とある街の魔女
1面青が広がる空。
鳥のさえずりと共に、バサバサッとは音を立てて、青空へと舞っていく小鳥たち。
この光景を見て、思うことはただ1つ。
平和だ。
そう思いながら、椅子に腰かけ本を片手に窓から外を眺めている人物。
うん、様になってる。
……なんて言ってみたりしているのは。そう、僕だ。
僕は、ルナ・イルム・レーメ。
ただ、人里を少し離れた場所でひっそりと暮らしている魔女である。
いつもはゆったりこの家でくつろいでいるが、たまに街の方に降りて薬を売りに行ったり、冒険者稼業で少し稼いだりという生活をしている。
僕の名は、街じゃ結構有名でよく〝至高の魔女〟なんて呼ばれたりしている。
僕自身はあまりこの名は好きではないのだが……。
だって、恥ずかしいじゃないか。
僕はただ、街の疫病なんかを治す薬を届けたりして、街の平和に貢献しているに過ぎないのに。
「はぁ……さて。今日分の納品分と依頼分の薬届けて、なんか依頼でも掻い摘んでくるかな。」
本を閉じて、目の前の机に置く。
そして、かけていたメガネを外して、かけてあったコートと帽子を手に取った。
今日は、いつも届けている風邪や怪我によく効く薬を届ける薬師ギルドに届けて、いつも僕の薬を特注で頼んでくれるおじいさんの分の薬を届けるために街に降りる。
街に降りるのは週に2度くらいだ。
この2度で食料の買い出しやらお金などを稼ぐ。
今日はお金を稼ぐ日である。
「どんな依頼があるだろうか。なんか高い報酬の依頼とかあればいいんだけど……。」
紙袋を手に家を出る。
さっさと用事を終わらせて、ここに帰ってこよう。
そう意気込んで街の方へと歩を進めるのだった。
◇
しばらくすれば、街の外壁が見えてきた。
大きな壁とその真ん中辺りに大きな門がある。
そして、2人の門番がその前にはたっていた。
「やぁ、お久しぶり。ギナウさん。あの後経過はどうだい?」
「おー、これは至高の魔女殿では無いですか。ご無沙汰しております。そしてその節はありがとうございます。お陰様で母の容態も無事回復しております。本当に感謝しかない。」
「それは良かった。役に立てたのなら安心だ。それで、そちらの子は新人の子かな?」
もう片方の門番に目を向ければ、僕に目を向けられたのが予想外だったらしく慌てて頭を下げた。
「お、おはつにおめにかかります!レン・アデナウアーです!魔女様の武勇は色々聞かせてもらっています。」
「あ、あぁ、それはまた……。」
武勇て。
別に僕はただ、魔物を狩って生活しているだけの一冒険者なんだけどなぁ。
かたれる武勇などない。
「僕はただの長生きエルフなだけだよ。いつの間にかSランクにはなっていたけれど、他の冒険者よりも働いてはいないしね。あまりその武勇とかは真に受けない方がいい。きっと君の方が僕より100倍活躍しているだろうし。」
「いえ、そんな!魔女様なんかより僕は活躍なんて……!」
「ははは!魔女殿は謙遜し過ぎですよ!もう少しご自分について自信を持ってください。あなたがいるからこの街はここまで活気に溢れているんですから!」
笑いながら、ギナウさんがそんなことを言う。
うーん、僕への評価が高いのは嬉しくもあるけれど、なんか違うような気もするんだよなぁ。
まぁ、なんと言ってもこの人たちは引かないんだろうが……。
「おっと、そろそろ時間か。通ってもいいかい?」
「ええ、もちろん。ようこそイルアの街へ。」
「うん、すまないね。また今度ゆっくり話そう。」
そう声をかけたあと、僕はあけられた門をくぐる。
中に広がっていたのは、行き交う人々とたくさんの住居だった。
相も変わらず平和そのものだ。
さて……とりあえず初めに向かうのは……。
「ローベルドさん宅か。」
言いながら、ポケットから縦横5センチ程の四角く切った紙を取り出す。
そして、それに口を近づけて息を吹きかければ、真ん中から光の線が引かれていく。
「よし……じゃぁ、僕をローベルドさんの所へ連れて行っておくれ。」
紙を投げる。
すると、ふわりと淡い光が紙を包み込み、そのままゆっくりと道を辿るように飛んでいく。
僕もそれに続き歩を進める。人探しの魔法というのはやはり便利だ。
僕はあまり人の家などは覚えていない質だから、とても助かる。
それにしても……やはり街は街の裏は今もまだ存在しているな。
横目で路地裏などを見やれば、貧しい人間がチラホラと見えてしまう。
どんなに活気があっても裏を覗けば、影は存在するものか。
僕は別にそれが悪いと言いたい訳では無い。
だが、この現状を見ていると、少し僕の方が暗くなってしまうのだ。
これが同情なのか、それとも偽善なのか分からない。
でも、どうしようもなく、暗くなってしまうのだ。
「……あれ、紙が無くなった。」
よそ見をしていたら、いつの間にか飛ばしていた紙が無くなっていた。
どーしようか。もう一度飛ばすか?
「うーん……ん?あ、あった。」
見つけた紙を拾い上げる。
髪に書いてあった魔法陣は消えている。
ということは、目的地に着いたということだ。
「で、ここがローベルドさん宅ってことか。」
綺麗な一軒家である。
早速、ドアをノックする。
「ローベルドさん、お薬を届けに来たよ。開けておくれ。」
そうしてしばらく。
ガチャりとドアが開いた。
「おぉ、久しぶりだね、魔女様。」
「やぁ、ローベルドさん。その後はどうかな?」
「お陰様で体の調子が良くなったよ。どうだい、ちゃでも飲んでいかないかい。」
「んー……じゃぁ少しだけ頂いていこうかな。」
ローベルドさんに招かれ、家に上がる。
少し古めかしさがあるが、整理整頓されたとても綺麗な家の中だ。
「なんだか、懐かしさを感じるね。君の奥さんを思い出すよ。」
「あれからもう十年は経っているから。それにしても、魔女様は昔から変わらない。ずっとその姿形なんだなぁ。」
「僕はエルフだから。そりゃ君たちとは老い方が全く違うよ。」
僕自身も本当のエルフの寿命なんて分からないけれど。
◇
「……さて、そろそろ僕は次の場所に向かおうかな。」
「長い間引き止めてしまって、すまないね。」
「いいよ。久々に誰かとこんな長話をしたから楽しかったし。長くあの場所に住んでると誰かとコミュニケーションを取ることなんてないから、たまにはいいさ。」
「それなら良かった。付き合ってくれてありがとう。魔女様。」
微笑みながら、ローベルドさんはお礼を言ってくる。
「またいつか、ね?」
一言そう返して、家を後にする。
僕も嫌な目を養ってしまったようだ。
嫌でもわかってしまう。
人の寿命がどれほど持つか。
長く生きていても、やはりこれを見ることはとても切なくなる。
慣れないものだし、ままならないものだ。
所詮、僕は彼を延命させていたに過ぎないということ。
「……次を急ごうか。」
気を紛らわせるように足早に次の場所を目指す。
次は冒険者ギルド兼医療ギルドに向かう。
この街のギルドはふたつに合併していて、ひとつの建物に、2つのギルドが合わさっているのだ。
だから、わざわざ医療ギルドと冒険者ギルドまで歩く手間が省ける。
とてもありがたいものだ。
「もう着いたか。近いな。」
目の前には大きな建物があり、沢山の人が出入りしている。
相変わらず爽快だ。
賑わっている。
今日はとりあえず、ものを届けて依頼を受けて帰るとしよう。
考えながら、冒険者ギルドの中へと入っていく。
中はいつも通り行き交う冒険者や商人が大勢いた。
「さて、まずは……。」
早速医療ギルドのカウンターに向かう。
すると、顔見知りがいることに気がつく。
あちらも私の存在に気がついたようだ。
「……あ、魔女様!お久しぶりです!」
「やぁ、お久しぶり。元気でやっているようだね、レーネ。」
短髪で、第一印象は元気そのものといった感じの女の子。
僕がこうして薬を医療ギルドに届けている最中、たまたま見かけた子だ。
その時は、医療ギルドの従業員として採用試験に来ていたようだけれど、どこに行ったらいいのか分からずあたふたしていた。
「懐かしいな。あの時試験会場が分からずあたふたしていた少女が、中々様になっているじゃないか。」
「も、もー!いつの話をしているんですか!もう数年前の話ですよそんなこと!」
「ははは、ごめんごめん。そう怒らないでおくれよ。」
ぷっくりと頬を膨らませる彼女は実に可愛らしい女の子だと思う。
これでまだ彼氏が出来ないと言うのだから、びっくりだ。
「これをお願いするよ。いつものやつ。」
「あ、はい。かしこまりました。少し待っててください。」
そう言って、書類を机の上に出し始める。
「?。これは?」
「はい。3日前くらいに新しい規定ができまして、登録されている商品でも本人か確認できるよう、住所と名前などの個人情報を書いてもらっているんです。以前になりすましの事件が起きまして、そこから出来上がりました。」
「ふーん……なるほど?わかった。」
なりすましというのは厄介なものだ。
そこまでして利益が欲しい理由が僕には分からない。
バレてしまえば、利益どころの話ではなくなるというのに。
「はい、出来たよ。」
「ありがとうございます。確認致します。」
そうして、書類にじっくり目を通し始める。
しばらくして、真剣だった顔から笑顔になる。
「確認終わりました。問題なさそうなので、商品預からせて頂きますね。」
「あぁ、ありがとう。それじゃ、僕はこれで。仕事頑張ってね。」
「あ!魔女様、少しお待ち頂いてもいいですか?」
「ん?どうかしたのかい?」
「いえ、その、もう少しで休憩にはいるので、良ければ私と食事でもと思いまして……。」
モジモジと顔を赤らめて言うレーネ。
そんな可愛らしい彼女に笑みがこぼれてしまう。
まだまだ若い子だ。
「いーよ。冒険者ギルドの方で依頼を受けてから、椅子に座って待っているよ。終わったら、呼んでおくれ。」
「!。分かりました!」
パァっと分かりやすく明るくなるレーネ。
なんだか子供のように喜ぶなぁ。
無邪気というかなんというか。
「また後で。」
「はい!」
手を振ってから、冒険者ギルドの方に足を向ける。
冒険者ギルドは、医療ギルドとは対照的にガヤガヤと賑わっている。
昔と比べて随分冒険者家業をするものが増えたものだ。
「僕も依頼探さないと。」
言いながら、掲示板に近づく。
基本的に少し急ぎの依頼であったり、高難易度かつ危険の伴う依頼は、提示版にはられることが多い。
僕にとってはそれなりの難易度があった方が、稼げる額が違うという意味でもありがたい。
最近はあの家から動くのも面倒だから、一気に稼いでしばらくはゆっくり家の中で過ごすことがほとんどだ。
時折、少しだけ寂しくも感じたりはするが長く生きていると、その寂しさもほんの気持ち程度のものしか感じない。
僕もかなり年老いたものだ。
「それにしても、今日の依頼はそんなに高難易度がないな……。まぁないに超したことはないけど、それだと少し僕も依頼を考えなきゃ行けなくなるなぁ。」
顎に手を当てながら少し考え込む
さて、どうしたものか。
「ん?お、至高の魔女じゃないか!久しいな!」
とても元気はつらつという感じの声が後方から聞こえてくる。
その声のした方を見れば、他のどの冒険者とも違う変わった服装の女が目に入る。
また、元気なことで。
「やぁ、久々だねコルテナ。元気そうでよかった。」
「あんたは私の小さい頃から変わってないなぁ。エルフってのはすごいもんだ。」
はっはっは!っと豪快に笑う。
コルテナは、今現在のこのギルドのギルドマスターになっている。
昔はコルテナのおじいさんがやっていたんだが、コルテナがまだ17歳くらいの時にしんでしまった。
そこで、おじいさんの代からいた私が少し手伝いという形で、コルテナがギルドマスターを継ぐまでの補佐をしていたことがある。
その時のコルテナと言ったらもう、自由奔放で、どこに行ったかと思えばすぐ外に出ているわで……。
「ほんと君は元気だね。」
「そりゃ、まだ20後半だもの。当たり前さ。そういうあんたも昔から何一つのして変わってないけど。」
「肌はつやつやだけど、だいぶお婆さんだよ僕は。君よりずっとね。」
「はは、そりゃ言えてる。それで、提示版とにらめっこして何探してたのさ。」
「あぁ。高難易度クエストをちょっと探しててね。今日はなかなか見つからなくて、どうやってお金稼ごうか少し迷ってたんだよ。」
ふむ……と、コルテナは少し考え込む。
少しして、何か閃いたようだ。
僕の顔を再度見て言った。
「魔獣とか魔物を狩るクエストではないが、かなり稼ぎのいいクエストなら一つだけある。受ける気はあるかい?」
「まずは内容を聞いてからかな。内容が分からないんじゃ判断に困る。」
「わかった。なら、少し私の自室に来てくれ。詳しく話す。」
そう言われたので、僕はコルテナの後ろを着いていく。
はてさて、どんな依頼が飛んでくるのか。
◇
「ようこそ、私の部屋へ。」
「お邪魔させてもらうよ。」
コルテナの部屋に入る。
どうやら昔と何ら変わりはないようだ。
豪華な装飾がされているわけでもなく、ただただ仕事をする場所として存在している部屋。
「さすが、あの子の孫娘だ。部屋の飾りにこだわりは無さそうだ。」
「当たり前だ。仕事部屋を飾ってどうする。仕事部屋は仕事をする場所だ。飾りなんて必要ない。」
「ふふ、そうだね。それで、隣の子は誰だい。」
「ん?あぁ、紹介し忘れていたな。この子はイルグ。私の補佐兼副ギルドマスターだ。」
副ギルドマスターか。
「お、お初にお目にかかります!イルグ・ルナメストと申します!至高の魔女様に会えるとは光栄です!」
「はは、大袈裟だよ。僕はただの長生きエルフだ。大したことはしてきていない。だから、そんなに畏まらなくてもいいよ。」
笑いながら、そう言うと1層尊敬の眼差しを送られてきたような気がした。
気のせいだと信じたい。
「……それで?以前の副ギルドマスターはやめたのかい?定年までは続けるとか言ってたような気がするけども。」
コルテナの目をじっと見つめる。
一気に僕の雰囲気が変わったからか、イルグくんは少し後ずさったか。
コルテナは、さすがその若さでギルドマスターに就任したことだけはある。
そのほかの連中とは比べ物にならないくらい度胸がある。
……だが、まだまだ未熟は未熟だ。
隠しきれていない、動揺が見てわかる。
「どうやら、今回の件にそれが関係してそうだね。」
「……さすがだな。爺さんより長く生きていることだけはある。丸わかりか。」
「僕を買い被りすぎだよ。君たちがまだまだ未熟なだけさ。」
「私を未熟というのは、じいさんとあんたくらいなものだ。知っておくといい。」
「だろうね。普通の人から見れば、君は立派に見える。それだけの功績を君はあげてきているから。でも、それは僕の基準には当てはまらないよ。……さて、そろそろ本題、お願いしていいかい?僕も後に約束を控えているから。」
本題の催促をすると、はぁ、と小さなため息をこぼしたコルテナ。
そして、先程とは違って、気を引き締めて僕の目を見すえてくる。
「本題に入ろうか。」
そう切り出した。




