速度も威力も想定外に弱まって、弟の剣により阻まれてしまった。

私はここで腕輪が始めて、持ち主である姉の意志に反した行動を起こしたのに気付いた。

この一撃の際に、その攻撃を行う分の糧の供給を止めたのである。

その所為で必要量当て込んでいた糧が不足し、想定以下の斬撃にしかならなかったのだ。

弟は自分に追従した姉の動きに驚いた様ではあったが、その後の攻撃を受け止められた事で、こちらの弱体化に感づいて即座に反撃に転じてきた。

凄まじい速さで打ちかかっては来るが、小柄な体では打撃として重さが足りず、残る腕輪の力で容易に凌ぐ事が出来たのは救いだった。

そう、容易に力を使って、腕輪からの糧を使ってだ、つまり腕輪は力を消耗しきったのではなく、防御する時には糧を供給してきたのだ。

しかしこの疑問を考察している余裕はなく、弟の素早い連続攻撃にじりじりと姉は押され始める。

いよいよ姉の気力もここまでか、私は姉に最後の合図を短く送り、タイミングを計る。

これこそ本当に最後の好機、それは弟の連打が止んだ一瞬だ、私はそれを防戦しつつ待ち続ける。

優勢なのを実感してか、弟は攻撃の手を止めずに前へとにじり寄ってくる。

そして待っていたチャンスは来た。

弟の素早い連打が途切れて、勝負をかけて剣を振り上げたのだ。

それに合わせて私も、交差するように剣を中段に振りかざす。

弟は間合いを前方へと跳んで一気に詰めつつ、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

それを受けるように私も下段から剣を振り上げる、と見せかけて刀身を途中で止めた。

この時弟の顔に明らかな動揺の色が浮かぶ、それは私の動きを見てではなく、この時の姉の行動に気付いたからだ。

姉はこの瞬間、膝を曲げて踏み止まる体勢を取りつつ、左手で外套の中に佩いていた短剣を抜き、弟が飛び込んでくる方へと突き出した。

弟の剣は姉の左手で持つ短剣を払う前に私の剣により受け止められて、短剣は落下する弟自身の体重によって、疲弊した姉の力では有り得ない程に深々と腹部に突き刺さっていく。

この瞬間出来た弟の隙をついて、私は集めた魂のほとんどを一気に消費し、最後の一撃で剣ごと胴を一閃する様に振りぬいた。

弟の剣は弾かれて手を離れ右の宙へと舞い飛んでいき、弟の体は後方へ飛び跳ねる様に吹っ飛び、数m後方に落下した。

そして倒れたまま、二度と起き上がる事はなかった。

修道女の姉の願いは、こうして遂に達成された。




この姉の短剣による奇襲は、正直なところ使うつもりはなかった、私の統制下にない体の動きは邪魔にしかならないと思ったからだ。

しかしこの私の制御下でないと言う点が、優れた剣術の使い手であった弟に、却って予測出来ない動きになったのではないかと思えた。

一つの身体の中に二つの意思があり、それぞれが片腕ずつを動かしているなどと思う筈もなく、弟は剣士として人並みに落ちた私の太刀筋は見切ったが、姉の太刀筋までは読めなかったのだ。

それはそうだろう、あの瞬間初めて見たのだから、長剣を振るう姉の一部を装う私の太刀筋ではない、身体の本来の持ち主である姉の剣捌きを。

あの状況で、更に未知の展開に対して即座に対応し素早く立ち回るだけの、そこまでの剣の才覚は弟には無かったのだろう。

それとも彼のあの尋常ではない集中力が、私の腕との一騎打ちに完全に囚われてしまい、それ故に別の意識からなる姉の腕からの攻撃を視界から消してしまったのか。

しかしこの見解には一つの疑問が私にはあった、それは、なぜ弟は右手を使って姉の短剣を止めようとしなかったのかだ。

別に右腕は動かせない事は無く、二階で指揮している時に右手を使っていたのを見ていたので間違いない。

少なくとも突き刺さる直前には短剣に気がついていたはずだが、右手は動かさなかった。

命が掛かっていたのだから、今さら片腕くらい捨てても良いのではないだろうか。

この疑問はきっと解答を知るには至らずに終わるだろうと、私は視界の端に入る消え始めている自分の剣を見て、更に腕輪からの糧の供給が完全に止まったのを感じてそう確信した。

私は姉に、願いを叶えた事と右腕は貰っていくと告げてから、短く別れの言葉をかけた。

姉の方は力尽きてその場に座り込み、呆然と消えゆく私の剣と右腕を見つめていた。

そうしている間にも神の剣と右腕の輪郭は薄れ、それと共に赤い光は弱り掠れていき、そして消え失せた。




この時私は、わざと残しておいた僅かな糧で、姿も見えない靄の頭を生成して姉の頭上に存続していた。

どうしても最期まで見届けたいと思い、この光景を見聞き出来るだけの力を温存していたのだ。

私はまさに無力な魂の様に姉弟の頭上を漂いながら、この召喚の末路を見続けていた。

この姿になると、視力はあまり良くないものの、正常な色が見えるようになっていた。

空はいよいよ朝陽が昇り始めており、暁の空が大きな薔薇窓に微かな色を与え始めるが、まだ屋敷内の赤い炎が強くはっきりとは見えない。




私が消えたのと同時だったのは偶然か、腕輪は役目を終えたのを察した様に、外套と修道服の袖の下にあるにも拘わらず、周囲の炎を翳らせる程の閃光を発して、一瞬で覆われていた袖を焼き切り、灰燼と化して姉の右腕から崩れ落ちていく。

袖が大きく焼き裂かれて露になったその腕輪のあった右腕の先端部からは煙が上がり、腕輪の文様が焼印の様に黒く焼け付いているのが見えた。

更に我が力の憑依が抜けた所為なのか、それとも腕輪の加護が尽きた所為なのか、姉の右腕の断面からは血が流れ出して、垂れ下がった裂けた袖を赤く染めていき、右耳からも一筋の血が滴り落ち、右目からも赤い涙が溢れ出していた。

姉はそれら神の力が与えた傷痕、まさに聖痕の苦痛を与えられて、左手で右腕を押さえながら声にならない悲鳴を上げて、もがき呻いている。

姉の短剣が腹に刺さったままで倒れている弟はまだ息はある様だったが、流れ出ている血の量を見ると、明らかに最後の一撃が内臓や動脈まで達しているのが分かり、もう長くは持たないのは明白だった。

正常な目で見ると、弟は姉の黒髪とは違って、美しい金髪であるのがここで初めて見て取れた。

両者共に白い肌と整った顔立ちをしていて良く似ているが、何よりの姉弟の証明はやはり特徴的な瞳の色だ。

弟の虚ろな眼も姉と似た淡い碧眼だったが、姉と比べるとその色合いは濃く、青色に近いのが分かった。

弟がまだ息があるのに姉は気付き、とどめを刺すつもりなのか、それとも別の目的が残っているのか、苦痛と衰弱でよろめきつつも、弟のそばへと這いずりながら向かった。

弟の目はもう見えていない様で、仰向けに倒れたその光のない瞳は天井に向けられたままに、近づいた姉の気配に気付いてうわ言なのか遺言なのか、姉に対して何かを語っている。

姉は無事な左の耳で、弟の最期の声を聞き取ろうとしていた。

弟は今際の一言を姉に放つと、力尽きたらしく沈黙した。

その最期の言葉は姉にとって意外だったのだろうか、それを聞いた姉の表情は、とても目的を果たして満足気な様子には見えず、むしろ何かに戸惑っているかに私には見えた。

弟の言葉に何かの動揺を見せた姉だったが、我が手で死に至らしめた弟へのせめてもの弔いだろう、腹部の短剣を抜いてやり双眸を閉じさせると、その両腕を胸の上に組ませようとした時に、致命傷となった胸の傷痕に目を落としたまま手を止めた。

姉は何かを見つけたのか、弟の服を開いて、シャツのボタンを外して弟の身体を確認している。

弟の体には痛々しい特徴があり、胸部から腹部にかけて、胴体いっぱいに円状に繋がる黒く大きな火傷痕があった。

その痕の一つ一つの輪郭こそ歪んでいるが、相当に複雑な文様であったのが見て分かった。

まるでかなり幼少の頃に焼印でも押されて、それが成長と共に皮膚の再生が進み歪んでいった様な痕だ。

姉はそれを確認した後、開いた服をかけ直してやると、今度は片腕ずつ胸の上に載せていく際に、右の掌を見て再び動きが止まった。

その掌には、ほぼ全面に大柄の複雑な黒く変色した火傷痕があった。

私にはこの掌の火傷痕と胴体の巨大な円形の火傷痕の二つが、何らかの関連をしているものではないかと感じた。

あれだけの重度の火傷では、皮膚が癒着して指はほとんど動かなかっただろうから、これが最後の一撃をかわせなかった理由かと一瞬考えたが、手が動かなくても腕は出せる筈で、やはり納得は出来ない。

姉はその掌を見た後、何かに気がついたのか戸惑いの表情を浮かべて、自分の失われた右腕の断面と弟の掌を交互に見つめていた。

その後姉は何らかの確信を得て、納得したのかもしくは諦めたのか、亡き弟の両腕を胸の上で組ませてから外套を脱いで修道服姿になると、組んだ弟の手に自分の左手を添えて、本来の修道女の祈りを捧げ始めた。

もうこの屋敷の中の生存者はこの姉だけになっているのだろう、悲鳴も聞こえずただ炎が建物を焼き尽していき、姉の詠唱以外には轟音と共に爆ぜる音だけしか聞こえてこない。

しかしこの姉の祈りの声は、それらの音の中にあってもしっかりと私の耳へと届き、その祈りの意味こそ分からないものの、とても美しい旋律だと私は感じた。

その時朝陽が全貌を現したらしく、この屋敷の薔薇窓に鮮やかな色を与えて輝かせ、その色合いは周囲の炎よりも鮮明に輝き、薔薇窓の中央に描かれた、赤子へ手を差し伸べる聖母の姿を鮮やかに映し出す。

この時の姉は、右の目と耳から流血し右腕を失って、修道服の右半身を血で染めた姿であったが、不思議と背後の聖母と重なり、慈愛を象徴する微笑の聖母そのものに見えて、凄惨な姿でありながらここで始めて私は、この女の本来の姿、うら若き美しい娘の姿を見た気がした。

その表情には悲壮と失意と諦観が浮かび、閉じた右目からは止め処なく血の涙を滴らせつつ、修道女の娘は哀しげな表情で、弟への鎮魂、或いは贖罪の祈りを続けている。

娘は弟への祈りを終えて、脱いだ外套を弟の亡骸にかけると、見える筈のない私と視線を合わせる様に天を仰ぎ、軽い笑みを、とても哀しげな美しい微笑を浮かべた。

そして左の瞼を閉じると一筋の透明な涙が溢れ、頬を伝った後に最後の声が私に届いた。

「緋玉の、王よ、偉大にして、寛大なる、守護者よ、矮小で、定命の、身である、わたくしめの、悲願の、成就に、ご尽力頂き、ここに、感謝、致します。

与えて、頂いた、恩恵に、対する、対価を、捧げ、られぬ、事、どうか、お赦し、下さい。

それと、叶えて、頂い、た、この、願、い、は……」

力尽きる直前の詠唱もやはり断続的で、最後まで伝えきる事も叶わず、修道服の娘は力尽きたらしく意識を失って、その場に倒れた。




建物の延焼は進み、二階から上は完全に火の海と化しており、じきに倒壊するのだろう、それにしても良くここまで崩れ落ちずに耐えたものだと、改めてこの屋敷の造りの良さに感心した。

姉弟の倒れている場所は大広間の中央で、上から天井が落ちるまでは、荼毘に付されそうもない。

私の残る糧もいよいよ無くなって来ており、視界も霞み始めていて、音も遠ざかるように聞きづらくなりつつあったが、あの姉弟の魂は取り込む気になれず、全てが終わったと確信してこのまま消滅しようとしていた時、ここで予想外の事が起きた。

この焼け落ちる寸前の屋敷の大広間に、新たな一団が唐突に現れたのである。

その一団は十人程の集団で、姉の外套とは色や形状の異なるものを纏っており、目元もろくに判らない出で立ちで、大広間の奥の大階段裏の廊下から現れた。

私は今までの戦闘を思い返し、焼き殺してしまうと本当に弟だったのかが判らなくなるのを恐れて、弟の身柄を確認して確実に倒す為に、そこはあえて最後まで手を出さなかった場所であったのを思い出した。

火の回りも遅かったのはいいとしても、この一団はあの封じた裏口をこじ開けて浸入してきたのだろうか。

一団は姉弟を発見すると駆け寄って容態を確かめていたが、弟の方からはすぐに離れて、全員で姉を囲んでいるのが辛うじて見える。

そして一団は姉に何らかの処置を行った後、纏っている外套と同じ様な布で包んで抱えると、大広間の奥へと消えていき、私の視界はここで途切れた。





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