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傷物聖女に祝福を ~出戻りの私に、憧れのお義兄様が甘いです!?~  作者: 岩上翠


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裁判3

「……ちっ……ちち、父上!?」


 スタンリー様は椅子から転げ落ちたまま、父親であるベンジャミン様の登場に──しかも、仇敵であるロヴェット家(こちら)側の証人として姿を現したことに──目を剥いている。

 一方、私は安堵に胸をなでおろしていた。

 よかった。

 ベンジャミン様が()()()来てくださった。

 きっと、これでもう大丈夫。


 いよいよ危ないらしいともっぱらの噂だった人が背筋を伸ばして矍鑠(かくしゃく)と法廷に現れたことで、傍聴席はまたしても大きくどよめいた。

 主席判事をじろりとひとにらみしてベンジャミン様が宣誓したあと、弁護人が質問をはじめる。


「ライサさんがケンドリック家にいたあいだ、あなたは毎日彼女の癒やしの力を受けていたのですか?」


 以前よりかなり痩せたベンジャミン様は、それでも堂々とした風格を見せながら答えた。


「ああ、その通りだ。ライサが癒やしてくれると、体が驚くほど楽になった。……だが、次の日の夜になると、また熱がぶり返してしまっていたんだが」

「医師からはなんの病気だと言われましたか?」

「ふん、医者どもは何もわからんよ。王都で最近流行っている病だそうだが、めいめい勝手な病名をつけておる。どんな医術も効いたためしがないようだがな」

「ライサさんは怪我をして聖女の力を失ったそうですが、そのときの彼女の様子はどうでしたか?」

「ひどい顔色をしていた。倅に無理やりわしの部屋に連れてこられ、弱り切っていたが、それでもわしを癒やそうとしてくれた……だが、はたから見ても、あのときのライサには神聖力などこれっぽっちも残っていなかった。わしは毎日見ていたからわかる」


 率直に質問に答えていくベンジャミン様の姿に、胸がいっぱいになった。

 対照的に、スタンリー様は蒼白になって父親の言葉を聞いていた。


 答弁が終わると、ベンジャミン様はおもむろに私の方を向き、真剣な面持ちで言った。


「……せっかくケンドリック家に嫁いでくれたのに、我々は寄ってたかってきみにひどい仕打ちをし、聖女の力を失わせた。今さらきみを連れ戻す資格などない。ライサ……すまなかった」


 王の従弟であり、ロヴェット家とは長年犬猿の仲であったケンドリック家当主が、田舎の騎士家の出身でロヴェット家の養女でしかない私に、頭を下げた。

 法廷は水を打ったように静まり返った。

 この場にいる人々が固唾を吞んで見守る中、私は立ち上がった。

 そして、万感の思いをこめて、ベンジャミン様にカーテシーをした。


「証言をしてくださったことに、心より感謝を申し上げます。侯爵閣下」


 どこかから、拍手の音が聞こえてきた。

 それはみるみる広がっていき、温かく法廷中を包み込んだ。

 ところが、その和やかな空気をつんざくような怒声が響き渡った。


「異議あり! 貴様ら、俺のいない間にうちの屋敷に忍び込み、父上に取り入ったんだな!? 弁護側の証言はすべて無効だ! それから、不法侵入罪で訴える!!」


 スタンリー様が私を指さし、糾弾した。

 ……やっぱりそう来るわよね。

 私は立ち上がり、きっぱりと言った。


「不法侵入ではありません。私たちは正面玄関からケンドリック家へ招き入れられましたし、あなたにもご挨拶いたしました」

「……はっ?」


 用意していた()()()を取り出すと、私はそれを自分の顔に装着してみせた。

 それを見てまん丸に目を見開いたスタンリー様に、にっこりと笑いかける。


「覚えていらっしゃいますよね?」


 私がつけたのは、黒縁の丸メガネだった。

 スタンリー様はふたたび私を指さして叫んだ。


「………………ああっ!!」




 ◇



 公爵夫人の舞踏会のあと、私は『ベンジャミン様を癒やしに行きたい』とエドガーお義兄様にお願いした。


 ただ、普通に面会を申し込んだのでは、スタンリー様に邪魔されるのは目に見えている。

 そこで私が考えたのが、変装してスタンリー様の目を欺く方法だ。


 私は黒縁メガネをかけ、キャスケットに髪を押し込んで、医療助手の()()に。

 同行を申し出てくださったお義兄様は、ブロンドの髪をオールバックにして付け髭をして、シルクハットを被りコートの襟を立てて、見目麗しい青年医師に変装した。


 事前にひそかにケンドリック家執事のトーマスさんを通じ、ベンジャミン様に訪問の打診をしておいた。どら息子のスタンリー様よりも現当主のベンジャミン様への忠義に厚いトーマスさんは、「ロヴェット家の者は出入り禁止」というスタンリー様の言いつけに背き、話を通してくれた。ベンジャミン様は一も二もなく訪問を承諾したので、トーマスさんは「旅の医者」として戸を叩いた私たちを、喜んで中へ通してくれたのだった。

 ちなみに当主の許可があるので、不法侵入ではない。


 居間を通り、スタンリー様とモニカにばったり出くわしたときは、さすがにドキリとした。

 ところが、私たちがベンジャミン様への面会を希望していると告げるトーマスさんを、スタンリー様は「うるさい、どうせやぶ医者だろうが。さっさと父上を診せて小銭でもやって追い出せ」と雑に許可して手で追い払った。とことん父親の容体に興味がないのだろう。


 けれども、スタンリー様はふと私に目を留めるとじろじろと眺め回し、「そういえば最近寝つきが悪くて困ってるんだ。おまえは別室で俺を診ろ」と別の部屋へ連れ込もうとしたので、お義兄様がすかさず止めに入った。

 モニカはモニカで、そんなお義兄様を見て「あら、素敵なお医者様ね。診察なんてあとにして、お茶でもいかが?」としなだれかかった。

 とんでもないカップルだ。

 それ以上状況が混乱する前に、トーマスさんが私たちを連れてさっさとベンジャミン様の元へ向かったので、事なきを得たのだけど。


 久しぶりに会ったベンジャミン様は、命の灯が尽きる寸前のように見えた。

 それほど衰弱し、やせ細っていて、肌は土気色だった。

 彼は私を見ると、かすれた声で私の名を呼び、枯れ枝のような腕を力なくこちらへ伸ばした。

 私はその手を取ってほほえみかけた。

 そして、女神の力で、ベンジャミン様を癒やした。


「慈悲深き女神の御名において、すべての痛み、呪い、病苦が取りのぞかれんことを。聖なる紋章よ、わが願いを叶えたまえ」


 以前の私の力では、対症療法的に彼の症状をやわらげることしかできなかった。

 けれど以前よりも強い神聖力を得て、お義兄様からいただいた青い聖石を身につけている私は、ベンジャミン様を苦しめているものを根本から消し去ることができたという感覚があった。


 室内が眩しい光に包まれ、それが消えたあと、ベンジャミン様は別人のようにすっきりとした顔をしていた。


 彼は涙を流して私の手を握り、「ありがとう、ありがとう。ライサ、きみは本当に女神がわしに遣わしてくださった聖女だ」と初めてお礼を言った。

 それからお義兄様の手も握ると、こんな約束をした。


「わしは今この瞬間から、これまでの長きにわたるロヴェット家との確執を水に流すと約束しよう。倅のスタンリーが裁判を起こしているようだが、わしが責任を持って取り下げさせる」

「ベンジャミン様……」


 私は感動で胸がいっぱいになった。

 けれどお義兄様は至極冷静に答えた。


「いえ、こうなった以上はこちらとしても裁判ではっきりさせたいので、閣下には弁護側の証人としてお立ちいただきたくお願い申し上げます」

「…………………………」


 ベンジャミン様は目元に思いきりシワを寄せ、お義兄様を凝視した。

 私はハラハラしながらそのやり取りを見ていた。

 こんな感動的な和解の瞬間にさらなる要求を突きつけるなんて、お義兄様はまさに冷徹に利害を見極めることに長けた生粋の貴族だ。でもここでこじれたらどうするんだろう……。

 けれど、やはり生粋の貴族であるベンジャミン様にも二言はないようで、悩んだ末、うなずいてくれた。


「……わかった。証言をしよう」


 ベンジャミン様がこちら側についてくれたことで、お義兄様によるとそれまで「難攻不落」だった執事のトーマスさんも協力を申し出てくれた。


 私の結婚中もピアからの定期報告を受けていたお義兄様は、当時から水面下でモニカがスタンリー様の愛人であることと、彼女が私を突き落としたという証拠を集めていたのだという。

 最近、夜に出かけていたのは、ケンドリック家の使用人や出入りの業者が通うパブへ何度も足を運んで裏付けを取ったり、証言を頼んでいたからだそうだ。きつい香水の残り香も、そのときについたものらしい。思えば清らかな美しさを誇るオーレリア王女は、大神殿でも舞踏会でも、香水はつけていらっしゃらなかったっけ。


 そんな風にお義兄様は情報収集をしてくださっていたのだけど、ケンドリック家の使用人たちの信頼の厚いトーマスさんが、最後の牙城となって立ちはだかっていたのだ。


 ベンジャミン様とトーマスさん。

 ついに、多大な影響力を持つケンドリック家の二人の協力を取り付けたことで、五分五分だったこちらの勝算は限りなく十に近づいた。


 ケンドリック家でベンジャミン様を癒やしたあとの、帰りの馬車の中でのこと。

 青年医師の姿のままで、お義兄様は心から感心したという風に私に言った。


「しかし、まさか侯爵が本当に証言台に立つと約束するとはな……おまえの大胆な行動と無私の優しさが、あの頑固な当主を動かしたんだろう。おまえはロヴェット家の誇りだ」


 憧れのお義兄様からの手放しの賛辞に、私は罪悪感でもじもじしながら答えた。


「そんな……違います。無私などではありません。たしかにベンジャミン様のことが心配でしたが、癒やして差しあげたら見返りをくださるかも、という下心がなかったとは言えません」


 お義兄様はとても綺麗な、そして少しあざとい笑みを浮かべた。


「なおさらいい。立派なレディになったな、ライサ」


 私たちは視線を交わし、ほほえみ合った。


 ◇


 そうして準備万端整えて、私たちは今日の貴族法院での裁判を迎えたというわけだった。


 すべての審理が終わった数時間後。

 いよいよ、裁判の判決が出された。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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