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ロヴェット家2

 ピアはぎゅっと拳を握り、思い切ったように言った。


「は、はい……二人は、モニカ様がライサ様を大階段の上から()()()()()()場面を見た、と言ってました」


 彼女の言葉を聞き、遅れてじわじわと衝撃が訪れる。


 あのとき、激しい雷が鳴り、私はパニックになっていた。

 そんな私をモニカは大階段から突き落としたのだという。

 あんなところから高い場所から落ちたら、死んでしまってもおかしくないのに──


「……ライサ様、大丈夫ですか?」


 ピアが心配そうに私の背中に手を当てる。

 ああ、そうか。私がショックを受けることがわかっていたから、今まで言わずにいてくれたんだ。


 けれどピアの報告でお義兄様の耳には入っていて、ロヴェット家の者に危害を加えられたと知った当主代理のお義兄様が、ケンドリック家へ私を回収に来た。

 だから、離婚が決まってからの迎えがあんなに早くて、お義兄様はあんなに怒っていたんだ。


 私はピアに笑いかけた。


「大丈夫よ、ピア。あの人に嫌われていたのは知ってたけど、まさかそれほどまでとは思わなかったから、びっくりしただけ」

「ライサ様……」

「でも、さすがに殺されかけてそのままというのは気持ちが悪いわね。目撃者が二人もいるなら、当局に訴えて捕まえてもらおうかしら」


 冗談めかして言ったのに、ピアはうつむき、沈んだ声で答えた。


「……それが、私もそう頼んだのですが、二人とも証言はしないと言ってるんです」

「えっ」


 驚く私に、お義兄様が冷静に告げる。


「使用人は普通、雇い主の不利になることはしない。紹介状もなしにクビになる危険を冒す義務はないし、生活がかかっているからな」

「そ、それでは、私はこのまま泣き寝入りをするしかないということですか?」

「いや、そんなことはさせない。ケンドリックの屋敷でも言っただろう。ロヴェット家は必ずこの代償を支払わせると」

「……はい」


 たしかに言っていた。

 エドガーお義兄様は身内をとても大切にする。


 以前、こんなことがあった。

 ロヴェット家(うち)の執事は、従僕だった若い頃から勤めている真面目な叩き上げの人だ。

 その執事が遅い結婚をすることになり、生まれて初めて宝くじを買った。同じくロヴェット家でメイドをしている妻と、「当たったら王都に小さな家を買おう」と笑い合いながら。


 もちろん当たるとは思っていなかったのだろうけど、なんと三等が当たり、家の購入がにわかに現実味を帯びてきた。

 王都は地価も物価も高く、一般市民にとっては王都内に家を買うなど夢のまた夢だ。それまで二人は、勤め先であるロヴェット家の地下の使用人部屋でつつましく暮らしていた。結婚後は屋敷の近くにこぢんまりとしたアパートメントを借りる気でいたのだけど、少しローンを組めば家が買えるとなって、目を輝かせて物件を選んだ、その矢先。

 銀行へ換金しに行こうとした執事が何者かに襲撃され、当たりくじを奪われてしまった。


 暴行を受けた執事は、よろめきながら屋敷に戻ってきた。

 話を聞いたお義兄様の行動は迅速だった。

 すぐさま自ら手下を引き連れて銀行へ馬を飛ばし、現金の準備をしていた行員たちを止め、逃げ出そうとした暴漢たちを捕縛して警邏隊に突き出した。

 のみならず、遅れて銀行へやってきた執事に取り戻した当たりくじを渡し、換金と預け入れを見届け、それから強盗致傷罪で暴漢たちを監獄送りにした。


 多忙なお義兄様が、たまたま執事の結婚式のために帰省していたときの出来事だった。

 その後、執事の新居にはお義兄様から最高級品のダイニングセットが贈られ、執事とメイドは今も元気にロヴェット家で働いている。


 ……そんなお義兄様だから、今回もケンドリック家にはしっかりと代償を払わせるのだろう。

 ロヴェット家の者(わたし)が傷つけられたのだから。


 「ご苦労だった、ピア。もう行っていい」


 お義兄様の言葉に、ピアは一礼して去った。私は意識を現実に引き戻された。

 だだっ広い玄関ホールに、エドガーお義兄様と二人きり。


 とたんに緊張して冷や汗が出てくる。

 ピアのことで忘れていたけれど、彼は私を嫌っているのだ。

 きっと顔も見たくないはずだから、私も早々に退散した方がいいだろう。

 けれど、辞去する前にお義兄様が口を開いた。


「怪我の具合はどうだ」

「あ……はい、痛みはだいぶ治まりました。額の傷は、残ってしまいそうですが」

「そうか……」

「はい……」


 沈黙が重い。 

 当然ながら貴族の当主としては外交のカードは一つでも多く持っていた方がいい。未婚の娘は格好のカードだ。

 でも私は離婚歴がついてしまったし、額に傷跡も残ってしまった。

 しかも、聖女の力まで失ってしまった。

 つまりは役立たずだ。

 私はおそるおそる言った。


「……あの、お義兄様……結婚に失敗し、大恩あるロヴェット家の名を汚しておめおめと出戻ったこと、誠に申し訳ございませんでした。聖女の力も失ってしまって神殿にも戻れませんし、このまま王都で恥をさらすのもなんなので、私は亡き父の所属していたサイベル伯領の騎士団で下働きでもしようかと……」

「騎士団だと?」

「は、はい」


 お義兄様の眼光がひときわ鋭くなった。

 お……怒っていらっしゃる?


「俺がそんなことを許可するとでも?」

「え……」


 まさか、私は世間には二度と出せないほどの恥ということ?

 私は一生この屋敷から外に出ない方がいいの?

 青くなった私を見て、お義兄様が小さく息を吐いた。


「離婚はおまえのせいじゃないし、俺に謝る必要などない」

「……お義兄様……」

「神殿騎士に任命されて以来ろくに家にも帰れなかったが、本当はおまえのことが心配だった。目を離すといつの間にか聖女になっているし、結婚してしまうし……」

「ご、ごめんなさい。少しでもこの家の役に立とうと思って……」


 そう弁明しながらも、「おまえのことが心配だった」という言葉が意外で、うれしくて、なんだかくすぐったかった。

 たとえ血は繋がっていなくても、エドガーお義兄様はとても素敵な人で、昔からずっと私の憧れだ。

 だから理由もわからず彼から嫌われ、避けられたことがずっと悲しかった。


 けれどお義兄様は、私のことを心配してくれていたみたいだ。

 もしかしたら、私は嫌われていたわけじゃなかったのかもしれない。


 彼の、美しいだけじゃなく温かさも感じる青い瞳が私に向けられる。


「今後、おまえのことは俺が全力で守る。もう二度と誰にもおまえを傷つけさせない」

「……お義兄様、ありがとうございます」


 虐げられていた長い三か月間のあとにそんな言葉をかけられ、目元が熱くなった。

 お義兄様はそんな私を優しく見つめた。


「だからおまえは何も心配せず、この家でゆっくり過ごすといい」

「すみません、それはできません」

「なんだと?」


 怪訝そうな顔をされる。

 でも、守られるだけなんて嫌だ。

 私は自分を奮い立たせて言った。


「私も名誉あるロヴェット家の者。守られるだけではなく、必ずお役に立ってみせます」

「ライサ……」

「ケンドリック家にいたとき、スタンリー様は私が聖女であることを利用して、かなり強引に事業への投資を募っていました。そばで話を聞いていたので、投資をした方々のお名前も金額も、すべて記憶しています」


 敵の敵は味方。

 ケンドリック家に不満を持つ人たちを味方につけられれば、何らかの道が開けるかもしれない。

 意表を突かれたような顔をしていたお義兄様が、口角を上げた。


「そうか、よくやった。だが話を聞くのは明日にしよう。疲れているだろうから、今日はもう休め」

「はい!」


 パッと顔を上げ、満面の笑みで返事をする。

 窓からの夕日でも目に入ったのか、彼はなんだか眩しそうな顔で私を見つめ、それから目を逸らした。


「……では明日」

「はい、お義兄様。また明日」


 早足で歩き去る後ろ姿を、見えなくなるまで見送る。

 うれしい。とても気分が晴れやかだ。お義兄様がいれば何もかも大丈夫だと思えてくる。


 そういえば、あのときもお義兄様がそばにいてくれたっけ……と、私はこの屋敷に引き取られたばかりの頃を思い出した。

お読みいただきありがとうございます!

明日から1日2話投稿予定です。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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