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傷物聖女に祝福を ~出戻りの私に、憧れのお義兄様が甘いです!?~  作者: 岩上翠


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美しい王女とみすぼらしい少女1

 お義兄様と宝石店へ出掛けたとき、街中で会ったメアリーという女の子のことが、私はずっと気がかりだった。

 あれから何か自分にできることはないかと考え抜いた末、王都の各地にあるパーシア教の聖堂で、子どもたちに読み書きを教える教室を作ったらいいのではないかと思いついた。

 私の故郷、サイベル伯領の騎士団に併設された学校のように。


 そこで、私はパーシア教の長である神官長に協力を求めるため、面会を申し込んだ。

 数日待って許可が下りると、大神殿の豪華な応接室で、私は勢い込んで読み書き教室のアイデアを話した。


 ボリュームのある体に紫紺の法衣をまとい、同色の小さな帽子を被った初老の神官長は、愛想のいい笑顔でうなずきながら聞いてくれた。

 これは好感触かも……と期待に胸が高鳴る。

 けれど、彼は笑顔のまま私に尋ねた。


「なるほど……読み書きの教室ですか。それを行うには多額の費用がかかりますが、ロヴェット家が資金を提供してくださるということでよろしいですか?」

「えっ? いえ、そういうわけではありませんが」


 私は焦って否定した。

 今日ここへ来ることはお義兄様には伝えてあるけれど、目的は話していない。

 ましてや教室の資金だなんて……。


「そうですか。では、話は終わりですね」


 神殿長はそれまで浮かべていた笑顔をスッと消し、神殿騎士たちに目で合図を送った。

 私は神殿騎士たちから半ば追い出されるように、大神殿の応接室を出た。




 肩を落として歩きながら、お金のことをまったく考えていなかったなんて私は本当に世間知らずだわ、と自分に呆れる。いくら善い行いとはいえ、神殿が無償でなんでもやってくれるわけはないわよね……。

 私はもう聖女ではないし、たとえ中級聖女に戻ったとしても、この神殿内では何の影響力も持っていない。

 両親に相談すれば費用は協力してもらえるかもしれないけれど、ロヴェット家という一貴族だけが王都の子どもの教育費を負担するのも違う気がする。

 一体どうしたらいいんだろう……。


 礼拝堂に差しかかると、祭壇前のスペースには十人ほどが集まって談笑していた。

 私はその中心にいる人物を見てハッとした。


(オーレリア王女……あの方が、エドガーお義兄様の恋人……)


 ゆるいウェーブのかかった銀髪に、銀色の長い睫毛に縁どられた金色の瞳。

 肌はミルクのように白く、手足はほっそりと華奢な、天使のように美しい女性だ。

 王女の周囲を、聖女たちや神官たちがちやほやと取り巻いていた。

 オーレリア王女は第三王女というだけでなく、この国に三人しかいない上級聖女だ。

 強力な癒やしの力を持つ彼女は、神殿内の影響力も人気も抜群に高い。


 ふと、王女が私の方を見た。

 私は慌てて腰を深く沈め、王族に対する最上級の礼をした。

 けれども、オーレリア王女は何も見なかったかのように、フイッと私から顔を背けた。


 ……あれ? たしかに目が合ったと思ったんだけど……。


 周囲の人々も私に気づいたけれど、王女にならうかのように無視をした。

 私はまるで透明人間にでもなったような気分だった。


 な……なぜ? 王女に嫌われるようなことをした覚えはないのに……。

 そもそも顔を合わせるのもこれが初めてだ。

 エドガーお義兄様の恋人から嫌われているのだとしたら、とてもショックだ。


 お義兄様からいただいた聖石のネックレスが首元で揺れる。

 先日、宝石店から届いた品だ。

 お義兄様は手ずからこれを私に着けてくださり、「いつも身に着けているように」と仰った。

 ネックレスを着けた私を見たお義兄様は、なんだか眩しいものでも見るように目を細めていた。聖石がキラキラと光を反射して眩しかったのかもしれない。


「か……」

「か?」

「…………いや、なんでもない」


 結局、お義兄様は何も言わずにそのまま私の部屋を出ていってしまった。去り際、彼の頬がなんだか赤かったように見えたけれど、なんだったのかしら?


 そんな風に私の新しい宝物になった、大事なネックレス。もちろん今日も身に着けている。

 けれど、なんとなく王女にはこれを見られたくなくて、ドレスの胸元に隠した。

 ここでは私は歓迎されていないようだし、一刻も早く大神殿を出よう。

 うつむき加減で、足早に王女たちの横を通り過ぎようとしたとき。


 礼拝堂の入り口から、一人のみすぼらしい少女が入ってきた。

 フラフラと歩いてきて、通路にバタッと倒れる。


 礼拝堂にいる全員がその少女に注目した。

 オーレリア王女も、黙って倒れた少女を見つめた。

 取り巻きの聖女や神官たちは、そのあまりの汚さに顔をしかめていた。


「いやだ、真っ黒……」

「なんて薄汚れてるんだ……」


 そんな呟きが聞こえるけれど、誰も動こうとしない。


 私は考える前に女の子に駆け寄っていた。

 薄汚れた子どもの世話なら、騎士団で慣れている。

 そばに膝をついて尋ねる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 女の子は顔も手足も汚れていて、目は閉じていた。年齢は八歳くらいだろうか。

 見たところ怪我はないことに安堵した。

 けれど服はしばらく替えていないのか、黒ずんであちこち破れている。

 しかも、どこを通ってきたのか、痩せた顔も手足も泥だらけだ。


 私はぐったりと意識を失っているその子を背負い、王女たちの方をふりむいた。


「この子を救護室へ運ぶので、どなたか温かいお湯と布を用意していただけませんか?」


 誰も動かない。

 胃の底がカッと熱くなった。

 女の子が倒れているというのに、こんなときにも王女の意向を気にしているの?


「お願いします! 『幼き者を慈しみなさい』というのが女神の教えではありませんか?」


 すると、何人かが動きだした。


「私、お湯を用意してきます」

「私は着替えを探してきます」

「僕はその子を運ぶのを手伝いますよ」

「……ありがとうございます!」


 オーレリア王女はまだ黙ってその場に佇んでいた。

 でも私はそれどころではなく、数人の手伝ってくれる人たちと一緒に、少女を救護室へバタバタと運びこんだ。



 ◇



 神官たちが女の子を救護室のベッドに寝かせてくれ、私は聖女たちと共に女の子の汚れた衣服を脱がせて体を清拭し、着替えさせた。

 一段落すると、私は協力してくれた人たちにお礼を言った。


「ありがとうございました。とても助かりました」


 神官や聖女たちは、照れたように顔を見合わせてから、私に言った。


「いえ……あなたが真っ先に動いてくださったので、ぼくたちもお手伝いすることができました。ありがとうございます」

「私もびっくりしてしまったのですが、ライサさんの言葉で自分の役目を思い出しました。おかげで女神の御心にかなう行動が取れましたわ。感謝いたします」


 王女の周囲にいた聖女や神官はほとんどが貴族出身だったようで、あまりにみすぼらしい少女に驚いてしまい、とっさに動けなかったそうだ。

 こざっぱりとした格好になって眠る少女を見ると、みんな清々しい表情を浮かべて帰っていった。


 女の子の体はとてもやせ細っていたから、おそらく空腹で倒れたのだろう。

 私は厨房で簡単なパン粥を作らせてもらい、サイドテーブルに置いた。

 そろそろ帰らなければいけない時間になっていた。あまり御者を待たせても悪いだろう。

 事務室へ行き、優しそうな中年の事務員女性に女の子のことを頼み、大神殿の出口へ向かう。


 ふたたび礼拝堂を通りかかった私は、ぎょっとした。

 さっきと同じ場所に、まだオーレリア王女が一人で佇んでいたからだ。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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