作品の内容に干渉できる能力者
降りしきる雨の中、怒号が飛ぶ。
「偽聖女め!」
「罪を償え!」
王都の中心の広場に集まった民衆は、断頭台の前に立つ一人の少女へ向けて、そんな言葉を投げかけていた。
少女の名は、セラ。
かつて世界を救った大英雄の孫娘であり、稀代の天才聖女として名を馳せていた少女である。
そんな彼女も今となっては罪人扱い。
その夕焼けに照らされた金色の河のような金髪は首を刎ねやすいように短く切られ、着せられたボロ切れは薄汚れていた。
役人が朗々と彼女の罪状を読み上げる。
その罪状は、回復魔法で差別を助長し、命を軽んじたというもの。
一部では、彼女はそんな事をしていないという噂もあった。
だがしかし、民衆の中にそれに納得している者は少ない。
一部の貴族が彼女を筆頭とした回復魔法を使える者たちを排斥しようと躍起になっていたこともその理由の一つではあるが、なによりもセラが聖女になる前の評判が悪かったのもあるだろう。
「私は……正しいことをした……のに……」
セラは前へと引き出された。
そして、断頭台へ跪かされ、その首に木の枷がかけられていく。
その時、同じく金髪の少女が断頭台の上に登り、叫んだ。
「今日この時こそ!巨悪が滅ぼされる時です!偽物の聖女に鉄槌を!」
「そうだ!」
「鉄槌を!」
金髪の少女の叫びに呼応し、民衆が更に沸き上がった。
金髪の少女は、セラに顔を寄せると、ニヤリと笑い、囁いた。
「セラさん。もう、貴女の威光はありません。さようなら」
「エル……」
セラは金髪の少女……エルリーゼを睨みつける。
だが、そんなセラの言葉など民衆の歓声にかき消されてしまう。
「裏切り者には死を!」
「偽物を殺せ!」
セラは、人だかりの中にいる父を見つけ、虚ろに見つめていた。
「フン、セインティス家の恥晒しめ……」
セラと目が合った父は、そう冷たく言い残して立ち去っていった。
「……」
セラは今までの事を走馬灯のように思い出していた。
噂好きでコロコロ態度を変えるメイド達、いつも冷たい父、聖女教育を受ける過酷な日々、もう一人の聖女としてある日突然現れたエルリーゼ……。
「罪人セラよ、これが貴様の行いの報いだ!」
そうして、刑が執行されようとしたその時だった。
バキッ!
空が、割れた。
「なんだ!?」
「セラさん……あなた何を……!?」
「私じゃない!」
人々が見つめる先、空の亀裂の向こうから、巨大な手が出てきた。
そして、その手がぴくりと動いたと思うと、セラとエルリーゼ、セラの父であるセインティス公爵、セインティス邸にいるはずのメイド達がその手の中に収まっていた。
巨大な手は、人間を指人形のように持てる程度の大きさで、複数人を指の間に挟み、慎重に空の割れ目から引き抜いた。
その先にあったのは、セラ達が見た事のない光景だった。
手の主は、巨大な女だった。
割れ目の向こうの世界はまるで大きな家の中のようで、しかしそこにある家具らしき物は見慣れない物が多く、ひょっとすると異界に来てしまったのかと、セラは思った。
手の主の女は、金属で出来た棚らしきものの上に攫った人々を解放すると、言った。
「ようこそ、外の世界へ」
手から解放された人々は、手の主である女を見上げて呆然としたり、周りをキョロキョロ見回したりしていた。
セラは、ふと見上げた先におたまが吊り下げされているのを見つけ、汚れた皿が足元の四角く巨大な穴の底にあるのも見つけた。
ここは台所なのだろうか、とセラは思った。
巨大な女が、再び口を開いた。
「挨拶とかした方がいいのかな。私は黒社労。本の中に手を突っ込んで色々出来る能力者だよ」
そう、ここは能力者というものが存在する世界の日本の片隅のあるマンションの一室。
そこに住む彼女、労は、国内に500人ほどいる「作品の内容に干渉できる能力者」なのだ。
「本の中……?私達の世界が……?」
「そう。私があなた達を外に連れてきたのはね、あなた達の物語が気に入らないからだよ、偽聖女が処刑されて〜ってやつ」
「何を言いますか!偽の聖女は処罰されるべきだし、彼女は処刑に値する事をしました!」
エルリーゼが叫ぶ。
「そこはどうでもいいんだよね」
「どういう……ひぃっ!」
少し力強く、労がエルリーゼを掴み、どこかへ移動させる。
電子レンジの中だった。
それからセインティス公爵やメイド達、つまりセラ以外を同じように電子レンジの中に入れると、扉を閉め、600wの4分にして温め始めた。
そしてセラを手に乗せた労は、中の様子が見えるようにセラをレンジの扉の前へ連れてくる。
ブーン……と低い音を立てながら、電子レンジの中のテーブルが回り始める。
回りながら不安そうに労とセラの方を見ていた電子レンジの中のエルリーゼは、すぐに異変に気付いた。
「痛い!痛い痛い痛い!」
エルリーゼがうずくまり、のたうち回り始める。
「ぎゃあ!」
「うぎぃい!」
他の数人も、すぐに同じようになった。
そして、セインティス公爵が、泡を吹いて動かなくなった。
「あっはははは……」
労が近所迷惑にならない程度の声で笑う。
「止めて下さい」
「ん?」
「止めて下さい!」
セラが叫ぶと、労は電子レンジの扉を開けた。
テーブルが止まり、温めが中断される。
中にいたエルリーゼ達はわっとセラのもとへ駆け寄り、泣いてすがった。
「ごめんなさい!私が間違っていたわ!どうしても聖女の地位が欲しいからって、あんなこと……」
「申し訳ありませんでした……仲間外れになりたくなくて……お嬢様をいじめたりして……」
口々に謝罪の言葉を述べた後、エルリーゼが言葉を続けた。
「でも、聞いてね?私があなたを憎んだのにも理由があるの、私のお母様がお父様と結婚した時、子供を産めない体だと言われたの、そして二人は離婚する事になった。でもその後、お母様が私を妊娠している事が分かったの。でもすでにあなたのお母様と再婚を果たしていたお父様は、お母様を始末するように命じた……逃亡生活は妊婦にとって地獄の日々だったでしょうね……無事に私を産んだお母様は親戚に私を預けて、結局始末されたそうよ……私は、あなたの位置に、聖女としての位置にいたはずなのに……そこをあなたに奪われたと思った……奪われたものは、取り返さなきゃって……思って」
涙ながらに語るエルリーゼを、セラは静かに見つめた。
「だから、私の母様を侮辱したり、毒を盛ったりしたの?」
「そう……ごめんなさい……」
「それって」
と、労がエルリーゼの片腕を三本指でつまむと、関節と逆の方向にへし折った。
「ぎゃあぁっ!?」
「お母さんが地獄を見た事にフリーライドして闇堕ちぶってるだけでただの犯罪してる三下じゃん。何ドラマチックにお目目うるうるしてるの?」
もう片方の腕もつまむと、エルリーゼはぶんぶんと首を振ってもがいた。
「なんか遺志でも受け継いでんの?だとしたら大変な中お前を下ろさずに産んだお母さんはさ、お前みたいな売女なの?違うよね?お前みたいなのが同じ目にあったら絶対初期の内に下ろしてるわ」
「わ、私は……ただっ……」
「まあそれはどうでもいいんだけど」
と、エルリーゼの腕をへし折り、再び電子レンジの中にエルリーゼ達を放り込む労。
「や、やめて下さい!」
「どうして?お前目線ヘイト高そうな奴を集めたんだけど?」
労は構わず温めを開始する。
「こんな事は間違っています!私が処刑される物語が正しいと言うつもりはありませんが……こんな事……」
電子レンジの中でのたうち回るエルリーゼ達を見つめながら、セラは唇を噛む。
「あれ?お前処刑時点で闇堕ちしてんじゃないの?」
労が、どこからか本を持ち出してきて、パラパラとめくった。
「……あー!タイムリープ後に真実見にいっていきなり闇堕ちすんのか!めんどくさっ!」
「その本って、まさか……」
「あー、お前が主人公の復讐ものだよ」
「私が、復讐?そんな……」
「今レンチンされてるそいつら見て割と平気そうな辺り才能あると思うけどね」
電子レンジの中では、メイド達の目玉が吹き飛んでいた。
「そしたら、お前にも選んでもらおっか」
「何を?」
「ゴミ袋の中で経血食いながら餓死していくのと、バケツの中でうんこ食いながら餓死していくの、どっちがいい?」
「何を……言っているの……?」
「お前に関しては時間かけようかなって思って」
労がセラを掴む。
その手に大して力は入れられていなかったが、セラはどうやってもこの手から逃れられないのだとすぐに悟った。
聖女の力は発動しようとしても何故か使えない。
「どうして……そんな事を……?」
セラが絞り出した言葉に、労はクスクスと笑った。
「自分がやられる事になってから訊くんだ?」
セラは電子レンジの方を向き、叫んだ。
「彼らだってそう!どうしてこんな事が出来るの?どうして人の命を……こんな……」
「実在しない人物に命なんかある訳ねーだろ」
労の言葉に、セラは絶句した。
「まあどうしてかっていうと強いて言えば……この本が気に入らないからかな」
「本が……気に入らない……?」
「オリジナリティのないストーリー、個性のないキャラクター、文章力のない悪文、面白みのない長文……ないない尽くしのこういう本が本になって売られてるのが、ちょっとね」
「でも、その本を買ってるの?」
すると、まるで時が止まったように、労はぴくりとも動かずセラを見つめていた。
「……もういいわお前」
そう言って、労は汚れた皿をかき分け、シンクの排水溝から生ゴミ受けのネットを取り外すと、セラに被せた。
遅い来る悪臭と水気と不快感に、セラは顔をしかめる。
それから労は、魚の皮や野菜屑や茶葉が入った生ゴミ袋にセラを放り込み、袋を振った。
たちまち生ゴミまみれになったセラは、袋から出ようと小さな手足でもがいていた。
「そんな慌てなくても出してあげるよ」
労は空のポリ袋で空いた手を覆うと、その手を生ゴミ袋に突っ込み、セラの頭からネットを回収すると、ネットをポリ袋の中に入れて口を結んだ。
「お願い!なんでもするから!出して下さい!」
必死に懇願するセラを袋ごと持ち上げた労は、トイレに入った。
「ほら」
便器の中の水たまりに生ゴミもろともちゃぽんと放り出されたセラは、つるつる滑る便器の中を這い回り、泳ぎ回り、どうにか出ようとした。
「出してあげたでしょ?」
そんな事を言いながら、労は水を流すレバーをひねった。
「ゴボッ!?ゴボゴボゴボ……!」
声にならない声を上げ、便器の奥底へ流されていくセラを見守りながら、労は仄暗い表情でほくそ笑んでいた。
「さてと、レンジの奴ら片付けなきゃ」
能力者社会となったこの世界で、このような事は能力を使った事件としてすら取り扱われない、能力者社会の闇とすら呼べない一日常風景なのであった。
黒社労
ブラック会社に勤めてる系一人暮らし女。
たまの休みの楽しみはキャラクター虐待。
主に復讐もののキャラクターを狙った殲滅派。
元現代人な主人公だろうが構わずレンチンする。
国内に500人いる絵画、漫画、映画、書籍などの作品の中の登場人物に干渉する系の能力者。