第4話 守り手
イトが来てから1週間が経った。
そして、この1週間の間で僕はイトに驚かされっぱなしである。
例えば、2日前僕はイトに早速、言葉と字を教え始めた。
僕の知っている獣人は基本言葉は喋れはするが、字は書けないのがほとんどである。
だが、イトは教える前から基本的な言葉、字は喋れて、書けたのである。
しかも、覚えるのも早かった。
教えたことはその翌日には、もう完全に習得している。
子供の吸収力は大人よりも余程早いとは聞くことがあったが、それを凌駕する速さである。
イトはこの期間でほとんどのことを覚えてしまった。
天才と言わざるを得ない。
そのレベルである。
ただ、最近少しだけ困った……と言うよりは助かるんだけど、心配な部分ができてしまった。
それこそ、彼女が優秀すぎるからという問題でもある。
その理由として……。
「ルナ様、今日の料理も私が作らせて頂きますね。」
「うん、それはいいんだけど……僕は君をメイドにしたくて住まわせた訳じゃないから、別に無理しなくてもいいんだよ?料理も僕がするし……。」
「いえ。私がさせていただきます。」
「う、うん、わかった。」
これである。
彼女が、私のためにそう尽くしてくれるのは別にありがたくない訳では無い。
そのおかげで私も調査に集中できる時間が増えるから。
でも、それはまだ幼い彼女に家事のほとんどを任せてしまうということで……。
普通の子ならもっと外で遊んだり、わがままを言ったりするところを我慢させてしまうの言うことだ。
それで本当にいいのか……?
だが、この一週間でイトのちょっとした性格がわかってきた。
イトはすごくいい子で、聡い子だ。
そして、頑固である。
1度こうすると決めたら、彼女は引かない。
だから、こうして僕が押し負ける形になってしまう。
僕ってヘタレなのだろうか……。
「くれぐれも無理はしないようにね。」
頭を撫でてやりながら、優しく言葉をかける。
「は、はい。」
少し顔を赤くしながら、そう返事をして慌てて「あ、洗濯しなくちゃ」とかけていくイト。
本当僕には勿体ないくらいのいい子だ。
だから僕もあの子の頑張りの分、不安を減らしてあげなくちゃならない。
そのためにもまずは、あの子の不幸の原因の奴隷商を潰さなきゃならないわけだ。
ただ、相手もそれなりにはやるようで、昨日やっとのこと少々の情報が手に入った。
これは、かなりの貴族が関わっていそうだ。
彼らの協力でもないと、ここまで情報がないわけが無い。
まぁ、少々の情報さえあれば、割となんとでもなりはするから、よしとしようか。
「場所さえ特定出来れば、あとは楽な仕事になるだろう。貴族もすぐに手を引くようなもの達ばかりだろうから。逃がす気は無いけど。」
それに、既に彼らが居そうな場所というのも、関わっていそう貴族というのも予想は着いてはいたりする。
今回はあくまで予想のため、コンテナにはあえて言っていない。
別に信用していない訳では無いが、大勢で下調べをするより、僕一人で下調べをした方がかえって良さそうだからだ。
とはいえ、僕もイトがいる。
今イトを1人にさせたくは無い。
この家には僕の張った大量の罠やら結界を張ってはいるが、それも絶対守り切れるとは限らない。
思わぬ強者がいたりしたら、簡単に抜け切るだろう。
だから、あまり離れられはしないのだ。
どうしたものか.........。
.........いや、待てよ.........?
「召喚獣、か。」
僕の今ある魔力の半分程を注ぎ込んで呼ぶ、召喚獣ならあるいは守りきることは出来るんじゃないか?
別に応戦しなくても逃げてしまえば、こちらも万事解決だ。
「ふむ、まぁ悪い考えではないか。なんならありよりのあり、かな?うん、思いついたら即行動。やってみるか。」
そう言って、庭へと早速繰り出す。
呼ぶなら、強大で尚且つ賢い魔獣であれば、嬉しい。
だが、ドラゴンみたいな誇りとプライドが高いのはあまり宜しくないか。
守り手としては悪くないが相手するのも、言うことを聞かせるのも面倒だ。
「んーと、召喚の魔法陣は.........こうだっけか?で、空間魔法と時空の魔法を付与して.........。」
僕は基本召喚魔法なんて使うことはあまりない。
だから、召喚魔法を普通に正しく使うのは今日が初めてだ。
1度使ったことがあるが、英称省略をするからさほど強大なものなど呼ぶことは無いのだ。
まぁ、僕の基準の話だが。
「さぁ、吉が出るか、凶が出るか。.........〝この世界の理に沿って、我が命ずる。遥かなる広大な大地よ、強く、たくましく生きる自然よ、我が魔法に偉大なる祝福と、偉大なる強き力を貸したまえ!ヘブンズ・アース!!〟」
ブワッ!と僕の大きな白銀の魔力が魔法陣に吸い込まれていく。
そして、半分ほど消費したあたりで、魔法陣が強く光り出した。
さて、本当何が出てくるのやら。
そうして、少しして光が少しずつ収束していき、ひとつの形に固定された。
これは.........シルエットからして、四足歩行の.........狼、か?
少しの間そう眺めていた瞬間だった。
謎のシルエットの方から何やら魔力を感じ、距離をとる。
同時に僕の元いた場所に見えない何かが着弾し、地面を消し飛ばした。
なんだ?
魔力弾とは違う。
魔力を帯びた見えない一撃。
こんなもの撃つ魔物って、まさか……。
「……これは参ったな。よりによって、神獣格の魔物を呼び出すとは。」
『……汝が、私を呼び出した術者か?』
頭に響き渡るこの感じ、何年生きていても本当に慣れない。
大抵、神獣格の魔物はこうして念話で話してくる。
まぁ、口の構造上仕方の無い話ではあるんだが、どうも僕は念話は好きになれないのだ。
「はぁ……で、どうして突然攻撃を?」
『品定めと言えば、伝わるか?私を呼ぶほどの生き物、あの程度避けられぬのでは話にならんからな?』
その言葉と共に、姿が露になる。
黒い艶のある鬣。
そして、鋭く赤い瞳と目付き。
「ナイトメア・フェンリル。」
『ほぅ……さすが、永き時を生きるエルフ。博識だな。私の種族の固有名を覚えておる者なぞ、そう居ない。』
「だろうね。君ら、フェンリルは基本一括りで呼ばれることの方が多いだろうから、新鮮だろう?」
フェンリルにニコリと笑顔を向ける。
『して?我を呼んだ理由はなんだ?』
「あぁ、そうだ。君に護衛を頼みたいんだ。」
『護衛?』
「そう。護衛を頼みたいんだ。今少し面倒なものを相手にしていてね。もしものことがあってからじゃ遅いから、イトっていう僕の家に住んでいる子に、事が治まるまで守っていてあげて欲しい。どうだろう?褒美は弾むよ?」
そう言うと、フェンリルから少々荒々しい魔力が溢れ出す。
『ふむ……ならばして、我からも条件を出すとしようか。』
「えー……。」
『えー、ではない。我もまだ貴様の強さは測りきれておらん。だから、今から我は貴様を襲う。我に傷のひとつでもつけられたなら、貴様の願いを聞こう。願いを聞くに値するか見せてみろ。』
「全く……いいよ。でも一つだけ言っておく。僕はあくまで君に本気は出さない。」
「ほぅ?大きく出たな。……死にたいのか?」
先程とは雰囲気が変わる。
荒々しい魔力の中から殺気を感じ取れた。
どうやら、少々煽りすぎたようだ。
でも、僕が本気出すと庭が大変なことになるから、あくまで多少力を使う程度に押えたい。
それに、イトもいるから本気でやって巻き込んだりしては大変なのだ。
元々こんなはずでもなかったわけだし。
「いつでもどうぞ。」
『ほざけ……!〝闇魔法・ブラックホール〟』
瞬間、僕とナイトメア・フェンリルの間に黒い点がひとつ現れる。
それは少しずつ肥大化していく。
初っ端、闇魔法の最上位撃って来るとは思わなかったな……。
仕方ない……。
「……その魔法、面倒だな。〝ドゥーム・ブレイク〟」
同時に先程まで肥大化していた黒い球体が消えた。
突然の自身の魔法の消失に、ナイトメア・フェンリルでさえも目を白黒させている。
『今、貴様何を……。』
「大したことはしてないさ。ただ、魔力を帯びた術式とそれによって発動する事象を破壊した。ただそれだけに過ぎない。」
『っ……見た目以上の化け物らしいな、貴様。その強さは認めようか。だが、我にまだ傷はつけられていまい。それにひとつ消したとて、まだ魔力は大量に残っている。果たして、我の攻撃を凌ぎ切れるか?』
またもフェンリルは、先程の魔法とまた別の魔法を多重詠唱し始める。
さすが、神獣格を与えられているだけの事はある。
多重詠唱もお手の物か。
だが……。
「そうだな。また魔法攻撃なんてされたら面倒だし……封じさせてもらうよ。〝魔力掌握〟」
右手を前に突き出して、そう唱えれば僕の腕の周りに魔力が可視化して集まってくる。
同時に先程まで練り込まれていた魔力が消失した。
『なっ?!は?!』
「これで魔法攻撃は出来ないね。僕はできるけれど。〝断絶結界〟」
僕とフェンリルを中心に見えない壁が、周りを取り囲む。
これで、逃げることも外に音が漏れたり、周りに被害も出なくなった。
「……さて、僕もいいものを見せて貰ったお礼をしなくちゃならないね。それとイトに危険が及ぶような攻撃をされた仕返しも合わせなきゃならない。」
『な、何を言っ…………なんだ……それは……。』
フェンリルが驚くのは無理もない。
今までの神獣格の魔獣ですら、僕と同じような攻撃など見たことがないのだから。
恐らく、唯一今この世界で僕だけが現状行き届いている高みであり、まだまだ高みが目指せる技だろう。
「得と味わっておくれ。〝四重詠唱・フォースディザスター〟」
瞬間、周りが光に包まれた。
音もない世界が広がり……すぐとてつもない轟音が鳴り響いた。
それだけで、凄まじい破壊力があることが分かる。
しばらくすれば、轟音が収まり、視界を包み込んでいた光が収まっていく。
「……ふむ、殺す気はなかったとはいえ、よく今の攻撃を避けたね。さすが、ナイトメア・フェンリル。ただの身体能力も他とは全く違うね。」
『化け物め……あんなもの、数百年生きた程度の生き物が辿り着ける領域じゃないぞ……。一体貴様は何者だ……?』
「ふーむ、まぁ強いて言うなら……ただの長生きエルフだよ。〝身体強化レベル3〟」
瞬間にフェンリルの懐にまで潜り込む。
僕の動きに反応できなかったフェンリルが気づくのは、もう僕が彼女のお腹に腹パンを決めていた時だった。
あまりの威力に、フェンリルの体がくの字に曲がる。
『かはっ……!!』
あまりに突然すぎる攻撃に、フェンリルは受ける準備もままなっていなかったわけで……。
そのまま、ズズンっとその場で倒れ込んだ。
僕的には、レベル3の中でも手加減した方だから気絶しただけだろう。
にしても、どーしようか。
せっかく呼んだのに、気絶させちゃったら話を出来ないのだけれど……。
「仕方ない、か。」
起きるまで、待っていよう。
無理矢理起こすのも、何か悪いし。
◇
『う……む…………。』
「ん?あ、起きたかい?一応回復魔法はかけておいたけど、どこか体は痛む?」
腰掛けていた椅子から離れて、フェンリルに近づく。
『いいや……お陰様で、先程受けた手傷は何も残っていないようだ。それにしても、主はどうやって、そこまでの力を。』
「特に何かをしたわけじゃないさ。生きる為の力だった。それだけ。で?僕の依頼は受けてくれるのかい?」
『……もちろんだ。それに我は、今決めた。』
状態を起こして、僕の方に向き直るフェンリル。
そして、頭を下げた。
『我は主の眷族になろうと思う。』
「眷族?またどうして……。」
『理由は多くは無いが、ひとつの大きな理由として、我が主の強さに引かれたから。そして、我自信が主のような強者に、面白い者につきたいと考えていたからだ。』
「あー……んー……でも僕はそんなに面白い存在ではないよ?」
というと、声を出して大声で笑われる。
『何を言うかと思えば!主は既に充分面白すぎる存在だぞ。そもそも我を倒せる人間なぞ、今の今まで存在しなかったのだからな!』
「別に構わないけれど、その大きさだと少し不便だから、小さくなっておくれ。君ならできるだろう。」
『そうだな。ならば、人型になろう。その方が今後楽だろうしな。』
そう言いながら、フェンリルの体が光り出す。
徐々に光のシルエットが小さくなり、やがて人の形に留まる。
同時に光が四散した。
黒く滑らかな長髪に、少しつっている鋭い目つき。
整った顔つきに、整ったスタイル。
そこに美女が立っていた。
「.........またまた、これは。」
「ん?なんだ?もしかして、我の美しさにビビったか。」
「うん。多分、人族の中ではかなりというか、だいぶレベルの高いスタイルだと思うな。」
「む.........そ、そうか.........。主もわ、我に負けず劣らず可憐な美女だと、思うが.........直球に褒められると、反応に困るというか.........。」
ゴニョゴニョと何か言っているが、なんと言っているのか分からないため、そのままスルーする。
さて、家に戻ってイトに紹介しないと。
と、後ろに振り返るとそこにはイトが立っていた。
「あ、イトじゃないか。丁度いいところにいたね。」
「あの、この方今大きな狼?から人に.........。」
「うん。彼女はナイトメア・フェンリルっていう種族でね。神獣格の獣だよ。」
「え?!ふぇ.........フェンリル様?!あの、ほんとに、あの?!」
すごい驚き用だなぁ.........。
あー、でもそっか。
獣人のほとんどは、フェンリルとかの神獣格の魔獣を守り神だとか崇めてるんだっけか?
なら、この反応も頷ける。
「主が、こやつの言っていたイトという名の娘であっているか?」
「あわわ、えっと、は、はいっ!私が.........い、イト、です!」
すっごい慌ててるなぁ。
ちょっと可愛いと思ってしまう僕を許して欲しい。
つい頭を撫でてしまう。
「我の名は、夜。ここから、遠く離れた地暗黒大陸に住んでいた。今日からエルフ殿の眷族兼、主の守り手としてこの家に住まうこととなった。」
「という訳だ。僕はこれから少し忙しくなるから、僕のいない間の守りをお願いした。イトはまだ危ない身だからね。ちなみに僕の名前はルナ。よろしく、夜。」
握手をくみかわす。
「フェンリル様程のお方が、私なんかを守ってくださる、のですか?」
「私なんかでは無い。眷族としてはルナの娘のような存在だから、という理由がでかいのだ。それに、主もなかなか大物になりそうだからな。」
「はわわ.........こ、これからどうぞ、よ、よろしくお願いします.........!」
「うむ。大船に乗った気分でいよ。我が必ず護ってやる!くわっはっはっはっはっ!」
そうしてまた1人、僕の我が家に住人が増えた。




