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音楽会2

 エドガーお義兄様と私のやり取りを見た周囲の貴族たちが、なんだか意外そうな表情を浮かべ、互いに耳打ちをする。


「ロヴェット家の義兄妹(きょうだい)は不仲だと聞いていたんだが、案外仲が良さそうじゃないか」

「ええ、エドガー様のあんな甘いお顔、初めて見ましたわ」

「エドガー・ロヴェットはとんでもない堅物だそうだが、美人の義妹には弱いようだな」


 作戦その二、〈義兄妹の仲の良さをアピールする〉も上手くいったみたい。

 私は胸を撫で下ろした。

 でも「お義兄様が美人の義妹に弱い」だなんて、二重に誤解されてるみたいだけどいいのかしら?

 内心オロオロしながらお義兄様を見ると、小さくうなずかれた。

 あれは「問題ない」ということだろう。ちょっと恥ずかしいけど、それならまあいいか……。


 お義兄様がロック男爵との会話を続ける。


「実は、義妹の結婚については我々家族も随分心配していたのです。義妹は純真で世間知らずなので、野心家のケンドリックとうまくやっていけるのかと……残念ながら、不安は的中してしまいましたが」


 顔を曇らせ、打ち明け話のように親し気な距離で、お義兄様が男爵に告げる。

 男爵夫妻は熱心に聞き入っている。

 馬車での事前打ち合わせによると、新興男爵家であるロック家はこれから社交界に進出していくために高位貴族との繋がりを切望しているので、由緒ある侯爵家であるロヴェット家(こちら)が歩み寄れば必ず手を取ってくれるだろう、ということだった。


 男爵夫妻は、親身な表情と口調で同意してくれた。


「ええ、ええ。当然でしょうな。こんなに可憐な義妹どのを嫁に出すとあれば心配は尽きないでしょう。しかも実際、大変な目に遭われたとあっては……」

「本当ですわ、お可哀想なライサ様……しかもスタンリー・ケンドリック様といえば、色々な話をお聞きしますもの、ねぇ?」


 ……すごい。本当に男爵家から救いの手が差し伸べられたわ。

 私は内心、お義兄様の慧眼に舌を巻いた。

 本日の主催者(ホステス)である男爵夫人が他の招待客たちの方を見て問いかけた言葉に、目が合った人たちは、全員がわざとらしいほど大きくうなずいた。

 そして、私たちの会話に参加しだした。


「スタンリー・ケンドリック様は、結婚したとたん、まるで使用人のようにライサ様の聖女の力を当主のベンジャミン様のためだけに使わせたのですって」

「なんとまあ……いくら王族の血を引くとはいえ、聖女を私物化するのはいただけんな」

「その通りだ。うちだって病気の親がいて、聖女の癒やしの順番待ちを何か月もしているのに。しかもケンドリック家の倅は、癒やしの優先権を与える代わりに海運事業に投資しろと金を要求してきたんだぞ? 人の弱みにつけこんで……」

「わたくしの知人もかなりの額を投資させられましたわ……でも、こう言ってはなんですけれど、『新大陸へ行く最短航路を見つけた』だなんてちょっと胡散臭くありませんこと? それに、結局離婚してしまっては……」

「まったくその通りですな」


 ケンドリック家への非難は、波のように会場の端まで広がっていく。


「そういえば、この間ケンドリック家を尋ねたら、堂々と愛人が出てきたんですのよ。わたくし、びっくりしてしまって……」

「離婚してまだ一週間なのに、もう愛人を連れ込んでいるのか? なんて節操のないやつだ」

「いいえ、噂によると、結婚中も愛人がのさばっていたとか……」

「まぁ、汚らわしい! 今日のエドガー様の義妹君のエスコートぶりを見るに、ロヴェット家はそんなひどい家から一刻も早く大事な養女を連れ帰りたかったのでしょうね」

「きっとそうですわね。いつもは社交嫌いの侯爵令息が、ライサ様の傷ついた心を癒やそうと音楽会へ連れてきたくらいですもの」


 私はぽかんとしてその光景を眺めていた。

 すごい……最初はあんなに針の筵だったのに、今はむしろこの場の全員から応援されているような気分だ。


 作戦その三、〈ロヴェット家とケンドリック家の立場を逆転させる〉も大成功だ。


 そのまま、会場の空気はロヴェット家に好意的かつケンドリック家に批判的なものへと変わっていった。

 私への視線も、さっきよりだいぶやわらかくなった気がする。

 親し気に声をかけ、怪我のお見舞いを言ってくれる人も増えた。お義兄様はそつなく、スタンリー様に投資して損をした人たちと顔を繋いでいた。

 その横で、作戦がうまくいって本当によかった……と、私は内心ほっとしていた。




 もうすぐ演奏が始まるというタイミングで、遅れて会場に到着した二人組の男性が、お義兄様と私の目の前にやって来た。

 二人とも派手な色の服を着崩していて、遊び慣れている雰囲気だ。

 彼らはにこやかにお義兄様に話しかけた。


「ロヴェット、久しぶりだな。こんなところへ来るなんて珍しいじゃないか」

「ひょっとして学園の卒業式以来じゃないか? おまえときたら、どんな集まりにも顔を出さないんだもんなぁ」


 どうやらお義兄様の貴族学園でのご学友のようだ。しっかりとご挨拶しなければ。

 一人が私に視線を移した。


「この子がおまえの義妹? へぇ、可愛いじゃないか。紹介してくれよ」

「あ、はじめま……」

「断る」


 前のめりで挨拶しようとした私を遮り、のみならず背中に隠して、お義兄様が愛想もへったくれもなく即座に断った。

 ピシッと、周囲の空気が凍り付いたような気がした。

 私はそっとお義兄様を見上げた。

 今日はロヴェット家の評判を回復させるために来たのに、大事なご学友の方々にそんな態度を取っていいのかしら?

 お義兄様は真面目くさった顔ですらすらと言う。


「悪いが義妹は病み上がりの上、こういう場は初めてで疲れているようだ。よければ今度家を訪ねてくれ。両親とともにもてなそう」

「えっ? あ、いやぁ、あはは……それじゃまた……」


 男性二人組は顔を強張らせて、そそくさと離れていった。

 その後ろ姿を見送りながら、私はお義兄様に小声で尋ねた。


「よかったのですか?」

「気にするな。あの二人は賭博場に入り浸っていて借金まみれだ。父上と義母上は賭博が大嫌いなことで有名だから、ああ言っておけばうちには絶対に寄り付かない」

「そうだったのですね……」


 立派な青年貴族に見えたけれど、賭博で身を持ち崩していたのね。

 もしもあの場で紹介されていたら後々トラブルになっていたかもしれない。エドガーお義兄様は、世間知らずの私を危険から遠ざけてくれたのだ。


 やっぱりお義兄様はさすがだ。

 スタンリー様との結婚も、お義父様だけでなく、お義兄様にも相談しておけばよかったのかもしれない。まあ、以前は嫌われていると思いこんでいたから、仕方がなかったのだけど――

 私はお義兄様への尊敬の念を新たにした。


 この場面を見ていた人たちによって「ロヴェット家の次期当主は義妹に大変過保護らしい」という新しい噂が生まれていたことを私が知るのは、もう少しあとのことだ。




 それから少しすると、男爵夫妻が着席を促し、いよいよ楽団の演奏がはじまった。

 すでに今日の仕事は終えた気分だったけれど、音楽会の本番はこれからだ。


 私の隣の席のお義兄様は、周囲の令嬢たちの熱い視線を集めている。

 そのお義兄様が急にこちらを向き、内緒話のように顔を寄せて言った。


「今日は上出来だった」


 たちまち、胸の中に大輪の花が咲いたような気分になった。

 お義兄様に褒められ、こっそりと耳打ちしてくれたことがうれしくて、舞い上がってしまう。

 楽団の演奏する曲も楽しげなアップテンポのものだったから、私は夢見心地で楽器の音色を聴いていた。

 こんなに楽しい音楽会は初めてだ。


 けれどふいに、背後の席からひそひそ話が聞こえてきた。


「エドガー様は相変わらず素敵ね。でも、もう第三王女のオーレリア様とご婚約されたのでしょう?」


 急に、私の全身が耳になったようだった。

 別の令嬢が答える。


「いいえ、たしかまだ発表はされてなかったはずですわ。秒読みだとお聞きしますけれど」

「あら、それなら私にもまだエドガー様の婚約者の席に滑りこむチャンスはあるかしら?」

「まあ、わたくしも負けませんわよ」


 彼女たちはくすくす笑い合った。

 演奏が終わり、大きな拍手が起こる。

 私も笑顔で拍手をしたけれど、さっきの楽しい気分は霧消していた。


 エドガーお義兄様はこのまま家にいて私の手を引き、あれこれと指南してくれるわけじゃない。

 神殿騎士の仕事に復帰しなければならないし、お義兄様が専属護衛をしている上級聖女のオーレリア王女とは恋人同士だと以前から噂されている。

 王女との縁談が進んだら、これまで以上に忙しくなるだろう。

 それは当然のことなのだけれど、今日はお義兄様と一緒に音楽会へ出席できたことがうれしくて、しかも作戦も全部うまくいったので浮かれていた。


 いつまでもお義兄様に甘えていてはいけない。

 傷物の私にはもう縁談は来ないだろう。ロヴェット家の養女として恥ずかしくないよう、これからは一人でしっかりと生きていこう。




 ──と、決意したのだけど。


 音楽会が終わると、エドガーお義兄様は私に腕を差し出し、歩きにくいドレスを着ている私のために隣をゆっくりと歩いてくれた。彼に熱っぽい視線を送る令嬢たちには見向きもせずに。

 そして、お屋敷の外に出て馬車回しへ向かうとき、私にこんなことを言った。


「音楽会など退屈だと思っていたが、今日は楽しかった。おまえと一緒だったからだろうな」

「わ、私も、お義兄様とご一緒できて、とても楽しかったです!」


 明るい月の光の下、お義兄様が私にふっとほほえみかける。


 その表情が、現実とは思えないほど綺麗で──義妹に向けるものとは思えないほど、甘いので。


 なぜか私の心臓は、音楽会で作戦を遂行するときよりも、大きく弾んでいたのだった。

お読みいただきありがとうございます!


聖女は未婚・既婚・年齢などは問われず、ただただ実力主義の世界という設定です。

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『お針子令嬢と氷の伯爵の白い結婚』
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