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『誓約(ゲッシュ) 第一編』  作者: 津洲 珠手(zzzz)
第一章 キマイラ
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第一章 キマイラ 其の三

変更履歴

2010/09/23 誤植修正 召還 → 召喚

2011/04/11 小題修正 キマイラ1 → キマイラ

2011/09/11 記述修正 じょじょに → 徐々に

2011/09/25 記述修正 後半部分の文章構成を入れ替え

2011/09/25 記述修正 動きを確認する。特に変わりは → 動きを確認するが、特に変わりは

2011/09/25 記述修正 自分が惨殺される → 自分が生贄の様に惨殺される

2011/09/25 記述修正 取り込まれる、取り込まれた → 殺される、殺された

2011/09/25 記述修正 今までロバの紳士の話でも → 今までのロバの紳士の話でも

2011/09/25 記述修正 魂の意思を感じた事はない → 魂の意思が残っていた事はない

2011/09/25 記述修正 私自身に、 → その理由は私自身に

2011/09/25 記述修正 力の消耗していく速さが → 力の消耗が

2011/09/25 記述修正 実像の私の力を奪い、悪魔が生贄として → 悪魔が実像の私の力を奪い、

2011/09/25 記述修正 悪魔は → 悪魔は凄まじい早さで私の惨殺を繰り返し

2011/09/25 記述修正 瞳 → 黒目

2011/09/25 記述修正 こちらは完全に一周した後に → こちらは後方へと伸びていて完全に一周した後に

2011/09/25 記述修正 元は白い肌の人間の女のもので → 白い肌の人間の女のもので

2011/09/25 記述修正 状態で止められている → 状態になっている

2011/09/25 記述修正 体を後ろの鏡へと向ける → 死に物狂いにもがいて体を後ろの鏡へと向ける

2011/09/25 誤植修正 想像以上に長い時間ののちに → 想像以上に長い落下時間ののちに

2011/09/25 誤植修正 だんだんと開いていき → 広がっていき

2011/09/25 誤植修正 引き裂いたところだった → 引き裂くところだった

2011/09/25 誤植修正 身が竦んで動けない → 身が竦んで体が硬直しそうになる

2011/09/25 誤植修正 鏡の上部のあたる → 鏡の上部にあたる

2011/09/25 誤植修正 右手を私の虎の頭を握り → 右手で私の虎の頭を握り

2011/09/26 誤植修正 光り → 光

2011/09/26 記述修正 人の姿の形状、頭部があり、胴体に手と足がついていて、二本の足で立っている、 → 頭部があり胴体に手と足がついていて二本の足で立っている、人の姿の形状

2011/09/26 記述修正 それとも何かの手品か何かで → それとも手品か何かで

2011/09/26 記述修正 私は思わず自分の頭上を確認し → 私はすぐに自分の頭上を見上げて

2011/09/26 記述修正 私の虎の頭を握り → 私の頭を握り

2011/09/26 記述修正 延びており → 伸びており

2011/09/26 記述修正 一筆書きの逆向きで描かれた星の形が → 逆さの五芒星が

2011/09/26 記述修正 新たな鏡像の私に手をかけようとしている → 次々と鏡像の私の首を千切っていく

2011/09/26 句読点削除

2011/10/20 誤植修正 悪魔は凄まじい早さで → 悪魔は凄まじい速さで


まだあまりにも、その何かは小さく、はっきりとは分からない。

だが、右の鏡にも、左の鏡にも、それはあった。

蚤か虱が蠢く様なそれは、非常にゆっくりとではあるが、大きくなっているように感じた。

私は詠唱を続けている司祭や、その後ろの杖の者らの動きを確認するが、特に変わりはないようだ。

彼らの位置からでは、それが見えはしないから、当然といえば当然か。

本能から来る警鐘は鳴り続けているが、興味もまた大きくなっていく。

もうちょっと、その姿を確認するまでは、待ってみたい。

残る力の期限も、もうしばらくは持つはずだ。

私は、探求欲に従い、この何かが大きくなるのを凝視しながら待つ。




鏡の中のそれは、無限に連なる鏡像の奥から、だんだんとこちらへと向かって来ているかのように、その姿が徐々に大きくなっていく。

それと共に、この蠢くものの姿の詳細が見えてくる。

どうやら、頭部があり胴体に手と足がついていて二本の足で立っている、人の姿の形状をしているようだ。

腕の色は、頭部とも胴体とも違って褐色に見えている。

脚は、白い布の長い腰巻のようなものをまとっていて、肌の色は見えないが、足の部分は非常に大きく、鳥の鉤爪が生えているようだ。

胴体の後ろにも黒い影が見えているが、あれは翼だろうか、黒くて大きな翼を持っているように見える。

ただ、その頭部は真っ黒で、胴体の肌色だろうか、白い色とは一致していない。

形状も人間の頭ではなく、面長の動物のようだ。

頭の上部からは、白い曲がったものが数本伸びている。

かなり曲がりくねった、角らしいものが生えているのだろうか。

そして、この段階でも明確に分かるものが、目だった。

頭部に四つの光点が、はっきりと見て取ることが出来た。

右の鏡のそれは赤く光り、左の鏡のは青く光っている。

この二つの移るはずの無い姿の者は、それぞれ異なる色の光を目に宿して、同じ動きをしながらこちらへと近づいて来ている。

鏡の中の存在は、まさに悪魔そのものだと、私は感じた。

それを最も感じさせたのは、その容姿ではなく、実体を持たないところからだ。

あのような容姿の怪物じみたものを作り出すのは、出来ないことではないのだろう、私自身のことを考えれば。

だが、実体を持たず、鏡の中にしかその姿が無いなど、どう考えてもあり得ない。

それとも、これも召喚によっては可能なのか。

少なくとも、今までの私が見た召喚においては、見たことがない。

するとあれは、考えたくもないが、本物の悪魔なのだろうか?

それとも手品か何かで、さもここに居ない者が居るかのように見えているが、実は別の場所に居て、それが映し出されているとか、或いは鏡の裏に居て、それが見えているとか。

今の私には、それを肯定も否定も出来る材料がなく、ただひたすら、その姿から目が離せなくなっていた。




その鏡の中の悪魔は、着々と近づきつつあった。

近づく際にこの悪魔は、鏡の中に映った檻に対して何かをしている。

悪魔は檻に左手を伸ばして、檻を掴む。

ここで、この悪魔の大きさが、檻の二倍はあるのが分かった。

檻に手をかけた悪魔は、片手でごみを払うようにやすやすと、檻の屋根の部分を剥ぎ取った。

私はすぐに自分の頭上を見上げて、こちらには影響は出ていないことを確認する。

どうやら、鏡の中で起きている事は、こちらには影響はないらしい。

目下は大丈夫だろう、再び悪魔の様子を確認する。

檻を破壊した悪魔は、檻の中にいる私を掴み上げる。

鏡の中の私は抵抗して、その手に襲い掛かろうとするが、圧倒的な速さと力なのか、瞬く間に捕らえられて、檻から掴み上げられている。

片手で軽々と、もがく私を掴み上げた悪魔は、胴体を掴んだ左手はそのままに、右手で私の頭を握り、頭上に掲げる。

そして悪魔は、両手をひねるように動かし、私の首と胴体をねじ切った。

多量の血が、引き裂かれた私の頭部と胴体の首から溢れ噴出し、その血が悪魔を真紅へと染めていく。

鏡の中の私は、しばらくひきつけのように痙攣した後に動かなくなり、悪魔は無造作に手にした私の首と胴を左右に放り投げ、手前の檻へと歩を進めていく。

ここで、鏡の中の悪魔と私の目が合った。

目があった時間はほんの一瞬だったはずだが、それだけでその目に全てを焼き付けるに十分だった。

その目は黒目や白目などはなく、眼球すべてが赤かった。

その顔は黒山羊で、目が二対あるせいか面長で、頭部には四本の奇妙に湾曲した角が生えている。

前方の二本が、下方へと湾曲して顎の脇くらいに下がったところから上向きに伸びており、その先端は鼻よりも先まで達している。

後ろの二本は、前方のものと同じように湾曲しているが、こちらは後方へと伸びていて完全に一周した後に、更に後方へと緩やかに傾斜しながら長く伸びていた。

耳や鼻は黒山羊のそれで、口からは草食動物にあるまじき、牙が見えている。

額には特徴的な、これは烙印なのか、逆さの五芒星が白い線で描かれている。

首には鏡の悪魔らしからぬ、まるで虜囚がしているような、まったく光沢のない鈍色の金属の首輪をしていて、その首輪からは同じ素材の鎖が伸びている。

今や私の血で染まった胴体は、白い肌の人間の女のもので、胸には豊かな乳房がついている。

腕は、人間の形状だが、肩から先で白い肌の女のものから、黒い肌の男の腕へと変わっていて、その先にある手もその腕と同じく大きく、指には鉤爪が伸びている。

両手首には、首にあるのと同様の鈍色の腕輪を付けていて、この腕輪からも鎖が垂れ下がっている。

腰から下は、女の胴に、元は白かったが今や血で染まった赤い腰巻を巻いていて、それがふくらはぎ辺りまで達している。

腰巻から見えるふくらはぎは、黒山羊のそれにあったものなのか、細身で黒い毛に覆われている。

地面に立つ足の部分は、烏のような、黒い巨大な鉤爪を持った、一般的な鳥類の趾である、三前趾足をしている。

この両足首にもやはり、鈍色の足輪を付けていて、足輪から伸びた鎖を引きずっている。

女の胴体の後ろには、大きな黒い翼があり、手を使う為であろう、それは鳥が止まっている時の様には閉じられておらず、半分開きかけた状態になっている。

腰巻の脇からは、僅かに巨大な鼠の尻尾のようなものが見え隠れしている。

この悪魔の表情は、極めて判別し辛く、怒っているようでもあり、笑っているようにも見えた。




私は自分が生贄の様に惨殺される光景を目の当たりにして、初めて恐怖で身がすくみ、まるで天敵に襲われた小動物のように、混乱に陥っていた。

この展開の予想は出来ていたのだが、いざ目の前でそれを目の当たりにすると、キマイラという怪物の力を持っていても、所詮中身は神ならぬ人間の精神でしかないことを気づかされた。

本能として感じる恐怖は、人が持つものと変わりはせず、召喚によって得られる肉体の力で、気が大きくなっていただけである事を、ここで痛感させられた。

私には、あの悪魔に殺されると言う事が、私が魂を糧として力を得るのと同義と思えた。

今までのロバの紳士の話でも、私の実経験でも、糧になった魂の意思が残っていた事はない。

その理由は私自身に吸収されているからだと理解している。

この事例を、今回の悪魔と私に当てはめて考えると、あの悪魔に殺された私が無事に戻れる保障がなく、むしろ糧とされた場合、消滅する可能性のほうが高いと思われるのだ。

ここで私は、何かトリックの類かも知れないという、甘い可能性に賭ける考えは捨て去り、本能に従って一刻も早く逃げ出すべく、ここへ来る前に確認しておいた、檻からの脱出にかかった。

推測では、まだ力の期限には達していないはずで、容易に檻は破壊出来るだろう。

私は立ち位置を確認して、身をかがめて身構えると、両足を全力で蹴り上げて、胴体を天井の外れかけた箇所へと目掛けて、激しくぶつけた。

すると、天井は外れて、出口が開く、そのはずだった。

しかし、檻の天井は外れない。

何故だ? その答えはすぐに理解できた。

自分の肉体に残っていた力、すなわち蹴り上げた力が、想定よりも弱いのだ。

力の消耗が、思いのほか早かったのか?

いや、少なくとも最後に確認した時までは、計算どおりだった。

すると、その後に起きた事で、力が削がれる様な事象といえば……

鏡の中の、私の鏡像が殺されていった事しか思いつかない。

あれが、悪魔が実像の私の力を奪い、取り込む行為であったということか。

こうして私が現状を判断している間にも、悪魔は着々と近づきつつあり、次々と鏡像の私の首を千切っていく。

私はもう何も考える事なく、死に物狂いで床を蹴り、天井へと体当たりを繰り返す。

背中の翼は潰れて、飛び上がった際の落下の衝撃で、尻尾や左右の首も千切れかけていき、前足も縫い目が裂けていくが、もうそれどころではない。

私はそれこそ必死に、天井への体当たりを繰り返す。

天井のはめ込まれた木材が開いた隙間は、その幅こそ小さいもののだんだんと広がっていき、かなりぐらついて、もう少しで外れそうな程に開いてきた。

しかし自分の力もかなり失われてきており、いよいよ時間がなくなっている。

悪魔は凄まじい速さで私の惨殺を繰り返し、もう巨大な鏡いっぱいの大きさで見える程に近づいており、今まさに最後の鏡像の私を引き裂くところだった。

今の私には、肉食動物に捕らえられた小動物の気持ちが良く分かる、逃れることしか頭にないのだが、恐怖でその視線が相手から外せず、その姿を目にすると身が竦んで体が硬直しそうになる。

私は、赤い目の悪魔を凝視しながらも恐怖を抑えて、渾身の一撃を天井へと食らわした。

この悪魔が最後の鏡像の私を引き裂いたと同時に、天井の屋根は吹っ飛び、檻の屋根はそのまま宙を舞い、巨大な鏡へと向かって落下していく。

悪魔は素早く手にしていた私の骸を投げ捨て、まるで飛来する檻を受け止めようとするかのように、右手を伸ばす。

しかし、その手が届く前に檻は鏡へとぶつかり、鏡は檻が当たったところから放射状に亀裂を生じて、次の瞬間、乾いた破裂音と共に鏡は砕け散った。

私はその時の悪魔を見届けることなく速やかに動き、死に物狂いにもがいて体を後ろの鏡へと向ける。

そちらには、赤い目の悪魔と同様に、こちらへ手を伸ばす青い眼の悪魔がいる。

そして、その伸ばされた右手は、鏡の中から、まるで水面から手を出すかのように伸びていて、それはゆっくりとこの世界へと現れようとしている。

私は一切躊躇することなく、残された力で鏡に向かって跳躍する。

そして宙で出来るだけ体を伸ばし、鏡に届けと祈った。

青い目の悪魔は、その出された右手で私を掴もうとするが、鏡の中ではあれほど俊敏に動いていたのに、鏡を越えたその手の動きは緩慢で、私には届かない。

私の体は悪魔の右手をすり抜けて、鏡の下方へと頭から衝突した。

鏡は逆側のものと同様に、一瞬で亀裂が入り、派手に砕け散る。

私の体は飛び込んだ勢いで、鏡の縁の中へと突っ込み、それと同時に鏡の破片が私に降り注ぐ。

鏡の上部にあたる大きな破片が、私の首めがけて落下し、それはさながら断頭台のように、一撃で胴体から首を斬り落とした。

転がる虎の首からかすかに見えたのは、私の首とは全く違う原理であろう、切断されて落下しながら、砂絵が風で消えていくかのように消滅する、青い目の悪魔の右手だった。

そして、私の首は、祭壇を転がりながら、慌てふためいた司祭や杖の者たちを見た後、暗く深い祭壇脇の穴へと落下していく。

想像以上に長い落下時間ののちに、激突した穴の底で、敷き詰められるように積もった、膨大な量の死体や骨を目にしたところで、私の意識は途絶えた。




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