第6話 神の御業はあさましけり
「どうだ? お風呂やトイレも完備されている、欠点一つ無い新居は?」
「めっちゃ綺麗です」
「そうだろうとも」
俺の口から肯定の言葉を受け取り、アステリアさんは満足げに何度も頷く。
その様子にできるだけ冷ややかな視線を送りつつ、目の前に置かれたお茶を一口いただいた。
ちょうど飲みやすいくらいの温度に加え、お茶に詳しくない俺でも「美味しい」と思えるような深みのある味わい。
まさに神の如き一杯だ。
家の中へと招き入れられた俺は、各部屋の案内をそこそこに、リビングにてアステリアさんからの奉仕を受けていた。
「茶菓子もたくさん用意してあるから、もし欲しければ遠慮なく言ってほしい」
「ありがとうございます、アステリアさ――」
「優希」
何やら、正面に座るアステリアさんの表情は不満げになっている。
俺は感謝を伝えようとしただけだし、そんな感情になる要素あったかな?
「優希、その『アステリアさん』という呼び方はやめたまえ」
「えぇ……じゃあなんて呼べば……」
「呼び捨てでいいではないか。あと、敬語も禁止だ。もう一年の付き合いだというのによそよそしくて嫌だ」
「はぁ……」
俺からしたら今日初対面の神様なんだけど。
そっちが一方的に俺のことを認知していただけだし。
「ところで、この後授業はあるか?」
「いえ、今日はもう無いです……無いかな」
「よろしい」
世の中には、敬語を使ったことによって怒られるケースもあるらしい。
よく覚えておこう。
同時に、俺はとても重要なことを思い出してしまった。
空っぽになってしまった茶碗を机の上にそっと置く。
「早速だけど、アステリアに相談がある」
「ふむ。優希の相談ならば、なんだって聞こうではないか」
「俺が本殿に住むのはもういいとして、とても大事なものが今ここにはないんだ」
「大事なもの……? というと、金か?」
「違う違う、全然違う」
「むむっ、難しいな。必要そうなものは大方取り揃えたはずなのだが……」
アステリアは眉を真ん中に寄せて、真剣にうなり始める。
この様子だと、ふざけているとかではなく、本当にわかっていなさそうだな。
「服だよ、服! 俺の着替えの服が一着もないんだよ!」
「あー」
「『あー』じゃないだろ。お願いだ。服だけでもいいから、取りに帰らせてほしい」
「なるほど……」
さっきの「この後授業はあるか?」という発言で、今が大学帰りであることを思い出した。
だから、着替えは一着もないし、普段持ち歩いているノートパソコンも今日に限って持ってきていない。
「先に断っておくけど、『逃げよう』なんてことは一ミリたりとも思ってないから」
「ああ。それは君の顔を見ればわかるよ」
仮にここで逃げ出せたとしても、次大学に来た時に何らかの手段で拉致されて終わりだろう。
それに、意外とここの居心地が良い。
「だが、断る」
「なんで⁉」
この神様は、毎日同じ服を着て生活しろ、とでも言うつもりなのか。
待てよ……と言うことは、アステリアが今着ている白いワンピースも洗われていないのでは⁉
「優希が具体的に何を考えているのかまでは分からぬが、誤解を生んでしまっているようだな」
「誤解というか……なんというか……」
「私は神だぞ」
「は、はぁ……? 急な神宣言されても――」
「神なら、こうするのさ」
アステリアが肩の高さまで上げた手で、指をパチンと鳴らす。
すると、室内が一瞬だけ白い光で満たされ、すぐに元へ戻った。
同時に俺は、嫌でも神様の力を見せつけられることになる。
「お、俺の衣装ケースが、が、がが……」
「これで君が家に帰る必要は無くなったね? もし欲しいものがあれば、なんでも君の家から召喚してあげよう」
そうして、次から次へと俺の私物を召喚していくアステリア。
ノートパソコンから始まり、充電器、小説に漫画……。
このままでは床が俺の私物で埋まって、収拾のつかないことになってしまう。
「ストップ! ストーップ!」
「もういいのかい?」
「どう考えても出しすぎだろ⁉」
叫びながらも、俺は床に散らばった物をかき集める。
「俺の部屋ってどこだっけ?」
「あーそれなら、向こうだよ。荷物の整理でもするのかい?」
「うん、そのつもり。今日は誰かさんのせいで、色々あったから、静かに休みたいしな」
聞いているか、アステリア?
お前がその「誰かさん」なんだからな。
しかし、俺の意図が伝わっていないのか、それとも、感じ取った上でスルーしているのか。
アステリアは、いかにも優しさに満ち溢れた表情で微笑んだ。
「それならば、私が良い時間帯にお風呂を沸かしておくから、ゆっくりと入るがいい。きっと、心身の疲れも癒えるはずだ」
さすが神。
召喚の時に空回りをしてしまったとはいえ、気遣いは一級品だなぁ。
「ありがとう、アステリア。じゃあ、俺は自分の部屋に行くから」
「ああ」
「…………また後でね、優希」
この時、アステリアが最後に小さく呟いた言葉を、俺は聞き取ることができなかった。
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