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学校の裏金と隠された取引

作者: 高嵜菜音

第1章:偶然の発見

転校初日の午後、佐藤龍之介は学校の古びた校舎の中でひとり、静かに過ごしていた。新しい学校、慣れない環境の中で、クラスメートたちはそれぞれに新たな友人を作り、賑やかな声が教室を包んでいる。だが、龍之介にとっては、そのすべてが遠く、まるで他人事のように感じられた。

父親の転勤で、この町に引っ越してきたばかりだ。あっさりと移り住んだだけで、何もかもが自分の思い通りに進むわけではないことは分かっている。だからこそ、どこにいても変わらない自分を大切にしようと心に決めていた。

「まあ、ここで何かが変わるわけでもないだろう。」

そう呟きながら、龍之介は放課後の時間を、授業の復習や整理をして過ごしていた。次第にクラスの友達が部活や帰宅の準備を始める中、彼は一人教室に残ることにした。無理に誰かと話す必要はないし、今はそのほうが気楽だと思っていた。

そんな時、机の引き出しから古いファイルが出てきた。特に何も考えずに引き出しを開け、手に取ったそのファイルを眺めると、どうやら学校の財務報告書のようだ。龍之介はそのファイルを開くと、目の前に広がったのは、数字と書類の羅列。日々の支出や入金の記録が詳細に記されている。

「こんなもの、どうしてこんなところにあるんだ…?」

その疑問に答える者は誰もいなかったが、何となく気になったので、龍之介は報告書をじっくりと見てみることにした。学校の予算や使用金額、特に施設の整備や物品の購入費用が細かく書かれている。しかし、その中に一つ、不自然な項目を見つけた。

「この金額、どう考えてもおかしい…」

記載された数字には、どうしても納得がいかない点があった。設備の購入費用として計上されている額が、他の項目に比べて異常に高い。しかも、支払い先の名称や詳細が記載されていない。龍之介はその不正に気づく。これが単なる入力ミスだとすれば、あまりにも手が込んでいるし、もしそうだとすれば、誰かが意図的に情報を隠している可能性が高い。

「これ、もしかして…」

龍之介は、報告書を改めてじっくりと調べた。そして、次第に恐ろしい予感が胸を締め付けていった。この不正は、学校内で広く行われている何らかの取引に関連しているのかもしれない。しかも、それはただの予算の不正利用にとどまらず、裏で誰かが金銭的な利益を得ている可能性もある。

その瞬間、教室の扉が開き、美咲が入ってきた。彼女は少し驚いた様子で、龍之介に声をかけた。

「龍之介くん、まだ残っていたんだ。」

「うん、ちょっと資料を整理していたんだ。」

美咲は一歩踏み出して、その手に持っていた教科書を机に置いた。その時、龍之介が手に持っていた財務報告書に気づいた。

「それ…何か問題でもあるの?」

「いや、別に。ただ、ちょっとおかしなところを見つけただけだ。」

美咲は少し顔を曇らせた。

「おかしなところって、どういうこと?」

「学校の予算だ。施設の整備にかかる費用が、どう考えても高すぎる。おまけに支払い先が不明なんだ。」

美咲の顔色が一瞬、変わったのを龍之介は見逃さなかった。彼女はすぐに無理に笑顔を作り、話をそらそうとした。

「それ、本当にただの間違いかもよ。そんなこと気にしすぎだよ。」

「でも、どうしてこういうことがあるんだ?」

龍之介はその疑問を美咲に向けて言ったが、彼女は何も答えなかった。ただ、少しだけ目をそらして黙り込む。

「気になるなら、校務員の人にでも聞いてみたら?」

美咲はそう言って、急に話題を変えた。龍之介はその反応に少し不審に思ったが、今はそれを深く追求することはしなかった。

「うん、分かった。ありがとう。」

美咲は一瞬、龍之介を見つめた後、教室を出ようとした。だが、そのとき再び振り返った。

「龍之介くん、気をつけてね。学校には、あまり知らないほうがいいことがたくさんあるから。」

その言葉に、龍之介は不思議な感覚を覚えた。美咲の顔には、どこか暗い影が浮かんでいるように見えた。彼女が隠していることがあるのは分かっていたが、そのことを追及するのはまだ早いと感じた。

しかし、その夜、彼の中で一つの決意が固まった。この学校に隠された秘密を解き明かすこと。それが、これから自分がやるべきことだと。


第2章:不正の兆し

翌日、龍之介は再び放課後に学校に残っていた。今日もまた、同じ教室で静かに時間を過ごしていたが、昨日見つけた財務報告書が頭から離れなかった。無意識のうちに、その数字の羅列を何度も思い返していた。学校の支出が異常に高いこと、そしてその支払い先が不明だったこと。それに加え、記録に残っていない取引の数々が気にかかる。

「こんなこと、誰も気づいていないのか?」

龍之介はふと呟いた。美咲が言っていたように、学校には知らない方がいいことがたくさんあるのだろうか。それとも、これもただのミスなのだろうか。でも、彼の直感が何かを告げていた。このまま無視するわけにはいかない、と。

彼はその日も放課後の時間を使って、再度、財務報告書をじっくりと読み返していた。その時、突然、教室のドアが開く音がした。

「お前、また残ってるのか?」

振り返ると、そこには松本圭介が立っていた。松本はサッカー部のエースで、学校では非常に人気がある人物だ。いつも気さくで、クラスのムードメーカーとして知られている。

「松本か。何か用か?」

「いや、特に用事はないけどな。」松本は軽い感じで肩をすくめて教室に入ってきた。龍之介の机を見て、興味津々な様子でその上に置かれた財務報告書を目にした。「これ、何か調べてんの?」

「うん、ちょっとな。」龍之介は無意識に報告書を引き寄せ、閉じた。それでも、松本はその様子を見逃さなかった。

「お前、あんまり学校のことに深入りしない方がいいぞ。」

「どういう意味だ?」

松本は少し眉をひそめ、真剣な表情で龍之介を見つめた。

「最近、ちょっと学校の金の使い方がどうにもおかしいんだよな。みんな、あんまり気にしないようにしてるけど。」

その言葉に、龍之介は内心驚きながらも、平静を保とうとした。

「お前も気づいているのか?」

松本は軽く笑いながら言った。

「みんなそうだ。これ以上詮索しないほうがいい、って。だが、知ってる奴は知ってるんだ。」

その言葉に、龍之介の心の中に火がついた。どうして松本がそのことを知っているのか? もし、松本がこの不正に関わっているのだとしたら、その背景にはもっと大きな問題が隠されているかもしれない。

「松本、お前が言う『みんな』ってのは、誰のことだ?」

松本は少し黙り込んでから、意味ありげに龍之介を見つめた。

「言えないよ。でも、お前がそこに踏み込むと、余計なトラブルに巻き込まれるぞ。」

その言葉が龍之介をさらに疑念の深みに引き込んだ。松本は確かに何かを知っている。そして、それを明かすことで何か不都合が生じるのは確かだと、龍之介は感じた。

「でも、お前も知ってるんだろ? 何かを隠しているのは分かってる。」

松本は黙ってしばらく考え込み、やがて口を開いた。

「俺は関わりたくないんだ。ここまでで十分だろ。」

松本は最後に一言だけ言い残して教室を出て行った。龍之介はその後ろ姿を見送りながら、心の中で何かが確信に変わるのを感じていた。

「松本が関わっている…?」

その時、龍之介はふと思い出した。美咲の言葉。彼女が言っていた「学校には知らない方がいいことがたくさんある」という言葉。それが、今、どこか不気味に響いてきた。

________________________________________

次の日、龍之介は美咲に会うため、学校が終わった後にいつもの場所に向かう。美咲は、昼休みの時とは違って、少し真剣な面持ちで待っていた。

「龍之介くん、あのこと、気にしないで。」

「美咲、松本が言ってたことだが…お前も知ってるんだろ?」

美咲は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。

「知ってる、だけど…やめておいたほうがいいって、私も思う。」

「でも、気にならないか? この学校で何が起こっているのか。」

美咲はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついてから、静かに言った。

「私の父親が関係しているかもしれない。」

その言葉が、龍之介の胸に重く響いた。


第3章:第一の証拠

龍之介は、美咲の言葉を聞いて心の中で何かが崩れ始めるのを感じた。美咲の父親が学校の不正に関与しているかもしれない――その一言が、彼にとっては衝撃的な事実だった。美咲は、あまりにも無防備な表情で話し始めていたが、その表情の裏には、明らかな恐れが隠されていた。

「お前、どうして今までそのことを黙っていたんだ?」

龍之介は少し声を荒げてしまった。美咲が目を伏せ、言葉を選んでから答える。

「私、父親に疑いを持ちたくない。彼がそんなことをしているなんて、考えたくなかったんだ。でも、最近…何かおかしいと感じてた。」

龍之介は美咲の目を見つめた。彼女は家族を信じたいという気持ちが強すぎて、真実を知ることが怖かったのだろう。その気持ちが痛いほど理解できた。

「でも、もし本当に不正が行われているなら、無視できないだろ?」

美咲は静かにうなずき、少しだけ顔を上げて龍之介を見た。

「それは分かってる。でも、もし私の父が関わっているなら、私はどうすればいいのか分からない。」

龍之介は深いため息をついた。美咲が抱えている葛藤を理解しつつも、不正を放っておくわけにはいかないという思いが強くなっていた。

「美咲、今は父親のことを考えるより、学校のために何かをしなきゃならない。」

その言葉を聞いた美咲は、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに深くうなずいた。

「分かってる。私も協力する。でも、どうすればいいの?」

「まず、証拠を集めることだ。父親が関わっているかどうか、確かな証拠が必要だ。」

美咲は一瞬黙り込み、そして小さくうなずいた。

「分かった。でも、気をつけて。学校の中には、大人たちの事情が絡んでるかもしれないから。」

その言葉が、警戒心をさらに強くさせる。龍之介は静かに頷き、これからの行動を決意した。

________________________________________

翌日の放課後、龍之介は再び学校に残っていた。今日は、あの日見つけた財務報告書に記載されていた支払い先を確認することが目的だ。しかし、今までの調査を進める中で、思いもしなかった問題に直面することになった。

図書室で資料を探していたとき、偶然にも松本圭介が姿を現した。彼はやや苦しげな表情をしており、龍之介を見つけると、すぐに歩み寄ってきた。

「お前、またこんなところで何してるんだ?」

「ちょっと資料を見ていただけだ。」

松本は腕を組み、少し怪訝そうに見つめながらも、顔を近づけて低い声で言った。

「お前、何か知ってるな?」

龍之介は答えることなく、ただ松本の顔を見つめた。松本の目には、警戒心と興味が入り混じったような光が浮かんでいた。

「松本、何か気づいているんだろ?」

「お前、何が目的なんだ?」

龍之介はその問いに、少しだけ心の中で躊躇したが、次の瞬間には決意を固めて答えた。

「学校の予算に不正がある。誰かが不正な取引をしている。そして、その背後にいる人物が分かってきた。お前も関わっているんじゃないか?」

松本はその言葉を聞いて、少し顔色が変わったが、すぐに冷静を取り戻した。

「お前、そんなことに首を突っ込んでどうするつもりだ?」

「学校のために、この不正を暴かなきゃならない。」

松本はしばらく黙って立っていたが、やがて深いため息をついた。

「お前、かなり勇気あるな。でも、気をつけろよ。ここにはいろんな大人たちがいるんだ。お前がいくら真実を追い求めても、簡単に答えは出ないぞ。」

「それでも、やるべきだ。」

松本は無言で去っていった。龍之介はその背中を見送りながら、ますます自分がこれから進むべき道を確信していた。どれだけ危険なことでも、真実を知るためには進まなければならない。

________________________________________

その日の夕方、龍之介は再び美咲と会った。彼女の表情は、昨日とは少し違っていた。顔を真剣にした美咲が言った。

「龍之介くん、私の父が、あの報告書の中に名前が載っていることを知ってた。でも、私にはどうしてもそれを言えなかった。」

龍之介は黙って美咲の話を聞いていた。美咲の目には深い悲しみが宿っていたが、その目は、今はもう過去を背負ってでも、真実を知りたいという強い意思を感じさせた。

「今は、証拠を集めることだけだ。俺たち、もう後戻りはできない。」

美咲はしばらく黙ってから、力強く頷いた。

「うん、協力する。私も、どうしても父を信じられないわけじゃないけど、これはもう仕方ないと思う。」

龍之介はその言葉を聞き、目をしっかりと見据えた。

「一緒に、真実を突き止めよう。」


第4章:証拠と隠された真実

次の日、龍之介は朝から落ち着かない気持ちで過ごしていた。美咲と共に集めた財務報告書の内容をもう一度確認してみたが、それに書かれている数字がいっこうに腑に落ちるものではなかった。何度見ても不自然な項目があり、どこかで見覚えのある名前が記載されているのを見逃すことはなかった。

彼は教室に着くと、まず美咲を探した。昨日、決意を新たにして協力し合うと誓ったが、今日はどうしても彼女の反応が気になって仕方なかった。美咲がその問題にどう向き合っていくのか、それが不安だった。

「美咲、まだ来てないのか?」

龍之介は教室内を見渡すと、美咲の姿は見当たらなかった。数分後、ようやく彼女が慌てた様子で教室に入ってきた。

「ごめん、遅れちゃった。」

美咲は席に着くと、しばらく黙って机の上で手を組んでいた。明らかに彼女の様子はいつもと違う。龍之介は心配そうに彼女を見つめ、ゆっくりと声をかけた。

「大丈夫か?」

美咲はその問いに少し顔を上げ、軽く笑みを浮かべたが、その表情にはやはりどこか不安げなものがあった。

「うん、ただ、ちょっと考え事をしてたの。」

龍之介は静かに頷きながら、口を開いた。

「俺たち、もう一度あの報告書を細かく調べてみよう。お前も気づいたことがあるんだろ?」

美咲は深いため息をつきながら、ついに口を開いた。

「実は…父親のことで、ちょっと調べたんだ。あの報告書の中で、彼の名前が記載されている部分があったんだ。でも、その記録に違和感があって…」

龍之介は驚いた。

「違和感?」

「うん。父の名前が出ていたけど、それ以外に彼が関与している具体的な内容が何も書かれていなかった。それに、他の支払い先が不明だったんだ。」

「それなら、確かにおかしいな。美咲、どうしてそれを黙っていた?」

美咲は少しだけ目をそらして、静かに答えた。

「…私、父親に迷惑をかけたくなかった。でも、もし本当に不正があったのなら、彼も何か関わっているかもしれないと思ったから、調べてみた。」

その言葉に、龍之介は深く頷いた。

「今はそれを明らかにしないといけない。父親が関与しているかどうか、証拠が必要だ。」

美咲は再び黙り込み、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。

「龍之介くん、私、怖いんだ。もし父親が本当に関わっているなら、どうすればいいか分からなくなる。私の家族が壊れるんじゃないかと思う。」

龍之介はその言葉をしっかりと受け止めた。

「美咲、俺たちがこのことを解決しなければ、結局何も変わらない。もし父親が関わっているのなら、そのことを知るべきだ。隠し通しても、どこかでまた問題が起きる。だから、今は一緒に解決しよう。」

美咲はしばらく黙って考えていたが、やがて静かに頷いた。

「分かった。協力する。でも、証拠を集めるのは慎重にしよう。もし誰かに見られたりしたら、すぐにばれてしまう。」

「そうだな、今は証拠を集めるのが先だ。」

龍之介は改めて心の中で決意を固めた。この問題は、ただの学校の不正ではない。美咲の家族が関わっているかもしれないという事実は、彼の覚悟を一層強くした。どんな危険が待ち受けていようとも、真実を明らかにするために進まなければならない。

________________________________________

放課後、龍之介と美咲は再び校内で証拠を集める作業を続けた。今日は特に支払い先の確認に集中することにした。二人は資料室に向かい、学校の予算に関する詳細な記録が保管されている場所を探し始めた。そこには、過去数年分の予算や取引先の情報が詳細に記録されていた。

「これだ。」

美咲が一つのファイルを引き出し、開くと、そこには過去の契約書と支払い記録が整理されていた。その中で、龍之介が見つけたのは、施設の整備に関する不正支出を示す証拠だった。複数の支払い先が不明であり、支払い金額が異常に高いものがいくつかあった。

「これだ…。これは確実に不正が行われている。」

「でも、証拠が足りない。」美咲が静かに言った。「支払い先の名前が書かれていないし、金額だけでは決定的な証拠にはならない。」

「まだ足りないなら、今度は他の資料を探してみるしかない。」龍之介は冷静に答え、次の作業に取り掛かった。

二人は次々と資料を調べ、ついに名義が不正に使われた契約書を発見する。それには美咲の父親の名前が記載されており、見積もりが大幅に水増しされていることが分かる。

「これが決定的だ。美咲、君の父親は知らなかったのか?」

美咲は無言でその書類をじっと見つめた後、ゆっくりと答えた。

「多分、父はこれを知らない。何かが操作されていたんだと思う。でも、もし本当に何かがあったのなら、私にはどうすればいいのか…」

「今は、まずこれを証拠として確認し、学校の理事会に持っていくべきだ。後は、どうするか考えよう。」

美咲は深いため息をつき、再び手を組み合わせて静かに答えた。

「ありがとう、龍之介くん。私、これが終わったら、どうしても父と向き合わせないと。」

龍之介はその言葉を静かに受け止めた。彼の中で一つ、確信が芽生えてきた。この不正を解決することで、美咲にとっての未来も変わるかもしれない。それを手助けできることが、今の自分の最も大切な役割だと思った。


第5章:隠された取引と決断の時

翌日、龍之介は再び放課後に学校に残った。美咲と共に集めた証拠を整理し、次にどう行動するべきかを考えていた。今、彼の目の前には、学校内で行われた不正取引を証明する数々の証拠が並んでいる。それらをどう活用すべきか、どう公にすべきか、決断を下さなければならない。

「これだけじゃまだ足りない。」

龍之介は頭を抱えた。美咲の父親の名前が入った契約書や、不正に水増しされた施設の整備費用の書類を見つけたが、それだけでは決定的な証拠とは言えなかった。もっと強い証拠が必要だ。

そのとき、美咲が教室に入ってきた。彼女の顔には、いつもの明るさはなく、どこか疲れた様子が見て取れる。彼女は龍之介の隣に座り、しばらく黙って資料を見つめた。

「どうしたの?」

龍之介は心配そうに彼女を見つめた。美咲は少し考えた後、口を開いた。

「お父さん、今朝からおかしいの。」

「おかしい?」

「うん、今朝、突然、家で会議が開かれたんだけど、誰かと電話で話していたとき、すごく焦っていたんだ。普段はあんなに冷静なのに…」

龍之介はその話を聞いて、すぐにピンときた。美咲の父親は、間違いなく学校内の不正に関わっている。そのことを隠すために、何か動きがあるのかもしれない。

「美咲、もしかしたら、今が一番危険な時かもしれない。」

美咲は黙って頷いた。彼女は、父親が関与している可能性を完全には受け入れたくなかったが、現実を突きつけられたことで、もうその事実から目を背けることはできなかった。

「じゃあ、どうする?」

「今すぐ理事会にこの証拠を持って行くべきだ。証拠がこれだけあるんだから、もう隠せない。」

美咲はしばらく黙って龍之介を見つめた。その表情に浮かぶのは、不安と恐れ。学校に不正があることを認めることは、父親との対立を意味し、それがどれほど彼女にとって大きなものか、痛いほど感じた。

「私、でも…怖い。お父さんを信じたかったけど、今、彼を疑わなきゃいけないって思うと、辛い。」

龍之介は静かに彼女の肩に手を置いた。

「美咲、君がこの問題を解決できるのは君だけだ。誰も代わりにはならない。」

その言葉を聞いた美咲は、深く息をつき、決意を固めた。

「分かった。お父さんと向き合わなきゃならない。」

その後、二人は証拠を手に、理事会の部屋に向かった。学校の会議室に足を踏み入れると、部屋には理事長をはじめとする高官たちが座っていた。その顔には、誰もが冷徹な表情を浮かべている。

「これが証拠です。」

龍之介は資料を手に取り、理事長に向かって声を上げた。

「ここに記載された不正取引について、説明してください。」

理事長は龍之介を見つめ、冷笑を浮かべながら答えた。

「不正取引だと? 君が何かを調べたところで、何になるんだ?」

その言葉に、龍之介は一瞬、言葉を失った。しかし、美咲がその隙をついて口を開いた。

「この不正が、私の父が関わっていることを知っていますか?」

その言葉が部屋に静かな波紋を広げた。理事長の顔色が一瞬で変わり、周囲の顔も驚きに包まれる。美咲が父親に関わる問題を公にした瞬間、部屋の空気は一変した。

「美咲…」

美咲の父親がその時、会議室のドアを開けて入ってきた。彼の顔には深い疲れと、どこか諦めたような表情が浮かんでいた。

「私が関わっていたことは認めます。」彼の声は、普段の冷静さとは違って震えていた。

「でも、私がしたことは、決して悪意ではなかった。ただ、学校を良くしようとしただけなんだ。」

美咲は涙を浮かべながら、父親を見つめた。

「でも、私たちの生活を守るために、本当のことを隠すことが必要だったんですか?」

その瞬間、彼女は初めて、父親を強く責めた。父親は顔を背け、何も言えなかった。


第6章:決断の時

会議室に静寂が広がった。美咲の父親が自分の関与を認めた瞬間、周囲の空気は一変した。理事長をはじめとする理事たちは、誰もが言葉を失い、部屋の中の時間が止まったかのような錯覚に陥った。

美咲は父親を見つめ、その目に溢れんばかりの失望と悲しみを込めていた。彼女の中で、家族として信じてきた父親が、今、まさにその信頼を裏切った瞬間だった。

「お父さん、どうしてこんなことをしたの…?」

美咲は涙をこらえながら、ゆっくりと問いかけた。その言葉に、彼の目がわずかに揺れたが、言葉が出てこなかった。

「美咲…」

美咲の父親はゆっくりと口を開く。

「私がしたことは、学校を守るためだった。確かに不正だったかもしれないが、君たちの学び舎を良くしようとしただけだったんだ。」

「良くするって、誰のために?」

美咲は声を震わせながら、答えた。彼女の心はすでに冷め切っており、父親の言葉が今となっては空虚に響く。

「私たちの生活を良くするために、他の誰かを犠牲にしてきたんだよね?」

その言葉に、彼の顔が一層深く沈んだ。彼は深いため息をつき、ようやく声を絞り出した。

「私がしてきたことは、悪意があったわけではない。だが、学校が今こうした状態になっているのも事実だ。上層部に圧力をかけられて、どうしても金の流れを隠さなければならなかったんだ。」

龍之介は、その言葉を黙って聞いていた。彼は、この話の裏にもっと大きな問題が隠れていることを感じていた。美咲の父親が言う「上層部」という言葉が、まるで学校全体が抱える腐敗の根源のように響いたからだ。

「それでも、父親として、この事実を美咲に隠し通してきたのは間違いだ。」美咲の父親は、最後にしっかりと目を合わせ、続けた。「だが、今後のことについては、私も正直分からない。」

その言葉に、美咲は目を閉じ、深く息をついた。今、自分が求めているのは父親の謝罪ではなく、この問題をどう解決するかだった。何度も心の中で決めてきたことが、今、現実となって目の前に立ち現れていた。

「お父さん、私はあなたを信じてきたけど、今はその信頼を壊された気がする。」美咲は静かに言った。「でも、私がするべきことは、あなたの言い訳を受け入れることじゃない。今、この不正を公にして、学校を正すことだって思ってる。」

その言葉を聞いた美咲の父親は、顔を背けた。その様子を見て、龍之介はさらに強い決意を抱いた。もし、この問題が学校の全体的な腐敗を引き起こしているのなら、今それを暴かずして何をするべきだろうか。

「美咲、私たちは証拠を揃えた。それを理事会に提出するだけじゃなく、警察にも報告しなければならない。もしこのまま不正を隠し続けることになれば、学校全体がさらに大きな問題に巻き込まれる。」

美咲の父親は顔を俯け、沈黙したままだった。その目には、決して涙が浮かぶことはなかったが、彼の中で何かが崩れ始めていることは明らかだった。

「龍之介くん、どうすれば…?」

美咲は震える声で尋ねた。彼女の声には、決断の重さがのしかかっていた。

「美咲、今の状況では、もう後戻りはできない。私たちは証拠を基に、理事会をはじめとする関係者にこのことを公にし、必要なら警察に届け出るべきだ。」

その言葉に、美咲はしばらく沈黙していたが、やがて静かにうなずいた。

「分かった。私は、学校の未来のために戦う。」

その瞬間、龍之介は美咲を強く感じた。彼女が抱えているものは、家族を裏切らざるを得ない重圧であり、その覚悟は並大抵のものではない。しかし、美咲の強さが、この不正を解決するための大きな力となることを確信した。

________________________________________

数日後、龍之介と美咲は、証拠を携えて再び学校の理事会に臨んだ。今度は、単なる証拠の提出ではなく、不正を追及するための強い意志を持って臨むことにした。

理事会のメンバーは、証拠を目にした瞬間に顔を引きつらせた。彼らの間に、一瞬の動揺が広がったが、すぐに冷静を取り戻し、龍之介と美咲に向けて冷徹な視線を送った。

「これがどうして、学校に関係があると言えるんだ?」

理事長が冷たく言った。その言葉を聞きながら、龍之介は深く息を吸い、次の言葉を口にした。

「学校の予算が不正に使われている事実、そしてその背後に隠された取引が、この証拠から明らかになっています。これ以上、隠蔽を続けるわけにはいきません。」

その瞬間、部屋の中の空気が一変した。理事会のメンバーはどこか焦りを見せ始め、次第に答えを返せなくなっていった。龍之介と美咲が追及を続ける中、ついに理事長が口を開いた。

「…これ以上はもう言えない。」

その言葉を聞いたとき、龍之介は確信した。この問題が今、学校のすべてを動かす大きな転機となることを。


第7章:暴露と新たな始まり

龍之介と美咲は、理事会の会議室で無言のまま立ち尽くしていた。証拠を突きつけ、学校内で行われている不正取引を明らかにした瞬間、理事会のメンバーたちは一斉に動揺した様子を見せた。しかし、その後も彼らは口をつぐんだままで、無力感が漂うばかりだった。

理事長がやっとのことで口を開いた。

「君たちが示した証拠が事実だとすれば、これは重大な問題だ。しかし、今ここでそれを公にすれば、学校の存続に関わることになる。」

その言葉に、美咲は強い口調で反論した。

「でも、このまま隠し続けたら、何も変わらない。学校の未来のために、今こそすべてを明らかにしなければならない。」

美咲の声は震えていたが、その中には確かな決意が宿っていた。彼女は、父親との関係を立て直すために必要な勇気を振り絞り、今、父親を含めた学校全体に向けてその言葉を発したのだ。

理事長は一瞬ため息をついた後、静かに言った。

「君たちがここまで踏み込むことになったのは私の責任だ。だが、今から何をどうすれば良いかを一緒に考えよう。」

理事長のその言葉に、龍之介は驚きの表情を浮かべた。彼は、この会議が最終的にどのように終わるのか予測がつかなかったが、少なくとも学校の改革が始まる可能性があるということを感じ取った。

「私も関わったことを認めます。」美咲の父親が低い声で口を開いた。その表情はどこか疲れ切ったものだった。すべてを隠し通すことができるはずだったが、今はその重さを背負いきれなくなっていた。「これから、私たちのやったことを正すために、何かしなければならない。」

その言葉に、会議室内はしばらく沈黙が続いた。美咲は涙をこらえながら、父親の言葉をじっと見つめていた。そして、龍之介も静かに彼女の隣に立ち、二人の間に一層の絆を感じ取った。

理事長は、しばらく考えた後、重い口調で言った。

「君たちの示した証拠は、今すぐに外部の機関に持ち込むべきだ。しかし、私たちはこの学校を守り続けるためにも、まずは内部調査を進める必要がある。」

その提案を受け、すぐに外部の調査機関への連絡が始まった。理事会のメンバーは、今後の対応について話し合いを進めることになり、事態は学校の再建へと向かっていった。

________________________________________

その日の放課後、龍之介は美咲と共に教室を後にした。外はすでに薄暗く、秋風が涼しく頬をなでる。美咲は歩きながら、何度も龍之介の方をちらりと見たが、言葉にすることができなかった。

「美咲、大丈夫か?」

龍之介が優しく声をかけると、美咲はゆっくりと顔を上げた。

「うん、ありがとう。私、少しずつ覚悟ができたと思う。お父さんのことも、今まで隠していたことを知って…これからどうなっていくか、正直怖いけど。」

「でも、君はもう怖がっていない。今は一緒に未来を作る時だ。」

美咲はその言葉を聞いて、思わず涙がこぼれそうになった。しかし、泣くことはできなかった。龍之介の言葉が、彼女に強さを与えてくれたからだ。

「ありがとう、龍之介くん。」

その言葉を胸に、美咲は足を踏み出した。

________________________________________

その後、学校内では迅速に不正問題に対する対応が始まり、外部の調査機関が呼ばれることとなった。龍之介と美咲は、これから何が起こるのかを恐れながらも、同時に自分たちが成し遂げたことに少しの誇りを感じていた。

数週間後、理事会のメンバーや関与した教師たちは、次々に処罰を受け、学校の運営は再編成されることとなった。美咲の父親は辞職し、学校改革が進む中で、彼女は新たな一歩を踏み出すことを決意した。

龍之介もまた、自分自身が変わったことを感じていた。今まではどこか冷めた目で周りを見ていたが、この事件を通じて、自分の役割を見つけた気がした。

そして、二人はその後も友人として、そしてそれ以上の支え合う存在として、新たな道を歩み続けることになった。

________________________________________

エピローグ

学校内の改革が進む中で、龍之介と美咲は、それぞれの未来に向かって歩き始める。しかし、どんなに困難な状況でも、二人が共に乗り越えたことが、彼らにとって何よりも大きな意味を持っていた。

美咲は、父親との関係を新たに見つめ直し、今後は自分の道を切り開いていく覚悟を決めた。そして、龍之介もまた、過去の自分にしがみつくことなく、新しい自分を見つけるために一歩踏み出すことを決意した。

不正が暴かれたことで、学校は再生を遂げ、二人はその一端を担ったことに誇りを感じながら、新たな未来を歩んでいく。

そして、新たな始まりが、今ここから始まる。

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