第3話 ゆゆしきかな、宿縁の始まり
「――待っていたよ、優希」
なんで俺の名前を知っているんだ?
俺とこの人は初対面であるはず。
少なくとも、俺の記憶の中には、この人と関わった記録が無い。
名も知らない女性は、表情を変えないままに、一歩また一歩と近づいてくる。
まるで、俺が困惑している様子を愉しんでいるかのようだった。
あっという間に、俺たち二人の距離は大学の長机一つ分ほどになってしまう。
「な、なんで俺の名前を知っているんですか? もしかして、どこかでお会いしたことありますか……?」
勇気を振り絞って、やっとで口に出すことができた問い。
それだけで手汗がジワリと汗腺から湧き出てきてしまう。
もし本当に忘れているのならば、俺は相当失礼な奴になる。
でも、その場合、この人が俺の名前を知っている理由を説明することができない。
「ぷぷぷっ……あはははっ!」
「え?」
俺が必死に頭をフル回転させている一方で、女性は大爆笑し始めてしまった。
より一層混乱が極まっていく。
一体なぜ?
「あーははっ……はぁ……君は私のことを知らなくて当然だよ」
しばらくして、目元に溜まった涙を指で拭いながら、女性はそう告げた。
あまりにも、俺の知りたい情報が出てこずに、少しイラっとしてしまう。
だから、それだと、彼女が俺の名前を知っている理由に説明がつかないだろ――。
「ところで神木 優希くん。君が初めてこの神社に来た日を覚えているかい?」
「いや、えっと……えーっと…………覚えてないです」
「それもまた当然だね。ちなみに、答えは五月の十二日さ」
女性は俺でさえ覚えていないことを覚えていた。
しかも、それを彼女にとっては、さも常識であるかのような口ぶりで話してくる。
もしや……いや、まさかそんなことはないだろうな。
「そして、今日の日付は五月十二日……そう、ちょうど一年前から君はこの神社に通い始めたのさ」
「そ、そうなんですか……」
「優希、君だって本当は何となく察しているんじゃないかな?」
本当はすっとぼけたかった。
俺の頭の中に浮かんでいる予想は、本来ではありえないことで、現実離れしたものだから。
でも、女性の「嘘は許さない」といった圧(俺のイメージ)が込められた視線を、真正面から受け取った俺は、反射的に頷いてしまっていた。
「うんうん、素直でよろしい。それでは、言ってみたまえ。私は誰だ?」
「こ、これはあくまでも俺の予想というか妄想なんですけど……」
「構わないよ」
「神様なんじゃないかなー……なんて」
返答を聞いた女性は、口の形をニヤリとしたものに変えた。
「正解! 正解! 大正解!」
「え、え、えぇ⁉」
「いいねいいね、その反応! そう……私こそが、この神社で祀られている神様こと、アステリア・クォンタ・レギナ・エテルナだ!」
そして、やっとのことで名乗られる名前。
長すぎて、どうやって呼べばいいのかも分からない。
「なんて呼べばいいか分からないよー、って顔をしているね」
「なんでそれを……」
「私のことは、ぜひアステリアとでも呼んでほしい」
てっきり「フルネームで呼んでくれ」って言われるのかと身構えてしまった。
「もちろんフルネームで呼んでほしいのはやまやまだが、それでは会話の時に支障をきたしてしまうからな。それは私の望むことではない」
意外と俺のことを考えてくれているんだな。
というか、本当にこの人が神様なのか……。
「あの、アステリアさん」
「なんだい?」
「俺以外にここへ来る人っていないんですか?」
興味本位ゆえの質問だった。
本当に少しだけ、たった少しだけ気になっただけ。
しかし、さっきまでの明るい雰囲気とは一転して、静かで重い空気がこの場を支配した。
もしや、この質問はタブーだったのかもしれない。
よく考えなくても、この神社が廃れている一因は、管理者不在と同時に、人が来ていないことでもある。
祀られている神様が気にしていないわけがない。
「いないな」
「すいませんっ、デリカシーのない質問を――」
「気にする必要はない…………いや、気にする必要がなくなった、が正解かもしれない」
「……?」
「君のおかげだよ、優希」
「俺の……おかげ?」
「そうだ。確かに私は誰も来ない居ない神社の中で一人っきり。その時間はとても寂しく、虚しいものだった。
けれど、君がそんな暗闇を照らす光になったんだ。毎日のように君が私に話しかけてくれた。
小さな話題でも、それがどれだけ私の心を躍らせたことか……これは君でなければいけない。
君がいい」
話しながら俺に接近してくるアステリアさん。
ただ見ていることしかできなかった俺は、気づけば、そのアステリアさんに抱きしめられていた。
非情に柔らかい感触が身体前方を刺激してくる。
その上、耳元で聞こえる彼女の呼吸は、少し乱れており、熱い息が耳奥まで入り込んできている。
「アステリアさん……⁉」
「困った。神とあろう者が独占欲に支配されてしまうなんてな」
独占欲⁉
それってつまり、アステリアさんが俺を独占したいと思ってくれているということなのか⁉
たかが人間の俺が? 神様に⁉
「これからよろしく頼む、神木 優希よ」
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