裁判1
ひと月後、大神殿内の法廷で裁判が開かれた。
裁判の争点は、私とスタンリー様の離婚が有効か否か。
離婚届は二か月前にお義兄様が提出し役所に受理されていて、離婚自体はもうとっくに成立している。
けれどもスタンリー様は、私が「聖女の力を失ったと偽って離婚した」と主張し、離婚の取り消しを要求していた。
貴族法院の法廷は王都の大神殿の一隅に設置されている。
司法の場ではあるけれど、精緻な彫刻のほどこされた祭壇や天井まで届くステンドグラスから差しこむ極彩色の光が、荘厳な美しさを醸しだしている。
ロヴェット家からは被告である私が出廷し、エドガーお義兄様、イアンお義父様、お母様、それからピアもついてきてくれた。
原告のスタンリー様は一人だった。
傍聴席は物見高い人たちで埋まっていた。犬猿の仲で有名なロヴェット家とケンドリック家の裁判は、格好のゴシップのネタなのだろう。
ロヴェット家の名誉のためにも、ますますこの裁判に負けるわけにはいかないという気持ちが強くなる。
判事席にいるのは主席判事が一人、次席判事が二人の、計三人。
主席判事と、次席判事のうちの一人は、ケンドリック家の親戚だ。
裁判が始まる前から、圧倒的にケンドリック家令息であるスタンリー様に有利な状況だった。
私はお義兄様と並んで被告人席に着いた。
貴族の婚姻には当主も深く関わることから、お義兄様はロヴェット家の当主代理として私に同席している。
開廷が告げられ、最初にスタンリー様の主張が、次に私の答弁が読み上げられた。
裁判は予想通りスタンリー様有利で進んだ。
まず最初の証人として、私が聖女に復帰するときに大神殿で神聖力を計測してくれた若い神官が呼ばれた。
彼は緊張した面持ちで宣誓し、検事の質問に答えた。
「あなたがライサさんの神聖力を計測したとき、数値はいくつでしたか?」
「それが、正確には計測できませんでした」
「それはなぜですか?」
「ライサさんの神聖力が強すぎて、針が振り切れてしまったのです。一応、書類上は最大数値の5000HPということになっています。こんな数字は前代未聞です」
傍聴席がにわかにざわめきだす。
判事が木槌を叩き、「静粛に」と命じた。会場が静まると、検事はふたたび質問をした。
「つまり、ライサさんは並外れた神聖力の持ち主ということですね?」
「はい、おそらく」
「ライサさんとスタンリーさんの離婚の理由は、ライサさんが怪我をして神聖力を失い、聖女の資格を失ったためとされています。そのときの計測では、ライサさんのHPはゼロだったと聞いていますが、そういったことはよく起こるのですか?」
「いえ、そうしょっちゅうというわけでは……」
「もしも高い神聖力を持つ聖女ならば、HPをコントロールして数値をゼロに見せかけることも可能ですか?」
私はハラハラしながらその答弁を聞いていた。
HPの数値をコントロールするなんて、今まで考えたことすらない。
けれど、神官は思案ののちにこう答えた。
「……ああ、たしか、上級聖女のオーレリア王女はそういうことができると聞いたことがあります。あの方は並外れて修練に熱心な、すごい聖女ですから」
「ほう。そして、ライサさんはそのオーレリア王女をも上回るHPの持ち主だということですね?」
「そうなりますね」
傍聴席でガタッと一人の男性が立ち上がり、「バカッ、上級聖女の能力もHPも部外秘だっ!」と遠くから若い神官をどやしつけた。計測のときにいた年かさの神官だ。この人が証言してくれればよかったのに……。
案の定、傍聴席はふたたびざわめきだした。
判事が木槌を叩き、法廷を静まらせる。
なんだか法廷中の人から、私が神聖力を失ったふりをして離婚をしたと疑われているような気がして落ち着かない。
次に、モニカが登場した。
私を大階段の上から突き落とし、額に消えない傷を残した張本人だ。
大丈夫だと思っていたけれど、彼女の姿を見たとたん、胃の奥から重苦しいものがこみあげてきて気分が悪くなった。
それでも、深呼吸を一つして、私はモニカをしっかりと見据えた。
証言台に立ったモニカは、検事の質問にすらすらと答えた。
「ええ、私はライサさんの友人として、たびたびケンドリック家を訪れました。そのたびに彼女は、夫であるスタンリー様の悪口や不平不満を陰で私に言ってきたのです。早く離婚をして、好き放題に我儘ができる実家のロヴェット家に帰りたくてたまらないようでした。スタンリー様はとてもお優しい旦那様なのに、私、お気の毒で……」
貴族女性は、公の場で感情を露わにしてはいけない。
それはわかっているけれど、悲しげに頬に手を当てて流れるように嘘をつくモニカに、こらえきれない怒りが湧いてくる。
そのとき、隣に座っているお義兄様が、ぎゅっと私の手を握った。
横を見ると、お義兄様の青い瞳が優しく私へ向けられている。
「大丈夫だ、ライサ。もしケンドリックが嘘を並べて裁判に勝ったとしても、こちらも相応の対応をすればいいだけのこと。俺の名にかけて、あらゆる手を使い、何があろうとおまえを守る」
その力強い言葉は、たちまち私の怒りや動揺を鎮め、逆にこの上なく幸せな気持ちにしてくれた。
生まれながらの高位貴族であるエドガーお義兄様が、誉れ高いその名にかけてまで、私のことを守ると言ってくださったのだ。その気持ちが、何よりもうれしかった。
それに──ロヴェット家の次期当主であるお義兄様があらゆる手を使い、とまで口にした意味は重い。
十二歳の頃からロヴェット家で暮らしているけれど、今までお義父様やお義兄様が、信じられないような方法で難しい問題を解決してきた場面を何度も目にしてきた。驚くような大金が動いたり、一夜にして豪華なお屋敷が空っぽになったり、逆に昨日まで何もなかった場所が突然王都で指折りの社交場になったり──。侯爵家の人というのは魔法使いなのかしら、と何度思っただろう。
だから、私は何があっても安心していればいい。
私だって、自分にやれることはもうすべてやったのだから。
お義兄様の手を握り返し、ほほえんだ。
「ありがとうございます、お義兄様。あなたがいてくだされば、怖いものなど何もありません」
お義兄様も、私に美しくほほえみかけた。
それから二人ともまた前を向いたのだけど……なぜかお義兄様は私の手をしっかりと繋いだまま離さなかったので、体温が急上昇した私は、そのあとのモニカの質疑応答になかなか集中できなかった。
モニカの嘘だらけの証言がようやく終わった。
証言台を去るとき、彼女は判事たちからは見えない角度で、私にニヤッと笑ってみせた。
私は挑発には乗らず、ただまっすぐに視線を返した。
あなたのような人には負けない。




