第5話 始めは常に心ときめくものなり
視界はリズム良く微かに上下している。
身体は背中から右側面にかけて優しく包まれている。
行き場を失くした両手が腹の前で縮こまってしまっている。
「申し訳ないね。この神社が私の結界に覆われていることを伝え忘れていたよ。ね? 優希」
そして、頭上から降り注いでくるアステリアの言葉。
そう――俺は今、アステリアにお姫様抱っこをされている。
神社からの脱出に失敗した後、彼女に捕まった。
そして、文字通り俺を手中に収めることができたアステリアは、上機嫌を極めていた。
「もし結界とやらのせいで出ることができなかったのなら、なんで今までは出入りできたんですか?」
「ふふんっ……ふん? あーいや、別に特別説明することはないが、単純に私が通行許可を出しているかどうかだな」
今日俺がここに来た時点で、連行されるのは確定事項だったらしい。
「まぁそんなことはいいじゃないか。どちらにせよ、君は私と一緒に生活することが決まったんだから」
「この神社のどこに生活スペースがあるんですか? お世辞でも――」
「そうだね、私の神社は廃れているし、ボロボロだろう」
「えぇ……まぁ」
「ただ、私が生活に使っている『ここ』だけは、綺麗に保たれているから安心してほしい」
「ここ……?」
気づけば、俺の目の前には一つの大きな建物があった。
こんな建物があったのか。
というか、どこ?
「君が混乱するのも分かる」
そう言いながら、アステリアさんは俺を地面に降ろしてくれた。
自分の足で身体をさせるという久しい感覚。
「正面からは拝殿に隠れて見えない場所。その名も『本殿』という」
「あー」
俺でも聞いたことくらいはある。
いわゆる「神様がいる場所」とされている建物のことだ。
「もしかしなくても、いつもここにいるんですか? 一年前に俺が初めて来たときも?」
「当たり前だろう。ここは私の家だぞ。でなければ、私はどこにいればいいんだ?」
「いや……神様って俺たちのことを天の方向から見守ってるもんだと思ってました」
「優希。他人を勝手に死んだかのように扱ってはいけないんだよ?」
「あなたは神でしょうが!」
神様が実在しているのは、信じざるを得ない。
結界なんていう現実的ではない物を、身をもって体験させられてしまったから。
それはそれとして、本殿に神様がいるというのは本当だったのか。
てっきりそういう設定か何かだと思っていた。
その理論で考えると、高野山の奥之院ではまだ空海が生きていることになるんだけど……。
「……今、別のヤツのことを考えているだろう?」
「ひょおわっ⁉」
耳元を襲ってきた激低ボイスで、意識が現実へと強制的に戻される。
慌ててその声の方向に顔を向けると、アステリアさんがジト目で迎えてくれた。
「えっと、相手が空海さんでも許されませんか?」
「何をどうしたらそうなるのだ」
確かに、目の前に神様がいるのに、空海のことを考えるのは意味わからないか。
空海は禿げたおっさんなのに対して、こっちは美人な神様だし。
「あーあー。もうこんな優希は放っておいて、先に本殿の中に入ってしまおー」
「あっ、待ってください!」
本殿の扉へと繋がる木の階段を上り、アステリアさんの背中を追うように、中へと飛び込む。
入ってから気づいた。
本殿の中はまさに家。
ご丁寧に下駄箱まで用意されているし、玄関の奥は和風な造りになっていて、清潔感に満ち溢れている。
アステリアさんの「綺麗に保たれている」という言葉は、嘘ではなかったらしい。
そして、すでに外履きを脱いで家に上がっているアステリアさんは、俺の方へと向き直り、両手を左右に広げている。
その姿はまるで、俺のことを歓迎しているかのよう。
「ようこそ、優希! 我が家へ!」
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