騎士団の幼馴染
私が公爵夫人の舞踏会へ行くことになったと知ったピアは、大慌てで屋敷中のドレスを引っ張り出してきた。
「このドレスもいいですし、こちらもネックレスのお色と合うから迷ってしまいますね。あっ、靴はいかがなさいます? やっぱり青系で……」
「ピアったら、舞踏会は二週間後なのだし、そんなに慌てなくても……」
「だめです! うちのライサ様をきっちりと美しく仕上げて舞踏会に送り出させていただくことが、レディズメイドであるあたしの使命ですから!」
「そ、そう? ……でもピア、舞踏会にこのネックレスを着けていったら、ちょっと悪目立ちしてしまうのではないかしら?」
部屋の姿見の前で、青い聖石のネックレスに手を触れながら、私は眉を下げた。
聖女の力を失い、スタンリー様と離婚をしたバツイチの私が、とんでもなく価値のある聖石を身に着けて参加してもいいものかしら?
しかもこの聖石は、オーレリア王女の恋人であるエドガーお義兄様の瞳の青色だ。
王女は寛大にも私にちくりと言うだけで済ませてくださったけれど、他の参加者の方々には眉をひそめられるかも。
けれどピアは自信満々で言った。
「ご心配は無用です! ライサ様にとてもお似合いですし、エドガー様からも、この聖石に似合うドレスをライサ様に見立てるようにとの厳命が下っております」
「げ、厳命……?」
「はい! なんでも、『ロヴェット家は全力でライサを守るということを周囲に知らしめる必要がある』んだそうです。あと、『俺の色を身に付けていれば、少しは虫よけになるだろう』ともおっしゃってました……あっ、これはライサ様には内緒でしたね」
てへっとピアが舌を出す。
私の頭の中は、今聞いた言葉でいっぱいになっていた。
お……「俺の色」だなんて……! お義兄様は本当にそんなことを言ったの?
恥ずかしくて、姿見に映る青い聖石を首にかけた自分を直視できなくなる。
私ったら何を意識しているのかしら?
エドガーお義兄様は怪我をしているお義父様の当主代理として、義妹の私を危険から守ろうとしているに過ぎないのに。
堅物で有名なお義兄様の色を義妹の私が身につけていたら、たしかにいい牽制になるのかもしれない。ロック男爵家の音楽界で、身を持ち崩している男性たちが近づいてきたとき、お義兄様が遠ざけてくださったように。「虫よけ」とはそういう意味なのだろう。
コンコン、とノックの音が響き、当のエドガーお義兄様が入ってきた。
あやうく飛び上がりそうになりつつも、自分がロヴェット家の人間であることを思い出し、上品にほほえんで迎える。
「お義兄様。どうなさったのですか?」
「ライサ、おまえに来客だ」
「お客様ですか? どなたでしょう?」
「ノエル・フォースターと名乗っているそうだが」
「ノエルが来たのですか!?」
私はパッと顔を輝かせた。
ノエルは騎士団員の両親を持つ、私の幼馴染だ。
「懐かしいです。同い年で、故郷の騎士団ではよく一緒に遊びました」
「そうか。それでは、俺も挨拶をさせてもらおう」
喜ぶ私を見てお義兄様もやわらかな表情になり、一緒に応接間へ行くことになった。
部屋の扉を開けると、ソファに座っていたノエルがスッと立ち上がった。
「ライサ」
「ノエル、久しぶりね! わあ、ずいぶん背が伸びたのね!」
思わず、昔のようにノエルに駆け寄った。
上から見下ろされ、ぽんぽんと頭を叩かれる。
「おまえは全然変わってないな」
「あら、失礼ね。私だって結構伸びたのよ?」
私はむくれてその手をはたいた。
もはや貴族らしい上品さは消え失せ、すっかり騎士団時代の気分に戻っている。
ノエルは小さい頃は同じ位の背丈だったのに、今では、私よりも頭一つ分背が高い。
黒髪に、やや吊り上がった緑色の目。
涼しげな顔立ちは大人っぽくなり、体つきも昔よりずっと逞しく男性らしくなった。
サイベル伯領騎士団の、グレーを基調にした騎士服がよく似合っている。
昔はこの騎士服に憧れていたっけ……。
一緒に悪ふざけをしたり、学校帰りに野いちごを摘んでお腹いっぱい食べていた幼馴染が、今ではどこからどうみても立派な騎士だ。
そういえば聖女をしていた頃、風の噂で、サイベル伯領騎士団に凄腕の若い騎士がいると聞いたことがある。その騎士は黒髪に緑の瞳で、かなりの美青年との噂だった。
あの小さな騎士団に、他に黒髪に緑の瞳の騎士はいなかったから、きっとノエルのことだろう。
改めて見上げると幼馴染はたしかに強そうだし、美青年と言われるとそうなのかもしれない。
誇らしいと同時に、なんだか置いて行かれたようで少しだけ寂しい。
「……男……?」
ぼそりと低い呟きが背後から聞こえた。
振り向くと、エドガーお義兄様がなんだか不穏な顔つきでノエルを凝視している。
私はハッとした。
もしかしたらお義兄様は、ノエルという名前から女の子だと思っていたのかもしれない。
私に悪い虫がつかないか心配してくださるほど責任感の強いお義兄様のことだから、はるばる訪ねてきた幼馴染が男だったので警戒しているのかも。
思わず笑みがこぼれた。
ノエルを相手に、そんな心配は全然いらないのに。
「失礼いたしました、エドガーお義兄様。こちらが私の幼馴染みのノエルです」
「ノエル・フォースターです」
改めてお義兄様に紹介すると、ぶっきらぼうにノエルも名乗った。
不愛想なのは相変わらずみたい。まあ、東方の人たちは総じて不愛想で武骨な人が多いんだけど。
今度はノエルにお義兄様を紹介する。
「ノエル、この方が私の義兄のエドガー・ロヴェット様よ」
「どうも」
「ああ」
そういえばお義兄様も不愛想だった。
お義兄様がスッと手を差し出す。
ノエルも手を出して握手をしたけれど、なぜかお互いに相手を値踏みするような目つきだ。
それにやたらと空気がピリピリしているようだけど、気のせいかな……?
「それで、今日はどういった用件で?」
椅子を勧めもせず、立ったまま本題に入ったお義兄様にぎょっとした。
まるで早く帰れと言わんばかりだ。
そんなにノエルのことが気に入らなかったの?
ノエルは気を悪くした様子もなく話しだした。
「ライサが聖女の力をなくして離婚したって噂で聞いて、王都へ来る用事があったからついでに会いに来たんだ。もし王都に居づらいようだったら、あっちに戻って騎士団の仕事をしないかって、俺の親父が」
「おじさんがそんなことを……」
懐かしいノエルのお父さんの顔を思い出し、その優しさに心が温まった。
元々、離婚直後はノエルを頼って故郷のサイベル伯領の騎士団へ戻り、働かせてもらえないかと考えていた位だ。
その申し出はとてもありがたい。
だけど――
「騎士団? いや、結構だ」
エドガーお義兄様はにべもなく断った。
「ライサはもうこの家の大切な一員だ。二度とサイベル伯領へ戻ることはない」
「お義兄様……」
お義兄様の言葉にも、胸が熱くなった。
聖女の力を失い出戻った私を「この家の大切な一員」と言ってくれるなんて、お義兄様は本当に優しい方だ。
けれどもノエルは、まるで喧嘩を売るようにつっかかった。
「なんで本人に決めさせないんだ? あんた、ただの義兄だろう? ちょっと干渉しすぎなんじゃねえ?」
「ノ、ノエル! なんてこと言うの!」
せめて敬語ぐらい使ってほしい。
サイベル伯領は東方の要衝で、騎士団員には賊や異民族からこの国を守っているという自負があるから、貴族に対しても物怖じしない。
でも、初対面でこの態度はあまりにも礼儀知らずだろう。
お義兄様は年長者の余裕を見せつつも、冷たい口調で答えた。
「うちのライサを心配してくれてありがとう、ノエル。他の家の問題に口を出すのは本来なら礼儀を欠くことだが、一つの意見として参考にさせてもらおう」
「ああ、そうした方がいいと思うよ。もし少しでもこいつの幸せを考える気があるなら。見たところ、高位貴族は堅苦しくて息が詰まりそうだし」
「ちょっとノエル!」
「家族としてライサの幸せを考えるのは当然だろう。そちらこそ赤の他人が突然ずかずかと個人的事情に踏み込んで、迷惑だとは考えないのか?」
「赤の他人じゃねえよ。こっちは生まれたときからの幼馴染だ」
「ノエルってば!」
ハラハラしながら止めようとしても、ノエルにはまったく遠慮する気配がない。お義兄様もなんだか、今日はいつも以上に当たりが厳しい気がするわ。
それにしても、二人とも、さっきから何をそんなに張り合っているんだろう。
急にノエルがこっちを見た。
「そんなに言うなら本人に聞いてみようぜ。ライサ、おまえはどうしたいんだ?」
「えっ?」
「このまま侯爵家の世話になるのか、それとも俺と一緒にサイベルの騎士団に戻るか?」
二人の男性に真剣な顔でじっと見つめられ、背中を冷や汗が伝った。
な……なんだか、圧がすごいわ。
でも私のためを思って言ってくれているのだから、きちんと本音で話さなければ。
「私は……聖女の力を取り戻して、神殿に戻りたいです」
エドガーお義兄様とノエルが目を見開いた。
首元の青い聖石を意識しながら、私は自分の気持ちを正直に話した。
「今は聖女の力を失い、なんの役にも立たない身ですが……必ず神聖力を取り戻して聖女に復帰したいと思っています。それがロヴェット家や、今までお世話になった人たちへの、一番の恩返しだと思うので」
騎士団の学校でも、エドガーお義兄様が手配してくださった家庭教師の先生方からも、神殿でも、私は多くのことを教えてもらった。
このまま故郷へ帰ったら、それを十分に生かせないまま終わってしまう気がする。
私は聖女に戻って、王都で働きたい。聖女は人々から尊敬される仕事だから、ロヴェット家の名誉にもなる。
それに、王都にいれば、こんな私でも誰かの役に立つ機会があるかもしれない。
少なくとも今度の舞踏会では、公爵夫人に会うというチャンスが用意されているのだ。
『おまえには向上心がある。望む場所があって、正しい努力をすれば、おまえは必ずその場所へたどりつける』
十二歳の時にお義兄様がかけてくださった言葉は、今でも私の大切な宝物だ。
私も、いつか助けが必要な誰かに、手を差し伸べられる存在でありたい。
いつになるかはわからないけれど……。
「わかった、ライサ。俺も全力で応援する」
エドガーお義兄様がふわりとほほえみ、そう言ってくれた。
「ありがとうございます、お義兄様!」
他の誰でもなく、お義兄様に「応援する」と言ってもらえたことが、うれしくてたまらなかった。
そんな私を、ノエルは黙って見ていた。
お読みいただきありがとうございます!
今回長くなってしまってすみません!
ノエルは書いていてすごく楽しいです^^




