第三章 嘶くロバの話 魂と脳についての講義 其の一
変更履歴
2011/09/22 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/09/23 誤植修正 沸く → 湧く
2011/10/04 句読点削除
2011/10/04 記憶の結合に関する解説を変更
2011/10/04 記述統一 変りありませんから → 変わりありませんから
2011/10/04 記述修正 液体の結合に使われていない魂が → 未使用である液体の魂が
2011/10/04 記述修正 その感情・本能の絶対量は → その感情・本能の内在する本質自体は
2011/10/04 記述修正 これがその固体の → これがその生物の
2011/10/04 記述修正 生存し続ければ生物は → 生物は生存し続けると
2011/10/04 記述修正 塔が段々と → 過去と言う名の塔が段々と
2011/10/04 記述修正 ただ、絶対量は → ただ、魂の絶対量は
2011/10/04 記述修正 意識が思考すると → 一定期間参照されないと
2011/10/04 記述修正 僅かに消費されていきます → 時間経過と共に消耗していきます
2011/10/04 記述修正 この消費と言うのは → この消耗と言うのは
2011/10/04 記述修正 だんだん目詰まりを起こしていき → だんだん細くなっていき
2011/10/04 記述修正 結合の補強、つまり新たな経路を追加する事によって目詰まりの解消が → 結合部の補強が
2011/10/04 記述修正 経路は目詰まりを起こして → 経路は痩せ細っていき
2011/10/04 記述修正 結合自身が完全に閉ざされて → 結合自身が完全に断絶してしまい
2011/10/04 記述修正 全ての結合が消費され尽くされて → 全ての結合も消費し尽くして
2011/10/04 記述削除 消費された魂、 → 削除
2011/10/04 記述修正 これら全てが溶解、気化して → これら全てが溶解し気化して
2011/10/04 記述追加 因みに全工程での魂の液体から~ → 追加
2011/10/04 記述追加 具体的には感情の鈍化として~ → 追加
2011/10/04 記述修正 そして次の段階 → こうして魂が消耗し尽した時に、次の段階である
2011/10/04 記述修正 参照可能な固体の意識は → 参照可能な生物としての意識は
2011/10/04 記述修正 この時の霊魂には → この時点での霊魂の性質は
2011/10/04 記述修正 未使用で無い魂は → 使用されて固体化した魂は
2011/10/04 記述修正 死に際の感情により → 死に際の感情の三つの要素により
2011/10/04 記述修正 関わった物体、死因となった → 関わった物体や死因となった
2011/10/04 記述修正 どんなに硬い物質であろうと → どんなに硬度の高い物質であろうと
2011/10/04 記述修正 灰になります → 灰へと変化してしまいます
2011/10/04 記述修正 糧について → 糧の性質について
2011/10/04 記述修正 一部の肉体を失って → 肉体の一部を意図的に消失させる事に因り
2011/10/04 記述修正 大麻や阿片などの薬物 → 大麻や阿片などの意識に影響を及ぼす薬物
2011/10/04 記述修正 その固体化した時の → 固体化した時の
2011/10/04 記述修正 霊魂は → 肉体から乖離した霊魂は
2011/10/04 記述削除 蛇足ですが、神や悪魔が住むと云われる世界もまた同様です。 → 削除
2011/10/04 記述修正 これが、魂の辿る → これらが、魂の辿る
2011/10/04 記述修正 これにて終了 → これにて吾輩の講義を終了致します
2011/10/04 記述修正 理由があります。それは魂こそが → 理由があり、それは魂こそが
2011/10/04 記述修正 昏睡し続けさせれば → 眠らせ続ければ
2011/10/04 記述修正 液化するかについては → 凝縮するのかについては
2011/10/04 記述修正 脳内の魂を使い切ると → 脳内の未使用の魂を使い切ると
2011/10/04 記述修正 また → またこれ以外にも退化の事象がありまして
2011/10/04 記述削除 使える魂の残量があろうと全ての魂を使い切ろうと~ → 削除
2011/10/04 記述修正 それと脳内に唯一残る → それと脳内に残る
2011/10/04 記述修正 霊魂は気体なので → 霊魂は気体であり
2011/10/04 記述修正 物理的には気体で → 物理的には気体なので
2011/10/04 記述修正 一定の時間が → 寿命に相当する時間が
2011/10/04 誤植修正 優れている固体と言えます → 優れている個体と言えます
2011/10/04 誤植修正 その固体の誕生時に → その個体の誕生時に
2011/10/04 誤植修正 生存している個体にまで → 生存している個体にまで
2011/10/04 誤植修正 肉体と言う固体を → 肉体と言う個体を
2011/10/04 誤植修正 固体の姿を失い → 個体の姿を失い
2011/10/04 誤植修正 元の固体単独の形状に → 元の個体単独の形状に
2011/10/04 誤植修正 三つ使われ方で消費していきます → 三つの使われ方で消費していきます
2011/10/04 誤植修正 もうその固体が持っていた → もうその個体が持っていた
2011/10/04 誤植修正 寿命を上回った固体に → 寿命を上回った個体に
2011/10/04 誤植修正 その固体の性格は → その個体の性格は
2011/10/04 誤植修正 生き続ける上での欠かせぬ物であり → 生き続ける上で欠かせぬ物であり
2011/10/04 誤植修正 もし生きていたとても → もし生きていたとしても
2011/10/04 誤植修正 この状時の魂は → この時の魂は
2011/10/05 記述修正 経験に因る成長 → 若年時は経験に因る成長で壮年時には熟練
2011/10/05 記述修正 我々がお馴染みの → 我々もお馴染みの
2011/10/05 記述修正 灰へと → 砕け散るか或いは灰へと
2011/10/07 記述修正 ありましょうが、この部分は調査中であります。 → ありましょう。
2011/10/07 記述修正 吾輩の前に → この部分は調査中でありまして、吾輩自身が
2011/10/07 記述修正 亡霊・死霊、悪霊の類です → 亡霊・死霊・悪霊の類です
2011/10/07 記述修正 結合部か消費済みの魂の場合は → 結合部の魂の場合は
2011/10/07 記述修正 未使用か消費後の魂であれば → 未使用の魂であれば
2011/10/07 記述修正 誕生時が諸説分かれていて → 諸説分かれていて
2011/10/07 記述修正 自らを犠牲にして → 自身を媒体にして
2011/10/07 記述修正 感情・本能そのもので → 感情・本能のうち、消耗して消失していない分であり
2011/10/07 記述修正 向こう側での命の長さとなります → 向こう側での滞在時間の限界を決める要素となります
2011/10/07 記述修正 術者は再び意識を取り戻しても流出前と差異は無く → 消失分の魂の感情・本能の希薄化があれど比較的
2011/10/07 記述修正 これが結合部の魂だった場合、その者は → これが結合部の魂だった場合、運が良ければその者は
2011/10/07 記述修正 保持していた過去を失います → 保持していた過去を失い、更に運が悪ければ精神に異常を来したりそのまま死に至ります
2011/10/07 記述修正 この時の魂は → この先の魂の行方としては幾つかあり
“嘶くロバ”は予想よりも早く、翌日にやってきた。
その容姿は昨日の正装からまた変わって、今日は薄いチェック柄をしたベージュのスーツに赤い蝶ネクタイ姿だった。
右手には何かの本を抱え、左手には差し棒を持っていた。
なるほど、今日は指南にここへ来たから教師の格好と言う事か。
ロバの紳士はまるで教室に入ってくる教師さながらに、わざわざちょっと離れた所から現れてこちらへ歩いて近づいてくると、注目させる為だろう、咳払いをした。
私はその姿が現れた時から彼を見ていたので、そんな事をせずとも注目しているのだが、彼流の演出の一環であろうから、あえて口出しせずにおいた。
紳士は私が自分の方を向いているのを確認すると、いつもよりも輪をかけて流暢な口調で語り始めた。
「これはこれは、雪だるま卿よ、既にお集まりですな、本日は吾輩の講義に御参加頂き、恐悦至極であります。
さて本日は諸兄らも関心を抱いている事と思う、我らがあちらで生き続ける上で欠かせぬ物であり、また力の根源となる糧の原料である魂について、現段階の推測出来ている情報を伝授致しましょう。
ただ、今申した通りこれらはまだ調査中であり、新たな事実や発見によって、この度の講義内容は覆る事も起こるかも知れませんが、その点はご容赦願いたい。
では前置きはこの辺にして、本題に移らせて頂きます。
まずは、最初に魂とは何かについてお話し致しましょう。
魂とは、向こう側の世界の生物全てが保有するもので、如何なる理由で死に至ったとしても、必ず肉体から失われる物であります。
逆に言えば、魂があって生物は生存状態が成り立っている、とも言えましょう。
では魂は生きている生物の何処にあるのか、それは頭、正確には脳内にあります。
魂が脳内にあるのには理由があり、それは魂こそがその生物の感情、或いは本能そのものであり、脳が持つ記憶と密接な関連を持っているからであります。
感情・本能はその生物の行動を決定する上で、最も重要な要素です。
これがなければ、その生物はもし生きていたとしても自ら動く事はないでしょう、その意思を持つ事が出来ないのだから。
魂は六つの工程によって、満たされ、使用され、消費され、消えていきます。
これは肉体の誕生から死までのプロセスに準じていますから、それを踏まえてご説明致しましょう。
ここで魂と脳が如何にして結びついているかが、ご理解頂けるはずです。
第一の段階、誕生です。
誕生とは、肉体と魂が融合して、生物として命を得た事を言います。
これは生や誕生を司る神や創造主の領分であり、その力を有しない他の存在には判りかねるところで、吾輩もそういった事象に立ち会えた事が無いので、それほど明確には解明出来てはおりません。
どうやら初期の魂は巨大な一つの塊で、『原初の泉』と呼ばれ、そこへ作られた肉体を浸す事により、その肉体に宿るべき量の魂が充填されるらしいです。
吾輩も、この『原初の泉』を我が目で見たことが無いので、それは文献上の情報でしかありませんが、その様に定義されております。
なお、この『原初の泉』は、各神々や悪魔、宗教、教派でも表現が全く変わる所ですので、現実は異なるのかも知れません。
文献によっては、深き海、巨大な雲、濃霧、神々のミルク、悪魔の精液、などと描き表しているものもあります。
まずこれで生物は生まれ、次に魂は脳内で変化していきます、これが進化です。
第二の段階、進化です。
生物は、その充填された魂と肉体が揃う事で命を作り出し、維持する事が出来るようになります。
この命が維持された状態になると、これから説明する、過去の構築・保持と、思考が可能になります。
この時魂は脳の中にありますが、その形状は液体と云われています。
充填される時既に液体なのか、気体として脳内に入ってから凝縮するのかについては諸説分かれていて、詳細は現在も調査中です。
これがその生物の本能・感情そのもので、生物はここから行動を決定付けていきます。
次に、生物は生存し続けると行動する事に因って、様々な経験をしていきます。
それが脳内では記憶として蓄えられていきますが、この記憶と言うのが、それ単体では使う事は出来ないのです。
この記憶を引き出せる様にするには、液体として存在している感情・本能が正しい組み合わせで固体化して、記憶同士を固定し結合させていく事により記憶の伝達が確立され、記憶は当時の感情と組み合わされて、過去として思い出せる形で保持されていくのです。
判りやすく言い換えると、記憶は丸い球で、その球を固定し球同士を繋ぐ骨組みが固体化した魂であり感情・本能で、この球と骨組みを組み合わせた過去と言う名の塔が段々と高くなっていく、といった具合です。
こうして魂である感情・本能を使い、記憶を感情と結びつけて保存しながら過去を作り出し、その情報を引き出しながら思考するようになると、それがその生物の意識となります。
つまり生物の進化と言うのは、ある行動の結果から、脳内にある感情の魂を消費しながら記憶と共に過去を構築し続け、それを元に思考する意識でより優れた行動をとり、またその結果を蓄えていく、これの繰り返しなのです。
未使用である液体の魂が結合に使われたからと言って、その感情・本能の内在する本質自体は変わりありませんから、過去が増えるのに比例して感情がなくなっていく、などと言う事もありません。
ただ、魂の絶対量は誕生時に充填された量と決まっていますから、これを使い切れば、それ以上の記憶を過去として構築する力は無くなります、これ以降は退化となります。
第三の段階、退化です。
脳内の未使用の魂を使い切ると、そこから先の行動による経験は過去として保持されなくなります。
またこれ以外にも退化の事象がありまして、この感情による記憶同士の結合は、一定期間参照されないと、その経路の結合部は時間経過と共に消耗していきます。
この消耗と言うのは、具体的には過去の参照を行う経路がだんだん細くなっていき、通りづらくなっていく事です。
これを補う為に、意識が参照した過去の経路は、まだ液体の魂を消費して結合部の補強が行われます。
より強力な結合になればなるほど、それが優先されて参照される経路となります、これは言い換えれば、よく使われる道は広くきれいに整備しておくと更に利便性が増していく、と言う事です。
これらの補強も、魂の枯渇と共に行われなくなり、経路は痩せ細っていき、やがて結合自身が完全に断絶してしまいその経路は参照不能となります。
こうして脳内の未使用の魂が尽きて、次に結合に使われた魂も失われていくと、やがて全ての結合も消費し尽くしてしまいます。
生物の本来の寿命は、この魂の充填量を消費しきった所までと定められている様です。
そうなると、眠り続けていた生物は魂の消費量が少ないはずで、生物を眠らせ続ければ長く生き続けられるのか、という疑問が湧く所でありましょう。
この部分は調査中でありまして、吾輩自身が、実際に眠らせ続けて、その種族の本来の寿命を上回った個体に遭遇出来ておりませんが、文献上ではこの様に記されております。
因みに全工程での魂の液体から固体への形態変化では、感情・本能の変質はありませんでしたが、結合部の消耗による消失は、魂の絶対量の減少ですので感情や本能への影響が発生する様です。
具体的には感情の鈍化として表れるのですが、概ねそれは若年時は経験に因る成長で壮年時には熟練だと捉えられています。
こうして魂が消耗し尽した時に、次の段階である死が訪れます。
第四の段階、死です。
実際には、この段階へは魂を使い切って到達する生物は稀で、殆んどの生物はこれよりも先に、様々な運命の果てに肉体的な死が訪れます。
生物が死を迎えた時、脳内に納められていた未使用の魂、結合に使われた魂、これら全てが溶解し気化して、脳内から肉体をすり抜けて流出します。
これと同時に、魂と肉体の融合が解かれたので、意識は失われます。
この時、脳内では全ての構築された記憶の結合が解かれてしまい、過去として保持していたものは崩壊して、脳内にはバラバラになって無秩序に集まった記憶だけが残るのです。
一度この様に崩壊してしまえば、もう二度と元通りに結合しなおすのはほぼ不可能です。
何故なら、誰も元はどう組み合っていたかが判らないからです。
それ故に、あらゆる超自然の力を有する存在においても、蘇生は最も難しい力となっています。
しかしながら、蘇生を行う力を持つ神の存在もあるのは間違いありませんから、何らかの方法があるのでしょうが、吾輩も完全に死んだ状態の者を蘇らせる、反魂の成功例を知りません。
さも反魂したかの様に見せる力はありましたが、それは死ぬ前の生物の脳の構造を、新たな生命を宿した生物の脳に復元する、いわば転生で、これは元がまだ生きていて残っているから出来たのですが、実際には同じ感情、同じ過去、同じ思考を持つ別の生物を作り出しただけで、元の魂は復活してはいません。
この反魂については、詳細はまだ確認が必要な箇所であります。
それと脳内に残るバラバラになった記憶の参照については、参照可能な生物としての意識は既に無いので基本的には出来ないとされていますが、死者の記憶を覗く力を有する存在があると記す文献も多少ありますので、絶対に不可能でも無いのかも知れません。
次に、肉体を離れた魂は、ここでやっと我々もお馴染みの姿で現れます。
それが次の段階、霊魂です。
第五の段階、霊魂です。
肉体から離れた魂を通常なら魂と呼んでいますが、説明上判りづらいので、今回の講義では霊魂と呼びます。
この霊魂ですが、生物によって大きさが異なるのはもちろん、同種でも個体差があります。
では、大きさの差異は何を表すのか、それはその生物の持つ、感情・本能の強さの度合いです。
より大きい霊魂を持つ者は、強い感情・本能を持っていて、生物的にも強く優れている個体と言えます。
霊魂の重さについては、これはどの種族の生物であっても同じく、体積に比例して重くなり、その比重はより生命力の高い生物ほど密度が高く重くなりますが、霊魂は気体であり宙に漂う能力を持っているので、この重さは実質的にはあまり関係ありません。
次にその形状ですが、その者の肉体の姿に酷似しており、色は乳白色で均一な半透明の姿をとり、生存中の生物には原則不可視の存在で、物理的には気体なので接触も彼らには不可能です。
一部の宗教では、その容姿には足が無い等の部分的な肉体の欠如も見られますが、そういう姿の霊魂に吾輩は巡り合った事が無いので、その形状はあまり一般的ではないと思われます。
霊魂は、その個体の誕生時に封入された感情・本能のうち、消耗して消失していない分であり、肉体が死んだ時点で三種の形状の全ての魂が気化して一体となり、肉体の形状を模した姿として肉体の外に現れます。
この時点での霊魂の性質は、使用されて固体化した魂はその過去として保存された感情を強く持ち、未使用の魂は死の直前の感情を強く持っています。
生まれ持った感情・本能と生前の生き方と死に際の感情の三つの要素により、霊魂の性質は変化します。
この性質が激しければ激しいほど、霊魂としての力は強く寿命は長くなり、糧としての質も高いものになります。
逆に大した感情も持っていない霊魂は、その寿命も短く、また糧としても少量となります。
この保持している力が極度に強力であると、物理的に影響を及ぼしたり、生存している個体にまで感知出来たりする者もあり、これがいわゆる、亡霊・死霊・悪霊の類です。
この段階の特徴は、肉体と言う個体を区切る障壁がなくなっているので、原初の性質なのか、非常に他の霊魂と融合しやすいです。
融合した霊魂は個体の姿を失い、融合する数が増えれば増える程、原型を失い歪な姿になります。
一度融合した霊魂は、元の個体単独の形状に戻す事は出来ません。
霊魂はその生物の死に関わった物体や死因となった物等にも若干ですが残留し、エネルギーの変換効率は非常に悪いですが、その力を意図的に物質に定着させる事も出来ます。
これが武器であると、繰り返し生物を殺し続ければ、複数の霊魂を堆積させて行く事になります。
ただしどんな物にでも体積すると言う訳ではなく、それなりの物体、神の力が宿るとか魔力を持っている物だとか、そういう特定の物質で無ければ大量の霊魂は堆積出来ない様です。
それと、こういった霊魂の力を封じた物質は、その力を全て放出すると物質として形状を維持する力も同時に失い、多くの場合、どんなに硬度の高い物質であろうと不変性の高い物質であろうと、砕け散るか或いは灰へと変化してしまいます。
ここで最も気にかかるであろう、我々の糧の話を致しましょう。
もうご存知の通り、我らが向こう側で最も必要となる物であり、これ無くしては何も進まない程に重要な物であります。
糧は、生贄として捧げられた生物、これは動物に限らず植物でも構いません、これらの霊魂から作られる物です。
我々は霊魂を直接取り込んでいるのではなく、糧として霊魂を変質させた後、吸収可能な形状に変化させて取り込んでいるのです。
そうでないと、捧げられた霊魂を一つの物体として扱えませんから。
この、扱う、と言うのは、神よりも悪魔として召喚されれば、より判りやすいと思います。
彼らは、魂を喰らう以外の使い方が出来る存在ですので。
これに関しては、実際に悪魔や魔神やらといった類になった時に、その力をふるってみて頂ければと思います。
何しろ種類が多いのとその技も多岐に及びますので、簡単には説明出来ませんが、一言で言えば『契約』と言う形でそれは行われます。
この単語が出てきた時は、そういった特殊な行為を要求される場面だとご判断下さい。
さて、糧の性質について、判っている事をお知らせしておきます。
糧を取り込める量は、どの様な形状の器であろうとも制限は無く、無尽蔵に取り込む事が出来ます。
取り込んだ糧は、向こう側の世界に留まる為の力と、その器の肉体を維持する為の力と、召喚の目的を果たす時に使う能力を発揮する為の力の、三つの使われ方で消費していきます。
この三つのうち、自分の意思ではほとんど制御出来ないのが、留まる為の消費で、これが実質的な向こう側での滞在時間の限界を決める要素となります。
ある程度は制御出来るのが、肉体維持の消費で、これは糧が余っていれば強化する事も可能であり、逆に肉体の一部を意図的に消失させる事に因り消費を抑える事も出来ます。
最後に、完全に意思の制御下にあるのが、能力の消費です。
これらの三つの消費を考えつつ、限られた糧を有効に利用して我々の目的を果たしていく、と言う事になります。
ちなみに、一旦糧として取り込んだ霊魂は、糧に変質した段階で感情・本能は失われ、二度と戻る事はありませんのでご注意下さい。
それから、少々特殊である仮死状態についても、ここでお話しておきましょう。
仮死状態の場合、魂はどのようになっているかと言うと、一部が流出している状態です。
様々な儀式で用いられる大麻や阿片などの意識に影響を及ぼす薬物を用いて恍惚状態になり、その肉体に神や精霊を宿らせて神託を受けたりするのが、一般的な意図的に行う仮死です。
この時術者の魂は部分的に肉体から流出しており、その流出した霊魂は肉体と繋がっている間は、飛び出した霊魂が経験した情報を脳内の記憶として保持して過去を構築する事が出来る様で、この記憶が神託となります。
ただし、通常の生存している時と同じレベルではなく、取り留めの無い断片的な記憶にしかならないそうです。
流出した霊魂の部分は脳と連携されていないので意思はなく、流出したのが未使用の魂なら流出直前の感情・本能を元に行動するので、儀式の目的は果たせますが、結合部の魂の場合は目的はほとんど覚えておらず、固体化した時の過去の感情に基づいて行動するだけですから、儀式は失敗するでしょう。
そしてこの流出した霊魂は、もちろん脳内へ戻る事は出来ませんから、じきに肉体との接点が切れて、言ってみれば霊魂の欠片となり消滅していくのです。
この流出する魂が全て未使用の魂であれば、術者は消失分の魂の感情・本能の希薄化があれど比較的無事に目を覚ます事が出来ますが、これが結合部の魂だった場合、その者は失った結合部が保持していた過去を失い、更に運が悪ければ精神に異常を来したりそのまま死に至ります。
こうして、自身を媒体にして召喚を行う者達は、文字通り自らの魂をすり減らし、命を削って儀式を行っているのです。
さて、再び霊魂の話に戻ります。
肉体から乖離した霊魂は、空気中では段々と揮発しており、完全に揮発するまでが霊魂の寿命となります。
この揮発の速度は、霊魂の持つ感情・本能の強さと密度に比例して変化します。
寿命に相当する時間が経過すると、完全に霧散します。
これが最後の形状、消失です。
第六の段階、消失です。
完全に空気中に溶けた魂は、もうその個体が持っていた感情・本能を感じる事は出来ません。
この先の魂の行方としては幾つかあり、原初の泉へと戻って原初の魂として再び肉体へと入ると云う輪廻転生説や、気化して上空へと上がり、雲となり雨となって大地に降り注ぎ万物に吸収されるという説もあります。
結構多いのが、死後の世界、来世へと招かれているとするもので、生前の行いによって行き先が変わるとしている説は、多くの宗教で用いられています。
しかし、吾輩は一度もその来世と言う異世界を見た事が無いので、この説はあまり信憑性は無いのではないかと考えております。
これらが、魂の辿る六つの工程になります。
甚だ簡単ではありましたが、これが魂と脳との関連であります。
これにて吾輩の講義を終了致します、長時間のご清聴、誠にありがとうございました」
ロバの講師は頭を下げて私に会釈をした。
私はその講義内容と、雄弁な口調を褒め称えておいた。
講師は満足げな表情で私の言葉に対して再度会釈すると、上着の右ポケットから銀の懐中時計を取り出し、時間を確認している。
「おお、申し訳ない、雪だるま卿よ。
吾輩、これから火急の用事があって、すぐに戻らねばなりません。
今回の講義に関して何かご意見があれば、是非論じ合いましょうぞ。
それでは、失敬」
ロバの紳士は、早口で別れの挨拶を済ませて、速やかに消え去った。
私はしばらく呆気に取られていたが、今回新たに知った内容は色々と今後に使える情報であり、しっかりと理解しておくべきと判断し、ロバの講師の講義内容を思い出しながら、思索に耽っていった。
第三章はこれにて終了、
次回から第四章となります。