第二章 キマイラ2 其の四
変更履歴
2011/04/19 記述統一 我輩 → 吾輩
2011/06/28 誤植修正 今だ → 未だ
2011/09/04 記述修正 ロバの紳士は肩をすくめて見せて、 → ロバの紳士は肩をすくめて見せた。
2011/09/04 改行削除 ~とても面白い話ですな、 → ~とても面白い話ですな、今までは一つの~
2011/09/19 誤植修正 例え → たとえ
2011/09/20 記述統一 1、10、100 → 一、十、百
2011/09/21 誤植修正 乗っている → 載っている
2011/10/03 句読点削除
2011/10/03 記述修正 “嘶くロバ”は今回の反魂の儀式について → 今回の反魂の儀式について
2011/10/03 記述修正 この様に言って → “嘶くロバ”はこの様に言って
2011/10/03 記述修正 私は“嘶くロバ”の → 私には“嘶くロバ”の
2011/10/03 記述修正 老人の蘇生を首を挿げ替えて → 老人の首を挿げ替えて
2011/10/03 記述修正 私の目から妙に映っていたと → 私の目からは奇妙に映っていたのだと
2011/10/03 記述修正 葉巻を銜えて燻らせて → 葉巻を銜えてから燻らせて
2011/10/03 記述修正 告げないでいる事にして → 告げないでおく事にして
2011/10/03 記述修正 当たっていた訳だが → 当たっていた様だし
2011/10/03 記述修正 あのシャーマンの死を覚悟で臨んだ態度が → あのシャーマンの私の目からは奇妙に映っていた一連の態度が
2011/10/03 記述修正 私の目からは奇妙に映っていたのだと → 掟に従った死を覚悟で臨んだ結果の現れだったのだと
2011/10/03 記述修正 納得出来る話だ → 納得する事が出来た
2011/10/03 記述修正 魂と脳についての関係については → 魂と脳の関係については
2011/10/03 記述修正 たとえ守護霊が違っていて反魂を司る → たとえ彼が反魂を司る
2011/10/03 記述修正 殺すべきではなかったのです。 → 殺すべきではなく、まだ生きている
2011/10/03 記述修正 老人の首を挿げ替えて → 老人の体を丸ごと挿げ替えて
2011/10/03 記述修正 本当に死体が蘇るはで → 死体が蘇るはで
2011/10/03 記述修正 最初の召喚は無事完了して → 最初の召喚は完了し
2011/10/03 記述修正 可能になる訳ですよ。 → 可能になる訳ですよ!
2011/10/03 記述修正 興味深い話ですぞ → 興味深い話ですぞ!
2011/10/03 記述修正 一度死んだものに → 一度死んだ生物に
2011/10/03 記述修正 肉と皮の厚みの → 筋肉と脂肪の厚みの
2011/10/03 記述修正 生きとし生ける物から → 生きとし生けるものから
2011/10/03 記述修正 肩をすくめて見せた → そう言うと肩をすくめて見せた
2011/10/03 誤植修正 再会 → 再開
2011/10/03 誤植修正 漂よわせた → 漂わせた
2011/10/05 記述修正 シャーマンの言葉の通り → シャーマンが壊れた魂と表現した言葉の通り
2011/10/06 記述修正 大き目のシルクハットで → 大き目のシルクハットを被り
2011/10/06 記述修正 一通りの説明が → たった今一通りの説明が
2011/10/06 記述修正 切断したのでしょう? → 切断させたのでしょう?
2011/10/06 記述修正 彼の一族は、その生と死を司る → 彼は生と死を司る
2011/10/06 記述削除 一応医療器具は持っていたようだから~ → 削除
2011/10/06 誤植修正 固体としての境界がなくなっていて → 個体としての境界がなくなっていて
「雪だるま卿よ、それは致し方なかったと思いますぞ、貴殿の所為と言うよりも、そもそもその儀式は失敗すべくして失敗しておりますな、吾輩の経験則から言わせて頂ければ」
今回の反魂の儀式について、状況を説明した上で意見を求めたところ、“嘶くロバ”はこの様に言って、私の非では無いと擁護した。
紳士は私が闇の世界に戻ってから二日後に、何故かタキシードの正装で現れた。
頭にはロバ頭に合わせた大き目のシルクハットを被り、腕には木製のステッキをかけている。
靴も良く磨かれたエナメルの靴で、まるで社交会か晩餐会の帰りの様な出で立ちだ。
紳士はこれ見よがしに私の前に胸を張って立ち、深々と頭を下げて王族に対する臣下の礼か何かの様な、大袈裟な挨拶と共にやってきたのだった。
格好については適度に絶賛しつつ、早々に話題を向こう側の世界での出来事へと代えて、たった今一通りの説明が終わったところだった。
彼は大袈裟に相槌をうちながらわたしの話を聞き、その顛末を聞いても想定通りと言わんばかりに、満面の笑みを崩す事無く頷いていた。
そして全てを話し終えたところで、“嘶くロバ”の総評が始まった。
「まず、その老人と若い奴隷のキマイラですが、反魂失敗の原因は全部で三つあります。
第一の失敗は、シャーマンが二人の人間を同時に殺させている事です。
魂は肉体から離れてしまうと、次第に空気に混ざって消えていくのですが、その状態はもう個体としての境界がなくなっていて、他の魂が近くにあると融合してしまうのですよ。
単一の浮遊している魂の状態なら、生前の本能が保持されているのですが、一度融合してしまうとその構成は変質してしまい、魂だけでも保持される本能も破壊されてしまってもう元には戻りません。
シャーマンが壊れた魂と表現した言葉の通り、老人と奴隷の魂は融合してしまい、老人の魂はその段階で既に蘇生不能であった可能性が高いですぞ。
貴殿に魂を差し出す時に時間をずらして順次殺す様にするか、或いは殺した後即座に貴殿へ詠唱にて魂を確保させるかしておれば、この事態は避けられましたな。
シャーマンは果たして、それを知らなかったのか、それとも意図的だったのか、どうなんでしょうかねぇ?
第二の失敗は、医者の首の縫合手術です。
その医者は、体格の異なる二人の人間の首を繋ぐ際に、外周が一致している箇所を切断させたのでしょう? それではまともに体が動く事は無かったでしょうねえ。
推測ですが、その医者は本物の外科医では無かったのではないですかな?
首を接合する上で注意せねばならないのは、脊椎・神経と、動脈・静脈等の循環器系、それと食道です。
首の外周はこれらの上に載っている筋肉と脂肪の厚みの差異で変わる要素で、これでもって切断箇所を決めるなど考えられませんな。
それと、確かに難解な手術である事は事実でありましょうし、時間も掛かるのは致し方ないとも言えますが、死後六時間は経過しているのも、魂の乖離から来る脳への損傷を考えると致命的です。
脳は魂が離れてしまうと、意外な程の早さで修復不可能な程に壊れますので。
魂と脳の関係については少々複雑なものでして、これは別の機会に僭越ながら吾輩が講釈させて頂きましょう。
第三の失敗は、老人の魂の取り扱い方です。
貴殿は魂を老人の頭に押し込んで戻した、と、まぁ、元々奴隷の魂と融合した後でしょうから、何をどうしても老人の意識が正気で戻る可能性はゼロでしたが、そもそも貴殿の器である、生と死を司る精霊、いわゆる壺の精には、元々反魂は出来ないのですよ。
かの精霊が可能なのは、生きとし生けるものから魂を奪い死を与える事と、新たな生を作り出し生物を誕生させる事の二つで、治癒の様に見えたのは新たな命に生命力を注ぐ、生の息吹というもので、やはりこれも一度死んだ生物に使うものではありません。
そのシャーマンの部族の信仰では、一族ごとに交霊出来る守護霊が別に居りましてね、いくつかいる精霊の中には、反魂を司るのも居たような気もしますが、彼は生と死を司る精霊を守護霊として持つ一族の者だったのでしょうから、それでは反魂の奇跡は起こせません。
それに、確か反魂はその部族の数ある交霊術の中でも最も難しく、最高位のシャーマンでなければ出来ないはずで、そのシャーマンは剃髪していたとするとそれは位の低い者ですから、たとえ彼が反魂を司る精霊を守護霊として持つ一族であったとしても、やはり無理だったでしょう。
大体、老人を回復させる意図で行われた儀式だと仮定した場合ですが、そもそも呼び出すべき精霊が間違っていたと言えます。
首を胴体から切り離すという荒業に出ているから仕方ないのでしょうが、本来なら老人を完全に殺すべきではなく、まだ生きている人間を回復させるなら、殺して蘇生などせずに治癒すべきでしたな。
少なくとも、仮死状態にして肉体を生きている状態のままで、老人の肉体の不具合箇所をその奴隷から移植して治癒の力で回復させれば、非常に危険な魂のやり取りもなく、成功率は蘇生よりは高かったでしょう。
そのシャーマンの格好ですが、白い装束で体中に文様を描いていたのでしたな?
これは吾輩の推測になりますが、そのシャーマンは恐らく、この儀式が失敗するのは判っていたのだと思いますぞ。
彼は貴族らに故郷から連行されて来た、その時に犠牲者を少しでも減らす為にその男だけが来たのでしょう、連れ去られれば二度と戻れないと判っていたから。
その部族の白装束と体への文様の意味は、白装束が生贄が着る服で、体の文様は死に化粧なのです。
部族の慣わしでは、生贄となり命を捨てる者は、死ぬ時刻の丸一日前から誰とも何者とも口を聞いてはならない慣わしなんだが、流石にそれは諦めたのでしょうかね。
そのシャーマンに比べると、医者の男は愚かしいだけの役立たずとしか思えませんな、医者としても大したものでもなさそうですし。
うむむ、吾輩はどうも医者に対しては少々厳しい評価をしてしまうのですよ、何せ神と崇められた名医を知っているものだから、つい。
それにしてもやはり最も気になるのは、何故わざわざ一度殺して蘇らせるという面倒な手法を採っているか、これは意図的だったのか、これしか思いつかなかったのか、この選択肢の違いは両者で随分と異なる解釈になっていく重要な箇所ですなぁ。
それとこの儀式の方法、老人の体を丸ごと挿げ替えてしまおうと考えたのが誰だったのか、これもとても興味深いですぞ。
もしこれがシャーマンだったのなら、その理由は復讐かな、この貴族の最も救いたい者を化物へと変えてから殺すという、なかなかに残酷で効果的な報復とも考えられますな。
無事報復を果たしたシャーマンは、最後に自分の守護霊が生み出した駄作を処分して、自らも命を捨てる事により貴族の処刑を免れて、めでたしめでたし。
これが医者の企みならば、迷信的なシャーマンの交霊術が上手くいかないのを想定して、貴族を騙して報酬として金品でも手に入れようとしたのかも知れない。
ところが本当に何かが出て来るは、死体が蘇るはで、色々混乱していたがシャーマンが死んだのを好機と見て、貴族に弁明してシャーマンへ失敗をなすりつけようとしたけれど、哀れ医者は始末されてしまいましたとさ、めでたしめでたし、とか。
はたまた貴族自身の発案なら、シャーマンも医者も、どちらも成功するとは思っていなかったが、双方とも弱みを握られていてやらざるを得なかったのかも知れませんぞ。
その結果、やっぱり失敗してしまい、シャーマンはどのみち殺されるならばと、せめて守護霊の元へ召されようと自身を生贄に捧げて、医者は貴族の計画に対して抗議したが、貴族の身勝手な怒りを買って殺されましたとさ、めでたしめでたし、でも通りますかな。
更に飛躍させれば、貴族と老人は悪者で、医者かシャーマンのいずれかが彼らの悪しき企みを挫く為に自らの命を賭して、この役を演じたとか。
老人の復活を失敗させて完全に封印する為には魂を滅ぼす必要があって、シャーマンか医者か、或いは両者は復活の儀式を装って命がけでそれを実行し、こうして無事老人の魂は破壊され、悪しき貴族の野望は潰えて危機は去りましたとさ、めでたしめでたし、なんてのも面白いですぞ。
ま、こういったパターンくらいならすぐに思いつきますが、結局、どの内情が正しいのか間違っているのかは、もう確認しようも無いですがねぇ」
ロバの紳士はそう言うと肩をすくめて見せた。
「ああそれと、シャーマン以外の者達の言葉が判らないのは、当然と言えば当然で、全知全能の力とか読心術でも持っていない限り、人間と同様で異なる文化や言語は理解出来ませんな。
超自然の存在と言えども意外と不自由な物ですよ、局所的な力しか与えられない我々ではね」
ここで一旦言葉を切って、上着の内ポケットから銀のシガーケースを取り出すと、その中から葉巻を一本取り出してシガーケースをしまい、今度はシガーカッターを取り出して、葉巻の一方の先端をゆっくりと切り落として吸い口を作った。
その次に、上着の逆の内ポケットからオイルライターを取り出して火を点けると、葉巻を回転させつつゆっくりとライターの火で炙り、葉巻の先端へ着火する。
そして均一に着火したのを確認するとオイルライターをしまい、満足げに微笑んで葉巻を銜えてから燻らせて、紳士の周辺に紫煙を漂わせた。
一服したところで、彼は総評を再開する。
「さて、蘇生の失敗と、彼らの内情に関する不毛な憶測はこんなものでしょうか。
ここまでは余興で、吾輩が興味を覚えたのはそこではなく、再召喚についてです。
それは吾輩も未だ遭遇した事が無い事象ですぞ、いやぁ、非常に興味深い。
吾輩の場合は、召喚時の半数が儀式自体を失敗させて、術者や関係者には死んで頂いておるので、そういった事例が少なくてね」
“嘶くロバ”はここで軽く笑った後、言葉を繋ぐ。
「しかし貴殿のあれが、再召喚だったのか、二重召喚だったのかの判断に根拠はないのですが、吾輩の推測では再召喚ではないかと思いますぞ。
理由としては、最初の召喚であった対象の破壊である、第二の召喚を受理すると、向こう側の世界での存在理由が矛盾してしまいます。
これは有り得ないのではないかなと。
やはり、あの老人の反魂を目的として貴殿を召喚して、魂を戻したところで最初の召喚は完了し、糧が残っている間に再召喚として第二の召喚が開始された、と捉えるのがより自然な流れと思えますぞ。
シャーマンがそれが可能であるのを知っていたのかどうかは、彼の部族でも連続した儀式を執り行う文化はありませんから、偶然にシャーマンが起こした事象であったのでしょう。
もしこれがどの召喚でも可能なものなら、我々にとってはとても面白い話ですな、今までは一つの召喚でその目的をはぐらかしつつ、糧を永続的に得る事でしか、長期間の滞在は出来ないと思われていたのが、容易い召喚を次々に切り替えさせて、存在を維持する事が可能になるのですから。
極論を言えば、最初の術者以外でも、生贄と再召喚をする別の術者を確保し続ける事が出来れば、永続的に向こう側に留まり続ける事が可能になる訳ですよ!
これは実に興味深い話ですぞ!」
ロバの紳士は、右手の葉巻と左手のステッキを手にしているのを忘れて、興奮のあまり手を振り上げた結果、ステッキの柄を顎にぶつけて、更に葉巻を振り上げた際に長い右耳の先端を掠めてしまい、驚いた拍子に悲鳴と共に両手に持っていた物を落とし、火傷と打撲の痛みからだろう、顎の下と右耳に手を当てて苦痛に呻きながら擦っている。
「あいたたた、いやはや、これはとんだ醜態を晒してしまった、お恥ずかしい限りです。
これほど小躍りしたくなる程の朗報を耳にしたのは、随分久しぶりだったもので、つい興奮してしまって我を忘れてしまいました」
紳士は照れ隠しなのだろうか頭に手をやりながら、苦笑いで弁解しつつ葉巻とステッキを拾った。
私には“嘶くロバ”の提唱した、半永久的に向こう側へ留まる方法が、何故かはっきりと判らないが、実現してもあまり魅力的なものには思えなかった。
複数の術者を作り出し、途切れる事が無い様に連続して生贄を捧げさせ続けて、糧を常に補充し続ける、これがとても見慣れた無意味な光景として、ぼんやりと脳裏に浮かぶのだ。
それは紳士が望むような状態とはかけ離れた、微々たる力を振るうのも難しそうな糧で細々とその命を繋ぎ、ろくに身動きも出来ずにただそこに留まり続ける事しか出来ず、ひたすら不毛な忍耐を求められ続けるものであった様な気がする。
きっと、私の失われた記憶が、この紳士の名案と合致する何かを探り当てているのだろうが、私にはそれを引き出す事が出来ず、何とも歯痒くて自身に苛立ちを覚えた。
結局その朧げな記憶に確証が持てず、彼にはそれに関して特に告げないでおく事にして、その名案が上手くいく事を願っているとだけ伝えた。
“嘶くロバ”は、恐らく失敗するであろう、その名案にすっかり気を良くして、意気揚々としながら、近日中に顔を出すと私に告げて、丁重な礼と共に姿を消した。
この時に、やはり憶測であっても、彼に伝えておくべきだったかと少々後悔したが、あの紳士ならきっと大丈夫であろうと考えを改めると、彼の総評を考えてみた。
私がどう足掻こうともあの儀式は失敗していて、それがやはり魂の扱いに関するところだったのは、私の予測も当たっていた様だし、あのシャーマンの私の目からは奇妙に映っていた一連の態度が、掟に従った死を覚悟で臨んだ結果の現れだったのだと言われれば、納得する事が出来た。
紳士は意味が無い不毛な事だと言っていたが、実際の彼らの関係には、知った所で仕方が無いのと、もはや知り様が無いのが殆んどなのだから、それを求めていては立ち行かなくなるのも目に見えているが、同じ人間としては、より正しい者に助力し、誤っている者に罰を与えたいと望むのが、人としての性分では無いだろうか。
それと、善悪は度外視したとするなら、召喚されたからには、その使命は出来るのであれば果たすべきだとも、私は考えている。
それが我々にとって何の利益ももたらさない事は無く、今すぐではなくとも、後々何らかの影響は現れるのではないかと思えるからだ。
ロバの紳士の、向こう側の住人を全て悪意を持って敵視し続けている姿勢にも、未だ変わりなかったが、少なくとも私は、この点に関しても彼の持論とは異なる考えでこれからも臨むつもりでいる。
召喚の成果に対する影響について、彼を諭す事が出来るだけの確証を得られれば良いのだが……
もう一つ彼の話にあった、脳と魂についての講義の事を思い出した。
それが判っていれば、生贄や魂等の扱いが要領よく出来るようになるのだろうか。
これらは向こう側で存在する為の糧と直結する死活問題であるだけに、是非とも聞いておきたいところだ。
私は再び“嘶くロバ”が現れる日を待ちつつ、眠りについた。
第二章はこれにて終了、
次回から第三章となります。