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傷物聖女に祝福を ~出戻りの私に、憧れのお義兄様が甘いです!?~  作者: 岩上翠


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裁判2

 今度は弁護(こちら)側の証人が呼ばれる番だった。

 その人物の名前が呼ばれ、証言台に立つ。

 すると、それまで余裕綽々だったスタンリー様があんぐりと口を開け、彼を指さして叫んだ。


「な……なぜトーマスが……うちの執事が、そっち側の証人なんだ!?」


 現れたのは、()()()()()()()()()()であるトーマスさんだった。

 彼はスタンリー様の方は見ずに宣誓をした。

 弁護人が最初の質問をする。


「先ほどモニカさんが証言した通り、ライサさんは夫のスタンリーさんの不平不満をよく口にしていたのですか?」


 トーマスさんは数秒黙りこんだのち、顔を上げ、はっきりと答えた。


「……いいえ。私の覚えている限り、ライサ様は一度もスタンリー様への不満を口にしたことはございません。それ以前に、モニカ様はライサ様の友人などではなく、スタンリー様の()()として当家に滞在していました。モニカ様はケンドリック家の実質的な女主人として傍若無人にふるまっていましたが、ライサ様は、理不尽な扱いを耐え忍んでいらっしゃいました」


 執事であるトーマスさんのセンセーショナルな証言に、傍聴席が大きくざわめいた。


「異議あり! モニカが俺の愛人だなんて嘘だ! トーマス、おまえ、ロヴェット家に買収されたんだな!?」


 スタンリー様が立ち上がって叫ぶ。

 でも、トーマスさんは前を向いて押し黙ったままだ。

 業を煮やしたスタンリー様は、今度は私を指さして糾弾した。


「ライサ、おまえの仕業か! 金を積んだのか、それとも色仕掛けか!? いつの間にうちの執事をたらしこんだんだ!?」


 傍聴人席から、クスクスと忍び笑いが聞こえる。

 頬が熱くなった。

 離婚の有効性を問う裁判なのだから、聞きに来ている人はゴシップを期待しているんだろう。被告人席の私は無遠慮な視線を一身に浴び、さらし者になっている気分だった。

 エドガーお義兄様が反論しようと立ち上がりかけたけれど、私は彼の腕に触れ、小さく首を振って止めた。私だってもう大人だ。いつまでもお義兄様にかばわれてばかりではいられない。

 舞踏会へ参加したときに、お義父様とお母様から言われた言葉を思い出す。

 堂々としていれば大丈夫。

 私はお母様のように背筋をぴしりと伸ばすと、元夫に毅然と答えた。


「ケンドリック様、品のない侮辱はおやめください。トーマスさんはご自身の判断で証言台に立つことを望んだのです」

「馬鹿な! そんなはずが……」


 けれど主席判事が激しく木槌を鳴らして「静粛に」と告げると、スタンリー様はしぶしぶ腰を下ろした。

 しばらくしてようやく法廷が静まると、弁護人がトーマスさんへの質問を続けた。


「トーマスさん、それでは、ライサさんはケンドリック家で不当な扱いを受けていたということですか?」

「はい」

「それでも彼女は離婚を望んでいる様子ではなかったと?」

「はい。ライサ様は誠実に自分の役目を果たそうとしていらっしゃいました。スタンリー様から旦那様……ベンジャミン様への癒やしを求められれば毎日聖女の力で癒やして差し上げ、スタンリー様が他家へおいでになる際には夫人として必ず同行されていました。ただ……」

「ただ?」

「……夫人の座を妬んだモニカ様はある日、ライサ様と口論になり、もみ合いの末、モニカ様がライサ様を大階段の上から()()()()()()()()。騒ぎを聞きつけて使用人室から出てきた料理人とメイドが、それを目撃しています」


 傍聴席は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 モニカが席から身を乗り出して絶叫する。


「嘘よ! そいつは大噓つきだわ! 誰かその使用人をつまみだして!!」


 今度ばかりは、判事がいくら木槌を叩いても、法廷はなかなか静かにならなかった。

 喧噪の中、弁護人が声を張り上げてトーマスさんに最後の質問をする。


「あなたは、被告のライサさんが聖女の力を失ったのは、大階段から落ちたせいだと思いますか? それとも、ライサさんが『力を失った』と嘘をついたのだと思いますか?」


 トーマスさんは淡々と、けれど、誠実な口調で答えた。


「ライサ様はモニカ様に突き落とされてひどい怪我を負い、丸二日間高熱を出して寝込んでおられました。そして、目覚めると聖女の力を失っていて、その力を取り戻そうと懸命に努力をしておられました。私にはあれが嘘だとはとても思えません」

「わかりました。質問は以上です。ありがとうございました」


 証言台から下りたトーマスさんに、スタンリー様が聞くに堪えない罵声を浴びせる。


「この……薄汚い裏切り者の犬め! 親父の代からの忠義を忘れたのか!? おまえは即刻クビだ! それだけじゃない、今後どこの屋敷でも働けないようにしてやるからな! 判事っ、下賤な使用人の言葉になど耳を貸さないでください! 今の証言は無効です!!」


 法廷が不穏にどよめく。

 握りしめていた私の掌が、じっとりと汗ばんだ。

 いくらケンドリック家の親戚とはいえ、まさか主席判事が、執事という責任ある仕事に就いているトーマスさんの証言を無効にするはずが──


 主席判事は険しい表情で法廷を見渡し、口を開いた。


「ただいまのケンドリック家の執事の証言は、無効とします。それでは、これより評議に入ります」


 そんな──!

 全身の血の気がさっと引いていく。

 そのときだった。


「待て、わしはまだ証言しておらんぞ!」


 威厳のある低い声が、法廷に響き渡った。


 声の主を見ると、スタンリー様は驚きのあまりガタッと椅子から転げ落ち、相手を指さして操り人形のように口をパクパクさせた。


 その人──弁護側の二人目の証人として現れた人物は、スタンリー様の父親である、ベンジャミン・ケンドリック様だったからだ。

お読みいただきありがとうございます!

執事のトーマスさんは渋みのあるロマンスグレーのイメージです。たぶん苦労人。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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