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傷物聖女に祝福を ~出戻りの私に、憧れのお義兄様が甘いです!?~  作者: 岩上翠


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かわいい義妹(エドガー)

 二年前に王立学校を卒業した後、俺はロヴェット家の跡取りとして領地経営を学ぶため、単身で侯爵領ランブリッジへ向かった。


 仕事熱心な代官からは多くのことを学んだ。この地域の気候や土壌の特徴、税収の管理の仕方、領民との接し方、災害時の対応。

 広大な領地は水はけがよく一日の寒暖差も大きいため、ワイン用の葡萄作りが盛んだ。父上と義母上(ははうえ)がはじめたランブリッジ産ワインのブランド化への努力は実を結びつつあり、収益は年々右肩上がりだ。試行錯誤しつつだが領民への還元も行われ、この頃は他領からの移住者も増えているらしい。

 視察のたびにシャツの袖をまくり、肩を並べて農作業をするうちに、領民たちは俺にも自然な笑顔を向けてくれるようになった。ランブリッジ領に生まれてよかったと言ってくれ、ワインの原料となる葡萄の品種を積極的に改良していこうとする彼ら彼女らを見ていると、俺も侯爵領を背負う責任を改めて感じる。


 一通りのことを教わったタイミングで、王都の大神殿から通達が届いた。

 神殿騎士に任命されたのだ。

 通例として、神殿騎士には将来有望な貴族令息が任命される。任期は二年から三年。将来的に国を担う高位貴族青年に、王族と神殿への帰属意識を植え付けるための制度なのだろう。王命に等しいので拒否はできない。

 身分的にも時期的にも、そろそろ来る頃だろうとは思っていた。俺は二十歳になっていた。




 領地から二年ぶりに王都のロヴェット家へ帰ると、まっさきに義妹が笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、お義兄様」

「ただいま、ライサ」


 義妹は顔を合わせるたびに美しくなっていくようだった。

 十六歳になったライサは、普段は聖女として神殿で暮らしているが、俺の帰郷に合わせて休暇を取り屋敷に戻ってきたらしい。

 すっかり淑女らしくなっているが、俺に向けるまなざしがキラキラしているところや、立ち居振る舞いにどこかすばしっこさが見えるところは変わらず、やはりどことなく野うさぎを彷彿とさせる。

 少しからかいたくなって、柄にもない冗談を言ってみた。


「今日は野いちごはないのか?」

「あ……あります! たくさん摘んでおきました。今日採ったばかりなので新鮮です」


 ……あるのか。

 冗談のつもりだったのだが、とてもうれしそうに報告するライサを見ると、そんなことは言えなかった。


 正式に神殿騎士に叙任されるまで、まだひと月ほどあった。

 俺は久しぶりに王都のタウンハウスに留まり、父上と領地経営について意見を交わしたり、学校時代の友人たちに会ったり、剣術の稽古を再開したりして過ごした。


 義妹と過ごす時間も増えた。

 ライサはまるで役に立つ隙を狙ってでもいるかのように、さりげなく俺の近くにいることが多かった。

 俺が探し物をしていればいつの間にか探し当ててくれるし、外出しようとすれば従者よりも早く上着を差しだしてくれる。

 いつかの家庭教師の件で恩義を感じているのかもしれない。そんな必要はないのだが。


 だが家の中でいつもその調子では落ち着かないだろう。

 義妹は休暇中というのに何も予定がないようだったので、たまたま家にチケットがあった芝居を一緒に観に行った。

 ライサは芝居をとても喜んでくれたので、次の日は王立公園に誘い、池のほとりに並んで釣り糸を垂らした。驚いたことに、ライサは釣りの筋もよかった。

 広大な王立公園も、二人で毎朝のように散歩した。これは、彼女の方から誘ってきたことだ。


 どこへ行っても、何をしていてもライサは楽しそうで、見ているこっちも楽しくなった。

 その頃には、かわいい義妹だと心から思えるようになっていた。


 だがある日、友人から思ってもみなかった苦言が呈された。


「エドガー、おまえさぁ、義妹と結婚でもするつもりか?」

「は? ……何を言ってるんだ? そんなわけがないだろう」

「だったらもっと気を遣ってやれよ。どうしてそう毎日義妹とべったりなんだ? このままじゃあの子、嫁の貰い手がなくなるぜ?」


 軽薄だが男女の機微に詳しいその友人によると、名門侯爵家の跡取りで神殿騎士にも内定している俺が四六時中ライサのそばにいることで、彼女に近づきたいと思っている貴族令息たちは身動きが取れずにいるのだという。


「おまえが義妹と結婚したいんだとしても、義兄として悪い虫がつかないよう牽制しているんだとしても、どっちにしても普通の令息たちからしたら脅威だ。しかもおまえの義妹はデビュタントもせずに聖女になっただろ? 神殿には出会いは少ないし、聖女業は多忙だ。月日の経つのは速いぞ」

「……そう、だな…………」


 ライサが誰かと結婚する?

 そんなことは考えたこともなかった。俺が屋敷に帰れば、あの笑顔が迎えてくれるのが当たり前な気がしていた。


 彼女はロヴェット家に引き取られた頃から、侯爵家にふさわしい貴族令嬢になろうと努力してきた。そして、誰だって文句のつけようもないほど、美しく魅力的な貴族令嬢となった。

 だが貴族令嬢が適齢となれば、当然結婚を考えねばならない。

 ライサ自身のためにも。

 妙な噂が立ってからでは遅いのだ。

 ロヴェット家次期当主のルートを抜かりなく進んでいるつもりだったが、俺は、すぐ近くにいる義妹の幸せは見落としてしまっていたのか――


 それから俺は極力家には寄り付かず、義妹を避けるようにした。

 冷淡だったかもしれない。俺に避けられていることを知ったライサの傷ついた顔を見ると、決意が鈍った。

 しかし、「おまえの幸せのためだ」などと言ったところで、見た目は淑やかな令嬢だが中身は勝気な義妹がすんなり納得するとも思えない。だから俺から距離を取ることしかできなかった。


 そのうちに俺は神殿騎士に叙任され、すぐに第三王女オーレリアの専属護衛に指名された。

 王女は俺のことをいたく気に入り、片時もそばから離さず、そして──俺は王女の「恋人」と呼ばれるようになった。

 実際の王女との関係は、そんな甘いものではなかったのだが。


 神殿騎士の仕事は元から多忙だったが、そうなるとますますロヴェット家に帰る暇はなくなった。

 だが、同時にほっとしてもいた。

 父上はやり手の侯爵だ。きっと俺のあずかり知らぬところで、義妹にどこかいい嫁ぎ先を見つけてくれるだろう。

 そんな他力本願をしていたのだが、あろうことか、スタンリー・ケンドリックとの婚約が決まったと聞いたときは耳を疑った。


 なぜよりによってあいつなんだ?

 協定の旨味はあるかもしれないが、あのねじくれた性格の男がどうやったらライサを幸せにできる?

 俺が王立学校で見たあの男のふるまいは、かわいい義妹を嫁がせたいとは到底思えないものだった。学業もふるわなければ異性関係も乱れている。

 それに何より、あいつ(ケンドリック)は明らかにこちら(ロヴェット)を嫌っているじゃないか。間違いなく何か裏があるはずだ。


 自由の利かなかった俺は、即座に《草》を呼んでケンドリックを見張らせた。

 高位貴族ならば、隠密行動の得意な《草》と呼ばれる存在を常時数名擁していることは普通のことだ。

 しばらくして上がってきた報告は、やはりケンドリックは現在の愛人と別れる気など毛頭なく、ライサをお飾りの妻に仕立て、病身の父ベンジャミンを治癒させることが目的らしいという内容だった。同時に、立場の弱いライサを虐げることでロヴェット家への溜飲を下げるつもりなのだろう。

 いかにもあの男がやりそうなことだったが、すでに協定は締結されていて、今さら縁談を白紙に戻すことはできなかった。

 それに何より、この結婚は、ライサ自身が決めたことなのだ。


 少しも納得のできないまま臨んだ結婚式で、ライサの可憐な花嫁姿を見たとき、ようやく気がついた。




 なんだ、結局俺は義妹に惚れていたのか──と。




 他の男との結婚式で自覚したところで、あまりにも遅すぎた。

 よく晴れて花弁が舞い噴水に虹のかかる美しい結婚式だったが、俺一人だけがこの世の終わりのようなひどい気分で、花嫁のライサとは目も合わせられなかった。



 ◇



 それからは、ロヴェット家から嫁入りについていったメイドのピアと俺の《草》に、常時ライサとケンドリックを監視させ定期的に報告をさせた。

 王立公園でたまたま見かけたときは、ケンドリックの横で不幸せそうなライサを見ていられずにその場で奪い去りたくなったが、必死に耐えた。

 業腹なことだが、彼女は法律上はあの男の妻なのだ。

 だが、悲しそうな顔はいつまでも頭から離れなかった。


 まだ夜も明けきらない時間、俺は神殿騎士の夜勤が明けると馬でロヴェット家へ戻り、森でライサの好きな野いちごを採ってケンドリック家の門前に置いた。

「貴族は差出人不明の食品を口に入れない」と義妹に教えたのは他でもない自分だ。

 美しい貴族女性に成長したライサがそんなものを喜ぶとも思えないが、それでもロヴェット家によかれと不幸な結婚を選んでしまった彼女のために、何かせずにはいられなかった。


 ライサがケンドリックの愛人ともめて大階段から落ちたと聞いたときには頭に血が昇り、すぐさま手勢を率いてケンドリック家に殴り込みに行きかけた。

 そのときは両親に止められた。


「エドガー、気持ちはわかるが、ライサの容態は今は落ち着いていて眠っているだけみたいだし、目が覚めてから離婚の話し合いに行くのでも遅くないと思うよ? 今きみが乗り込めば、彼女がこちらにとってどんなに大事かを相手に教えるようなものだ」

「そうですよ、エドガーさん。ライサを取り戻してからゆっくり先方の弱点を掴み、そこを突いていけばいいのです」

「……わかりました、父上、義母上」


 一見冷静に見えるこの両親も、内心はケンドリック家の娘に対する扱いに激怒していた。それは、二人が《草》を総動員してかき集めた情報の量や内容、連日遅くまで夫婦で話し込んでいる会話の過激さで察せられた。

 愛情深いが抜かりのない両親の忠告で頭が冷え、俺は《草》の監視を強化するにとどめた。

 時機が来たら、すぐに彼女を取り戻せるように周到に準備をしながら。

 そしてライサが聖女の力を失ったと聞くと同時に、俺はケンドリック家へ彼女を引き取りに向かった。


 三か月ぶりに間近で見る義妹はやつれて以前のような元気がなく、頭の包帯が痛々しかった。

 細い体を馬車から横抱きで降ろし、ロヴェット家へ運びながら、もう二度とライサを離さないと誓った。

お読みいただきありがとうございます!


回想はこれで終わりです。

次回、お義兄様からライサに大事な話が……。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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